文中のバイは「い○らんなだけ」「逃げなだけ」というところ。どのようなマイノリティーもがいしてそうですが、同性愛者も「アイデンティティー」を非常に重んじます。同性愛者には、バイはアイデンティティーがさだまっていないと見なす人もいます。で、バイセクシュアルの男性は、同性愛者の男性にとっては脅威になります。そして異性愛者が同性愛者を「序列をこわす存在」と認識するように、同性愛者はバイを認識する。

イギリスでの話。あるストレートの男性は、一人目の妻に去られ、二人目の妻にも去られ、現在は三人目の妻とうまくいっています。で、一人目と二人目の妻が去っていった原因は同じなのですが、しかし二人目の女性はバイだったため、愛する女性のもとへ走った。こういうことがあると、「だからバイは」的な偏見が周囲に生まれます。ところが、一人目はストレートの女性だったではないかというまっとうな疑問を私は抱きます。二人目の奥様が「彼から去っていった理由」と、「逃げていった先が女性であることの理由」は違うだろうに、その区別をつけない、つけたくない、つける気もない人々が、同性愛者にも異性愛者にもいくらでもいるのです。

同性の同性愛者を前にして、自分がどうしていいのかわからなくなる異性愛者は珍しくないわけですが、これについてはそうなる異性愛者がよくよく自分について考え直す必要があるでしょう。バイを前にして、自分がどうしていいのかわからなくなる同性愛者も同じですよね。

ちなみに上述の男性が三人目の妻とうまくいっている理由は、過去2回の離婚をまねいた原因が除去されていることが大きい。2人に去られたのみならず、非常に著名な方ゆえ、スキャンダラスに語られてしまうせいもあり、ナンダカンダ本人もいい加減、こりたようです。女性3人すべてが彼と同業者ゆえ、業界内は大騒ぎ。そりゃ、こりますよね。^^; (2006年12月13日 18時05分48秒)

ルナ・ワールド

ルナ・ワールド

PR

プロフィール

月野 かぐや

月野 かぐや

コメント新着

コメントに書き込みはありません。

カレンダー

2006年12月04日
XML
カテゴリ: 考えちゃうこと



親切で、ケント・デリカット並みの分厚いめがねをかけた
ちょっとひょうきんなルックスの先輩P(♀)に出会った。

やっぱりまだ大学に慣れない頃で
その先輩Pのこともまだよく知らない頃、
その人が階段を降りてくるところに出くわし
軽く挨拶しがてら、どこに行くのかと聞いたら
「ちょっと寝不足で疲れてるから、彼氏のベッドで昼寝をしてこようと思って」と言われ、
「彼氏??」とものすごい違和感を感じたことがあった。


すごく尊敬していて、不思議なほど性を感じさせず
でも、この人は実際のセクシュアリティーがなんであれ
宗教的な理由から、ヘテロとして生きていくのかなぁ~~
なんて思っていた先輩S(♀)と
実はこの1年ほど付き合っていて
かなり真面目な付き合いである
ということを人づてに聞いて
「ああ~~、納得納得。
確かにあの二人ならお似合い。
でも、いろいろとプレッシャーがあって大変だろうなぁ。
うまく乗り越えられればいいけれど・・・。

なんて部外者らしく気楽に考えていたら
その何年か後かにその二人は別れてしまったらしい。

二人ともとてもいい人だっただけに
残念
と感じたのは私だけだったろうか。



一応は女子大のなのだけれども
大学を卒業してから性転換手術を受けた同級生がいる。


同じ大学やその周辺の大学出身で
大学時代を一緒にすごした人たちとお昼を食べてるときに
「もしかして、あの人がうちらの大学の初の男子卒業生じゃない?」
とみんな面白がりながら興奮気味に話していた。
もちろん私もその一人。


男の子で
うちの大学に行けないのは
逆差別なのではないか、
と食って掛かった子がいたらしいが
(授業・専攻・寮などがほぼ共同運営されている
共学の大学が道を渡ったところにあるにも関わらず)
その子は、当然「男」ということで
願書も受け付けてもらえなかった。

当たり前だ。
お隣の共学大学に通う男で
しょっちゅう「君らの大学は、男を受け入れないことで逆差別してるんじゃないの?」
なんてねちねちと大学生活4年間中、
言い続けてきたやつもいるけれど
本当にうるさい。

