「探索者」
「其の爪はえぐることに優れ、其の牙は食むことに優れ、藍色と紅色のあいのこは、王となる。
タトバの民、王とともに山へ隠れる……」
老いのために見えなくなったのだろう、目を閉じたまましゃがれた声で白髪の老人はタトバに伝わる伝説を口にした。いや、実際は、お伽噺と言っていいぐらい、信憑性のない話だった。
老人の前に立ち塞がるようにして立つ中肉中背の男。羽根付きの黒い帽子をかぶり、マント、ズボン、ブーツにいたるまで全て黒で統一している。その瞳も同じく闇色を宿していたが、金色の髪の毛と、右手の銀の刃、ルインドライバーが鈍く青い光を放っていた。
「それだけか?長老」
「タトバにまつわる話はそれだけじゃ……少なくともここ、魔法都市スマグの長老であるわしが言うのだから、ここで他の者に聞いてもこれ以上の情報は得られるわけがない。不満足ならばハノブでもブルンネンシュティグでも聞いてみるとよかろうが」
「ハノブのあのうだつのあがらない町長にはもう聞いたさ。なるほど、二人とも同じことしか言わない、それしか情報は無いようだ」
男は長老に背を向けて歩き、部屋を出て行くかと思いきや、ドアに手をかけ振り向きざまに腕に装着されているルインドライバーをちらつかせた。
「情報をもったいぶって隠していると、この都市も都市でなくなる。町長のあの泡食った様子じゃこれ以上情報は無いと見ていいが、お前さんの余裕ぶった顔を見てたら、出し惜しみしているような気がする」
「都市が都市でなくなる……廃墟ということかね」
「そういうことだ」
「な、なんという無礼な……黙って聞いていれば、この若造が。長老ゲンマ様をお前呼ばわりしたうえに、こ、このスマグを、は、廃墟にするだと……!」
椅子に座った長老のすぐ傍で直立不動のウィザードがこのとき、はじめて動いた。我慢ならなかったらしく、黒い男へと一歩踏み出し声を荒げた。ゲンマは白い髭をなでていた右手で、そのウィザードを軽く制した。
「良いのだ、ハルス。言わせておけ」
「げ、ゲンマ様……」
「して、旅の者。こんなお伽噺を聞いてどうするというのだね。トレジャーハンターか?それとも……」
男は長老の言葉ににやりと笑みをこぼし、
「旅している者がなにを探し求めているかなんてもちろんわかっているだろう、ご老人」
「無駄なことだ……タトバはもう探索済みのはずだ」
「ナクリエマ共和国は、な。国としての探索は打ち切った。けれども俺は、自分の目で見てみないことには信用しないものでね」
男は言いながら、すでに夕方から夜へと変化しつつある外へと消えていった。その闇へととけこむ素早さに見ていたハルスは呆気にとられていた。
長老は白い髭をなでながら、ぽつりと呟いた。
「レッドストーンか……」
レッドストーン。
その昔……火、水、風、大地、光、闇の神獣たちがそれぞれ守る石のうち、火の石だけを悪魔が隠してしまい、それをきっかけにこの世界の均衡は破壊され、不均衡なるもの、いわゆるモンスターがはびこるようになったとされている。レッドストーンの探索を始めた者たちによって、奥深く棲んでいたモンスターの領域を侵し、起こしてしまったのだという説もあるが。この話は小さい頃から誰もが聞かされている。巨大帝国エリプトはそのモンスターの大群で滅んだ。それでもなお、ゴドム共和国(ブルンネンシュティグ)はレッドストーン探索研究機関レッドアイを設立。レッドアイ本部はなにかしらの事故で爆破され、発見されたであろうレッドストーンも本物かどうかもわからず露と消えた。現在では神聖王国ナクリエマが探索を行なっている。
これだけ人が探し求めてやまないのに、レッドストーンは破片すら見つからない。それともレッドストーンはただの赤い石ではないのか。未知なる力か。なにかの卵なのか。
