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先日再び広島県の福山へ出張する機会があり、念願だった老舗BAR「さくま」にお邪魔してきました。 BAR「さくま」と言えば、中国地方のBAR愛好家で知らない人がないほどの老舗の1軒です。マスターの佐久間さんはことし77歳ですが、とてもそんな歳には見えない現役バーテンダーです(今も自転車で通勤されているとか)。 オープンしたのは大阪万博の前の年の1969年とのこと。ただし当時は現在とは別の場所にあったそうで、20年ほど前に現在の船町に移転されたといいます。 初めて訪れた「さくま」は、ゆったりとした空間の中に、長いチークのカウンターに12席ほど。さらにテーブル席が3つあります。木やレンガを基調にした、あったか~い(温かい)雰囲気です。 関西のバーテンダーにも佐久間さんは有名人です。僕が大阪キタの行きつけのBar「K」や「C」のマスターにも親しい存在です。「福山へ行ったら、佐久間さんによろしくね」。何人かからそう言われました。 佐久間さんはNBA(日本バーテンダー協会)中国地区本部や倉敷支部の幹部をされています。毎年倉敷で開かれる支部主催のカクテル研究会には関西のバーテンダーも参加し、懇親しているそうです。なるほど親しい訳です。 大阪から出張で来た僕らを佐久間さんは、「遠いところを有難うございます」と歓迎してくれました。もちろん関西のバーテンダーの話題でも盛り上がりました。 聞けば、佐久間さんはもともとは熊本の出身とか。理由は聞き忘れましたが、なにかの縁でこの福山に腰を落ち着けることになったそうです。 1杯目。ジン・リッキーは生ライムがしっかり絞り込んであって、とても爽やかでした。2杯目はスコッチでハイボールを頼みました。すると、佐久間さんはウイスキーを入れる前に、先にソーダを注いでいます。 「どうしてソーダを先に? 普通はウイスキーが先というのが多いですよね」と聞きたがりの僕は当然尋ねます。「この方が(ソーダの)泡がこわれにくいんですよ」と佐久間さん。なるほど、長年の経験からくるこだわりなんですね。 帰りの新幹線の時間を気にしつつ、「最後にもう1杯、モルトでも」と思っていると、佐久間さんは「これ、おすすめです」と棚から出してきてくれました。 94年のラフロイグ12年のボトラーズもの=写真左。オフィシャルにはない、ひと味違ったラフロイグです。「意外とまろやかで旨いですね」と僕。美味しいモルトと老バーテンダーが創り出す温かい雰囲気に酔いしれた福山の夜でした。佐久間さん、ほんとに有難う!【Barさくま】広島県福山市船町3-3・2F 電話084-925-7212 午後6時~2時 火休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/05/31
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先日、大阪キタにある馴染みのBAR「C」にお邪魔しました。すると、このお店のマスターHさんの下で修業中のバーテンドレスさんFさんが「あした、お誕生日でしたよね?」と言いました。 「なんで知ってんの?」とびっくりする僕。バーテンドレスさんは、常連様の誕生日くらいきちんと記録(記憶?)してますよと言わんばかりに、ただにこにこと笑っています。 その後、僕の前にやってきたマスター。「せっかくだから、何かお祝いに差し上げますよ」と何かのモルトを(僕に見えないように)テイスティング・グラスに入れ始めました。 そして出てきたのは何と2杯(種類)も! マスターは「ブラインドで当ててみて」と目で話して、何を出したかは言いません。 「う~ん、何だろう」と口に含む僕。「一つはボウモアには間違いないと思うんだけど…」とまず第一印象。「とくに、60~70年代前半のボウモアだよね? こんなにオレンジやパッション・フルーツ系の味わいが効いているのは…」とつぶやきながら、マスターの顔色を探る。 マスターは、ただにやにやして僕のテイスティングを見ている。その表情から、僕はどっちも同じ銘柄かなと推理した。「アイラには違いない。でもこれだけ柑橘系が効いていて、奥行きもあるのはボウモアしか知らないなぁ…」。 