そういう台詞は
女性差別がほぼないと言っていい世の中にする努力をしてから
吐いてくれ、
と言いたくなる。


ま、とにかく。
男性が生まれつきの男性として入学することはできなかったわけだけど
女性として入学して、女性として卒業して、その後男性になった人は
当然オッケーだろうと思う。

もちろん、そこで話題になったのは
性転換をしている最中の人は入学できるのだろうか、とか
じゃあ、入学申請をした時点ですでに性転換を完了してる人は?
どっち向きならオッケー?
生まれつきは女なんだけども、男になって
でもやっぱり女子大に行きたいよぉ~~
って人は?とか・・・。

面白半分にみんなで想像してみました。
あまりに未知の世界で
結論には達しえなかったのだけど。


セクシャリティ:他には。

う~~~ん・・・。

ゲイ・レズの人の中には
トランスセクシュアル(ニューハーフなどの性転換をした人)は気持ちワル!
バイセクシャルはい○らんなだけなんでしょ、
または、バイは自分がレズ・ゲイだと認められない人の「逃げ」なだけ
と言う偏見もあるもよう。

でも、一度「バイって男とも女とも関係が持てて、両方の世界の良いところが味わえて一石二鳥ン♪」
なんて言い切ってる19歳だかに会ったこともあって
「ちょっとそれは違うだろ。」と思ったこともあった。

そういえば、最近は「汎セクシュアル」という呼び方も存在してる模様。
要は、相手のセクシャリティは全く関係ない、という立場。

でも、そういう人は
相手が誰でもいいわけではなくて
相手の年齢・ユーモア感覚・経験・学歴などなど・・・
相手の性やセクシュアリティとは違うところで相手のことを見極めようとしてるんだよね。

なんとも大変そうだ・・・。

ヘトロであれば、異性全員が相手になりうるのかといえばそうではなく、
レズ・ゲイであれば、同性全員が相手になりうるのかといえばそうでもなく、
バイであれば、異性同性誰でも相手になりうるのかといえば、やっぱりそうでもなく・・・。

恋愛関係がそんなに簡単なものだったら
世の中、「恋愛」はそんなに人の話題に上らないはず、と思うのは私だけではないのではないでしょうか。



ぷちっ。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012年04月16日 03時57分51秒
コメント(16) | コメントを書く
[考えちゃうこと] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:セクシュアリティ(12/04)  
同性愛の性行為では子供は絶対できない...ゆえに
性行為に子孫という大義名分を与えている文化では
同性愛は淫乱というカテゴリーに
入れられやすいんじゃないかな?
(バイだろうがゲイだろうが)

愛情に性行為は不必要なんだし(家族愛・博愛etc)
わざわざ「同性愛」って銘打つ場合は
「性行為」がある事を暗に前提としているから。
性行為が無ければ単なる「友情」でいいわけだしね。

男女間のロマンスでも性行為は含まれるんだけど
その先の「子供=家庭」があるかどうかが
分かれ目になってるんじゃないかな?
(ゆえに文化によっては、
あえて子供を持たない夫婦への風当たりも強いのかも?)

と、セクシュアリティについては
こんなことを、時々、ぼんやり考えています~~ (2006年12月08日 04時32分21秒)

手結川 中マロさん  
ごめんなさい。
ネット離れが成功し過ぎてて、自分のところの書き込みにもなかなか返事をしなくて・・・。汗。

>性行為に子孫という大義名分を与えている文化では
>同性愛は淫乱というカテゴリーに
>入れられやすいんじゃないかな?

多分そうかなぁ~と思います、私も。
微妙に話がずれててちょっと不安なのですが、私が上で言ってるのは、別に「異性愛者や社会一般に淫乱と思われる」と言ってるのではなくて、「同性愛者に」バイセクシャルが淫乱と思われるという偏見があるってことははっきりしてますか?

