『しあわせの理由』 グレッグ・イーガン




 短編集で、「適切な愛」「ボーダー・ガード」「しあわせの理由」の3本が特に良いです。普通の人が見過ごしてしまうか怖くて突き詰めない"ありきたりな感情"をとことん突き詰めて考えさせられます。

「適切な愛」
 今までに読んだ中で一番エグイ物だった。愛という行為にあなたはどこまでの犠牲を払えますか、という質問を最も建前で無い形で貫いたらこういう作品になったという印象を受けました。
 事故で死に瀕した愛する人の体をクローン培養する二年の間、その恋人の脳を自分の子宮内で培養(生命維持)する女性のお話。(これを聞いただけで、ウゲッと来ますよね。私はそうでした。)
 この短編を読むと「あなたの為なら死ねる!」という言葉は生ぬるいものとして聞こえます。愛する人が死に瀕している時、あなたはどれだけの覚悟と犠牲を払えるのか。その先に待つのは何か。
 死を死として受け入れる事の大切さをこの小作品は訴えています。一部読むのに苦労した所はありますが、その価値は有りました。

「ボーダー・ガード」
 量子サッカーはいまいちイメージが掴めなかったものの、中盤以降が本編。今自分が書いている物語の構想とかの参考にもなったので個人的なお気に入りなのですが、永遠の生が現実の物となった時、社会や人や生活がどのような変化を遂げるのかという鋭い考察が楽しめます。

「しあわせの理由」
 この作品が本の表題にもなっているのですが、なぜ人は自分が今しあわせであると感じるのか?という疑問をこれ以上無いくらいに真正面から捉えています。
 主人公は、12才の時に煩った脳癌の治療を契機に、薬や脳内物質や治療機械などのせいで、自分が何もしなくても「全てがしあわせと感じられる状態」と「何もしあわせとは感じられない」状態を行き来した後、最終的に自分のしあわせとは何かを自分で設定できる環境下に置かれます。20点満点中で自分がしあわせとは感じたくない事には低い点数を。感じたい事には高い点数を与えるといったやり方で。しかも、その点数は随時自分自身でいつでも設定変更可能なのです。
 実際の人生でもそうじゃないか、とおっしゃられれば確かにそうかも知れません。しかし全ての人が天使のように見えてしまう状態とまるで丸太の様に興味を引かない状態を自分自身で自由に設定できるとしたら何が起こるでしょうか?
 「自分がしあわせである」と感じるめもりのさじ加減を機械的に調節できるようになった時、自分が今本当にしあわせであるかどうか、そう感じていたとしてさえどうしてそれを信じられるのか? "しあわせ"というあやふやな感情と生きていくという事の意味をこの一作は痛烈に問いかけています。

 グレッグ・イーガンの『しあわせの理由』、かなりお勧めです。

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