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ぴかろんの日常
リレー企画 219
千の想い 114 ぴかろん
ミンチョルはジャンスさんに向き直り、姿勢を正して気取って言った
「けほん、ジャンスさん、すみませんでした。どうやら僕は無意識に技を披露していたようです。申し遅れましたがイ・ミンチョルです。よろしくお願いします」
「ミンチョルさんはキム・イナと親友だとか」
「は…はい」
「先ほどは『親友の口喧嘩』という技まで見せていただいて」
「は…え…あ…いやその…」
ジャンスさんの横やりにミンチョルの口調が怪しくなる
ギョンビンがミンチョルの肩にそっと手をかけて小声で励ます
「しっかり!」
「けほ…あの…。そうですね、『無意識のサービス精神』だとよく言われます」
「ミンチョルさんは『技のデパート』なんですね?」
「…ええ…まあ…」
「『前髪フー』『傷ついた瞳』『ぼたんはずし』『苦悩各種』そしてアスタリスクつきのものが結構ありますなあ。『三車線ぶっちぎり』『涙目高速運転』『捨てられない後姿in駐車場』『海岸激走』『狂喜ザンブ』… 狂喜ザンブ?!これは?」
「それは」
「それはその前の『海岸激走』とセットになっていて、海岸を大喜びで走り回ったあと、嬉しすぎてハイになっちゃって海に『ザンブ~』って事ですよ」
「スヒョン!」
またスヒョンが説明を横取りした
「ほほう…面白そうですなぁ。それと『苦悩出張バージョン』…」
「あ…それは」
「それはですね、ホテルのスゥイートルームを予約していただいて、そこに『傷ついた』ミンチョルを閉じ込めるんです。お客様には安全のためにミンチョルを観察できる別室に入っていただきます」
「スヒョン、ちょっと待って」
「安全のためというと?」
「閉じ込められた『傷心ミンチョル』は、ホテルの備品を次々と破壊します。そして泥酔してバスルームに行き、バスルームの鏡も破壊します。そのあと服のままシャワーを浴びます。そしてびしょ濡れのまま、ベッドルームに移動し、そのまま寝てしまいます」
「なんと!風邪をひきますぞ!」
「ところが、不思議なことにすぐ乾くんですミンチョルは」
「なぜ?!」
「解りません、謎なんです。きっと体温が高いのでしょうねぇ」
「スヒョン!待ってくれないか!」
「ん?なぁに?」
スヒョンは余裕の微笑みでミンチョルを見る
ミンチョルの瞳は潤んでいる
スヒョンはまたジャンスさんに耳打ちする
「ジャンスさん、あれも『苦悩シリーズ』の一つ、『涙目室長』ですよ」
「ほぉぉすごいですなぁ…」
「ケホ…『傷ついた』ってなんなんだ!僕はその技をする度に『傷つかなきゃならない』とでも?」
「ああごめんね『傷ついたよ・う・な』だ。演技だったねミンチョル」ニコ
「は…ふぃん…」
天使の微笑みに蕩けたのかミンチョル!
「ミンチョルさんっ!納得してちゃダメでしょ?!自分で説明しなきゃ!」
「あ…ミン…ごめん…」
ギョンビンは必死でミンチョルの『かっこよさ』を保とうとしている
スヒョンはその様子をクッククックと笑って見ている
意地悪な天使だな
お前の足元にいるフグがどんな顔してるか解ってるのか?!
「けほん…あの…この一連の技ですが、『服を着たままシャワー』のオプションとして『濡らし放題コース』も用意してございます」
「ほほう」
「その後『速乾体験コース』もございます。これは、びしょ濡れの僕がベッドルームに入って、シャツが乾くまでの時間を実際に計測していただくというものです」
「ほほう、実験のようで楽しそうですなぁ」
「その後、お客様にベッドルームに入っていただくオプションがございます」
「けぇぇっなんですとっ?!べっどるーむにっ?!(@_@;)」
ジャンスさんが鬼のようにペンを走らせながら叫んだ
「はい、『膝枕コース』です。傷ついたように眠っている僕を膝枕していただきます」
「ひいいい…」
「大変危険な技だという認定を受けましたので、5人以上の参加者がなければ受け付けられません」
「…はぁ…ほぉぉ…なるほど。お客様の身の安全を確保するという事ですな?」
「同時に僕の身の安全の確保ともなるとかで…僕本人は意味があまりよく解らないのですが…」
「一体どなたが『危険技』と認定を?」
「はい。オーナーです」
「…なーるほど…メモメモ…」
ようやく技を説明できたミンチョルはちっと威張り気味だ
「で…この『ガラスプレイ各種』というのはなんですかな?」
ミンチョルは待ってましたとばかりに微笑むと、前髪をフーして膝をパンっと叩いて立ち上がった
スヒョンはジャンスさんに内緒話で説明している…
どうせあれが『前髪フー』と『キザキザムーブ』だ…とかなんとか解説してるんだろう…
当のミンチョルは、ギョンビンに手伝ってもらいながら『ガラス大』の向こう側に立つ
そしてガラスに凭れ掛かりながら空を見上げて携帯電話をかけるフリをする
瞳は次第に切なげになる
ギョンビンは満足そうに頷いている
「ふぉぉぉぉ…抱きしめたくなりますなぁ!」
「でしょう?」
ジャンスさんとスヒョンが不穏な事を言っている
ギョンビンの背中がピクリと動き、ミンチョルにOKの合図を出す
パン☆
『携帯耳切り』も披露して次のガラスプレイに移る
ギョンビンが素早く『ガラス大』の上に取り付けられている『吊り革』を降ろす
本来ならば、ぼんやり顔ミンチョルが映ったガラスを見ていただくのだが、今日は特別なんだろう、ガラス越しにこのぼんやり顔を見せている
「うぉぉぉいっ!あんな顔の人が地下鉄なんぞに乗ってましたら俺は抱きしめますぞぉぉぉっ!」
「解ります。僕ならキスもしますね」
ジャンスさんとスヒョンの発言は徐々にアブナさを増してきている
ギョンビンの目元がすこぉし上り、右腕を肩の辺りに上げて拳を握った
多分これがOK合図なんだろう、ミンチョルは吊り革をパッと放した
コロコロコロ…
『ガラス大』が脇に避けられ、ミンチョルが俺の前を通り、奥に座った
片付けを終えたギョンビンが、また後ろに立とうとするので、俺はお前も座れよと言った
スヒョンがまたジャンスさんに内緒話している
「スヒョン!内緒話は止めてくれないか」
「ミンチョル、僕の解説を気にするでしょ?」
「いや…もう慣れた。声に出して言ってもらうほうが気持ちがいい」
「やだな、それって僕の声を聞きたいってこと?」
足元のドンジュンがムウッと膨れてスヒョンを見上げる
スヒョンは嬉しそうな顔でドンジュンを見つめる
ギョンビンは失礼します!と堅い口調で断りを入れて俺の前からミンチョルのもう一つ奥に座った
「ジャンスさん、スヒョン、何言ったの?」
「おお、ラッキーですねと言われた」
「ラッキー?」
「そう。さりげなくギョンビン君の技も披露されていると…。この、『ぼでーがーど』…今さっき後ろにすっと立ってたろ?」
「ああ…」
ギョンビンはミンチョルと何やら打ち合わせしていたようで、俺達の話は聞こえてなかったらしい
「兄さん。来て」
突然ギョンジンを呼んだ
俺はギョンビンの視線を追った
ぼんやりしたギョンジンが『ガラス小』を抱えて突っ立っていた
呼ばれてハッとしたギョンジンがこっちに来る
その後ろに…あいつがいた…
撮影2 オリーさん
ふたつの人影が監督とソヌさんに話しかけた
「ねえねえ、何やってるの?」
「ショーのリハーサルですか?」
「ウシク、イヌ先生」
「撮影?」
「そう、双子ちゃんのHPなのよねぇ」
「へえ・・」
「それは面白そうですね」
さらに人影が増えた
「なになに?双子のHP?俺のは?」
「俺のはって、テプンが何で?」
「俺も才能を見込まれてデビューすっからよ」
「君が?」
「そう、ついでに俺のHPも作ろうじゃねえか」
「まだその話は聞いてないなあ、ねソヌ君」
「全然」
「おかしいなあ。でもデビューは急に決まったからなあ」
「ほんとにデビューすんの?」
「監督、何疑ってるんだよ」
撮影が止まったので僕らはステージの端に腰かけて休んだ
「そろそろ店が始まる時間かな?」
「みたいですね。ウシクさんや先生だけじゃなくテプンさんも来ましたから」
「ふいん、結構時間経つのはやいなあ」
「そうですね」
「ソヌさん、俺もあんな風にシャツはだけて歩けばいい?」
「いいから」
「俺もあんな風に髪の毛に何かつけてテカテカにする?」
「やめろっ!」
「俺も誰かと絡むの?だったら美人のモデルがいいなあ・・」
「うるさいっ!」
「んじゃどうする?」
「だからまだ何も聞いてない」
「おっかしいなあ・・」
「何々、撮影ですって?」
「うひゃ、ドンジュンとギョンビン、何だか祭りの時みたい」
「ほんとだ」
「音楽つければ」
「そうそう、軽いノリのやつがいいんじゃん」
「ミンギ、音楽!」
「こら、お前ら勝手に指示だすな。混乱する」
「ほらあ、ぐずぐずしてるからみんな出勤してきちゃったじゃないのぉ」
「あんたが邪魔するから」
「そんなぁ」
「とにかくとっとと撮りましょう」
「双子ちゃん、音出すから合わせて歩いてみて。踊ってもいいよ」
「おお、踊りか?俺の出番?」
「だからテプンはいいってっ!」
「何でよお」
「ソヌさん」
「ミンギ、何?」
「みんな集まってきてるから、いっそのこと舞台上げちゃったら?」
「え?」
「みんなで踊って、その中の二人を撮るんですよ」
「それグーかも。二人も自然に動けるかもしれないねえ」
「そうか・・ミンギいい案だ」
「でしょっ」
「んじゃ、みんなも舞台に上ってよぉ」
「だから命令系統は一つっ!」
「はいはいっ。双子ちゃんの回りで踊ってみてよぉ」
「何度言えばわかるっ!命令系統は・・・・もういいっ!」
「音楽、例のヤツにしましょうよ。ミンチョルさんから預かったヤツ」
「ミンちゃんそうね、そうね。僕知らないけどそうね」
「監督、わけわからないのに相槌打たない」
「だってミンちゃんには逆らえないも~ん」
「僕には散々逆らってるくせに」
「え~?何だってぇ?最近耳が遠くて・・やっぱ年かなあ」
「このひょんっがっ!」
「え?何~?」
「もういいっ!」
「皆さん、音楽かけますから、それに乗って適当に踊ってください」
「ドンジュンさんとギョンビンさんの前にはあまり出ないでくださいね」
「テプンさん、あまり激しいのはなし。音楽よく聞いて」
「踊りは揃わなくていいです。好きに動いて」
「ミンちゃんがいれば全然OKじゃない。誰かさんがいなくても」
「げほっ」
「これBHCのHPにも使い回せるんじゃない」
「応用と言ってください。ま、それは僕が編集しましょう」
「少しは仕事しないとね」
「無駄口たたいてないで撮りなさいよ」
「あいあい。あん、じゅの君ちょっとテレ気味で可愛い!」
「何でイヌ先生まで踊ってる?じじいは抜かそう」
「いいじゃないのぉ。ウシクが離さないんだから」
「じじいでいいなら僕も・・」
「だめよぉ。ソヌ君は足蹴りしたりシャドーしたりで自分の世界に入っちゃうから」
「・・・」
そんなわけで僕たちの撮影は途中からみんなと和気藹々の雰囲気になった
先生は照れて隅の方でしゃっくりを抑えながらウシクさんと踊り
テプンさんは踊りながらちょっと遅れてきたシチュンさんに蹴りなんか入れてた
ソクさんはBH顔ではないのでダメだと言われたけれど
スヒョクさんが涙目でソヌさんを見つめてOKをとった
ホンピョさんは照れてたけどドンヒさんにリードされてタコみたいに体を揺らした
遅れてきたテジンさんとスハさんは、二人腰で繋がって踊っていた
ソグさんやビョンウさん、ジュノ君は若いだけあってリズム感がよかった
その影でジュンドウさんはワンテンポ遅れて体をくねらせていた
厨房から音楽を聴きつけ様子を見に来たテソンさんはみんなに引っ張られて舞台に上げられた
途中でチョンマンさんがムーンウォークを始めて、だんだんそれがみんなに広まった
ムーンウォークが意外に上手かったのはジュンホさんだった