で、同性愛に性行為が必要かどうかって話ですが、
異性愛のことを考えたときに性行為をするようになる以前から
「片思い」やら「BF・GF」なるものが存在できることを考えたら
性行為は前提にならないと思います。
同性愛=いやらしい(または「異常な」)性行為は偏見だと思う。

性愛は行為が伴おうと伴わなかろうと友愛や友情とはちょっと違うと思います。
ただし、異性愛が前提となっているところでは、同性愛的愛情表現方法がかなり許容されていて、その中で満足できる同性愛者をかくまる可能性はあると思うけど。

>男女間のロマンスでも性行為は含まれるんだけど
>その先の「子供=家庭」があるかどうかが
>分かれ目になってるんじゃないかな?
>(ゆえに文化によっては、
>あえて子供を持たない夫婦への風当たりも強いのかも?)

生殖行為としての性行為なのか、快楽のための性行為なのか、ここらへんの葛藤にはすごいものがありますよね。「子供」が分かれ目は確かにそうだと思います。

>と、セクシュアリティについては
>こんなことを、時々、ぼんやり考えています~~

カキコ、どうもありがとうございました~~
以後もよろしく♪
(2006年12月11日 03時04分51秒)

Re:セクシュアリティ(12/04)  
リー姐 さん
>バイは自分がレズ・ゲイだと認められない人の「逃げ」なだけ
>と言う偏見もあるもよう。

これ、私はずいぶん聞いてきていますね。「気をつけろ」「交際しないほうがいい」とまで言われてきていますが(苦笑)。

>恋愛関係がそんなに簡単なものだったら
>世の中、「恋愛」はそんなに人の話題に上らないはず、

「恋愛」については、親離れしようとしている世代に特有な要素もあれば、現実逃避の場合もあるし、単なる性的好奇心を「恋愛」と勘違いすることもあるでしょう。そして資本主義に抱き込まれてしまい、その結果としての「恋愛願望」および「恋愛」というのもあるでしょうね。しかし、どのような「恋愛」であれ、それが友愛であっても、誰が誰と交際するかというのは、それは強く個人的なものだと思うのですよ。

ビジネスでもセックスでも何でもパートナー(選択)と職業(選択)については、これほど当事者の“趣味”“指向”でしか決めようがないものはないと思っております。たとえそれが流行に便乗しているものだとしても。

それでアメリカ支局?に取材依頼です(って、これ、失礼な言い方だったら、ごめんなさい!)。こちら日本では、性同一性障害で表に出て語るのは、戸籍的には男性の人のほうが多いのですよ。そちらアメリカーーあるいはNYやLAあたりではいかがでしょうか?
(2006年12月12日 10時32分45秒)

リー姐さん  
>>バイ
>「気をつけろ」「交際しないほうがいい」とまで言われてきていますが

そうなんですか!!
何か悲しいなぁ~~。

>どのような「恋愛」であれ、それが友愛であっても、誰が誰と交際するかというのは、それは強く個人的なものだと思うのですよ。

それは確かにそう思います。

>パートナー(選択)と職業(選択)については、これほど当事者の“趣味”“指向”でしか決めようがないものはないと思っております。たとえそれが流行に便乗しているものだとしても。

そうなのですが、友愛や性愛をきっちり区別している人もいるし、性愛を性行為の伴ったもののみ、と規定している人やコミュニティもあれば、現代クィアスタディーズ系コミュみたいに、それこそ古典的(?)な恋愛観に則った、プラトニックな性愛もありという恋愛観を同性間恋愛にも普及させた人やコミュニティもあり・・・。でも、一旦その異性間恋愛のモデルに基づいた同性間恋愛観も認められなければ、同性恋愛はずっと異性恋愛よりも下に見られる、という危機感が私の中にあります。同性間でも、異性間と同じように「友情」のみ、または友情・友愛+性行為だけでなく、「恋愛」も可能である、ということは常識として認識されてないと同性間カップルの社会的地位向上はさらに遠い未来のことになる、と感じています・・・。

>日本では、性同一性障害で表に出て語るのは、戸籍的には男性の人のほうが多いのですよ。そちらアメリカーーあるいはNYやLAあたりではいかがでしょうか?

