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ぴかろんの日常
リレー企画 196
千の想い 43 ぴかろん
「「これは夢だ」」
夢だとわかっていた
僕達は微笑み合い、見詰め合って肌を寄せ合う
いつもなら触れ合うだけで切なくて愛しい快感に打ち震えるのに
夢だから感じない
夢の中で絡み合う僕達
愛しい恋人
優しい微笑み
彼を俯かせて腰を高くあげさせ、僕は彼の中へ入ろうとしている
愛しい人と一つになろうと
ああ
あああと
彼の呻きが聞こえる
僕が揺れる度に
切ない声を漏らす
あああ
ああ
お前、誰に抱かれているの
言ってごらんよ
僕は誰?
声がでない?
本当の事を言わないと声は出ないんだ
ああ
あああ
ふん…頑固だね…
わかった
じゃあ僕を愛している?
言ってごらんよ愛してるって
あ…
あい…
言いにくそうだね
こまったな
僕はお前をこんなにも
こんなにも愛しているというのに…
あい…して…てる…
おや?
言えたじゃない
じゃあ、誰を?
誰を愛してるの?
テジュン?ヨンナム?どっちだい?
テ…
ヨ…
あ…ああ…
こまったな、わかんないじゃない
じゃあこうしよう
お前の心にテジュンがいるなら『ヨンナム』と言ってごらん
お前の心にヨンナムがいるなら『テジュン』と言ってごらん
あ…ああ…『ヨン…ナ…ム』
愛してるよ、愛してる
よかったね
僕を思いながらヨンナムの名前が呼べる
嬉しいだろ?
本当はどちらが好きなの?
ああ僕を思ってるんだったね
そう…
愛してるよ
愛してる
お前もほら
愛してるって言えよ
ヨンナムの名前を叫びながら
僕を愛してるって言えよ
「「これは夢だ」」
僕は夢の中で激しくイナを突いた
イナはヨンナムの名前を呼びながら頭を振り体を捩る
あああと仰け反りその瞬間を待っている
僕はその首を抱え、ともにその瞬間を迎えようとしている
ああ
あああ
あ…
テジュン…
僕の名前を呼んで彼は果てた
僕の…名前を…
僕の腕の中にグッタリした彼の頭がある
僕は彼の心にいない
彼の唇にキスをし、彼の歯の間から舌を滑り込ませる
彼の舌を絡め取り強く吸う
朦朧としている彼の顔を見つめながら
僕はゆっくり舌を抜く
『こんなに…愛しているのに…』
ざん
「「これは…夢なんだ」」
荒い息をしながら飛びおきた
なんて夢だ、なんて夢だ…
イナのために、イナが幸せでいられるように
『ヨンナムに甘えていいよ』なんて心の広いふりをして
なんて夢だ…なんて夢を見るんだ…
怖ろしいほどお前に執着している
お前がヨンナムを思うことを
これほどまでに許せないなんて
なんて男だ
僕はなんて醜い男なんだ
「愛している」という言葉の呪縛
ぎりぎりと締め上げて
お前を締め上げて…
イナ…イナ…イナ…
口の中で蠢いた舌がすうっと抜かれて行く瞬間
『こんなに…愛しているのに…』
という切ない声が響いた
ざんっと音がして口の中の舌が砂に変わった
俺を捕まえていたからだが突然ざざざと消えた
俺は目を開けて周りを見た
起き上がってテジュンの体を捜した
口の中に砂の感触が残る
布団に座り込み俺は呆然としていた
それから俺は布団の上を掌で撫でた
撫でて撫でて
夢だ夢だと
きりきり痛む心に
言い聞かせた
涙が溢れて
俺は布団の上に散らばった幻の砂をかき集める
集めても集めても風に飛ばされ
テジュンが
テジュンが
とんでいってしまう
テジュンが
ざん
ざざざざざ
消えて
「―――――」
夜中に突然悲鳴が聞こえた
飛び起きて居間に行くと
布団の上で蹲って何かをかき集めているイナがいた
体中から
声にならない声を上げている
悲痛なその声が胸に突き刺さり
僕はイナを抱え起こした
叫び続け、腕を泳がせ
イナは錯乱していた
僕はイナの唇を強引に塞いで
叫びを止めた
暫くの間そうしていた
少しだけ落ち着いたイナが
唇を離して僕を見つめる
「ヨンナムさん?」
「ああ」
「…いま…だれにキスしたの?」
「え?」
「いま…イナにキスした?」
「…そうだよ…イナにキスしたんだよ」
そう答えると、イナはふっと力を抜いて僕の胸に凭れた
僕はそっとイナを抱きしめた
「怖い夢でも見たの?」
「…あ…」
「ん?」
「ああ…――――――――」
「イナ?!イナっ」
「――――――」
「イナ、イナ…イナ!」
「ああ…あああ…テジュン…テジュンが…消えちゃう…ああ…――――」
イナはまた叫んだ
僕はもう一度イナの口を塞ぎ、イナの体を優しく撫でた
「落ち着いて…どんな…夢だったの?」
「てじゅが…砂に…消えた…いやだ…あ」
呟いたかと思うと僕の腕から強引に逃れ、床に置いてあった携帯で電話しようとしている
「イナ…今真夜中だから…イナ、イナ」
「テジュ…テジュンテジュンテジュンテジュンっ!」
「…イナ…」
「…出ない…繋がらないよ…なんで!出てよテジュン出てよっ繋がってよ!出ろよテジュン!」
「イナ…イナ…」
「テジュンがいなくなっちゃう…テジュンが…消えちゃうよ…いやだぁああ」
取り乱すイナを抱きしめる
イナは僕から逃れようとする
僕はイナを布団に押し付け、圧し掛かって腕と足を押さえつける
イナを上から見下ろし、泣き叫んでいるイナを揺すり、大声で怒鳴りつける
イナはビクリと身を震わせ、涙を溜めた瞳を僕に向けた
「大丈夫だ。テジュンはちゃんといる。テジュンの身になにかあったら、僕は感じ取れる」
「…」
「昔からそうだった。僕が大怪我するとテジュンがそれを感じ、テジュンが大病すると僕がそれを感じ取る
不思議だけどそういうところがあるんだ、僕達には…。今、何も感じない。テジュンに生命の危機が迫ってるわけじゃない」
「…。精神の危機は?心が痛いときは?!それは感じないの?!」
「…それは…わかんないけど…」
「テジュンが苦しんでるんだ…だからあんな夢…ああ…あああ」
「イナ!苦しんでるのはお前のほうじゃないか!」
「俺なんかどうでもいいんだ!テジュンが…テジュンが苦しんでる…」
「テジュンが何に苦しむんだよ!」
「…」
「ただの夢だ…気にしなくていい」
「…」
「…イナ…」
ぽろぽろと涙を流すイナから離れた
こんな場面を何度も見てきた
あいつが仕事に没頭し、恋人を省みなくなって、恋人達は嘆いていた
でもこれ程までに錯乱する人はいなかったな…
いや…
いや…
いたんだ…
彼女だ…
可哀想に
可哀想に…
あの時も僕は「大丈夫だから」としか言えなかったんだ…
可哀想に
可哀想に…
幸せになってほしかったのに…
「…イナ…」
「…」
「テジュンが好きか?」
「…」
「お前をほったらかしにしているあいつを…好きか?」
「…す…きだよ…」
もう…やめたら?
言いそうになった…
それは彼女に言いたかった言葉だ…
この子は彼女じゃない、イナだ…
イナなんだ…
もう…やめろよ…テジュンなんか待つの…
そう言ってどうする気だ?
イナだ
イナなんだぞ!
彼女じゃない
僕はイナの恋人ではない…
せめて恋人の『ように』この子を慰めてやるしかない…
テジュン、いい加減にしろよ…
早く帰って来いよ
僕はイナに寄り添い震える肩を抱き寄せた
「甘えていいよ…遠慮するな…」
「…」
「テジュンが僕に『甘えていい』ってメールよこしたんだ…だから…そうしろよ…な?」
「…」
おずおずと僕の肩口に頭を寄せるイナが可哀想で堪らなかった
「朝までこうしててあげる…テジュンの話してあげる。テジュンは消えないよ…だから…安心して、ね?」
イナの髪にキスをして背中を撫でてやった
震えが止まり落ち着いた呼吸音が聞こえてきた
僕は静かにテジュンのことを話した
テジュンがどういう男なのか話し続けた
イナは聞いているのかいないのか解らなかったけれど
少しは気持ちが安らいだかな?
…僕、役に立てたかな…
イナは僕の腕の中で丸くなっていた
千の想い 44 ぴかろん
それは悪夢というのにふさわしい夢だった
僕は自分自身の醜い姿を知り、眠る事ができなかった
それでも朝になり、先輩と顔を合わせ、笑顔でおはようございますと言った
そうして僕はごく普通に仕事をこなした
今回の研修の反省会議をし、午後からは済州島の主な施設を見学して回った
コンベンションホールや数々のホテル
イナはここにも…ここにも…ここにもいたんだと思った
胸の痛みも感じず、ただ淡々とそう思った
三時過ぎに先輩は荷物を纏め始めた
「おい、早くしろ、間に合わんぞ」
「はい…」
先輩に促され、僕はのろのろと立ち上がった
朝までヨンナムさんの胸に抱かれていた
テジュンを思いながらその腕に包まれていた
俺はテジュンもヨンナムさんも裏切っているのだ
テジュンといればヨンナムさんを
ヨンナムさんといればテジュンを思う
なんて不誠実な男だろう
昨日の夢の中で俺はテジュンを思いながらヨンナムさんの名前を呼んだ
テジュンが砂になったのは
最後にテジュンの名前を呼んだからだ
あの時俺の心の中には
ヨンナムさんがいたのか?
わからない
夢なんだもん
わからないよ
「ん?起きてた?眠れなかった?」
明るい声でヨンナムさんが言う
「うとうとはしたけど…」
「ね、テジュンのメール見せてよ」
「え?」
「なんて書いてあったの?」
「…」
俺はヨンナムさんにメールを見せた
ヨンナムさんはそれを読んで笑った
そして自分の携帯を取り出し、テジュンからの短いメールを出した
「…お前…こんなメールで不安になったの?これと、これとで…テジュンが消えるような夢、見たの?」
笑いながらそう言った
「うん…」
それだけじゃないんだけどね…
「ばかだな…こんなのいつものテジュンじゃないか」
「…そうかな…」
「ふん!僕がお前に甘えすぎだって?ふん!」
「…だってそうじゃん…」
「…だから今甘えさせてやってるだろ?」
「…テジュンに…頼まれたからだろ?」
「うんまあね」
いつもの…テジュンなんだろうか…
メールじゃわかんないよ
「なんだよ。まだ不安なのか?」
「だって…」
「大丈夫だよ。今夜には戻ってくるじゃんか」
「…うん…」
「それまでは、僕はお前の『恋人』だぞ」
恋人…
「せっかくテジュンが用意してくれたシチュエーションだしな…。よし!楽しもう!」
「え…」
ヨンナムさんは元気よく起き上がった
そして部屋から出て行った
朝御飯作るのかな…手伝わなきゃ…
「ふぅ…」
俺はもう一度メールを見つめた
返事を打とうと思った
『今夜、会えるの楽しみだよ…早く会いたい イナ』
その一文を消した
テジュンが帰ってきたらあの夢の話をしよう
俺を捕まえていてくれと言おう
ため息をついて目を閉じる
朝飯の支度…手伝うのは…やめよう…
「で?どうしてソクさんが?」
「聞いてなかったの?スヒョク」
「俺半分寝てたから」
「ああ、昨日お前しつこかったからなぁ」
「ソクさん!俺、別に変なことしてませんよ!」
「だってお前、僕にしつこくキスしてきたじゃない」
「それはその…」
「もうこれで十分でしょ?っていうぐらい電撃ちゅうしてあげたのにさぁ…僕が眠ろうとするとまた…」
「もう!…その話はいいです!だからどうしてソクさんが?!」
「だって他に人がいないじゃんしょうがないじゃんいいじゃんお前と一緒に行けるんだからっ!」
「…なぁんか…イナさんのためにやってるみたいだなぁ」
「ん…半分はそうかもな…」
「…」
「いひひ。妬けた?」
「俺、車降ります!」
「だめぇぇ!一人でなんていやだぞ!スヒョクがいるから引き受けたんだぞ!」
「…」
「もぉ…ほら…」
ちゅ
「…」
「もぉぉぉ」
ちゅうはむっ
「…」
「んもぉぉぉ朝っぱらからっ!信号待ちの間にっ!人に見られるってのにいぃぃ」
ちゅうはむはむはむびりびりびりり
「あ…はん…」
「んもおおおお!」
ソクさんは文句を言いながら電撃キスをくれた
ちょっと満足
信号が変わって、ソクさんは車をそっと動かす
俺達はヨンナムさんに頼まれて水の配達をしている
朝早くにヨンナムさんがソクさんの部屋にやってきて、朝から午後の3時頃までの配達をやってくれないかと頼んでいた
「何か用事ができました?」
「できました。バイト料はずみます。それとこれ、朝食代と昼食代。朝飯作ってませんから」
「は?」
「外で食べてください。じゃ、これ、配達先のメモです。よろしくお願いします」
「あ…は…あの…どこへ」
「デート」
「…。もしかして…イナと?」
「そうです」
「…」
「じゃ」
イナさんとヨンナムさんがデート?
そう言えば俺が夜中、ソクさんの唇に夢中でキスしている時に…悲鳴と大きな声が聞こえてきたんだ
夜中になんかあったのかな
…
まさか…あの二人…
「ソクさん!」
「なんですか?スヒョクさん」
「ふざけないでよ!…ねね、ヨンナムさんとイナさんってさ…昨日の夜…」
「ヤっちゃったかな?!」
「ばか!そうじゃなくて…いやでも…なんかあったかなと思って」
「…そうだねぇ…イナの声、悲痛だったしな…」
「ん?…そういえばソクさんって耳がいいんだから二人の話、全部聞こえてたんでしょ?」
「んーまぁー」
「ぶー!じゃあ解ってるんだ!イナさんとヨンナムさんが何してたか」
「んーまぁ大体は…」
「…」
「優しかったな、ヨンナムさん…」
「ねね、ひょっとして…あの二人の視線、絡み合ったのかな?」
「…」
「ねね」
「残念だ、スヒョク君。僕は透視能力は授かってない」
「…」
「まあいいじゃないか。テジュンが帰って来るまでの仲だろう」
「…。いいのかな…」
「なるようになるものだよスヒョク君。あの二人はあの二人で今日一日楽しむことにしたらしいから、僕達は僕達でこの配達を楽しもう」
「…はい…」
そういうわけで俺はヨンナムさんのトラックに乗っている
いつものトラックはソクとスヒョクが乗って行った
これはもう一台の配達用トラックだ
「テジュンがさぁ…僕の仕事手伝うって言ってたから、会社から借りたのにさぁ…ほとんど使ってないんだよな。時々乗らないと…」
「…ふ…」
「さぁて、どこへ行く?朝飯はどうする?」
「…これ…」
「ん?なにそれ」
「昨日俺が作ったパン」
「ああ…テプンさんが渡してた紙袋…え?ちょっと待て。お前が作ったパンだって?」
「うん…」
興味を示したヨンナムさんに、チェミさんやcasaの話をした
そこでパンを作らせてもらっていることも…
「へぇ…じゃ、イナが作ったパンが売られるかも?」
「うまく出来るようになったらだけどね…。まだまだだよ」
「ふうん。楽しみだなぁ」
「焼きたてだと美味しいんだけどさぁ…。俺まだ捏ね方が下手だから、冷めると美味しくないかもしんない…」
「お前が焼いたパンなら美味しいに決まってる」
ちらりと俺に視線を向け、それからウインクするヨンナムさん
これは…恋人ごっこのセリフかな?
『テジュンが用意してくれた時間を、僕達はヤツの期待どおり、『恋人として』楽しもう。な?』
それで俺達はデートすることになった
…デート…ヨンナムさんと…
テジュンがくれた時間…ヨンナムさんに甘えてもいい時間…
そんな風に考えても…いいのかな…
俺達は公園に行った
あの、ヨンナムさんの聖地がある公園に…
売店で飲み物を買って、芝生の広場でパンを食べた
「変な形だなぁ…」
「ああそれね。『ちょんぐのみみぱん』っていうんだ」
「…へ?」
「ちっと面白がって作ってみた。ほら、『オールイン』のチョングヒョンの耳って、齧り付きたくなるような形だろ?遊びで作ったらチェミさんウケちゃって…」
「中になんか入ってる?」
「いろいろ」
「全部この形じゃん…どれになにが入ってるか解んないよ」
「それは食べてからのお楽しみ」
「…変なもの入ってない?」
「うん。中のものはチェミさんが用意したものだから美味しいよ」
「…これ、それぞれ味が違う?」
「うん」
「…じゃ、半分ずつしようよ」
ヨンナムさんはパンを半分に割った
俺は千切られた『ちょんぐのみみぱん』を不満そうに見つめた
「これはさぁ…このとがった部分にがぶって噛み付くのが楽しいのにさぁ…」
「でもさぁ…、カプッてやるときチョングさんの顔が目に浮んじゃう…」
「声も聞こえるよ。『イテッ』」
「…やだなぁ…もうちっと違うかたちにしろよぉ」
「んなの気にせずに食べてよ!」
「はいはい。これはカレーパンだね…ん…美味いじゃん!…ちっとぽそぽそしてるけど」
「…やっぱり…」
それから俺達はアンコ入り、チョコクリーム入り、ジャム入り、クリーム入りといった色々な『みみぱん』を食べた
俺が文句言ってからは『みみ』の尖がったところにがぶりと噛み付いて、お互いに取替えっこをした
「これってやっぱ形変えなよ。売りに出すならさぁ色んな形にしてさぁ…」
「どんな?」
「うーん…そうだなぁ…」
ヨンナムさんは腕を組んで真剣に考え始めた
俺はその横顔を見つめていた
いいんだよね…
テジュン、いいんだよね…
俺、今はこの人を見つめていても
いいんだよね…
「そだ!こういうのどうよ!」
ヨンナムさんは弾けるように言った
俺はヨンナムさんが語るそのパンの形について、かなり真剣に聞いた
「面白いね、それ…。今度チェミさんに提案してみる」
「くふふ。できあがったら僕とイナの共同開発ってことになるな」
「さすがヨンナムさん。アイディアマンだなぁふふふ」
「だろ?テジュンよりずっと使えるだろ?」
「うん…くふふ」
その後、公園を散歩したり寝転がって空を見上げたり…二人でのんびりと過ごしていた
時々テジュンに問いかけた
いいんだよね
こうしていてもいいんだよね
「ああ、いいぞ」
そんな風に空が微笑んでいるような気がした
ヨンナムさんの聖地に行き、それぞれが心の中で彼女に話しかけた
ヨンナムさんは何を伝えたのだろう
俺は…ただ…ごめんねと唱えていた
3時前にRRHまで送ってもらった
見送る俺にヨンナムさんは明るい笑顔で言った
「楽しかったな。テジュンに感謝しよう。今日あいつが帰ってきたら二人でブーブー文句言ってやろう。な?」
「うん…」
それからいつものように店に出て仕事をした
千の想い 45 ぴかろん
ソクさん達からバトンを受け、夕方の配達を終え、テジュンに電話してみた
まだ飛行機の中かなぁ…
空港まで迎えに行ってやろうかな
そんなことを考えながらコール音を聞いていた
『ヨボセヨ』
「テジュン。どこだ?空港か?僕、今なら時間空いてる。迎えに行こうか?」
『…ヨンナム…』
「なんだよ。元気ないな。イナが首を長くして待ってたぞ。お前の言うとおり、ちゃんと『恋人のように優しく』しておいたからな。今夜は覚悟しろよ
僕もイナもお前に文句がてんこ盛りだ!ところでお前今晩何が食べたい?」
『ヨンナム…』
「なんだよ」
店が終わって外に出ると、ヨンナムさんがトラックに凭れ掛かって俯いていた
テジュン、帰ってきたのかな
「ヨンナムさん、どうしたの?迎えにきてくれたの?テジュンは?」
「乗って」
「テジュン帰ってきた?もう文句言ったの?」
俺は助手席に乗り込みながら喋り続けた
ちゃんとテジュンの目を見れるだろうか…
ちゃんと話ができるだろうか…
不安な気持ちを隠しながら俺は一人で喋り続けた
ヨンナムさんは、家に着くまで一言も喋らなかった…
家の前で俺を降ろすと、ヨンナムさんは駐車場に車を置きに行った
俺はヨンナムさんが来るのを待った
ヨンナムさんは俺の肩をトンと押して鍵を開けて中に入った
中は暗くて誰も居ないようだった
「…テジュン…まだなの?」
「…」
ヨンナムさんは何も言わずに俺の手を引っ張った
「…先輩のうちに寄ってるの?」
「居間に行ってて」
「…ぅん…」
居間で待っていると、ヨンナムさんが酒を持ってきた
無言で焼酎のビンを1本差出し、乱暴につまみの皿を置いた
それから一人でグビグビと焼酎を飲みだした
「どうしたのさ…なんかあったの?…テジュンとケンカでもした?」
「…ああ…」
「…なんで?」
「…イナ…」
「うん」
「あいつ…今日は帰らない」
「…」
「まだ済州島にいる」
「…。し…仕事…長引いたの…かな…」
「知るか!」
「…。あ、でも…じゃあ…じゃあ俺…ここに来る必要ないじゃん…」
「飲めよ!」
「…」
「あのバカ…一体何考えてるんだよ!」
「…ヨンナムさん…」
「信じられない。なんで同じ事を繰り返すんだ!」
同じ事って…彼女の時と…おなじってこと?
ヨンナムからの電話を切り、今までの自分を思い出していた
荷物を用意しろと言う先輩の姿を見つめ、スーツケースを用意し始めた僕の頭に浮んだ考え…
「僕…明日…休みですよね…」
「ああ。3日ぐらい休んでもいいぞ」
「…じゃあ…僕…もう一泊してもいいですね…」
「…は?」
「今日は…帰りません。帰りたくない」
「…」
「…帰れない…」
このままじゃ…
先輩は暫く僕を見つめていたけど、その後は何も聞かず、じゃあなと言ってホテルを後にした
タクシーに乗り込む前に振り向いて「イナに電話しろ」と言った
僕は笑って頷いた
…イナに…電話…しておかなきゃな…
このまま電話せずにいたら…
イナは
泣きながらヨンナムに縋り付いてそのまま…
いいのか?
それでいいのか?
昨日打ったメールは
あれでよかったのか?
なにか…あっただろうか
二人の間になにか起こったろうか…
ああ
僕はお前に囚われている
部屋に戻り、ぼんやりと過ごした
明日、何をするんだ?
ここにいてどうするんだ…
フロントに電話してガイドブックを借りた
明日、帰るのか?
明日になったら帰れるのか?
帰って…ヨンナムとイナの顔を見れるのか?
パラパラと本をめくりながら僕は自分の仕掛けた罠に囚われ続けていた
ヨンナムさんは焼酎のビンをあっという間に空にした
それから俺を見た
「テジュンから電話かかってきたか?」
「え?」
「着信あった?!」
俺は慌てて携帯電話の画面を見た
なんの表示もなかった
「…仕事中に…かかってきたみたいだ…」
俺は嘘をついた
なんでだろう…
テジュンを庇いたかったのか?
