映像四郎の百人斬り

映像四郎の百人斬り

「森」





 「あたし、入院したら、

  ディズニーのぬいぐるみで、

  ベッドの周り、うめるんだ、へへ」

 地下鉄A子ちゃんは、ご機嫌だった。

 私は、ゴミ箱友達なので、

 入院前の、フラストレーションの発散に、

 A子ちゃんの地元で、

 付き合ってあげることにした。

 「ちゃんと、郵送してね」

 「お見舞い、いくよ」

 「いやだ、弱ってるとこ、人に、

  見せたくないの」

 A子ちゃんは、自称、強い女なのだ。

 しかも、ぴーぴー泣いて、私を地下鉄に、

 引きずり込もうとした「モロ弱み」など、

 記憶にございませんなのだ。

 強いのは、おそらく、ラグビーも強い。

 危うく死にかけた。

 「じゃ、くまのぷーさんしか、知らないから、

  それ送るよ、一個だけね」

 病室の空気は、暗いものなのだそうだ。

 A子ちゃんは、

 「はは」「ちち」の看病で、

 病室のリアルに、触れている。

 「はは」の看病をしていたとき、

 しものお世話をしていて、

 きっと、子供のあたしにだって、

 こんな姿見せたくなかったんだ、

 と思ったらしい。

 「よどんだ空気を、あたしの周りだけ、

  ディズニーで、あかるくするの」

 A子ちゃんは、

 バッドトリップしてないときは、

 底抜けに、あかるい人だ。

 改札で、待ってくれてたときも、

 妙に、オーラがあった。

 アルカイックスマイル。

 泣きたくても、泣けなくて、困っている、

 ということで、私が、抜擢され、

 今日は、あえて地獄のどん底に落ちる予定だった。

 だが、いくら飲んでも、ふたりとも、

 酔わなかった。

 もう、A子ちゃんは、

 ジュクやブクロに出るほどの遠出はできない。

 電車で、座ってると痛くなってしまうのだ。

 あかるい顔で、いつものように、

 DEEPな話をかましている。

 飲食店なのに、

 腹さいて、内臓わきによけて、

 手術する話や、

 悲劇的漂流譚などだ。

 いつもなら、そろそろスパークするころだったが、

 「泣きたいんだけど、泣けないよー」と、

 私にとっては、都合のよい状態になった。

 現在のA子ちゃんの身体は、自分自身の弾丸特急な、

 「トランス」には、耐えられない。

 おそらく、脊椎が、折れてしまう。

 それに、こちらも、それほど、体力がない。

 都心の匿名的空間でなければ、

 すぐに、地面に足がついてしまう。

 それに、この土地なら、

 線路に飛びこもうとしても、

 周りの人が、総出で、止めてくれるだろう。

 都心の地下鉄とは、ちがう。

 あのとき、誰も、助けてくれなかった。

 都心は、底なしの抽象空間で、

 関係性がなければ、

 周りの人は、いないも、

 同じなんだと、

 ぐれた想いを、

 じゃっかん持ってしまったが、

 自分でも、その状況に遭遇したら、

 アブノーマルすぎて、

 無視したと思う。




 結局、酔えなかったので、

 カラオケにいった。

 A子ちゃんは、

 おやじ落としのレパートリーを、

 披露してくれた。

 私は、音痴歌で、2曲だけ歌った。

 途中から、歌うのをやめて、

 お話をした。

 身体が、がくがくに疲れていた。

 あかるい顔で、ヘビーな話をしているから、

 こっちは、ヘビーなことに、気づけなかった。

 素手で、ぺちぺち、ぶたれてると思ったら、

 実は、石が握られていたようなものだ。

 知らぬ間に、高い山に登っていた。

 不覚にも、泪が2滴ほど、にじんだが、

 すぐに、ひっこんだ。

 私を泣かそうとしているんじゃないのか。

 確信犯だ。

 もしくは、

 泣き声も、大きくなりすぎると、

 地球の自転の音と同じで、

 人間の耳では、

 もう聞き取れないのだろう。

 何も、いえなくなったので、

 A子ちゃんのほっぺに、

 手をあてると、ひんやりしていた。

 「泣いたことある?」

 「いや、ほとんど、泣かない」

 「あたしが死んでも生きていけるもんね」

 「うん」

 「そうなんだ」

 「ただ、3日くらい泣くかもしれない」

  私は、1年間に、5滴くらい、

  泪が、でればいいほうだから、

  これは、特権的待遇なのだ。

 「アートってね、

  うまいへたじゃなくて、

  感情だと思うな、

  あたしが、もしも、死んだら、

  あたしのこと、作品にしてね」

 「うん、だったら、お見舞いのとき、おしめかえさせろ」

 「やだ」

 A子ちゃんに、もしも、何かあったら、

 彼女から受けたトラウマを、

 核燃料リサイクル処理施設に入れて、

 ディズニーに「地下鉄A子ちゃん人形」を、

 売り込みにいこうと思う。

 だが、地下鉄A子ちゃんは、

 医者たちに、自分を売り込み、

 珍しい症例の手術で成功すれば、

 業績になると、

 彼らに、モチベーションを与えているらしい。

 「くまぷう」たちに囲まれて、

 地下鉄A子ちゃんの、手術を乗り切るココロの準備が、

 整いはじめたようだ。




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