う~~ん・・・。
実は私もそこまで個人的知り合いがあるわけでもなく、そのコミュニティに詳しいわけでもないので、よくわかりません・・・。
私の知っているケースでは女性のほうが多いのですが、とうてい統計的に当てになるようなサンプル数ではないし、勘がない・・・。
役立たずでごめんなさい!
(2006年12月12日 20時12分29秒)

補足  
>「同性愛者に」バイセクシャルが淫乱と
思われるという偏見があるってことははっきりしてますか?>

だいじょうぶ、はっきりしてるよ~~~(笑)

バイに対して偏見を持つ同性愛者は
自分自身を異性愛者と同等と考えていると思う。
(で、実際に、私は、同等だと思う)
そして、バイに対して、異性愛者の一部が
同性愛者に抱くような偏見を持つ言もあるでしょう。
その場合、自分が世間的にバイと同じカテゴリーに
入れられることに我慢ができなくなるだろうし。

同性愛者間に性行為が不可欠なわけじゃないけど
性体験のある大人が「同性愛」に対して
肯定的にも否定的にも語る場合
(或いはイメージする場合)は
基本的に「性行為」を前提にしていると思う。
これは、異性愛でも同性愛でも同じ。

異性間でも同性間でも肉体関係なしに
強くひかれあい情愛を持つプラトニックな関係は
ありえるけれど、異性間だと、
「あの二人できてるんじゃ(笑)」などと周囲から
疑われ(^^;)たりもするけれど、同性間の場合
本人達が同性愛者だと公言している場合を除いて
お互いに心の中では惹かれあいながらも
それが愛だと気づいていない
(或いは、認めたくない)
また同時に周囲も気づかない...なんて例は
いくらでもあると思うよ。
もっとも、最近は、同性愛者が
随分と公で一般的になってきたから
こんな例も減ってきてるかもしれない。

動物にだって同性愛もバイもあるわけだし
もともと、宗教や文化の影響で
はっきり言葉にされていなかった
(或いは、そもそも、さほど注目や差別されていなかった)
同性愛の感情や行為が、
ビクトリア時代あたりから(?)
差別されつつ同時に認識されるようになってきたんだと思う。 (2006年12月12日 21時34分24秒)

手結川 中マロさん  
Re:補足
>だいじょうぶ、はっきりしてるよ~~~(笑)

良かった良かった(^^)
多分大丈夫だと思ったのだけど、再確認できて安心しました♪

>バイに対して偏見を持つ同性愛者は
>自分自身を異性愛者と同等と考えていると思う。
>(で、実際に、私は、同等だと思う)

そういうことなんですよねぇ。
自分が思ってたよりもその偏見が普通にあるようで(うぶな私は)びっくりしました。
ここらへん、マイノリティ同士の「どちらがよりノーマルか(または特別か)」争いになってて「なんだかなぁ~~(問題はそこじゃないだろ)」と思ってしまう。

>性体験のある大人が「同性愛」に対して
>肯定的にも否定的にも語る場合
>基本的に「性行為」を前提にしていると思う。
>これは、異性愛でも同性愛でも同じ。

確かにそうですよね。

>同性間の場合
>お互いに心の中では惹かれあいながらも
>それが愛だと気づいていない
>(或いは、認めたくない)
>また同時に周囲も気づかない...なんて例は
>いくらでもあると思うよ。
>もっとも、最近は、同性愛者が
>随分と公で一般的になってきたから
>こんな例も減ってきてるかもしれない。

うん。まあ、逆に同性間の友人関係に「疑い」がもたれたりするのです。Aなんて、大学以来の友人(同性)とできてんじゃないかとよく思われるらしいです。

>動物にだって同性愛もバイもあるわけだし
>もともと、宗教や文化の影響で
>はっきり言葉にされていなかった
>(或いは、そもそも、さほど注目や差別されていなかった)
>同性愛の感情や行為が、
>ビクトリア時代あたりから(?)
>差別されつつ同時に認識されるようになってきたんだと思う。

うん。
結局似た考えだったようです。
時間がかかっただろうにわざわざ補足していただいてありがとうございました。
(2006年12月12日 22時42分51秒)

Re:セクシュアリティ(12/04)  
リー姐 さん

リー姐さん  

>文中のバイは「い○らんなだけ」「逃げなだけ」というところ。どのようなマイノリティーもがいしてそうですが、同性愛者も「アイデンティティー」を非常に重んじます。同性愛者には、バイはアイデンティティーがさだまっていないと見なす人もいます。で、バイセクシュアルの男性は、同性愛者の男性にとっては脅威になります。そして異性愛者が同性愛者を「序列をこわす存在」と認識するように、同性愛者はバイを認識する。

