2号苦労話



平成10年9月13日生まれ。
A型(多分)のおとめ座。
彼女が生まれてくるまでも色々ありました…

1号の1歳のお誕生日が済み、お正月を迎えたある日、
親戚一同で私のじいちゃんの80歳のお祝いがあった。
その時に
「ぱんだちゃん、そろそろ2人目とか考えてないの?」
と親戚のおばちゃんに言われた。
「そんなんまだまだやん?」
と言っていたが、私の中ではそろそろ…と考えていた。
1号と学年が2つ違いで9月か10月生まれの女の子が欲しい。
できたら何かの記念日が(横綱が憲法記念日、私が七夕、1号がクリスマスなので)
良いと思っていた。
それこそまさに私の理想!!
そう思っていた矢先に、アレが来ない。
まさか!と思い妊娠検査薬を買いに行った。
やっぱり陽性。
やった~!
今できたとしたら、予定日が9月の20日ごろ。
本当に理想通りの子ができた。
さーて、これから大変だぞぉ。


1号は1歳ちょうどで歩き出した。
ちょろちょろ動く時の妊娠。
はっきり言っておとなしくできない。
そんな時にやっぱり出たのが『安静』の2文字。
妊娠するたびに血圧がどんどん上がっていく。
その頃の血圧は130/90が普通。
おまけに浮腫まで出た。
「できることなら入院したほうがいいよ。どうする?」
と先生に言われたが、1号が心配でそれどころではない。
なるべく家でおとなしくするので入院だけは勘弁してもらった。

なるべくおとなしく、といっても無理な話だ。
まわりのみんなに迷惑をかけながら、産み落とす日まで何とか時を待った。


9月13日。
その日は日曜日だった。
明け方からキリキリ痛む。
「これって陣痛やん?ギリギリまで待ってみよう。」
そう思い、最後の持ち物チェック。
陣痛の合間に動いていたら、横綱が起きてきた。
「ひょっとして陣痛来た?病院連れてったろか?」
「いや、もうちょっと待って。まだ病院に連絡してないし。」
そんなことを言いながら、しばらく動いていた。
もう痛みも限界に達した時に1号をたたき起こして病院へ連れて行ってもらった。

病院へつき、内診してもらう。
「今日中には生まれるけど、まだまだやね。」
助産婦さんは言う。
荷物は預かるので、もうちょっとしてからもう一度来てくれと言われた。
仕方ないので私の実家でみんな待っていた。
ちょうどその日、妹(既婚)の少林寺の初段のテストがあった。
お昼過ぎに「合格した!」という吉報が入った。
その吉報を聞いたときにはもう痛さも限界に達していた。
病院へ連絡するのも忘れて、歩いて病院へ向かった。
その途中、どうやら破水したらしい。
全然気づかずにいた。
痛さでそれどころではなかったからだ。
何度もしゃがみこみながら、片道5分もかからない道のりを20分かけて歩く。
しゃがみこむ度に横綱が腰をさする。
「そこじゃない!もっと上!!」
ここぞとばかりにこき使ってやった。
病院についてもそばにいた横綱。
私のこんな顔見たことがないので、かなり困っていた。
私も弱った姿を見せたくはなかった。
弱みを見せたら付け上がるのでは?と密かに思っていたからだ。
そんなこと言っている場合じゃない。
あっという間に全開大になっていたので、あっという間の出産。
小さい小さい女の子を生んだ。
しかし泣かない。
パシッパシッっと叩かれて彼女は泣いた。
2500グラム。
私にそっくりな女の子。
生まれてすぐに横においてもらった時に思った。
「この子ってほんまに私にそっくりやなぁ。
 これで性格まで似てたら終わりやん?」と。
その心配が現実になろうとは…

小さい女の子と一緒に我が家に帰ってきた。
もう名前も決まっていた。
もし男の子だったら『アンパンマン』だった。
1号がその頃話せたのがそれだけだったから。
1歳9ヶ月でお兄ちゃんになった1号。
小さい妹を見て、お人形か何かと勘違いしていた。
でも触らず、何もせずで楽な1号。
でも2号は…
小さい時は私以外の抱っこを許さなかった。
横綱がいくら抱っこしようとも、なかなか泣き止んでくれなかった。
その当時のことを横綱はこう話す。
「2号ってさぁ、俺が抱っこしても泣き止んでくれんかったやん?
 なんてかわいくないんやろうって思ったわ。
 おまけに困ったし。
 なんでやったんやろう?」
それだけ私のことが好きだったのだろう、2号ってば。


4ヶ月検診。
1号を実家へ預けて出かけた。
小さいながらも順調に成長しているだろう。
見た限り問題なさそうだし。
そう思っていたら、女医さんはこう言った。
「この子は内斜視です。おまけに股関節脱臼もしています。
 今すぐ病院へ連れて行きなさい!」
内斜視、股関節脱臼。
私は外斜視だった。
幼稚園の頃にその手術をしている。
その影響なのか?
おまけに私は、股関節に先天的な異常がある。
全部私の責任なんだ…
そう自分を責めながら、病院を訪れた。
「お母さん、その先生間違えてますよ。
この子は股関節脱臼も内斜視でもないですよ。」
外科の先生なのに、内斜視も間違えだということを指摘された。
ただ、おまたのしわの数だけで股関節脱臼と診断された。
鼻が低くて黒目がちょっと寄っているだけで内斜視と診断された。
その女医さんを一生恨んでやる。
今でも2号は何事もない。


2号は赤ちゃんの時からいつもお肌がカサカサだった。
離乳食をはじめたあたりで、膝の裏やひじの裏が赤くただれていた。
そんな時に近所のお母さんにこう言われた。
「2号ちゃん、アトピーちゃう?
 うちの子も小さい時こんなんやったし。」
かなりショックを受けた。
まさかうちの子に限ってアトピーだなんて…
1歳半を前に、病院でアトピー検査をしてもらった。
結果、卵白のアレルギーが出た。
それからは卵を一切含まない食べ物を与えていた。
かなり神経質になっていたかも知れない。
3歳前にして、卵焼きを食べた。
それまで食べたことないもの。
美味しかったらしい。
赤くただれることもなかった。
もう大丈夫。
今でも卵焼きは大好物。


2号はよく転ぶ。
そのせいで骨折したこともある。
しかし彼女は元気。
いつでも走り回っている。
元気すぎて、一時扱いにくいこともあった。
かなりそのことで悩んだ。
『育て方が悪かったのだろうか?』と。
でも、熱を出すたびに彼女はおとなしくなっていく。
少しずつながらお姉ちゃんになってきた。

そんな彼女ももうすぐ幼稚園へ行く。
しっかり者なので、特に心配もしていない。
おせっかいでお友達に迷惑かけないだろうか?
それだけが心配かも?

2号よ。
そのまま元気に優しい女の子になってください。

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