「それとも存在しない、ただの伝説……」
男は首を振った。この考えになって、首を振るのは何度目だろう、自分にいい加減にうんざりした。存在しない、そんな前提の話はなしだ。レッドストーンは在る。でないとここまで旅を続けた意味がない。レッドストーンはなんとしても手に入れなければならないのだ。もしくはレッドストーンと称される強力な、なにかを。
男は、身体にまとうマントや帽子よりも暗い影を背負っていた。瞳にも光はなく、あるのは闇ばかり。レッドストーンを闇の中で探し回るあまりに、男は闇にとけこみすぎてしまっていた。男の名はタジと言い、孤高で、群れるのを好まなかった。
「タワー洞窟地下道……途中までスウェブタワーまでの道のりと同じか」
タジは扉をトラップ探知で入念に調べたあと四方八方に目をやりながら、扉を閉めた。長い旅路の中で得た自身を守るための身のこなしは素早く、シーフの名に恥じないものだった。
湿気とすえた臭いが鼻につく。天上から常にしたたり落ちる水で気が散るが、このタワーは何度も来たことがあるのでモンスターの対処方法も分かっている。
前方右。
気配を察知し、ダガーを繰り出したスナッチャーめがけてルインドライバーを放つ。ルインはスナッチャーの首と胴体を綺麗に切り離した。
「まずはいっぴき!」
放ちざまに後ろへさがって左手から来たスナッチャーの攻撃をやりすごす。右足に装着していたスプリッターをスナッチャーの腹へ牽制として放ち、くの字で折れ曲がったところに、もどってきたルインでとどめを刺す。
「にひき!」
頭上。
殺気を感じ、両手をついてふせると、3本のダガーが風を切って通り過ぎる。風でタジの帽子が落ちる。
「ひゃははは!」
スナッチャーの下品な笑い声が洞窟に響き、ダガーがタジの頭上にふりおろされた。が、両手でそのダガーを持つ手をキャッチすると、お手本になるような綺麗な足払いを敵にかけた。転倒したスナッチャーをルインでとどめ。
「癇に障る笑い方だ……お粗末な三匹目だ」
『ひゃははは!』
さらに前方からスナッチャーが五匹駆け寄ってくるのが見え、タジはスプリッターとルイン両方を握り、構えをとった。
「ダーティーフーバー!」
ずどどっ、という鈍い音とともにスナッチャーが次々と倒れる。生き残った者もいるにはいるが、倒れ付して虫の息だった。彼の戦闘方法は独特で、普通のシーフは武器をひとつしか扱わないものだが、彼はルインとスプリッター、性能も攻撃力も違う二つの武器をうまく組み合わせて戦うのだった。その戦い方はよっぽどの上級者でなければ出来ないことであり、ただ単純に武器を二つに増やしたから強くなるというものではない。二つの武器の性能をよく熟知したうえで扱わなければ、まともに戦うことすらできないのだから。
そのうちのひとつ、スプリッターはある人から譲り受けたものである。
「ルイン、スプ、いつもありがとう」
戦闘のあとに武器に礼を言うのが、日々孤独である彼の唯一のコミュニケーションだった。それはこの武器を譲ってくれた人への礼でもあり、過去を忘れないためでもあり、レッドストーンを探し求める理由であった。
「……とまあ、ここで終わらせたいところだが、いるんだろう?カスター」
「よーう、また会ったなあ、タジ」
「こっちはうんざりだがね……弱い部下ももういい加減にクビにして、おとなしくまっとうな町民だの村人だのになったらどうだ?はっきり言う、おまえはシーフに向いてない」
カスターという名のこの地下道のボスがのっそりと現れた。姿格好はスナッチャー達と似ているが服の色がやや赤みがかっているので、すぐ違いが分かる。いかにもボスです、と主張しているようである。二人のこの様子からして、どうやら昔からのくされ縁らしい。カスターは顔をひきつらせながら、