>同性の同性愛者を前にして、自分がどうしていいのかわからなくなる異性愛者は珍しくないわけですが、これについてはそうなる異性愛者がよくよく自分について考え直す必要があるでしょう。バイを前にして、自分がどうしていいのかわからなくなる同性愛者も同じですよね。

そういうことですよね。
ゲイだろうがバイだろうがヘトロの周りからは同じ「性に関する秩序を乱すもの」という烙印を貼られるのに、自分達の中ではまた別の秩序作りが繰り返されるのは私には面白いと同時に残念です。こういうのを社会の諸所に見ていると「人間は愚かだ」とつい口走りたくなる。(苦笑)私もどこかでそういう秩序作りに参加はしてるのでしょうが・・・。

それにしても同性愛者が同性愛者「として」、それを中軸にしたアイデンティティー形成をするようになったのは比較的最近(ここ40年ぐらい)なような気がするのですがどう思われますか?
日本に限れば、大昔から色道でいろいろあったにしても、それでアイデンティティーが決定される、というようなことは少ないような気がしたのですが・・・。
(2006年12月14日 06時30分19秒)

Re:セクシュアリティ(12/04)  
リー姐 さん
アイデンティティーという意味もいろいろとあると思いますが、「同性愛者だと自己規定する」という意味であれば、40年前どころか、もっと前からそのように自己規定していた人はいくらでもいますよね。しかし「同性愛者としての生き方が尊重されるべきだ」とし、「市民権を得るべく」動き始めた、つまり自己規定だけではなく、他者からもそのように規定されるべきだと大々的に声をあげはじめたのは、ここ最近だろうな、と。

日本ですと、大々的に『薔薇族』という雑誌こそありましたが、市民権を得るべく創刊された雑誌ではないですよね、たしか? 日本でゲイが大々的に声をあげ、市民権を得るべく活動しはじめたのは、ここ10年くらいのことような気がします。同年代のゲイたちの中には、スペシャリストとして働きつつ、主にエイズ対策のためカミングアウトした人が珍しくありません。それぞれの分野で、ゲイとしてできること、やるべきことを最先端でやっているようです。ちなみに私と同年代というのは、80年代後半バブル期以降に学生時代を送り、かつ男女雇用均等法が施行された世代。結婚しないという選択肢もありうるとされ、4大の女子学生が「専業主婦になるか、一生働くキャリアウーマンになるか」などと葛藤するのがごく普通で、摂食障害も珍しくなくなり、男性の場合はひきこもりが珍しくなくなった世代です。

話が戻るようですが、かぐやさんのご意見をうかがいたのですが、男性と結婚しつつ、女性と性交する女性に対するレズビアンの非難、女性と結婚しつつ、男性を性交する男性に対するゲイの非難について、どう思われますか? あるいは申し上げたケースそのものに関する見解でもけっこうです。お教えくださいませ。m( )m
(2006年12月15日 09時32分13秒)

リー姐さん 一  
>アイデンティティーという意味もいろいろとあると思いますが、

まずは「アイデンティティー」という言葉の意味を吟味しなければならないようですが、私は単に自己規定をするもの、という意味だけではなくて、個人を規定する上で中心的役割を担うもの、と言う意味で使っています。

例えば、「ゲイらしい生活」とか(性生活などと関係ないところでも)「バイらしいインテリア」とかそういうことです。・・・といったところで・・・、リーちゃんの「規定する」とはどういう意味でお使いになってますか?しまった・・・・。ちょっとこんがらがってきてました。

>日本ですと、
>ゲイが大々的に声をあげ、市民権を得るべく活動しはじめたのは、ここ10年くらいのことような気がします。同年代のゲイたちの中には、スペシャリストとして働きつつ、主にエイズ対策のためカミングアウトした人が珍しくありません。それぞれの分野で、ゲイとしてできること、やるべきことを最先端でやっているようです。

その「ゲイとして」と言う、誰を伴侶と選ぶか、誰と付き合うか、誰を好きになるか、というところとは一見無関係なところでもって抽象的に「ゲイ」であることが中心的アイデンティティー形成を担っているのが最近の話ではないかな・・・と思ったのですが・・・。

