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ぴかろんの日常
リレー企画 237
千の想い 180 ぴかろん
*****
「俺達は…一歩ずつ進んで来ました。ゆっくりと…」
スヒョクは毅然とした声で話し始めた
「なによ…まだ何か教えてくれるの?」
俺は笑って口を挟んだが、スヒョクは真っ直ぐな瞳で続けた
「俺がソクさんを落としたセリフ、聞きたくないですか?」
「…。スヒョクが…落としたの?…ソクを?」
ドキリとするほど強い眼差しでスヒョクは俺を見ている
「祭の時もそのあとも、ソクさんはとても辛い状況にいて、でも苦しみから逃げてないし忘れてもいないって頑張ってた。俺にも逃げるなって励ましてくれた。けど一番奥にあった辛さには触らせないし俺にも何も教えてくれなかった」
「さっき話してくれた事か?ソクの苦しみって…」
「うん。言葉にするのも辛かったんだと思います。逃げないし忘れない…でも…ねじ伏せてる気がした」
ねじ伏せる…か…
俺はどう?
逃げて忘れようとして…それでも忘れられなくて…だから…ねじ伏せようと…してる?
「俺、ずぅっと、人と人がわかり合うなんて無理なんじゃないかとか、俺は目に見えないものに縛られて身動きできないとか考えてたんです」
「…ああ…そうかもな…」
「…境目なんてどこにも見えないのに、勝手に線引いて勝手に辛い思いをしているんです、人間って」
あちこちに飛びまわるスヒョクの話を、俺はちゃんと聞こうと思った
聞かなければいけないような気がして…
「ずぅっとそこで留まってた。出口なんかないと思ってた。それが、もっと根っこの所で話していけたら、相手と同じ目線で話し合えたらきっと変われる…諦めなければきっとできる…そう思えるようになったんです。俺がそうなれたのはソクさんのおかげなんです」
「…」
「ソクさんも一緒に諦めないってことをやってほしい、先のことはわからないけど、今はソクさんと生きていきたいって…それを伝えました…。それで俺達は一つになりました。その時、俺にはソクさんが必要でソクさんには俺が必要なんだって素直にそう思えたんです」
お前等のノロケ話かよ…と茶化してやりたかった
スヒョクの話はまだ終わっていない
時折胸にずしんと響く言葉があった
けれど、だからスヒョクが何を言いたいのか、俺はまだ理解できなかった
*****
目を閉じたままヨンナムさんはまた俯き、何度も頷いた
それから顔を上げて涙を拭い、柔らかく微笑んみながら僕を見つめた
僕はヨンナムさんが岸に上がれたと感じた
「僕は…一人ぼっちだと思いこんでたから…、僕にはたくさんの仲間がいるのに、一人だと思ってたから…」
「うん…」
「一人だけど…一人じゃないんだよね、ソクさん…」
「うん…」
「僕は恋も知らなくて…人の気持ちもあまりよく理解できなくて…」
「うん…」
「全部イナが僕に与えてくれた…」
「…うん…」
「どうしてかな…」
「イナはほんとに貴方に恋してたんだよ」
「…」
「僕にも、ギョンジンにも」
「…」
「でも短くてさ、続かないんだ、アイツのそういう恋」
「…」
「あいつの根っこを握ってるバカが大きすぎてね…。あるでしょ?誰にでもさ、『あああの子可愛いな、この子も可愛いな』そんな軽い浮気心」
「…酷いな、僕達は浮気の対象?」
「本人はそう思ってないだろうけどね」
「…」
「それでもいいんだよ。僕はイナに出会えてよかったと思ってる。ヨンナムさんは?」
「ええ…本当に…よかったと思います…」
「…イナはきっと貴方の傍にいてくれる、これからもずっと…。だけど」
「わかってます…。恋人じゃない…わかってる…」
「ん…」
「ソクさん…ありがとう…。スヒョク君がイナを連れて配達に行ったのも、あれ、わざとなんでしょ?夕べ二人で打ち合わせたんですか?」
「ううん。なぁんにも」
「…」
「それだけ僕達、心が繋がりあってるって事」
「…そ…参ったな…」
「貴方にも見つかりますよ、そういう人が…必ず…」
「だといいけど…」
「「ふふふ…」」
僕達は同じ顔で同じように微笑みあった
*****
「イナさん…俺、今、とても幸せです。それから…ラブも幸せです」
「…だろうな、ギョンジンにもテジュンにも愛されてる。それが?」
「ラブにはギョンジンさんだけです!」
「…」
「ラブのテジュンさんに対する気持ちは…イナさんなら解るはずだよ」
「は?」
「とにかく、ラブも俺も幸せになれたんです」
「だから?!」
ラブの名前を聞いて、俺はいらついた
ほんの少し声を荒げた
「俺達がどうして幸せになれたか解りますか?」
「知らねぇ」
「ギョンジンさんとソクさんに出会えたからです」
「…お前の言いたい事が何なのか、俺にはさっぱり解んねぇ!」
「貴方が!…閉じこもってたあの人達を、殻の中から引っ張り出して前向かせて、スタートラインに着けてくれたから…だから俺達はあの人達に出会えたんです!そのきっかけ貴方がくれたんです!だからラブも俺も今、幸せなんですイナさん!」
「…」
「俺、ヨンナムさんもそうだと思います。イナさんの話聞いて確信しました。ヨンナムさんもソクさんやギョンジンさんと同じように心を閉ざしてた。貴方が解した。イナさんの仕事はそこまでだ。きっとヨンナムさんは自分にぴったりの人と巡り会えるはずです!俺、俺は、そう思います」
スヒョクは目に涙を溜めて俺に訴えた
俺は溜息をついて俯いた
「なぁ…スヒョク…。昨日も言ったろ?俺は自分のしたいようにしただけだって。それにな…ソクやギョンジンを引きずり出した時ってさ、俺の傍にはテジュンが居たんだよな…」
「え…」
「俺にはテジュンが居て、ソクの傍にはお前が居て、ギョンジンにはラブが居た。確かにヨンナムさん引きずり出した時もテジュンは俺の傍に居てくれた…。そんでな、ギョンジンの真似して、ヨンナムさんを抱えた俺ごと引き受けるなんて言ったんだ」
「…」
「嬉しかった。ヨンナムさんは一人で悩みや苦しみを抱え込んできた人だからさ、力になりたかったんだ、俺。テジュンが俺の後ろで踏ん張ってくれてるから俺は…そう…ソクやギョンジンの時みたいに安心してヨンナムさんを甘えさせてやれると思ってた…でもな…」
「…」
「テジュン…無理してたんだ。俺はテジュンとヨンナムさんの関係がよくなって欲しいと思ってさ…ちょっと頑張ったんだけど…二人とも好きだから…。でも二人の複雑な気持ち、俺、ちゃんと解ってなかったんだよな。余計ややこしくしちゃった…。テジュン、今までにないぐらい苦しんでた。傍にいてよく解った。そんなテジュン見てるの辛くてたまんなかった。今は俺の傍にテジュンがいない。ヨンナムさんの傍にも俺以外誰もいない…だろ?」
「それでイナさんはヨンナムさんを選んだの?テジュンさんを諦めちゃったの?大好きなくせに…一緒にいたいくせに…手を離しちゃったの?」
スヒョクは顔をくしゃくしゃにして泣き出した
「お前が泣くなよ…バカだな。俺はソクやお前みたいに強くないから…踏ん張ることも待ち続けることもできなかった…俺はそういう人間なんだ…それだけ…」
「違う!違います!イナさんは…イナさんはっ」
スヒョクは叫んで顔を覆った
「…ごめんなさい…何をどう言えばいいのかわかんなくて…ごめんなさい…」
スヒョクの気持ちが有難かった
自分達だけの秘密を話してくれたのは、それだけ俺を気にかけてくれたってことだろう
ヨンナムさんの笑顔
無邪気で可愛らしい仕種
俺に甘えて、俺に全てを預けようとしているあの人をとても愛しいと思う
そして俺は、消そうとしても埋めようとしてもなくならない想いがある事をはっきりと認めた
二つに別れた道の前で俺は立ち止まる
どちらに行くか、もう決まっている
立ち止まっているのは未練があるからだ
泣き止まないスヒョクの横で、俺は目を閉じていた
心に浮んだ想いが流れていくように
俺は扉を開けてその場所にいた
囚われないように
目を閉じて
ふわふわとその想いが俺の心から離れて行くのを待っていた
千の想い 181 ぴかろん
*****
イナさんは日が傾きかけるまで動こうとしなかった
俺はとうに泣き止んでいた
「…そろそろ店に行く時間ですけど…」
「んあ…。行こうか」
イナさんは目を開けて俺を見た
「イナさんが本当に好きなのは…」
俺を遮ってイナさんは言った
「行こう」
「イナさん!」
「その話はもう終わり」
「…」
「もう少し…時間くれ。今うまく説明できない…」
「…」
俺達は立ち上がってトラックの方に向かった
「俺、ソクさん迎えに一度ヨンナムさんちに戻りますけど、イナさんどうします?」
「ああ…そうだな、適当なとこで降ろしてよ。店まで走ってく」
「…道、解るんですか?」
「んだから『適当なトコ』っちったろ?俺が解りそうな場所まで乗っけてってよ」
「…はい…」
ここからなら大丈夫だと言うところまでイナさんを乗せて行った
道の端に車を寄せ、降りようとするイナさんに俺はもう一度言った
「やっぱりイナさんらしくない。自分に嘘つくの一番キライなんじゃないの?」
「…」
「残りの人生ずっと嘘ついて生きていくの?後悔し続けて腐っちゃうの?」
「…俺が原因でこんな風になったんだぜ…」
「絶対おかしい、三人とも後悔する!絶対…」
「スヒョク…ありがとな、心配してくれて…。でもさ、俺が傍にいてヨンナムさんが嬉しそうに笑ってくれるなら…ヨンナムさんが毎日楽しく過ごせるなら…それでいいかなって思う。俺でも人の役に立てるってことだろ?」
「そんなの…」
「お前ならほっとけるか?」
「…」
「一人ぼっちにさせたくないんだ…俺、ずっと傍にいるって約束したんだ…」
「…イナさん…」
「結局さ、俺って…幸せに慣れてないんだよな…やっぱし…」
「…」
「んじゃ、店で。サンキュ」
「イナさ…」
くるりと背を向け、片手を上げてイナさんは走り出した
俺は溜息をついてヨンナムさんの家に向かった
*****
「ソクさん」
「はい」
「すぐにできるかどうか解んないけど…いや、やっぱりすぐにしなくちゃいけないんだよね」
「ん?」
「早く…戻らせてやらなきゃ…」
「…」
「でないと僕、また…」
「ちょっとテジュンの部屋に行きませんか?」
「え?」
僕はヨンナムさんを引っ張って、勝手に同じ顔の一番ややこしい奴の部屋に入った
いいだろ?テジュン。同じ顔のよしみだ
「くぁーくせっ!窓も開けてないからなぁ…」
カラカラと窓を開け、風を通した
部屋の真ん中に吊るしてある可愛らしいモビールがくるくると回った
「うわっ!似合わないっ!ねぇヨンナムさん、こんな可愛らしいの、あのバカには似合わないですよね?」
「…僕に似合いそうだな…」
「…」
「え?似合わないですか?僕に…」
「これは…イナのでしょ?」
「え…あ…」
もし僕達が三兄弟だとしたら…今、一番充実して安定感と落ち着きのある僕が長男だよな?スヒョク
そして、今はしっちゃかめっちゃかだけど、とりあえずイナを包み込もうと努力したテジュンが次男
んでこの…口に手をあててぽやぽやしてるコドモなヨンナムさんは…三男だ…
「そのポーズ、イナの受け売りですか?」
「え?は?」
「そういうポーズ、よくするでしょ?イナ」
「…あ?え?」
「…。いいですもう…」
僕は昨日の夜、こっそりとこの部屋に入った
店でギョンジンから預かったものを置きに来たのだ
キャビネットの上に無造作に置いてある物の後ろに隠しておいたそれを取り出し、ヨンナムさんに渡した
「…あ…」
「幸せそうでしょ?」
「…はい…」
「これがホントのイナの笑顔だと、僕は思います」
「…はい…」
「ついでに言うと、これがホントのテジュンの笑顔ね」
「…初めて見た…テジュンの…こんな顔…」
ヨンナムさんは、ギョンジンとラブ、テジュンとイナの4人が写ったその写真に見入っていた
本来はこうなんです!とギョンジンはキラキラした顔で僕に言った
『なんで今頃この写真?』
『あははぁ…現像するの忘れてて…』
『愛に忙しくて?』
『愛に忙しくて…』
『わざとだろ』
『そうかも』
『食えない奴』
『食われたくないです、その顔には』
『僕も食いたくない、キミは』
『…焼き増しはずぅっと前にできてたんだけど、渡すの忘れてたんです。マンションの部屋でこれ見つけてね…』
シンプルなフォトスタンドに入った写真を愛おしそうに撫でているギョンジンを、いい男だなと思った
「ただいまぁ~ソクさぁん、準備できてますかぁ?このまま店に行きまぁす。ヨンナムさぁん、casaと『オールイン』とBHCの水、運んでくださぁぁい!おーいおーい、どこ行ったんですかぁ」
階下で叫ぶ声がした
スヒョクが帰ってきて、すぐに出て行くつもりのようだ
僕はヨンナムさんの肩を叩いて、先に下に行きますと言った
ヨンナムさんは、フォトスタンドを大事そうにキャビネットに戻して、僕も一緒に…と言って僕を追い抜かして階段を駆け下りた
*****
早めに店に着いた
走ったので汗をかいた
店の中ではいつものように、イヌ先生とウシクの特訓が行なわれている
その二人を、綺麗な男が微笑んで見つめている
何も知らない可哀想なギョンジンだ…
チラリと見ただけなのに、ギョンジンと目が合ってしまった
俺はできるだけ自然に笑いながらヤツから目を背けて控え室に向かった
シャワールームに飛び込み、湯を浴びる
体を洗う
何も考えずに…
何も考えずに、ただ、すべきことをする
それでもいいだろ?
俺がしなきゃなんないのは、ヨンナムさんの傍にいる事なんだからさ、スヒョク…
シャワールームから出て、腰にバスタオルを巻く
鏡の前で髪を乾かす
『ラブのテジュンさんに対する気持ちは…イナさんなら解るはずだよ』
あの一言だけが解らなかった
俺がテジュンを思う気持ちと同じって意味?
でもスヒョクは、『ラブはギョンジンを愛してるんだ』って力説してたしな…
どういう意味だろう
どうして俺なら解るんだろう、あんな…色気小僧の…
*****
練習が終わったので僕は急いでシャワーを浴びようと思った
今日の練習はいつもよりキツかった
ギョンジンさんが見学してたからだろう
センセったらさ、カッコつけちゃってさ、指先だのつま先だののチェックが物凄く細かかったもんフンっ
脱衣室に飛び込んで服を脱ぎ、シャワールームに向かうと、鏡の前でぼんやり髪を乾かしているイナさんを見つけた
僕はその後姿を見つめた
む
なんでこんなにウエストが締まってるんだろう…
僕は無意識にイナさんのウエストを触っていた
「あぅひっ!…う…ウシク…なっ…やめ…っひゃははは」
「なんで皮しかつかめないの?」
「え?あはひっいたっ!」
「なんれ脂肪がつかめないの?(;_;)」
「え?え…なによ…」
「ちゅかめてもこんらけ…(;_;)」
「は?」
僕はイナさんの手を掴み、僕のお腹周りをムリヤリ掴ませた
「ひいい…ウシクっ…どどどうしたんだよっ…そういう事はイヌ先生にっ…」
「なんせんち?」
「は?」
「僕の脇腹なんせんち?(;_;)」
「…そ…それは…」
「ろーしてイナしゃんの脇腹はこんなに薄いの?(;_;)」
「…あの…」
「ぐすぐすぐし…」
「う…ウシク?」
「ぐしっ。まぁいいや、へへん」
僕は、『僕は僕、イナさんはイナさんだ』と即座にプラス思考になり、シャワーを浴びに行った
それにしても今日の練習は精神的にも疲れた
気持ちが疲れると接客にも影響する
そういう時はシャワー後のどーなつだ!るん♪
そそくさとシャワーを浴び終えてロッカールームに戻ろうとした
「なん…」
「…なんでも言…」
「…んな…い…」
ガタンガタン
どどど…どうしたんだっ!何か事件か?!