「ふ、ふ……いっつもいつもシーフに向いてないだの、阿呆だの馬鹿だの言ってくれて……うちの部下は弱くないんだ。ここを通る冒険者からいっつも金品ぼろ儲け放題だっっ」
「阿呆だの馬鹿だのなんて言ったかな……ともあれそりゃ冒険者じゃない、きっとただの村人だったり町民だろう、ただの一般人だ。なんていう情けない稼ぎ方をしてるんだ、ただの泥棒どもがシーフの名を騙るな、阿呆」
「あ……」
「あ、ほんとだ。阿呆って言ってるな、俺」
「貴様っっ」
カスターは悔しそうに歯軋りすると、懐から武器をとりだす。タジはその武器がなにであるか悟って、口笛を吹いた。
「ほう、サスクエチャじゃないか。よくそんな珍しい武器が手に入ったな」
「ふふふ、サスクエチャには決定打にスタン攻撃、回避補正無視もついて……」
「説明はいいから、投げてみろよ。お前に扱えるとは思えないがな」
「っのやろー、ダブルスローイング!」
タジに投げられた斧は綺麗な弧を描いて右手から襲ってきた。なんなく紙一重でよけたつもりだったが、一瞬、武器がブレたかと思うと、タジのグローブを裂き、浅い傷をつけた。赤い筋が右腕に出来る。
「み、見たかっ、サスクエチャの威力を」
タジは確かによけたはずだった。するとあれがあの武器の特性、回避補正無視。となると決定打もばかにできない。あとはスタン……右腕がややしびれたような感覚が残っている。あと三秒ほどでとれるだろうが……エイドを右腕にあてると一時的に痛みから逃れた。ダブスロは七本、確認は出来ている。
もどってきたサスクエチャを再び投げるカスターを確認すると、タジは横に大きく跳ぶ。ダブスロも追うようにタジの方向へと進路を大きく変える。一本目と三本目の軌道上にスプリッターを投げ、二本目と四本目はマントでからめとって、下へと叩き落す。
「なっ……」
カスターが呻いている間に五本目と六本目のダブスロを右の掌にわざと刺してしまい、そのまま、カスターの懐に飛び込んで鳩尾の急所をついた。くず折れるカスター。タジは右手のしびれに顔をしかめながらも、かまわずサスクエチャを抜き、マントを引き裂いて簡単な包帯をつくり、手に巻きつける。口で結び目をつくっていると、カスターが地面に倒れ付しながら呻いた。
「な、なんでいっつも、負ける……くそ」
「お前は武器におぼれすぎなんだ。己の身体も鍛錬しとけば、最後の打撃は食らわない。それとサスクエチャ、性能にばかりとらわれて基本攻撃力のところを見逃している。ただの珍しい、使えない武器さ。回避補正も完璧に無視しているわけではない、ネタ品だ。じゃあな」
「ま、まてっ、た……」
立ち上がったカスターの足首を鋼鉄のブービートラップがばちりと挟み、カスターは痛みで声もでないのか、そのまま倒れた。
「なんでいつも負けるって……いつもそうやって、懲りないからだ、阿呆」
「ぢぐじょ……」
タジがやれやれ、というように周りを見回すと、スナッチャー達がびくびくしながら二人を見守っている。この様子では立ち塞がることは無さそうだ。タジは黙ってそのままタワー洞窟地下道をあとにした。タジが立ち去ったのを見るや、スナッチャー達はカスターに駆け寄って罠をはずす。
「ぼ、ボスー。も、もうやめましょうよ、タジさんにからむのは……いつもこっち死人とか怪我人でるし……」
「うるせー、次こそは、次こそはうちらが勝ぁつっ!」
こ、懲りねえな、ほんとに……
洞窟にこだまするカスターの絶叫を聞き、帰りもこのタワー洞窟地下道を通ることを思い出したタジは、うんざりしてしまった。
タトバ山の険しい道のりに多少難儀して、一日だけ野宿することとなったが、それ以外は厄介なモンスターもなく、順調で、キングベアーの巣にすぐたどり着いた。
