ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 251

かんばせーしょん  オリーさん

「ヘいっ! ゆ~がいず、かまーんっ!」
「相変わらずテンション高いなあ・・」
「ていくゆあしーと、ぷり~ずぅ!」
「言われなくても座ってます」

「おぅっりぁりぃ?」
「その訛った英語はやめろ」
「え、英語が訛ってた?がーーーんっ、ぴーちゃんしょっくぅ!!」
「「・・・・」」

「ところで僕たちに何の用だ?」
「へい、がいず、早速支局長の呼び出しに応じてくれて感謝する」
「何言ってんの」
「呼び出しって、ここBHCは僕らの職場ですけど」
「もうもうっミン兄弟ってばぁ、細かいことはドンマイってばよ」
「・・・・」

「で用件は?」
「急かさないでよぉ」
「営業始まってますから、手短にお願いします」
「こっちもお仕事だってばよ」
「「仕事?」」

「支局長の僕ちゃんが直々に支局員の君たちに仕事の指示にきたのよぉ」
「誰が支局員だよ」
「ゆ~がいず・・」
「お前んとこの支局員になった覚えはない」
「です。では」
「ちょいちょい、じゃすともーめんとぷり~ずぅ!」

「まだ何か用か?」
「話だけでも聞いていけずら」
「やっぱり訛ってますね、ロジャースさん」
「韓ドラつあーのマダム達色んなとこから来てるから一緒にいるとうつっちゃうの」
「マダム達がずらって言うんですか?」
「そうずら」
「「・・・・」」

「お前、韓ドラツアー参加するの考え直した方がいいぞ」
「何言ってるのぉ、これは僕の大事なミッションよぉ」
「何でツアーがミッションなんだよ」
「お金持ちのマダムと知り合ってね、そんでね、パトロンになってもらってね、
そんでね、六本木あたりに超高級メゾンでも買ってもらいてえずら・・ぐひっ」
「「・・・・」」

「な、何よっ、その目は!あんただってマンション誰かにもらったんでしょっ」
「僕は、ねだったわけではありません」
「そうそう」
「日頃の行いがいいので」
「そうそう、さすが僕の弟だ」
「あんた達があそこなら、僕ちゃんが六本木だって不思議はねえずら」
「やっぱ言葉遣いが変」
「です。では」
「ちょいちょい、じゃすともーめんとぷりーずぅ!」

「言っとくけどな、僕たちはMI6の局員でも何でもないんだ」
「そうだっけ?」
「とぼけるな。足洗ったってお前知ってんだろ」
「うっそーっ!ぴーちゃん知らなかったあ」
「殴るぞっ!」
「兄さん、落ち着いて」
「ぜろっ」

「そんなつれない事言わんでけろぉ」
「うるさいっ」
「です。では」
「あのさあ、ワインバーグ教授絡みなんだけど」
「先生の?」

「あらん弟君、ちょっと興味あり?ぐひっ」
「先生がどうかしましたか」
「食いついてきたね」
「まだ何かあのことで?」
「それそれそれっ!そうなのよっ!」
「ギョンビン、やめとけ」
「兄さん・・僕・・」
「ちっ、仕方ねえずら」
「ジンってば、さすが飲み込み早いずら」
「うるさい、いいから話せ」

「そうこなくっちゃ。まずこの手紙のコピー見てくれ」
「何だこれ・・」
「宛名は先生ですね。銀行から?ボストンのベイバンク・・聞いたことないな」
「甲からの連絡が定められた期日までになされなかった場合、一ヶ月以内に乙に連絡を取り、その権利をすべて乙に譲渡するものである。これは口座開設時に甲と当行が交わした契約であり、当行はその責務をここに遂行するものである・・って何?」

「これは教授宛に郵送されたものだ。差出人はボストンのローカルバンク」
「ちょっと待てよ。そのコピーを何でお前が持ってる?」
「私信ですよね」
「ちっち、ゆ~がいず、僕を誰だと思ってるの」
「「ぴーちゃん」」
「違うっ!MI6のブラピっ!すんごく腕利きの諜報部員っ!」
「だから?」

「教授の身辺、特に郵便はずっとチェックしてる。ママからのクリスマスカードまでな。
郵便物は配送前に全部僕が見ることになってる。これは特に事前に抜き取った」
「違法でしょ」
「おいおい、プライバシーなんて青いこと言ってくれるなよ」
「なぜ、そんなことする?」
「組織から連絡が来るかもしれない」
「だってあれは片がついたんだろ」
「まあね。リーダーは死んで、ナンバーツーのハッサンも病院で意識不明。
雑魚は何人か取り逃がしたが、組織は事実上壊滅」

「なら終わりだろうが」
「終わってない」
「何で?」
「金がない」
「金?」
「組織の金が見つからない。そこへこの手紙だ」
「この甲ってのは、あれか?」
「アーメッドがこの銀行に貸金庫を借りてた。一定期間連絡がなかったら教授にそれを譲るっていう話だ。あいつは死んだ。だから連絡できなかった。それで銀行は貸金庫が教授の物になったと連絡してきた」
「貸金庫に組織の金があるってのか?」
「可能性はある」

「組織の金なんてのはスイスの銀行って決まってるだろ。映画じゃみんなそうしてるぞ」
「そうなんだ。だがそこがかえってクサい。あいつはメッチャ切れたからな」
「考えすぎだろ」
「かもしらん。何百万ドルの資金が、ボストンのローカルバンクに置いてあるなんてまずありえないが・・とにかく確認は必要だ」
「ふうん」

「さあ、もうお仕事の内容はわかりましたね♪」
「わからん」
「うっそー!こんなに丁寧に説明してあげたのにぃ」
「教授と一緒にボストンに行って金を回収して来いって話じゃないだろ」
「ぴんぽーーんっ!大当たりぃ!」
「アホっ!」
「何よっ、この僕に向かってアホとは・・」

「それこそ北米駐在の支局員使えばいいだろ」
「残念ながらボストンにはいないの」
「NYならいるだろ」
「いるいる」
「それ使えよ」
「だめっ!」
「何で?」

「NYにはCIAのトミー・リーがいる」
「CIAのトミー・リーって・・ああ、缶こーひーのあいつか」
「そう、ジェラード・・嫌な奴っ!ウチのコマ使えば、絶対あいつにバレる」
「好都合じゃないか。あいつに頼んで貸金庫開けてもらえよ」
「ぶぁかっ!」
「何で僕がぶぁかっだっ!」
「あいつは僕に対抗心ムラムラなんだ」
「そうだっけ?」

「そうさ、僕がMI6のブラピとか言われてるもんで、あいつったらCIAのトミー・リーとか言い出しやがって。ただのダサいオヤジのくせして・・許せんっ!」
「お前の方がムラムラなんじゃないか」
「うっさいっ!今度の一件だってMI6があの組織を壊滅させたんだぞ」
「だって組織のアジトはロンドンにあったんだろ」
「そうさ。だけどあいつも追ってたんだ」
「へえ」
「んで僕が勝ったっ♪」
「よかったな、けっ」

「けどあいつに金のありかを気づかれたら形勢逆転だ。
組織は潰したが金を見つけられなかった僕ちゃん、それなのにあいつは労せずして金をゲットする・・がるる・・許せん・・」
「対テロ作戦ではお前たち仲良しだろ」
「ええいっ!これには僕ちゃんのプライドがかかってるっちゃっ!」
「僕たちには関係ありましぇん」

「あいつの顔が目に浮かぶ。この資金は合衆国の所有であるっなんちって
へ理屈こねるあの皴だらけの顔が・・がるるがるる・・」
「だって実際そうじゃないのか。アメリカの銀行なんだから」
「違うっ!金は預金者の物だ」
「そうです。CIAでもMI6でもない、譲られた先生の権利だと思います」
「え?ま、まあねぇ」

「その貸金庫にお金が入っていたとしても、どうするかは先生が決めるべきでしょう」
「う・・ほい、そのとおり。だが教授もテロ組織の資金なんか譲られても困るだろう。元から金持ちだし」
「寄付すればいいでしょう」
「どこに?僕のケイマン諸島の口座?」
「アホっ!私腹を肥やしてどうするよっ」
「冗談だってばよっ」
「いずれにせよ、先生の問題です」

「まあ、そうだが貸金庫の中身を確認することはとても重要なのだ、いいな?」
「いいなって言われても困るな」
「またそんなぁ。飛行機はビジネスを用意させてもらう」
「足代のことなんか聞いてない」
「宿はそうだな、コプリーのシェラトンにする?それともマリオット?ケンブリッヂにもいいホテルができたそうだ」
「ギャラはどこから出るんだ?」
「ギャラ?」
「誰がペイしてくれる?」
「え?」
「MI6が出すのか?え?」

「そりは・・」
「お前、何気にらりるれまでマスターしてるな」
「うん、僕ってば器用らから」
「調子にのるなっ」
「ひんっ!」
「お前が自分で行けよ」
「僕?支局長の僕が?」
「ツアー中止してボストン行け」
「そりはできにゃい・・明日はチュンサンの母校に行ってマダムと塀も乗り越えなきゃならん・・雪だるま作れとも言われてるし」
「パトロン探してる場合かっ」

「諜報部員たるもの、あらゆる可能性を探らなければ・・マダム達から貴重な情報がもたらされるかもしれない」
「あるわけないだろ、アホっ!」
「アホアホ言うな、ぶぁかっ!」
「アホにぶぁかと言われたくない」
「こっちだってぶぁかにアホと言われたく・・・」

「僕が行きます」

「ギョンビン・・」
「弟君・・」

「ギョンビン、やめろ」
「弟君よく言ってくれた」
「黙れっアホっ!」
「黙れっぶぁか!」

「僕が行きます」
「おおお、さすが我が支局員」
「違うっ!」
「いいからっ!」
「先生はこの事はご存知なんですか?」
「今日あたりこの手紙のオリジナルが着いてるだろう。」
「問題は先生がこの件を承諾するかどうかですね」
「明日コンタクトを取って承諾してもらう」
「出発は?」
「明日の明日では急すぎるから、明後日の昼の便、どう?」
「いいでしょう」

「だめだめだめっ!」
「お前はうるさいっ!ギョンビン君が行ってくれればお前にゃ用はない。はい、もう行っていいよ、しっしっ!」
「ぶぁかっ!弟は行かせない。僕が行く」
「兄さん・・」
「兄さんが?」
「お前が兄さんとか言うな!」
「つい勢いで・・」

「とにかくお前はダメだ。僕が行く」
「こりゃ二人とも仕事やる気満々っちゃね♪」
「違うっ!ぶぁかっ!」
「もうぶぁかぶぁか言わないでっ!」
「兄さん、僕が行くよ」
「だめだ、僕が行く、お前は行かせん」

「ラブ君が心配するだろ」
「お前こそ、映画だの、ほれレコーディングが近いとか言ってたろ」
「レコーディングは延ばしてもらう。映画は僕には関係ない」
「関係ないこたあないだろ。ミンチョルさんだって一所懸命だ」
「僕にできることは何もないよ」
「ばかっ。毎日帰ってくるだろうが」
「それだけだ」
「それが大事だって言ってるんだ」
「兄さん・・」

「ああ、映画ねえ。何なら僕が代わりに出てやっても・・」
「お前はうるさいっ!」
「ふんっ!」
「ったく、余計な話持ちこみやがって、ほんとは使える部下がいないんだろっ」
「んなこたあないっ!僕の指先ひとつでどれほどのアンダーカバー動かせると思ってるんだっ」
「じゃあ、この件でも動かせよっ、その指でよっ!」
「今回はバレるのが嫌なのっ!言ったでしょっ!」
「ふんっ」

「兄さん、僕大丈夫だから」
「いや、僕が行く。もう決まった。いいな?」
「兄さん、でも・・」
「何も言うな。お前はここにいろ」
「・・・」
「何、行って帰ってすぐだ。フライトがちと長いだけだ。そうだろ、ぴー?」
「そうそう♪」
「ラブ君は?」
「ラブは・・・こんな時のためにいつも大事にしてる。大丈夫だ」

「はいはい。僕も面倒みてあげる」

すぱこーーーーっん!

