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「責任分担完成と真の愛」

1991年7月14日
アラスカのコディアック島で行われた聖日礼拝の説教の要旨。


  祈 祷

 愛する天のお父様。
 きょうは一九九一年七月十四日、今月に入って二回目を迎える安息日であります。天と地が注視する中で、地上にあなたの血縁を残すために創造された私達の先祖が失敗したその日から、長く退屈な歴史路程の中、あなたお一人で蕩減路程と再創造路程を歩んでこられた受難の道を通じて、私達の先祖の過ちや、歴代のあらゆる祖先達の歩みの中で、神の御旨に仕えることができなかった歴史的な事実を許してくださったことを感謝致します。
 この世界には五十億の人類が住んでいますが、天のことを知らない人が多いのです。のみならず、この地上に悲しみ中の悲しみ、悲惨な中での悲惨なことと言えば、天のことを知っているにもかかわらず、父母がいるにもかかわらず、その父母を見知らない、子女の道理を果たすことのできない者がいることです。それは、どんなにかわいそうなことでしょうか。そのような子女を眺めて、子女を愛することのできる父母としての立場に立つことができない、その恨み深い事実を考えた時、それ以上の惨めなことはどこにあるでしょうか。天と地、天の父母と地の父母を中心とした子女の因縁を失った、このかわいそうな万民を許してくださいますように、再三お願い申し上げます。
 霊界に行っている数多くの義人聖人と善なる霊人達が全て合わさって、地上に恨みが晴らされて、勝利の一日が訪れることを、どんなに待ち焦がれたことでしょうか。万民解放と共に、統一の日が訪れることを渇望したとしても、これは、神様のなされることではなく、人間達の過ちによる人間の責任分担の課業として下されたものであります。これを成し遂げるためには、必ず人間を代表して歴史的な受難の十字架路程を促して、解放の歴史や版図を備えて、解放の日と国を立てなければならない、あなたの望みの一時を受け継ぐことのできる全ての人間の責任分担を完遂するために、第二の父母として、イエス様が地上に来られましたけれど、失敗してしまいました。
 それ故、韓国の地から第三の父母である真の父母の名前をもって現れ、天が受難の道を歩まれたのと同じように、長い受難過程において倒れるしかない、行く道を失うしかないそのような環境の中でも、お父様が直接導き、開拓・解放なさり、今日の勝利的な版図を備えるようにしてくださったことを心から感謝致します。この地上に真の父母の名が現れて、真の父母の家庭と真の子女と真の民族、国家、世界、天宙、神様の解放圏を担うことのできる時代を迎え、全万民が歓迎の声と共に仕えなければならない、真なる神様の愛と生命と血統的因縁が再現されることのできる時代を迎えられましたことを感謝いたします。
 今、統一教会はその名と共に、全ての宗教を統一し、万民を統一し、万国を統一して、あなたの四位基台圏内に結束させなければならない重大なる使命があることを知っています。それで、今日まで個人から世界的闘いの路程のために摂理しなければならず、家庭、氏族、民族、国家、世界がサタン圏を善導して、地上はもとより、霊界の地獄にいる全ての霊人達まで合わせて、この地上に天の御旨を成し遂げる一つの版図が設定されることに反対してきた渦中で、今日あらゆる世界的版図をかけて闘う各段階の全ての闘いに勝利を収めることによって、民主世界の解放と、共産世界の解放、宗教圏の解放、政治圏の解放、本性の解放、本然の愛の解放を中心としてサタン圏を完全に解放し、神様までも解放することのできる創造理想的な真なる愛の主人として、この地上に、全天宙に台頭するその日のために前進する統一教会のあらゆる運勢をつかんで育ててくださったことを感謝致します。

 きょう安息日を迎え、全世界に広がっている統一の群れが集まる所々に、神ご自身が共におられ、天が共になされる群れであることを見せてくださり、全ての民族を越え、国家を越えて、彼等が残すことのできる責任の限界において全てを果たして、この地上で天の前に捧げることができる実績を残せますように、切にお願い申し上げます。
 今回、日本にいる幹部達がここ、アラスカの伝統的な精神を受け継ぐために修練の過程にありますから、お父様、海洋を舞台として動いている、この全てが不便で、全てが不自由な環境の中で、一つの目的に向かって動いているこの期間が、私達においては絶対に貴重なる時間であることを知り、新たなる決意をして再び帰って行って、日本において再度火を付け、全国がお父様の御旨の前に勝利の歓声をあげることのできる一つの動機となり、復興が起こりますように、切にお願い申し上げます。
 イースト・ガーデンにいる子女達もこの時間、父母様のおられる所に向かって心を合わせて誠を尽くしていることと思います。そこにおいても、お父様が共にあられますように、お願い申し上げます。韓国、日本、アメリカ、ドイツ、世界一六〇か国の全体の上に勝利の歓声と共に、天のために仕える決意の声が全天地を振動させますように、切にお願い申し上げます。
 地上で成されるすべてのことが、霊界においても成されますように。統一的運勢と共に、神様の願いが成就される愛の国、愛の天国、愛の平和の世界を建てられますように、切にお願い申し上げます。
 きょうのすべてを担って主管してくださるように切にお願いしつつ、このすべてを真の父母様の御名によって祝願致しました。アーメン、アーメン、アーメン。(「アーメン。」)

