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ぴかろんの日常
リレー企画 146
焦り 8 ぴかろん
翌朝僕は十時半に起こされた
監督は食事の支度を整えてくれていた
みるとバスローブ姿だ
シャワー浴びたんだ…
僕らが寝たのって五時前だったのに…
「さすが…年寄りは朝が早いですね」
「君が遅れないように気を遣ってんの!僕は」
「「善人だから」」
「…」
「ご飯まで用意してくれたんだぁ…感激ぃ…監督、いい奥さんになりますよぉ」
「…ばかっ!」
監督は照れている
そんな監督を見るのは初めてだった
「監督…あと一つ聞いてもいい?」
「ん?」
「奥さんの事、ずっと好きだったなら…今までどおり一緒に暮らしててもいいんじゃないの?奥さんの恋も黙認してあげてたのなら…」
「…。相手がね…」
「ん?」
「…離婚したの…」
「…」
「だから…彼女も一人になれば…一緒になれるでしょ?誰を憚ることもなく…」
「ほんっとお人よし!…そんなに…好きだったんだ…」
監督はちらっと上目で僕を見た
「…好きな人に幸せになってほしいんでしょ?自分といるよりその男といる方がきっと幸せだろうって…だから…離婚届渡したんだ…。だから…わざわざお蔵入りの映画…作ったんだ…」
「…いや…」
「そうなんでしょ?わざと罵って怖がらせて離れていかせようとして…」
「…いや…。本心も込めてるから…。僕がほんとに君の言うような人間なら…彼女だって僕に惚れてたと思う…」
「…監督…」
「そんなカッコイイ人間じゃないもん…」
「なんだよ、誉めてるのに…素直に喜べばいいのに…」
「…むず痒くなるよ…けどどうして君には…僕の気持ちが解るんだろう…」
照れて俯き、鼻の頭を掻いている監督をかっこいいと思った
何層にも包まれていた生身の監督は…やっぱりあの『青い鳥』の映画のように、ピュアで清清しいと思った
そして優しい
優しすぎるのかもしれない…
僕は監督の作ってくれたご飯を食べて、出発の用意をした
「監督!メルアド教えて」
「…メールくれるの?」
「寂しいといけないから」
「…誰が…」
「監督が」
「寂しくないよ!BHCの皆がいるから…あそこは飽きないね」
「飽きない…」
それから僕らは監督の車に乗って空港に向かった
出発までの時間、僕は監督の構えるビデオの前で、皆へのメッセージを喋った
監督はくすくす笑いながら僕の言葉を聞いていた
「チョンマン君、よくカメラに向かってそんなに流暢に喋れるねぇ…」
「ずっとこうやって生活してたもの…、うちに帰って来るとまずカメラのスイッチを入れる…カメラに向かって今日あった事を話す…物まねの練習もしてた…」
「やっぱり役者になれば?僕の映画でデビューなんてどう?」
「イヤです。作る側になりたいもん」
「…ふーん…」
それから僕らはコーヒーを飲んで時間を潰した
監督がトイレに立った時、僕はビデオを動かして自分を撮った
監督へのメッセージを残そうと思って…
監督がハンカチで手を拭きながら戻ってくるところを撮影した
カメラワークは難しいな…
カメラを通して監督の顔を見るのなんて初めてだ…
微笑んでいるけど寂しそうだ…
「なぁに撮ってるんだよ」
「寂しい中年男のトイレ事情」
「ばぁか!」
「ひゃははっ」
「もういいよ、僕を撮ったってしかたないだろ?」
「あっ邪魔しないで!カメラマンチョンマンの初の作品なんだから!」
「何それ」
「『素顔のジホ!』いいでしょへへっ」
「もういいって!僕の顔がハンサムなのはもうわかったって…」
「ひゃはははっひひひっ」
「なんだよっ失礼な笑い方!」
僕達は出発の時間まで子供のようにじゃれあっていた
そうしないと寂しくなるから…
そしていよいよ搭乗ゲートに向かうときがやってきた
監督はまたビデオを構えて僕を映す
ゲートをくぐる前に僕は監督の方を振り返った
監督はカメラ越しに
「いってらっしゃい、がんばれよ」
と言った
僕は立ち止まった
「監督…」
「なんだよ、早く行けよ、飛行機の扉、閉まっちゃうぞ」
「もう一回顔見せてよ」
「…」
監督は少し戸惑って、それからカメラの位置を変えないように手で支えたまま、首をかしげて顔を見せてくれた
「行ってくるね」
「ああ…」
「帰ってきたら…一緒に映画撮ろうね…」
「10年早い!」
「…ふふ…じゃ…」
「チョンマン!」
「…はい…」
「しっかりな…」
「はい…」
「…」
「じゃ…」
「チョンマン!」
「はい…」
「…チニさんとうまくやれよ…頑張れ…」
「…」
僕は…監督の笑顔の中の孤独を知ってしまった…
僕が旅立てば、監督は誰にその胸中を話せるのだろう…
たまらなくなって僕は監督に駆け寄り抱きついた
「…お…おい…」
「監督…ちゃんと…BHCの皆と仲良くしなきゃだめだよっ」
「…あ…ああ…」
「僕に話したみたいに…ちゃんと相談するんだよっ」
「…うん…」
「監督は…一人じゃないんだからね!」
「…」
「待ってて。僕、監督と一緒に映画撮れるようになるから!」
「…。ああ…。待ってる…」
「…」
「早く行きなさい…」
「行ってくるね…」
「ああ…」
僕は、監督に手を振ってゲートを通り抜けた…
フレームの中から青い鳥が飛んでいった
チョンマンがゲートを通りぬけ、壁の向こうに消えた瞬間、僕の喉の奥から勝手に声が出ていた
チョンマン…
僕の目から、また涙が溢れた…
寂しいからなのか、解ってくれる人ができたという嬉しさからなのか…よくわからなかった
デッキに出て、飛び立つ飛行機を見送った
ビデオにその姿を収めながら、この青い鳥はまた、僕のところに巡ってきてくれるのだろうかと考えた
戻ってきてくれなくても…僕に大きな事を気づかせてくれた…
「キスでもかましとくんだったな…いつも一歩遅れるんだもん…僕は…」
ふぅ…
どれ…BHCに出勤して…ビデオメッセージを皆に届けるか…
心の中の重荷を下ろせたというのに、僕の足取りは軽くなかった…
重荷のかわりになにかが僕の心をいっぱいに満たしていた…
決して苦しいわけではない…悲しいわけでもない…
チョンマンに僕という人間の真実を、ほんの僅かでも知ってもらえた事の嬉しさと幸せとが
僕の心を支配していた…
僕は少なくとも、そう理解していた…
Give Me A Break ぴかろん
昨日からミンチョルのマンションに住んでいる
テジュから電話がなかった…ぐしゅ…
らからミンチョルと一緒に寝た
しょれでもしゃびしかった
今日、出勤する前にソファをみたらミソチョルがちっとしゃびしそうに見えた
らから俺はそっとミソチョルを抱きしめてやった
『いなしゃん…』
「おう…生きてたか」
『うれしいれしゅ。いなしゃんここにしゅむのれしゅねっ』
「…おうっ…」
ぎゅううう
かわいい奴め…
クソ狐に似てるけどお前の方がずっとずっと可愛い
『あの…いなしゃん』
「なんだ?」
『しょれじゃ歓迎会しましょう』
「ん?」
『いなしゃんのっ』
「…お前…」
ぎゅうううう
『ぐるじいれしゅ』
「ありがとよぉ(;_;)お前はいい奴だなぁっ(;_;)」
『ぼく、したくしたいけど、うごけないのれ、いなしゃんじぶんでいろいろかってきてくらしゃい…』
「わかった!そうする!ありがとな、ミソチョル」
俺はミソチョルの鼻をチョンと触ってソファにそっと置いた
「イナ、何をしている」
「あ?ミソチョルにちょっと…」
「…気安く触らないでくれないかな…大切な子なんだ」
…ふんっ…ぶぁか!…何も知らないくせによ!