「余計なことするなっ。もう日本に帰れよっ!」
「痛てえなあ。とにかく話は決まった。んじゃ明日にでもチケット渡すから、ね?」
「宿はマリオットだ。約束どおりコプリープレイスだぞ」
「え?コプリーのマリオットンは高いんですけろ・・」
「じゃかましぃ!」
「ひいん・・」

「兄さん、先生は・・」
「わかってる。ちゃんとついててやるから心配するな」
「でも・・」
「いいから、今回は任せろ」
「兄さんこそ大丈夫?ほんとにラブ君・・」
「ラブなら大丈夫。ミンギ君もいてくれるし・・ほら・・ってあの野郎っ!」
「兄さん?」
「こらっ、ぴー!ラブから手を離せっこらっ!絡むなっ!ぶぁかっ!」
「兄さん・・」

支局員に無事仕事を依頼したぴーは、この後BHCですんごく楽しい時間を過ごし、ご満悦で帰っていったそうです


背と腹  足バンさん

目が覚めてたけど、目を開けなかったのは
すんごく眠かったから…だと…思う


スヒョンが身支度をする時間って好きだったりする
裸の胸にさらっとシャツを羽織る時の仕草だとか
その時にふわりと香る石鹸の香りだとか
手首のボタンをはめる時の指の角度だとか
ジャケットを羽織る時のシュッていう衣擦れの音もいい

クローゼットで服を選ぶ時は、なぜか真ん中辺から吟味する
それからずっと右へと見ていって、次に左翼へと移る
端から見りゃいいのにって思うんだけど

今朝は目を閉じてる分、そんなあいつの姿がよく見える

息を潜めてじぃっとしてると
ベッドのすぐ側に立って動きを止めたあいつの気配
狸寝入りがバレるとこっ恥ずかしいんで、寝返りのふりして上掛けに潜ったら
それをちょいとずらして頬にちゅってしやがった

ドアが閉まってずいぶんしてからようやく起き出して
やけに静かに感じる部屋を見渡す

バナナホルダーに揺れるペンダントをフォークの柄でつつきながらメシを食う
そうそう、そのペンダントはフェルデナンドの首に掛けてやった
毛深いおまえにシルバーはよく似合うよぉ♪とか言ってね、ふんっ


鳴った携帯を取るとラブ君の声
何だか電話の向こうが騒がしいんだけど

『おはようっ…あのね、叔父の件、親父に話しておいたから』
「えっホント?」
『うん、忘れないうちにと思ってさ』
「わ…ありがとう…助かります」
『直ぐに叔父さんに話してくれるって、あの兄弟仲いいから大丈夫じゃない?』
「あの…その…何か困ったこととか…なかった?」
『ううん、こっちから電話することなんてまずないから、変に嬉しそうにされちゃったけど』
「そっか…ありがと…」
『どうしたの?』
「や…きっとラブ君に嫌なことを頼んじゃったんだろうなって思ってたから…」
『そんな大丈夫だよ…うわっちょっと!』
「…な…何…?」

『ごめんっおバカがいきなり…電話中だって言ってるだろっ』
『誰っ誰っ誰っ誰に電話してるのっっ』
『新しいボーイフレンド!』
『えっっえええ~っ?』
『うるさいっっての!』ベキッ

どうやらラブ君は朝からRRHに行ってて
ひと騒動起きてるらしいんだけど、それはそれでけっこう楽しそうでもあり

「あの…さ…ギョンビン元気にしてる?」
『フライパン凹むほど叩いてた』
「へ?」
『みんなに朝ご飯作ってくれたよ、おいしかった』
「そっか…」
『ドンジュンさんはご飯食べた?』
「うん」
『忙しくてもちゃんと食べんだよ?」
「うん…あの…じゃ、ホントにありがとうね」
『今度飲もうね、チュッ』
『ぎゃああ~チュッて!ダーリ』ブチッツーツー

兄貴の「ちゅってだーり」な顔を想像するとおかしくて吹き出した

ひとしきり笑ってから
僕は食べ散らかしたテーブルの上の皿を眺め
窓から床に当たる光を眺め
壁のクレーの絵をぼんやり眺めた

そか…ギョンビンはひとりじゃないんだよね…


長い時間ぼやんとしてたもんで
呼び出し音までせっかちそうなギスからの電話の音には
椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた

やつは何やら恐慌をきたして高い声で叫んでる

「え?何?ちっと落ち着いてよ」
『だっだからパク社長が会うって言ってきたんだよ!』
「おお…早速きたか…身内の威力ってすごーい」
『なに暢気なことを!相手は10時に来いって言ってんだよ!』
「10時って…朝の?」
『朝だよ!今日の!』
「って…今もう9時半じゃん」
『だから焦ってんだ!予定が詰まってるからそこしかないっ1分でも遅れたら会わないってよ!』
「げっ…噂通り」

『とにかく今車でおまえの寮に向かってるから!』
「寮じゃないもん」
『どっどこにいるんだよ!』
「エクセレントジジィんち」
『エクセレントジジーン?そりゃどこのホテルだ?』


と、そんなこんなで
僕とギスは、今パクさんのオフィスビルの最上階にいる

パクさんは繊維メーカーの社長で、叩き上げの凄腕として有名な爺さん
今や「パク総合商社」として様々な業界に手を広げ
弟であるラブ君の親父さん、パク議員の威力もあり経済界に君臨して久しい

元々ギスのとこのカーシートを全部任せてたんだけど
いつの間にかこの爺さん、株の25%を持ってて
そいつにヘーコラくっついてる株主連中のことを考えると
今回のプロジェクト円滑始動のためには彼の賛同が必要だ