 きょうは小山田が、長子権と父母権と王権について話してみなさい。この前は神山がやったね。

(小山田秀生前会長代理のコメント)

「人間は堕落しなければ、もともと、神の愛を中心として、三大祝福を完成して、神の理想が地上に現れるようになっていました。そして地上生活を終えれば、天上において『天上天国』に住むようになっていたのです。
 本来、神の長男・長女として来るべきであったアダムとエバがルーシェルによって堕落させられてしまったために、逆に人間が次子の立場に立ち、そして天使長=サタンが長子の立場に立ってしまったのです。それで、復帰の路程において、長男と次男とが、[サタンと神との対決]、[天使長とアダムとの対決]という形で闘争が繰り広げられてきたのです。
 そこで、アベルを中心とした復帰摂理路程全体の中で、イエス様が次子の立場において、サタン的な長子を、善悪闘争の歴史を通していかにして屈伏していくかということが、重要な問題として残されてきたのです。そして、最終的に、真の父母様が地上に来られることによって、長子と次子、カイン・アベルの蕩減路程をなしつつ、更には霊界と地上の問題を治めながら歴史全体を蕩減復帰してこられたのです。
 韓国を中心として、韓国から日本、そしてアメリカにおいて内外の蕩減条件を立てられながら、特にキリスト教と共産主義を中心とした世界的なカイン・アベル関係に勝利されて、一九八九年八月三十一日、「八定式」を行われることにより、歴史上のカイン圏を屈伏されて、この地上において長子圏を完全に確立されました。

 今までの歴史においては、父母を持たなかったために、サタンが長子の立場に立って攻撃しながら、神側の立場を代表する宗教家達は、次子の立場に在って、常に迫害を受けてきたのです。しかし、真の父母がこの地に立たれることによって、全ての人類を血統的に新生させ、転換させて、そして初めて地上における善と悪、カインとアベルの闘争が終結して、カインまでも直接愛することのできる、そのような立場に立ったのです。父母の立場は、投入し、愛して忘れるという、絶対無私の立場ですから、父母様は、神が宇宙を創造され、また、復帰のための再創造をなさった一切を代表されて、ご苦労してこられました。
 この父母が立つことによって、敵がいなくなったといえるのです。父母がおられる、この地上が中心となって、霊界と地上界との逆転現象がおこり、霊界もすべて、この地上に降りて、私達に協助するのです。真の父母は、父母の立場にいる限り、苦労と投入ということが、いつまでも続くのです。
 神の理想は、最終的には、目に見えない神様の身代わりとしてのアダムとエバが、第三の、完成したアダム・エバとして立たれることを通して、天法が地上に樹立されて、実現するのです。そこから、初めて父母の勝利圏を子女達に渡されることにより、子女はこの地上において父母の勝利圏を相続する道が生まれるのです。
 お父様の路程をみる時に、イエス様が残された道程を歩まれたのです。それ故に、御言を知りながらも、ご自身の家族や民族に教えることができませんでした。お父様ご自身を犠牲にして「北」を、「北」を犠牲にして「南」を救おうとされました。また、日本、韓国を犠牲にしてアメリカを助け、アメリカを犠牲にして世界をと、どこまでも犠牲と投入の道を越えてこられたのです。
 王権復帰を考える場合、一家庭においては息子が大きくなって結婚して妻を迎え、子供を生むことによって、夫妻の立場から父母となり、父・母は更には社会、国家、世界へと次元を高めて、将来、王又は王女となっていくのです。そこにおいて、天法を確立し、子女達が父母の姿に倣っていく。(ところで、王権というのは、家庭レベル、民族レベルでの族長をいう意味であって、国家的主権を直接指すものではありません。)そこに、所有権確立の道が開かれるのです。


 ご父母様は一九八一年に「ホームチャーチ」の御言を語られましたけれど、私達はその責任を果たすことができず、興進様を始めとした子女様達に犠牲の道を歩ませ、また、お父様をダンベリーに行かせてしまったのです。そして、一九八五年八月にお父様がダンベリーから出られた年の、ベルベディアにおける子女の日の説教の中で、「氏族のメシヤたれ」と語られたのは、正しく、それをなすことによって、父母の勝利圏を相続する道を示されたのです。
 更に、今年七月一日の「七・一節」による「神様祝福永遠宣布式」を通して、全世界的に氏族メシヤ活動のための総動員命令を出されましたが、それは、私達自体が、復活したイエス様の立場に立って、お父様が越えてこられた道を各氏族次元で辿りながら、世界的勝利圏を受け継ぐ道であるとみることができます。それをなすことができれば、イエス様の復活体となれるのです。というのは、一二〇名の弟子をこの地上に持ちえず、第二のアダムとして来られたのに相対者を持つことができず、そして、イスラエル国とユダヤ教を一つにすることができずして、十字架につけられてしまったのです。このイエス様の残された使命をすべて蕩減復帰されて、勝利された第三アダムとしてのお父様の立場に立つことができるからです。
 しかしながら、ご父母様は、ご自身の親・兄弟を皆犠牲にされながら、世界を救うために生涯を捧げてこられたために、故郷に帰られたとしても、そこには愛するべき親・兄弟が殆どいらっしゃらないのです。私達が、自らの親・兄弟姉妹、親戚を復帰することのできる特権としてのホームチャーチ、氏族メシヤ活動を通じて、私達の責任分担を果たせば、お父様の世界的な勝利と、私達の氏族的な勝利圏が一体化することになり、初めて、父母としての勝利をなすことができるのです。
 そして、今、お父様にとって、また、神の摂理において一番重要な課題は「南北統一」という問題です。神の三大祝福を、国家次元でみてみますと、第一祝福は、韓半島において、お父様の理念を中心として、宗教界と政治圏が一つになることであり、第二祝福は、アダム国家とエバ国家、韓、日の一体化です。そのためには、三大天使長国家としての米・ソ・中の国々を立てることを通して、第三世界の国々までも復帰しなければなりません。そして、第三祝福は、すべての国々が、真の父母の子供となって、神と真の父母に所有権を返還することです。それによって、天も地もすべてが真の愛の下に復帰されることになり、王権が確立されるところに初めて、神が安息し、父母が安息し、子女がお父様の勝利圏を相続することになるのです。そこにおいてようやく、この地上に、『神を中心とした一つの主権・一つの民・一つの国土、一つの言語と文化』が打ち建てられる、このように理解するものであります」。

    神が地上に住まわれる根拠地は家庭

(以下、日本語で語られる。)
 責任分担完成は真の愛。結果主管圏と直接主管圏を統一して、地上、天上、心身統一。すべてが、神の愛を中心として、縦的な創造主なる親、横的にみれば、真の親なる父母、それが一体化する。そこにおいて、統一された愛、天と地上を結束した愛、統一的愛の結束基準が造られる。そこにおいて初めて、天の愛と天の生命と天の血統によって長子圏がなされる。血統を植え込むことによって、父母が立つ。家庭基盤を中心として拡大したその横的拡大が八方に敷かれることによって王圏が始まる。内容は簡単でしょう?
 前提として、責任分担をよくなさなければなりません。責任分担完成のためには、天と地とすべてが男女一体、心身一体圏、天地が結束して、愛を中心に共鳴圏をなし、親子関係、夫婦関係、そして兄弟関係、すべて真の愛を中心として統一していかなければなりません。神を中心として愛を持ち出すところにおいては、妻が持ち出したところには旦那さんが従わなければなりません。お母さんが持ち出した場合には、お父さん、お祖父さん、お祖母さんも。孫・子供が持ち出した場合には、祖父母、父母、兄弟共に従わなければなりません。愛を体恤する家庭的基準をなすべき血統を受け継いだ長男・長女、血統的に継続された長子権の立場に立つ長子が、その親が、その王様の王権をもつことによって、万世一系、その周辺の家族達は皆横的に拡大して、それが、氏族となり、国家となっていくのです。
 故に、すべてが、家庭を中心として果たされる基台になっているのです。責任分担をなすことによって、天の愛、地の愛、親戚の愛、父母愛、兄弟愛が成り立つのです。天の愛は縦的であり、地の愛は横的です。兄弟愛は前後です。そのようにして立体圏をなすのです。その中心は家庭であり、父母であります。父母を中心として父母の父母、父母の子供が一つの統一体をなすことによって、神が地上に住まわれる根拠地ができるのです。
 ですから、神様自体が人間のお祖父さん、お祖母さんの立場に立つし、父母の立場にも立つのです。人間は、その神の前に、子女の関係を結ぶようになって初めて、家族編成がなされ、天地一体化した家族が設定されるのです。責任分担を果たした場合には、それが可能です。天と、地上の愛との結束ができなければなりません。内容は簡単です。その家族を代表して率いるべき者がアダムです。アダムは長子であり、最初の親であり、最初の王様です。アダムが霊界に行った場合には、神様は、アダムの心の親であるというのです。人間の心は縦的な自分であり、体は横的自分であります。神様が縦横に繋ぐために、人間はそういう二重性をもたざるをえません。心と体が分かれたら大変です。一つにならなければなりません。みな相対的です。全部焦点が合う。男・女も同じです。焦点を合わせるのです。すべてのものの焦点を合わせる中核が何かというと、それが真の愛です。簡単な内容のようですが、これを世界的に蕩減復帰させて、個人から家族、氏族、民族、国家、世界へと上がって来て、その基準において、堰を一気に越えて行くのです。
 それから今度は逆に、世界から国に戻り、国から民族、民族から氏族、氏族から家庭に向かうのです。結局は、最後には家庭に帰着しなければなりません。アダム・エバは、家庭から出発して失敗したのですから、「復帰完成」も結局、家庭を中心としてなすのです。

    霊界総動員体制

 故に、氏族のメシヤは、結局、家庭定着の問題です。それで、韓国において、「統班撃破」運動をしているのは、家族定着圏をなすためなのです。上からずうっと定着するのです。そのために、韓国の各家庭毎に先生の写真を入れているでしょう? 写真を掲げ、旗を掲げる運動。それによって、サタン世界と天の世界が完全に分かれるのです。そうすることによって、初めて家庭で真の父母の映像に侍るようになるのです。そうなれば、霊界のすべての先祖達が下りてくるのです。
 今まで霊界に行ったすべての先祖達は、別々に分かれているのです。横的に通じませんでした。縦的にも良心的基準において働こうとすれば、それなりにしか通じないのです。直通するその道がありません。それは何故かといえば、愛の問題が汚されたために、サタンの愛を消化して、ずうっと上がって行けなかったから、宗教は反対の道を辿ってきました。結局は、アダム・エバは、男、女、子供と、家庭を中心として転がり落ちて行ったのですから、家庭を中心としてすべてを蕩減して定着することによって、地上天国の出現がなされるのです。
 真の父母が基盤を作ることによって、サタンが攻撃する道がなくなりましたね。努力するすべては、そのまま自分の所有物として結実するようになりました。今までは、いくら努力し、投入に次ぐ投入したとしても、その努力の結果の結実は、蕩減のために使われてきたもので、それは消えていきます。個人的完成から、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙完成にまで上がって行く、蕩減の頂上に向かって、蕩減の段階を進んで行くために、みんな投入してしまうのです。しかし、今や、蕩減がなされたのだから、家庭の基準においても横的な反対がなく、歓迎されるような圏になってきました。それで、壁がなくなってしまい、霊界も、自分の、地上の善なる後孫を援助するのです。
 霊界、天使長世界は、そもそも堕落以前のアダムを擁護して、成長、成育させて、責任分担完成をなせるように援助すべき使命があります。それと同じように、今まで善なる先祖達が、天使長世界に代わって、地上の後孫たるアダム圏を保護して、神の御旨に適えるように押してきました。しかし、長子権が復帰されない場合には、霊界自体が堕落した天使長圏に立っているために、地上のアダム世界を利用してきたのです。アダム世界は、犠牲にされてきたのです。それが反対になってしまったのです。
 ところが、去る七月一日の「宣布式」で、地上と霊界を切り替えました。潮水の流れが逆になりました。それ故に、世界は急速度に変わっていくのです。
 それで、今から生まれてくる子供達は、非常に怜悧で、スマートな格好をして、天の運勢に通ずるような子供が生まれてきます。その子供の中からは、啓示を受けたり、預言する者がたくさん生まれてくるのです。先祖達がずうっと降りて来て援助するので、サタン世界は退くのです。霊的には、もうサタン世界は退いてしまいました。地上に善なる先祖達が来て、善なる天使長圏の諸々が悪の天使長を皆追い出すのです。アダム圏の完成圏が世界的になるから、アダム圏にある統一教会を中心としては、闘いなくして、人間の心だけがどんどんと引かれるのです。
 君達もそうでしょう? 原理の話を聴いた場合には、教会に行きたくて行きたくて仕方がなくなるでしょう? 学校に通いながらも寄って行きたい。帰る時も教会に寄って帰りたい。教会に来れば心はいつも安んずるけれど、自分の家に居た場合には、地獄のような思いがするのです。そのような雰囲気ができてくるのです。もはや教会だけでなく、地上がそのようになっているのです。教会天国が国家天国、世界天国に通じるようになってくるのですから、磁石が南北を指すのと同じように、良心の方向は本郷の地が何であるかを自動的に知って、そこに行くことを切望するようになるのです。新しい生命の胚芽、穂先が生えてくるために、太陽の光に照らされる植物の穂先は皆太陽に向かっていくのと同じように、人間の心も、真の父母の本郷の地に向かって、愛の太陽圏を受けて、自分の穂先を向けていく。そういう流れになっていく。それがどんどん長くなり、多く集まることによって、地上に下がるのではなく、上に上がっていくのです。それで、多く集まった場合には、旋風のように上がっていく現象が起こるのです。地上と天が一つになって、立体的に結ばれて回っていくのです。そのような結果となって、統一されていくのです。話は簡単でしょう? その帰着点が家庭です。家庭がなくては神様の定着地ができません。
 木に例えれば、幹を中心としてすべての枝が繋がっているのと同じように、すべての家庭は、真の父母を中心として(一本の幹に)繋がっているのです。その枝を切って、挿し木した場合には、その木は繁殖していくのです。それが枝の使命です。それと同様の働きをなすのが氏族メシヤの使命です。木は、東西南北に伸びた枝を中心の幹に繋ぎつつ、大きくなることによって、真っ直ぐな中心の根、中心の幹、中心の穂先ができます。そして、この枝が大きくなるのに比例して、それらが大きくなるのです。故に、「横的」(枝)が大きくなれば、「縦」も大きくなります。横的基準を犠牲にしてずうっとこうなれば、これはぐうっと上がるのです。夫婦共に犠牲にして、愛を中心として万民・神・御旨のために熱心にやれば、自分達にこういうふうに迫ってくると共に、横的に拡大された力が圧縮されるのです。

    奉仕する、為に生きることによって天宙を結束させる

 だから、奉仕する、為に生きることによって天宙を結束させる、という結論に至るのです。故に、夫婦を中心として行くのですが、神を中心として縦的基準において、犠牲的、奉仕的生活をすれば、天宙統一圏が自動的に結束されるのです。これは、このように圧縮して一つになったはずですから、上からさっと回るのですが、横的基準があるから、回っても倒れません。それから、軸が回ります。軸は正しく回らなければなりません。遠心力と求心力が一体となることによって運動が生じるのと同じように、夫婦が奉仕して犠牲的に、自らが無の境地になれば、自動的に回る。回り出した場合には、永遠に回るのです。回り始めて、軸が上がったり、下がったりした場合には、ちょうど呼吸するように運動します。地球も、大きくなったり、小さくなったりするというのです。
 そのような完成タイプをなしえた者は、天上世界の国民と、天国の家庭基盤になるのです。そのような基盤を造った場合には分かれません。父母の行かれる所に、共に行き、永遠の世界に行くのです。故に、真の父母を中心として、心情的に喜びの基準をなし、心情的共鳴圏をなしえた生活の体恤圏が、霊界における永遠の心情世界の本になっているのです。
 だから、統一教会のメンバーは皆、目を開けた場合には、真の父母と共に、神と共に起き、そして働き、寝るのです。その真の父母と共に生まれる。真の父母の愛によって生まれる。愛は永遠の因縁を結んでいるために、愛の因縁は死んでいません。君達が死ぬとしても、死ぬ瞬間までは、愛を忘れて死ぬのではありませんよ。そうでしょう? 親が死んでいく時には、子供に対する愛する心情でもって、子供を愛しつつ死んでいくのです。旦那さんが死ぬ時、奥さんが死ぬ時も同様です。故に、愛を忘れて死んでいく者はいません。愛は、死を越えて永遠に繋ぐのです。だから、愛による生命圏を受け継いだ自分、男・女というものは、愛の本なる父母を忘れることができません。その夫婦は、愛の穂先である子供を忘れることができないというのです。親は根であり、自分達が幹とすれば、子供は穂先である。それらが共に大きくなると、氏族圏、国家圏に拡大します。愛というものはすべての生命の根底に在るから、神様と真の父母によって、愛が縦的・横的に定着なしえたその基準から、すべて愛と共に生きるには、起きる時も、働く時も、寝る時も神様を思い、真の父母を思わなくてはなりません。そうすることによって、心身が円満で、満足な、安定した圏に立つのです。すべてが愛によってなされるのです。
 そういう生活をした者は、霊界に行けばその通りになります。それは表面化された生活です。地上には内面化拡大の生活があるのですが、内面化拡大したその基準は霊界に行けば、それが表面化される。愛が内面になる。愛が中心です。愛が内面になって、神と人類とが兄弟となります。一つの体の細胞と同じように、自分一身のような世界が霊界です。そういう境地に入れば、神様はちゃんと自分の心に入って来ます。「神様!」と言えば、自分の心の中で、「何故、私を呼ぶのか? はあい!」と答えるのです。
 だから、神様と共に生きる世界です。自分一身において、目に見えない心の中におられるのと同じように、肉体の象徴であり、代表として、アダム・エバ、真の父母が霊界に行った場合には、王様の立場であり、神様の実体の立場を代表して、実体氏族圏の、天国の国民を抱えるのです。故に、天皇の心の中も、百姓の心の中も、愛を慕うのは同じです。皆、愛を中心として、このような立体圏、球体圏ができるのです。

    天宙的勝利、創造完成は、「自分」から始まる

 だから、責任分担はそれほど重要なものです。統一教会で先生が「責任分担」という言葉を明確化したことによって、すべてを解明する原則を打ち立てたのです。皆さんが毎朝鏡に向かう時、[男として生まれ、女として生まれてきた、私の責任分担はどこにあるか]と考えなければなりません。これは、真剣なことです。この目、この歯、口、耳、手、五官すべてが、責任分担を完成した愛によって抱かれたいという思いをもつのです。感ずるすべては、愛の実体圏に立つためです。真の愛に。
 そのように考えてみた時、それを失った悲惨さはいかばかりか。それを復帰するために、神が背後に在って、いかに努力されたことか。それは、観念ではなく、事実がそうなのです。そう考える時、涙を汲む、痛哭する境地を越えなければなりません。
 故に、統一教会に入り、原理に感動した場合には、果てしない涙が出るのです。自分自身を忘れる程に涙が流れてくる。そうなるべきです。アダムが堕落した時は、涙で追い出され、涙を流しながらずうっと神様から離別して行ったのです。悲しみの涙でもって出発した人間が、喜びの涙でもって父母の懐に抱かれる自分たる者を発見しなければならないのが、人生最高の目的です。そうでしょう? 親の愛を体恤することによって、子供として成長して、そして完成した夫婦として結ばれて、完成した子供として、愛の相続による血統をなして、子供を抱えることができるのです。親を頂点とした縦的定着基準として、子供を中心として横的に四方八方に拡大していくのです。それが一つの家庭に結ばれ、氏族、民族、国家愛、人類愛として包容されるのです。
 それを、自分を中心として再び結束しなければ、神の国と、神様と関係を結ぶことができません。天宙的勝利は、「自分」から始まる。創造完成は、「自分」から始まる。「国家」からではありません。だから、先生も蕩減の道を拡大して、世界的迫害を受けながら、一段階毎に越えては、縦的基準からずうっと神様と霊界に達して、それから、故郷に帰って定着しなければなりません。そうすれば、サタンが反対し、破壊情況をつくったすべての、この周辺の人類圏が包まれるのです。家庭定着することによって、この軸が始まります。反対に回っていたものが、愛を中心として回ることができるのです。そういう家庭の基盤を伝授するためになしたものが、統一教会の祝福です。
 本来、天使長の後孫は、真の父母の後孫ではありません。天使長の後孫は相対圏をもつことができません。「自分が相対圏だ」と主張すれば、すぐにサタンとなる。真の父母によって相対圏を決めることによって、愛が元の位置に帰るのです。
 国が反対し、家庭が反対し、全部反対したのです。左に回っていたものが右に回る。反対する環境でなしえた祝福の貴さ。そこには、堕落観念とか、男女の貞操の崩壊ということがありえません。祝福以降、いかにして神を中心として純潔な血統を携えていくか。神の愛による祝福基盤を受け継いだ愛の境地というものは、生命を越え、国を越え、サタン世界を越えた宝物です。故に、統一教会の祝福家庭は、日本にいようが、世界の果てのどこの国にいようが、命令通りに行動しなければなりません。

    復帰の目的は、神の子女を繁殖して天国の国民を拡大すること

 天国の国民は霊界で生まれるのではありません。何故、神様は実体を創造されたかといえば、天国の国民を殖やすためです。実体がなければ殖やすことができません。
 縦的愛には一点しかありません。横的基準を中心として回ることによって、三六〇度の球体圏が生まれるのです。その球体圏内においては、定着するスペースがいくらでもあります。その子女は地上において生まれるようになっているのです。そのように、子女が沢山生まれることは不幸なことではありません。地上でたくさんの子供を生むということは、天上世界において神の国の国民をたくさん殖やすことになります。神が願うのは無限の世界です。そのような膨大な世界に空き地があっては駄目です。それをみんな分断して分けてやる国民が必要です。
 だから、復帰の目的は、サタン世界の子供達を神の子供に切り替え、接ぎ木して、天国の国民を拡大することです。そのようにして、地上で失ったその基準を再び結束させて連れて行くというのが伝道です。それ故、いかに沢山の人を連れて行ったかということによって、新しい地を受け継ぎ、新しい氏族圏の親の立場に立つ。先祖の立場に立つ。だから、伝道は、それほど貴いことです。君達は、霊界に行きたければ、沢山の人を、超国家的な民族を率いて行かなければなりません。先生から見ると、超国家的な者達を祝福してあげたのです。今までは統一教会に反対してきたのですが、今は反対がありません。先生は段々有名になっていきます。先生の功績が明らかになることによって、アメリカに来て、サタン圏の政府が、迫害する者達が結束して、善なる代表を崩壊させてしまおうとするサタンの計略によってこのように迫害されてきたということが分かった場合には、完全に先生の方に回っていくのです。
「蕩減復帰」という言葉は、先生が教えた言葉です。蕩減復帰の内容を本当に知っている人は、誰もいません。それは、真の父母の使命です。何千年間の歴史を横的に蕩減して、迫害圏が無になった立場で、初めて、第二次大戦後のキリスト教文化圏を中心とした世界統一の一つの基盤を、先生が受け継がなければならなかったのです。それを一つにするには、カイン・アベルの問題を解決しなければなりませんでした。キリスト教の旧教、新教を一つにして、そのキリスト教と国家を一つにすれば、世界は一つになるようになっていたのです。

   「責任分担」は、堕落しなかった人間と祝福の子女に存在する

 その境地を失ってしまったために、四十三年間の路程を元返したのです。再び帰って来てみると、今アメリカにおいても韓国においても主人がいないのです。また、共産圏においても主人がいません。そして、あらゆる宗教が無力化し、世俗化しています。その宗教は、男女のフリー・セックス圏に落ちてしまったのです。教会に集まって何をしますか。神を敬い、世界愛を体恤、体験していくのではなく、体ごと、実体で放蕩圏に落ちていったのです。
 アダム・エバが裸で堕落行為をして植えられたその種が、世界の終末、秋になって、創造どおりに収穫されるのですから、青年男女が木の下であらゆる堕落をしているのです。アダム・エバが堕落したのは、四方に、東西南北になしたのです。一組の男女が何人もと繋がったのです。それを復帰しようとすること自体が、全く不可能な結果に転落したというのです。
 今日、そうでしょう? 愛情問題を中心としてみると、父母がいないし、夫婦もいません。お祖父さんと孫娘が一つになったり、お父さんと娘が一つになったりして、秩序が崩壊した状態に陥っています。個人主義のアメリカではそれが顕著です。サタンは、個人主義でしょう?
 これをいかに反対の方向に向けますか。絶対愛圏。絶対無私圏。それを果たしえるには、真の愛の力によらなければなりません。悪の愛の力で、このような結果になったのですから、それを蕩減復帰させる唯一の道は、真の愛以外にありません。こういうものを逆に、反対に回す力は真の愛です。それが何故可能ですか。真の愛は、絶対無限、全能なる神と繋がっているが故に、それは逆転させて余りあるのです。人間だけではできません。分かりましたか?
 これを一回転させて逆回りしていくには、アダム・エバが無から出発して、何の所有権限も与えてはいけないというのです。責任分担を完成する時に、初めて、所有権全体、神までもアダムのものになります。創造された被造物はもとより、神自体までもアダムのものになります。本来は神の実子であり、王族であり、皇族であるべき者が、こういう偉大な価値を放棄して、今まで知らずして、放蕩息子のようにしてこのような怨讐圏にうごめいている人類の姿を神がご覧になった場合には、何と思われることでしょう。
 君達も、[ああ、私は女王になりたい。王様になりたい。神様までも占領したい]と、皆思うでしょう? 神様が隠された貴い宝物があるとすれば、[それまでも私の物にしたい]と。人間の欲望というものは、それほどまでに無限です。その無限なる欲望を満たすことのできる基地が、真の愛であるというのです。神が隠したたった一つしかない愛が、自分のものであるというのです。その、本源の所有権を主管したいという内心があるから、内心はいつも[自分は最高のものになりたい。世界一になりたい]と、男も女も皆そう思うでしょう? これが、本来の人間が持つべき権限であり、本来の人間の価値、資格です。故に、神様は天宙を創造した王様ですから、王様の子供達にならなければなりません。自分の親父である神様の王族の子供は皆兄弟です。その国は自分の国です。父母が住んでいる家というものは、その子供にとっては、自分のものです。愛によって一体化した父子一体、夫婦一体。故に、責任分担はとても重要です。責任分担はそのような堕落しなかった人間に存在するものです。復帰されて、祝福を受けることによって生まれた子供に、責任分担があるのです。だから、よく管理しなければなりません。それで、一番の問題は、男女問題です。

    愛と生命は、神と真の父母から始まる

 生命が出発する本郷の地はどこか。愛の本郷地はどこか。血統の本郷地はどこか。それは、男女の生殖器です。男・女は何によって一つになるかといえば、愛によって、愛を中心としてなるのです。生命は、そこから始まるし、血統もそこから受け継ぐのです。そのような貴重な三大基地を忘れてはいけません。天下をもらっても替えることができません。それは、神が、唯、男・女に下さった特権です。有名人を生んだのもその器官であり、王様を生んだのもその器官です。
 生命の王宮であり、愛の王宮であり、血統の王宮である貴重なものを、放蕩息子のように手軽に扱ったその罪業を、どうして許すことができますか。真剣な問題です。モーセが造った「契約の箱」は、「至聖所」として敬われました。神が最も貴重な本郷地として造ったその器官は至聖所です。モーセ路程において、その「神の箱」を汚した者は、即座に撃たれてしまいました。それと同様に、至聖所たる愛の根拠地を犯した者は、それは許されません。恐ろしい話です。
 それを、実体で、体恤圏に立って考えてみた場合、男女が抱き合って愛する、ということは天宙的です。それは、神人一体圏をなしえる試みです。有限が、無限に接続する因縁を授ける時間です。真の愛によって永生が繋がれます。それは何故ですか。創造の出発と動機が、愛によって始まったし、創造の過程、目的、そして結果、結実に至るまで、すべてが愛の完成を目的としているからです。自分の心身の完成は、真の愛に属することによってなされるのです。無限の根本、原因のところから、過程、そして理想の結実体まで繋ぐものは、真の愛しかありません。その真の愛を中心にして、神も永生しているのです。金や権力、知識は既に、神は持っているものです。神が永生しているのは、それらによるのではなく、唯、愛を中心として永生しているのです。
 神の喜びは独自的には生じません。相対基盤が必要です。いかに偉大な神であるとしても、一人では孤独です。真に相対圏をなしえたら、その理想の境地に、縦的相対、横的相対、前後の相対圏を作っています。故に、真の愛、神に通ずる愛を伴わなければ、永生の道は繋がりません。愛が根本であり、愛が目的です。原因と結果を統一するのが、創造理想の真の愛の基準です。永生は、真の愛によって生まれる。その愛によって生命が生まれてきたでしょう? 生命によって血統が繋がるのです。男の生命と女の生命自体が百パーセント沸き出して、みんな水蒸気となると、「ワーッ」と声が出ます。ぶつかることによって、プラス電気とマイナス電気が衝突して雷が鳴り、雨が降り注ぐのと同じように、男女が一つになって無になっていく境地に、自分の代わりの者を残していくのです。それが子供です。このようにして球体を作りながら、大きくなった後には、縮まっていくのです。愛した後には、みんな元に帰るのです。ゼロに帰る。
 そのようにしながら何を残すかといえば、核心を残す。そして、核心を縦的に相続します。それが子供です。子供は自分の代わりの実です。だから、愛さざるを得ません。自分を愛するからです。神様の子女である人間も、神様の代わりの者です。永生は愛によって繋がります。故に、永生の環境を持つには、愛の環境を中心とする生活をしなければなりません。愛の実体圏をもつには、愛を中心として実体的体恤をなした存在として行かなければなりません。
 秋になった場合には、一年中にどのくらい成功的な過程を通過して、立派に結実したかが、秋の実を見ればみんな分かるのと同じく、人も、また、統一教会の祝福家庭の結ぶ実も、皆同じではないというのです。夫婦共に、内的な愛をいかに表面化させて、世界に拡大するか。親戚に影響を及ぼし、世界にいかに影響を及ぼすか。先生一人が生まれてきて、自由主義世界、共産主義世界にどれくらいの影響を与えてきたか、考えてみなさい。アメリカでもそうです。レバレンド・ムーンの思想というものは、宗教界だけでなく、政治界においても問題にせざるをえません。
 それが一時の運命です。先生の一生というものは、百年にも満たない短い期間です。それを、いかにして永遠の歴史に通じさせるか。生命の基盤と神に通ずる愛の基盤が、永遠に、無限に拡大しえる背後関係を結んでいるから、短い生涯において、永遠の、無限な環境圏を結ぶ可能性があるのです。それ以外の理論は何もありません。真の愛の関係、真の愛を動機としてすべてを犠牲にしていくところに、唯一の結果・結実が生まれる。動機から過程、結実まで、完全なる勝利の基盤をなしえたのですから、それは、すべてが関心を持たざるをえません。

    メシヤ思想、親思想、父母思想の道はすべてを包容する

 生活の中心が、神と真の父母です。愛は、神と真の父母から始まるのです。故に、内的生活は神と、勝利的真の父母と共に生き、共に働き、共に愛するのです。だから、夫婦愛は勝手にしてはなりません! 神様を中心として生活する。それは、体恤的な生活であり、同じ立場に立った同域、統一圏を立てなければなりません。
 故に、男・女二人が、天宙を圧縮したタックス(注・留め金)です。夫婦が真の愛をもって愛することによって、宇宙すべてが引っ掛かるのです。生命は細胞からできているでしょう? 相対圏の細胞自体が作用し、生きていこうとすれば、生命の因縁の下に、愛のために生きるのです。男・女は愛のためにできたのです。
 結果主管圏と直接主管圏は縦的ですか、横的ですか? (「縦的です。」)何故ですか。人間は、元々横的になっています。だから、縦的基準に繋がるのです。責任分担ということをなすことによって、縦的な主人が設定され、その後に、真の愛によって横的な主人が設定されるのです。アダム・エバが責任分担を完遂することによって、神様が自分の縦的な存在になるのです。自分達は横的な存在になり、真の愛によって一体化します。そこで初めて縦的なところにおいて結着します。その立場は、宇宙の愛の理想的本郷の地となり、根が降りる基盤となるのです。それが定着しなければ、軸が正しく立つことができません。軸を正しく立たせるためには、メシヤ思想、親思想、父母思想によらなければなりません。創造の神が親思想の道であるというのです。そうでしょう? それが軸になって立ったとすれば、それは永遠に動きません。そこで子供を生んだ場合には、その軸と自動的に一つになることによって繁殖します。それは、神と永遠に固着されるからです。神の愛と、神の生命と、神の血統と永遠に固着されます。それが崩壊状態になると大変です。復帰歴史が長引いてきたのも、すべてここに起因しているのです。
 責任分担をなすことを通して、神様と真の父母が一体となることによって、真の兄妹として、アダムはエバを守り、エバはアダムを守らなければなりません。そのようにして、縦的、横的関係を自分がいつも考えなければなりません。だから、神様の為、真の父母の為、兄弟の為に生きるのです。創造の神は、それはメシヤ思想は、真の父母と万民の愛。ところが、サタンは、そうはいきません。サタンは自分を愛します。「国も私に侍れ!」と言うのです。しかし、サタンには、侍る者がない。侍る伝統が立った場合には、すぐ神様に服従するのです。そもそも、「(私に)侍れ!」と言う伝統はないのです。
 自己全体の理論と全体内容を生活の焦点として、いかに招聘して引き入れるか。それには、神・真の父母・兄弟の為に生きるのです。そこにおいては真の愛を中心として、どこにでも同化しえるのですから、縦的な国に対しては、神様の身代わりとして扱った場合には、地獄の世界になりません。そのようにして生きる人は、「天皇が定めを知らなくても、私はそのように生きます」と言って、日本の天皇を神の代身者の如く敬い、侍っても罪になりません。「この国の中心的基準は、将来、私達の真の父母が立てるべき基準を臨時に立てたものです」という思いをもって国を愛する人が、神を愛した基準にそのまま通ずるのですから、サタン世界を包容することができるのです。それを放棄してしまった場合には、サタン世界を救うことができません。
 アダム・エバが長子権復帰した場合には、サタンと逆の方向に立って、長子は自らの命を懸けて保護しなければなりません。[私達は、そのように怨讐圏までも愛さなければならない]という思いを持っているのですから、世界主義と天宙主義を持つ統一教会の主義は、その国のすべてを包容し、消化してもなお余りある主義です。従来の共産主義や民主主義世界の人々は、「自分の一家族主義や一国家主義を放棄して、その主義に従いましょう」と言っているのです。心情的因縁で結ばれているサタン世界の伝統も、神側の肥料とか消化物として吸収することのできる立場に立つのですから、サタン世界の中であっても、良い物は良い物として受け入れても、それは可能だというのです。それで、「地獄も、神に帰る道がある」と言えるのです。



一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
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Last updated  2022.02.02 19:56:39
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