「其の爪はえぐることに優れ、其の牙は食むことに優れ……モンスターやなにか大型の獰猛な動物なのは間違いない。藍色と紅色のあいのこ……キングベアーは紫色の毛皮を持つと聞く。昔、タトバ山に住んでたというタトバの民はこのキングベアーと共に生活していた。神として崇めながらも、時折現れるキングベアーを狩っては食料や毛皮にして、自給自足を行っていたという。この乏しい大地でタトバの民が生き残れたのはキングベアーがいたおかげだとされているが、それがもしや、レッドストーンの恩恵のおかげだったとしたら……レッドストーンがあるとしたら、このキングベアーの巣の可能性が高い……ナクリエマの調査が、めったに現れないキングベアーそのものまで調べたか疑問だ」
タジはキングベアーの巣の入り口で、独り言をこぼした。
キングベアーの戦闘能力の高さもすでに情報収集済みである。健康の高さを自慢する知り合いの剣士でさえ、一撃は相当な重さだったというのだから、タジは果たして自分が耐えられるかどうか疑問だった。いや、たぶん耐えられない。攻撃力はテクニックには自信があるが、ダメージを受けることには慣れていないのである。すると、のけぞるでひたすら回避しつつ攻撃……長期戦になるのは必至だ。赤ポットも青ポットもじゅうぶん持ってきている。自分はこれからキングベアーを倒しにいくのではなく、レッドストーンの有無をあくまで調べるため、やばかったら退く。
問題なのはキングベアーの現れる時間帯である。三日に一度、もしくは八日に一度とも言われ、見かけることはごく稀だという。キングベアーを倒したあとに手に入るアイテムを求めて、数々の冒険者が挑戦したというが、結局はキングベアーが強いだのどうこうの前に、待つことに疲れてすごすごと引き下がった者もいるらしい。
タジは覚悟を決めて巣へと入った。
巣の中は静まりかえっていた。巣、と聞いていたので、動物くさい臭いでもするのかと思っていたが、思いのほかそのような臭いはしなかった。普通の洞窟に似ているが、洞窟のように入り組んでいるわけではなく、入ったところが、すでに広間のようにだだっ広い。
「いないな……」
キングベアーは留守にしているようだった。留守、という言い方も変だがどういう登場の仕方をするのか、どこに行っているのかもわからないので、そういう表現になる。
他に出入り口はないか、念入りに調べといたほうがいいだろう。タジが広間の奥へといこうとすると、赤い毛並みをした子熊がのっそりと現れた。不意をつかれて驚いたものの、落ち着いてルインをかまえる。
「ダブルスローイング!」
「エントラップメントピアシング!」
どどっ、ずー。
二つの攻撃音が重なり、キングベアーの子供は倒れた。今の攻撃は……奥から現れたのはコンポジットアーマーとホースキラーを装備したランサーだった。二十台半ばだろうか、赤いショートカットの髪、赤い目が白い肌を惹きたてている。
「あら、シーフさん」
「先客か……もう何時間待っている?」
「もう一日と、三時間よすでに。いい加減ぐったりしてたところ。沸くのはキングベアーの子供ばっかり」
「そうか」
ランサーはすぐに腰をおろし体育座り、ホースキラーを自分の肩にたてかけた。そしてタジにウィンクをひとつ。
「座ったほうがいいわよ、まだまだ時間かかりそうだし。私はコアフっていうの、短い間だけど同じ沸き待ち仲間、仲良くしましょう」
人なつっこい笑顔で話しかけられ、タジは当惑して、勧められるがままに同じように座った。が、だいぶ彼女との距離は置いて。喋るのは億劫だった。
しばしの沈黙のあと。
「あの、シーフさん」
「名はタジだ。余計なことは喋りたくない、疲れるだけだ。キングベアーが出るまで寝る」
コアフはつっけんどんに矢継ぎ早に答えを返したタジを見て、最初は呆然としてたが、たまらず噴き出して笑いがとまらないようだった。お腹をおさえている。無視して寝たふりをしていたタジもさすがに気になったのか、片目を開けた。