悩んだ末に、「一つはボウモアのダンビーボトル12年かボトラーズのピアレス(いずれも60年代)、もう一つはオフィシャルの70年代ものかな」と推理したが、マスターが「これです」と持ってきたボトルたち(写真左上)を見て、僕は腰を抜かしそうになった。 何と1本は、ボウモア蒸留所200周年を記念して発売された、ファン垂涎の「バイセンテナリー・ボトル」(1979年発売の15年もの=すなわち1964年蒸留)と、もう一つは陶器ボトルの限定ボトル(何の記念ボトルか、何年ものかをメモするのを忘れてしまったけど、貴重なもの!)。 こんな心憎いプレゼントってある?! 普通には飲めないボトル。もし運良く飲めたとしても1杯4、5000円くらいするような貴重な銘酒。それを惜しげもなくプレゼントしてくれるなんて! こんな幸せな夜は年に何回もないだろう(写真右=3杯目も貴重なボウモアを飲んだ。モリソン・ボウモアが所有する前の時代の…)。 僕はこのBARに通い始めたのはオープン直後からで、もう9年近くになる。今では僕の「ベスト5BAR」に入る店であり、マスターHさんの素晴らしい技術もあるけれど、何よりもその人柄と心憎いまでのホスピタリティに惚れ込んだからに他ならない。 常連の誕生日はきちんと記録している。そして、その人が来るたびに確認している。さらにそんな動作が、弟子であるバーテンドレスにまできちんと伝わっている。これぞ本当のサービス! この素晴らしい気配りに乾杯! Hさん、本当に有難う! 心から感謝します! 予想もしなかったプレゼント=極上の銘酒に酔いしれた夜でしたよ!こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/05/24
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先週の金曜(16日)の夜、まもなく建て替えのために閉館となる大阪フェスティバル・ホールでのコンサートに行ってきた。ジャズの歴史そのものとも言える、ソニー・ロリンズを聴くために…(写真左=今回の日本ツアーのポスター)。 ソニー・ロリンズと言えば、ジョン・コルトレーンと並ぶジャズ・サキソフォンの代表的な奏者。1930年9月生まれだから、御歳77歳。1950年にデビューし、マイルス・デイビスら名だたるミュージシャンと共演しつつ、半世紀以上過ぎた今なお、第一線で活躍する稀有な存在である。 ロリンズは、3年前の2005年の来日公演が「最後のワールド・ツアー」と言われていたので、もう一度来日するとは予想外だった。今回のツアーのタイトルは、それを意識したのか「I’m Back」。もうツアーからは引退すると言っていたので、「復活」をアピールしたかったのかもしれない。 しかし年齢が年齢(77歳)である。僕は、「おそらくはもう最後の来日で、今回を逃すと二度と生ロリンズは見られない」と思って、万難を排してコンサートへ足を運んだ。 約2700人が入る会場はほぼ満席。今回のツアーでロリンズは5人(トロンボーン、ギター、ベース、ドラムス、パーカッション)のバックバンドを従えていた。ベースはやはり50年来の友であるという、ボブ・クランショー。 ロリンズはしばしばピアノレス・バンドが好きと言われているが、今回もピアノレス。音の厚みに若干問題があるというピアノレス・バンドだが、コンサートではギターがしっかりピアノの代わりを果たし、トロンボーンは時には弦楽器(ストリングス)のようにしっかりとロリンズのサックスをサポートしていた。 正直言って、ロリンズのアルバムはそんなに聴いた訳じゃない。全発売アルバムの10分の1くらいかもしれない。しかし、それでも彼のテナーは僕の心を十分につかんで離さない。御多分にもれず、僕も「サキソフォン・コロッサス」(写真右上)という彼の最も有名なアルバムから聴き始めた。 それから、「テナー・マッドネス」「ビレッジ・ヴァンガードの夜」(写真左)「アルフィー」(写真右下)などと聴きつないだ。とくに、「アルフィー」の中のタイトル曲「アルフィーのテーマ」は僕の大好きな曲の一つ。 ロリンズの素晴らしさはジャズだけにとどまらず、ラテンやボサノバ、ロックとのコラボレーションを積極的に展開し、彼自身の演奏にもジャズだけにとらわれないスタイルを確立したこと。