僕は静かに、少ぉしだけ扉を開けてロッカールームを覗いた
*****
ロッカーを開けて気付いた
真っ直ぐここに来たのでスーツも下着も持ってきてない
くそ
このままで衣裳部屋に移動か…
廊下に出ようと扉を開けた時、やあ、と片手を上げてギョンジンが入ってきた
「なにその色っぽい格好…じゅるるる」
「…衣装とってくるの忘れた…」
「僕が取ってこようか?」
「いい」
係わりたくなかった
余計な事を言ってしまいそうだから…
俺は奴を振り切って廊下に出ようとしたが、ギョンジンは俺の肩を押し、ロッカールームに押し戻した
「…なに…」
「イナ」
肩を押した手を置いたまま、ギョンジンが俺の顔を覗き込んだ
「…なんだよ、俺、服取りに」
もう一度奴を振り切って逃げようとしたが、奴はヒラリと身を翻して俺の肩を後ろから抱きしめた
千の想い 182 ぴかろん
「何!」
「言いたい事があるなら言って」
「…な…」
言いたい事は言っちゃいけない事なんだ
何も知らないで幸せそうな顔をしているこいつには絶対知らせちゃいけないんだ
俺はもがいて奴から逃れようとした
「何でも言って…一人で溜め込むなよ…」
「…んな…何にもないよ!離せよ気持ち悪い!」
もがけばもがくほど、奴は俺を強く抱きしめた
そして俺の首筋にそっと唇で触れた
「なっ…やめ」
驚いて振り向いた俺の顎を掴み、奴は俺にキスをした
面食らって動けなくなった俺は、次第に深くなるギョンジンのキスに身を任せた
ふと唇を離し、俺を見つめるギョンジンの瞳を見て俺は悟った
それから俺は体の向きを変え、奴の首に巻きついてさっきより深いキスをした
ギョンジンも俺もお互いの顔を見つめながらキスしていた
くすっと笑って奴が唇を離した
俺も同じように笑った
「いいよね…これぐらいはさ…」
「俺はいいけど…お前はどうなのよ…知らねぇぞ…」
「…ふ…。これぐらいのお楽しみがなきゃ…」
「…悪い野郎だな…」
「…僕だって…バランス…取れないじゃん…」
「…ばか…何泣いてるんだよお前…」
「…」
俯いて、声も立てずに泣いているギョンジンの頭を抱きしめ、そっと撫でてやった
*****
どどど…どうなってるの?!(@_@;)
ううう…うわきっ?うわきっ?(@_@;)
ななな…なんでこんなとこでっ(@_@;)
つつつ…つまりぼくはもくげきしゃ?(@_@;)
なんでイナさんとギョンジンがあんな濃くてイロッペーはむはむを?!
どゆことどゆこと?
…しょれにしてもイナさんの背中って贅肉がない…
ギョンジンに抱きしめられてもなんかこう…腕がぐりぃっと一周半ぐらいしそうな…
僕だったらきっと…半周(;_;)
はっ!それよりっ!僕の『どうなつ』タイムがっ(@_@;)
もも、もうじき先生が来るはずらっ(@_@;)
先生にみつからないように『どうなつ』を食べようと思ってたのにっ(@_@;)
ひんほんへん…どうしよう…
咳払いなんかしながら入って行こうかしらん…へんほほん…
そうだ、そうしよう…
この二人だって僕以外の人に見られるとまずいだろう
とくにチョンマン・シチュン・テプンの三人に知れたら噂は瞬く間にひろがり、今夜の店は戦争になる(@_@;)
ラブ様が大魔神になって店を破壊するかもしれないしっひんっ
「げへっげへへん、どうなつたべよぉーっとぉ♪」
僕はわざとらしく咳払いしたあと、大きな声でそう叫んでドアを勢いよく開けた
「何を食べるって?!」
「…え?」
「どういうことだい?ウシク!きみは本当にニホンに行ってしまう気なのかい?!」
「え」
「韓国にも相撲はあるけど、そうかい、そんなに太りたいならニホンに行って存分に相撲をとってくればいい!」
「ええっ…どうして先生が…」
「ロッカーを点検します!」
「ええんああんだめぇ!だめぇぇせんせぇぇっ(;_;)」
「点検しますっ!」
「どしたんだよウシク」
「い…イナさ…ん…あ…れ?」
いつの間にかギョンジンは消え、イヌ先生が怖い顔をして僕を睨んでいた
あれ?あれあれ?僕、精神的に参っていて幻覚を見たのかな?
としたら…イナさんと色っぽいキスをしていたのはもしかしてセンセイ…
「ひどいっ(;_;)センセイっひどいよっ(;_;)」
「何が酷いんだ!僕に隠れてドーナツを」
「あうえう隠れてぼくにひどいいなさんとうわきをあうえうあう」
泣き喚く僕を見て、イナさんは唇をそっと押さえた
やっぱり!せんせいとキスを!
