ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 254

Distance3  オリーさん

またいつものように彼はソファで横になって台本を読んでいる
その瞳が変化してきていることに僕は気づいてる
昨日から、彼の中にヒョンジュがいることが多くなった
もちろん撮影から帰ってきたら
いつもの調子でいつもの彼に戻っているのだけれど
それでもどこかに、ヒョンジュの影がつきまとっている

案外いい役者なのかもね
僕はそんな風に考えてみようと努力した

それで僕は雑誌をめくりながら
ベッドの上で寝転んで知らんふりをしている
ウィーバーの広告が載ったその雑誌
ニットなのに透き通るような印象を与える
美しい青のセーターを着てジンが微笑んでいる
思わす惹きこまれそうになる深い瞳の色まで
その写真はよく表していた

今日店に出たあの人を思い浮かべた
いつもと変わりなく微笑むあの人の中で
何かが暗く渦巻いている
それが僕にもわかるほどだったのは、
よほど撮影が厳しいものだったのだろう
カウンセリングルームの場面が、
とても緊張して、とても感動的だったと
チョンマンさんが目を潤ませながらみんなに報告していた

あの場面・・
二人の間を引き裂く原因となった院長の登場
今日はあの場面だったのだ

それがわかってもう一度スヒョンさんを見ると
その余韻がところどころに見受けられた
極度の怒りと後に続く虚脱感、疲弊した神経
ジンの名残りが、少しづつ形を留め
今夜のスヒョンさんをモノトーンで包んでいた

「お前と張り合っているつもりはない。余裕を持て」

そんな言葉だっただろうか、祭りの時に言われたのは
ただピリピリするだけの僕に、一段高いところから諭された
あの時から僕はずっと怖かったのかもしれない
張り合うつもりはないと言われたあの時から

今夜のあの人を見て、僕は少しほっとして、
そしてまた怖くなった
あの人にも抱えきれないことがあるのだと
そして、その抱えきれないことが溢れることがあるのだろうかと

それからまた思考が飛び
さっきかけた先生との電話の会話がよみがえった

「私は・・気にしてない。いつでも君を見ていたいというのは本当だ」

ふいに先生の瞳にとらわれ、あの声に包まれ
あのくちづけを思い出した
性急なまでに求めしまった僕をなだめるように、
ゆっくりと落ち着かせてくれたあの先生の唇の温かさ・・
あの香り・・

そしてそれが次の場面につながった
テロリストが先生の額に口づけたあの短い時間
時がすべて止まり、二人だけに光があたったような錯覚
それからいきなりの喧騒
鼻をつく硝煙の匂い
すべてがぼやけた部屋の中で響いた銃声
かすれていく意識

あの人は先生に何を残したのだろう
先生は今何を思っているのだろう
その昔、あの二人には共通の想いがあったのだろう
互いに求め、互いに与え合った日々が・・
時が二人を引き離し
そしてある日突然引き戻し
あっという間に幕がおりた
僕のせいで・・

貸金庫の中には何があるのだろう
先生に何を残したのだろう

兄さん、やっぱり僕が行くべきだったのかもしれないね

この世に永遠など存在しない
永遠だと思っていたものは簡単に手からこぼれ落ち
ある日消えてなくなる
父さんもチョンヒョンもあのテロリストも
そしてヒョンジュも・・

胸が苦しくなって息をはいた
その時ふいに肩ごしから声がした

「ため息なんかついてどうした?」
「あ・・ああ。ちょっとね」
「その雑誌?」
「え、これ、ジンブルーの広告が載ってる」
「評判いいそうだよ」
「そうらしいね。写真がすごくいい」
「CMももうすぐ流れるそうだ」
「そうなの?」
「そうしたら言ってくれ」
「何て?」
「音楽もいいねって」
「くはっ」

彼はそのまま僕を後ろから抱きしめた
懐かしい香りがたちまち僕を包む

「疲れた?」
「少し・・」
「今日の撮影、しんどかったみたいだね」
「スヒョンがね・・大変だったろう」
「ちょっと引きずってたみたい」
「わかったか?」
「何となく・・」
「そうか・・」

「明日は朝早いんでしょ」
「ん、海の撮影だからね」
「大事な場面だね」
「そうだな・・ところで今夜もラブが来てるのか?」
「うん、兄さんも明日出発だから」
「ボストンか、遠いな」
「まあね」

「何か問題があるのか?」
「いや、大した事じゃないと思う。ロジャースさんが忙しいから代理だって」
「とても忙しそうには見えないが」
「はは、昼間は韓ドラツアーだって言ってたもんね」
「あのまま毎晩店に来たら、ナンバーワンになれるかもしれない」
「確かにね・・でもほんとにツアーに行ってるかどうかはわからない」
「そうか・・秘密の仕事か」
「かもしれない」

僕は雑誌を下に置くと、巻きついた彼の腕を握りしめた

「もう寝ようよ」
「ああ」
「ねえ・・」
「ん?」
「映画うまくいくといいね」
「そうだな。何かを作るのは大変だ、それはわかっていたつもりだが」
「予想以上?」
「と言うか、僕はただいるだけだ。
相変わらずヒョンジュのことはまだよくわからないし・・」
「大根役者なんだから、高望みしちゃだめだよ」
「・・・」
「ん?何か気にさわった?」
「大根役者か・・そんな事を言うのはミンだけだ」
「だろうね、みんな気をつかって大変だ」

彼はこいつ、と言って僕を抱き寄せた
その腕の中で思わず目を閉じる

僕はこんなことができるようになったのだ
彼に抱かれながら、先生の明日の事を思い
そしてどちらも必要だとどこかで言い訳をしている・・


眠ってしまった彼の額に垂れた髪を梳きながら
静かな寝息を立てている唇が動いてくれればと思う
思い切り僕を責めてくれればと思う

僕は先生とキスをしたよ
僕の方から求めたんだ

思い切り怒鳴りつけてくれればと思う
ぶたれてもいい
思い切り・・

でも疲れきった彼は、子供のように眠っている


それから、眠れない僕は廊下の物音に気づき
情けない兄さんの姿を見つけたのだった


(替え歌) 「メリッサ」 ロージーさん

あなたの手で切り裂いて もうひとつの未来を
気がついて 問い詰めて許さないで
さあ 罪に焦がれる胸を貫き

明日が来るはずの空の下 暗い湖(うみ)を独りただ見つめてる 
傍らの鳥がはばたいた どこか光を見つけられたのかな

ねえ お前の背に僕を乗せてくれないか
そして一番高い所で置き去りにして 温もりから遠ざけて

あなたの手で切り裂いて もうひとりの僕を
疑って 苛んで証し求めて
さあ 罪に焦がれる胸を貫き

鳥を夕闇に見送った 地を這うばかりの僕を風がなぜる
羽が欲しいとは言わないさ せめて宙に舞うメリッサの葉になりたい

ああ この 非力に立ちつくすしかない日々
何かを捨てて逃げ出したら もう元の場所には戻れないだろう

あなたの手で鍵をかけて 過去に背く明日に
閉じ込めて 二度と迷うことのないように
さあ 銀の鎖かたく捲きつけて

千切れそうな魂はひそやかに夢見る
風に散る瞬間の甘い痛み
今 月が満ちる夜に抱かれながら

(ポルノグラフィティ『 メリッサ 』)





※お知らせ※

いつも私達の拙い創作をお読み頂きまして誠に有難うございます。
読んでくださっている方々へ、お知らせがございます。
書き手としてご活躍頂いていたmayoさんですが、
やむを得ぬご事情により、掲示板への参加を続けることができなくなりました。

mayoさんの担っておられたお話は、残りのメンバーが引き継ぐことになりました。
Casaやキャラクターの状況等、mayoさんの作り出された雰囲気を壊さぬよう、
頑張って続けていきたいと思っております。
また、作中キャラでありますmayoさん(闇夜)には引き続き活躍してもらいたいと思っています。
ご理解、ご了承賜りますようよろしくお願い申し上げますm(__)m
なお、資料集『mayodas』のページ、casaのブログなどは、
このまま残して頂けるということですので、引き続きお楽しみくださいませ。

mayoさん、今まで有難うございましたm(__)m

mayoさんのお兄さまが 新しくブログをお作りになりましたので、リンクさせて
いただきます

porcellino






彼がどうして僕の  足バンさん

僕は、疲れ果て、頭がカラカラになって突っ伏している
原因は勿論あのー


だだっ広いロビーの受付で「パク・ウソク」の名を告げると
同名の社員は当社に3名おりますが、って言うから
社長の息子だと言うと「企画課のパクですね」ときた
もしかして…あいつホントに「ヒラ」だったりするの?

暫く待つと、綺麗な受付嬢が「あいにく、ただ今外出中でございます」と営業スマイル

「午前中にご連絡して、この時間を指定されたんですが」
「少々お待ちいただけますでしょうか、ただ今確認を…」

と、言ったお姉さんがいきなり頬染め「歓喜の瞳」をパチクリさせた瞬間
僕の頭の後から、昨日嫌いになったばかりの低い声がした

「こんなところで何やってるんだ」

振り向くと、作りモンみたいな顔のあの冷凍保存みたいな目が側にあった

「こんなところで足止めです、お約束のお時間のはずですが」
「まだ5分前だろう、さ、急ぐぞ」
「急ぐってどこへ!」

有無も言わさず、大股でロビーを横切るヤツの後を追う
相変わらずの「ビシッとスーツ」で風を切って歩けば、社員たちがすっと道を開ける
BHCの誰かさんも昔はそうだったらしいって
いつかギョンビンに聞いたのを思い出してちっとおかしくなった
やっぱコイツも携帯をパンっとか切るんだろうか…ぷふっ

ガラス張りのエレベーターの中でヤツが最上階を押す
乗り合わせた3人ほどの社員は隅に固まってる
連中に構わず、ヤツは僕の服装をちらりと一瞥してのたまった

「ふん…徹夜か」
「匂いますかっ?」

横に立ってる3人が「ギョッ」とした気配

「ご心配なく、下着とYシャツは替えましたから」
「ついでにネクタイも替えたらどうだ、趣味が悪い」
「ご忠告ありがとうございます」

社員たちは、希望の階に止まった幸運を噛み締めてそそくさと箱の外に出て行った

「それで?データで持ってきただろうな?」
「はい、MOとCDですが」
「どっちでもいい、よこして」

通されるのは打ち合わせ室だと思ってたから
前を行く男がひときわ大きな扉に向かっても、疑問もなくついていった

大体その時は、一睡もせずに数字だの英字だのと取っ組んだ後だから
細かい状況判断に欠けてたんだとは思う
いつもの僕だったら、ヤツがドアに向かうまでの長い廊下で
ネクタイを整え、顎を引き、悪い目つきをもっと悪くしたとこで
少なくても単なる「宿題チェック」じゃないことくらい察したはずだ


そのドアが開けられた時の僕は
まさに鳩が豆鉄砲…いや、フグでもいいんだけどさ
とにかく状況把握にずいぶん時間がかかったのは間違いない

そこには楕円のテーブルを囲んだ15人ほどの人間が
それぞれノートパソコンを前に座っていた
一番奥には、パクの爺さんと長男らしい男がいる

パク・ウソクが、僕が渡したデータを入口近くの若い男に渡すと
そいつは何やら空いてる席のパソに挿入して操作を始めた

ちょっ…何…コレ…
ってゆーか、どうして僕はこういう状況に遭遇しがちなんだ?
なんてあまり建設的じゃないことを全力で考えてると
パク・ウソクは操作されたパソのその席にどうぞと言い、自分は隣に座った

「こちらがキリョン自動車のカン・ドンジュンさんです
 今回の業務転換及び今後の展望についてご説明いただきます」

って…えええええーーーっっっ!?

「どうぞ始めて下さい、データは全員のパソコンに一斉に映されますから
 自分で操作しながらどんどんお話いただいて結構です」

どっどっどっどんどんって
あれはパクの爺さんの個人保有株じゃないのかよっ!
何でこんな連中に説明しなきゃなんないんだよっ!