…うん
そうに違いない
俺はヨンナムさんと楽しい時間を過ごせた
テジュンはその間、仕事をしていた
帰る予定が延びることなんて、今までにだってあったもの…でも
確かに連絡はくれていた
今回は無い
「嘘つけ!」
「え?」
「なんでそんなに動揺してるんだ?!」
「え…なに…」
ヨンナムさんが俺の携帯をもぎ取った
画面を睨み付けてため息をついた
それから自分の携帯を取り出して電話をかけた
「テジュン、どうしてイナに連絡しない!え?…ああ!結果そうなったよ!でもお前…え?…待てよ!ちょっと待てよ!」
怒鳴り散らしたかと思うと、ヨンナムさんはその電話を俺に渡した
電話の向こうにテジュンがいるのだ…
「テジュン?」
『…イナ…』
「仕事?」
『すまない…』
「ううん…仕事だもんしょうがないよ」
『イナ…』
「明日は?…明日は帰って来る?」
『…ああ…ああ…そのつもりだ…』
「待ってる…」
『イナ…』
「ん?なに?」
『ヨンナムのうちにいるのか?』
「え…」
『…もう一日…甘えさせてもらってくれ…な?』
「…」
『…イナ…じゃあ…切るよ』
「なんでっ!なんでそんな事言うのさっ!」
『イナ…』
「俺が甘えられるのはお前だけだっ!」
『…』
「早く帰って来てよばか!」
抑えられなくなって俺は泣き喚いた
『ごめんイナ…ごめん…』
「待ってるから帰って来てよ!」
『…』
「返事してよ!」
『ああ…』
「ばか!テジュンのばかやろう!」
『…』
ヨンナムさんが傍に来て俺から電話を剥がした
「テジュン。明日は必ず帰って来いよ。でないとイナを奪うぞ!いいな!」
『…』
「おいっ!なんとか言えよ!」
『その気があるんなら…奪ってみろよ…』
「な…」
『…かまわない…』
「何言って…」
『じゃあな…』
「テジュン!」
ヨンナムさんは乱暴にフリップを閉じた
『でないとイナを奪うぞ!』
ヨンナムさん…
「あの馬鹿何考えてるんだ!」
あなたも…何考えてるんだよ…
軽々しくそんな事言うなよ…
ヨンナムさんは台所から焼酎を何本か持ってきた
「飲もう!あの仕事馬鹿は全く!」
「テジュン、なんて言ってた?」
「もうあいつの事はいいよ!」
「よくないよ、ヨンナムさんが変なこと言うから…」
「変なこと?」
「…」
「いいから飲もう!」
「…」
俺達はため息をつきながら焼酎を飲んだ
顔合わせ 足バンさん
「スヒョン…僕は一体どんな顔をしていたらいいんだ?」
あいつのどうにもぎこちない歩き方は筋肉痛のせいだけじゃない
「大丈夫だよ…いつものままでいい」
そうは言ったものの僕だってどうしていいものやら
ミンチョルの緊張はたぶん極限だったろうと思う
久しぶりに目にばっちり硝子がはまってるのを見た
部屋に入る前に一瞬手を握ってやった
もちろん周囲に人の目がない時を見計らって
今日は映画のキャスト、スタッフの初めての顔合わせ
今回かかわる全ての人間が集まる
部屋の隅にひっそりと座っている人物は映画ファンド会社のマネージャーだと聞いた
今回はニットのウィーバー社が最大の出資元だが
チョプロデューサーは配給先への繋がりも踏まえて手腕をふるっているらしい
スタッフ側に陣取っているジホ君は
「既に撮影は始まったも同然…じゃんじゃんアピールして下さいよ」
と、監督と相談して僕たちが着るものまで合わせてくれた
僕は勿論ウィーバーのざっくりした蒼いニットと白いパンツ
ミンチョルは白っぽい上下で統一されていて若々しく見える
会場にはウナさんをはじめよく見かける熟練の俳優さんまで
存在感のある人たちがずらりと顔を揃えていた
僕たちは時期外れの転校生のように孤立するかと覚悟していたが
思いがけず多くの方が声をかけてくれて少しばかり気が楽になった
ウナさんが真っ先に挨拶をしてくれたのが効果的だったのかもしれない
もうひとりの新人でジンの妹役のかわいい女優さんは恐ろしく緊張していて
僕は思わず顔を覗き込んで励ました
「もし女優さんに手出したら店で暴れるからねっ」
っていうドンジュンのめちゃくちゃな忠告を思い出しながら
ひと通り作品に関する情報が伝えられた後
監督がそれぞれの役と本人を紹介する
もちろん僕とミンチョルに向けられる目に興味の色は隠せない
僕たちの背景も十分奇異な素材だろうから…
例によってユン女史がハンディカメラを片手に遠くでニヤニヤしている
スタッフの紹介の時点で再びミンチョルが立ち上がり
今回の音楽担当として改めて挨拶をした
そういう時はさっとプロデューサーの顔に変わるのはさすが
全ての紹介が終った後、本の読み合わせが行われた
合間に監督が注釈を入れながら出演者全員で物語の流れを確認する
監督はこの作業を通して全体の感じと俳優たちの雰囲気を捕らえ
いくつかの変更と書き加えを示唆した
ミンチョルはセリフがないのでただ隣で文章を追っているが
ジンとヒョンジュとの絡みのページになると
必ず息を止めて肩に力が入るのがわかっておかしかった
登場人物とそれぞれの父親の不幸な関係のくだりでは僅かに緊張している
ベテランの方達はそんなラフな本読みの段階でもかなりの迫力だ
息子とうまく関係を築けないジンの父が「俺はいったい何を間違えたんだ」とつぶやく場面では
ミンチョルの瞳はどこか揺れているようにも見えた
全ての作業が終わり監督がちょっと間をおいてから顔を上げ
今回自分がどれほど力を注ぐつもりでいるかを話した
この作品は亡くなった彼の友人である監督と暖めていたものだということ
その彼は日系アメリカ人で様々な差別も経験した
この作品を通して人が囚われやすい境界線というものについて