「なにがおかしい、うるさい女だ」
「だ、だって、私がまだなにも言わないのに。変なシーフさん」
「……俺は寝るぞ」
「あ、あー待って待って、怒らないで。ほら、キングベアーを仕留めたら出るアイテム、取り分は半分半分にするのか、とか色々決めることあるじゃない。一応私が先に待ってたわけだし、取り分は私が多めのほうが良かったりするんだけど……」
「アイテムだのクマを仕留めるだのは、お前に任せる。俺はいらない」
「え、そうなの?じゃあなんでシーフさんが、ここへ。宝箱も漁ってないみたいだし……」
コアフは不思議そうにタジを見つめる。説明しないことには納得しなさそうだ。タジはため息をつくと、「レッドストーンの探索に来ている」とだけ、告げた。が、それが逆に引き金となってしまった。
「えー、レッドストーンの探索なんて、まだやってるひといたんだ。ちょっとびっくり。いや、かなりびっくり。国もここらへん一帯の探索は打ち切ったっていうのに。レッドストーン追う者は不幸になるっていう噂さえあるのにー」
女特有の甲高い声が洞窟に響く。な、殴りたい……殴って黙らせたい……でも一応これでも女……男だったら殴ってるのに。タジは臨界点を超えるか超えないかのぎりぎりのところで自我をおさえているようだった。
「でもそういう私も、レッドストーン探索してたうちのひとり」
「なんだって?」
急に声をひそめてコアフがぽつりと呟いたことをタジは聞き逃さなかった。
「その昔、レッドストーンの探索のためにランサーとアーチャー、大量の傭兵がエリプトで雇われていた話は知っているよね?そしてそれが原因で、いきすぎた探索がモンスターを呼び起こしてしまったってことも……」
「話は聞いたことがある」
「あの話は本当。私の祖母から聞いてたから、知ってるの。エリプトは私達傭兵を利用するだけ利用しといて、モンスターを呼び起こした責任を全世界から問われると『私の国のせいじゃありません、ランサーとアーチャーのせいです』って仰ったそうよ。だから私達ランサーとアーチャーを疫病神として嫌っている人もいる……私達には国が無いの」
寂しそうにコアフは微笑んだ。タジは黙って聞いている。
「あんな国、滅びて当然よ。私は母や祖母と一緒に色々な国を回った。父はランサーの家系のうちがいやで、逃げ出したわ。弱い人だったから、迫害に耐えられなかったんだと思う。自分がどうして家をもてないのか、流浪を続けなきゃいけないのか、あとで知った。それで、レッドストーンが、どんなもんか見てやりたくなって……ばかやろーって、言いたかったのかも。たぶん、私はレッドストーンが見つかったら、どんなに素晴らしくて素敵な物でも、壊しちゃうかも。ふふ、変かしら」
「変、ではないと思う」
タジはやっと一言だけ、彼女の慰みになるようなことを答えられてほっとした。彼女の赤い瞳にいつ水が溢れるんじゃないかと心配だったが、それは無いようだった。彼女の瞳は炎のように紅くて、強い。
「今はもう、レッドストーンにとらわれるのなんか馬鹿馬鹿しいから、もうとっくにあきらめちゃった。ランサーとアーチャーへの差別も少なくなってきて新しい時代になってきたし、好き勝手にソロしてる。デフヒルズで良品アイテム掘りしたり、ね。
ねえ、シーフさん」
「タジでいい」
「じゃあ、タジ。差し支えなければ、聞かせてほしいな。どうしてレッドストーンの探索してるの?」
タジは目を伏せた。
今まで誰にも話したことなどなかったのに、なんでこんなゆきずりの女に話してしまうのか、とも思った。けれども彼女と話をしていて安らぐのも事実で、タジは口をつぐんだ。なんなんだろう、この女は……赤い瞳に、見透かされてるようで怖い気持ちもあった。