スティービー・ワンダーの曲「Isn't She Lovely?」を取り上げたり、ローリング・ストーンズのアルバム「刺青の男」に参加したこともある。 ステージのロリンズは、歩き方こそ年相応によろよろしていたが、ひとたびサックスを吹き始めると、それこそ「テナーの帝王」に変身した。音には往年の力強さはないが、一言で言えば「円熟」。心から歌い上げるような表現力の豊かさは、決して衰えを感じさせなかった。 約2時間10分のコンサート。生けるジャズの伝説、ロリンズを目の前で見て、聴いて、僕はこの夜至福のひとときを満喫した。もちろん、あの「セント・トーマス」もやってくれた(写真左=ロリンズをまだ知らない方の入門編には「ベスト盤」がおすすめ)。 ソニー、本当に有難う! 貴方と貴方の音楽を知り合えて、僕は幸せです。どうか体を大事にしてこれからも元気で、テナーを歌い上げてほしい。 【2008.5.16.のセットリスト】Sonny,Please、 They Say It's Wonderful、 In The Sentimental Mood、 Someday I'll Find You、 Nice Lady、 Serenade、 St.Thomas、 Why Was I Bornこちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2008/05/18
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黄金週間の最後の5月4~6日、親戚のご夫婦のご招待を受けて、愛知県犬山から岐阜県下呂温泉へと2泊3日の旅を楽しんでまいりました。 犬山を訪れるのは初めてですが、新幹線と名古屋鉄道を乗り継ぐと、大阪からわずか2時間ほどで到着です(名古屋までの新幹線は黄金週間のピークとあって、結構混んでいました)。 犬山へ着いた僕らは、まずは親戚のご自宅へ。親戚宅の玄関には、白と赤の美しいつるバラが2階にまで伸びて、見事なアーチをつくっています(写真左)。 40平米ほどの庭には、色とりどりの花が咲き乱れ、花のほかにも、ハーブや野菜たちが、大切に育てられています。 ガーデニングは花への愛情と体力が必要な趣味ですが、広い庭をお二人でしっかりと手入れされているのを見て、ただただ感心。個人的には、オリーブの大きな木もあったのが羨ましかったです(写真右=手入れのよく行き届いた見事な庭)。 親戚宅で昼食をいただいた僕らは、ご夫妻と一緒に犬山で最も有名な観光名所である「国宝・犬山城」へ。犬山城は、昔から一度は行ってみたいと願っていた城です。 日本では、姫路、彦根、犬山、松本という4つの城が「国宝指定」されていますが、犬山城はなかでも戦国時代の天守閣が現存している唯一の城です(写真左=親戚の奥様は「トールペインティング」の先生もしています)。 犬山城は天文6年(1537)、織田信長の叔父にあたる織田信康によって築城され、戦国時代の間は城主が何人も代わりました。その間には秀吉が一時期城主だったこともあります。 しかし、江戸時代に入って元和3年(1617)に尾張藩付きの成瀬正成が城主になってからは成瀬家が代々城主を務め、廃藩置県の後も、成瀬氏の子孫が代々個人で城を所有するという不思議な形が、2004年に財団法人となるまで続きました(写真右=犬山城天守閣)。 黄金週間とあって、全国からの観光客でごった返しているだろうなぁと覚悟していましたが、意外や意外、天守閣へは(人出はそこそこありましたが)並ばずに入れました。 ただ、3層4階の天守閣の最上階へ登るには、彦根城と同様、急で狭い階段を何回も上らなければなりません。結構汗をかきます。いい運動になりますが、高齢の方にはちょっときついかも。 犬山城を見学した後、僕らは古い家並みの残る犬山の城下町を散策。夜は泊まったホテルのレストランでライトアップされた天守閣を眺めながら、美味しいフルコースをいただきました(写真左=古い家並みが残る犬山。これは酒屋さんです)。 翌5日は、朝8時半にホテルを出発し、親戚ご夫妻と一緒に犬山のもう一つの観光名所である「明治村」へ。明治村はその名の通り、全国にある明治時代の建築物を数多く移築・保存している屋外博物館のような場所です(写真右=神戸市内にあった大井牛肉店)。 