何か少しでも考えてもらえればと思っていると
人はあらゆる苦痛と境界を背負って生きているが
少しだけ違った角度からものを見る勇気を持ってほしいと
そういったことを表現したいと静かに語った
監督がその友人の死から立ち直るのにどれほど時間を要したか
様々な葛藤の末にやっとここまできたことなどを個人的に聞くのは
もう少し先の撮影時の話なのだが
それは僕の演技に大きく影響を与えることとなる
解散後ミンチョルは音楽監督たちと打合せに入り
僕はその日同席していたCM関係者と改めて挨拶を交わした
ウィーバーの撮影は週明けに予定されているが
同時期に映画のティーザーポスター※の撮影があるのでかなり忙しくなる
その前に美粧や衣装の打合せも入るらしい
その場でCMのコンセプトノートと絵コンテを見せてもらった
ひと目で業界人という風貌のディレクターは
いかに映画のイメージとブランドイメージを融合させるかをとくとくと説明した
落ち付いた口調がどこかチュニルさんに似ていて
彼の若い部下の表情がスングクさんに似ているところがおかしい
「木漏れ日の公園編」「雨の窓辺編」「思い出のソファ編」
どれもジンがひとり物想う情景で曲だけが流れる
そしてキャッチの「I Feel You」と
最後に「Jin Blue」「Brian Weaver」が入る
「あなたの表情が全てを決めますから」
などとディレクターは簡単に言ってくれるし
「この時点でもうジンになり切ってね」
なんて監督は楽しそうに言うが…どう考えても難しそう
「どうした?ため息なんかついて」
帰りの車内、助手席のミンチョルはすっかり元気になっていた
「まぁ…いよいよだなと思ってさ」
「そうだな」
「おまえは音楽の打合せで復活したのか?」
「企画がうまく進んでる…CMの曲も決まりそうだ」
「そうか…ヒョンジュの印象も悪くなかったようだし滑り出しはまぁまぁかな」
「ほっとした」
「少なくても筋肉痛には見えなかった」
「当たり前だ」
「トレーニングメニューはあれでいいって?」
「ああミンのプログラムはプロ並みだそうだ」
「そういえばおまえ…ちょっと顎の辺りがスッキリしたかな」
「本当か?」
「ふふ…まぁ頑張って下さい」
「ひとごとみたいに言うな」
「楽しみだなぁ…」
「何がだ」
「さぁね」
「まったく…どこまで本気なんだ」
「全部本気だから覚悟しなさいね」
「かく…」
「撮影だってこと忘れるほど愛してあげるからね」
「ばっばかっ…どうしてそういうことをさらっと言うんだっ」
「ムキになるな冗談だよ」
でもないんだけどなぁ
私情を交えずに仕事に入るのはほとんど無理な話だろう
でも今日改めて思い知った緊張と忙しさとが続けば余計なことを考える暇なんてない
結局は何とかなるんじゃないだろうか
と…その時はまだそう思っていた
※ティーザーポスター:新作映画のタイトルや内容広報のための初期ポスター
千の想い 46 ぴかろん
俺達は、ほぼ無言で酒を飲み続けた
三本目の焼酎が空になる頃、俺はヨンナムさんに聞いた
「テジュンが帰ってこないのに何で俺を連れてきたのさ」
「一人じゃ寂しいだろ?」
ヨンナムさんは酔った目で優しく俺を見つめる
「…ソクとスヒョクは?帰ってこないの?」
「知らない」
今頃唐突に『二人きりで飲んでいる』事に気付いた
「帰る」
「なんだよ、そんなに飲んだのになんで帰るんだよ!」
「二人きりじゃん…」
「そうだよ」
「…」
「二人であいつの悪口言おう。まだ酒が足りないか?ん?」
「二人で飲みたくないって言ったでしょ?俺」
「なんで!」
「…危険だもん貴方は…」
「は!何言ってんだよ、どうせ帰ったって一人っきりで泣くんだろ?お前は…」
「…泣かないよ…RRHに帰ればミンチョル達がいるもん…」
「でもベッドで泣くんだろ?あ?寝るときにあいつの顔を思い出して泣くんだろ?!」
「そんなの…」
どこに居たって一緒だよ
ここに居たら余計…
「貴方の顔見てたら余計に悲しくなる。テジュン見てるみたいで」
「だから…僕に甘えればいいじゃないか!」
貴方は…テジュンじゃないもの…
「大体あいつはいい加減すぎるんだ!いつもいつもいっつも!なんで自分の恋人をほったらかしにするんだ!信じられないよ!」
「…なんでヨンナムさんがそんなに怒るのさ…」
「…もう嫌なんだ」
「何が…」
「あいつが恋人を苦しめるのが」
「ヨンナムさん…酔ってる?」
俺はヨンナムさんの横に転がっていた酒瓶を拾い上げ、台所へ行こうとした
ヨンナムさんがその手を掴んだ
僕は酔っているようだ
酒瓶に伸びてきたイナの手を捉まえた
逃げないように捉まえた
視線の定まらない目と、呂律が回らなくなってきた舌が酔っていると言っている
なのに僕は、目の前であいつの仕打ちに耐え忍んでいる顔にこんな言葉を浴びせた
酔っている
だから言葉が止まらなかった
「酔ってない!お前の苦しそうな顔見てたら酔えないよ!」
「俺は別に苦しくなんか…」
「もうさぁ…やめろよ…」
止まれ
やめろ
何を言い出すんだ
だってあの時そう言えなかった
そうして彼女は遠くで、たった一人で…
イナの丸い瞳がゆっくりと僕を見る
この子はそんな目に遭わせたくない
あいつのせいでこんな風に…
あいつに腹が立って仕方なかった
これ以上はもう…見ていられない
そうだろ?君…
あの時君、言ってほしかったんだろ?もうやめろって…
僕に…
僕…に…
待てよヨンナム…
イナは…テジュンの恋人だぞ
うんそうだよ
好きなのか?イナを…
友達としてね
だって僕を助けてくれた
彼女とは違うんだぞ
解ってるでも…
友達の域を超えていないか?
僕はイナに恋してるわけじゃない
でも大切な人なんだ
ほっとけないんだ
これ以上あいつの勝手で苦しませたくない
言い訳だろう?
おせっかいだ
ほっとけない!
黙れ!
酔っている
だから僕の頭は怖ろしい速さで回転していた
そして言葉は止まらなかった
「もういいじゃないか…テジュンと付き合うの、やめろよ」
「…ヨンナムさ…」
「お前だけが苦しんでる。テジュンは好きなことしてるだけだ!見ていて辛いよ。もう見たくないんだ、あいつのせいで苦しむ人を!」
「明日になったらテジュン帰って来るもん!」
「そうだろうか…あいつの事だ、帰らないかもしれない」
「やめてよ!貴方が…俺に…『待っててやってくれ』って言ったんじゃない…」
「言ったよ!でももういい!こんなに辛そうなお前、見てられない」
「…」
「もうやめろ!な?」
「…ヨンナムさんが辛いってだけだろ?!ほっといてよ!何言い出すんだよ!俺は…ヨンナムさんの言いなりには…ならな」
「あいつがさっきなんて言ったか教えてやろうか!」
「…え…」
「僕があいつにお前を奪うって言った時」
「…」
「なんて答えたと思う?」
「…」
「その気があるんなら…奪ってみろって」
「な…」
「かまわないって」
「そん…」
「もういいよ!待たなくていい!僕が傍にいてやるから!」
体が勝手に動いた
僕はイナを抱きしめていた
僕は…
彼女を…
抱きしめていた
そうだ
こうしてあげたかったんだ
あの時
僕は
きみにこうしてあげたかったんだ
でも僕は
きみに
拒まれるのがこわくて
そして酷く後悔した
だから今度は間違えない
「…誰に言ってるの?…誰を抱きしめてるの?!俺は彼女じゃない!俺はイナだ!イナなんだヨンナムさん!」
「…わかってる…」
「…わか…」
わかってるって…どういう…
力が抜けた
それはどういう意味?
俺の…傍にいてくれるって…
俺の求めている人が
俺を受け止めてくれる?
そんな馬鹿な
傍にいてほしい人が
俺の傍にいてくれる?
そう俺に約束してくれる?
そんな…そんな馬鹿な…
この人は酔っている
結構飲んだもの
俺だって酔ってるんだ
二人とも普通じゃない…
「傍にいてやるから…」
俺を抱きしめ、囁く人
どういう意味なんだろう…
俺の好きな人が
俺を好きになってくれる?
違う…この人は俺を…友達としか思ってないはず…
「僕でいいだろ?イナ…」
それとも本当に俺を…
「ヨンナムさん…」
言ってしまおうか…貴方が好きだと…
貴方に恋してると
俺はもうとうにテジュンを裏切っていると…
「おれ…」
ヨンナムさんの人差し指が俺の唇を塞ぐ
優しく微笑んで俺の瞳を覗き込む
涙ぐんだ揺れる瞳で覗き込む
俺の唇を指でなぞる
唇が降りてきて
俺はそれを迎えに行く
あ
テジュンが
消えてしまう…
貴方が好きだ…
ああ…俺達は酔っ払っているんだ…だから…
触れ合った部分から
貴方を貪る
貴方が好きだ…好きだ好きだ好きだ…
貴方の背中にしがみつく
酔ってるからだ…だから貴方も俺もこんなこと…
ああ
テジュンが
消えてしまう…
本当に?
本当に貴方は俺にキスしてるの?
目を開けてヨンナムさんを見つめる
離れて行く唇を追いかけてもう一度しがみつく
あああ
テジュンが
消えて…
「うふ…」
唇が離れて行った
「傍にいてあげるからね…
テジュンなんかよりももっと…」
いい人は必ず見つかるよ…
テジュン
ごめん
わかってたのに
テジュン
悪夢ってさ
昨日の夢のことじゃないんだね
テジュン
目の前に
俺の好きな人がいて
欲しい言葉をくれて
欲しいキスをくれて
天に連れて行ってくれるって
甘い言葉を囁いて
しがみついて空に向かったら
手首から
切り落とされた
からだが
砂になって
ざざざ
ざざざ
ざざざ
テジュン
これが
現実
幸せってほんの一瞬だ
酔ってたのもほんの一瞬だ
お前を裏切った罰だね
通じない…わかんない…
千の想い 47 ぴかろん
閉じた瞼から流れる涙を指で拭ってあげた
いい人が見つかるから、あいつの事なんか忘れろよ
僕が傍で励ましてあげるから
励ます?
それじゃ彼女と同じじゃないか…
これでいいの?
ねえきみ
僕、これでいいの?
僕の体の下で泣いているのがきみならば
僕はきっと「愛してる」と告げたはずだ
僕の体の下で泣いているのはイナなんだ
僕の大切な友達だ
だから…
「大好きだよ、イナ…。大好きな人の涙は見たくないんだ」
僕は…僕の言葉は正しいの?
ねえ教えてよ、解らなくなってきた…
どうして彼は震えているの?
どうして彼はまだ辛そうなの?
僕は…間違えてしまったのかな…
どうしよう…どうしよう…
ヨンナムさんが俺を大好きだよと言った
所詮俺はただの友達だ
馬鹿だな俺
勘違いするなんて
どうかしてる…
この人はいつも
紛らわしい言葉を吐くんじゃないか
その度に俺は
どきどきしたんじゃないか…
何を期待したんだよ
今日に限って何を…
拭っても拭っても溢れ続ける涙に口づけをした
イナはぴくりと動いて顔を背けた
どうしよう…どうしたらいい?
僕は何を間違えた?