カチャ☆
「イナ、これでどうよ」
ギョンジンがスーツやら下着やらを持ってロッカールームに入ってきた
イナさんは、あっえっうんそれでいい…とか返事しながらその服を受け取り、着始めた
着替えを手伝うギョンジンの、イナさんを見る目が優しかった
それで僕は幻覚を見たのではないと解った
「ウシク!どういうことなんだ!このドーナツの買い置きはなんなんだっ!」
「…ああ…うん…先生にあげるよ…」
「…は?」
「…僕も着替える…」
「…あの…ウシク?一個ぐらいならその…食べてもいいよ」
「…いい…」
「う…ウシク?ウシク?」
僕は、ギョンジンとイナさんのキスの意味を考えた
解らないまま、黙っていようと思った
それから事務室に買い置きのドーナツを全て持って行って、みんなのオヤツにしてくださいと先生に言った
先生は厨房にそれを持って行き、ジャスミンティーを淹れて帰ってきた
ドーナツを一つ僕の口元に差し出して、あーん…と言った
「いいよ…食べない…」
「一個ならいい」
「いいよ…」
「僕の前でならいい」
「…」
「あーん」
先生がしつこいので、あーんと大口を開けてドーナツを食べた
なんで…ギョンジンとイナさんがキスするの?
なんでこんな、ややこしくなってるの?
モグモグと口を動かしていたら、なぜだか涙が流れた
仲良くやってってほしいのに、このところ店のあちこちで寂しそうな顔が見える
みんな何も言わないけど、何でも言い合えればいいのにな…
「そんなに美味しい?解ったよ。練習後の一個は許すよウシク」
「せんせ…」
「あ♪シュガーだっ♪」
先生は僕の涙を誤解したまま、嬉しそうに僕の唇のシュガーに吸い付いた
セピアの残像 4 れいんさん
彼は怒りを吐き出し
欲望のままに僕を抱いた
そうさせたのは僕…
彼の瞳に哀しみを見た
狂おしく僕を求める瞳の奥は
哀しい色を帯びていた
それほどに追い込んだのは僕…
一方的な行為の合間に
途切れ途切れに聴こえてくる
彼の声はどこか切なく
それはむせび泣く嗚咽にも聴こえた
僕はもう抗う事を止め、この身体を彼に与えた
これが終わったら
どれほど彼は苦しむだろう
そう思うと
身体の痛みよりずっと、心が痛いと感じた
激情の波に揺らされているその瞬間
身体と切り離されているように
脳裏に浮かぶ別の事
それはガラス越しの涙に歪むホンヨンであったり
ウンスさんや罪のない子どもたちであったり…
ずっと目を背けてきたそれらの事
傷つけてきたそれらの人達
その代償が今、僕に突きつけられていた
汗ばんだ背中はまだ
荒い息遣いに波打っていた
重ねた身体は微量に汗を含んでいる
スハの体温がじんわりと肌に伝わってくる
こんなに近くにいるのに
こんなに温かいと感じるのに
なぜだかとても遠く感じる
スハは虚ろな目をしていた
その人形のような目を見ていると
身体の芯に残る余韻とは裏腹に
苦い想いが渦を巻く
気だるさの残る身体を
ゆっくりとスハから離しても
スハは身体を強張らせたまま動かない
月あかりは愛しい人の横顔を照らしていた
その横顔がとても寂しげで
冷たい床に身を横たえていると
虚しさだけがこみ上げてきた
スハは僕を責める事も詰る事もしなかった
もう僕にはそんな価値もないのだろうか
せめてそうしてくれたなら
僕は救われるのかもしれない
今の気持をどう伝えればいいのか
壊れゆく何かを繋ぎ止める術を
必死に探そうとするけれど
それはどんなに探しても見つからず
欲望は満たされても
心は何も満たされないと知った
スハは瞬きもせず、心をどこかに忘れたように
ぼんやりと天を仰いでいた
何を想ってそうしているのか
その表情からは何も読み取る事はできない
僕は着ていたシャツを脱ぎ
スハの身体をそっと包んだ
そして汗ばんでいるスハの髪を何度も何度も梳き
取り返す事のできない罪を詫びた
…すまなかった…
こんなつもりじゃなかった…
好きなんだよ、おまえが…
どうしようもないくらい…
不安で堪らなくて…失うんじゃないかと…だから…
許してくれ…
傷つけたくはなかった
おまえの気持ちが離れていくのが怖くて
おまえが別の誰かを想っているのが耐えられなくて
僕の傍にいてほしくて…ただそれだけだった
何とか言ってくれ…
お願いだから…
こんな陳腐な言葉しか言えない自分がもどかしく
横たわるスハの肩に額を擦りつけ、僕は懺悔を繰り返した
そうやって僕は、指の隙間から零れ落ちていくものを
必死に拾い集めようとしていたのかもしれない
その時スハが口を開いた
僕は憂いを含んだその瞳を見つめながら
審判が下されるのを待った
謝るのは僕の方です
辛そうなあなたを見るのは僕もとても辛い…
テジンさん、僕の話を聞いてくれますか?
僕がずっと考えていた事…
そう言ってスハは語り始めた
僕は…ずっと貴方と一緒にいたいと思っていました
あなたを愛してしまったから
僕にはそれしか見えてなかった
いえ、見ようとしなかったのですね
その為にどれだけの人を傷つけたでしょう
僕は今その事ばかり考えている
テジンさん
僕たちは木を見て森を見ていなかった
そうは思いませんか?