…ん?…ちょっと待て…
俺、今確かにミソチョルと会話したよな…ん?
気のせいか?いや…やっぱ…ほんとだよな…
エレベーターに乗り込む前にミソチョルを振り返ると、ニッと笑ったような気がした…
店に出て営業…
今日も順調
てじゅからは電話がない…くそったれ…
接客の合間に控え室で着信を確かめる…
囚われすぎてるかもしれない…
パタンとフリップを閉じた瞬間、電話が鳴った
あうあうおうっ
てじゅかららっぐしゅっ
「もひもひっ」
『イナ?昨日電話できなくてごめん…ディスカッションが白熱しちゃって夜中までやっててさ…』
「でぃすかっしょん?」
『寂しくないか?』
「しゃびしいに決まってるだろっ!」
『あと二つ寝たら会える』
「…ふたちゅ…」
『明日の夜は、打ち上げがあるんでまた電話できないかもしれない』
「…ん…」
『一人では寂しいだろ?』
「ミンチョルんとこにいる」
『そうか…それはいい…。あっ!でもギョンジンがいるな!大丈夫か?変な事されてないか?!』
「変な事?アイツは変な奴だけど…」
『それは解ってる、何もされてないか?』
「風呂に一緒に入った」
『何だって?!』
「ミンチョルと三人で」
『…。そ…そうか…。よかった…』
「早く会いたいな…」
『うん…会いたい、恋しいよ、イナ』
「…でへ…」
『ごめん、もう行かなきゃいけない…』
「ん…」
『ちゅ』
「あっ…でへへっ俺もちゅ…。ん?…なんだよっ!もう切れてるっぶぁかっ!ぐしゅぐしゅ…」
俺は電話を上着に仕舞い、また客席に向かった
途中でスヒョンに呼び止められた
「何?」
「ミンチョルのとこにいるの?」
「ん…」
「ふぅん楽しそうだね」
「…あ!そだ、お前さ、今晩、暇?」
「…なんで?…まさか今夜は僕の家に来るってんじゃないだろうね…」
「違う違う、ミンチョルんちに来ないか?歓迎会するんだ」
「歓迎会?誰の?」
「俺の」
「…。なんで歓迎会?」
「だって新入居者だから」
「住むつもり?!」
「そだよ、だから歓迎会」
「…。誰が歓迎してるの?」
「え?」
「ミンチョルが?ギョンジン君が?」
「…。それ…どういう意味よ…」
「お前、押しかけてったんじゃないの?寂しいからって」
「そだよ」
「…イナ…」
「だから歓迎会やんの!」
「自分のか?」
「俺が言い出したんじゃないからな!そこまで厚かましくねぇよ!ふんっ」
「…」
「とにかくスヒョンも来いよ、しゃびしがってないでしゃ」
「む…」
「一人でしゃびしがってると、老けるぞ」
「むむっ」
店が終わって、俺はギョンジンとミンチョルに俺の歓迎会をやるからと告げた
ミンチョルはポカンと口を開けて絶句していたが、ギョンジンはそれはいいねと賛成してくれた
口を開けたまんまのミンチョルにスヒョンも呼んだからと言うと、口を閉じて右手で唇を触って潤んだ目をしていた…
おまえら…あやしい…
念のためにいいな?と聞くと、げほっああ…と曖昧な返事をした
俺はスヒョンとギョンジンとミンチョルの四人でRRHに買い物に行った
知らなかったけど、比較的遅い時間まで開いているんだな…ここ…
食材や酒選びは三人に任せて、俺はこないだのチーズを探した
たしか…こんな絵がついてたよな…あのチーズ…
これと…茎わかめ…今夜こそミソチョルに食わせてやる!
それから…嫌がらせに菓子パンのくりいむぱんと…ひひひっ…
ああ、あいつ、チョコも好きだったよなぁ…ポテトチップスも…
「イナ、お菓子好きだなぁ子供なんだから…」
ギョンジンが俺のカゴを覗き込んで言った
ふんっ俺のじゃねぇよ!
「イナっ!だれがこのくりいむぱんを食べるんだっ」
あーうるさいクソ狐…
お前だよ!ぶぁかっ!
腹の中では色々思ったんだが、口には出さなかった
「ミンチョル、おととい俺達が食ったのってこのチーズか?」
「『俺達?』…。お前が食べたのはこのチーズだ」
「ふうん…じゃ、2つ買っとこう…」
「…気に入ったのか?」
「ん、うまかった。あいつも気に入ってたし…」
「…イナ…。あいつって?」
「あいつはあいつだよ!何言ってんだ!ぶぁか!忘れるなよ、いやな奴!」
「…」
ミンチョルは黙り込んだ
そして憐れみを込めた瞳で俺を見つめた
それからスヒョンに何か耳打ちしていた
ふんっぶぁかっ!釣り目に言いつけてやるからな!
買い物を終えるとトンプソンさんに挨拶してエレベーターに乗り込んだ
トンプソンさんにも参加してほしいなぁ…
ムリか…
あの人は一体いつ寝てるんだろう…交替の人を見たことがないんだけどな…
エレベーターが40階まで高速で突き進む
扉が開いて、ミンチョルが灯りをともした
ミソチョル、ただいま
俺は真っ先にミソチョルに駆け寄って鼻をチョンとつついて、転寝しているヤツを起こしてやった
Invitation 2 オリーさん
「どうした?」
後ろからアンドルーさんが声をかけられ我にかえった
「タクシーを頼みたいんですけど」
「タクシー?どこまで」
「オズバートンロードまで」
「ふん」
「あの?」
「送ろう」
「え?」
「ちょうど出る予定があるから、ついでに送ろう」
「タクシーで行きますから」
「遠慮はいらない。いいから来たまえ」
アンドルーさんはずんずん僕を引っ張っていった
改めて奥さんの明るい声が後ろから響いた
「いってらっしゃい」
かなり乗り込んだ様子のローバーのハンドルを握りながらアンドルーさんは僕に聞いた
「ロンドンはどうだった?」
「楽しかったです」
「ロンドンアイは乗ってみたか?」
「一番に。すごかったです」
「私も乗ったよ、かみさんと。キャシーが子供みたいにはしゃいでな」
アンドドルーさんは楽しそうに笑った
「お二人で行かれたんですか」
「二ヶ月に一度は旅行に連れ出される」
「いいですね」
「春にはバースでアンティークを物色し、夏はボーンマスへ避暑に駆り出された」
「うらやましいです。イギリスは美しい場所がたくさんありますから」
「そのうち海外旅行に連れて行けと言われてる」
「パリなら3時間で行けますよ」
「去年行ったよ」
アンドルーさんは首をすくめた
僕は思わず吹き出した
「じゃあもっと遠くへ行かないといけませんね」
「そうなんだ、まったく頭が痛いよ」
「そんな風には見えませんよ」
「どう見える?」
「うれしくて仕方ないって見えます」
「ふむ…そうも言える」
急に真顔になったアンドルーさんが言った
「普通に暮らして普通に笑って普通に泣いて、それが一番だ」
「…」
「大事なものはそばにおいておかないと」
「え…」
「失くしてから取り戻すのは大変だ」
「…」
僕は返す言葉が見当たらずしばらく黙ってしまった
そんな僕に彼はまた話しかけてきた
「君はフォークランド紛争を知ってるか?」
「話だけは。行かれたんですか?」
「あの戦いはしんどかった」
アルゼンチンとイギリスの間で起きたフォークランドをめぐる戦いだった
先の大戦に比べ規模は小さかったが、この戦いには特別な意味があった
それまで世界は共産主義と自由主義の対立を軸に動いていた
しかしフォークランドは違った
自由圏同士の戦いだったのだ
アルゼンチン軍はフランス、アメリカ、一部はイギリスの武器を使用した
「レーダーに映ったフランス製のミサイルを友軍と誤認していたため
駆逐艦がやられた。大事な友人を一人失ったよ」
「それはお気の毒です」
「あの戦いで悟った。時代が変わったと」
「それで引退を?」
「潮時だと思った。世の中はどんどん複雑になってる」
「そうですね」
「所詮人は人に勝てない、なのに人は争う」
「好んで争うわけではないでしょう」
「だからタチが悪い。だがそんな風に疑問を思ったらもうお終いだ」
「今はとても幸せそうです」
「死に損なったから、その分のお返しかな」
「奥さんと一緒に?」
「そうかもしれん」
アンドルーさんは真顔のままハンドルを切った
オックスフォードから北へ走り20分ほどで教授の家に着いた
教授の屋敷の前に車を停めたアンドルーさんはため息をついた
「大学の先生というのはずいぶん儲かるらしいな」
「どうでしょうか」
「迎えに来てやろうか」
「いえ、大丈夫です」
「あまり根詰めて仕事するんじゃないぞ」
「それも大丈夫です」
僕を降ろすとアンドルーさんの車は住宅街を走り去った
教授の家は郊外の高級住宅地にあった
アンドルーさんが驚いたその屋敷は、前面に大きな庭が広がり
レンガ敷のドライブウェイが屋敷横のガレージに
同じくレンガ敷きの歩道が玄関までのびている、
そして屋敷は年代を感じさせるレンガ造りの重厚な建物だった
小ぶりの古いマンションにいくらか手を入れたのだろう
門の所でインターフォンを押すと、門のロックが自動ではずれた
僕は中に入り建物に着くまで手入れの行き届いた庭を眺めながらゆっくりと歩いた
家のベルを押すと教授がすぐ扉を開けた
「よく来たね」
教授はすっと僕に近づき頬に軽いキスをした
「待ってた」
「大学の方は?」
「今日は講義はない。退屈な会議が入っているだけだからかまわない」
教授はそう言うと僕の肩に手を回し、部屋の方へ誘った
扉を入ると正面が吹き抜けになっていて2階へ続く階段がある
階段の左に奥へ通じる廊下があり、左側が居間と書斎になっていた
そこには古い外観とはかけ離れたモダンな空間が広がっていた
大きな革張りのソファ、ガラス製の大きなテーブル、大きなテレビと
オーディオセットが壁面に作られた棚にきちんと収まっている
書斎にはやはり備え付けの本棚が天井まであり
おびただしい数の本が整然と詰まっていた
そんな中、唯一暖炉だけが暖かさを感じさせた
「何か飲むかい」
ソファに腰かけるようすすめながら教授が僕に聞いた
「いえ、結構です」
「じゃあ早速返事を聞こうか」
「その前に僕にも確認させてください」
「何?」
「本当に協力していただけるのか」
「嘘はつかない。すべて君次第だ」
僕は息を吸い込み、ゆっくりと返事をした
「ではよろしくお願いします」
「契約は成立かな」
「課長と話していただけますか」
教授は僕を見据えたまま口元だけほころばせた
「あまり信用されてないみたいだね、いいだろう」
「電話を貸してください」
教授は壁にかけてある電話を持ってテーブルの上に置いた
課長に連絡した
向こうは夜の7時すぎ、まだオフィスにいるだろう
思ったとおり課長はコール1回で電話に出た
「ギョンビンです。教授が協力してくれるそうです
課長からもお話をお願いします」
教授は僕から受話器を受け取ると話し始めた
とても快活に
僕はそれをぼんやりと聞いていた
「終わったよ。君の上司と話はすんだ」
僕は教授から差し出された受話器を受け取るとまた課長と話した
「滞在を伸ばします」
「よくやってくれたわ」
「いえ」
電話を切って教授に向かい合った
「これで君と同様僕も逃げられないという事だな」
「計画のアウトラインを決めたいと思います。お時間とってくれますね」
「いいだろう。週末はどこかでコテージでも借りて過ごそう」
「…」
「邪魔が入らない方が仕事もスムーズに行く。昨日行ったブライトンはなかなかよかった
それとも足をのばして湖水地方にでも行こうか」
「スコットランドへは行ったことがありません。遠いですね」
「遠くて寒い。だから君と行きたい」
「わかりました」
「じゃあ週末はスコットランドだ。宿を手配しておこう」
電話を壁に戻すと教授は僕の隣に腰をおろした
そして僕を抱き寄せ深いくちづけをした
「なぜ泣く?」
唐突に唇を離すと教授が言った
「僕が?」
「君が涙を流しているように感じる」
「気のせいです」
「強がらなくていい」
「…」
「心までは縛れないからね」
「気をつけます」
「いいだろう。それも楽しみのひとつだ」
「何がです?」
「いずれ君のすべてが欲しい」
「どういう意味です?」
「わかってるだろう。名前で呼んでほしいな」
「先生のご希望には背かないようにします
必要なら今からエリックと呼びましょうか」
「いや、今はいい。どうせなら愛情込めて呼んでもらいたいからね」
教授はそう言うと僕の顎先をすっと撫でた
替え歌 「美しきミンに捧ぐ」 ロージーさん
はりつめた弓の ふるえる弦-turu-よ
慄く心隠した 静かな横顔
砥ぎすまされた 刃-yaiba-の美しい
その切っ先によく似た あなたの横顔
靭-tuyo-さと危うさの 鬩-seme-ぐ 心を流る涙を
誰-tare-知るや 神は知らずや
神は知らずや
(米良美一『
もののけ姫
』)
闇夜の調査&お留守番_4 妄想省家政婦mayoさん
「伽耶琴」の店内は名のとおり12弦の伝統楽器…カヤグムの♪が流れていた…
伝統楽器伽耶琴は片膝に乗せ…撚った12本絹弦を琴爪やピックを使わずに素手で奏でる…
1200年前から変わらぬ音色はどことなくもの哀しくもあるが…
余韻を残すこの音色が好きでカヤグムの♪をたまに部屋で聴いていると
「眠くなるょぉ…」
テソンは私の髪を梳いてる手が止まり…いつもすぅぅ~~っと眠りに入る…
確かに銅鑼や太鼓や笛の音が混合しないカヤグムの曲は眠くなるかもしれないが…
店内にある家具は充分に眺められる様余裕を持たせ配置してある…
奥の方で若い青年が2人…家具の梱包をしていた…
側に来た店の主人はほんのちょっと首を傾げて私を見た…
私のいでたちは…カーゴパンツとは違う黒のボトムに白シャツ…髪をひとつにまとめ黒のセルフレの眼鏡
リバーシブルの薄手の革ジャンは裏を返し生成色になっている…
さながら美術館の学芸員か…雑誌の編集者…ってとこ?…かな…^^;;
店の主人は来店の挨拶をした後
「ゆっくり観て下さい…」
と言った後また梱包している青年達の側に寄った…
目許がテソンに似ていた…話した後口元をきゅっ#とするところも…間違いない…
李朝家具は李氏朝鮮時代(1392~1910年)に製作された家具のことを指すが
その時代のデザインを踏襲した現代物まで含めて李朝家具とすることが最近は多い…
簡潔な面と線で構成され無駄のない清々しさ…潔さがある…
蝶番や把手の金具は荏胡麻油の煤で燻してあり装飾過多になることを極力控え…
保全の為に油や透明な漆を塗り木本来の美しさが愉しめる…
温床(オンドル)から守るために脚が付き…床から立ち上がった形がほとんどで…
フローリング床にも映えることから扱いやすいと欧米人にも人気がある…
また用途や性別によっても区別され家具を見れば男女…階級…部屋の構成…
使用した木材や金具の材料で両班か平民かをも判断できる…
主に書斎で使われていた男家具とよばれるものはシンプルで金具が少なく…
女家具は動物や草花をモチーフにした金具を使っている…
ウィンドゥにあった「
前開横長箪笥
」は男家具で李朝時代末期のものだ…
両班(ヤンバン)たちが使用した馬尾で編まれた冠帽(カッ)と呼ばれる帽子を収めたキャビネットもあり…
隣には低い机…高級材の柿を使用している…金具は金…相当高い位のお道具だったのだろう…
店には螺鈿家具は全く置いてない…螺鈿漆器も数が少なく…
アクセントに中くらいの宝石箱が3、4箱と八角形の箱が2箱置いてあるくらいだった…
韓国の螺鈿漆器が最も栄えたのは高麗時代で…主に王室や貴族階級だけが使用していたが
李氏朝鮮時代に入ってから大衆化された…
『李朝家具しか扱わないってことか…』
主人の李朝家具に対する拘りが見えた…
店内の家具も前後左右充分に眺められるように余裕を持たせた配置になっている…
ゆっくりと見ていた私が1つの家具の前で動かなくなった時…主人が側に寄り口を開いた…
「めずらしいでしょう…」
「これは…竹…ですか?」
「そう… 煤竹…」
李朝箪笥のなかでも1,2を争う技術を要する
煤竹を張ったバンダジ
は
全面に張った細い煤竹によって精巧な幾何学模様が描き出されている…
「見事な仕事ですね…」
「李朝末期だから比較的状態もいいでしょう?」
そう言った主人は私に目許を緩めた…
「写真を撮ってもいいですか?」
「いいですよ…でも…公表しないで下さいね…」
「はい…」
「これはね…婿入りが決まってるんです…」
婿入り??…ぁ…男家具で…売約済ってことか…
納得して口元が緩んだ私を見て…店の主人もちょっと笑った…
ひと通り家具を鑑賞した私は主人に挨拶をして一旦店を出た…
ぐるぐると路地を歩きながら頭を冷やした…
また例の陶磁器の店の前を通りかかった…私の姿を見つけたじじいは
ウィンドゥ越しにまたあの胡散臭い白磁の小さな壺を持ち…しきりに指さしている…
買うわけないだろっ#…
…!!!…そっか#…
私はずんずんと陶磁器の店に入った…じじいは目をぱちくりさせた…
「や…やっぱり…買う?…ふっひゃっひゃ(^o^)…アンタ見る目があるねぇ~~」
違うっ##
お義理に『無事帰る…』と縁起のいい青磁の可愛いカエルの形の箸置きを4つ買い…
じじいのご機嫌を取ってから伽耶琴の主人が通う教会を聞き出した…
西面駅から来る途中で見かけた教会だった…
最後までじじいは白磁の壺を撫で回していたが…ちゃっちゃと#…店を出た…
入り口の聖水に指を浸し胸で十字を切り教会の中へ入り長いすにしばらく座っていると神父が出て来た…
遠回しに伽耶琴の主人のことを聞くとじっと私を見た神父は口を開いた…
毎週日曜日の礼拝と水曜日の祈祷会にはかかさず顔を出し…
釜山に来た頃に比べると随分と穏やかになったが…ここ何年かはまた曇った顔をすることがある
何故かと聞くと
「息子の行方がわからなくなった…」
と一言呟いていたよ…と老神父は話してくれた…
わからなく…なった…なった???…
ってことは…ある時期までは知ってたってこと.だ…
老神父に礼を言って教会を出た…
今回の釜山は状況だけ調べるつもりだった…いきなりテソンの話を持ち出すのも憚れた…が…
元気でいることだけは伝えるべきかと思い…また伽耶琴へ戻った…
梱包をしていた青年達の姿はなく…店には主人がひとりいた…
店内にカヤグムの
カノン♪
が流れていた…
店の主人は息を切らしてまた店に現れた私に首を傾げた…
息を整えた後…口を開いた…
「テソンを知ってる…」と告げた…
目許がピク付いた主人はしばらく無言の後…
「店の者がもう少しで戻るからこの先の教会で待っててくれないか」と言った…
伽耶琴を出…さっきの教会でテソン父を待った…
Paris 5 足バンさん
会議室のテーブルが音を立てた
その発信源はニガムシと舌を同時に噛んだような顔で僕を睨んでる
ギスとふたりだけの会議室のムードは”もうサイテー”って感じ
「ドンジュン!何だってっ?何をするってっ?」
「ぶち壊す」
「どういうことだ!」
「もう一度あの人達の課題ってのを元に徹夜で見直したんだ、正確にはちょっと寝たけどね」
「でっ?」
「今のままの内容じゃ絶対無理がある、試算では18ヶ月で破綻する」
「だから会議でも生産ラインの拡充をと…」
「だから!そこに資金を注ぎ込んだってまた必ず歪みがくるんだって」
「ではどうしろって言うんだ!」
僕は1メートルほど離れて座ってるギスを長いこと見つめた
「夕べどうすりゃいいかわかんなんくて窓から例の凱旋門の交差点を見てた」
「でっ?」
「秩序を守りながらも行きたい方向に向かわなくちゃ流されるだけ」
「だからっ?」
「方向をはっきり特定するんだ」
「は?」
「今あるノウハウの蓄積を活かして業務の根底からの見直し」
「は?」
「デザインコンセプト創りのみのプロジェクト1本に絞る、つまり業務転換」
「寝言は寝て言え!そんなもんで食って行けるか!」
「食って行ける内容にするんだよ」
「うちの名前はどこに出るんだ」
「今回は出ないかもしれない、でもこれでデザイン能力を認めさせれば
次からはあなたの会社の名前を世界中のメーカーが求める、まず結果を出すんだ」
「ばか言うな!」
ギスはファイルをテーブルに叩き付けた
「ギス、あなたまだ販売台数にこだわろうとしてるんじゃないの?」
「売れてなんぼだろう!」
「いい?あの人たちが大企業化してない途上の僕たちに期待してることは柔軟な頭なんだ
概念に囚われない発想、決して隙間をついた儲け話じゃない、そこをはき違えると痛い目にあう」
「しかし」
「イギリスの消費者番組が僕らの国の低価格車を何て言ってるか知ってる?
タイヤの付いた白モノ家電だよ、もうそんな時代は変えていかなくちゃならない」
「…」
「世界中の評論家が口を揃えて言ってる…僕らの国の車には”この車でなければ”が無いんだって」
「…」
「だからそういうあらゆる垣根を越えていい車を、そしてどういう車が”いい車”なのかを
あの人たちと根底から考える、そこにこそ参加すべき価値がある」
「手先になるって言うのか」
「Non!逆だよ、このチャンスを利用するんだ」
「面白いじゃないの」
振り向くとハリョンが年代物の木製ドアをゆっくりと閉めるところだった
「ハリョン…おまえ何で来たんだ」
「おとといの会議の結果を聞いてじっとしてられなくなったわ」
「こいつだよ!こいつのおかげで1歩進むどころか100歩後退だ!」
彼女は持っていた3つのタンブラーを無造作にテーブルに置くと
いきなり大ぶりのバッグからワインボトルを取り出して栓を開けグラスに注いだ
「何だこれは」
「お祝いしましょ、ムッシュドンジュンの改革に」
「おまえわかって言ってるのか!」
「ちょっとぉ夫婦喧嘩はあとにしてよ、ハリョン何か握ったの?」
ハリョンはまた同じバッグから資料らしい紙の束をテーブルにバサリと出した
「専門家に頼んでいたデータよ、全世界の供給状況と今後10年のメーカーのシェア推移予測
企業統合、吸収、合併のシュミレーションなどなど数十項目」
「ふふん、さすがだね」
「どこも限界にきてるわ、あとはエネルギー問題とIT、ソフトが勝負の鍵」
「だから何なんだっ!」
「僕の提言もあながち的外れじゃないってことでしょ?」
「東洋のピニン・ファリーナやジウジアーロを目指すのね?」
「そ!カーデザイン専門家集団」
「ぐああああっおまえらっっ」
頭を抱えてるギスを横目にハリョンはワインを飲み干した
「そんなこと幹部や株主が黙って許すわけないだろう!」
「僕が説得する」
「成功するわけがない!」
「本田宗一郎曰く、新しい技術や理論を求める仕事というものは99%が失敗だ」
「ぐああああっっ」バンッ!
僕はゆっくり立ち上がってテーブルに両手をつき
頭から湯気出してるギスを覗き込んだ
「我々の仕事はコストにお構いなく大量の自動車を生産する事ではなく
高品質で楽しい車作りをしながらお金を儲ける…
ルノーのジョルジュ・ベスが言った言葉をあの人たちは今も続けてるでしょ」
「…」
「僕ももう一度学生の頃の自分に還らなきゃなんない」
「…」
「売るのは個体数じゃない”Spirit”だよ」
ギスは「あああ血圧が上がる~」と言いながら椅子に沈み込んだ
「ドンジュン、帰国したらまたすぐに連絡するわ」
「お払い箱になってなければね」
「少しはやる気になったみたいね」
「正式には帰ってから返事をする」
「大事な人に相談?ひとりじゃ決められないってわけ?」
「僕はいつだって最後はひとりで決めるよ」
僕はグラスのワインを一気に空けてドアに向かう
帰りの時間までモドキ君を借りたいと申し出た
「だだだ大丈夫でしたかっ」
「君って僕がギスとふたりになる度に心配するんだね」
「何だか大きな声が聞こえたようだったので…」
「あいつ気が小さいくせに声はでかいからな」
「ひっ!」
モドキ君は咄嗟に僕の口を手で塞いでスタッフの耳を気にし
はっとしてその手を引っ込めて「あうぅ!すみませんっ!」と平謝りした
「ほんっとそのお辞儀芸術的だなぁ、ね、どっかお腹にバネでも付いてんじゃないの?」
「あうっそんなとこ触んないでくだっひっ」
まずは頭の中の霧がほんの少し晴れた
とっくにギスの会社を手伝うかどうかの問題なんかじゃなくなってる
僕自身の硬い頭をまっさらにして
深呼吸をして
新しい時代に目を向けざるを得なくなってきた
高く流れる雲を見上げて
つかの間ギョンビンの強く優しい目を思い出す
どうよギョンビン
おまえの霧は少し晴れた?
僕はモドキ君と共にパリ最後のランチに出掛けた
Give Me A Break 2 ぴかろん
俺達は、買ってきたワインや食料品を冷蔵庫に入れ、まずはみんなで風呂に入ろうということになった
ミンチョルが少しそわそわしている
「ミンチョルさん、どうしたの?ちょっと頬が赤いよ」
「あ…その…みんなで?一緒に?」
「昨日も三人で入ったじゃねぇか!」
「…でも…」
「くふん…ミンチョルさん…まだ僕の裸に慣れないんだね、くふふん…」
ギョンジンは今日も意味不明だ…
「あっそうだギョンジン、ラブ呼ばなくてよかったのか?」
「ぐすっ…ダーリンは今日はミンギ君とお仕事のお話し合いをするからって…ぐすっ…しっしって…」
「そうかあ…。じゃ明日呼ぼう」
「ええぇっ…イナとミンチョルさんのいるところにマイ・ダーリンを呼んじゃって…いいのかなぁくふん…どうしよう…ケンカやヤキモチは困るよ…くふん」
こいつ、脳が腐ったのか?全くもって意味不明だ…
スヒョンはクスクス笑って
「ジャグジー、僕、初めてだ…楽しみ」
と言った
そんなスヒョンを見て、ミンチョルはまた頬を染めた
おまえら…あやしい…
動きのギクシャクしているミンチョル、クスクス笑い続けているスヒョン、ニヤニヤ意味不明のギョンジンと、そして俺は、四人でジャグジーに入った
「楽しいな。そういえばさ、ここで新人歓迎会したとき、他の奴等、風呂に入ってたよな…みんなで…」
「ああ…そういえば…あの時はマイ・ダーリンがあのくそじじいの毒牙にかかってて」
「…しょれはてじゅの事かよ!」
「そうだ…あのくそじじいの事だ…」
「…ぐしゅ…」
「あっイナっ…泣くな」
「くしょじじいじゃないもんっ」
「…くそじじいだよっ」
「ぶぁかっ!ギョンジンのぶぁかっ!」
「こらっケンカするなよイナもお兄さんも」
「そうだったね、イナもギョンジン君もどっぷり落ち込んでたんだ…それで僕はイナを慰めて入れなかったんだ…。でもミンチョルはなんで入らなかったの?」
「…」
「気取ってたんだろ、どうせ」
「イナッ!」
風呂場は広い
ミンチョルはわざわざ隅っこに行って体を洗っていた
スヒョンは俺の隣に来て体を洗っている
「狐んとこ行かなくていいの?」
「んん?」
「お前ら…まだ好き同士だろ?」
「ばか…」
「あいつ、意識してるぞ、スヒョンの事」
「くふふ…」
「きっと脇腹見られたくないんだよ…」
「脇腹か…。そういえば…雪山に行った時、見たような記憶がある…」
「…雪山かぁ…。あれでスヒョンはドンジュンにコマされたんだったよな」
「…ふ…そうだった…」
「えええっスヒョンさん、ドンジュンさんにコマされたんですかぁぁっ?」
「…不覚だった…ふふふ。懐かしい…」
一人離れて行動するミンチョルに声をかける
「そんなに恥かしいなら服着たままシャワー浴びろよ!お前、得意だろ!」
「幼稚園児!黙れ!」
「イナ、ミンチョルさんの気持ちを解ってあげなよ…僕にぷくっとしたお腹を見せたくないんだよ…くふふん…」
「…ギョンジン…お前何言ってんの?」
「ヤキモチ妬かないの。くふふん♪」
「イナ、ギョンジン君、随分変わったね…」
「…ああ…こんなバカだとは知らなかったぜ…」
「…計り知れない人物だよね…いいなぁ…ギョンジン君のキャラ…」
「よせよ、そういう事言うの…。こいつものすごい勢いで図に乗るぞ!」
「ふ…ふふ…」
風呂を出て、皆がバスローブ姿になった
そしていよいよ歓迎会である
俺はリビングの、ミソチョルのいるところまで買ってきた食糧やらワインやらを運んだ
ミンチョルの指示で食器を出した
うえっ…バカラ使うの?