俺は、怖がっているのか。
タジは聞こえるか、聞こえないかぐらいか声を押し殺した。
「呪いを、解くためだ」
「のろい……」
コアフはその言葉に、喉を鳴らした。タジは首の後ろの金髪を掻き分けてコアフに見せた。首筋に三角が二つ組み合わさった、いわゆるダビデの星が刻まれている。
「な、なにこれ……なにかの魔術?妖気を放ってる……」
「やはり、分かるか」
「うん、でもよく気をつけないと見逃しちゃうぐらいの小さな妖気だけど……」
「俺には昔、相棒がいたんだ。同じシーフで、レイっていう奴で、気さくでおしゃべりで、よく一緒にクエストをこなしたり狩りをしたり……よく息が合った。その日もクエストを一緒にやっていた。バフォメットの召喚儀式だった……手順をちゃんと踏んで問題なく終わるはずだった」
「失敗したの?」
「いや、召喚儀式はある意味で成功したんだ。しかしそれは、モンスターとして具現することなく……俺の、この、中に、な」
人差し指でとん、とんと自分の胸を指し、他人事のように笑って言うタジに、コアフは絶句した。
「もちろん人間の器であんなの支えきれるわけがない。俺の精神はそのときぶっ飛んだらしく、あんまり記憶が無いんだ。覚えてるのは全身ものすごい熱さだったこと、俺の中の悪魔が、レイを殺したってこと……」
「そんな……」
「俺が殺した。それは間違いなく、生々しく覚えてるんだ。レイは人形のようだった。バフォメットのクエをやりに来ていた他のPTが俺を止めてくれたんだ。優秀なウィザードがどうにか身体におさえこむこんで封印することまでは出来たらしい。どうやら、俺の中にいるバフォは普通のバフォとは異種で、倒すことも無理で、だから変なことになっちまったらしい」
「わかった、タジ。もういいよ」
「俺が言い出したんだ、バフォのクエをやりにいこうって。そして、俺の右手が奴を殺したんだ。俺がもっと、理性で悪魔をおさえこむことが出来ていれば……だって、だって友達だったのに」
足にとりつけたレイのスプリッターを、タジは血が出るまで強く握った。このスプリッターはレイから譲り受けたものだったのだ。死にゆくレイから受け取った、銀の刃。レイがいつも装備して、無限ダーティをくりだしていた、この武器。
冷たくなっていくレイ、いやだ、俺を置いていかないでくれ。
タジはレッドストーンを手に入れることでレイを生き返らせる、あるいはあのときに時間を戻す、どういう方法でもよかったから、とにかく元通りにしたかった。そして許されたかった。凶器を身体に隠し持っている自分自身からも逃げたかった。
「タジ、大丈夫」
コアフは両手を広げてタジを抱きかかえるようにすると、背中をぽん、ぽんとたたいた。唐突なことでタジは慌てた。
「な、な……や、やめろ、いらんことはするな」
「私のお母さん、私が怖い目にあって泣いてると、いつもこうしてくれたの。背中をぽん、ぽんって。どう、落ち着くでしょ?」
「……俺は、泣いてない」
「じゃあ、それって泣き虫の私よりもっと我慢強くて偉いってことかあ。偉い偉い」
「……怖くないのか?いつまた、封印が解けて、俺が暴走するかも、わからないんだぞ」
「ぜーんぜん。私強いから、戦うもの」
コアフはそう言うと、ウィンクひとつ。
この女は……
タジはそこでハッとし、いつのまにか周りを取り囲むキングベアーの子供の気配に気付いた。そしてより大きな気配がひとつ、広場の中心に佇んでいる。
「コアフ!」
「エターナルプロジェクター!」
コアフもタジの言わんとしたことを察知し、ホースキラーを手にとり立ち上がる。エタナを発動し、タジの背中と背中を合わせ周りを見回す。
広場中央にいる紫の毛皮を持つキングベアーは子供の五倍はあるだろう。その毛皮は鋼のように硬そうで、重量とともに繰り出される右手と左手の振り下ろし、のしかかりの威力は相当なものだと見受けられる。ぬらぬらと爪と牙を黒く光らせている。子供の数は6匹。
