Performers Radio Station

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2009年10月28日(水曜日)

2009年10月28日に、河北新報により配信された記事です。

We Love EAGLES!
名将去る―検証・野村監督退任(上)「今季限り」の理由(河北新報)
 東北楽天を率いて4年。野村克也監督(74)がチームを去る。球団創設初年度の2005年に97敗した弱小球団を、今季は2位に押し上げ、初のクライマックスシリーズ(CS)にも導いた。それでも、楽天野球団が退任の既定路線を変えなかったのはなぜか。退任に至る経緯や、野村体制後の課題を検証する。(東北楽天取材班)

 Aクラス、しかも2位という結果を残しながらの退任。結果がすべてのプロ野球界では極めて異例だ。ファンの目には、功労者へのひどい仕打ちとも映る。だが、その裏にはさまざまな「ひずみ」があった。

 監督の代名詞である「ぼやき」がその一つ。人生訓につながる言葉や歯に衣(きぬ)着せぬ選手批判は、全国のファンの心をつかんだ。だが、言われた側が発奮材料としてとらえられる範囲を超えた例もあった。

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の疲れが残り、今季の前半戦は完投が難しかったエース岩隈久志投手に対し、「マウンドを降りたがる、岩隈病」と酷評。途中降板を申し出たほかの投手にも転用した。3本柱に成長した永井怜投手が、少しでも崩れると「頼りにならない手水(ちょうず=便所)の柱」とやゆしたこともある。

 ある主力野手は「直接言ってくれればいいのに、いつもマスコミを通じての公開非難になる。自分だけならまだしも、報道を見た家族が傷つく」。報道陣にも、「監督を持ち上げてばかり」と不快感を示す。

 もちろん山崎武司内野手ら、ぼやきを糧にした選手もいる。しかし、CS進出を決めた10月3日の試合後の祝勝会で、選手会長の岩隈が「監督の有終の美を飾りましょう」とあいさつしたように、今季限りだったからこそ、選手が監督の下で結束できた面は否めない。

<多数意見採らず>
 采配(さいはい)力の衰えを感じさせる場面もあった。21日のCS第2ステージ第1戦。逆転サヨナラ弾を喫した福盛和男投手が、高熱からの病み上がりだったことに、監督は「聞いていない」。しかし、ある関係者は「報告は上がっていたし、監督は何度も『大丈夫なのか』と聞いていた。忘れてたんでしょ」。シーズン中、選手交代でコーチが何度も確認した後、「10秒前と違うことを言う」こともあった。

 息子の野村克則バッテリーコーチの重用が、不協和音を生んだケースも。9月2日の西武戦。3―1の七回2死一塁で左打者栗山巧外野手に対し、先発永井から左腕有銘兼久投手に代え、逆転負けにつながった。栗山は永井を打ちあぐね、むしろ左投手を得意としていた。コーチ陣の多数意見は「続投」だったが、克則コーチの進言が採用されたという。「(交代が)総意ではない」。コーチ陣はシーズン中に何度か、この言葉を口にした。
 オープン戦中のバラエティー番組出演、公式戦中の講演…。監督のプライベートな活動も、球団は制御しきれなかった。

 表立っては言えない退任の事情。島田亨オーナー兼社長は11日深夜の会見で、「来季は新体制で、ということは決まっていた。あらためて理由を述べるまでのことではない」と話すにとどめた。

<感謝の言葉なく>
 とはいえ、球団の対応にも疑問が残る。三木谷浩史会長、島田社長が現場を訪れることはほとんどなく、CS進出を決めた試合も、仕事の都合で2人とも不在。配布されたコメントに、監督への感謝の言葉はなかった。

 球団幹部の不用意な発言が、混乱に拍車を掛けた点も否めない。快進撃を続ける夏場に続投の可能性をにおわせ、最後は「言った」「言わない」となる始末。結果を出し「体は平気。せめてあと1年」とやる気を見せる相手に、「契約満了と高齢」という理由だけでは通じない。ついに監督は「楽天イーグルスは好きだけど、楽天球団は大嫌い」と言い放つまで、溝が深まった。
 コミュニケーション不足が招いた、退任のドタバタ劇。名将と称された監督、球団ともに、いい印象を残さなかった。

[ 2009年10月28日水曜日 ]
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