約100万平米もある広大な村内には約60の建築物や客車、鉄橋のほか、路面電車、SLも動態保存されています。 ゆっくりじっくり見学すれば丸1日かかるような規模ですが、僕らは午後から下呂温泉方面へ移動しなければならないので、午前中いっぱいをかけてお目当ての建物を中心に見て回りました(写真左=京都市内にあった聖ヨハネ教会)。 僕のお目当ては2つありました。一つは、東京の千駄木にあった夏目漱石の旧居=写真右。初めて知ったのですが、この旧居(借家だったとか)は漱石が住む前には森鴎外も住んだことがあるので、「鴎外・漱石住宅」という表示がされていました。 漱石はこの平屋の建物に、明治36年(1903)から39年まで暮らし、この家の書斎であの名作「我輩は猫である」「坊ちゃん」「草枕」を生み出しました。千駄木の旧居跡は現在、碑が立っているだけで、漱石が暮らした頃を偲ぶものは何もありません。 本来なら、千駄木の現地で保存されるべき建物だったとのですが、文化や文化財の保存についてレベルが低い日本では、このような移築保存しか道がなかった訳です。それでもこの明治村で文豪の創作空間を昔のまま見られることは嬉しいことです。 もう一つの僕のお目当ては、これも元は東京にあった旧帝国ホテル。ご存じのようにあの名建築家フランク・ロイド・ライトが設計した石造りの素晴らしい建物です(写真左=漱石執筆の間で漱石の有名なポーズを真似て…)。 移築されているのは旧ホテルのごく一部(10分の1ほど)=写真右下、本館玄関などの中央部分にすぎません。 それでも、3階まで吹き抜けの中央ロビー=写真左下=や大谷石や透かしテラコッタを使った見事なまでの内外装=写真右下=など、この部分だけでも十分にライト建築の素晴らしさにふれることができます。 ライトは建物自体の設計だけでなく、外壁装飾や家具、調度品(テーブルや椅子)に至るまで自らデザインしました。ライトがこのホテルにかけた情熱が伝わってきます。 レストランや喫茶では当時の椅子やテーブルのレプリカが使われていますが、そのデザイン(意匠)は、現代でも通用しそうなモダンな感覚に溢れています。 この旧帝国ホテルに泊まった有名人としては喜劇王チャプリンやあのマリリン・モンローらが知られていますが、二人ともこのホテルを絶賛したそうです。 このホテルも本来なら現地で保存すべき歴史的建造物でした。歴史的な文化遺産はその場所にあってこそ意味があり、その価値があるものです。 日本では、「移築すればいいじゃないか」「建て直す建物の中に一部だけ保存すれば十分」という発想が今なおまかり通っています。歴史や文化遺産を守ってゆくという意識は、残念ながら日本は欧米に大きく遅れをとっています。 イギリスやイタリア、フランス…どの国をとっても、古い歴史的遺産(建物)を大事に残し、現代の生活の中で活用しています。貧困な発想しか持ち得ない官僚や企業経営者には情けないというしかありません。 さて明治村でのお昼ご飯は、やはり「明治」にこだわって、「明治のカレー」=写真左下=をいただきました。明治中期のレシピを再現したというカレーはやや甘口でしたが、わさびくらいしか香辛料を知らなかった明治の日本人にはこれでも結構刺激的な味だったでしょう。 食事の後、明治村を後にした僕らは親戚のお父様が運転してくれる車で、一路、下呂温泉へ。途中、親戚のご両親が暮らす岐阜県・七宗町神淵というところに少し寄り道した後、渓谷沿いの国道を走り、午後5時頃、下呂に着きました。 下呂温泉は有馬、草津と並んで「日本三大名湯」と言われています(初めて知りました)が、四方を山に囲まれた盆地のようなのどかな場所にあります。温泉好きの我々としては以前から一度訪ねてみたかった場所でした。 下呂では、せっかくだから一番有名な旅館として知られる「S」に泊まりました(黄金週間なので料金もハイでしたが…)。「S」は約250室もの部屋数を誇り、皇族も泊まるという格式ある旅館と聞きました。大きな3つの建物のほか「離れ」が2カ所あります。 しかし、大きな旅館によくありがちなのは、料理は大量生産でおおざっぱで、きめ細かいサービスが不十分などという点です(写真右=下呂の温泉街)。 そんな不安は「S」にも的中しました。夕食の場所は大広間で、まるでデパートの大食堂状態です。子どもが走り回り、雰囲気はだいなしです。