(2006年12月15日 17時36分19秒)

リー姐さん 二  
>話が戻るようですが、かぐやさんのご意見をうかがいたのですが、男性と結婚しつつ、女性と性交する女性に対するレズビアンの非難、女性と結婚しつつ、男性を性交する男性に対するゲイの非難について、どう思われますか? あるいは申し上げたケースそのものに関する見解でもけっこうです。お教えくださいませ。m( )m

異性の相手の同意の下での行為であれば非難することもないだろうと一旦は思います。でも、その非難の裏にあるのは、そうやって隠れ「同性愛者」(同性間セックスする人をそう呼ぶとして)をやっている人の存在がカミングアウトしてる人の生活を難しくている、という危惧があるのだったら、それはそれで同性愛者側の悔しさなどの理論がわからないでもありません。特に同性愛者であることが社会的に難しく、それでもあえて同性愛者として生きていこうとしている人の場合。でも、基本的には、どういう形で付き合おうが、個々人や個々のカップルの勝手だろうと思います。そこにある社会的責任を考えるのが理想だとは思いもしますが、一方でそれを全ての個人に押し付けることも出来ないだろうと思うし、押し付けようとするのも問題があると思います。

ただし、知人の両親のケースで、長年結婚していた夫婦で、妻側は本気の結婚だったのに、夫側は仮面結婚としていて利用していて、結婚している間中ずっと別の男性と付き合っていたという人もいたのですが、(相手はずっと一緒ではなかったようです)そういうのは論外です。二股・三股がけ等は、基本的に相手の承諾なしではしてはいけないと思います。そして、当然のごとく相手の性別がなんであれ、性交は性交だと思います。ついでに、オーラルセックスもセックス。笑。

二股・三股なんて承諾する人がいるのかという問題は、言うまでもないかもしれませんが、相手と付き合う上でどこまで妥協したいのかということの兼ね合いでしょうね、お互い。


(2006年12月15日 17時41分53秒)

1:かぐやさんへ  
リー姐 さん
>例えば、「ゲイらしい生活」とか(性生活などと関係ないところでも)

はは~ん、わかりました! ご説明くだすって、ありがとうございます。m( )m  私の念頭にあったのは、「ゲイらしい生活」が市民権?を得ていない時代でも、ゲイらしい生活を送れる人もいたということです。ゲイであることが当たり前の業界も伝統的にありますよね。

>その「ゲイとして」と言う、誰を伴侶と選ぶか、誰と付き合うか、誰を好きになるか、というところとは一見無関係なところでもって抽象的に「ゲイ」であることが中心的アイデンティティー形成を担っているのが最近の話ではないかな

そうですね。そして、それはアメリカよりも、日本のほうが遅いと思っております。「ここ40年くらい」という点ですが、日本とアメリカでは違うと思っておりますので、そこが私のほうも「???」と(苦笑)。失礼いたしました! 

そして「ゲイらしい生活」ですが、少なくとも日本の場合、現段階においても、やはり職種にもよれば、それが可能な職種においてすら年代によりけりみたいです。たとえば作家など、「ゲイとして言う」ことが一見いくらでも可能なように見えますが、本人がゲイだと思われて当然のことを発言しているため、世間はゲイだと認識しているのですが、「ゲイとして言う」のではない、ゲイだとカミングアウトしない、という人もいます。これが崩れてくるのが、私と同年代になってからですから。ちょっと似ているのではないかと思うことが以下。芸能界ですと、私の年代よりも若い年代ですと、カミングアウトしようとすることがあるらしいです(が、事務所にとめられる。事務所がとめる理由は複数あるでしょうけれど、役者が出演できる作品の幅が狭くなるかもしれないという懸念もひとつあるのでしょうね。) 私と同年代くらいでは、まだ本人がカミングアウトしようとはしないようです。 (2006年12月15日 18時07分23秒)

2:かぐやさんへ  
リー姐 さん
>社会的責任を考えるのが理想だとは思いもしますが、一方でそれを全ての個人に押し付けることも出来ないだろうと思うし、押し付けようとするのも問題がある

ああ、同感です。

>知人の両親のケース

これとまったく同じケースを知っています。

>ついでに、オーラルセックスもセックス。笑。

ぶはっ(爆)。
(2006年12月15日 18時07分58秒)

リー姐さん  
>ゲイであることが当たり前の業界も伝統的にありますよね。

伝統的にそうではあっても、明治維新前後以来そうではなくなってきてしまった場合も多くありませんか?