僕達の幸せは、誰かの不幸の上に成り立っている
仕方ないじゃないかと
よくある事じゃないかと
割り切れたならどんなに楽でしょうね
僕はずっと自分の中に潜む傲慢さが許せなかった
あなたを取り巻く環境に不安を覚え
あなたの過去に畏れを抱き
あなたの大切な幼い息子さんにまで嫉妬していた
そのくせ僕は自分が守らなければいけないものは放棄して…
優しさや愛
善悪とは何かを教える教師でもある僕が
実はそんな人間なんです
そんな僕には誰かに何かを説く資格などありません
スハは苦渋を浮かべ声を詰まらせた
その頬を涙が伝い落ちる
それを拭い僕は言った
僕を好きでいてくれるのなら
何も考えずに僕の傍にいてほしい
今まであったどんな事も
いつだって一緒に乗り越えてきただろう?
喜びも苦しみも分け合って生きていこうと決めただろう?
今度も…きっとうまくいく
そう思ってはくれないか?
スハは力なく首を横に振った
好きだから…あなたが好きだから余計苦しいんです
僕はもう…あなたを好きでいる事に疲れました
夢から醒める時が来たのだと
そんな気がしてならないんです
全ての感情が一点に集中した
長い時間をかけて育んだものが無に帰す
そんな予感に心は乱れ、息が苦しくなる
「…それは…彼女の事が原因か?」
「違います…ホンヨンの事だけじゃなくて…」
「彼女と再会してから…スハは塞ぎこむようになった」
「僕は…本当はずっと前から苦しかった…ホンヨンの事はひとつのきっかけに過ぎない」
「ずっと前から?」
「そう…」
「僕を好きでいるのは…そんなにも辛い?」
「僕は父親を知らない僕の子ども達に父親だの家族だの、偽善者ぶって…
あげく僕はあなたの息子さんから父親を奪う存在になっていた」
「しかしそれは…」
「あなたは何も気づいていない…大切なものがある事を」
「息子の事なら」
「いえ…息子さんへの気持ちなら僕にも良くわかります。あなたは息子さんの事もずっと大切にし続ける。僕の事も愛してくれる」
「それならいったい何が」
「ウンスさん…」
「…ウンス?」
「そう…ウンスさんはあなたの事をずっと見守り続けている」
「ウンスの事なら…そのいきさつはよく知っているだろう?ウンスは僕に兄を重ねて…義姉として僕を」
「違います」
「え?」
「…ウンスさんは…あなたを愛しています」
「な…」
「お兄さんの面影ではなく、義姉としてではなく…あなた自身を…ずっと前から」
「そんな…」
「僕はそれを知っててずっと黙ってました
ウンスさんに口止めされたからではなくそれを言うのが怖かったから」
「でも…だからといって…仮にそれが事実だったとしても…僕は…」
「揺れませんか?それを聞いても」
「…」
「ウンスさんがあなたにそれを打ち明ける事はないでしょう。なぜだか分かりますか?」
「それは…ウンスには…本当にすまないと思ってる…でも…でももう…」
「本当にそうでしょうか…ずっと僕は…あなたの傍にいるのがこの僕で本当にいいのだろうかと…そう思っていました」
「スハ…」
「ホストなんて職業も…ふふ…僕には全然似合わないでしょう?
僕は目いっぱい背伸びして…無理をして…それでもあなたの傍にいたかったのかもしれません」
スハの話を聞いているのは辛かった
その続きを聞くのはもっと辛かった
僕はスハを抱き上げベッドまで運んだ
スハの冷えきった身体をベッドに横たえ、暖かい上掛けをそっとかけた
スハはその間もずっとうわ言を言うように話し続けていた
ねえ、テジンさん
僕達今まで何をしてたんでしょうね
進んだつもりで一歩も前に進んでいなかった
ねえテジンさん
部屋の模様替えをした時ってどんな気分です?
最初は目新しくてうきうきして
いい事が起きるような気がして毎日が新鮮で…
でもしばらく経つと
やっぱり不便だと気づいて
もとの使い勝手のいい形に戻したりする
ねえテジンさん、僕達もそれと同じなんでしょうか
ねえテジンさん…
テジンさん…
溢れる涙をスハに見られないようそっと拭った
ひたひたと忍び寄るものの正体を確かめるのが怖かった
僕はスハの傍に腰掛けずっと髪を撫で続けた
そうしていないとスハが消えてなくなりそうな気がしたから
しばらくそうしているとスハの声は次第に小さくなり
瞼は閉じられ、形の良い唇からは寝息が聴こえ始めた
僕はずっと愛しい人の寝顔を見続け、そして優しく口づけた
スハ…
今夜は眠って…
明日…そう明日…落ち着いてまた話し合おう…
大丈夫…明日になれば何もかもきっとうまくいく
僕達は絶対に離れたりしない…そうだろう?