料理も工夫に欠けて、和洋中折衷の夕食コースは首をかしげる内容でした。 飛騨まで来てカツオのたたきやサーモン・ステーキを食べたい人はどれくらいいるのか(美味しい川魚があるというのに…)、塩胡椒だけで十分美味しい霜降りの飛騨牛になぜ、フランス料理のようなこってりしたソースをかけるのか。そもそも和洋中折衷コースのみという設定はいかがなものか。 温泉は館内に表情の違う施設が3カ所もあって、これだけは堪能できました。館内施設も充実しています。しかし、何かが足りないのです。料金に見合ったサービスを受けたという気がしません(写真左=下呂へ向かうJR高山本線は絶景の渓谷沿いを走る)。 最近、大きなホテルや旅館よりも、隠れ家のような小規模の宿に人気が集まっていますが、その理由がわかるような気がします。 若女将は帰り際もきちんと見送ってくれましたが、おそらくは規模が大きすぎて細かい部分にまで目が行き届いていないのでしょう。「S」が一流旅館であるだけに、頑張って改善していってほしいと思います。
2008/05/11
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◆最近の出来事を写真でつづってみました。 以前、4月3日付の日記で紹介した神戸・元町の「Bar Heaven」。 その正式なオープニング記念パーティーが4月30日にありました=写真左。 約50人の友人が集まり、マスターのTさんの親友でもある切り絵作家の成田一徹さんも東京から駆け付けてくれました。 成田氏からは開店を祝って、彼自身がお気に入りだという切り絵のプレゼントがありました。マンハッタンの夜景を背景に、ロックグラスを描いたとてもおしゃれな絵です。店に飾ると映えるでしょうね。 この夜のパーティーには、新聞社(A新聞)からも記者が来て、取材してくれました。記事は、5月2日付の夕刊社会面で大きく載りました=(写真左)。 「Bar Heaven」がこれから先、神戸だけでなく全国各地からのお客さんに愛されて、商売繁盛することを心から祈るばかりです。 4月7日に我が家へやって来た「はな」。もうすぐ1カ月です。もうすっかり我が家にも馴れて、くつろいでいます。 ソファーで寝るときもこんな感じです=写真右=(「はな」が寝ている膝掛けは「うらん」がお気に入りだったものです)。 以前、シャムとの混血の雑種と書きましたが、どうやら「バーマン」というビルマ原産種との混血らしいです。 食欲も旺盛で、元気満々。人なつっこさでは「うらん」以上かもしれません。ゴールデン・ウイークの2泊3日の旅行の間だけ、友人に預けます。おりこうさんでいておいてね。 3年目を迎えたバラづくり。今年もいまのところ、天候にも恵まれてスクスクと育っています=写真左上。 ことしはどの株も、つぼみの付きが良くて、丈も高いような気がします。それだけ順調ということでしょうか。 6種類(アプリコット・ネクター、芳純、アイスバーク、金閣、テキーラ、ブルー・ムーン)のなかで、一番先に咲いたのは芳純(写真左)でした。 あと2週間くらいすれば、花咲き乱れる見事な光景にお目にかかれます。楽しみです。 5月に入って我が家のサクランボも一気に色づいてきました=写真右。サクランボも、バラと同様、ことしは実の付きがいいようです。 ざっと数えたところ、推定300個は成っています。でも、ムクドリやヒヨドリが実が熟するのを今か今かと狙っています。 サクランボは一般的に、異種混合栽培でないと実が成りません。でも我が家のサクラは、1本(種)だけでサクランボが楽しめます。 このサクラ、ブログでもこれまで何度か書きましたが、単一種だけで自家結実する(=自然とサクランボが成る)「暖地桜桃」という珍しい品種なのです。 皆さんも、もし自宅にサクラを植えるならこの「暖地桜桃」がおすすめですよ。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】【追記】「あと2週間もすれば…」と書きましたが、ここ数日の陽気で我が家のバラたちは1週間も経たずに次々と咲き始めました。嬉しいなぁ…(写真下=5月7日現在の様子)。
2008/05/03
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