音楽は軽いノリのポップ系のラブソング
知らない歌手がキーボードだけで歌っていた
みんなはすぐメロディラインを覚え、踊りながら口づさんだ
しばらくして、突然僕とドンジュンさんの間に一つの影が入り込んできた
音にあわせて体をセクシーにくねらせてるラブ君だった
ラブ君は上手にドンジュンさんと僕に交互に絡んできた
「兄さんは?」
僕はそっとラブ君の耳元で聞いてみた
「あそこ見てよ」
ラブ君が監督たちのいる方をあごでしゃくった
「ねえ、どうして僕はだめなのよお」
「じじいだから」
「イヌ先生は踊ってるてか、しゃっくってるじゃないの」
「チーフ代理だからいいの」
「そんなあ。僕だってダーリンとあんな風に腰くねらせて踊りたいのお!」
「画像が乱れる」
「んなことないって。僕ワルツ・タンゴなんでもOKなんだよお」
「いいからじじいは見学」
「ひどいっ!」
ソヌさんともめてる兄さんに僕とラブ君は手を振った
兄さんは涙目で手を振りかえした
その時だった
彼がソヌさんと監督の後ろにすっと立つのが見えた
「どうしたんですか?」
「おおっ、きちゅね!じゃなくて元チーフ」
「HPの撮影でしたよね、今日」
「そうなの。んでね、みんなが集まってきちゃったからいっそのこと舞台に上げちゃえって」
「原則じじい抜きで踊ってもらってるんだけど、いい雰囲気でしょ」
「考えましたね。BHCの方にも使えそうじゃないですか」
「そうなのよぉ、使い回しができそうって、ねっ、ソヌ君!」
「応用できるって言ってくださいっ」
「あっとこれソヌ君じゃなくて、ミンちゃんのアイディアね」
「そうですか。なかなかやりますね」
「そうなのよ。ソヌさんより役に立つわよぉ」
「けほんっ、監督、余計なことは言わなくていい」
「ミンチョルさん、僕じじいだからダーリンと踊っちゃだめだってっ。何とか言ってやってよお」
「お兄さん・・」
「だってあんたすぐラブ君にべっとりくっつくじゃないの」
「テジンさんだってスハさんとべっとりじゃないのお」
「あれはいいの」
「どして?」
「そういうキャラだから」
「僕もそういうキャラでしょうよお」
「ラブ君はねぇ、一人の方が映えるのよぉ、こういう場合ぃ」
「そんなあ・・ひくん」
「お兄さん、また機会はありますよ。HPのほかの場面で」
「くしん、ダーリンたら双子ちゃんの間であんなに楽しそうに・・ぐしん」
「僕もじじいいだから入りませんし」
「いや、あなたの場合はほかにリズム感の問題が」
「ソヌさん、何か?」
「っと何でもありません」
「なら結構」
ちょうどいい汗をかいたところで、開店準備の時間がきて撮影は終わった
みんなはそれぞれに持ち場に入り、準備を始めたのだった
彼がドンジュンさんと僕に近づいてきた
「お疲れ、なかなかいい感じだったじゃないか」
「ミンチョルさん、僕らのHPってほんとに作るんだ」
「そうだよ。宣伝しなくちゃ」
「へえ、今日のがどんな風になるのか楽しみだね、な?」
「うん、まあ・・」
「ミン、どうかしたか」
「ん、僕らまだボイトレ途中だし、歌も決まってないし・・いいのかなって」
「さっきかかってた曲どうだった?」
「あれ、バラードっぽいけどのりやすくてよかったよ、ね?」
「そうですね。歌詞に英語が入ってたのもいいのかも」
「じゃまずまずってとこだな」
「何で?」
「あれ、映画にいれる曲にしようと思ってる。お前たちが歌うんだ」
「「え・・」」
僕とドンジュンさんは思わず彼の顔を見た
「歌いやすいだろ?ハモリもできるし」
彼は唇の端をあげて軽く微笑んだ
「うん、まあ・・」
「そうだけど・・」
僕の頭の中にさっきかかっていた曲のレフレインが甦ってきた
たぶんドンジュンさんの頭の中にも・・
その時イナさんとスヒョンさんがほとんど同時に店に入ってきて、打ち合わせが始まった
そしていつもの店の風景になっていった
けれど僕の頭の中ではずっとあの歌のレフレインが渦巻いていた
♪I・・I・・I・・I・・I・・
I wanna say these words to you・・
♪I・・I・・I・・I・・I・・
I love you・・
愛してる・・・・この言葉をあなたに言いたい・・・・
シミュレーターその後 れいんさん
そうだった
すっかり抜け落ちていた
以前書いたシミュレーターの企画書
あれから手つかずのままだ
ショータイムの時、ジホ監督があのシミュレーター内で何やらゴソゴソやってるのを見て、ハタと思い出した
しかしよりによって、なんだってあんなところに男4人むぎゅうって…
暑苦しいだろうに…
シミュレーターの件、うやむやにするつもりではなかったのだけど
一度企画書を上げた時点で、一仕事終えた気分になっていた
言い訳なんて男らしくないが
敢えて言わせて貰えるならば
えっとえっと…
そう、野良犬を座敷犬に躾するべく忙しかったんだ
なんて、そんな言い訳誰にも通用するわけないな
でも、その献身的な努力が実り、野良犬も随分立派になってくれた
このところ、殊更それを実感する
先ほどの厨房でのmayoさん達とのやりとりにもつい目頭が熱くなった
驚いた事に、僕の行き先を聞かれ、あいつが『雪隠』と答えていた
迷わず『便所』と答えそうなあいつが
BHC一『雪駄』が似合いそうなあいつが『雪隠』と…
ここがもし海辺だったなら、僕は夕陽に向かって熱い涙を流しながら 「うぉぉぉぉーー」と砂を蹴って駆け出していたただろう
でもな…ふと僕は考えた
いつもいつもお利口さんな座敷犬になってしまってはあいつらしさがなくなってしまうのではないだろうか
一方でそんな想いもよぎる
ちゃんとした社会人に調教するのは僕の責務だろう
だがしかし、心のどこかで、もっと困らせ手を焼かせ翻弄してほしいと願う僕もいる
昼間は天使で夜は小悪魔の如く
昼間は淑女で夜は娼婦の如く
昼間は座敷犬で夜は野性の野良犬の如く…
ああ、何を考えてるんだ、僕って奴は!