「三匹、三匹ずつで、最後に親をたたく、どう?」
「了解」
答えた瞬間に駆け出すタジ。親へと一直線へ向かうと見せかけて、フェイントで広場の端まで駆け抜ける。その動きにつられたのが四匹。コアフはさらに旋風突きで四匹目の子熊の態勢を崩し、よろめいたところを一気にたたみかける。
「サプライジングレイド!」
「ダブルスローイング!」
コアフの技が決まると同時に、タジも一匹仕留める。キングベアーが子供殺されて逆上したのか、コアフへと突進する。軽いステップでかわすものの、キングベアーが壁に激突して地震のような揺れが起こった。
「ウォークライかっ」
タジはうまくウォークライのタイミングを狙って範囲外へと逃げられたら、コアフは逃げ切れずまともに食らって片ヒザをつく。
「うげ……き、きもちわるい~」
「コアフ!」
「だいじょうぶー、地震には地震で!グラウンドシェイカー!でもってエントラップメントピアシング!」
矢継ぎ早に技を繰り出して子熊をもう一匹仕留めると、キングベアーに一突き。キングベアーがコアフに顔を向けたところ、タジのDFが子熊を仕留めるとともに、キングベアーへもダメージを与える。
「子熊あと二匹」
ブービートラップ発動。いつのまに仕掛けていたのか、広場に仕掛けられていたトラップのうち一つが、子熊を捕らえ、エントラで撃破。
「あと一匹」
キングベアーのタゲをとりつつ、ダミーとサイドで回避、最後の子熊はタジのルインドライバーが粉砕した。
「あとは親ね……仕留めないことには、やっぱりレッドストーンの調査なんて無理じゃない」
「そのようだ」
ダミーを何体も生み出し、青ポットを片手間に飲み干し、コアフがタゲをとり続ける。彼女は攻撃をよけつつも手を額にあてて集中力を高め、技を休むことなく繰り出している。
「ちょっと、まだなの」
「あと少し……」
タジも集中力を高めたいのだが、どうも右手の傷が意識の集中を妨げて思うようにいかない。カスター戦のときに負った傷がこんなときに響いてくるとは。ダミーとサイドで綺麗に回避していたコアフだが、操作を誤ったのかキングベアーの攻撃射程に思い切り素で飛び込んでしまう。
「コアフ!」
ルイン、スプ、俺に力を貸してくれ。
タジは二つの武器を構えてキングベアーの手がコアフに振り下ろされる前に素早く投げた。スプリッターは熊の右手を綺麗に切り落とし、ルインドライバーは熊の胴体に深く突き刺さる。その間に態勢を立て直したコアフのエントラが二連発で決まった。倒れるキングベアーが技を決めて気を抜いてしまったコアフにのしかかってしまいそうになる。タジはそれに気付き、コアフを抱きかかえてすぐその場を離れた。
ズ……ン。
重い音とともに倒れた、キングベアーのあっけない最後であった。
「あーごめんごめん、やっつけたあとぼうっとしちゃった」
「よくそれでソロなんて出来るな」
「ほんとだね、アハハ。ごめんね、重いっしょ」
いや、軽い。こんなに細くて軽いのに、俺とタメを張れるぐらいの戦闘能力を持ってるなんて……大した女だ。いや、大したランサーだ。
タジはコアフを地面にそっと下ろすと、キングベアーの死体へと近づいた。レッドストーンを体内に宿している場合もある。胴体の切り口やキングベアーの口、入念に調べ、シックスセンスで異物が無いか気配を探る。
「どう?レッドストーンぽいのあった?」
「無いな……そのかわり杖が三本も落ちてた」
「ちょっと、それ、クマツエじゃない!三本も落ちてたなんて……一本落ちただけで貴重なのに」
「興味ない、全部お前にやる」
「えー!興味ないって……変なシーフ。そんな欲の無さじゃ生活できないよー」