1分遅れたら会わないとか言ったくせして
社長室に通されたのは10時をとうに過ぎた頃だった

部屋で、最初に僕の目に入ったのは
壁の趣味の悪い絵でも、デスクの狡猾そうな白髪の爺さんでもなくて
手前のソファの真ん中に座ってる白っぽいスーツを着た男の方だった

長そうな足を組んで、手に持った書類に何やら書き込みながら
入ってきた客のことなど気にもしていない様子

僕が挨拶する前に爺さんが口を開いた

「あれ?ギス君も来たの?君はいいのに」
「あっやっ…その…」
「ギスは僕の上司です、今回の勝手なお願いに、お礼を申し上げるのが筋だと思いまして」

落ち目のギスの会社の株を売らずにいるのは
ギスの親父さんとの友情からだ…とか聞くと人のいいギスはパクさんには頭が上がらず
今回の素っ気ない対応に文句のひとつも言えない
この抜け目のなさそうな爺さんがそんな甘い男かよっ…きっと何か企んでるに決まってんのにさ
まぁいずれにしろこの説得をギスに任せっぱなしにしてたのは僕のミスだけど

爺さんはふんっという顔をして「まぁどうぞ」と言いソファを指した
僕たちが向かいに座っても、そのスーツの男は顔すら上げない
ちっと…どうなのよ、こういうのって

「それで?今度の株主会が分かれ道だってわけだな?」
「はい、その通りです」

そう、スカシ野郎のことなんかどうでもいいんだった
とにかくこのチャンスに綺麗さっぱり問題を片付けなくちゃいけない
僕はデスクに座ったままのパク氏に真っ直ぐ顔を向けて
指針について説明した

こういう叩き上げタイプはまどろっこしいことは嫌いなはず
要点だけを簡潔に、それ以上でもそれ以下でもない端的な言葉で

「まぁ貰った提案書にも目は通したけどね…大それたこと考えるね」
「10年後には当たり前の考え方になっています」
「それで?失敗したら?」
「失敗はしません」
「ほう…」
「失敗を前提にものを考える習慣はありません」

その時、目の前の男が書類から目だけをこちらに向けた

「なるほど…いいだろう…それほど自信があるなら賭けてみてもいい」
「自信はあります」
「まぁ私も身ひとつからここまで来た人間だ、君のような先駆的な考えは嫌いじゃない」
「ありがとうございます」
「で?君はこの仕事が軌道に乗ったら辞めるのかね?」
「は?」
「あの店をだよ」
「あ…?…いえ…そのつもりはありませんが」
「ふぅん…まぁ人それぞれだけどね」
「…」
「ひとつ」
「はい?」
「私の望みもひとつ聞いてほしいものだ」
「はい」
「私の甥っ子のことだけどね」
「は…?」

ラブ君のこと?

「あのどうしようもない甥っ子を家に帰してやってくれないかな」
「え…は …?」
「アレの今の仕事とやらが気に入らんのだよ、君に言うのも何だがね」
「それは…彼の…お父さんのご意向ですか?」

「いやいや、弟は息子が無事に生きて帰ってからは、修行僧のように口を閉ざして何も言わん
 まぁ腫れ物には触らぬ方がいいってことだろうがね」

何言ってんだこの爺さん

「だが家に戻ってほしいと思っとるに決まっとるんだ、年の離れた弟のことはよくわかる」
「…」
「まぁ詳細は君に話す必要もない、甥さえ戻ればいい」

「取引きしたいと仰るんですか?」
「頭は悪くなさそうだな、その通りだ、甥のことは君には関係なかろう?」
「甥御さんと僕の仕事も関係ありませんが」
「単なるビジネスのセオリーだよ」
「…」
「アレのひとりやふたり居なくなって潰れるような店じゃなさそうじゃないか
 業界の売り上げはここのところ独走だろう?」
「よくご存知で」
「弟が手をこまねいている分、私が何もかも調べたよ」
「なぜこんな話を僕にするんです?
 あなたほどの力があれば店を潰して連れ去ることくらいできるんじゃないですか?」

だんだん腹の中が煮えてきた

「そりゃ造作もないがそんな無駄は嫌いだ、甥にヘソを曲げられてまた逃げられても困る
 そうなると弟がまた辛い思いをするからな」
「…」
「弟の世間体ってものもある…まぁそれこそ君には関係のない話だがね」
「…」
「甥も店の方針だってことなら考えるだろう
 そう…君と仲のいいチーフという人物に何とかしてもらったらどうだ?」

殴ってやろうかこのクソジジィ

「だいたいパクの家の者がホ○トなど…甥の放蕩癖は今に始まったことではないが
 もうそろそろ落ち着いてもいい頃だ」
「…」
「まぁギス君の親父さんには色々世話になったし何とか力にはなりたいんだ」
「しゃ、社長…そう言っていただけるだけで…」
「そういうわけだが?ドンジュン君」

「お断りします」

爺さんの眉がピクリと動いたのと、ギスが息を飲み込む音が聞こえたのは同時だった

「断る?何をだね?」
「甥御さんの件です」
「ほう…ということはそちらの提案も諦めるということか?」
「仕方ありません」

その時、始めてスーツの男が顔を上げ
ソファの背もたれにゆっくりと背中を預けて僕を見た

僕より7つ8つほど年上だろうか
どこかで見覚えのある目だって感じたんだけど
後でそいつが爺さんの息子で、ラブ君の従兄だと知って納得した

ラブ君を「ずっと大人にして冷たくして人を見下すような感じ」にした顔は
整ってるだけにもの凄い威圧感がある
後に流した濃茶色の髪はひと筋の乱れもなく梳かされてて
スヒョンだって着ないってぐらいのキザっぽいスーツを着て
そっちこそ、まんまホ○トだろって感じ

実は、調べてあった爺さんの後継者である息子の情報とは少し違ってて
混乱してたけど、その時は考える余裕はなかった

「もう一度聞こうかな、取引は嫌だと言ったかね?」
「はい、お断りします」
「ド、ドンジュン…」
「参ったな…世界に打って出ようって話と、たかが同僚ひとりだぞ
 それも大事な甥を取って食おうってわけじゃない、親の元に戻すってだけの泣ける話だ」

はっ…ラブ君が家に近づきたがらないわけだ
もうこのイカレた爺さんと話すことなんてない
僕は極力静かに立ち上がった

「世界も友人も僕にとって価値は同じです、そういうことなら残念ですが」
「ド…ドンジュンっ」
「私を怒らせたいのか?」
「大事なものは譲りません、ビジネスのセオリーです」

スカシスーツがソファの背に腕を掛けて
氷が燃えたような恐い目で睨んでるけど超無視っ

「あのっパク社長っ」
「残念だね、ギス君、部下は選びなさいよ」
「ギス、帰ろう」
「帰るっておまえ…」
「大丈夫、僕が何とかします」

そう言って踵を返したものの、僕は一瞬すごく迷った
株主会のことなんかじゃない
せっかく話を通してくれたラブ君のことを思い出して
この顛末が耳に入ったらどう思うだろうと
かえって傷つけちゃうんじゃないかって、そんなことが頭をよぎった
その隙を突かれたのかもしれない

「待てよ」

ノブに手が掛かりそうになった時
思いもかけない低い声が聞こえて振り返った

スカシスーツがさっきのまんまの形でこっちを見てる
口元がちっと笑ってるのが気に入らない

「元気がいいのはいいけど、そんなことじゃ困るんじゃないのか?」
「ウソク、やめておけ」
「この世界、人情じゃ食っていけないんだよ、坊や」
「その坊やに人ひとりの人生曲げさせようってのがこの世界ですか」
「ド…ドンジュン!」
「この部屋でそんな威勢のいい言葉を耳にしたのは初めてだ」
「僕もこんなバカバカしい取引は始めてです」
「座れよ」
「もうお話はありません」
「座れと言ってるんだ!」

よく通るその声はきっと秘書室まで響いた


ウソク


星の王さま   ぴかろん

朝、居間で飯を食ってたときに、イナは皆に『星の王子さま』を読んだことがあるかどうか聞いていた
皆が子供の頃に読んだと答えると、イナは唇をとんがらかせた
自分だけが知らないってのが悔しいらしい
それは仕方ないだろう
過去は変えられない
…そう…過去は…けひひん…らぶ…変えられない…くふん…
そんな事を考えていたらイナに思いっきり抓られた…あひん

僕は今日、早めに出社するように、ターミネーターだと主張し続ける先輩に命令された
今までのんびりしていたくせに、突然、済州島関係の仕事を早急に仕上げなくてはならないと言い出したのだ
どうやらスヨンさんに、いつまで待たせるのかというキツ~い電話を貰ったらしい
昨日の夜、おい待てテジュ、殺生な…こんな俺を残してお前は帰って行くのかぁぁ…などと叫ぶターミネーターをほっぽらかしてきたので、少々罪の意識が無いではない
大急ぎで飯をかっこんで、「いってきます!」と玄関に向かった

「てじゅ、待ってよ、俺用意できてない」

イナが僕を追って玄関までやってきた
くふふ…か~わい~い

「ごめんイナ、急いでるから送ってけない」
「…ええ…」
「ヨンナムに送ってもらえ、な。ヨンナム、イナ、casa、頼む」

「暗号かよ!」
「頼む」
「ラジャー」
「じゃ、いってきまぁす」

大慌てで靴を履き、戸口に行きかけて戻る
上がりがまちで正座状態のイナが「ん?」という顔をした
顎を掴んでキスをする

「これでよし!いってきます」
「…てらっしゃい…」

くふん…
待ってろよイナ。今夜こそ決めてやる!

指で銃の形を作り、イナめがけてパァンと撃ち込む
ニヒルな笑顔を残して片手を挙げ、外へ出ようとしたら引き戸に指を挟んだ

「でぇぇぇっ!」
「…」

イナはフゥッと溜息をついて、くるりと背を向けた
くすん…

*****

慌しくテジュンが出勤していった
俺に指鉄砲を撃ったあと、ヘラヘラして戸口で指を挟んだようだ
かっこわるい…

見なかったことにして居間に戻ると、ソクが珍しく沈んでいた

「頭痛だって…」

スヒョクが心配そうに言った

「いつものだから…少し休めば治るよスヒョク」
「そか…昨日の晩、薬飲まなかったから…」
「ん…」
「…二階で休む?」
「うん…そうする」

スヒョクはソクに肩を貸し、二人は二階へ消えていった

「大丈夫かな、ソクさん。飯の最中は元気そうに見えたのにな」
「そうだな…。薬飲めば大丈夫だろ」

俺はヨンナムさんと二人の後姿を見送った
その後の会話が続かなかった
ヨンナムさんは急に目を伏せて台所で洗い物をし始めた

「あ…俺…洗濯でもしよっか?」
「いいよ。お前も休んでろよ」
「だって…」
「ここ片付けたらcasaに送ってやるから」
「…なんか手伝わせてよ…」
「…じゃ、『イナ』にえさやって」
「…小鳥、『イナ』になったの?」
「前からだよ」
「『ラブ』にするとか言ってなかった?」
「あれは『イナ』なの!水かえて餌やってね!あとフンの掃除も」
「…はい…」

言いつけられたことをした
『イナ』だからな…ちゃんと世話してやるよ…

「あっそうだ!」

俺はヨンナムさんに言わなきゃならない事を思い出した

「ヨンナムさん、済州島、行かない?」
「へ?」
「三人で」
「…さん…」
「てじゅとヨンナムさんと俺とで、近いうちに二泊三日で」
「…。は?!」
「ね」
「…。二泊三日?済州島…」
「うん」
「済州島は行きたいけど…無理だよ。仕事がある」
「ソクたちに任せりゃいいじゃん」
「あんな状態なのに?」
「大丈夫。すぐに治るって。それにイザとなりゃドンヒとホンピョもいるしさぁ、スヒョクなんかすっげぇしっかりしてるじゃん?たまには旅行しようよぉ」
「…お前だって店があるだろ」
「それも大丈夫。なんとかなるから」
「…でも…三人で?」
「俺達と行くのイヤ?」
「…イヤってわけじゃ…ないけど…。僕、邪魔じゃない?」
「ふふん。ヨンナムさんがメインなんだよ」
「え?どういう事?」
「それは行ってのお楽しみ♪俺、日程調節するからさ、ね、行こうよ」
「…あ…ん…うーん…」
「行くんだからねっ!」
「お…う…ん…」

ヨンナムさんは曖昧に頷いた
とにかく約束さえしておけば、あとはジャンスさんからの連絡を待てばいいってこと
多少の不都合はねじ伏せる!
でないと俺はいつまでたっても安心できないもん…

片付けだのなんだのを終えて、ヨンナムさんは俺をcasaまで送ってくれた
礼を言って車を降りようとすると、ヨンナムさんが俺をじっと見つめた

「なに?なんかついてる?歯磨き粉?」
「…お前…今日なんか可愛いぞ」
「…」
「すげぇな…テジュンって…ふふふ」

柔らかく笑って俺の頭をくしゃっと撫でた
なんだか様子が違う
昨日までのヨンナムさんと、ほんの少し違っている

「な、イナ。昼飯一緒に食べようぜ」
「え?」
「こないだ奢って貰ったから、今日は僕の奢りだ。迎えにくるよ。ね?」
「…あ…。うん…」
「んじゃ、お昼にね。早く行かないとチェミさんにぶっとばされるぞ」
「…うん…」

そうしてヨンナムさんは『爽やかに』行ってしまった
まるで初めて会った頃のようだ
走り去るトラックを見送りながら、俺も思った

すげぇな…テジュンって…

*****

会社に行くと金髪ターミネーターが電話にペコペコしていた
話の内容からすると、相手はスヨン女史のようだ

「はい。それはもう…。え。いえ。はい。今月中には…。え?遅い?あ…はい。では来週中…は…いや。はい。では今週中…はい…いや。なんとか…はい…。す…すみません…ども…ども…。では失礼いたしまするぅぅぅ」

受話器を置きながら机にひれ伏している先輩って中々面白いぞ
僕はクスクス笑いながらおはようございますと挨拶した

「おはよーじゃねぇよ!」

目にクマができている

「徹夜したんですか?」
「ひっきりなしに電話かかってきてよぉ!大まかな案件は作っといたからよかったものの、細かいとこイチイチチェックだよ!ったく、怖ぇぇ女だぜ…」
「期限まだでしたよね?」
「…それがよぉ…」
「ん?」
「おととい、『MUSA』に行ってる間によぉ…」

催促のメールと電話がどぉぉんと来ていたらしい

「ちっとサボリ癖がついちゃっててさぁ…一週間前のメール、見落としてたの…。そろそろシーズンに入るから本格的に研修内容を吟味したいとかっての…」
「すごぉく大事なメールじゃないですかぁ」
「だぁって、お前がぐちゃぐちゃになってた時だったんだもぉぉん」
「言い訳ですね。とにかく、纏めましょう」
「今夜徹夜ね。それと済州島出張、今週中だから」
「ええええっ!」
「なんだよ!」
「今夜は…」
「なんだよっ!」
「キメたかったのに…」
「ムリ!ダメ!」
「…」
「その代わり、キム・イナも済州島に連れてっていいからさぁ」
「…でも…イナがオーケーするかどうか…」
「あれ?聞いてないの?オッケーとったよ、俺」
「へ?」
「店もなんとかなるだろうってキム・イナ、乗り気だったからさ」
「ほんと?!」
「ほんと」
「うっしゃああ!じゃ、僕のカッコイイとこ見せられるんだっ」
「…。そだな」
「よしっ!そのためにもしっかりとした研修内容にしなくっちゃぁぁぁ!」
「…。ん。頼むわ。俺、キム・イナに日程聞いてスヨンさんに連絡入れるから、お前、この資料と書類、確認して、補足後、スヨンさんに連絡して」
「うりゃっ!ラジャ!」

僕はすぐさま仕事に没頭した
チェックすると、あれまぁ穴だらけ
先輩らしくないなぁ…家族がいないとボケるのか?
逆に僕の頭は冴え渡っていた
傍にイナがいるとこんなにも気力が漲るものなのかっ
今夜お預けの分、『二、三日中済州島で』たっぷり(>▽<)

こうして僕は、『海外からの観光客に対する接客研修及びカジノつきホテル向けの従業員研修について』という案件を、物凄い集中力でやっつけ始めたのだった

*****

「ったくお前、今日はなんでそんなに可愛らしいのだ?」

チェミさんがニヤニヤしながらヨンナムさんと同じ事を言った

「アレか?ナニか?」
「ナニもアレもなかったけど!」
「じゃ、なんでそんなに可愛いんだ?ん?」
「俺はいつも可愛いの!」
「くはっ!今日のパンの出来が楽しみだのぉぉぉくふふん」
「ばか」

楽しみにされていた割には、あまり『幸せそう』に思えないパンが出来上がった

「なんだぁ?まだ何か不満があるのか?昨日アレをしなかったからか?」
「ばか!…俺だって色々悩むんだよ!」
「…爽顔さんのこたぁ解決に向かってるんだろ?このところ爽顔さん、随分爽やかになったぞ」
「…うん…」
「濃顔さんと話したらしいな、昨日聞いた」
「うん…」
「あれだなぁ、濃顔さんってな、すげぇなぁ」
「…。うん…。そうだな…」

チェミさんはニコッと笑って俺の髪をくしゃっとした
俺、昨日から皆に子供扱いされてるな…
ま、いいか…

「とすると、お前の憂いの原因は…『映画関係』か…」
「…」
「お前が悩んだところでどうなるものでもあるまいに」
「うん…それは解ってる。けどさ…」
「気になるんだろ?そういう性分だからなぁ…お前は」
「…あのさ、チェミさん『星の王子さま』って読んだことある?」
「おおあるぞ」
「…。みんな普通ガキの頃に読むものなのか?」
「俺は学生の時に読んだかな。うん」
「…。『箱』って…なんだ?」
「『箱』?そんなのあったっけ?」
「…。やっぱ、読んでみなくちゃわかんねぇな…」
「?」

そんな話をしている最中に、電話が鳴った
ジャンスさんからだった

テジュンの済州島出張が今週中と決まった
日程はどうか?と聞かれた
あんまり急すぎるんで店のスケジュール聞いてから返事すると答えた
早く早く早くねぇんとジャンスさんは気持ち悪い声で言った
二泊三日…
スヒョンとミンチョルの都合によるよな…うーん…

*****

午前中の配達を終えて家に戻り、部屋の本棚を漁った
奥の方から二冊、同じ本を取り出した

「懐かしいな…」

イナが今朝言っていた『星の王子さま』だ
一冊は子供の頃から持っていたもので、テジュンが表紙の『王子さま』の絵と題名を『王さま』に変えてしまった
もう一冊は、彼女が逝ってから暫くして買ったものだ
なにかひっかかるエピソードがあったような気がして、その時に『今どうしても読まなくては…』と家を探しまくったのに出てこなかった
そういうわけで新しく買いなおし、読み終えたあと本棚に仕舞おうとしたら、この『星の王さま』が奥からチョコンと顔を出していたのだ
一冊イナにあげよう
もちろん『王さま』の方…

「でもなんでこの本?」

僕は『王さま』を袋に入れて、玄関先に置いておいた


星の王さま 2  ぴかろん

*****

ソクさんの頭痛は薬で治まった
けれどソクさんの元気は戻らない
溜息ばかりついているので俺は心配になってアレコレ尋ねてみた

「…。スヒョク」
「なあに?」
「…その…箪笥の引き出し…一番下…開けて」

言われたとおりにすると、中に本が何冊かあった
どれも少年少女向けの物語で、そこに『星の王子さま』があった

「…これですか?」

『王子さま』を手に取り、ソクさんに見せた
微笑んだつもりなのかな…ソクさんの唇が歪んだ
それで俺はソクさんが急に塞ぎこんだ理由が解った

…これ、読んであげたかったの?これ全部、息子さんに読ませたかったの?
…うん
…集めてたの?
…集めたの…息子がいなくなってから…
…どうして?
…読んで…あげたくて…
…そっか…

いなくなってから、読んであげたくて集めた本
まだ一度も開いてないんだろうな…

俺の読んだ本も何冊か混ざってた
名前は知っていたけど読んだことはないものもあった

「ソクさん…」
「…ん?」
「一緒に読もうか…俺と…」
「…」
「…俺とじゃ…ダメですか?」
「…スヒョク…こっちに来て」

布団に横たわっているソクさんのところへ、俺は『王子さま』を連れて行った
ソクさんは俺の膝に自分の頭を乗せて甘えた

「…読んでくれる?」
「…俺でいいの?」
「お前がいいの…」

胸が疼いた
ソクさんの髪を撫でて本を開いた
王子さまがソクさんの息子さんに思えた
俺はゆっくりとその物語をソクさんに読んで聞かせた

*****

「イナ!行こう」

Casaから出てきたイナをトラックに乗っけて、僕は母親のように慕っているアジュンマの店に行った

「冷麺ふたーつ」
「あら、ヨンナムさんが勝手に決めちゃっていいの?」
「いいの。今日は僕の奢りだからこの店の一番お薦めのものをこの子に食べさせるの」
「まあ。じゃ、スジェビ(すいとん)もどう?」
「あっ!俺、アメリカでハンバーガーばっかり食ってた時、スジェビがめちゃくちゃ食いたかったの!」
「じゃあそれはサービスしてあげるわね」
「アジュンマ、コマウォヨ~」
「はいはい。この子可愛いから(*^^*)」
「…てへ…」

そう
イナはなんだか今日、物凄く可愛らしい
アジュンマも、この子こないだ来た時と印象が違うわねなんて呟いていた
それもこれもテジュンの威力なんだろうか…
やはりあのスケベ野郎には敵わないってことだな…ふ…

「あのさ、済州島、今週中になったんだけど、いいかな」
「は?!」
「ヨンナムさんの仕事の手配は俺が全部するからさぁ、ねっ」
「…」
「荷物用意して。できるだけかっこいい服持ってって」
「は?」
「ね」
「…お前らだけで行ってこいよ。そんな急にはムリだよ」
「なんでさ」
「なんでって…。第一、僕がお前らバカップルにくっついて行く理由がないだろう!」
「あるんだもん」

うわ…可愛い…
そんな上目遣いのウルウル目で『あるんだもん』なんて言われると、はいそうですか行きますはいってスルスル言いそうになる

「げほっ…。どういう理由があるんだもんなんだ?」
「…秘密だもん…」
「…。上目遣いはやめろ」
「…え?なんで?」
「…」
「行ってほしいんだもん、俺…。一緒に行きたいんだもん、俺」

うわ…やめろよこの野郎!
やっとお前への気持ちが治まってきたってのに!

「理由を言えよ」
「…」
「言わなきゃ行かない」
「…行ってほしいんだもんっ!」
「なんで!」
「ヨンナムさんを幸せにしたいんだもんっ!ぐすっ」
「な…泣くなよ…なんで泣くんだよ」
「らってヨンナムさん睨むんだもんっ!」
「…」
「行って…お願い…」
「…」
「一緒に行ってっ」
「…」

このセリフをテジュンに聞かせたい
きっとテジュンは変なことを想像するだろう
僕だって…ちょっと想像してしまっている…

「できなかったんだ!」
「え?」
「あ…違う…できないよ…いけ…ない…よ…」

僕、なんか変になってるぞ!

