1号苦労話



出来た事がわかった時、実家では大騒ぎだった。
その大騒ぎで、急におなかが痛み出してアセったことがある。
でもその時は何もなかった。

結婚後、あまり目立たないおなかを抱えてよく出歩いた。
歩きまくった。
その結果、切迫早産という診断を下された。
慌てて調べた。
とにかく安静にしなければならない。
家事をしたらとにかく寝る。
すぐに横になる。
そういう生活を余儀なくされた。
でもそれもおなかの子の為。
2ヶ月近く安静生活を続けたおかげで、臨月には元の体重より15キロも太っていた。
横綱曰く「アン●ンマンや」だった。
そこまで太っていた。
(横綱はもっと太っている)

それでも何とかクリスマスイブを迎えた。
結婚して初めてのクリスマスイブ。
ケーキは前の日に食べたから、今日は何をしよう?とウキウキしていた。
その前に定期検診に行かなければ。
行ったらすぐに
「入院やなぁ。子宮口3センチ開いてるし」
と先生。
後で知ったことだが、本当の理由は胎児の心音が下がっていたらしい。
母子手帳にそう書いてあった。
心音が下がってる?
怖いよなぁ。
知らぬが仏とはまさにこの事かもね?

横綱は夜にやってきた。
来て人のケーキを食べて帰っていった。
何をしに来たのやら?

それまでなかった痛みが、夜になって本格的にやってきた。
痛くて眠れない。
知らない間に朝になっていた。
でも眠っていない。
頭がボ~っとする。

夕方にはもう耐え切れない痛みが襲ってきた。
そう思った途端に生まれた。
早かったぁ。
初産にしてはまぁまぁ早かった方だ。
3265グラムの男の子、1号。
見た感想は「横綱?」だった。
本当にそっくりで、どこに連れて行っても
「まぁ~、お父さんにそっくりねぇ」と言われる。

結構順調に成長していた。
歯が人より早かった。
3ヶ月頃にはもう生え始めていた。
母乳オンリーだった私は辛かった。
よく噛まれた。
よくおっぱいを飲む子だった。
体重も目を見張るほどグングン増えていった。
しかし、彼には大きな落とし穴が待っていた。

3ヶ月を過ぎ、ツベルクリン反応とBCGを済ませようと思い、接種会場へ。
ツ反はOK。
その後…
判定が13+。
その判定というのは、10以下でないとBCGをしてもらえない。
蚊に刺されたのかな?そんな軽い気持ちで帰った。
次のツ半後の判定ではできるだろう、と思っていた。
判定は…16++だった。
前より大きくなっている。
保健婦さんが「一度病院で検査してもらってください」と言っていた。
検査って何?
ツ半って確か結核検査やよね?
この子は結核?
この帰り道、涙で運転できないほど泣いた。
こんなに小さい赤ちゃんが結核になるなんて、思いもよらなかった。
小さいうちから外に連れまわしていたのが悪かったのか?
色々悪いことばかり考えた。

すぐに横綱と1号を連れて病院へ行った。
1号の検査。レントゲン。
辛かった。
嫌がる1号に無理矢理レントゲンさせる。
本当に辛かった。
親も検査しかければならなかった。
私も横綱も陰性。(でも私の肺には黒い影があったらしい…)
1号は『自然陽転児』という診断が出た。
知らない間に結核菌が彼に入ったらしい。
しかし、すぐに結核になるかというとそういう訳ではないらしい。
とにかく半年間毎日薬を飲ませていれば発症はしない、と先生は言っていた。

それから毎日嫌がる1号の口をこじ開けて上唇に薬を塗りこんだ。
よく噛まれた。泣かれた。
こっちも辛いが、そうしないと結核になってしまう。
そう思うと何でもできた。

半年経って病院へ行った。
「もう別に検査する必要もないです」
そう言われた時は全てを開放されたような嬉しさだった。


1号は言葉が遅かった。
1歳半検診でひっかかった。
言葉は少々出ても、文章にならないのだった。
経過を見るだけで済んだので良かった。


今1号はうるさい。
うるさいったらありゃしない。
それでも元気ならそれで良い。
…と思ったりもする母(@x@)。

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