という心の叫び声も虚しく、何十もの目が一斉に僕を見つめる
敵意でも歓迎でもない視線っていうのは案外コワいものだ

「どうしました?ドンジュンさん、操作方法ご存知ない?」

むかむかむかむかああああーーーーっっっ

「はっ初めまして、カン・ドンジュンですっ!」



そして1時間後…
僕は誰もいなくなったその会議室で事切れていた
ってくらい疲れ果ててテーブルに突っ伏している

その日、パク・ウソクにする予定だった説明を15人の人間に喋りまくり
徹夜で作成し直した資料をひっくり返して
いかに新生キリョンが投資の対象となり得るかを訴えた
半ばヤケ気味の「徹夜明けハイ」なテンションは、我ながらかなりの熱弁だったとは思う

「それにしても…腹へった~」

テーブルに頭を乗せてると、段々瞼が落ちてきてふわりと気持ちいい
全面はめ殺し窓の外はもうとうに日暮れていて
右がちょっとばかし明るい紺色だから…この部屋は南向きなんだろか…

スヒョン…どうしてる…?
今日は…何のシーンだって言ってたっけ…思い出せない…
ぼんやり…笑うスヒョン…
朝陽の中…
遠くで…止まる車…
何だったっけ…いつのことだろう…
でもね…今日も頑張ったんだ…
今日は…指名入ってる…?
その車は…どこ行くんだっけ…スヒョン…ス…

耳に響く大きな音にハッとして頭を上げた
でかいテーブルの対岸にパク・ウソクがドサリと座ったところだった

「ここで居眠りした客は君が初めてだ」
「う…すみません…」
「決まったよ、社長が今回の件について承認した」
「え?」
「おたくの次の株主会で賛成に回るってことだ」
「え…わぉ…あっありがとうございます!」

「他に質問は?」
「はいっ!何で今日、重役への説明なんかになったんですか」
「近いうちにキリョンの株を法人所有に移行するつもりだ」
「は?」
「今後は我が社として積極的に関わっていくということだ」
「う…」
「何だ…迷惑そうな顔だな」
「いえ…悪寒がしただけです」
「手っ取り早かっただろう?これでいざ法人譲渡する時に、妙な反対意見が出てくることはない」
「でっでも!修正内容も見ないであんな乱暴なことして、僕がコケてたらどうするんですか!」
「どうもしない、さっさと売っ払ってお荷物を下ろすか
 社長の未練が勝てば、空売りして暴落したところで買い戻すかだな」
「鬼のようですね」
「鬼も使いようだろ、こっちもロジェ氏の言葉に爪の先ほどは期待したからな」

相変わらずヤなヤツだけど、とにかくホッとした
今日は来られないギスが「しっかり頼むな」と懇願するから気張ってもいた

斜陽の頃も世話になったパクの爺さんに見捨てられたくないってのは勿論
自分の境遇に酷似してるパク・ウソクの生い立ちを知ってから
ギスはコロっと手の平を変えた…「きっとあの人は常に孤独なのだよ」だってさ
初めは「いけすかねぇスカシ野郎だ」ぐらい言ってたのに

「うちのために会議を?」
「まさかっ…別件の招集にもぐり込ませただけだ、キリョンの件などその他一般で処理される話だ」
「何で…ここにきて急に…」
「ノーコメント、我が社の事情だ」
「あなたの裁量?」
「俺は単なるいち社員だと言っただろうが」

だから、いち社員が重役会議の予定を変更できるかよっ

「今日はこれで終わりだ」と言って立ち上がったパク・ウソクは
この二日間で初めて見せるような、ちょっと真面目な目を向けた

「まぁあの短時間でよくやった方だな、大きな穴はひとまず塞がれてたようだし」
「え…」
「あのプロジェクトは、そう悪くない」
「あり…ありがとうございます」

散々ムチで打たれた後のアメ玉というやつだろうか
疲労も手伝って、僕は目の奥がじんわりときて潤んでしまった
ヤツはそんな僕を横目で見ながらドアに向かう

「ハンカチは持ってるか?」
「え…あ?…ええ」

一瞬、何だかんだ言っていいやつなんじゃないのかと思った僕が

「テーブルのヨダレ、拭いて帰れよ」

バカだった

「ハッッ!ちょ、ちょっと待ったーっっっ!」
「何だ、まだあるのか」
「昨日の!昨日の約束はどうなったんですかっ」
「あ?ああ、お友達の件か」
「お友達って…あなたの従弟の話じゃないんですかっ?」
「興味ないと言っただろ、追って連絡する」
「追ってって…」
「今日のデータをチェックしてからな」
「へ…」
「まさかあれで完璧だなんてホザいたら、即刻、全株売却するぞ」
「う…」

大きな二枚扉はほとんど音も立てずに閉まった



「ドンジュン、おまえすごい目なんだけど」
「テソンさんの手料理に燃えるほど感動してるんですぅ~」
「ウソつけっ」べしっ

まぁ、開店前にテソンさんが出してくれた焼飯のうまかったこと!
あの男の顔を思い出すとムカムカくるけど、取り敢えず腹を満たすのが優先だったし
次の呼び出しには万全を整えて行こうって決心で
とにかく僕はヤツの口を封じるための情熱でメラメラしてた

そんなワケで
いや、そんなワケってのは焼飯がうまかったって話じゃなくて
自分の仕事にメラメラしてるって方に繋がってるんだけれども
けっこう強気になってた僕は
その日の店でのスヒョンが気に入らなかった

いつもみたいに営業用にニッコリしてるけど全然ダメダメで
疲れてるってか、何だかどっぷり背負っちゃって
笑顔でいたってまるで意味ないんじゃないのかって、苛ついた

そんな顔しかできないなら、家帰って昼寝でもしてろとか
絶対言うに決まってる…あの男なら

何よりも…
メンバーがスヒョンに気を遣ってるのが一番嫌だった
気を遣われてるスヒョンも、遣わせてるスヒョンも嫌だった


閉店後、事務室を覗く
デスクの回転椅子に寝そべるように腰掛けて
肘掛けに頬づえをついたスヒョンは閉じていた目をゆっくり開けた
ソファで何やら書類をめくってたイヌ先生が愛想よく声をかける

「ドンジュン、君、夕べは徹夜だったんだってね?」
「うん、でも何とかひと仕事終えてきた」
「若いからってあんまり無理するんじゃないよ?」
「はい、気をつけます!」

「にしてもスヒョンは何だか生気ないなぁ、ヒョンジュに吸われちゃった?」

この場合、本当に他意はなかったんだけど
おそらく「嫉妬からの嫌味」っていうやつととられるのかなぁなんて
頭の隅がどこか冷めたまま口から出た言葉に
スヒョンは相変わらず表情を変えない

「ね、そんなんなら店来ない方がいいんじゃないの?」
「ドンジュン、チーフだって頑張ってるんだからあまり言うな」
「仕事なら当たり前のことじゃん」
「ドンジュン!」

僕は…そんなスヒョンを見るのは嫌い
スヒョンには、コマシ王でも何でもいいから悠然としててほしい
あれもこれも全部ひっくるめて、堂々としててほしい
…だけじゃないか…
やっぱ”他意”もあるんだろうか

「みんなに気を遣わせるくらいなら…店に出ないでよ」
「やっ、それは困るよドンジュン」
「でもそうじゃない?スヒョン」

僕をじっと見つめたままだったスヒョンは、ようやく身体を起こして椅子を引き
デスクの上の物を片付けながら「そうだね、悪かった」と言った

それきり何も言わずに書類にサインし始めたスヒョンを
どれくらいぼんやり見ていただろうか
僕のメラメラの余韻が、褪せた色紙みたいになっていくのを感じた

先生に「ごめんね」と言って部屋を出た時のでかいため息は
もしかしたら中にも聞こえたかもしんない

偉そうなこと言ってみたところでわかったのは
スヒョンをまるで支え切れてない自分の情けない姿だけ

スヒョンが静かに伏せた目は
その晩の僕をずっとゆらゆらと苛んだ


ちぇじゅどへごー   ぴかろん


*****

「ああんなんでイナは一緒に来てくれないのかなぁ」
「仕方ねぇだろう!ごちゃごちゃ言うな!」
「ま、いっかぁケヒっ。仕事は一日で終わらせてぇ、あとの二日間はイナをゆぅっくり…ケヒッ」
「そううまくいくか?スヨンさん厳しいぞぉ」
「ケヒ♪ケヒヒ♪」
「…浮かれてろ…しらねぇぞ…電話であんだけ怖いんだ…目の前で叱り飛ばされてみろ…しらねぇかんな…」
「どこいこっかなぁ~♪ソプチコジは外せないしぃ」
「おいテジュン、お前は仕事に行くんだからな!」
「あ~い♪」
「あっ、テジュン、これ」
「おお、忘れてた。金髪のヅラ♪」
「…なにするんだ?」
「…(^v^)」
「…ニヤつくな…」
「ケヒーッ♪」
「(-_-)」

浮かれたテジュンはニヤニヤ顔で機内に消えて行った
俺は余計な事は何にも言わなかったぞ
ヨンナムシが同行するとか、ヨンナムシとキム・イナが一泊しかしないとかいう余計な事は…
だって言うとぐちゃぐちゃうるさいんだもんあいつ!
…しかし…見たいなぁ、あいつがショック受けるとこ
…ひひひ…ひひひひ…楽しみだひひひ…

*****

んふ。んふふ。んふふふふっふっふぁっふぁっふぁっふぁ…
あ、すみません


んふ。んふんふ。ぐふふひふひふぇっふぇっふぇっふ

ああいかん
隣の人が席を立って空いてる席に移ってしまった


んふ。んふひっんふふひひっはひんは…はぁん…あ…あうっ

いかん!
鼻血がっ!

「いかがなさいました?」
「あ…はなぢがでただけでふ…」
「ご気分が優れないのでしょうか?」
「ごきぶんはじょうじょうすぎて…けひっ♪」
「…。では、何かございましたらお知らせくださいませ」
「あい」

いかんいかん
フライトアテンダントの美しい女性が訝しげな眼差しで僕を見つめていた
だってけひっ♪今夜けひひっ♪ぼっくはっ、かっわいっいいっなとっけひひっ♪
ああして…
こうして…
ああなったりこうなったりそしてああでこうでああああーっ

がくっ

けひっ
けひひひっ
けひーっひっひっ♪

素敵なお部屋かなっ♪
済州島の星空はキレイかなっ♪
寂しい思いさせてたから
今夜はたっぷりしっぽり…

あひーっ♪

「お客様、出血量が尋常ではございませんがっ!」
「らいじょうぶれふ。けひっ♪」

かくして僕は、貧血になりそうなくらい鼻血を出しながら、済州島までのフライトをあれこれ想像して楽しんだのだった

けひーっ♪

*****

朝起きたとき、ソクとスヒョクがいなかった
そりゃそうなのだ!配達に行ったのだ!
ついでにヨンナムさんもいなかった
ちっと心細くなったけど俺は布団を畳んで身支度を整えた
9時のひこーきだから、んと…んとんと…
(@_@;)
一体何時にココを出ればいいんだろう(;_;)ひーんヨンナムさぁぁん…

「ひーひーはーはーただいまっ。イナ!起きたか?」
「あう…(;_;)ヨンナムさんどこ行ってたのしゃ」
「配達、一軒だけでもと思ってさ、ひーキツー。用意しなきゃ!」
「おれ…おれ…心細くて(;_;)」
「ん?なんで?」
「ひこーき間に合うのかとか…」
「ああ、朝早くに先輩さんから電話があって、迎えに来てくれるって」
「へ?ジャンスさんが?」
「うん。なんか空港からみたいでさ、隣でテジュンの浮かれた声がしてた」
「…」
「もうじき来るかな、用意用意」
「ヨンナムさん、かっくいいカッコしてねっ」
「へいへい」

心配だな
どんな格好する気だろう
俺はヨンナムさんのピシっとした格好って見たことないぞ、想像はつくけど(らっててじゅそっくりだしさ…)

「荷物って下着と着替えぐらいでいいんだよな?」
「うん、スーツと」
「スーツなんかないぞぉ」
「え…」
「いるのか?」
「…なんとかする…」
「…。そんな格式ばったとこに行くのか?」
「いや、スーツのがかっくいーかなと思って」
「しゃらくせぇ!あ、お前、朝飯食った?台所にキムパプ用意できてる」
「作ったの?」
「まさか!買ってきたの。食べろよ、もうすぐ先輩さん来るからな」

飯を口に詰め込み、ヨンナムさんの部屋を覗きこむ

生背中がっ(@_@;)

「おはよーございまぁす。お迎えにあがりましたぁ。キム・イナっ!何をしているっ!」
「うげ。もう来たの?」
「おう!ナビに従ってやってきたら予定より早く着いた。用意できてるか?」

ジャンスさんの声にヨンナムさんが半裸の体を部屋から覗かせた

「すみませーん、もうちょっと待ってくださーい」
「はうっ」
「ジャンスさん、ヨンナムさんのハダカに反応するんじゃねぇよ!」
「いやぁいいものを見せていただきました。…。…。キム・イナよ…」
「…。なんだよ」
「…お前はあれの類似品と…」
「…なんだよっ!」
「ふふん。ははん。ひーっひっひっ」
「なんなんだよっ!」

ジャンスさんは意地悪そうな顔をして俺を手招きした

「なにさ」
「テジュンのバカがな」
「うん」
「えらい浮かれようだったんだ」
「なんで?」
「あーそれは…んふ。お前と久しぶりに会えるからだろう」
「ふーん」

「お待たせしました。イナ、荷物どれ?」
「あ、これ」
「持ってやる」
「いいよ、持てるよ」
「いいから。行こう。ジャンスさん、お願いします」
「くひひ、合点承知!」

こうして俺達は、ジャンスさんの企むような笑顔に見送られ、済州島へと旅立ったのだ

*****

「こんにちは」
「時間通りですね」
「ええ。なんとか」
「首尾は?」
「万端…のつもりです」
「では会議室の方へどうぞ」
「えと、荷物を部屋に…」
「運んでおきますわ」
「でも、部屋からの眺めとか、ベッドの具合とか確かめたいんで…けひっ」
「…。なぜですの?」
「それは今夜イナ…げほん…。いや、やはり結構です」
「ではこちらへ」

「スヨンさん。夕食を一緒にとりたいとイナが…」
「ジャンスシから聞いております。よろしいのかしら、お邪魔じゃございません?」
「…僕はそうですけどイナがどうしてもと」
「…。『僕はそうですけど?』」
「…いや。…。…よろしくお願いいたします」

「スヨンさん。ここいらで一番お薦めのデートスポットはどこでしょうか?」
「そうですね、観光する場所はたくさんございますわ。あらゆる顧客層に満足いただける素晴らしい自然がこの島には…」
「いえあの、デートする場所を…」
「…。カップル向けの観光スポットですか?そういった商品で何かよい案が?」
「いえあの、イナをどこにつれていってやろうかなーって。へへっ」
「…。今回の出張、物見遊山のおつもりですか?!」
「あ…いえ、仕事をちゃんと終えてから…。…。すみません…」

「二泊三日のご予定ですよね?」
「はい」
「三日間で研修のシミュレーションが完全にできるのですね?」
「二日間でなんとか」
「…。大変ですわ。お食事する時間、あるかしら」
「大丈夫ですよぉけひっ♪」

顔が緩んでしまう
だって何日ぶりだろう、イナと会うのは…
ひひひん…
ところでイナは何時にここに着くんだ?
ああめちゃくちゃ気になる
先輩の話では9時発の飛行機に乗るとか…
その後一体どうするんだ?!
くそう、今頃飛行機の中だな?!
電話ができん!

「テジュンさん。百面相はやめてください」
「…あ…はは…は。ちょっと気がかりがありまして」
「まあ、それは大変」

スヨンさんは、ちっとも大変じゃなさそうにシレっと言った
So cool…
僕はスヨンさんの厳しい眼差しに晒されながら、会議室へと向かった


ごさいじ・たびのきろく 1   ぴかろん


「イナヤ~」
「おじき…おじきぃぃ」

僕は叔父さんと固く抱き合いました。懐かしさのあまり、僕は叔父さんの額に唇をくっつけてしまいました。叔父さんは、掌でごしごしと額を拭いました
同行したヨンナムさんは、叔父さんと僕のそんな様子を優しく見つめていました
叔父さんがヨンナムさんに気づき、慌てて挨拶をしました

「おおおこれはこれは。いつもイナがお世話になっておりますテジュンさん」
「…。あ…。はい。いえ。僕はテジュンの従兄弟で、キム・ヨンナムと申します」
「なんと?!従兄弟?!これはまぁそっくりですなぁ」
「はい。それが売りです」

ヨンナムさんは爽やかに微笑み、叔父さんはこんな爽やかな人とあの人を間違えるだなんてワシとしたことが…と意味不明の事を言いました
それから僕達は叔父さんの土産物屋さんに行きました。ヒョンジャ小母さんがいました。相変わらずの様子でとても元気でした
店の奥の部屋に通され、ヨンナムさんと僕は、お菓子だのお茶だのを振舞われました
僕はテスから預かっていたパウンドケーキと、僕が選んだ洋服を二人に渡しました
叔父さんと小母さんはとても喜んでくれました
ヨンナムさんは、これ、僕の扱っている水です…と、小さなペットボトルを二本差し出しました
とても照れくさそうでした
そして小さな声で、お前、いつの間に土産用意したんだよ!持ってくるならそう言えよ!と僕を小突きました
僕は、開店前の僅かな時間に、通りの洋服屋さんに走っていって、中年夫婦に似合うような、でも若々しいペアルックのセーターを選んだのです
そういうところは如才がないんだな、とヨンナムさんは僕の耳元で囁きました。くすぐったくて身を捩ってしまいました
その時、叔父さんが、ウォッホンとわざとらしい咳払いをしました
僕達は姿勢を正しました

叔父さんは、テスが元気で幸せかどうか気にしていました
テスも叔父さん、小母さん、そしてチョンエの事をとても気にしていると伝えました
叔父さん達は、祭の最中に、テスに相談もせずに済州島に来たことを申し訳ないと思っていたそうです
テスはテスで、叔父さん達をほったらかしにしていた事、そして今、自分だけが幸せになっているんじゃないかという事を同じように申し訳なく思っているのです
叔父さん達夫婦は幸せそうです。チョンエはどうなのでしょう。チョンエは僕の幼なじみでもあります。そしてファースト・キスを奪われた相手でもあります。だからどうしているか、気になります。叔父さん達は笑って、チョンエはとっても元気だと言いました
それでも僕が心配そうな顔でいると、気になるのなら会いに行けばいい…と仕事先を教えてくれました
あれ?テスの言っていたところと違うなあ…と思いましたが、同時にテスが、チョンエは色々な事をやっていると言っていた事を思い出して、納得しました

ヒョンジャ小母さんが昼ご飯を用意すると言うのを断り、昼前に叔父さん達の店を出ました
僕達はレンタカーを借りるつもりだったので、叔父さんの馴染みらしいレンタカー屋さんに連れて行ってもらいました
かっくいいスポーツカーを借りました。ちっときつねの車に似ています。つーしーたーらしいです
叔父さんの顔で安く借りれました。叔父さんは、帰りに土産を買いに寄れと言いました
買うのか…くれるんじゃないのか…という考えが僕の脳裡を過ぎりましたが、僕は、ずっと世話になっていた叔父さんへの恩返しのつもりで、沢山買うからねと言いました
僕は別れ際に、叔父さんと抱き合いました。そして叔父さんに、愛情いっぱいに育てて貰ったお礼を言いました
ちっと涙が出ました。叔父さんは顔をくしゃくしゃにして、この野郎、可愛らしい事言っても土産物はマケたりしないからな!と言いました
そして僕達は、松岳山(ソンアクサン)を目指して走り出しました

松岳山 の近くには、美味しいアラの刺身を食べさせてくれる食堂があります
店の親父さんはお喋りでちょっとうるさいのですが、刺身は最高に美味いのです。松岳山からは、晴れた日ならすぐ近くに馬羅島(マラド)が見えます
僕は、済州島が初めてだというヨンナムさんをいろんなところへ連れて行きたいと思っていました。一緒に行けてとっても嬉しいです
ドライブは、二人で交替しながら運転しました。かっくいーつーしーたーのすぽーつかーを運転するヨンナムさんは、いつもと違って『そーくーる』です
僕は時々、ポーっとなってしまいました。スヨンもきっとポーっとなると思います

松岳山に到着しました。晴れているのでばっちり馬羅島が見えます。素晴らしい景色にヨンナムさんは感嘆の声をあげました。よかったです
それからヨンナムさんを案内して、アラの刺身を食べました
店の親父さんは、今日は何の撮影だい?随分な色男が揃って来てくれるたぁ…と言いました
ヨンナムさんは、公にできない映画をね…ふふふんと答えました。親父さんはゴクリと唾を呑み込み、そそそれは何かい?ナニなのかい?と言いました
ヨンナムさんはニヤリと笑い、ナニなんだけどね…アレなんだよ…と小さな声で呟きました。親父さんはもう一度ゴクリと唾を呑み込み、奥に引っ込みました

「ナニでアレって…ナニのアレの事?」
「別にそうは言ってない」
「じゃ、なんなんだよ!」
「いや、親父さんの好きなように想像してくれるだろうからさ…フフフ」
「…どういうこと?」
「ア○ルトものとか不倫ものとか同性ものとかいろいろお好きなように…ね?」
「…」
「ふははは」

「あいよ」
トン

注文していない トッペギ が出てきました

「栄養つけないと…体使うんだろ…それに…ぐすっ…なんだよ…精神的にも辛い仕事なんだろ?」

親父さんはヨンナムさんの言葉でどうやら僕達を俳優だと勘違いしたようです
実際、この辺りでは…というより、済州島は、色々なドラマや映画のロケ地になっているようです

「イェー、コマッスムニダ」

ヨンナムさんは少し伏目にして、静かに礼を言いました
本物の俳優さんみたいです!こんな特技があったとは(@_@;)

「わかるよ…、構わんさ、誰を好きであっても!」
「(@_@;)」
「イェー、アジョッシ…」
「うんうん、あんたら二人がそういう映画でもドラマでもなんでも世に広めてくれりゃあ皆堂々とできるもんなぁ…頑張れよ」
「イェー」

親父さんはポンポンとヨンナムさんの肩を叩いて奥に行ってしまいました

「そういうドラマ?」
「んふふ…ごちそうしてもらっちゃった。食べようぜ、イナ♪」
「…どういう…ドラマ?」
「ロケは後で…。ね?」

ニコリと笑って鍋にスッカラクを突っ込むヨンナムさんを僕は呆気にとられて見ていました

「特技なの?(@_@;)」
「ん?タダで飯にありつくの?」
「(゜゜)(。_。)」
「…得意だねぇ…ふふふん」

ヨンナムさんは思っていた以上に曲者なのかもしれません…


エアポート       オリーさん

何度も何度も荷造りをしている
入れては出し、入れては出し
飛行機が発つ時間になっても、まだ終わらない
何が気に入らないんだ?
兄さんが傍らで怒鳴る
聞こえないふりをして、僕は荷造りを繰りかえす

突然我にかえり目を開いた
目の前に彼の顔があった
「どうかしたのか?うなってたぞ」
彼はすでに支度をしている

夢・・だったのか・・

「そっちは何時出発だ?」
「ええっとね、11時の便だから8時前には出ないと」
「ならまだ余裕がある」

彼はそう言ってすっと立ち上がった
時計を見ると、6時を過ぎたばかりだった

「僕はもう出る」
「あ・・」
「昨日何かあったのか?」
「ん・・ちょっと兄さんの荷造り手伝ってた」
「あの後?」
「うん」
「そうか・・」

彼は首をわずかにかしげ、不審そうな顔をしたが
何も言わずに出口の方へ歩いていった
僕はベッドから飛び降り、その後を追った

「今日は店には出ないよね」
「悪いが休ませてもらう」
「気をつけて」
「店の方を頼む」
「わかってる。イヌ先生にも言われてるから」
「悪いな」

「大丈夫だよ。それより今日もチョンマンさん見学に行くのかな」
「特には聞いてないが・・今日は遠いから」
「そう言えばイナさんも見に行ったんだってね」
「来なくてもいいのに」
「くふっ、何か言われたの?」
「別に・・ただ・・あいつは口のきき方を知らない」
「それはお互いさまでしょ」
「・・・」
「ね?」
「行って来る」
「はい」

「お兄さんに気をつけてと伝えてくれ」
「わかった」
「じゃ」
「いってらっしゃい」

彼はエレベーターの手前で振り返った
「その頭・・」
「え?」
「出かける前には寝癖を何とかした方がいい」
僕はあわてて頭に手をあてた
彼はその様子を見て可笑しそうに笑った
そしてエレベーターの中で頭に手をあてて僕の真似をした

僕はむっとして、扉が閉まった後も
しばらくエレベーターの前で頭を撫でていた
その後、シャワールームに向かった
ドンジュンさんがいたら、目が釣り上がってると言うだろう
睡眠不足の上に寝癖だ
ったくっ!


シャワーを終えてローブを引っかけ
兄さんの部屋をノックした
中から返事が返ってきたので意外に思ってドアを開けた
ピッチリ支度した兄さんがいた
この人はそうなんだ
本番に強いタイプだ

「シャワー浴びたのか」
「早いね、もう出かけられるの?」
「準備万端だ、荷物もばっちり用意した」
「用意した?」
「いや・・」

「何言ってんだか。じゃあ何かおなかに入れたら?僕は着替える」
「朝飯作ってないのか?」
「何ですと?」
「いえ、えっとパンでも焼かせていただきます」
「コーヒーもよろしく」
「アイアイサー」

スーツを着てビシっとすれば
昨日めそめそしていた情けない姿などかけらもない
それはそれでまあいいのだが、
何となく釈然としない僕の気持ちをどうしてくれる・・
彼を何となく送り出してしまったこの気持ち・・


兄さんと軽い朝食をすませ、僕らはローバーで先生のホテルに向かった
まだラッシュの前なので道は空いている

「何があるのかな、金庫の中に?」
「さあ・・」
「ほんとに大金が入ってると思う?」
「わからん」

「兄さんならどうする?昔の相手に大金を残したりする?」
「もし僕なら・・」
「兄さんなら?」
「しないだろうな。お前だったら?」
「わからないけど、たぶん別の方法を考えると思う」
「だろ?」

「じゃあ何が入っていると思う?」
「見当もつかない。Jack-in-a-boxってとこだな」
「開けてびっくり・・か。ねえ・・」
「何だ?」
「先生のこと、ちゃんと見ててあげてね」
「仕事だ。ちゃんとやるさ」
「あの人は・・いい人だよ」

「なあ」
「ん?」
「お前、あの先生とどうなんだ?」
「どうって?」
「言ってる意味わかるだろ?」
「別に」
「ふん・・そうか。ならいい」

「携帯つながったの?ラブ君の」
「・・・」
「切られたまま?」
「仕事の時にそういう事を言い出すな」
「つながらないんだね」
「・・・」
「僕からよく説明しておくから」
「・・・」
「ね?」
「ん」

「ニューヨーク乗換えだったね」
「ああ」
「懐かしいね」
「JFKからラガーディアに移動するだけだ。街に出たりしない」
「二人とも元気にしてるかな」
「元気だろ」
「一度くらい会いに行きなよ」
「会ってもどうしようもない。チフンはもう覚えてないだろうし」
「彼女からは何も言ってこない?」
「幸せに暮らしてるだろう。僕が出ていく必要もないだろ」
「そうだね・・」

『それでもいつか会いに行きなよ』
僕は心の中で呟いた

ホテルに着くと、先生はロビーで僕たちを出迎えた

「おはようございます」
「おはよう」

僕は改めて先生に兄さんを紹介し
二人とも簡単な挨拶を交わした


「コートは持ってきましたか?」
「車の中に」
「ロングコート?」
「もちろん」
「さすがに心得てますね。この時期のボストンは冷え込みます」
「そう聞いています」
「荷物は?」
「このスーツケースを」

先生が傍らのスーツケースを指したので
僕はそれに手をかけた
先生が手を伸ばしたのとほぼ同時だった
キャリーの取っ手の上で僕の手を先生の手が包んだ
一瞬、胸がどくんと鳴った

「僕が運びますから」
「すまないね」

先生は何事もなかったように手を離し
僕はスーツケースを引きずって歩き出した
そしてエントランスに停めてあったローバーに運び入れた

空港まで運転すると言い出した兄さんにハンドルを握らせ
僕と先生は後部座席に乗り込んだ
先生は、持っていたカシミアのロングコートを
僕と先生の間にふわりと置いた

「いいコートですね」
「祖父にもらった。かなり年季が入ってる」
「とても滑らかですね」
「久しぶりにこれが役に立ちそうだ」

道は相変わらず空いていたので
空港までは順調に流れた

「この時期に仕事以外でボストンまで行く物好きはそうはいない」
「そんなに寒いんですか?」
「寒いを通り越して痛いだな」

僕は運転席の兄さんに声をかけた
「兄さん、痛いらしいよ」
兄さんは前を向いたまま静かに答えた
「痛くてもかゆくても御伴いたします」
「だそうです。どうか何でも言いつけてください」
先生は柔らかい笑みを浮かべた

兄さんが事務的に説明を始めた
「JFKに着きますが、ラガーディアまで移動してシャトルに乗ります」
「ラガーディアの方がシャトルの便数がありますからね」
「そうですか。全部ロジャースの仕切りなので」
「あの人なら抜け目はないでしょう」
「おっしゃるとおり。とんでもない奴です」
「そこは意見が合いますね」

先生と兄さんは前後でまんざらでもない様子で会話をしていた
ひととおり、フライトの予定などを話すと、
沈黙が訪れた
僕は流れていく窓の外を見ていた
脇に置かれた先生のカシミアのコートのぬくもりが
太ももの片側に伝わってきた

そして
先生がそのコートの下で僕の手を握りしめた
景色がしだいに薄くぼやけていった
その手のぬくもりとカシミアが暖かくて・・
ただとても暖かくて・・

「おいっ、着いたぞっ」

次に聞こえたのは兄さんの声だった

目を開けた僕に先生が言った
「寝不足かな?」
「あ・・すみません。ちょっと荷造りが手間取ってしまったもので」
僕は運転席に視線を飛ばした
「けほけほこほけほっ。お前がやるって言ったんじゃないか」
「そういう状況に追い込んだのは誰よ」
「まあ、二人とも・・」

「「すみません・・」」
「「ほらっ、みっともない」」
僕と兄さんはやっぱり兄弟なのだろう


チェックインを終えた二人は、もう乗り込むだけになっていた
「そろそろ入りましょうか」
兄さんの声で僕たちは動き出した

「先生」
「大丈夫、言わばホームグラウンドだからね」
「兄はあんな風ですけど役に立ちますから」
「わかってる。頼りにしよう」
「気をつけて」
「君もあまり心配しないで」
「はい」

「げぇっ!」

僕と先生が話している横で、突然兄さんが素っ頓狂な声を上げた

「どうしたの?」
「ぐぅぅ・・」
唸った兄さんの視線の先に、ぴったりくっついた二人組が手を振っていた

「ろ、ろじゃーーーすっ!お前って奴はぁぁぁぁ!」
兄さんは低い声で唸り続けた

「ぐっどもーにんぐ、えぶりわんわんっ」
「こんにちはあ」
ロジャースさんとその腰に巻きついたラブ君が僕たちの方へ近づいてきた

「ダ・ダーリ・・もといラブ、どうしてここへ・・」
「ロジャースさんが見送りに行こうって誘ってくれたの、ね?」
「うん、ラブ君誘ってお見送りんりんらんらん」
「ふ・・古いっ・・」
「古いのか?やっぱマダムのだじゃれは年季が入っているのだなあ、くわははっ!」
「笑い事か、ぶぁかっ!」
へどもどしながら怒っている兄さんを尻目に
ラブ君は先生にねじり寄っていった

「せんせ、僕のダーリン、よろしくね。よく働く奴だからしっかり使っていいからね」
「それはご丁寧に」
「先生、相変わらず渋いんだからあ」
ラブ君は先生の首に絡みついた
兄さんは目の玉が飛び出しそうになっている

「あのね、あいつのこと怠けたらうんと叱って。そしたら働くから。
叱られるの好きなんだよ、だからどんどん叱ってあげて。ね?」
「叱るのは君じゃないとダメじゃないかな」
「ううん、そんなことないって。先生でもだ・い・じょ・う・ぶ…ね?」
「わかった、覚えておこう」
「そうして。ね?」

次にラブ君は兄さんの所へ行き、同じように首に巻きついた
「いい?ちゃあんと働いておいで。わかってるよね?」
「あ、はい、しっかり働いてきますです」
「先生のことちゃあんと面倒みるんだよ、いい?」
「あ、は、はい…はひん」
「本当にわかってる?」
「あ…つぅ…あ…はい…」
「いい子でお留守番してるから、ね?」
「あ…つぅ…はい…つぅ…」
「お土産、期待してるね。ボストンって伝統の街だよね、んね?」
「あ…つぅ…そ、そうです…つぅ」
「じゃあそんな感じでお・ね・が・い!」
「あ…ひん。わかりまひた…つぅ」

僕は見てしまった
首に巻きついたラブ君の指が、兄さんの首筋に思い切り爪を立てているのを…
まあ仕方ないね

お仕置きの済んだ兄さんは顎をしゃくってロジャースさんを呼び
少し離れた所でひそひそ話を始めた
最終の打ち合わせだろうか…
兄さんは背伸びして、ロジャースさんの首根っこを押さえている

「昨日の夜、ラブ君がいなくなったって大騒ぎだったんだ」
「ふふ…そんなことだろうと思ってたけどさあ、あいつ言わないんだもん」
「ばかだよねえ」
「ほんとに」
「おかげで僕は寝不足だよ」
「そうなの?」
「グチュグチュしちゃって、荷造りもできないんだ」
「あははっ!」
「おかげで僕がみんなやった」
「お疲れさま~。んでもギョンビンがやった方が正解かもよ」
「そうかもねえ」
「「くふふ」」

そうこうしているうちに、兄さんとロジャースさんが戻ってきた
そして先生と兄さんはやっとゲートに入って行った
先生はゲートに消える前に振り向き僕に静かな微笑みをくれた

「よおく、働くんだよおおん」
「あいあいさーー!」
隣でラブ君も兄さんに手を振った

こうして、兄さんと先生はボストンへ旅立って行ったのだった

「ねえ、ぴーちゃん、これからどうするの?」
「マダムのツアーにラブ君一緒する?」
「するするっ」
「ロジャースさん、まじでヒマなんじゃないんですか?」
「おぅ!のー!あいあむてりぶりぃびじーよおん」
「英語訛らないように気をつけた方がいいですよ」
「ねばーまいんど、のーぷろぶれむっちゃ。んだばラブ君、行くべ」
「んだ、んだ」
「…」
二人はぴったりとくっついたまま、ロビーを歩き出した

さて、僕はどうしよう…
今日は映画は海での撮影
車で飛ばせばここから2時間ほどだろうか…
先生に握られた手をさすりながら、
ぼんやりとそんな事を考えていた


エアポート番外編 ジンとぴーの会話 オリーさん

「お前、何やってんだよっ!」
「何って?」
「ラブに手出しするんじゃないっ!」
「だってえ、ラブ君があんたを見送りたいっていうからあ」
「あ…うん…しょうなの?」
「そうそう。んでもって後でツアーに合流しようって」
「ぶぁかっ!ラブをまだむつあーになんか突っ込んでみろ。
飛んで火にいる夏の虫だっ!やめろおおおお!」
「いいじゃあん、おひねりたくさんもらえるかもお」
「ぶぁか、ラブにおひねりなんざいらないんだよっ!」
「万札が飛びかうかもよお」
「うっさいっ!とにかくラブに指一本触れてみろ、ただじゃおかないぞ!いいな!」
「わーった!指10本全部使うっちゃ!」
「違うっ!そういう意味じゃないっ!」
「くひひん、だってあんた、そん時は空の上だもぉん。ぴーちゃんやりたい放題♪」
「帰ってきたら殺してやるっ!」
「きゃあっ!怖いっ!誰か~っ!」
「ーー#」

「それより、せっかく東へ飛ぶのにとんぼ帰りで悪いな」
「別にかまわん」
「ニューヨークにかみさんたちいるんだろ?」
「元かみさんだ」
「今度ニューヨークの仕事が入ったら、優先的に回すから」
「お前の仕事は二度としないっ!」
「あんっ、意地悪ぅ!」
「いいか、ラブに触るんじゃないぞ」
「わーったよん。ところで」
「ん?」
「中身はすべて押えろ、いいな」
「わかってる」
「髪の毛一本も残すなよ」
「くどい」
「連絡待ってる」
「らじゃ」
「頼むぞ。トミーには気をつけろよ」
「さあな。お宝あったらまずCIA呼ぼうかな」
「おいっ!」
「ふふふん、いいか、ラブに触るな、わかったか?」
「わーったって言ってるだろ」
「よしお互いよおく確認できた」
「よっしゃ、じゃ行っといで」
「お前、ほんとに忙しいのか?」
「イエッサー!」
「怪しい奴…」






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