「あ…違う…そうじゃなくて、急すぎてそんな…」
「俺が仕事の段取り全部つけるのに?なんで?」
「え…と…んと…小鳥の世話」
「それも段取りつけるからっお願いっ一緒に行って!」
「あ…う…」

なんでこんなに執拗に僕を誘うのだ?!

「三人で行きたいの!」
「なんだって?!」

頭にエライ映像が浮んだ

「?…今朝言ったじゃないか…三人で行くって…」
「あ…ごめん、間違えたゲホ…。でもなんだって三人で行かなきゃ…なんないの?」
「三人でなくてもいいんだけどさ。ヨンナムさんと二人でも…。けど、テジュンの出張が入ったし、それにくっついて行くと料金も安くなるらしいしさ、それに…色々といい事があるんだよ、くふ」
「いいこと?」
「ねぇ…騙されたと思って行こうよぉ…」

運ばれてきた冷麺とスジェビを食いながら、イナは行こう行こうとしつこい
断る理由はないのだが、なぜ僕を誘うのかその理由が知りたい

「理由はぁ…済州島に着いたら教える」
「…つまり、行かなきゃわかんないってことか?」
「そ」
「…ふう…」

「なぁに?旅行に行くの?」
「こいつ、しつこいんだよ、アジュンマ」
「行けばいいじゃない。ヨンナムさん、まともな旅行なんてした事ないでしょ?たまには違う土地の空気吸ってこなきゃ、素敵な人との出会いもないわよぉ」
「そう!そうだよねぇアジュンマ」
「そうよねぇボクちゃん」
「…ボクちゃん?…」
「…うーん…。じゃ…。行くかなぁ…」
「よしっ!決まり」

イナは嬉しそうに手を叩いた
しょうがないなぁ、この笑顔だもの…

*****

昼飯を食ってから公園に行った
ヨンナムさんが俺に袋を差し出した

「なに?」
「あげるよ」

開けて見ると『星の王■さま』という本だった
というか…

「これって…」
「『星の王子さま』だよ。『王さま』になってるけどね」
「…ヨンナムさんの本?」
「うん」
「…落書きもヨンナムさん?」
「テジュン」
「てじゅ?!」
「うん」

元『王子さま』は、髭と王冠とマントをつけられて小さな星に突っ立っている

「…台無しじゃん…」
「くふふ」
「…子供の時?」
「そう」
「悪い奴」
「今でもね」
「「ふふふ」」

「くれるの?大事にしてたんじゃないの?」
「もう一冊持ってるから」
「え?」

ヨンナムさんは同じ本が二冊あるわけを話してくれた
そして俺の手から『王さま』を取り、読み始めた

『ジン』は『ヒョンジュ』に『星の王子さま』を読んであげてた…
もしかしたら『ヒョンジュの気持ち』が解るかもしれない…
俺は、昨日の『ヒョンジュ』の表情を思い出しながら、ヨンナムさんの声を聞いた

こうやって、彼の声を聞いて、彼に寄りかかって…

「『こいつぁ箱だよ。あんたのほしいヒツジ、その中にいるよ』…」

…箱?
ヨンナムさんの肘のあたりをそっと掴んだ
『ヒョンジュ』はこうしてた…
それから『ヒョンジュ』と『ジン』は見つめあって…
ヨンナムさんが俺を見る
『ジン』と『ヒョンジュ』はキスを…

「どうしたの?」
「え…」
「『箱』が気になった?」
「あ…」
「…。聞いてなかったろ」
「…」
「済州島のこと考えてたろ」
「違うよ…」
「でも聞いてなかった。よそ事考えてたろ?読み損だぁ~」
「…ごめん…」
「じゃ、交替!お前ここから読め」
「へ?」
「疲れちゃったぁ~読んでぇ~」

ヨンナムさんは俺の太腿に頭を乗せて横になった

「読まないと済州島行かな~い」
「わかったよ…」

俺は続きを読み始めた
そうだ…
読んであげたらきっと『ジン』の気持ちが…

読み始めた途端に、ヨンナムさんから発音の直しが入った

「もう一度」「ちがーう」「途切れないように読めない?」「へっただなぁ…声はいいのに…」
「うるさいなぁもぉ…」

…『ジン』と『ヒョンジュ』なんて程遠い

「もう読まない!」
「もうちょっとだろ?その章の終わりまでいけよ」
「やだ!」
「じゃ、僕も、行く理由もわかんない済州島なんて行かな…」
「『ぼくの友だちの王子さまは、くどくどと、説明してくれなかったのです。』みろよ!王子さんだって理由を説明なんかしないんだぞ!『どうかすると、ぼくを、じぶんとおなじような人間だと思っていたのかもしれません。けれど、ぼくには、あいにく、…』」

…箱の中のヒツジを見る目がありません。ぼくもどうやら、おとなじみているのかもしれません…

「…『年とってしまったにちがいありません。』…」

『箱』の文字にひっかかってフリーズしていた俺に、ツイッと起き上がったヨンナムさんが軽くキスした

「彼女も『箱』にひっかかってた」
「…え?」
「テジュンの見ているヒツジと自分の見ているヒツジが同じものだったらいいのにって言ってた」
「…」
「それは有り得ないって言ってやったら物凄く怒った…ふふ…」
「…この…『箱』 を…置いてったら…」
「ん?」
「…いや…なんでもな…」

ヨンナムさんはもう一度俺にキスをした
今度のキスはさっきよりずっと深かった
どうして「ほしかったヒツジの入った箱」を置いていったんだろう…
『ヒョンジュ』ってヤツは、どういうヤツなんだろう…
わかんなくて涙が出てきた

「ごさいじがぐちゃぐちゃ悩むな」
「ふ」
「お前はごさいじなんだから」
「…お…おとなじみてるもん…」
「でもごさいじなんだから…」
「…ふ…うっうっ…」
「一人で読んだ方がいい。その方がすんなり来るよ」
「…ふ…」

ざわざわが治まらず、俺は長い事ヨンナムさんの胸に抱かれていた








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