メキシカン・アメリカンな暮らし

メキシカン・アメリカンな暮らし

殻に閉じこもってしまった私

殻に閉じこもってしまった私


電話が怖くてとれない。
ドアベルが鳴っても怖くて出れない。
声をかけられないようにうつむいて歩く。
店でも誰とも目を合わせないようにする。
いざ声をかけられたら心臓が口から飛び出そうになる。
就寝時間になると、一日が終わったと胸をなでおろし、
このまま明日が来なければいいのにと願う。

これらは、実は私が暫く経験した事であった。


初めてアメリカに来た頃はやりたい事、やってみたい事、
そして新生活へ対する希望などに胸を膨らませていたものだが、
現実は思ったよりも厳しく、
最初の2年余りは労働許可証なしで働く事も出来ずに、
アメリカの社会保障番号とも言われる、
ソーシャルセキュリティーナンバーが無い間は
勿論、車の免許さえ取得出来なかった。
その上、ビザ申請からグリーンカードが降りるまでの3年半の間は
移民局官が指示した為、日本にさえ帰る事が出来ず、
初っ端からあらゆる「制限」に耐えなければならなかったのである。


そういった制限のお陰で、
家にいる事が多くなりがちになっていたのだが、
そのうち、労働許可証、ソーシャルセキュリティー番号、
車の免許の全てが揃い、
待ってましたと言わんばかりに早速日系の店で働き始める事となった。
給料は少ないし、時々変な客にいびられたものの、
「外国のアメリカで働き、第一歩を踏み出せた」という充実感と
自分の母国語・日本語を活かせるという肩肘張らない環境は
私を支えていたように思えるほどであった。
しかしそんな日も長くは続かず、
夫の転勤などの事情で辞める事になったのだが、
あれやこれやで結局その後暫く仕事に復帰する事もなかった。


その間に特に何が起きたという訳でもなかったのだが、
私の中である変化が起きてしまったのは確実であった。
私の活力になっていたはずの仕事もマイナス面だけが私の記憶に残り、
隣人や周りの「友人」と名乗る者達の存在さえも段々と
うっとうしく思えるようになっていった。
その上、自分自身でさえも、
自分がどんどん内側に内側にこもっていくのを
感じるようになったのである。
そのうち、電話がかかってきた時は、
『英語も分からないの?
何言っているのか全然分からないんだけど。』
と言われて一方的に切られた事を思い出し、
電話が鳴る度にビクビクしては耳をふさぐようになり、
訪ねてきた夫の友人に、
『預かってもらっていた○○○を取りに来た』と言われても、
その○○○が一体何なのか検討がつかず、
相手を困らせてしまった事を思い出しては、
ドアベルが鳴っても怖くて出る事すら出来くなっていった。
「友人」と名乗る者や隣人が言っている事も
時々口調が早すぎて理解出来ず、
かといって聞き返すと怪訝な顔をされたり、
時には『こんな簡単な英語も分からないの!?』と
苛つかれたり、怒鳴られたりで、
英語で話す事にも英語を聞く事にも
すっかり億劫になってしまっていたのだ。
とは言え、夫が家に帰れば英語を話すしか術がない上に、
夫に『○○○さん宅に行って、○○○を頼んできてくれないか?』
などと頼まれ、
私が『どういう風に頼めばいいの?』と聞いたが為に、
『Never mind. 自分でやった方が早いから、やっぱりいいや。』
と言われた事だって何度もあった。
そんな時はどうしても、自分へ対する情けなさ、
自分の存在の小ささと頼りなさと弱さに落胆し、
何の為に自分がここに居るかということにさえ
疑問を感じぜずにはいられなかった。
「普通の事が怖くて出来ない辛さ、悔しさ」は
思ったよりも私に重くのしかかり、
『何もしたくない、このまま家の中にずっと居たい』
と次第に思うようになっていったのである。


ある日、様子を見かねた夫が私に
『近所のモールで仕事を募集しているから申し込んで来い。
2週間待つから。』とほぼ強制的に言ってきた。
そんな彼に私は、
『どうせ貴方にはこの辛さが分からないんだ、、、。
仕事して来いなんて簡単に言うなよ。
皆に馬鹿にされる英語力で何が出来る?』
と答えてはそっぽを向いたままでいた。
夫はすかさず
『だからって、そこで止まるのかい?
そこに居て幸せかい?
僕は君と四十六時中一緒にいられる訳じゃない。
いつかは1人で何もかもしなきゃいけない時だって来る。
支えるのももう疲れたよ。
僕の家族も全員、僕の肩にのしかかってきているのに
君まで背負わなきゃいけないんだ。
4人を一気に背負う事がどんなに重い事か、
君にだって分からないだろう!』
とため息混じりに言ってきた。
私は何も言い返せずにぐっと口を結んだままでいた。

彼も違う意味で辛かったんだ、、、。
自分はすっかり甘えてしまっていた、、、。
こんな事にも気づいてやれなかった、、、。
とにかく色んな思いが次から次へと溢れてきて、
次第に決心に似た思いまで出てきた。
「何かしなくちゃ、とりあえず動かなくちゃ。」
数日間ただその事だけを考え続けていたような気がする。



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: