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ぴかろんの日常
リレー企画 171
cucina_11 妄想省mayoさん
デコぺちん★された..
「まだ根に持ってるの?」
「何を..」
「アヒル口むんにゅ#で首ふりふり〃..されたこと..」
「違うよ..」
「もぉ--..ガキ大将とオタッキーで痴話喧嘩しないのっ」
「ふんだ...何のオタッキーなのよ..僕が..」
「ん?..アタシ..ちゃう?」
でれっ..
イナがチョコのオーダーを告げに来た..
短時間でかなり煙草を吸ったような感じが気になって..またキツイ言い方をしちゃった
で..また..闇夜にデコぺちん★された..
ちょっと様子の違うイナに僕も闇夜も気づいていた
いつものチョコでいい?..という闇夜に..僕がやるよ..っと言った..
くすっ..っと笑って闇夜は仏のリモージュの皿に小さな銀のレースペーパーを敷いた..
僕が厨房の棚の奥から出したDebauve et Gallais(ドゥボーブ・ガレ)の箱..
ブルボン家の紋章入りの銀色の楕円形の箱に入っているボンボンショコラに闇夜が反応した..
「ぁぅぁぅ#..あたしにもちびっとしかくれないやつじゃんっ!」
闇夜の口に一個..ボンボン・ショコラを入れた..途端に闇夜の顔が綻んだ..
イナが皿を取りに来た時に元気を出して欲しくて皿からイナスペシャルのチョコを取った..
イナの目が一瞬..泳いだ..後で貰うと言ったイナは皿を持ってホールへ歩いていった
僕と闇夜は厨房から時々イナの付いている客席を覗いていた..
いつものように仕事をこなすイナは..プロだった..
僕と闇夜にチョコの礼を言うイナに闇夜は
「チョコもだけど..イナシも”高級”なのよ」っと言った
口端をちょっと上げて笑いイナは眉をちょい上げて首を軽く振り子に振った
あーん..っと開けたイナの口にチョコを入れた..
美味しいチョコなのは当たり前だから..
どんな風に感じたのか聞きたかった..
帰ってきた返事は普通..
でも何かは感じたはず..
僕はじっとしてられなくて厨房を出たイナを控え室に向かう通路で後ろからそっと包んだ..
拳を握っている両腕が微かに震えているような気がした..
包み込むと同時に僕は少しだけ首を曲げた..
顎下..喉の付け根の筋肉が微かに上がる..
喉奥にくっ#..と力を入れたせいだ..
同時に顎の骨が軋んだ..
奥歯をぐっ#っ噛んだからだ..
無意識に現れる仕草で涙を堪えてるのは一目瞭然だ..
「チョコ..甘ぁ~~かった?..」
声を発すること無く..イナの首は横に微かに動き..戻って..小さくこくんっ縦に動いた..
「ほろ苦かった?」
今度はイナの首がこくん..っと縦に動いた..
僕はそっと抱いていたイナを解放して..両肩~両腕をすっ..っと撫で下ろした
僅かに躊躇したイナは結局僕に振り向くことなく控え室へ向かった
イナが控え室に入ったのを確認してから通路をUターンした
闇夜は厨房の入り口で僕を待っていた..
「どう?やっぱ..これ?」
闇夜が目尻に置いた人差し指をてんてんてん...っと頬に落としていく..
「ぅ~~ん..これ..」
僕は目の下に人差し指を横に当て..くっく..っと目下を上げた..
「そぅ...テソン..さっきのチョコ..緑の銀紙だよね..」
「ぅん...ほろ苦さの方を強く感じたみたい...」
「ぁぅ..そっか」
「ぅん..」
僕がおこちゃまイナに選んだチョコは
生クリームたっぷりのスイートガナッシュを薄いセミスイートチョコで一度コーティングし..
それを厚めのスイートチョコでコーティングしてあるボンボンショコラだ..
一般的に苦みは舌根部で感じ..甘さは真っ先に舌先で感じる..
イナは口に入れたボンボンを口の中で舌を転がしながら溶かしていったけど..
薄いセミスイートの部分を強く印象付けたのかな..
イナの微妙な心の揺れも同調してしまったのか..??
同じ事を思っていた僕と闇夜は互いに..ふにゅぅ..>_<...っという顔になった..
「次食べるときはほろ苦さは程々に感じて欲しいな..」
「ぅん..」
僕が闇夜の背をトントンして厨房に入り後片づけをした..
後片づけが終わる頃..テスがオールインからトットコトットコ..僕等を迎えに来た
厨房の灯りを消して裏口を出た
こめかみをキ--ン#っと突き刺す寒さに僕等3人は身震いをした
闇夜が空を見上げた..僕とテスも空を見上げた..
一際明るい☆がきらり..闇夜と..僕等に輝いた..
眠れぬ夜 ぴかろん
眠れない俺は、布団の中で今日の出来事を振り返る
振り返りたくないけれど
一つ一つ、きちんと、収めておきたい…
何があったのか
何を知ったのか
何が変わって何が変わっていないのか
『あいつ遅くても日帰りでしょ』
ヨンナムさんがそう言った
テジュンは嘘をついた
ううん…嘘じゃなくて…ただ言わなかっただけだ…
嘘じゃない…嘘じゃ…
『本当に聞いてた?』
『またあいつ変な気をつかったんじゃないの?』
『あいつの思いやりって思いやりにならない時があるから』
なぜ…そんなに俺を追い詰めるのか解らなかった
絡み始めたのはあの人だけど、輪を掛けて絡みついたのは…俺だ…
俺が『鎧』と言った時、あの人の表情は凍りついた
俺はまた、人を傷つけてしまった…
近づくなと言われていたのに…
「だって…テジュンの事…言うんだもん…」
言い訳だ
そうじゃない…
『聞きたいの?僕のこと』
『だから僕を刺激するんでしょ?』
『解ってるんでしょ?僕の話を聞くってことはテジュンの話を聞くって事だって』
ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさ…
涙が止まらない
どうして俺は踏み込んでしまったんだろう…
知らなかった
知らなかったんだ…ヨンナムさん…
テジュンと貴方の過去がそんな風に繋がっていただなんて…
ルーレットの「3」は…貴方とテジュンと彼女の…
『彼女はテジュンを選んだ』
「てじゅ…てじゅ…ぅっううっ…」
涙と嗚咽が止まらない
枕に突っ伏して泣いた
テジュンが愛した人と、ヨンナムさんが愛した人…
テジュンは…馬鹿だ…
ヨンナムさんが望んだのは彼女の幸せ
それを叶える男は…お前だったのにテジュン
「ばか…馬鹿野郎…」
そしたら…そしたらお前は今頃、普通の暮らしをして、俺なんかに惑わされずに生きてられたのに
そしたらヨンナムさんはきっと…きっとまた別の人と出会って恋をして…
選んでるのに…お前を選んでたのに彼女は…
てじゅ…
もし俺が…俺がヨンナムさんにそんな風に想われていたら
お前…俺を捨てる?
お前…俺から離れていく?
ヨンナムさんに遠慮して去っていく?
そんな事されたら俺…
「しないよね…しないよねてじゅ…」
てじゅ…
じゃあもし俺が…
俺が…
お前じゃなくて…
ヨンナムさんを選んだら…
「お前…どうするんだろう…」
ヨンナムさんのように、俺が幸せになれるように見守ってくれるのかな…
「しないよね…てじゅは…てじゅは俺が好きだもの…」
俺だってテジュンが好きだ
ああ
俺、何考えてるんだろう…
ヨンナムさんは関係ないのに…
ヨンナムさんは、彼女でいっぱいになってるのに…
馬鹿だなテジュン…
そんなに愛した人をどうして突き放しちゃったの?
その人の夢を諦めさせたくなかったから?
…ヨンナムさんが気になったから?
ねぇ…最期に会えてよかったね…
何か話せたの?
何て言ってた?
哀しいけどテジュンはそれで終わらせる事ができたんだもの
馬鹿だなヨンナムさん…
どうして行かなかったんだよ…どうして…
だから貴方は今もずっとそこに留まって…
『僕の人生は穏やかで美しいものになってる』
馬鹿
馬鹿…
嘘つき
馬鹿
行かなかった自分を…
奪えなかった自分を…
好きじゃないくせに
前に進めない自分を…
きれいに生きてる自分を…
好きじゃないくせに
ああ俺はまた、その傷をえぐったんだ…
ごめんなさい…
貴方を侮辱したつもりはないんだ、でも…
壊したかったのは事実だ
その鎧を外したかったのは事実だ…
余計な事を…
ごめんテジュン…
鎧が地面に落ちていく音を
俺はとても心地よく聞いていた
やっと貴方が見えてきたから…
やっと血の通った肉体が俺の前に現れたから…ヨンナムさん
でも…
『何で…君なんだ…何で…彼女じゃなくて君なんだ…あいつを動かしたのが…』
「…知らない…知らない…知ら…」
布団に包まっているのが苦しくなって、俺はベッドから立ち上がった
よろけながら部屋を出た
真夜中の静かなリビング
何も整理できていない俺
しゃくり上げながら窓の外の光を見た
テジュン…テジュン…
なんでお前、いてくれないの?
俺の心に根っこ張ったまま
一体どこに行っちゃったの?
お前の枝が…お前の葉っぱが…
俺、今、見えないよ…
何でこんなに苦しいんだよ…何でだよてじゅ…教えてよ、何で俺を選んだんだよ!てじゅ…
寝静まった街のどこかに隠れているテジュンに向けて、俺は心の中で叫んでいた
眠れぬ夜2 オリーさん
ミンが何回目かの寝返りを打ったので
僕は支えになるように抱いてやった
そのままミンは眠りにつき、代わりに僕は目が冴えてしまった
たぶん明日の事でちょっと緊張しているのだろう
スヒョンのカメラテストの後、監督達と会えることになったから
僕はミンが眠っているのを確かめてから、そっとベッドを抜け出した
水を飲みにキッチンへ行くと、窓辺のリクライニングチェアに人影があった
イナ・・
一人椅子にもたれて窓の外を見つめている
口に当てた爪をかじっていなければ、まるで彫刻だ
「どうした、寝られないのか」
僕の声にぴくっと振り返ったその頬に光るものが見えた
「何かあったのか?」
僕の声にイナはこぶしで光るものをぬぐい、窓の方へ顔をそむけた
僕はイナの方へ近づいた
「どうした?」
オットマンの上のイナの足をわざと乱暴にどかすと、そこに腰をかけた
足をすくわれた形になってバランスをくずしたイナは怒ったふりをした
「どうもしねえよ。お前こそどうしたんだ?」
「ちょっと水を飲もうと思って」
「ふうん、そっか」
「テジュンさんは仕事?」
「ああ」
「それで泣いてたのか」
「そんな事で泣くかよ」
「そうか」
イナはそのまままた窓の外に視線を移した
僕はしばらくそんなイナを見ていた
突然イナは僕を振り返った
「俺って何でこうなんだ」
「何があった?」
「またやっちまった」
「何を?」
「よけいな事をさ」
「よけいな事?」
「ミンチョル・・何で俺なんだ?」
「何が?」
「テジュンは何で俺なんだ?」
「そんなこと知るわけないだろ。彼に聞けよ」
「他の誰かでもいいよな」
「え?」
「俺でなくても、他の誰かでもいいよな」
「そんな事はないだろう」
「あるさ、別に俺でなくても」
「彼がお前を選んで、お前も彼を選んだ。そうじゃないのか」
「お前はどうなんだよ」
「どうって?」
「ギョンビンでなくても、スヒョンでいい。スヒョンだってドンジュンでなくてもお前でいい」
「何言ってるんだ」
「ギョンビンだってお前でなくてもっと他の誰かでもいい。ドンジュンだって・・」
イナは溢れる涙をぬぐおうともせず、わけのわからない事を言い続けた
「やめろ、何言ってるんだっ」
僕は思わず大きな声を出した
広いリビングに僕の声が飛び散りそして闇に落ちた
イナの小さい声が聞こえた、すまないと
「テジュンさんと喧嘩でもしたのか?」
「そんなんじゃねえよ」
「テジュンさんの仕事が軌道に乗るまで一緒にいたらどうだ?」
「だからそんなことじゃないんだ。お前、三角関係になったらどうする?」
「今度は三角関係か」
「俺がギョンビンを好きになったって言ったらどうする?」
「どうって、ありえないだろ」
「もしもだよ。身を引いてくれるか?」
「僕は人に負けるのが嫌いなんだ」
「そうだよな。でも俺も負けるのは嫌いだ」
「誰が来たって譲れないものは譲れない」
「俺でもか」
「当たり前だ」
「やっぱりお前我儘だよ」
「そうだよ。知ってるだろ。でも・・」
「でも何だよ」
「ミンがお前がいいって言ったら別だ」
「・・・」
「負けるのは嫌いだけど、こればかりは相手の気持ちがあるだろう」
「譲るのか?」
「でもそんな問題じゃない、譲るとか譲られるとか」
「そうだよな」
「それにミンは絶対お前を選ばない」
「やっぱり、お前は嫌な奴だ」
イナはそう言って笑おうとしたが、やはり途中からまた涙が出てきた
「イナ、何があった?」
僕はもう一度イナに聞いてみた
イナはぽつりぽつりと話だした
今日、オールインでヨンナムさんと会ったこと、そして彼から聞いた話を
テジュンさんとヨンナムさんとそして二度と帰らぬ彼女の話
テジュンさんとヨンナムさんにもそんな過去があった
肉親だからこそ乗り越えられずそして乗り越えられた辛い過去が
「何でこんなこと聞いちゃったんだろ」「何であんなこと言っちゃったんだろ」
イナは時々そんな言葉をさしはさみながら最後まで話すと、また爪を噛みはじめた
そんなイナに僕は言った
「よかったじゃないか。話が聞けて」
「え・・」
「気になってたんだろ?テジュンさんの昔のこと」
「でも・・」
「ヨンナムさんも何かお前に言っておきたかったんだろう。
それをお前が言わせた。それでいいじゃないか」
「・・・」
「ヨンナムさんは何も知らないお前がテジュンさんの隣で幸せそうにしてるのに嫉妬した。
お前はテジュンさんの過去を知ってるヨンナムさんに嫉妬した。お互いさまだよ」
「そんな単純な話かよ」
「複雑にしたって仕方ないだろ。後は当人同士の問題だ」
「当人同士って・・」
「テジュンさんに彼女のことを聞きたければそうすればいい。
聞きたくなければ何も言わずにお前の胸にしまっておけばいい。
どっちにしても前に進むんだ、二人で。
ヨンナムさんが彼女との思い出を抱いて生きていくなら、それはそれで彼の生き方だ。
鎧が取れたのなら彼自身が変わるかもしれない。でもそれも彼の選んだ彼の人生だ。
お前のせいでもテジュンさんのせいでもない」
「そうか?」
「そうさ」
「でも・・」
「イナ、お前少し我儘になれ」
僕は少し強い口調でイナに言った
「何だよ、それ。俺は今まで好き勝手に生きてきたんだぞ」
「好き勝手に生きてるけど人の事ばかり考えてる」
「わかったような口きくな」
「だから自分のために我儘になれ」
「ミンチョル・・」
「欲しいものがあったら、人を押しのけて掴め」
「俺はいつだって・・」
「人の事なんかかまうな。お前には幸せになる権利があるんだ」
「俺は・・」
「お前には幸せになる義務がある、僕やみんなのために。遠慮しないで我儘になれ」
イナの顔が突然大きく歪んで、口元から嗚咽が漏れた
僕はイナに近づいて、肩を抱いた
「テジュンさんに我儘たくさん言ってやれ。一人にしておくと浮気してやるって脅かしてやれ。
しっかり掴んでおかないとどこかへ行ってやるって脅かしてやれ。お前にはその資格があるんだ」
「お前みたいな・・我儘な奴に・・そんな事言われたくねえ・・」
イナはしゃくりあげながら言った
僕はかまわずイナを抱きしめた
しばらくしてイナが泣きやんだので、カウンターに行ってグラスにブランデーを注いで持ってきた
グラスを渡すと、イナはそろそろとそれを受け取った
僕は自分のグラスをイナのグラスに軽くあてて乾杯した
「我儘なイナに」
イナは照れたように笑ってグラスを持ち上げた
「生まれつき我儘なミンチョルに」
僕らは静かに笑いながら一気にそれを飲み干した
僕はイナが部屋に入るのを見届けた
部屋に消える前にイナは振り返って僕によっと手を上げた
ベッドに入るとミンが振り返った
「イナさんと何話してたの?」
「起きてたのか」
「お酒臭い。飲んだの?」
「イナがちょっとへこんでたから」
「何かあった?」
「あったらしい」
「あの人案外さびしがりやだからね、誰かさんに似て」
「あ?」
「大したことないといいね」
「ああ」
「僕に出来ることがあったら力になりたいな」
「ミン・・」
「イナさんが兄さんにしてくれたこと、僕は忘れてないよ」
「ミン」
「テジュンさんも一緒にここに住めばいいのに」
ミンはそう言うと僕の腕に絡みついてきた
そしてお酒臭いと言いながら、そのまますぐ目を閉じた
「そうだね、テジュンさんもここに来ればいいのに・・」
僕もそう言ってミンの髪にキスをして目を閉じた
眠りにつくまでイナの泣いている顔が瞼の裏に浮かんでいた
混濁 ぴかろん
『何で…君なんだ…何で…彼女じゃなくて君なんだ…あいつを動かしたのが…』
『彼女になくて君にあるものは何なんだ…あいつにあって…僕にないものは…何なんだ…イナ』
ヨンナムさんのその言葉に囚われていた
ミンチョルにわけの解らない事を言ってしまった
ミンチョルは、それに丁寧に応えてくれた
ヨンナムさん…
俺、本当の優しさは…
ミンチョルのような優しさだと思ってるんだ…
ヨンナムさん…
あなたの優しさは…
冷たかったんだ…ごめんね…
血の通った優しさは心に染みるから
だから俺は仲間と一緒にいたい
あなたは…あなたは一人でいいの?
鎧の中で燃やし続けていた貴方の情熱を俺は今日感じた
あなたは激しい人だ
最初はそれを微塵も感じさせなかった
怖ろしい鎧だよ
俺はそう思う…
もう…
身に纏うのはやめて…
その身一つで十分闘えるだろ?
ミンチョルのくれたブランデーが胃を熱く刺激した
ああ俺はこんな風にあの人を…
体の中で蒼くて熱い炎が燃え盛るように
こんな風にあの人をえぐり出してしまった…
なんで俺はこうなんだろうな…でも…
ソクの時ともギョンジンの時とも違うんだよミンチョル…
なぁ…テジュン…
お前が俺を選んだのはきっと
俺がお前のために仕事を捨てない男だからだろ?
俺は俺のために動く男だからだろ?
違う?
『誰かのために仕事を辞めたと聞いた時、正直言って信じられなかった』
…俺のために?
ううん…ううん違うよね…違う…
だってお前はお前のやりたいようにやってるもん
俺と一緒に住んでくれないし
俺と一緒に働いてもくれない
俺の知らない間に仕事を決めて
俺との時間が短くなってもその仕事をやりたいんだもの
だから俺のために仕事を辞めたんじゃ…ない…よね…
俺だったら…気楽だから…
俺だったら背負わなくていいから…
『テジュンさんに我儘たくさん言ってやれ。一人にしておくと浮気してやるって脅かしてやれ。
しっかり掴んでおかないとどこかへ行ってやるって脅かしてやれ。お前にはその資格があるんだ』
「ばぁか…、そんな事言えてたら俺…泣いてなんか…」
泣いてなんかいないよ、ミンチョル
俺は親友の真剣な眼差しと、温かい腕を思い出してくすっと笑った
笑いながら涙を流した
「ミンチョル…。俺…浮気もできねぇんだよ…。放っておかれてもどこへも行けねぇんだよ…俺…。解ってねぇなぁお前…ふふ…」
俺を選んだ理由を知りたい
今日の事をテジュンに話してもいいのだろうか…
そもそも俺はテジュンの何を知ってるんだ?何を解ってるんだ?
俺は…何も知らないんじゃないのか?
あいつの夢も、目標も、考え方も…
何一つ解ってないんじゃないのか?
それはあいつにも言えることだ…
俺の何を知ってるの?
ただ好きだっていうだけで
ほんとにお前、俺のとこに来てくれたの?
…はじめっから…ジャンスさんとこで働こうと思ってたんじゃないのか…
ヨンナムさんの事がずっと気になってたから、俺についてくるって言っとけば丁度よかったんじゃないのか…
突然俺の頭に、卑屈な考えが浮んだ
それは次々と湧き出してきて止まらなくなった
俺が男だから…俺を…選んだ…
俺が男だから…結婚なんて考えなくていいから…
俺が男だから…多少放っておいたって、ねちねち言わないだろうから…
男だから、仕事もちゃんと持ってて負担にならないから…
男だから…妊娠の心配もいらない…
「欲望の捌け口…なんてね…うふふ」
そんな風に考えた事なんてなかったのに…
なんでだろう…
俺は亡くなったその彼女には勝てない
俺は…ラブにも勝てない…
俺はちっぽけで、泣き虫で根性なしだ
でも俺は…俺には…お前が必要なんだ…お前なしでは生きていけない…
「だって好きなんだもん…お前が好きなんだもん…好きになっちゃったんだもん!」
たとえ…テジュンのおもちゃだとしても…
ううん…テジュンはそんな男じゃない
俺を大切にしてくれる
俺を…俺を愛してくれてる…
だろ?
俺はその嫌な思いを払いのけるように頭を強く振り、大きく息を吸った
ヨンナムさん…
俺は男で俺は自分勝手で俺は俺のしたい事をして…人の自由にはならない…
好きだからって自分を捨ててついていこうなんてしない…したくない…
俺が俺じゃなくなるから…俺は俺でいたいから…
テジュンも…
テジュンもきっとそうなんだよ、ヨンナムさん
知ってるよね?
俺より付き合い長いんだもの…
貴方は…優しすぎるんだ…
とても激しい人なのに、自分を押し込める強さがあるんだ…
…どうして俺、貴方の事の方なら解るんだろう
…解る?
ううん…解ったような気になってるだけか…
「あの時あの人泣いてたんだ…泣いたんだテジュン」
テジュンにいちいち話しかけた
そうしないと俺の心もテジュンも、どこかにいってしまいそうだった
「なんで側にいてくれないの…なんでいないのぉ…ううっうっうっ…」
胸が痛かった
テジュンの言いつけを守らなかったのは俺なのに、俺はテジュンのせいにしようとしている…
テジュンの顔とヨンナムさんの顔が交互に浮ぶ
同じ顔なのに全く違う顔…
ヨンナムさん、貴方はすごい人だよ
自分を犠牲にして、愛する人の幸せを願うなんて…
俺にもテジュンにもきっとできない
貴方は自分をも押さえ込む力のある人なんだ…
貴方がいたから…彼女は安心してテジュンにぶつかっていけたんだねきっと…
跳ね返されても貴方がいるから…
貴方が抱きとめてくれるから…
あの時…貴方の瞳は優しく潤んでいた
俺の中に彼女を見たのだろう
俺には解っていた
貴方が触れる俺の頬は彼女の頬
貴方が拭う俺の涙は彼女の涙
俺は…俺の中に彼女が降りてきたように思った
いいよ…
俺は媒体…
いいよ…何しても…
ヨンナムさん…
深い接吻が…そらの彼女に届きますように…
貴方の想いがそらへ昇っていきますように…
俺でいいなら…いくらでも使っていいよ…ヨンナムさん
でも
「これからも…そらと…話し続けるの?」
やめて…やめてね…
もう…終わりにして…
だって彼女はもういないんだ…
いないんだ、ヨンナムさん…
一晩中考え続けていた俺は、窓の外の暗黒が、紺色に変わった事に気付いた
「テジュン…」
今行けば、顔だけでも見れるかもしれない…
俺はぐちゃぐちゃの心のまま、スウェットに着替え、ジョギングに行くというメモを残してエレベーターに飛び乗った
鳥の名前 足バンさん
オールインを出て
凍りつくかと思うような空気の中に出た
空はもう暗くまた雪がくるのかという匂い
トラックの座席に座ってバックミラーに目を向ける
そこに映っているはずの男を見る
暗闇の中ぼんやりとした輪郭が
向こうからの流れるヘッドライトに照らされる度に浮かび上がる
影の自分と光の中の自分が
交互に口を開く
おまえ…久しぶりにそんな顔じゃない…
ああ…そうかもしれない…ちょっとどこかが違う
どうしたの
彼女に会ったような気がする
イナでしょう
そう…そうだけどそうじゃなかった
錯覚した?
聞こえた
彼女の声が?
暖かかった
彼女の身体が?
初めて触れた
唇?
呼ばれたんだ
錯覚した?
優しかった
イナでしょう?
イナだ
鎧って言われたぞ
ああ
鎧って言われたんだぞ
…
鎧なのか?
ち…
違うよな
わからない
おまえ幸せなんだろ?
わからない
空と話して生きるのかって言われたぞ
ああ
そうなのか?
…
そうなのか?
それ以外の生き方がわからない
わからなくてもいいって思ってない?
キツイなおまえ…
ばか、僕はおまえだよ
わかってる
おまえ僕のこと忘れてただろ
ああ
こんな自分でいいんだって思ってたろう
そうかもな
イナが呼んだんだ僕のこと
そうだな
車の硝子をぱたぱたと叩く音に振り返った
冷えきった窓を開けるとドンジュン君がくるくるした目で覗き込む
僕はいつもの”笑顔らしい”ものを向けた
「何してんのさぼぉっとして、凍え死んじゃうよ」
「あ、いや…今から店?スヒョンさんは?」
「新人が入ったから先行って何だかやってる」
「そう、忙しそうだね…ああそういえばパリのお土産ありがとうね」
「吸ってる?」
「葉巻ってちょっと照れくさくて」
「けへったまにはカッコつけてナンパにでも行きなよ」
「そうね、はは」
「僕も来年ちっとカマすからね」
「頑張ってね、大変な仕事だろうけど」
「うんっ!近いうちに最高のコンセプトカーを見せてあげる」
「あのテジュンの車より?」
「そっ!常に次のものが僕の最高!んじゃ行くわ」
「ああ、それじゃ」
笑って手を振り走っていく彼を見送りながらエンジンをかける
常に次のものが最高
昔テジュンが同じようなことを言っていたような気がする
何だったかな
約束の仕事を終え
誰もいない家に帰り
冷えきった部屋に火をいれる
ブルーは見当たらないので鳥にだけ餌をやる
そしてチクチクと餌をついばむ小さな動きを見ながら
なぜこの文鳥に名前をつけていないのかを
また考えてみる
何度もつけようとして
名前を思いつかずそのままになっている
思いつかなかったのか
思いつくことを避けてきたのか
そうかもなイナ
思い入れて無くすのを怖がってるのかもな
ひとりで飯を食い
ひとりで片付けものをして
ひとりで風呂に入って
いつものように窓を開け
凍てつく空にやはり今日も向かう
向かってるよイナ
煙草を取り出そうとして
ふと思い立ってドンジュン君の葉巻を出してみる
慣れない作業をしてやっとひとくち吸うと
いつもと違う香りが冷たい空気に漂う
どう?
いつもと何か変わってる?
いつものように返ってこない答えは同じだけれど
今日はどこか気持ちが違う
君に逢えたからかな
逢えたようなような気がしたからかな
今日テジュンは遅くなるそうだよ
そんなことお見通しか
僕よりもやつのことはわかってるね
ちょっと夢にでも出ていって言ってやれよ
あなたいい加減にしなさいよって
イナさんまで泣かせちゃだめよって
何となくテジュンに顔を合わせたくないからさ
さっさと寝てさっさと起きてさっさと仕事に行こうかな
子供じゃないんだから飯は自分で食えってさ
それじゃおやすみ
大雪降らすなよ
布団にはいって目を閉じて思い出した
昔言ってたあいつの言葉
僕は今日の自分には満足しない
そう…そこが違うんだ僕と
そこが
だから周りがこんな目にあうって?
そうなんだけどね
でもそこがいいんだよあの馬鹿野郎は
そうなんだよイナ
だからせめて
せめて君は待っててやってくれないか
イナ
Medium ぴかろん
走ったり歩いたりしながら夜明けの街を通り過ぎた
スウェットに薄手のパーカーを羽織った
携帯電話と小銭とそれからタバコがポケットで揺れる
テジュンの顔を見たい
物陰からそっと見るだけでいい
それだけで俺はきっと、『今』を乗り切れるから…
俺はヨンナムさんの家を目指した
ヨンナムさんには会いたくなかったし、テジュンと顔を合わせると、テジュンの仕事の邪魔になっちゃうし…
それで俺は、ヨンナムさんちの玄関が見える場所に、隠れるように立っていた
ヨンナムさんのトラックがない
早朝の配達にでも出かけたのだろう
テジュンは何時に出るのかな…
今、六時半だ…
昨日は八時に会社に集合とか言ってたから…七時過ぎってとこかな?
寒いなぁ…
俺は小刻みに足踏みを繰り返してテジュンが出てくるのを待っていた
でもテジュンは何分待っても出てこなかった
もうすぐ八時になる…
陽の光が当たり、段々暖かくなってくる
でも俺の体は冷え切っていた
いや、体だけじゃない…
昨日、帰れなかったのかな…
そっか…だから俺に『日帰り』だってことを言わなかったんだな…
研修が長引いて突然泊まりになっちゃうってこともある…
そっか…いないんだ…
でも…
諦め切れなくて俺はタバコを取り出した
一服する間、その間だけ待ってみて、それでも出てこないなら帰ろうと思った
タバコはあっという間になくなった
ふ…
なんだか馬鹿馬鹿しくなって俺は自分を笑った
帰ろう…
テジュンの部屋を見上げて、俺はRRHへと引き返そうとした
キキィッ
急ブレーキの音に驚き、俺は足がもつれてこけてしまった
「大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声…
「イナさん…」
ヨンナムさんだった
「怪我はない?大丈夫?」
「あ…大丈夫。足が滑っただけです…」
「ちょっと待ってて、車をどけてくるから…。ぶつかってないよね?」
「うん…大丈夫…ほんとに…」
帰りたかった
話したくなかった
テジュン以外のテジュンと同じ顔を見たくなかった
立ち上がろうとした時、腰のあたりに激痛が走った
それでも動けない事はない…
こけた時に筋でも違えたのだろう…
「さ、立って。大丈夫かな…」
「大丈夫で…あつってっ…」
「痛むの?」
「いや、すぐ…治るよ…」
「入って」
「いいです…帰らなくちゃ…」
断っているのにヨンナムさんは俺の体を支えて玄関の戸を開けた
そして俺を中に入れてくれた
「寒かったでしょ?…テジュンに会いに来たの?」
「…顔だけ…見たかったの…。あいつ、泊まりだったんだ…」
「…ここ、座って。火にあたりなよ、待ってて。暖かい飲み物持ってくるから」
「ヨンナムさん、いいです、俺すぐに帰りますから…」
ヨンナムさんは俺の言葉を無視して、熱いココアを淹れてくれた
体が暖まった
有難いと思った
「ご飯食べていかない?」
「え?」
「朝飯。まだでしょ?」
「あ…いや…俺…」
「付き合ってよ…。ずっと一人で食ってたから寂しいんだ」
寂しい?
今、そう言った?
驚いて見上げたけど、ヨンナムさんはもう台所に行ってしまっててその表情は判らなかった
「テジュンね、昨日っていうか今日だ…。真夜中に帰ってきたよ。顔は合わさなかったけど…。多分…二時ごろかな」
「帰ってきたんですか?じゃ、上にいるの?!」
「僕が朝飯の準備してるときに大慌てで出て行った。六時ごろだったかな…」
「…そんなに早く?!」
「…ああ…。飯はいらない、今日も遅くなるから先に寝ててくれって叫んで出てった…」
「…」
ヨンナムさんが台所からよく通る声で教えてくれた
ココアを啜りながら、暖房器具の前にへばりつく俺
ヨンナムさんは手早く朝食の準備を整えた
「さ…おいでよ、食べようイナさん」
「…。イナでいいですよ…」
「…イナ、おいでよ」
どきんとした
テジュンと同じ声で優しく呼ばれた
明らかに昨日とは違う…
俺はぼんやり立ち上がってヨンナムさんのいる座卓に近づいた
「「ごめんね」なさい」
俺達は同時に謝罪の言葉を述べていた
昨日のことだとお互いに解っている
俺は俯いて言葉を探す
踏み込んだ事を謝りたかった
ほんの少しの沈黙の後、口を開こうとした俺を遮ったのはヨンナムさんの声だった
「ありがとう、イナ」
ヨンナムさんを見上げると、優しい微笑みが俺を見つめていた
「昨日…悪かった。君を追い詰めるつもりなんかなかったのに…。それに僕、余計な事言っちゃって君に期待を持たせたね…
ごめんね…。テジュンはこうなることが解ってたんだろう。だから君に『日帰り』だって言わなかったんだね」
「…いえ…。あの…」
「…そらに…」
「え?」
「そらに…やっばり…話しかけてるよ…僕…」
俯いて照れくさそうに微笑む優しくて激しい人が俺の瞳に飛び込んできた
「そういう生き方しか知らない。その方法しか知らなかった…」
「…ヨンナムさ…。俺…、俺、貴方に踏み込んじゃって…」
「踏み込ませたのは僕だもの…。さ、食べよう」
にっこりした笑顔が丸みを帯びていた
鎧は?
捨てた?
俺はヨンナムさんが用意してくれたお粥と青菜のスープを食べた
そういえば昨日からまともに飯を食ってなかった
だからお粥は有難かった
「どう?おいしい?」
「おいしいです…」
「よかった…」
彼女と…こうしたかった?
俺はテジュンと…こうしたかった…のかな?
暫く黙って食事をした
「昨日ね…、彼女に会えたような気がした」
解ってる…
「どうしてだろう…。全然違うのに、あの時君が彼女に思えた…」
解ってるよ…
「ごめん…。身代わりにして…。でも…でも…。確かに触れたんだ…彼女に…」
うん…。俺は俺じゃなかったよ…
「…。君に沢山、余計な話を聞かせてしまった…。悪かった。…彼女とテジュンの事は、きっとテジュンが話してくれるよ…。僕の受け止め方とは違うだろうねきっと」
「…」
「…。あのね…。あの…。あいつは…あいつはさ、いつも『今の自分』に留まってないやつなんだ。…知ってると思うけど」
…知らない…
「それに耐えるのは…辛いと思う…」
「…」
「彼女は耐えられなかったんだろうな…」
「ヨンナムさん…」
「だけど君だけは…待っててやってくれないかな…。僕がこんな事いうの変だけどさ。あいつは…あいつは幸せにならなきゃいけないんだ…」
「貴方だって」
「…」
「貴方だって幸せに…幸せにならなきゃ…」
「イナ…」
「俺、昨日、仲間に言われたんだ。『お前は幸せになる義務がある』って…。もっと我儘になれって…。テジュンに我儘言ってやれってさ…。
貴方も…貴方ももっと我儘言っていいと思う…」
何を言いたいのだろう俺は…
「ありがとう」
「俺の方こそ、ごめんなさい…。俺の悪い癖だ。人の傷口広げてしまう…」
「イナ…」
でも君はそれを治そうとしてくれるじゃない
ヨンナムさんはそう言ってくれた
治そうと…してるのかな…俺…
「鎧、取れたと思う?」
「…ん…」
「…ああそうだ、チップの山、崩しちゃってごめん…。仕事増やしちゃったし」
「…いや…結局俺、人に任せちゃった…」
できなくて…
「あは…。そりゃ迷惑かけちゃったな…」
「チップ…積み直した?」
「え?」
「あ…いや…。なんでもないです…」
残っていたお粥を流し込み、俺は立ち上がろうとした
また激痛が走った
「もう少し休んでいきなよ」
「でもヨンナムさん、配達に行かなきゃなんないでしょ?」
「今日の残りの配達は夕方以降でいいんだ。暇だし…よければ痛みが治まるまでここにいればいい」
真っ直ぐに俺を見つめるヨンナムさんの視線に耐えられなくなって、俺は目を逸らした
逸らす必要なんてないのに…
昨日の刺々しさも、俺を押しのけようとする雰囲気もなくなってるのに…
俺は突然甦った昨日の唇の感触に動揺して、帰りたくなった
ヨンナムさんの手が、俺の頬に触れた
俺の顔をそっと上に向け、親指で唇をなぞる
胸の奥がぎゅっと締まった
…彼女の姿を求めているの?
その人は貴方の…貴方とテジュンの心の中にしかいなかったはずなのに…
昨日から俺の中にも彼女がいる…
俺の気持ちじゃない…
彼女の気持ちだろう…
ヨンナムさんともっと話がしたいと
俺の中の彼女が呟いている…
「僕は君の中に彼女を感じる。君は僕とテジュンを重ね合わせている。お互い、身代わり同士だ。変だね…」
俺は…
重ねてなんかいない…
テジュンと貴方は似ていても全く違う人間だから…
「貴方は貴方だよ…」
「…」
『ヨンナムさんは何も知らないお前がテジュンさんの隣で幸せそうにしてるのに嫉妬した。
お前はテジュンさんの過去を知ってるヨンナムさんに嫉妬した』
ミンチョル…そうなんだろうか…
『ヨンナムさんが彼女との思い出を抱いて生きていくなら、それはそれで彼の生き方だ。
鎧が取れたのなら彼自身が変わるかもしれない。でもそれも彼の選んだ彼の人生だ』
ミンチョル…そうなんだろうか…
「君は君…。彼女じゃない。でも…なぜ彼女を感じるんだろう…」
「…」
ヨンナムさんは暫く俺を…いや、俺の向こうを見つめて、ふっとため息をついた
「やっぱり…こんな生き方しかできそうにないよ、イナ。でもね…ありがとう…とても…楽になれた」
チップが積まれてる
ほんの少しだけ違う色のチップが混ざっている
気付く?
気付いたらまた同じ色同士で積み直す?
鎧は壊れたまま肩にかけられている
新しい鎧を作る?
そしてまた身に纏うの?
「どうして前に進まないの?」
「え?」
「…俺は…俺の中に…貴方の彼女を感じている…。昨日の夜からずっと俺の中に彼女がいるんだ…」
「…イナ?…」
「貴方もそう思ってるんでしょ?」
「…それは…僕が勝手に思い込んでるだけで…君が僕の想いに付き合う事はないよイナ」
「いるんだよ!」
「…イナ…」
「俺の中で彼女が叫んでる…前に進めって!」
言ってしまってすぐに後悔した…
また…踏み込もうとしている…
でもこれは…俺じゃない…俺じゃないんだ…
「そう彼女が言ってる…ずっと言い続けてる…」
「…」
黙り込んだヨンナムさんを見て胸が苦しくなった
「…ごめん…帰るね…」
「イナ…」
「…」
「帰らないでくれ…」
「…ヨンナムさん…」
「…なんて…言ってる?彼女は他に何か言ってる?」
「…」
彼女は…
きっと…
「生きてほしいって…自分の人生を生きてほしいって…」
そう思ってる…
彼女が?俺が?
「…自分の人生…生きてるつもりなんだけどな…」
「貴方に幸せになってほしいって…」
そう思ってる…彼女はきっと…
「幸せ…なんだけどな…」
「そんなに寂しいのに?」
「…」
ヨンナムさんの真っ直ぐな瞳が俺を射抜く
また俺は余計な事を…
「どう…すればいい?」
「…」
「他に方法がわからないんだ…どうすればいいの?」
「そんな事…」
俺は黙り込んで俯いているヨンナムさんから目が離せずにいた
「…まいったな…」
「…ヨンナムさん…」
「…今すぐ…答えを出さなきゃだめ?」
俺を見上げた瞳は、何かを掴もうと必死でもがいているように見えた
「…ううん…ゆっくりで…ゆっくりでいいよ…」
そう答えた俺の瞳から涙が零れた
これはきっと彼女の涙なんだ…
動き出そうとしているヨンナムさんへの、彼女からのエールなんだ…
「…見ていて…くれる?」
彼の肩に掛かっていた鎧がするりと落ちた
またチップが静かに崩れた
俺は…俺の体は…ヨンナムさんに向かって腕を広げ、ヨンナムさんを受け止めようとしている
彼女が…
そらに向かう時にヨンナムさんに会えなかった彼女が…
俺の体を使ってヨンナムさんに伝えようとしている…
俺じゃない…
俺じゃない…
ヨンナムさんは俺の胸に、恐る恐る顔を埋めた
広げた腕で包み込みヨンナムさんの髪に頬ずりをした
俺じゃなくて…彼女が…
ヨンナムさんは…すすり泣いていた…
長い時間が過ぎたように思う
泣き止んだヨンナムさんはコーヒー淹れるよと言って立ち上がると、そのままキッチンへ姿を消した
途端に気恥ずかしくなった
俺の中の彼女が息を潜めた
香りの高いコーヒーが目の前に差し出され、一口飲んで、俺は俺に戻った
深呼吸して俺はヨンナムさんに話しかけた
明るい気持ちで帰りたかったから…
「…小さい頃…二人はどんなだったの?」
「ん? テジュンと…僕の…小さい頃?」
「…うん…」
柔らかい微笑みを俺に向けたヨンナムさんは、過去の糸を急速に手繰り寄せていた
「んふ…ふふ…。あのね…」
楽しそうに笑うと、ヨンナムさんは話し始めた
その笑顔を見て、俺は初めて安らぐことができた…
思い出1 ぴかろん
「あいつが初めてこの家に来た時のこと、強烈に印象に残ってる」
見たこともない笑顔で、子供の頃に戻ったようなヨンナムさんが言った
「あのね…叔父さんと叔母さんが玄関にいたんだ。僕の両親と挨拶しててさ、なのに来るはずの僕と同い年の従兄弟の姿がなくてね」
「…ヨンナムさんとテジュンって同い年なの?」
「あれ、言わなかったっけ?誕生日が一ヶ月ぐらいしか違わないの…。僕の方が兄貴なんだ。それでね…」
本当に楽しそうにヨンナムさんは話し続けた
ねぇ…誰に聞かせてるの?
俺?それとも彼女?
ヨンナムさん…今…彼女、いないよ…
聞いてるの、俺だけだよ…
いいの?
いいよね…
俺が聞きたかったんだから…
「庭にいるって言うから僕、急いで行ったんだ。遊びたくて。初対面じゃなかったけど、アイツが家に来たのは初めてだったし
初めて一人で泊まっていくっていうし…嬉しくて嬉しくてさ、僕、前の晩からすっごく楽しみにしてたんだ
だから最初、叔父さんと叔母さんしか居なかった時どんなにがっかりしたか…
それでね…庭に出てみたら、僕のオヤジが丹精込めて作ってる花壇の前にでっかい泥団子が置いてあったんだ
すっげぇな、テジュンってこんなもの作りながらここへ来たんだって面食らった
そしたらさ、その泥団子が立ち上がったんだ。泥団子がテジュンだったんだ
すっげぇな、テジュンって泥団子になりながら家に来たんだ、よく叔父さん達に叱られなかったなって度肝を抜かれた」
泥団子のテジュン…
あのテジュンが?
可笑しくてゲラゲラ笑った
ヨンナムさんも話しながらぶはぶは吹き出していた
こんなヨンナムさんが
いたんだ
可笑しいのに俺の胸の奥がぎゅっと痛んだ
彼女?出てきたいのなら出てくれば?
一緒に聞こうよ、聞いたことないんじゃないの?
ヨンナムさんの話は続いた
『よぉきょうだい、こんやからちっとせわになるぜ』
まだ五、六歳だっていうのにテジュンはそんな生意気な口をきいた
僕は呆気に取られていた
顔まで泥だらけだったから
『テジュンちゃん、どうしてお顔まで泥んこなの?』
『おめぇテジュンちゃんなんて言うなきもちわりぃ。男たるものよんなむ・てじゅんと呼び捨てでいいってもんよ』
『じゃテジュン、なんで泥だらけなの?』
『そこで滑った。地面が濡れてた。したら泥んこになった』
ふっと見ると親父が水を撒きすぎてドロドロになった場所があったんだ
わざわざそこに倒れこんだらしい
こいつって粋がってるけどかなりドジだと思った
僕ならきっと泣くだろうな
母親に叱られると思ってさ、それに気持ち悪くてたまんないだろうし…
あの頃からテジュンはその場に留まらない男だったなぁ
泥だらけになってしまったことを嘆いても仕方ない
なっちゃったもんはしょうがないって次に行っちゃうんだ
普通なら服を着替えるだろ?
でもテジュンはせっかく泥んこになったんだから泥んこを楽しもうとするんだ
『叔母ちゃんに叱られるよ』
『叱られるなぁ…』
『早く着替えに行こうよ』
『どうせ叱られるんだからもうちっとこのまま遊ぶ』
『え?』
『楽しいぞ、泥んこ遊び。お前もやる?』
『え?』
来いよと言って僕の腕を泥だらけの手で掴んで引っ張った
僕の腕も服も泥まみれになった
ちょっと楽しくて二人ではしゃいでた
テジュンは顔まで泥だらけだったけど、僕の顔はまだ大丈夫だった
そのうちテジュンが滑った水溜りでわざと滑って転ぶ遊びをやりだした
何度か滑って僕はとうとう頭から泥だらけになった
その時急に気持ち悪くなって僕は泣き出した
僕の泣き声を聞きつけて大人たちが庭にやってきた
父親達は腹を抱えて大笑いし、母親達は予想通り金切り声を上げて文句を言った
僕達は二人とも庭で丸裸にされて水をかけられ、それから風呂に放り込まれた
僕はいつまでも泣いていた
テジュンはすまなそうな顔をしてごめんと言った
風呂から上がった後、母親になんと言い訳すればいいのか、僕はくよくよ悩んでいた
母が何か言おうとする前にテジュンがごめんなさい、僕が引っ張りましたって頭を下げた
僕は…同い年のこの従兄弟が…すっげぇかっこいい奴だと思った
夜になって叔父さん達は帰っていき、僕とテジュンは、今のテジュンの部屋で一緒に寝た
僕は昼間のことを言い、かっこよかったってあいつに言ってやったんだ
そしたらね…あいつ…
『先手をうつっていうんだ。伯母ちゃん、おれに何も言えなかったろ?へへん、ちょろいちょろい』
って…
僕は…心の中の『テジュンはいい奴』ってトコにバッテンつけた
アイツはほんとに気のいい奴でさ、悪戯も酷かったけど、要領もよかったし優しかったからみんなが許しちゃうんだ
僕は生真面目にどうしよう…悪い事しちゃったって悩んじゃうんだけど、アイツ、コドモのくせにさ、妙に悟っててな…
『おまえ、悪いと思いすぎだ。悪い事したって解ったんだからもういいよ。今度しっぱいしなきゃいいんだ』
って慰めてくれた
そんな事言いながら自分は何度も同じような失敗してたけどね…
子供の頃からアイツはちっとも変わってない…
生真面目だった僕に色んな遊びを教えてくれた
アイツのお陰で僕の子供時代はすっげぇ楽しいものになった…
子供のような顔をして、ヨンナムさんは思い出を語った
そしてこう締めくくった
「一番…幸せな時だったな…。オヤジもオフクロもいて、何一つ心配事がなくて、毎日が楽しくて…。一番幸せだった…」
そんな頃の話を聞いて、俺も幸せを感じた
でもやっぱり胸の奥が痛かった…
ふと満面の笑顔のヨンナムさんが俺を見た
そしてこう言った
「面白くない?」
「え?」
「悲しそうな顔してる…」
俺は戸惑って曖昧な笑みを浮かべた
「どうして?聞きたかった話じゃないの?」
「…うん…でも。あの…」
彼女が…
「出てこないんだ…彼女が…」
「…」
「…聞きたかったんじゃないかと思って…」
ヨンナムさんはじっと俺を見つめた
それからとても柔らかな笑顔になって目を伏せた
「君は…優しいね」
「え…」
「彼女はこの話、知ってるよ。出会って一番最初に彼女にこの話をしたんだ…。だから…知ってるから出てこないんだろうね…
君だけが知ればいいと思ってるんだよきっと…」
「そ…か…」
俺はほっとして俯いた
ヨンナムさんの長い指が
テジュンとそっくりの長い指が
俺の頬に触れた
鼓動が早くなる
顔を上げられない
「ありがと…。彼女は知ってるんだね…君の優しさを…。だから君に降りてきたんだろうな…」
恐る恐る見上げたヨンナムさんの瞳は生身で、ゆらゆらと揺れていた
「もっと聞きたい?」
「…聞きたい…」
「そ…。じゃ…。…そうだな…どの話がいいかな…」
俺に触れていた指を自分の唇にあてて少し考えた後、ヨンナムさんはまた過去に走り出す
俺はその、少年のような瞳から、目が離せなかった
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