ああお願いだから僕を拒まないで
お願いだからきみと関わらせて
どんな形でもいい
きみを…きみの笑顔を見ていたいんだ
ねえ、泣かないで
お願いだ
あの時僕は君の涙を拭くハンカチを貸してあげた
本当はこんな風にしてあげたかった
してはいけなかった?
ハンカチだけでよかった?
ねえきみ、教えて…
どうしてこの子は辛そうなんだろう
きみにできなかった事をして
きみが感じた孤独をこの子に感じさせたくないと思ったのに
なんで?
なんで涙が止まらない?
なんで辛そうな顔のまま?
どうすればいい?
「イナ…イナ…泣かないで…イナ…」
唾を飲み込んで目を開けた
俺を覗き込んでいる瞳が
自分の言葉に戸惑っている
ああ貴方は俺を見ていない
俺の中に彼女を見つめている
彼女にしてあげられなかった事を
俺にしているだけなんだ
貴方の中の恋は
まだ終わっていないんだ
どんなに言葉を尽くしても
きっと貴方には通じないのだろう
貴方の心の中で
俺の言葉は
貴方のいいように変換されて
彼女との恋を
貫こうとするんだ
昔彼女を守れなかった自分を
そうして彼女を失くしてしまった事実を
俺で
埋めようとしているんだ
ヨンナムさん…
貴方の力になりたいと思った
貴方が貴方であるように
俺がなにか手助けできればと思った
彼女の事から立ち直った貴方を
支えられるものならば支えたいと思った
貴方はまだあの場所に居たんだね…
俺は…貴方にとっては…まだ『器』のままだったんだ…
貴方の想いを
昔の想いをなぞって
彼女との恋を成就させるための
いれもの
違うのに…俺は…俺なのに…
俺は俺でしかないのに…
「ヨンナムさん…一体俺にどうしてほしいの?」
「…泣かないで…笑っていて…」
「俺に?」
「うん」
「…俺が…笑っていれば…いいの?」
「…ぅん…」
不安そうな瞳が揺れている
貴方の…力に…なりたいと…
俺は…そう…思っていた…
きれいごとだったんだ
力になりたいんじゃなくて
ただ俺を見て欲しかっただけなんだ…
「…笑って…イナ…笑って…」
俺の名前を呟いて頬を伝う涙を何度も拭ってくれる指
貴方が触れているのは俺じゃなくて彼女だね
「俺は…誰?」
「え?」
「貴方にとって、俺は誰?」
「…」
「貴方が俺の中に見ているのは誰?」
「…イナ…」
「怒らないから…言って…」
「…」
「彼女だろ?」
「…」
大きく揺れた瞳から俺の頬に涙が落ちた
俺の涙と一緒に流れて行く
貴方の中の恋は終わっていない
いつまでそこにいるつもり?
どうしたらいい?
どうしたら本当に貴方は歩き出せる?
俺の中に彼女はいないのに
俺の中に彼女を見つけ出す
そんな貴方に何をしてあげたらいいの?
僕の体の下で僕を見つめているのは誰?
イナ?
きみ?
なぜ解らない?
きみはもういないのに
どうして僕はこの子の中にきみを見つけてしまうの?
きみに触れたかった
きみを抱きしめたかった
きみと生きていきたかった
きみはもういないのに
この子はきみじゃないのに
ああ僕は酔っている
これは夢だ
きっと夢だ
朝になったらこの子はまた
テジュンの事で泣きはらした目をして俯いているんだ
僕はテジュンに怒り、この子を励まして
ずっと傍にいてやるからと…
傍に…
きみの傍にいたかった
きみが誰を愛していても
一番近くにいたかった
だから僕は今、この子の傍にいてやりたいと思っているのか?
じゃあこの子は何?
この子はテジュンの恋人で
僕の友達で
それはきみと同じで
きみじゃない…
きみが最期に僕を求めてくれたことを
僕はこの間初めて知ったんだ
僕の想いは通じていたのだと
僕は初めて知ったんだ
嬉しくて悲しくて悔しくて幸せだった
僕の心にきみを留めておいてもいいよね?
いけないの?
一人で歩き出すためには
きみを捨てなきゃいけないの?
できないもの…僕にはそんな事…
「僕は…間違えてるの?」
「え?」
「僕のやってること、間違ってる?」
ヨンナムさんの瞳も、ヨンナムさんの声も揺れていた
ああ…
俺も…
ラブとテジュンが帰ってきた時
すぐに受け入れられなかったなぁ
何度も沈んで
あがいて
助けられて
やっと浮き上がれたんだよなぁ
この人は今まで
彼女と後悔を抱きしめながら
海の底に沈んでいたんだ
俺は
彼女を抱きしめたままのこの人を
海面に連れてきた
光を浴びた明るい顔を見て
もう大丈夫だと思ったけど
手を離せば簡単に沈むんだよね
忘れてた
俺もそうだった…
錘を離したつもりなのに
しっかりと握り締めているんだ
貴方はまだ
彼女がいないことを
受け入れてはいないんだ
それはきっと
貴方の想いが
彼女に通じていたから
だから余計に
そこから離れられずにいるんだ
きっと…
「俺はそんなに彼女に似ている?」
「…ああ…」
「貴方もテジュンにそっくりだ…」
「…ぅん…」
「貴方は間違えてるんじゃない」
「…」
「混ぜこぜにしちゃってるだけだよ…」
「お前だって」
「俺には解るもん…貴方は貴方でテジュンはテジュンだ…」
「混ぜこぜ…」
「俺と彼女とを」
「…」
「ヨンナムさん」
「…」
「俺、自分の事は自分で決める。テジュンの事も…」
「…」
「心配しないで…」
彷徨い続ける貴方の魂を
本当に呼び戻すには
どうすればいいのだろう
貴方の力になるって
どういうことだろう
貴方は
俺を
見ない
もうよぉくわかった
それなのに俺は貴方が好きだ
『もうやめなよ』
うん
そうだね
俺は目を閉じて大きく息を吐いた
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