昨日飲んだ時はこれ、使わなかったのに…
ははーん…
「スヒョンがいるからか!そうなのか?!」
「は?何言ってるんだ?イナ」
「昨日使わなかったバカラのグラス、惜しげもなく出しやがって!」
「は?…お前の歓迎会だから、いい食器でと思ったんだけど…」
「…ホントにそれだけか?」
「そうだよ」
「…。スヒョンがいるからじゃねぇのか?」
「…。しつこい!」
怒鳴りつけてはいるが、目が潤んでいるぞ、ミンチョル…ふんっ
ぜったいあやしい…
ああそうだ!ミソチョルの食器持ってこなくちゃ…
俺はミソチョルのままごとセットのある部屋に行き、ミソチョルのグラスと皿を用意した
「…イナ…何している…どうしてそれを…」
「こいつの分だけど」
ミソチョルを指さすと、ミンチョルはまた口をぽかんと開けた
『いなしゃん…ありがと』
「なぁ…ミソチョル…。くそ狐はお前が飲み助だってこと知らないみたいだぞ」
『らって…ミンチョルさんは飲ませてくれましぇんもんっ』
「やな狐だなぁあいつは…。あ、お前の好きなポテチとチョコと、こないだのチーズ買ってきたからな」
『うれちいっ』
「みんなが席についたら乾杯だ」
『あおっ、たのしみれしゅっ』
「俺が抱っこしてていいのか?ミンチョルとこに行きたいか?」
『イナしゃんがいいれしゅ』
「おおおおっ可愛い奴めっ」
ぎゅうううう…
スヒョンとギョンジンが食料を載せた皿を用意し、ミンチョルがワインを開けて持ってきた
「ミソチョル、企画してくれてサンキュな」
『ろーいたしましてっ(^o^)』
そうして歓迎会が始まった
まずは乾杯だ
スヒョンがバカラのグラスにワインを注ぐ
心なしかミンチョルの手が震えているように見える
いや、震えている…
スヒョンの注ぐワインがちっと狐のバスローブに零れた
「あっ…」
「大丈夫だ…大丈夫」
「どうしたんだ?寒い?」
「え?」
「ミンチョル、震えてる」
「いや…だっ大丈夫だっ」
「くふん…ミンチョルさん…まだ緊張してるんだね…」
「は?いや…別に…」
「ああそんな潤んだ瞳で見つめないで…僕にはダーリンがっ…」
スヒョンが震えて笑っている
ミンチョルはそんなスヒョンを不思議そうにぽやんと見ている
とにかく乾杯をしたいんだけど!
なぁミソチョル
おっといけない、ミソチョルのグラスにワインが入ってない!
俺はそっとその小さなグラスにワインを注いだ
「「「「『かんぱ~い』」」」」
先にミソチョルに一口飲ませてやって、俺も自分のワインを飲んだ
『んまいっ』
「うまいか…どんどん飲め!」
『あいっ、たのしいれしゅ、ミンチョルさんとのめるなんて…』
「チーズ食うか?」
『あいっ』
俺がチーズを切って、ミソチョルの口元に持ってってやると、ミンチョルがじいっと俺の顔を見つめている
「何を…してるんだよ…イナ」
「何って、チーズ食わせてる」
「…。食べるのか?」
「好きなんだよな?ミソチョル」
「「「…」」」
三人の視線が俺に集まる
「なんだよ」
「…お前…本当に幼稚園児になったのか?」
「なにが」
「ぬいぐるみにチーズ食べさせたりワイン飲ませたり喋りかけたり…」
「…」
気の毒に…。こいつらにはミソチョルがぬいぐるみにしか見えないらしい…
ミンチョルなんか飼い主のくせにっ!
俺はミソチョルと一緒にミンチョルを睨みつけた
無視しよう…なっミソチョル
『しょうれしゅ…よいがまわってきたらきっと…みなしゃんともおはなしできるとおもいましゅからっ。しょれにしてもミンチョルしゃんったら!ぼくとまえにしゃべったのにわしゅれてましゅ!おしゃけくらしゃいっ!』
おう
俺はミソチョルにどんどん飲ませてやった
Give Me A Break 3 ぴかろん
ギョンジンがスヒョンに雪山の話を振ったので、暫く雪山での出来事を聞いた
ギョンジンはまだ自分がこんなじゃなかった頃の…すなわち、『兄のミン・ギョンビン』だった頃の話をした
今はこんなにアホウなのに、昔はかっこよくて頭もよくて、そして…氷のようだったんだ…
「その氷を溶かしたのがイナってわけね?」
「表面だけですけどね。くふっ…どろどろに溶かしたのはくふふん…マイ・ダーリン」
「で?ミンチョル、この際だからギョンジン君に何か言っておきたい事とかない?」
「え?」
「祭のときはホントに腹が立ったとか…」
「あっそうだった!僕、ミンチョルさんに酷い事してたし、そのせいでスヒョンさんに殴られたし…ああ…」
三人は祭の思い出を語っている
「つまんねぇなぁミソチョル」
『…。おしゃけくらしゃいっみんなぼくをむししてましゅっきいっ』
「おう、わかった…飲め!食え!おい。茎わかめ食わないか?うまいぞ」
『しょれはちょっと…』
「なんだよぉ食えよぉ…体にいいぞ」
『ぼくはぬいぐるみでしゅから、からだにいいもわるいもありましぇんしっ』
「ちっとだけ食ってみろ…食わず嫌いかもしれないだろ?」
『やでしゅ!』
「なんでだよぉ…」
『おしゃけ!』
「…飼い主に似て強情だなぁ…ちっ…ほら…飲め」
『うくっうくっうくっ』
「おいっ!ちっとハイペースすぎるぞ!」
『らいじょうぶれしゅっぅいっくぅ…へっへぇぇぇ』
「茎わかめ食うか?」
『へへん、いりましぇんっちーじゅくらしゃい』
「わがままだなぁ…」
「イナ」
「さっきから何ブツブツ言ってるの?」
「こいつが我儘なんだよっ!茎わかめ食わねぇしよっ酒とチーズばっかし食いやがんの!」
「…イナ…」
ミンチョルが心配そうに俺のおでこに手を当てた
『へんっミンチョルしゃんは酔いがたりましぇん!ミンチョルさんにものましぇてくらしゃいっぅぃっく』
「ミンチョル、もっと飲めって」
「…あ…。ああ…ありがと…」
「ギョンジンも、スヒョンも飲みが足りないってよ」
「…ああ…」
三人の不思議そうな顔が面白い
「ミソチョル、こいつらも酔っ払ったら、お前と喋れるようになるのか?」
『あい。れもたぶん『てんし』は、いまでもおしゃべりできるとおもいましゅ』
「んじゃ後でスヒョンに抱っこしてもらうか?」
『あはん…くへん…ひゃい…』
「お前っ…何照れてるんだよっ」
『らってぼくはミンチョルしゃんのぬいるるみれしゅからっ、ミンチョルしゃんのきもちと『こおう』しゅるのれしゅっ』
「『呼応』だなんて難しい言葉知ってるんだ…流石は狐のぬいぐるみだ」
『へっへん…』
「だからね…そういう場合、不本意ながらも情報提供者とそういった行為に及ぶ場合もあったわけです」
「…。愛もないのに?」
「…そうなってから愛が生まれる場合もありますし…。僕の場合は大抵先に愛がありましたっひひん」
「…」
「でもギョンビンは違う…。そんな場面に出くわしてはいないと思います。そこをクリアするのが僕の役目みたいなもんでしたから…。
『えろみん』って言われる所以ですねっけひっ」
「ギョンジン君は割り切ってやってたわけ?」
「そういう部分もあったけどそれじゃ虚しくなるから…。僕は相手を好きになるようにしました。情報を提供してくれるって事は味方って事。
これを本物の味方にするか偽者の味方にするか…そこが僕の『技』の見せ所ってわけです。結果、ほぼ愛が生まれて、そして仕事の成果も出る…」
「…。あれですね…、ダブルオーセブン的な…公私とも『せいこう…』」
「やだなぁスヒョンさんったら『せいこう』だなんてっクヒッ。でも僕の憧れはジェームズ・ボンドじゃなくてU.N.C.L.Eのナポレオン・ソロでしたっ」
「…ナポさん…。ナポさんはそんなに女と寝てないでしょ?」
「あれはテレビシリーズでしたから、そんな場面は描いてないけど、ぜったいソロさんは出てくる女と寝てましたって!」
何の話だろうな…
スパイの話みたいだけど、テレビの話かな…
「で、弟は、ナポレオン・ソロの相棒のイリア・クリヤキンっぽかったかな?ストイックでキュート…けへへん」
「…ああ…。ミンはそんなところがあるかも…」
「でしょ?かわいいっしょ?頭でかいけどひひん」
ギョンジンはかなり酔っ払ってきているみたいな気がする…
「では…ミンは…、その…、任務のためであっても、女性とベッドを共にするような事は…」
「してないですね、今までは…。らって僕がその役目らったんですもん…けひひ」
「じゃ、ギョンジン君が美味しいとこを持ってって、ギョンビンはしちめんどくさい作業とか分析とかやって、任務遂行に持っていったって事?」
「そうれしゅっひひっ」
「…よかった…」
ミンチョルはそう呟いてギョンジンから俺の方にふっと視線を向けた
ミソチョルに酒を飲ませていた俺と目が合った
「イナ!ちょっと!返してくれないかな!」
ミンチョルがきつい口調で言った
「あ?」
「大切な子なんだ。なんでお前がずっと膝に乗せてるんだ!返してくれ!」
「あ…ちょっと待ってね」
俺はミソチョルに聞いてみた
「お前、狐んとこいくか?」
『えっ!…れも…ミンチョルしゃん…おしゃけのましぇてくれましゅかなぁ』
「さりげなくグラスを前に置いてやろうか?」
『あ…あい…けへっ』
「イナ!返してくれと言ってるだろう!」
「ん」
俺はミソチョルをミンチョルに渡した
酒のせいで赤くなっていたミソチョルの頬が、一瞬真っ赤になった
『いなしゃんっいってきましゅっ』
嬉しそうだ
よかったな
俺も『狐』が『きつね』を抱っこするの見るの、楽しいぞ
ミンチョルはミソチョルを受け取ると膝の上に置き、またギョンジンとスヒョンの話を聞いていた
「そう言えばミンチョル」
「ん?なんだスヒョン」
「チーフになってから少しずつ『店内日誌』を読んでるんだけど…、ドンジュンが入ってきた頃の事覚えてる?」
「…んー、なんとなく…」
「…僕がドンジュンをからかってた頃さ、ミンチョル、ドンジュンを慰めてあげてたんだよね」
「えっ。そうだっけ?」
「記録によると、兄弟の契りを交わしたとか、一ヶ月休みを取ってモンゴルに行く約束をしただとか書いてあった…」
「僕が?ドンジュンと?」
「忘れたの?」
「…なな…何かの間違い…きっと記録間違いだよスヒョン…」
「ふぅん…、ドンジュンが帰ってきたら聞いてみよう…」
「え…そんな事あったろうか…」
「ぷっ…くふふふっはははっ」
ミンチョルがうろたえているのを見てスヒョンが笑った
「…なな…なんだよっ…」
「…かわいい…」
「…え…」
「ミソチョル君を抱っこしてるミンチョル、かわいいよくふふ」
「ほんとらっミンチョルさんったら罪作りれすよぉ…僕を誘惑しないれくらさいっ僕にはスウィート・ダーリンがいる…」
「けほっこほっ」
ミンチョルはギョンジンの言葉を遮って、膝の上のミソチョルを自分の脇に置いた
そこはミンチョルの脇腹の脇だった…
「えっとそれでお兄さん…。ミンは今、諜報部のお手伝いという立場ですよね?」
「あいそうれす」
「それなのにこういった出張というものがあるんですか?」
「…。今回の任務については…そうれすね…。適任者がいなかったんでしょう…各地で色々な問題が起こってますから…。だから…比較的安全な任務を
経験豊富で優秀な弟に…って事で、任されたのでしょうね。でも断る事だってできたはずなんだけど…。ギョンビンはきっと…今回の任務で、仕事へのケリをつけたかったのかな…なんて僕は思いましゅ…兄として、同じ仕事をしていた者として…ひくっ…」
ちっとかっくいいじゃんギョンジン…言ってる意味わかんねぇけど…
「じゃ…任務で予定が変わるなんて事は」
「しょっちゅうれす…そのたんびに僕は恋人に言い訳とお土産とフォローの嵐でしたよひひん…」
「フォロー?」
「あはははん…十日分の愛を一日でむふふんとかひっく…」
「…」
エロミン…
「その頃のお兄さんはクールだったんですよね?今みたいなお兄さんじゃなくて…」
「しょうれすねぇ…氷のようにちゅめたくて、れも愛を交わすときはくふふん…じょおねちゅてきれ…たまんないってよくいわれまひたっけひひん」
「…」
※147に続く…
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