愛してるよスハ…愛してる…
誰よりも…
眠るつもりはなかったのに
明け方になってうとうとしてしまったらしい
はっと気づいた時には、窓の外は白んでいた
床に座ったままベッドに凭れ眠ってしまった僕の肩には
スハにかけてあげたはずの、上掛けがかけられていた
ベッドにはスハの姿はなかった
ベッドの上に一枚の手紙が残っていた
『幸せな夢をありがとう』
美しい文字で書かれた僕宛の手紙…
どこを探しても
もうこの家の中にスハはいないのだと悟った
人は本当に哀しい時、声をあげて泣くのだろうか
大切なものは失って初めてその大きさに気づくのだろうか
僕はまだ、涙を流して泣けるほど
その喪失感を、現実のものとして受け止める事ができず
誰もいないベッドをただ呆然と見つめているだけだった
千の想い 183 ぴかろん
*****
「なぁんでシャツがないのよ」
「いいじゃん、ズボンにサスペンダーついてるでしょ?」
「お前、頭に毒花咲いてる?サスペンダーがシャツの代わりになるのかよっ!」
「あはん。素肌にサスペンダーでジャケット羽織ってごらんよぉ~きぃっ。色っぽいっ」
「…こーゆーのはラ…」
ラブが似合うと言おうとして言葉を止めた
数秒黙ってから俺は口を開いた
「…知ってたのか…」
「隠そうとしてたの?」
「…その方がいいだろうと思って…。大丈夫なのか?お前…」
「大丈夫じゃないけど大丈夫だよ」
ギョンジンは柔らかな微笑みを見せた
「そのまま受け入れた」
「…」
「あの子はあの子だからね」
「…裏切りじゃねぇの?」
「違うよ。あの子自身納得してやったことだから」
「…なんでさっき俺にキス…」
「僕の嫉妬心は僕自身でなんとかしなきゃね」
「…。ヤな気持ちぶつけるのは俺なの?」
「…ん…」
「酷い男だ!」
「…んふ…。やっぱりお前に頼っちゃうんだよね…んふふ」
『貴方に頼ってたじゃないですか…ギョンジンさんだって…』
スヒョクの言葉を思い出した
「女王様に言いつけてやろうか」
「だめっ!何されるかわかんないっ!」
「…よくこれだけで耐えられるな、お前…」
「うん」
「…寝たんだぞ、あいつら」
「勿論ヤだけど、でもいい。ラブは僕のとこに帰ってきたもん」
「…」
「ラブが僕の傍に居てくれるだけでいい。嫉妬なんかしないようになりたいな…まだまだだけど…」
「俺にはできない」
「なんで?」
「やだから…」
「取るに足らない事だぞ」
「嫉妬してるくせによく言うよ」
「そりゃあするよ」
「…それで取るに足らない事って言えるの?」
「うん」
「…わっかんねぇの…」
「お前だってそうだと思うよ、イナ…。傍にあのクソジジイが居てくれるだけで、それだけでホントは幸せなんだよ…全てが思い通りになんて行くはずないから…」
「…」
「幸せの瞬間をたっぷり味わう。イヤな感情は一瞬感じればいい」
「そんな風に思ってるなら、俺にキスする必要なかったんじゃないの?」
「拘るなぁ…。僕は今のキスで、お前と僕のモヤモヤしてた感情を昇華させたつもりなんだけどな」
「え?」
「拘らなくてもいい。取るに足らない事だ」
「…」
「拘りたいモノは他にあるでしょ?ん?」
「…ギョンジン…」
「僕が拘りたいのはラブだけ」
「…。シャツ、取ってきてくれ」
「え?」
「これじゃ寒いから…」
「…ふ…はいはい」
おせっかいな野郎
スヒョクもギョンジンも…
俺はギョンジンを追い出した後、項垂れて唇を噛みしめた
*****
イナのためのシャツを選んで衣裳部屋から出てくると、ダーリンが出勤してきた
僕達は微笑み合い、ハグをした
「なぁに?これ」
「ん?イナに頼まれたの、取ってきてって」
「ふぅん…。フリフリついてる…アンタの趣味?」
「キヒっ。イナがこーゆーの着たら面白いかと思ってケヒっ」
「…。どうだった?」
「ん…まぁ…ぼちぼちだね。そっちはどう?」
「…んー、わかんなかった…。ギンちゃんと一日張ってたけど、会社から一歩も出ず」
「ジジイだからなぁ…。ところでホントにミンギ君と一緒だったの?」
「…なによ…疑うの?」
「…」
「なによ!」
「…うふ…」
ダーリンと僕は昨日の夜、あの、4人で行ったねずみーしーの写真を見てあれこれ話し合った
焼き増したうちの一枚を、ヨンナムさんちに帰るというソクさんにテジュンさんの部屋届けてくれるよう頼んだ(余談だが三人とも同じ顔でややこしい)
そして僕がイナのケアを、ダーリンがテジュンさんの見張りをする事になった
イナさんのケアは俺がしたいんだけどな…と爪を噛みながらダーリンは呟いたけど、今はどうしたってケンカになるでしょ?と言うと、コクンと頷いた
イナにキスするつもりはなかった
けれどイナの顔を見たら、抑えていた嫉妬心が湧き上がってきた
イナに甘えているのかもしれないな…僕はやっぱりイナが好きなのかな…そんな風に考えながら、イナの顔を見つめてキスをした
イナといると素直になれる
それは条件反射なのだろうか
涙が溢れてきた
だってホントはイヤだったんだもん…イナもそうだろ?なんでだよって思うよね?