何か心の病を患っているのではないだろうか
だんだん思考がアブなくなってきてる気がする
僕は邪念を振り払い、お客様が途切れたタイミングを見計らい、ツツツと事務所に向かった
事務所のドアをノックする
「失礼します」
…
誰もいない
営業中だから当然か
企画書を探して家に持ち帰り今度こそきっちり仕上げなければ
寝た子が起きたみたいに、「そういえば、アレはどうなったんだ?」と言われる前に
みんなに口々にツッコマれる図が難なく想像できる
自分は遠慮なしで店の食材食べ放題のテプンさんに「この給料泥棒め」と言われ
「こんなにじかんをかけてねりあげたなんて、きっとすごいプログラムなんでしょうね」とジュンホさんに天然ボケられ
夏ヤセとは無縁のウシクさんに「手際が悪いのはいけませんね、僕も引越しの時に誰かさんの手際の悪さにさんざん困らされて…」と引越しの際の愚痴を延々と聞かされ
「サインが必要なら明日の朝いちに僕のデスクにおいててくれる?目を通しておくから」とチーフにエクセレントに催促され…
でも何より怖いのは、腰に手を当てもう片方の手でドアに肘を置き、あきらかに不自然なポーズできつね、いや元チーフに射抜くような視線で見つめられ
無言の威圧で前髪ふーされる事だ
僕はぶるっとひとつ身震いをし、そして企画書を探した
だがそんな時に限ってまた邪魔が入った
「ああ、ドンヒくんでしたか」
「よぉ、ドンヒ何やってんだ」
ジュンホさんとホンピョだ…
「あ…ちょっと探し物を」
ちぇっ…何で二人してわざわざここに…
「あの、ホールの方はいいんですか?」
「はい。いましがたおきゃくさまをおみおくりしたところです。ひかえしつにはいろうとしたら、ここからあかりがもれてたので」
「ったくジュンホさんのヘルプ大変だったぜ。今夜は特に引っ張りだこだったしよ」
「そうなんです。このじきはたいていぼくのしめいがふえるんです」
「へぇ…どうしてこの時期なんですか?」
「あの、このじきはいつもかいものがえりのおくさまたちが『なつやすみのじゆうけんきゅう』のことでぼくにぜひそうだんしたいって…それでしめいがふえるんです」
「なるほど」
「なつやすみもおわりにさしかかると、だんだんせっぱつまったおくさまたちがふえてきます」
「で、何をアドバイスしたんですか?」
「はぁ、とにかくなんでもいいから『かんさつ』をしてみてはどうかと…たとえばそのへんにおちている『いしころ』でもいいんです」
「石ころ?」
「はい。いしころをじっとみて『なぜいしころがそこにあるのか』『いまいしころはなにをかんがえているのか』『ちかくにいしころのかぞくやこいびところがっていないか』」
それって役に立つアドバイス?
ああ…僕には理解不能なジュンホさんワールド…
「さすがジュンホさんだなぁ。目のつけどころが違うな」
ホンピョ、おまえ分かるのか!その世界が…
やはり犬派同士
捨てられた子犬と野生の野良犬はウマが合うのか…
それからも二人の会話は尽きない
そろそろ一人にしては貰えないだろうか…
「あ、そういえばさっきはありがとうございました。ホンピョ君」
「いや、どうって事ねえっすよ」
「さっきって?」
「ああ、ジュンホさんとこの子供の誕生日が近いからっちってな、開店前にプレゼント選びに付き合ったんだ」
「どーしてお前なんだ?」
「なんだよ。俺じゃ悪いのかよ。俺こー見えてもお洒落にはうるさいんだぜ。Tシャツだってな、ホレALMANI」
「ぶほっ」
「わぁ、ホンピョくん。いわれないとぜんぜんわかりませんでした。さりげないきこなし、さすがですね」
「だろ?」
多分それ、誉められてないと思うんだけど…
「プレゼントのことも、ホンピョくんだったらこどもにいちばんちかいかなぁとおもって…ほんとうにたすかりました」
「だよな」
だから全然誉められてないってば…
「あ、そうそうホンピョくんさっきのアレはどうしたんですか?」
「あ、コレ?」
なんだ、なんだ、今度はどーしたんだ
「あのなドンヒ、その買い物の帰りにな、全然知らない男に腕掴まれてな、無理やりこれ渡されたんだ」
「びっくりしましたよね」
「あの男俺に気があったのかな…怪しい奴だったよな」
「そうですね。ホンピョくんがいうくらいだからかなりあやしいじんぶつでしたね」
何だ何だそれ
気になるじゃないか
どこのどいつに、何渡されたんだよ
「ほらよ、こんなにティッシュたくさんよこしやがって…ポケットに入らないっつーの」
「ほんとだ。きまえがいいですね」
それ…もしかしてティッシュ配りじゃないか?
「あれ、ここのところにでんわばんごうがのってます」
「あ、マジだ。あの野郎…電話くれって事か?ますます怪しい奴だな」
「おともだちがいなくてさびしいんでしょうか…かわいそうですからおともだちになってあげましょうか…」
あの…もしもし?ジュンホさん?
そこに電話してお友達になったら、ソニョンさんにきっと怒られますから…
なんて呑気な会話に巻き込まれて、とうとう企画書を探す事ができなかった
こうなったら閉店後…皆が帰ってから探そう
そして僕は胃がキリキリしながら、犬派の二人と共にホールへと戻ったのであった
待ってろよ、企画書…
千の想い 115 ぴかろん
*****
弟はてきぱきとミンチョルさんの技の手伝いをしている
健気なヤツだな…
スヒョンさんがミンチョルさんをからかう度に、肩が小さく揺れている
我慢強いな、相変わらず…
かっこいいよ、ギョンビン
お前は僕の自慢の弟なんだから…
だから…もっとかっこよくなれよな…ギョンビン
そんな事を考えていたら、弟が僕を呼んだ
『ガラス小』が要るようだ
僕は慌ててジャンスさんの席に近づいた
「ごめんごめん、渡すの忘れてた」
「兄さん、手伝って」
「へ?」
「端を持つの」
「端?!」
「イナさん、席、いいですか?」
「あ…ああうん、ギョンジン、ここ、座れよ」
イナがニコッと微笑んで自分とミンチョルさんの間をポンポンと叩いた
僕はありがとうと言ってそこに座ろうとした
ダーリンの事を忘れていた
振り返って、お前もおいでと言った
ダーリンの顔は蒼ざめていて、その場から動こうとしなかった
*****
そうだった…ギョンジンが来るってことはアイツも来るってことだった…
ギョンジンがアイツを呼んだ
俺はまた怖くなって視線を逸らした
*****
ギョンジンのばか
俺を置いて行くなよ…
そんなとこに行ってから俺を呼ぶなよ…
どうやって行けばいいんだよ、イナさんがいるのに…
行かなきゃと思ってるのに足が動かない
笑わなきゃと思ってるのに顔が固まっている
必死でその席を見た
俺を拒否している瞳と一瞬目が合った
その瞳はすぐに伏せられた
俺
イナさんの事
嫌いじゃないのに
好きなのに
ギョンジンの横にいるイナさんは
だいっきらい…
動けずにいる俺の目に柔らかな瞳が飛び込んできた
テジュンが俺を振り返った
歯車がゆっくりと動き出し
俺はそちらに向かって歩き出した
行っちゃいけないと思いながら
俺はテジュンの後ろに行った
触れちゃいけないと思いながら
俺はテジュンの首にまた巻きついた
まっすぐ前にイナさんの横顔があった
「…ラブ…。だめだよラ」
「ごめんなさい…」
戸惑うテジュンの言葉を遮った
「ごめんなさい…さっきも…今も…」
涙が滲むのを巻きつけた腕で隠した
俺…なんでこんなこと…
「ごめん…テジュン…」
テジュンは俺の腕をトントンと優しく叩いた
「こっちに回れよ、ジャンスさんがお前の技、見たいって」
「おお!これが『襟巻き』ですかな?ん?んん?!確か『襟巻き』はギョンジン君の技では?!」
振り向いたジャンスさんの顔があんまり間近にあったので、俺はテジュンの首根っこに顔を隠した
テジュンは、こら、ダメだよと甘い声で言った
泣くなよ、こんなとこで…
ギョンジンの顔が見れない
また悲しませてしまう
だって…だってアンタ…イナさんの傍に行くんだもん!
涙が止まらなくなった
テジュンが体を捩って俺の涙を拭いてくれた
こんな事してたら…俺達の大切な人が消えてしまう…
「こっちに座るんだ、ラブ。ギョンジンもイナも誤解する」
優しく、そして厳しく、テジュンが言った
テジュンにまで嫌われちゃう…
俺は涙を拭って立ち上がり、ボックス席の入り口に立った
「ほいほい!色気小僧君はこっちだ!サービスサービスくふふんふん」
ジャンスさんがポンポンとテジュンの横の席を叩いた
足が竦んで動けなかった
ぎゅっと俺の両腕が誰かに握られた
腰のあたりに、太陽みたいに笑っているドンジュンさんがいた
「ほーら、行かなくちゃ。お客様のご希望だよ」
くいっと腕を引っ張られ、俺は一歩中に踏み出した
そして導かれるまま、テジュンの横に腰を降ろした
****
「それでミンチョルさん」
「はいジャンスさん」
「この『甘え各種』というのは?」
「あ…それは、リクエストがあればちっと『甘える』というもので…」
「これは…リクエストするのに勇気がいりますなぁ」
「そうでしょうか…。何故かあまりリクエストされませんね。お客様に甘える…というより、その、『パートナーに甘えて』とリクエストされることが多いかな?」
「ほほう!それもまた一興」
「一瞬技です」
「お客様に仕掛けるにしても、その…ケホン…パートナーに仕掛けるにしても」
そう言ってジャンスさんはチラっとギョンビンを見た
「…殺人技ですな…」ニヤリ
ギョンビンの耳が赤くなった
ミンチョルは頭上に「?」を飛ばしていた
目の端にラブの姿が映った
「お…俺、ここで…」
「だめだめ!色気小僧は俺とテジュンの間に座ってね。俺、スヒョンさんの解説聞きたいからここに座っちゃダメ!」
「…」
スヒョンの横に座ろうとしていたラブをジャンスさんはグイッと押しのけた
ラブはテジュンの前に押し出される
余計な事を…
俺は所在なさげにガラスを持っているギョンジンを見た
ぼうっとラブを見ている
口がほんの少しへの字になった
ラブがテジュンの隣に腰を降ろしたらしい…
「それでミンチョルさん、彼が持っているガラスの板は?」
「はい。これも『ガラスプレイ』の一種なんですが…」
「ジャンスさん、今、泣けますか?」
「は?」
またスヒョンが口出しした
ミンチョルはムッとした顔で嗜めた
「スヒョン!」
でもスヒョンはお構いなし
「だってアレやるつもりでしょ?このサイズのガラスだと」
「…そう…だけど…」
「じゃ、お前は気持ちを高めておきなさい」
「…」
「ジャンスさんの準備は任せておいて」
「…」
ウインクするスヒョンにミンチョルは黙り込んだ
「は?スヒョンさん、俺の準備って?」
「だから…泣けますか?」
「いや」
「では目薬を点させていただきます」
「ええっ…なぜっ」
「涙が必要なんですよ、ジャンスさん」ニコ。キラ☆
「はぉぉぉ…」
スヒョンはジャンスさんの小さな目に、苦労して目薬を点した
ミンチョルはそっと目を閉じて気持ちを落ち着けているらしい
ジャンスさんの横に堅い顔のラブがチョコンと座っている
テジュンとの間が少し空いている
ぽそりとテジュンの声がした
なんと言ったのかは解らない
ギョンジンを見た
ギョンジンは唇をクッと噛み、ジャンスさんやスヒョンやミンチョルやギョンビンに視線を動かした
喉仏がグリグリと動いている
動揺してるんだ…
俺とおんなじ…
俺は、ラブに解らないように、ギョンジンの太腿を指で触った
*****
ギョンジンは俺を見ないように頑張っていた
俺の神経はギョンジンに向いていた
だから…僅かに違う動きをしたのも解った
イナさんがアイツの脚に触ったのも見えた
解らないようにしたつもり?
…イナさん…貴方にとってギョンジンってなんなの?
ソファの上でグッと握った拳に、暖かい手が触れた
俺はビクリとして強張らせた拳をそろりと緩めた
*****
イナが僕に触れたのと、テジュンさんがラブに触れたのと、どっちが先だったのか覚えていない
唾を何度も飲みこんで気持ちを抑えた
弟に何度か呼ばれ、慌ててガラスを差し出す
僕は左の端の上下を、弟は右の端の上下を持って、テーブル中央に差し出す
視界に入るテジュンさんを切り取る
僕の隣にはあのミンチョルさんがいる
さっきからミンチョルさんの悩殺技をたくさん見ているのに…
やっぱり僕は変だ
いつもの調子が戻らない
今日は特別変だ
ミンチョルさんにときめかないなんて…
*****
テジュンが…
ラブの手に触れた…
俺がギョンジンに触れたから?
恐る恐るテジュンの顔を見た
テジュンは
ラブの顔を覗き込んで、掌でそっとラブの拳を叩いていた…
なんでそいつにはそんなに優しいのさ…
触んないでよ…
俺の気持ち、知ってるくせに、お前…
酷い男だ…
*****
「3,2,…アクション」
スヒョンさんが声をかけ、彼が目をあける
兄さんと僕が支える『ガラス小』の向こうに、涙(目薬)を流すジャンスさんの顔がある
彼の瞳は一瞬戸惑いの色を見せたが、すぐにジャンスさんの涙『だけ』に気持ちを集中し、そっと右手を上げる
ガラス越しに親指でジャンスさんの頬を伝う涙を拭い、それからほかの指の背で反対側の頬を拭い、ジャンスさんを見つめてほうっと笑う
いつ見てもドキドキする…僕はまだ、こうされた事はない
こんな風にガラス越しに涙を拭われる場面
すぐに彼の胸に飛び込めない
そんな場所で僕が彼を見つめて泣くことが…
この先あるのだろうか…
彼はガラスの向こうにいて
すぐそばにいるのに手が届かない状況…
思い巡らせていたら心臓が激しく鳴りだした
「ミン、OKだと思うけど…」
「は…はい!」
彼の声に慌ててガラスを引き寄せた
「アツッ」
「あ…」
反対側を兄さんが持っていた事を忘れていた
「ごめん兄さん…大丈夫?」
「…大丈夫だよ…。お前こそ…平気か?」
「うん、僕は…。え…。何が…」
「ん?」
「…平気って…何が?」
「…。いや。大丈夫ならいいんだ」
兄さんは唇をキュッと噛んで、それからニコリと笑った
昔、よくこんな風に僕を心配してくれていた
少し切なくなった
僕がそのまま兄さんを見つめていると、兄さんは小さく目を泳がせて唾を飲み込み、その後優しい笑みを浮かべた
憧れだった兄さんがそこにいた
心が兄さんに駆け寄りそうになった
ユン女史の観察 足バンさん
告祀(こさ)の後
シン監督はスヒョンさんとミンチョルさん、ウナさんに少し時間をくれと頼み
私と”タヌキおやじ2号”チョプロデューサーも同席して
近くのホテルのラウンジに収まった
大きな吹き抜け硝子の光の中
向かいのソファに座る出演者3人の「華」をあらためて実感する
白いブラウスのウナさんのひときわ清楚な美しさと貫禄は言うまでもないが
スーツ姿の男ふたりの存在感も凄い
珈琲を運んできてまずウナさんに注目したウエイトレスが
並んで座るふたりにすっかり見とれていたのを確認し
タヌキ2匹が密かに鼻をひくつかせた
スヒョンさんは先日のポスター撮りよりこちら感じが変わった
悲壮な決意?…いや、悲壮とは違うかな
艶があって…決然とした…どこか凄みのようなものさえ感じる
当初見え隠れしていた迷いが消えたのだろうか
監督は咳払いなどしながら暫く自分の手のひらを見ていたが
ようやく真面目な静けさで口を開いた
クランクイン前に主役の3人にはどうしても話しておきたいと
いつも言っていたあの話だ
9.11で亡くなった友人の話をする時の監督はいつも少し感じが違う
「君たちにわかってもらえるだろうか
昨日と同じように今日もおはようと言えると思っていた友人が
突然消えてしまった時の凄まじい哀しみ…いや、そんな言葉さえ安っぽいんだけど」
若い頃から山ほど夢を語ってね
ライバルとして競い合って尚認め合い
これからアーティストとしてどんな風に生きて行こうかと
映画を通して自分たちに何ができるかと語り合ってきた友人だ
ショックで涙も出なかった
もう元のような自分にはなれないような気がしたけれど
でもそうじゃなかった
「どんなことにも意味があると思えたらね…また先が見えたんだよ」
私は今まで何度か聞いてきた監督の言葉を辿りながら
ふたりの男の反応を「被写体」として観察していた
正直言えば「素人ふたり」を扱う今回…私もかなり緊張している
手元のサングラスをいじっているスヒョンさんは
監督の顔をじーっと見つめて目元の笑みは絶やさず
ミンチョルさんは自分の唇に指を添えたまま
焦点の合わないかのような視線は硝子テーブルの光の反射を見つめている
スヒョンさんは少し俯き加減でこちらを見る時や横目で相手を見る時
コントラストを強めにした方がかえって優しさが出る
ミンチョルさんは何かの反射光が下から当たると透明感が増し
あのヒョンジュの儚い感じが出るような気がする
レフじゃ強過ぎるな…照明さんに相談しよう…などと職業病が思わずメモリー
それにしてもこの感じ…
監督の目をしっかり真っ直ぐ捕らえて聞いているウナさん
包むように優しい眼差しを向けるスヒョンさん
しっとりした影のように静かに耳を傾けるミンチョルさん
ポスター撮りの時のスタッフが
「もうこの3人以外のイメージは湧かない」と惚けたように言ってたけど…
2匹のタヌキの眼力は今のところ狂っていないように思える
「まだ土煙がそこここに立っている頃ね」
監督はとつとつと想いを続けた
現場にも近づけず何をしていいのかウロウロしているだけの私に
イギリス紳士が「何でもいいからできることをやんなさい」って声かけてきて
それがウィーバーの社長だった
彼はとても精力的で…息子さんも行方不明だったなんて
その冷静な様子からは想像もできなかったよ
彼や、死んだ友人の奥さん、息子さんの方が私より遥かに強かった
私はなくしたものばかりを追っていて
彼が残してくれたものを思い出しさえしなかったんだ
ふたりでずっと暖めていた話がノートにまとめられていて
それが今回の「抱擁」になった
彼は自分が素材になってその物語を証明してくれたのかなぁ
なんて思ったりもしている
「初めにこの話をしなかったのは、事情に同情して役を受けてもらいたくなかったからだ
作品を感じてそれで決めてほしかった
引き受けてくれてありがとう…頑張りましょう」
シン監督が立って手を差し出すと3人も立ち上がり
私たちも交えて握手を交わした
ウナさんがマネージャーと帰った後
ホテルを出たところで監督はふと思い出したように振り向いた
その視線の先にはミンチョルさんがいる
「大変ですか?ヒョンジュの役づくり」
「え?…ええ…」
「ヒョンジュを理解する必要はないよ」
「え?」
「理解を越えた何かであってほしいんだから…彼自身も意識してないんだから」
「はぁ…」
そうは言われたって難しいわよね…あれは
初め「ヒョンジュ役の役者は山に籠らせて修行させるぞぉ」なんて散々騒いでたくせに
ミンチョルさんに会ってからは一切言わなくなったタヌキ1号
よほどこの人の中に「彼」を見つけたんだろう
「君の透明感が出れば出るほどジンの人間的な成長が浮き彫りになる」
「…」
「目を閉じてたったひとつの想いだけを追い続けてくれればいいから」
「はい…」
戸惑ったように…
というか助けを求めるように視線を向けたミンチョルさんに
スヒョンさんは静かに何か言葉をかけたような気がして
そのムードにゾクリとした
後に立つ私からははっきりした表情は見えないけれど
何て言うか…見えないから尚そのしっくり感が滲み出る
この感じ
監督は「下品にならない絡みの線引き」で散々迷っていたけれど
この時、これまで打ち合わせてきた方向が間違ってないことを確信
あからさまに表現しないことがかえって空気をかもし出す
そう…照度の低い空間を高感度フィルムで焼きつけた時みたいな
ちょっとがさっとした…切なさの残る陰影
そしてソニのはっきりしたトーンのシーンと差を出したい
表情はロングよりお互いの視線を通したアップ
お互いの表情を追うお互いの視線を繰り返し入れてもいい
予定している静止画の多様もきっといい
ジンが迷うシーンは手持ちでいってみようか
頭に完璧に入っている絵コンテがあらためて色づいていく
パズルが合わさっていくように繋がっていく
人物の動きが画面の中にひとコマずつ広がる
「凄いなぁ…獲物を狙う目だなぁ…」
「うん…喰いつかれそうだ」
「ああもうっイメージ掴んでるのに!」
タヌキ1号2号はわざと冷やかすように声を上げ
帰って行くふたりに集中していた私にしっかり叱られるはめになった
「監督!さぁもう一度カメラワークの打合せしましょう!」
「うわ…やる気満々ね?」
「当たり前です!もうその暢気なふりやめて下さいってば」
「だってふざけてないと緊張で倒れそうなんだもん」
と、気弱なこと言ってる時ほど自信があるって知ってるんだけど
「どう?いけそうですか?ヒョンジュ」
「さぁどうかなぁ」
と、言いながらもその眼はキラリと光っている
ふと目を向ければ大事な”獲物”はつかず離れず並んで
光揺れる大きなけやきの陰の中を歩いて行く
私たちに凄まじい創作意欲を掻き立てさせながら
千の想い 116 ぴかろん
「失礼します、ミンチョルさんギョンビンさん、ご指名です…」
ウシクさんが通路に跪いてミンチョルさんに告げる
「そう。…ジャンスさん、今日のところはこれぐらいでよろしいでしょうか…」
「おお…十分堪能させていただきましたぞくふふん」
「有難うございます。他のリクエストはまた次回ご来店の際にお申し付けください」
「ううん…いろいろ気になる技がありますしなぁ…スヒョンさんにじっくりと解説していただいて、次回のプランを練ります」
「はい。では僕はそろそろ失礼します。ミン」
「…」
「ミン?」
「…は…はい!」
「どうした?」
「いえ…」
「行くぞ」
「はい」
僕はミンチョルさんとともに立ち上がり、ジャンスさんに一礼してボックス席を出た
兄さんはずっと僕を見送ってくれた
『ガラス大』を引っ張って行こうとしたら、イナさんが飛び出してきて、俺が仕舞っとくからと小脇の『ガラス小』ももぎ取っていった
僕は、すみませんと言って、遠慮なしに先に行く彼の後を追った
席からだいぶ離れた所で彼は急に立ち止まって振り返り「あれ、忘れてた」と通路の入り口を指差した
「あれって?」
「こう…」
彼は通路の入り口に立って両腕を上げ、実際にそのポーズをして見せた
脇から腰までのラインが美しい
彼はにっこり微笑んで、このポーズ披露するの忘れてたと言った
店のあちこちで「キャー」だの「あうっ」だのいう声が聞こえ、フラッシュも焚かれた
彼は左眉をピクリと動かしてうふふんと笑い、高く上げていた両腕をふわりと下ろして大きく回し、僕の肩に左手をかけた
またフラッシュが焚かれた
僕は恥ずかしくなり俯いて言った
「肝心のジャンスさんは見てないよ…」
「いいんだ。ミンに見せたかったんだから」
「…」
「ん?」
「僕はいつも見てるから…。でも…」
ラインが綺麗だったよと言うと、彼は満足そうに微笑んだ
*****
「イナ…僕が持って行こうか」
ギョンジンが気を遣って声をかけてくれた
「いいよ。ちっとトイレ行きたいし、ついでにテソン・スペシャル頼んでくるから…」
「そう…。ガラス…気をつけて」
「うん」
その場から離れて気持ちを整えたかった
俺はガラスの板をコロコロと押しながら厨房の扉を開けた
「テソン、ジャンス席、テソン・スペシャル頼む」
「ああ、もう準備してあるから持って行くね」
「さんきゅ」
板をコロコロ押しながら、小道具の部屋へ入り、片付ける
頭の中の映像を、一つ一つ消して行く
テジュンに絡みつくあいつ
テジュンの耳にキスするあいつ
仄暗いオレンジの火が灯るあいつの瞳
突き刺すような視線
テジュンに絡みつくあいつ
テジュンに抱きかかえられるあいつ
巻きつく腕
腕から伸びた棘の蔓
その部屋を出て深呼吸する
消えない映像が2つ3つ残る
息を吐き出して消そうとする
薄れたかと思うと突然はっきりと甦る
テジュンに絡みつくあいつ
テジュンの胸で泣くあいつ
俺の指の間にナイフを突き立てるあいつ
捩れた心を『捩れている』と曝け出せるあいつ…
テジュンが
少しずつ
盗まれている
そんな思いが強くなる
目の奥がツンと痛み、堪えていた涙が溢れそうになった
廊下側にある厨房への扉がキイッと音を立て、俺をここに引き戻す
反射的にそちらを見ると
そこに俺の好きな顔の男が微笑んで立っていた
…なんで…今…
込み上げてくる感情が抑えきれない
俺はその人に背を向けてトイレに駆け込んだ
「イナ!」
声が背中を鷲掴みにした
俺は振り返らなかった
*****
ミンチョルさんとギョンビンが席を立った後、スヒョンはまたジャンスさんにあれこれとミンチョルさんの技を解説していた
全く、なんであの人の事になるとそんなに熱いんだよ!
僕は肘掛代わりにしている…にしては位置が高いんだけど…スヒョンの膝に指先を揃えてカッツンとうちつけ、それからしょわわわぁ~と指先を開いてやった
これ、素膝にするとゾワゾワンってするんだよねー
でもズボンの上からじゃなぁ…どうなんだろう…
効果を確かめるためにチラっとスヒョンの顔を見た
「何がやりたいの?」
くそ!効いてない!
「べ…べつに…」
「そういうのやるんならさ、夜、…」
その後言いそうなことが解かったので、僕は急いでスヒョンの口に胸びれの蓋をしてやった
*****
スヒョンさんはジャンスさんに弟の技を解説していた
曰く、
ああやって手伝っているように見えるでしょ?実はあれ、主導権をギョンビンが握ってるんです。ミンチョルはギョンビンの合図で動いていますからね
あと、聞こえてらしたかどうか解かりませんが、言葉が怪しくなるとキッキッと訂正を入れる。これも彼の技なんですよ。ええ、それそれ。『狐調教』です
ふうん…そうか…弟はミンチョルさんを調教しているのか…ふぅん…
ふぅぅん…はぁぁ…
だめだ…気持ちが上を向かない
いつもの僕なら間違いなく『身悶え』している
『身悶え』は僕の得意技なのに…
なんだろう、ガッデム…
ラブがテジュンさんの傍にいるから?
確かにそれも気になるけど
そんな事じゃない…
僕はラブが誰を好きであっても構わないんだもの…それは…本当だもの…
わけのわからない不安が僕を覆い、僕はいつもの僕じゃなくなっている
ラブの行動は…全て僕のせいだ…
ええい!僕らしくない!
こんな僕、『僕』じゃない!
こんな憂鬱な『僕』、とっくに捨てたはずなのに…
そうだ
僕が弟の『兄』をしていた頃、僕はいつもこんなだった…
心配で、不安で、焦っていて、妬んでいた
嫌われたくなくて優しくしていた…
ああ…あれは『僕じゃない』と思っていたのに、イナに斬り捨てられて葬ったはずなのに…
あれはやっぱり『僕』だったんだ…
あれは『僕の一部』だったんだ…
そしてそれは今でも、僕の中に生きているんだ…
*****
蛇口を捻って顔を洗う
胸と咽がひくついている
目から涙が溢れている
全部流してしまえ
気持ちも
全部!
ばしゃばしゃと顔を洗う
なんで流れない!
なんで消せない!
なんで抑えられない!
洗面台に両手をついて、嗚咽を堪えていた
突然、後ろから肩を抱きしめられた
この人が来てくれると、俺は知っていた
こうして欲しいと願っていた
でも俺はその腕を掻き毟って離してくれと喚いた
「イナ…」
「離せよ!なんで今いるんだよ!」
「…イナ…どうしたの?」
「貴方には関係ない!」
「…テジュンか?」
「…関係…ない…」
堪えきれずに泣き喚く俺の体の向きを変え、その人の瞳が俺を覗き込んだ
俺は体を捩って避けた
「…盗られそうなの?」
盗られるもんか!テジュンはただ…優しすぎるだけで…
あいつには優しくて
俺にはちっとも優しくない!
テジュンは…テジュンは…
筋の通らないことを喚き散らしてもがいた
俺をしっかり掴んでいた腕が、ふっと離れた
真っ白い靄の中にぽーんと突き放されたような
何をしていいのか解からない、そんな感覚に陥って
俺の気持ちはすっと冷えた
その人の顔を覗き見る
柔らかな微笑みを浮べ、おいでと言っている
その胸に飛び込んで行くのはいい事なのか悪い事なのか
俺は判断できなかった
「リハビリさせてもらってるんだ、礼ぐらいさせろよ。ほら」
腕を広げて俺を待っている
でも俺は飛び込めない
テジュンが悲しむ
「テジュンが悲しむ?」
え?
「でもテジュンもお前を悲しませてるんだろ?」
…
「おいで」
動けない
「ふ…。しょうがないな…」
ふわり
包まれる
心臓が騒ぎ出す
優しく撫でる掌に
叫び声が鎮められる
心にゆっくりと地平線が描かれる
ゆっくりと…
静かに…
…
「落ち着いた?」
「…。うん…」
「よかった…」
とても…心地いい…
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