コアフはクマツエを拾ってるところでタジが落胆しているのに気付いた。レッドストーンは、無かった。また振り出しに戻ってしまった。
「このあとどうするの」
「また旅をする。今度はもっと辺境だろうな……ロマ村と大きい町バリアートに行こうと思っている」
「ロマ村!?あんな辺鄙なとこ、旅人でもほんとに限られた人しか行ったことがないというのに……神獣が守る村よ、普通の人じゃ太刀打ちできないわ」
「それでも行かなくては」
タジは首筋のむず痒さに顔をしかめた。レッドストーンが無いと落胆するたびに、このアザにひそむ地獄の魔性がチェシャ猫のように笑うのだ、ざまあみろと。最悪、レッドストーンが無くてもいい、この化け物を倒す方法さえわかれば……もし全世界を旅してそれでも方法が無かったら。いや、もし俺が再び暴走することがあれば。
「死のうなんて考えないでね、タジ」
「なんだって」
「どうでもいいとか、投げやりな態度をさっきから感じるんだよね。もしロマとバリアートでレッドストーンが見つからなかったら、あなた、死ぬつもりなんでしょう」
タジは何も答えずにコアフに背を向けて歩き出した。
「ちょっと」
「ロマとバリアートに辿り着くまでは死ぬことはない。俺の生死がお前に関係あるのか?……短い間だったが世話になった、じゃあな」
「か、関係……あるわよ!だって私、あなたについてくわよ」
勢いにまかせて言ってしまったのだろうか、コアフはむきになってそう答えたあと、馬鹿なことを言っている自分に少し呆れた。でもそう言わずにはいられなかった。こんな暗闇をずりずりと、うじうじとすごしてる人間、見過ごすことなんて出来ない。旅の目的もないコアフにとってこの男についていくことは自分にとっても良いような気がしていた。
「今、なんて言った」
「だから、一緒についてくって……」
「阿呆。お前聞いてなかったのか、いつ俺が暴走するか分からない、と言ったはずだ。死にたいのか」
「怖くないし、私は強いってさっき言ったでしょう」
コアフは微笑む。
タジは鼻白む。
そのとき、タジの足にとりつけたスプリッターがカラン、と落ちた。こんなことは初めてだった。激しい戦闘でも落ちないようにサックに入れてあるスプリッターが外れるなんて……タジは驚いた。レイが、今、もしかして通ったのか。
レイ……お前は、俺に、なにか言いたいことがあるのか。俺にもう仲間とかPTなんていらないのに。タジはスプリッターを拾って、サックに入れる。そしてコアフにこう告げた。
「……勝手にしろ」
「あは、やったー」
コアフは素直に喜ぶと、拾った杖をかつぎながら、タジに駆け寄る。
「重いから少しは持ってよ」
「俺は身軽なのが好きなんだ」
「レディに優しくできないのねー、やだやだ」
「レディって……厚かましい女だな」
タジのつっけんどんな物言いに、またコアフはたまらず噴き出した。タジの冷たい発言が彼女にとっては面白くてたまらないようだった。だってタジの言葉とは裏腹に、彼が道に咲いている花をわざわざよけるほど優しいことに、気付いてしまったから。
「まずはバリアート?」
「そうだな、そっちのほうが近い」
「タジ、私達パートナーってこと?」
「勝手にしろ」
いつのまにか洞窟の中で一晩たってしまっていたらしく、朝日がタトバ山を照らしはじめていた。朝日は余すところなく、タトバ山の草木を照らし、もちろんそこを歩いているこの二人も照らす。けれどもタジの黒いマントは、太陽でいくら照らしても深い影を落としているように見えてならなかった。コアフは朝日をまぶしそうに見つめる。タジは太陽に背を向けたままである。
はやく彼にも夜明けが訪れればいいのに、と願わずにはいられなかった。

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