ダーリンが僕の傍にいてくれて、僕を愛してくれている事は本当に嬉しいと思う
ダーリンが自分の思い通りに行動できた事も、僕は嬉しいと思う
でも…やっぱり悔しいしイヤだったんだもん
イナが頭を撫でてくれた
僕の嫉妬は散らされた
イナも、これで、気持ちを治めて欲しい
あの笑顔を取り戻して欲しい
テジュンさんとイナの、二人の笑顔を取り戻したい
ダーリンの気持ちも同じだと思う
ただダーリンは、やり方が過激なだけなんだ…
しょうがない、そんなダーリンに僕はぞっこんなんだからな…
千の想い 184 ぴかろん
シャツを渡しに控え室に行った
イナはムッとした顔でそのシャツを却下した
僕はもう一度衣裳部屋に行って、シンプルな白いシャツを持って行った
つまらない…袖を通してくれるだけでいいのに…
「最初からそういうの持って来いよ」
「…なんだよぉ人をこき使って」
「ギョンジン」
「なんだよぉぉぉ」
「…サンキュな…いつも…」
「…」
僕のハートはちょっとキュンとなった
「お前ってさ、ほんとに凄い奴だ。どうしたらお前みたいになれるんだ?なんだってあんな浮気者の色気小僧を受け入れられるんだよ」
「僕は…真似してるだけだ」
「誰の?」
「…テジュンさんの…」
「…え?…」
「祭の時、僕がお前に纏わりついてただろ?あの時のテジュンさんは、僕込みのお前を包み込んでた」
「…え…」
「かっこよかったな。僕もそうなりたいと思った」
それはホントだよ、イナ
「だからあの時のテジュンさんがお手本。なのに今はちょっとアレだね…見失ってる」
「…」
「お前もさ、いい加減戻れよ…」
「…ばか…」
「無理すんなよ。…ジジイの浮気癖に腹が立つなら、僕と濃厚なキスしてヤな気持ち流しちまえよ、な?」
「そういうんじゃねえんだ」
「じゃ、何」
「俺はヨンナムさんの傍にいるって約束した」
「…」
「だから、頼むな、テジュンの事」
「イナ」
「テジュン抱えたラブを抱きしめてやってくれよな…」
「イナ!やだよ!冗談じゃない!あんなクソジジイ抱えられるの、お前しかいないんだぞ」
「テジュンは俺の手には余る」
「何言ってるのさ!」
「俺は!」
「…」
「ヨンナムさんの手を取ったんだ!そう決めたんだ」
「誤魔化すのか?自分を」
「放り出せるか?俺を頼ってくれる人を!」
「…イナ…」
「それに俺、ヨンナムさんのこと、好きだから…」
「…」
イナは大人っぽい笑い方をして、ロッカールームから出て行った
僕は、そんなイナを見たくなかった
*****
その日の営業中はラブが目に入っても気持ちは乱れなかった
多分ギョンジンとのキスのせいだろう
お客様に、イナちゃんこの頃クールよね、なんて言われてリアクションに困った
店が終わり、ヨンナムさんちに帰るというソクとスヒョクのコンビと一緒にトラックに乗った
また一緒に荷台に乗ろうとするスヒョクに、今日は一日中顔つき合わせてお前に飽きたから、乗ってもらうならソクがいいと言ってやった
スヒョクはムッとした顔でソクのところに行った
そして嬉しそうな顔をしたソクがやってきた
…スヒョクったらよぉ…冗談なのに…
「なんだ?僕に抱きしめてほしいのか?」
「…ほんとに伝えやがった…バカだなぁスヒョクは…」
「なんだよ、抱きしめてほしくて僕を呼んだんだろ?久しぶりに電撃キスしてやろうか。車走らせながらだとスリリングでかなりビリビリするぞぉ♪」
「やめろよ口だけセクハラ怪人」
「…」
「冗談だよ、俺一人で荷台に乗るから、お前は恋しいスヒョクの隣に乗ってやれよ」
「あぅん、スヒョクに『乗る』だって?」
「だからやめろよ口だけセクハラ怪人!」
「…スヒョクに何か聞いたのか?」
「たんまりな!」
「…」
ソクはオズオズと運転席に行き、乗り込んでいるスヒョクを引きずり出してそこに座った
スヒョクは俺にペコリと頭を下げ、助手席に回った
俺は一人で荷台に乗り、カバーを被って発車を待った
星がきれいだな
俺を見守ってくれよな…
*****
夕方ソクさんに見せてもらった4人の写真をもう一度見たくなった
テジュンの部屋の灯を付ける
この部屋の主は何日帰って来てない?
吊るされたモビールに目をやる
鯨の顔が可愛らしい…
「今の僕になら似合うのにな…」
鯨をチョンとついてゆらゆら揺らしてやった
それからキャビネットの上のフォトスタンドを手に取った
イナの、テジュンに頼り切っている笑顔
前にイナを『甘えさせて』やった時、イナはこんな笑顔を見せてくれたっけ?
いや、あの時は結局…ううん、あの時『も』結局は…僕がイナに甘えていたんだ…
イナの笑顔を指でなぞる
可愛いな、お前…
それから、隣で笑っているテジュンの顔を見た
いい顔をしている
大切な宝物を守っている男の顔…とでもいうのかな…
「僕にはできない顔だね…ヤな顔」
テジュンの顔を爪で弾いた
「ふふ…」
それから、二人の顔をそっと指で撫でた
聞き覚えのある車の音が前の道を通る
ソクさん達が帰ってきたのだと思い、カーテンを少しだけ開けて下の道を見た
トラックの荷台の中に、まん丸の哀しそうな瞳が二つあって、この部屋の窓を見つめていた
*****
トラックがヨンナムさんちの前の道に入り、家の横の駐車場に向かおうとしていた時、二階の真ん中の部屋に灯が見えた
どうして…あの部屋に…
期待や不安、過去と未来と現在
ぐるぐると渦を巻いて、俺の心を締め付ける
テジュンの部屋から目を離せなかった
窓辺に人影を見つけた
テジュンではない
ヨンナムさんだ
それが解っているのに俺はそこにテジュンを見た気がした
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