>そうですね。そして、それはアメリカよりも、日本のほうが遅いと思っております。「ここ40年くらい」という点ですが、日本とアメリカでは違うと思っておりますので、そこが私のほうも「???」と(苦笑)。失礼いたしました! 

確かに時間軸がアメリカと日本では全然違いますよね。迷いながら書いたのですが、そこらへんちゃんと書かずにすみません。

>そして「ゲイらしい生活」ですが、少なくとも日本の場合、現段階においても、やはり職種にもよれば、それが可能な職種においてすら年代によりけりみたいです。
>芸能界ですと、

文化的マイノリティであることも似てますよね。例えば芸能界では在日コリアンがものすごく多いに関わらず、それを一般社会で知っている人は少ない。性的マイノリティであることも、それはそれで「そういう役割」しか回ってきませんよね。美川憲一さんとか見てるとすごく思うけど。あの人、女装するだけが脳じゃないのに、そういう役割しかやらせてもらえませんよね、もう。あ、そうそう。一般にはゲイ=オネエ言葉、女装趣味、という先入観もあるみたいだけど・・・。

>>知人の両親のケース

>これとまったく同じケースを

多いのでしょうね。アメリカの国会議員で、結婚していたのに最近カミングアウトした人も似たようなことをしていたみたいだし・・・。

仮面結婚とかって、利用するほうもされるほうもすごい心の傷を負うので、誰も仮面結婚をしなくていいように同性間結婚もさっさと認めたほうがいいと思うんですよねぇ~~。

(2006年12月17日 12時22分50秒)

Re:セクシュアリティ(12/04)  
リー姐 さん
>伝統的にそうではあっても、明治維新前後以来そうではなくなってきてしまった場合も多くありませんか?

イメージの持ち方の違いでしょうか、私には、明治維新以後、伝統的に同性愛者が当たり前の業界の場合、しばしば内部に閉鎖的なサークルが作られるようになったような感じがします。そしてようやく本当にここ数年、異性愛者間同様に、同性愛者間にもありうるパワハラが語られるようになりつつあるという感触を持っています。

>一般にはゲイ=オネエ言葉、女装趣味、という先入観もあるみたいだけど・・・。

ゲイ・バーの影響でしょうか(@@)←連れて行かれたことがあります。

>仮面結婚とかって、利用するほうもされるほうもすごい心の傷を負うので、誰も仮面結婚をしなくていいように同性間結婚もさっさと認めたほうがいいと思うんですよねぇ~~。

まったく同感です。法律という権威がGOサインを出すことで解決する要素は非常に大きいわけですから。個人的に仮面結婚によって大きな傷を追った息子・娘を見てきておりますので、それがなくなってほしいという思いもまた強く持っております。二人だけですめばまだしもだとすら思っております…… (2006年12月17日 21時07分07秒)

リー姐さん  

>>伝統的にそうではあっても、明治維新前後以来そうではなくなってきてしまった場合も多くありませんか?

>イメージの持ち方の違いでしょうか、

多分、私のほうが文学などから見るイメージ先行でしかものを見てなくて、史実を知らないでものを言ってると思います。

>>一般にはゲイ=オネエ言葉、女装趣味、という先入観もあるみたいだけど・・・。

>ゲイ・バーの影響でしょうか(@@)←連れて行かれたことがあります。

多分そうだと思いますが、ゲイ・バーもかなり周囲の期待に合わせた商業活動をしていると思うので、その「期待」はそもそもどこから来てるのだろうかなぁ~、と思っています。

>>仮面結婚

>まったく同感です。法律という権威がGOサインを出すことで解決する要素は非常に大きいわけですから。個人的に仮面結婚によって大きな傷を追った息子・娘を見てきておりますので、それがなくなってほしいという思いもまた強く持っております。二人だけですめばまだしもだとすら思っております……

そう。影響はずっと続いていくのですよね。例えば円地文子の「女面」の世界のように・・・。
(2006年12月20日 15時21分44秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: