ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 264

かんばせーしょん3 オリーさん

「よお!どうよ?」
「どうよって?」
「調子」
「そっちは?」
「僕が先に聞いたんだろ」
「じゃ、まあまあ。でそっちは?」
「まあまあ」
「「・・・」」

「あのさ・・」
「ん?」
「撮影見に行ったんだって?」
「・・・」
「おっさんにちらっと聞いたんだけど」
「ジホ監督?」
「ああ」
「そうですか。行きましたよ」
「で、どうよ?」
「どうよって?」
「その・・どんな感じだった?」

「どんなって言われても・・」
「お前、勇気あるな・・」
「そんなんじゃありません。行く予定はなかったんですよ」
「え?」
「ただインチョンまで出て兄さん達見送って・・そしたら何となく」
「そっか。兄貴はいつ帰ってくるの?」
「今日の夕方には着いてるはずですけど」
「あのボストン行きって何よ?」
「何って・・・」
「機密事項?」
「そういう事にしておいてください」
「ふうん。まあ、いいけどさ」

「結構仕事してるみたいです」
「え?」
「映画の話」
「いい仕事してる?」
「そう感じました」
「そっか・・」
「最初は離れて見てたんだけど、ジホ監督に誘われちゃって」
「あのおっさん、ほんと食えないよな」
「でもいい事言ってくれました」
「何?」
「どうせ映画ができたら見ることになるって」
「・・・」
「言われてみればそうですよね」
「確かにね」

「車の仕事、忙しいみたいですけど」
「僕?忙しいってか、ちょっとこうるさいのが出てきてさ。
それの対応でバタバタしてて」
「いいじゃないですか」
「そうね、気が紛れるってか・・そうね。ところでお前さ・・」
「何?」
「お前、同居してるじゃん。毎晩あの人帰ってくるだろ」
「そりゃ帰ってきますよ」
「で・・どう?」
「どうって、ああいう人だから、いつもと変わりなくただいまって感じ」

「あの天然はそうかもなあ・・わかる気もするわ」
「よくも悪くもイノセンスです」
「ぷっ!」
「そこで笑います?」
「わりい・・」
「あの人は?」
「スヒョン?スヒョンは・・結構はまってるかな・・」
「はまってる?」
「仕事にな」
「仕事にね」
「「・・・」」

「おっと、もう時間だ」
「ほんとだ、じゃ行きましょうか」
「こっちも仕事、仕事っと・・指名入ってっかなあ」
「人手がない分、今夜も忙しいですよね」
「よっしゃ、いざ出陣!」
「らじゃ!」


「どういうことだ」
「何が?」
「お宝はなしって」
「ブツの写真は送っただろ」
「手紙と指輪」
「そういうことだ」
「あれ以外なかったのか?」
「ない」
「確かか?」
「疑うならお前が行けばよかっただろう」
「疑ってるわけじゃない」
「ならそれで終わりだ」

「あの手紙をタイプアウトしてみた」
「へえ」
「ちょっとひっかかる箇所がある」
「そうか」
「気づかなかったか」
「別に」
「何かある気がする」
「へえ。じゃ自分で調べろよ」
「お前どう思う?」
「知るかっ」
「そうツンケンするなよ。何か不審な行動はなかったか?」

「何がだっ」
「教授だよ。単独行動したとか・・そのどこか・・」
「いいかげん、その口を閉じろっ!」
「お、おい・・」
「黙れって言ってんだよ」
「げっ、苦しい・・息が・・」
「息なんかするな、馬鹿野郎!」
「そりゃ・・げほっ・・ないよ」
「あの手紙を読んだあの人の気持ちがわかるか?」
「そりゃ・・げほっ・・想像はつくわな」
「手紙の写真撮った僕の気持ちがわかるかっ」
「そりゃ、そういう時も・・げほげほっ」
「そういう時もあるってか?」
「げほっ・・そうだ・・」
「ゲス野郎・・」
「悪かった・・」

「あいつには言うなよ」
「ん?」
「弟にはあの手紙のことは言うな」
「僕は秘密厳守の優秀な諜報員だ」
「だから言ってるんだ」
「・・」
「仕事のためなら何でもするんだろ」
「言わない」
「覚えとけよ、言ったら殺す」
「まだ死にたくない」
「よし、お互い理解しあえたな」
「たぶん」
「あん?」
「ま、間違えた。ぜ、絶対!」
「よし。じゃあ今度はこっちの番だ」

「何?」
「ラブにどこまで手を出したっ」
「げほげほげほっ・・苦しいよぉ」
「何した?」
「何も・・げほっ・・してないって・・」
「嘘つくな」
「げほっ、嘘じゃないって・・」
「お前が食らいつかないわけがないだろうっ!」
「お、お泊りさせてもらっただけだってば」

「お泊り?ラブの家にか?!」
「げほげほっ・・くく、苦しい・・よく・・聞け・・ミ・ミンギ君も一緒・・」
「ミンギ君も一緒か・・で?」
「それだけだよ・・げほっ」
「嘘つけっ、お前がそれですむわけないだろっ!」
「す、すんだよ、すんだ・・だって僕ノーマルだもん」
「いんや、お前は器用だ、よおおく知ってるぞ」
「ほ、ほんとだって・・何もしてないって・・」
「ただ大人しくオネンネしてたってのか」
「そうだよぉ、キス以外何もしてないから」
「キス以外っ?!」
「げほげほげほっ・・それ・・は・・その・・」

「いいかっ」
「げほっ!」
「このたくましい上腕二頭筋はな・・」
「げほっ」
「お前のその首を押しつぶしたくてぴくぴくしてるんだ」
「げほっ!」
「よおく覚えとけっ!」
「ら…じゃ」
「あちこちでいい女抱きたかったら、いい子にしてろ」
「らじゃらじゃ!」
「ったく店にまで出やがって、このお調子者が!」
「そうなのよ。僕ってナンバーワンになれるかも・・」
すぱこーーんっ!
「馬鹿野郎!」
「ったくラブ君には頭上がらんくせに・・ブツブ・・」
すぱこーーんっ!
「痛てえなあ。さっきから首しめたり、頭はったり、やりたい放題・・」
「文句あっか?」
「一言だけ言わせてくれ」
「何だ?」
「僕は内から燃えあがるのは得意だけどね、外から燃やされるのは嫌いだ」
「何だ、それ?」
「ふんっ!」
「ふんっ!」


「店に直接出るとは思わなかった」
「何となく・・な」
「ラブ君のことが心配だった?」
「べ、別に・・」
「ロジャースさんがずっとヘルプに入ってたよ」
「らしいな」
「結構いい味出してた」
「あのお調子者めが、ふんっ!」
「先生は?」
「ホテルまでタクシーで送った」
「そう。で、どうだったの?」
「ん?」

「何か入ってた?」
「ああ」
「何?」
「指輪・・だ」
「指輪?」
「何でも学生時代に譲ってくれるっていう話をしてたらしい」
「学生時代に?」
「その指輪がずっと貸金庫に入っていたらしい」
「で金庫の契約が切れて、先生に連絡がきた・・」
「そういうこと。お約束の指輪が手に入ったってことだ」
「それだけ?」
「ああ」

「どんな指輪?」
「結構古い物で値打ち物らしかったな」
「何で指輪なんだろうね」
「え?」
「先生が指輪欲しがるなんてちょっとピンとこない」
「ショーメの特注品で珍しい物らしい」
「そう・・」
「それより、これ」
「何、ティファニー?」
「先生からお前に土産だ」
「へえ」
「ボールペンだ」
「ティファニーのボールペンか、いいね」
「まったくあの人にはまいるよなあ」
「何が?」
「ボールペンなら誰でも受け取れるだろ」

「どういう意味?」
「わざとらしくペンダントとかだと面倒だが・・」
「兄さんはラブ君に何買ってきたの?」
「はい?」
「わざとらしいペンダント?」
「けほっ」
「当たり?」
「渋くてカッコやつだぞっ」
「はいはい、わざとらしくないのね」
「当然だ」

「疲れたでしょ?」
「まあな」
「帰って休めば」
「ああ」
「こっちに帰る、それともラブ君のとこ?」
「それはダーリンしだいだなあ、くひっ」
「どっちにしてもゆっくり休んだ方がいいよ」
「そうする。ところで今日あの二人は?撮影か?」
「うん」
「そうか・・」
「じゃあ」

「おい・・」
「何?」
「あの人は・・」
「え」
「あの先生は・・」
「何?」
「案外いい人だな」
「急にどうしたの?」
「あ、いや。上手いイタリア料理食わせてもらった」
「よかったじゃない」
「ああ」
「そう・・先生はとても・・いい人だよ」

「先生・・」
「ああ、君か」
「おかえりなさい。兄からボールペン受け取りました」
「もうお兄さんに会った?」
「先生を送った後でそのまま店に来たので」
「そうか」
「ありがとうございます」
「気が向いたら使いなさい」
「使わせてもらいます。それより・・」
「ん?」

「兄が何かご迷惑おかけしませんでしたか?」
「お兄さんには世話になった」
「そうですか?」
「本当によくしてくれたよ」
「兄もイタリア料理がとても美味しかったって喜んでました」
「それはよかった」
「お疲れでしょう」
「そう・・さすがにね」
「ゆっくり休んでください」
「ありがとう」
「じゃあ・・」

「ミン君・・」
「何ですか?」
「いや・・何でもない」
「何か?」
「いや、何でもない。わざわざ連絡してくれてありがとう」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ・・」


「僕だ」
「どうしたの?」
「今、どこだ?」
「店だけど」
「そうか・・」
「今どこ?」
「実はさっき帰ってきた」
「早かったんだね」
「まあ・・」
「どうかしたの?」
「別に・・」
「まさか・・撮影でドジった?」
「撮影は・・まあ、何とかなった」
「そう、なら・・よかった」

「ミン・・」
「何?」
「いや、ちょっと声が聞きたかっただけだ」
「・・・」
「もう帰れるのか?」
「うん・・これから出る」
「そうか」
「何か買って帰ろうか?ワインとか」
「いや、ワインならある」
「そう、じゃあ手ぶらで帰るよ」
「待ってる」
「うん・・」
「運転には気をつけろ」
「すぐ近くじゃない」
「それはそうだが・・」
「じゃあね」
「ああ」


プラスマイナスゼロ? 1 ぴかろん

空港で荷物を受け取った後、イナとヨンナムはタクシー乗り場に向かった
車に乗り込んだ途端イナは、店のあるオクスドンに6時に着けるかどうかを運転手に確認した
市内の交通量を考えると場合によっては7時でも無理かもしれない、地下鉄の方が早いだろうと言う運転手の言葉に、イナは最寄の地下鉄の駅で降ろしてくれと叫んだ
数メートル動いた車がピタリと停まり、「到着~」と告げられ、イナは豆鉄砲をくらった鳩のような顔で固まっている
その階段を降りていけば地下鉄に乗れるとの説明に憮然とした表情の『鳩』は、ヨンナムさん荷物頼むと言い残し、鉄砲玉になって外へ飛び出した
タクシーに残ったヨンナムはそのまま自宅へ向かうことにした
慌てふためきながら心細げに地下への階段を降りて行くイナを見て、タクシーの運転手はあの子大丈夫なのかなぁと呟いた
笑いながらヨンナムも同じ事を考えていた
乗り換えを間違えないか、ちゃんと目的の駅で降りられるのか
ここよりもずっと広いアメリカで生き抜いてきたはずなのに何故あいつはあんなに頼りなく感じるのだろう

「あの子、幾つですか?」
「…26,7だと思いますけど…」
「そうですか。なんだかワタシの孫を見ているようでねぇ…あ、これです。可愛いでしょ?(^o^)」

運転手が見せてくれたのは、顔の横で両手の人差し指を伸ばして首を傾げている可愛い男の子の写真だった

「幼稚園に行ってるんですわ。五歳児のクラスです」

彼の言葉にヨンナムが思いっきり吹き出したのは言うまでもない

*****

午後4時半のBHCでは、いつものように早めにやって来て掃除を済ませたウシクが舞台でダンスの練習をしている
いつもと違うのは物差を持った厳しい『先生』が見当たらない事だ
先生がいないからと言って手を抜くとまた喧嘩になる…
かと言ってもう体に叩き込まれた『比較的簡単な振り付け』をそう何度もやる気にもならない
やはり厳しくても『先生』が傍で見張っていてくれないとつまらない…
ウシクはいつもの回数だけダンスの練習をし、舞台の淵に座って足をブラブラさせていた

*****

当の『先生』はチーフ代理という役目をきっちり果たすべく今日の予定把握に余念が無い
真ん中に線が引かれたメモ用紙の左右に『出勤』と『休暇』の文字を書き、BHCのメンバー表を見ながら名前を振り分けていく
休暇予定…スヒョン、ミンチョル
出勤予定…テプン、シチュン、チョンマン、ジュンホ、ジョンドゥ、ジュノ、ソグ、ビョンウ、テソン、ラブ、ソヌ、スヒョク、ソク、ドンヒ、ホンピョ、ギョンビン、ドンジュン、ウシク、イヌ
この21名の予定は『確定』している
解らないのはこの面々だ
ギョンジン、イナ、スハ、テジン、ジホ
イナは、必ず開店に間に合うように帰って来ると言っていた
しかし、交通機関の遅れ等が『無い』とは限らない
とすれば『遅刻』になるかもしれない
一概に『遅刻』と言うが一分であっても三時間であっても同じ『遅刻』である
ラジオから流れるニュースに耳を傾けてみる。幸いにも空の便の遅れや乱れの報せは無い
それでも空港からの道中で何が起こるかはわからない。イナが使う交通手段といえばタクシーかバスだろう…
ソウルの交通渋滞を甘く見ないほうがいい

「はぁ…」

やはり当てにしないほうがいいのかもしれない
イヌはメモ用紙の余白にくるりと大きめの丸を書き、そこにイナの名前を記した

*****

ホームで五分ほど待った後に来た地下鉄に乗り込んだイナは、その二十分ほど前の出来事を思い出して溜息をついた
駅構内に走りこみ、そこで初めて店のある玉水(オクス)の駅までどう行けばいいのかを考えた
ずらりと並んだ切符自動販売機の前で途方にくれていると、一般的に言えば『親切そう』な、くだけて言えば『世話焼き大好きそう』な小母さんが、駅員のいる窓口で聞くのが一番だと声をかけてくれた
窓口に案内されながら、イナは小母さんからの「一人なの?地下鉄乗るの初めて?幾つなの?どこに行くの?外国から来たの?」と言った質問攻めに曖昧に答えていた

「この子、韓国語、あまりよく解らないみたいだから、英語が喋れる駅員さん呼んでちょうだい」

小母さんは過剰な親切心を働かせてイナの世話を焼いた。おかげでイナは駅員と英語でやりとりする羽目になった
金浦空港駅を通っている地下鉄は五号線で、それに乗って『鐘路(チョンノ)3街』で三号線に乗り換える
約十分ほどで玉水(オクス)に到着するからそこで降りればよい。料金は1300ウォンだがお前は何歳だ?学生ならば学割が効くし6歳以下なら無料だぞ…
駅員がニコリともせずにそう言うので、自分は一体幾つに見られているのだろうとイナは困惑した
1300ウォンを出すと、駅員は真面目な顔のまま切符をくれた

乗り換え時間を入れて、ここから1時間ほどで玉水に着く。電車は一号線以外右側通行だからくれぐれも方向を間違えないように…。どの電車に乗ればいいか解らない時はホームにいる人に聞け。ソウルの人は親切で正直だ。人を信じろ…と、表情を変えないまま、説教めいた言葉までくっつけて、駅員は丁寧に『流暢な英語で』説明してくれた
thとvがイマイチだなと思いつつもイナはにっこり微笑み、Thank you very muchと完璧な発音で駅員に礼を言い、改札を抜けてプラットホームを目指した
案の定、どちら側のホームで待っていればよいのか解らなかったので、通りがかった人のよさそうな小父さんを捉まえた
切羽詰った顔で行き先を告げると、小父さんは待つべきホームを教えてくれた。急いでホームに駆け下りたが、乗るべき電車は走り去ったところだ

無意識に口元を触りながら今の電車の代わりはいつ来るのかと聞くイナを、きょとんとした顔で見つめた駅員は、二分から八分の間隔で電車がやってくるからあまり心配せずともよいと言ってイナの頭を撫でようとした
ハッと気付いて手を引っ込めた駅員は、少し顔を赤らめてホームを歩いて行った
あれはどういう反応だろうかと思い、自分の質問の仕方が幼稚すぎたのかなと反省し、突如ヨンナムのからかうような『ごさいじ~』という声を思い出してムッとした顔になった自分を、先の駅員が遠くから見つめていた事をイナは知らない
少し待っているとなるほど電車がやってきてイナは漸く第一の目的を果たした
先の駅員がこの時ホッと胸を撫で下ろしていた事もイナは知らない

ロスタイム二十分…。ここから一時間。完璧に遅刻だ…タクシーの方がよかったろうか…
金浦空港から市内までバスで行ったことはある。いつもはタクシーか迎えの車に任せていた
自分一人だけで空港から店まで地下鉄に乗ったことはない。いかんなぁとイナは思った。これではいつまでたっても『五歳児』のままだ…
再び響くヨンナムのからかい声を散らしながら店の事を考えた
開店時はそれほどお客は来ないはずだし駅から店まで走って十分ほどだ。何とか6時半までには着けるだろう…
困った顔で涙を浮べているイヌの姿が浮んでくる。イナは、センセイ、大丈夫だ!と両手で拳を作り、顔の横で小さなガッツポーズを決めた

通り過ぎて行く列車の中で両手拳を顔に当てたイナを顔を赤らめて見送った駅員がいた事など、無論イナは知る由もない

*****

さて、ギョンジンだ…とイヌは思う。彼が教えてくれた予定によると、ボストンを飛び立った飛行機は、『何の問題もなければ』17時20分にソウルへ着く
『何の問題もなく』『彼自身のやる気もあり』『店の事も考えてくれたなら』、彼は遅刻してでもきっと店に出てくれるだろう…
店には『彼の宝物・ラブ』が出勤していて、『たった2日間』とはいえ『宝物』を見ていない彼が店に顔を出さないとは考えられない
よって彼が店に来るのは確実だ!のはずだ! が。しかし!
『何か問題がおき』たり『彼自身の気持ちが凹んでい』たりしていた場合、『それによって店の事など考える余裕もない』もしくは『それによって店に出て接客をする余裕もない』かもしれない。すると彼は店に出ないことになる。彼を当てにはできない
当初からギョンジンの今日の出勤については『グレー』だったのだ。だからやはりギョンジンもここだ…
イヌはイナの名前の下に『ギョンジン』と記入する

次にスハとテジンだ
スハはここ何日か田舎に帰っていて何時戻ってくるのかはっきりしないと、虚ろなテジンが言っていた
あの2人の間に、何かがあったことは間違いない
まさか何も言わずに店を辞めるなんてことはないだろう…だが、いつ出勤してくれるのか解らない…
イヌはおもむろに受話器を取り、花の家に電話をかけた
ヨボセヨと呟かれた声はどちらかと言うと少し高めで、サラサラと揺れる真っ直ぐな髪がイヌの頭に浮んだ
スハだ。田舎から帰って来たんだ
ホッとしたものの、イヌは少々憤りを感じた
揃え髪!帰ってきたなら帰ってきたと報告すべきではないのか!ん?
声に出してそう言おうとした直後、イヌは2人の事情を思った
何かがあって田舎へ行っていたのだ。戻ってきても『事』は解決していないのかもしれない…『事』が何なのかは解らないが…うん…
一言も発さないままあれこれ思い巡らすイヌの耳にヨボセヨ?ヨボセヨと幾度も聞こえる高めの声
切り出す文言を選んでいると、受話器から少し低い艶のある声が…ヌグ?…と響いた

わかんない…誰だろう…何も言わないんだよ…ヨボセヨ?ヨボセ…あ…テジンさん!
ヨボセヨ!どちら様ですか?ヨボセヨっ?!誰なんだ?!
テジンさん、口調がきついよ
スハ、イタズラ電話かもしれないだろ?!…ヨボセヨ!誰だよ!おい!返事しろよ!おいっ!

どうやら傍にいたテジンが受話器をもぎ取ったらしい
イヌはその迫力に思わず小さな声をあげた

「あ…の…らーめん…ふたちゅ…」
「うちはラーメン屋じゃないから!」☆

らりるれ言葉でわけの解らない事を口走ってしまったが、スハが花の家に帰っており、どちらかというとテジンと仲良くしているという状況は理解できた
それが解ったところで果たしてこの2人が『今日』出勤してくれるかどうかは解らない
イヌはもう一度、花の家に電話をかけた

「ヨボセヨ?」
「あの…」
「ラーメン屋じゃない!」
☆「今日」

電話を切られたのとイヌが言葉を発したのとはほぼ同時だったと思われる
溜息まじりに受話器を戻したイヌは、だらけた文字で『スハテジン』と円の中に名前を綴る
あとは…

「ジホ…」

はあっと一際大きい溜息を吐き、イヌは乱雑な文字で『ジホ』と円の端っこに書いた
はみ出た部分を曲線で繋げて円内に入れ、その5人の名前の上に力任せに『パボ!』と書き込み、鉛筆を放り出して椅子の背に思いっきり凭れかかるイヌ
どうにでもなれという気持ちと、人が足りるのかどうかという不安が同時に襲い掛かる
途端に姿勢を正して、出勤予定者の名前を睨みつける

テプン、シチュン、チョンマンがセット。この3人はトリオで指名されることが多いからね
ジョンドゥとビョンウもメガネズでセットだ。だがここはかなり不安だ。放っておくと喧嘩するし、仲がいいと思ったらカロリー計算なんかしている。となるといつものようにジュンホにくっつけるべきか…。ジュンホ、ジュノ、ジョンドゥ、ビョンウ、ソグも一人ではまだ無理だし…はぁぁ…5人一組か…。キツイなぁ…
テソンは厨房。ソヌは…ソヌの接客は気まぐれだからなぁ…、飽きてくると勝手にフロアチェックに歩き回るし…、だがそれでも一応ピンで接客できるか…
ソクはバーテンダー兼スヒョクとペア。ホンピョはドンヒとくっつけとかないと色々心配だ。ギョンビンとドンジュンは…あの子たちは立派にピンでいけるけれど…

「…今日は…」

イヌの瞳が翳る。今日はもしかすると彼等にとっては辛い日かもしれない…
イヌは休暇欄の2人の名前をなぞりながら思った
ほんの少し思考が飛んだものの、イヌはまたすぐに出勤予定者の名前を見た
彼等が元気のない場合、2人をくっつけてやった方がいいかもしれない。…というより最初からくっつけておいた方が良いだろうか?途中からお前たち2人組になれ、なんて言うのもなんだか変だしな…よし、そうしよう。ギョンビンとドンジュンはペアと…
ラブとウシクはピンでいけるだろう…だが油断しているとウシクはバクバクバクバク食べそうで、

「今夜が怖い…」

口をついて言葉が出た

「何が怖いの?」

ウシクがイヌの眼前いっぱいに立っていた

「び…びっくりしたぁ…」
「なにか怖いことあったの?」
「い…いや…。ウシク、ダンスの練習は?!」
「終わった。ごちゃごちゃ言う人がいないからすぐに終わっちゃった」
「なに?サボったのか?!」
「いつもより3回多く踊ったよ」
「…そ…そうか…よかった…」

ウシクは机の上のメモを見ると、はぁあん…、そか…と言ってニヤニヤ頷いた

「先生入れて9組かぁ…。いつもならあと3組は出来るのにね」
「…」
「…大丈夫かなぁ…お客さん、満足してくれるかなぁ…」
「…も…ここはいいから汗を流していらっしゃい…」
「ねね、なんでこの円の中の人は『パボ』なの?」
「…いいから…」
「なんでジホさんの名前はこんな憎憎しげで、『スハテジン』ってのはふわふわな字なの?」
「ウシク。早くシャワー浴びないと汗臭さが」
「なんか手伝うことない?」
「…ない…」
「ふぅん…つまんないの」

膨れっ面のウシクはドアを開け事務室を出ようとしてイヌを振り返る

「そうそう。ラブから電話があってね」
「えっ?!」

まさか休むという連絡では…とイヌは青い顔をする

「今日、『ふゆそなつあー』で知り合ったマダムたちが違うグループも連れて大量にやってくるって」
「え?」
「お客さん、満足してくれるかなぁ…ふふ…」

『ふふ』は無いだろう!『ふふ』は!
そう思ったものの、『大量』とはどの程度の量なのか、果たしてホ○ト『9グループ』でその『量』に対応できるのかどうか、イヌは急激に不安になった


プラスマイナスゼロ?  2  ぴかろん

*****

テソンがイヌから「助けてくれ」という電話を受けたのは、午後4時45分
そろそろ店に出かけようかと、今日のメニューを反芻しながら白いワイシャツに着替えていたところである
イヌの声は切羽詰っていて、テソンは一瞬BHCに強盗でも入ったのかと思った
強盗なら相撲取りのウシクがぱーんと弾き飛ばして一件落着だ、などと言う漫画のような状況を思い浮かべ不謹慎にも笑ってしまったテソンに、イヌは涙声で抗議した
すぐに詫びを入れ、一体何をどう助けたらよいのかを落ち着いて話してくれと言うと、電話で話す暇がないからとにかくcasaの全員で即こっちに来て欲しいと一方的に告げられた
自分達の部屋を覗くとパソコンと睨めっこしながら電話をしている闇夜がいる
リビングのテーブルではパン屋の開店準備をあれこれ楽しそうに話しているチェミとテスがいる
どちらが話しかけ易いかといえば勿論チェミとテスに決まっている
テソンは2人が和んでいるテーブルに近づきイヌからの非常召集を告げた
3人はテソンたちの部屋へ行き、電話に向かって「ヤーインマー!セッキャー!」とドスの聞いた声を張り上げている闇夜に恐る恐る近づいた
闇夜が物凄い迫力で携帯電話を切ったと同時に、3人は闇夜の肩・頭・背中をポフポフとマッサージするかのように柔らかく擦った
振り向いた闇夜の睨みに対抗できるのはこの男しかいない。だがその男もいささか躊躇しながら口を開いた

「お前のお気に入りのセンセイが窮地に陥って俺達に非常召集をかけた。今すぐだ。どうする?ん?」
「あぁ?」

睨みとともに女とは思えない低音で唸り声を上げた闇夜に、テスとテソンは一歩後ずさった

「勿論『えす体質』のお前の事だ。あの気の毒なセンセイを『もっと』困らせてやりたいと思うかもしれんがな…。とにかく今すぐcasaの4人にBHCへ来て欲しいとあの気の毒なセンセイがテソンに懇願したそうだ。さあどうする?」
「…」

無言で立ち上がった闇夜はソファに置いてあったジャケットを羽織り、突っ立っている3人に向けてパチンと指を鳴らし、くいくいっと合図を送った
先に階段を降りて外へ出て行く闇夜を追って、3人は小走りについていった

「怖ぇ…」

苦笑いしつつ、一ブロック向こうのBHCにcasaの4人は向かった

*****

casaの4人がBHCの裏戸口に着いたと同時に扉が中からバタンと開いた。そこには涙目でオロオロしているイヌがいた
テソンが声をかけるよりも素早く、闇夜はイヌの前に立って目のふちに溜まった涙を親指でスイッと拭いてやった

「…あぅ…」

テソンはごくりと唾を呑みこみ、不満そうな表情を浮かべた
テスが柔らかな口調でセンセイどうしたの?と問いかけると、イヌは引きつりながらも、大量の団体客が来るらしいけれど人手が足らないかもしれない…どうしようどうしよう…と繰り返した

「ふむ。とにかく中に入ろう」

闇夜に促され、casaの面々とイヌは厨房に集まった
震え声のイヌから今日のシミュレーションを伝えられたcasaの面々は、肩を寄せ合って相談を始めた
蚊帳の外に放り出された状態のイヌだったが、頼りがいのあるチェミと闇夜の姿に少しばかり安堵を覚えた

*****

事務室でラブからの二度目の電話を受けたのはドーナツを頬張っていたウシクである
今日もポール・ロジャースを連れて行っていいかとの確認だった
いつも無断でポールを連れて来るラブなのだが、昨夜、ソヌとポールが双方の襟元を掴み合うという一瞬のトラブルがあったため、チーフ代理であるイヌに許可を得たいというのである

それは些細な事だった
昨夜ヘルプに来ていたポールは、携帯電話片手に店の通路を歩き回るというにわか得意技を披露していた
そのポールが、歩きながら小さなゴミを落としたらしいのだ

「そこはたった今ダスト・チェックを終えたばかりだ。拾え」

無表情な声でソヌがポールに告げた
きょろきょろと辺りを探したポールだが、彼の目にはゴミなど見つけられない
彼を警戒していたポールはどこにゴミがあるのか解らない旨を丁重に告げると、それを受けて大きな溜息をつき立ち上がったソヌが、カツカツパチンと指さした
その部分をじっと見てみると胡麻粒ほどの小さなゴミがあった
ポールは苦笑して背を伸ばし、クルリとターンするとその場から二、三歩離れた
それからまたターンして「カツカツカツ」と言いながらそこに戻り、パチンと指を鳴らしてゴミを指した
フフンと鼻で笑い、しゃがみ込んでゴミをつまみ上げポケットに入れた瞬間、ソヌがポールの襟を掴んでいた
反射的にポールもソヌの襟首を掴んだ
周りにいた客達はいきなり始まった2人の睨み合いに悲鳴をあげた
それを聞きつけたチーフ代理のイヌは、必死で2人の間に入りその場を治めた

「あれはふぁほーまんすらろ?」
『え?』
「もぐ…ごっくん…。ぱほーまんすだろ?ソヌさん後で『なかなかよかったでショ?』って満足げに言ってたじゃん」
『パフォーマンスだったけど、イヌ先生は本気にしてたじゃない、涙目だっただろ?頼むから問題起こさないでって』
「センセは気にしすぎなんだよ。大丈夫だよ、ぴーちゃんさえよけりゃ今日も来ていいよ」
「っていうか絶対来てって言って!」
「へっ?」

ウシクの後ろに涙目のイヌが立っていた

「代わって!」
「へ?あ」

ドーナツのような唇で驚いているウシクから受話器をもぎ取ったイヌは、ラブに向かって、とにかくポールを連れて来て欲しい、『ふゆそなつあー』のお客様は君達が誘ったんだろう!それならば責任を持って接客すべきじゃないのか?おお?と興奮しながら言った
受話器の向こうのラブは呆気に取られながらも了解の返事をし、それを聞いたイヌは傍にいたウシクのドーナツ唇に軽くキスをした

「これでなんとかなるよウシク!テス君がヘルプについてくれるし厨房はmayoさんとチェミさんがやってくれる!そんでテソンが店に出るんだっ!」
「え?チェミさんが厨房?!テソンが店に出る?!」

突拍子もないイヌの言葉にウシクは瞳までドーナツのように見開き、さらにドーナツ唇を大きく開けた

*****

目の前の座席が空いたので俯き加減でそこに座ったイナは、乗り換える駅のアナウンスを聞き逃すまいと緊張している
突然カートを引いた小父さんが通路の真ん中で立ち止まり、CDの販売を始めた
目を白黒させているイナは格好の餌食となり、小父さんはイナ中心に『懐かしの歌謡曲集CD』を売り込み始めた
周りの人はこんな事には慣れっこのようで小父さんを無視している
イナは『引き続き』英語しかわからない人のふりをしようと思ったのだが、小父さんに英語で話しかける前にぐっと差し出されたCDのジャケットを見て驚いた
演歌らしきCDのジャケットには金糸銀糸の衣装を纏ったトファンそっくりの男がいて、片手を右上前方に伸ばしてにっこり微笑んでいるのだ
市場の五分の一ほどの値段のそれをイナは欲しくて堪らなくなった
ポケットに残っていたお金を出しCDを買ったイナは、ふと冷静になって周りを見た
皆、自分と目が合うと、くすっと笑って下を向いた
ふん!俺はこれが欲しかったんだ!だってトファンの親父に激似なんだぜ!ふんっ!悔しかったら『オールイン』に来い!ふんふんっ!
妙な憤りを感じて一人興奮するイナである

*****

casaの4人は厨房で頭を突き合わせ、チェミに出来る料理について考えた。今から仕込めるものは何か?開店時間までテソンが仕込みを手伝うとしても、いつものテソンのような料理にはなるまい。闇夜が手助けすればテソンに似せた料理はできるだろうが、それでは面白くない。チェミの勘に任せた『男の料理』でいってみるかということになった

「俺達の夜食用に作りかけた『濃顔さんスペシャル』がある。casaから鍋を持ってくりゃ…」
「ええっ?僕、楽しみにしてたのにぃ、久々の『豚肉のミルク煮』だろう?」
「テソンシィ~、お店のためでしょ?(^o^)じゃ、僕、casaから鍋とぉスウィーツ持って来る♪」
「おおテス!頼んだぞ」
「ええん(;_;)ほんとに店に出すのぉ?」
「お前が客に勧めてオーダーすればお前も食えるぞ」
「あっそうか♪」

にっこり笑ったテソンの横で闇夜はううむと唸った

「どうした闇夜」
「…。テソン…店に出て何するの?」
「え?」
「…接客…できるの?」
「…う…」

蒼白になったテソンの背中をスリスリと撫でる闇夜は心配そうに呟いた

「…話できるかなぁ(^^;;)」
「だ…大丈夫だ。テソンの食に関するウンチクで客のハートをわしづかみに…」

鼓舞するつもりで発したチェミの言葉は第一声から淀んでしまい、テソンと闇夜は苦笑するほかなかった
不安そうな3人である

*****

ラブに腕を引かれてBHCに連れてこられたポールは、厨房からヌイッと出てきたソヌを見て固まった

「あら。来た?」
「ぐ」
「今日もよろしくネ」

口角を上げ、『笑顔のようなもの』を作ったソヌは、そのまま控え室にカツカツと歩いていく
絶対笑ってない絶対笑ってないと繰り返す金髪男の背中をトントンと叩いたラブは、まだ呟き続けるポールを厨房に案内した

「あっヌナぁ(^o^)」
「ラブちん、なんか久しぶりだね(^o^)」
「ほぉんと、ヌナ、店にいても出入りが激しくてちっとも話できなかったもぉん」

ポールの腕をパッと離したラブは、闇夜に擦り寄り今日の腕時計を見せている
そう言えば出掛けに引き出しの沢山ついた棚から可愛らしい派手な時計を出してきて、プレゼントなんだ、と嬉しそうに言っていた
まさかこんなセンスの良い時計をあいつが?!
ついそう叫んでしまったポールに、くふふんと笑ったラブが答えた

んなわけないじゃん、女性からだよ、一応…くふふふっ♪
女性?お客さんから?
違う。一応ヌナ
ヌナ?ラブちゃんにはお姉さんがいるのか?会いたいっ会いたいっ!
くふふっ♪

「あ、ぴーちゃん、俺のヌナ」
「あ…」

女性は得意分野だし格好よく挨拶を決めようと微笑んだポールは、闇夜の一睨みにフリーズした

「…。よろしく…」

無愛想に一言、小さいがはっきりと届いたその声とともに、ポールは『ワルキューレの騎行』を聞いたような気がした

「あ…よ…よろ…。!」

さらに、ふい動いた大きな影に驚き、ポールは反射的に指を銃の形にして構えた

「なんだ。物騒だな」
「あ…」

チェミの一睨みはポールに尻餅をつかせ、それを見たラブはケラケラ笑いながら、ソヌさんとどっちが怖い?と聞いた
ニヤリと笑ったチェミは、あんぐりと口をあけて腰を抜かしているポールの口に、スウィーツの一切れを放り込んだ
濃厚さと優しさを持つ不思議な甘さプラスかなり酒が効いたそのスウィーツは、一口食べただけでも体に痺れが走る
正座し直しじっくりと味わいごくりと飲み込んだ後、結構なお味でございましたと三つ指ついて礼を述べたポールにチェミは、お前さん、中々の武闘派だなと微笑みかけた
その笑顔が先ほどの一睨みと結びつかず、またスウィーツの酒にも撹乱され、ポールは呆けたように呟いた

「か・こ・わい…へへ」

ケラケラと笑いながらポールに近づいたラブは、怖くないよ、あやかしいだけだよと言い、チェミに向かって俺にも一切れちょうだいよぉと甘えた

「だめだ。お前にはまだやれん。もう少し夜が更けてからにしろ。色気過剰になる」
「ど…導師!」

再びポールが頭を下げた

「どうし?俺はお前と『同志』になった覚えはないが」
「違う!『マスター』という意味の導師です!スターウォーズのヨーダ様のような!」
「…。…お師匠さんのことか?」
「はい!おっしょさんです!」
「ふむ。俺はお前のお師匠さんになった覚えもない」
「なんでもいい!このスウィーツの正体をお教え願いたい!」

先ほどより瞳孔が拡がった感のあるポールが正座したままチェミにずり寄った
ふっと笑ったチェミは低音を響かせて言った

「無花果のケーキ。ラム酒がバリバリだ」
「導師!同志を導師と呼ばせてくだされい!」
「…なんだこいつは…」
「有名なぴーちゃんだよ。知らない?」
「…。『お前バカ』の連れか?」
「うん」
「…。お前なぁ…、もう少しまともな奴とつるめ!」
「けどぴーちゃんかっこいいもん」
「…。勝手にしろ」
「導師!導師ぃぃぃ」

そんな騒ぎの中、緊張しているテソンの口に、闇夜が無花果ケーキの一切れを放り込んでいる

「開店直前にもう一切れあげるね。テソンのポワン感、とってもいいから」
「…んふ…mayoが二重になってきた…」
「…やっぱ一切れで十分だな(-_-)」
「…んふ…」

焦点が定まらなくなったテソンは結構色っぽいとラブは思った


プラスマイナスゼロ?  3  ぴかろん

*****

「うぃーっす」「どうもぉ」
「おぃーっす」「こんにちはぁ」
「…おはっす…」

テプン、シチュン、そして緊張気味のチョンマンが事務所のイヌのところに現れた
いつもより華やかなのは、テプンとシチュンがそれぞれの恋人を同伴しているからだ
チョンマンは…。気の毒に…ひとりぼっちか…
イヌは一瞬俯いてから顔を上げて女性たちにいらっしゃいと笑顔を向けた
しかし何故今日は恋人同伴なのだろう?まさか今日に限って『恋人サービスデー』などと言わないだろうな!ただでさえ人手が足らないのだ。今日は恋人よりも『お客様優先』で願いたいものですな…と脳内でシミュレーションしている最中からテプンとシチュンは煩かった

「その…な?シチュン」
「ね、テプンさん」
「だからよ、センセよ、な?シチュン」
「ね、テプンさん」
「…。おめぇ言えよ、俺はどうもこういう説明が苦手でよぉ…」
「説明って言えばいいだけじゃないですか、ねぇチェリム…さん」
「あっ!てめぇ!今チェリムに色目使ったろ!」
「なんですって?!シチュン、アンタまだチェリムの事を?!」
「ちっ違うよメイ、テプンさんが説明してくれないからチェリム…さんに助けを」
「てめぇ、気安くチェリムの名前を口にするな!なぁチェリム?」
「話を進めて」
「え?」
「進めなさいよ!」
「あ…はい…」

「恋人サービスデーは他の日にしていただきたい!」

イヌは頃合を見計らって言葉を発した

「「は?」」
「今日は人手が足らないから、申し訳ないが君たちの美しい彼女たちにはお引取り願いたい」
「「はあ?」」
「公私混同はやめてくれ」
「…ちょっと待ってくれセンセ、恋人サービスデーってなぁなんなんだ?」
「…だから…恋人をお客様として接待するという…」
「センセェ、俺達ウシクから連絡もらってわざわざチェリムとメイちゃんを呼んだんだぜ」
「…え?」
「そうですよ、人手が足らなさそうだって言うから…ねぇチェリム…さん?」
「ちょっと!なんでアタシに振らないのよっ!」ギュッ
「いてっ!きわどいトコ抓るなよ」

「…はぁ…」
「「「「「ん?」」」」」
「チョンマン君どしたの?」
「チェリム!猿に心を奪われるな!」
「どうしたのよ、元気ないわね?お姉さんの胸で泣く?」
「メイ!お前の豊満な胸は俺だけのもの…」バシィィン☆「…いてぇよぉ…」

「ほんとにどうしたんだチョンマン?」
「あ…いや…あまりにも美しく切なかったので…」
「何が?」
「えい…あ。えっと…。あの…。さっき見てきた映画…」
「映画?今日は撮影見にいかなかったの?」
「あ…いぅ…。その…。行ったけど…。映画…。がその…。美しく切ない物語の。見たくて。その行って見てその。えっと…」

「ははーん、それでチニさんに会いたくなったんだな?コノ」
「あっはいっそそそうですっ」
「「「「「…」」」」」

しどろもどろの口調でぼうっとしているチョンマンを、皆、訝しがったが、それ以上彼には触れなかった

「で…ウシクが連絡したって?」
「だからよぉ、チェリムとメイちゃんをヘルプにつけてくれって。なぁメイちゃん?」
「テプンさん、なんでメイに微笑むか!しかもキモチワルイ顔でっ!」バシっ☆「いてっ…。ご、ごめんチェリム」
「シチュン、貴様、チェリムを呼び捨てにしたな?!」
「いいじゃんか!祭の時は映画撮影班で仲良しだったんだから!なぁチョンマン?」
「…」
「ばか!アイツに振るな!」
「そうよバカ!キモチワルイ顔はアンタの方よ!」
「ちょっとチェリム!2人とも同じ顔なんだからどっちがキモチワルイかなんて決まらないわよ!」
「そうだけど!」

「あの…喧嘩はやめてください。で、チェリムさんとメイさんがヘルプにつくとは?」
「だからよぉ、俺とチェリムがペア組んでさぁ、この馬面とメイちゃんが組むだろ?で、チョンマンは一人で物真似芸ができるしよ、そうすっと3人一組だったのがいっぺんに3組になるからってウシクがよぉ」

僕の窮地をせせら笑っていると思ったが、やはりウシクは気配りの人だ、ちゃんと僕の不安を解消すべく働いてくれたんだ…
イヌは目頭を押さえてウシクの顔を思い浮かべた
はち切れそうだ…だがドーナツ3個ぐらいは許してやろう…
なぁに、明日ジョンドゥ君から例のドリンクを貰えば今夜消費する予定の体力も筋力もすぐに回復するだろう…
うふふ…久しぶりに甘えさせてあげてもいい…うふふふ…

「…センセ、イッちまったのか?大丈夫か?」
「え?あ…」

失態だ。声を出して笑ってしまったらしい。まずい…
イヌは咳払いを何度か重ねて話を戻した

「あ…けほ…それは…そのしかしだ…君達はトリオでの指名が非常に多くて…」
「ならメイと私がペアを組みます。それでも2組にはなるでしょ?」
「そうよ。場合によっちゃ、私達一人でも接客できるわよ。ね?チェリム」
「ね」

なんという有難い申し出だろう。イヌは2人の女性に先ほどの失礼を詫び、改めてよろしくお願いしますと頼んだ
テプンとシチュンは二人を衣裳部屋に案内して行った
その後をついていこうとしたチョンマンを呼びとめ、イヌはそっと耳打ちした
見てきたのかい?あの二人の撮影
振り向いた目に涙を浮べ、センセイ聞かないで…僕報告できないよ…と懇願するチョンマンを、イヌはそっと抱き寄せた

見ていて辛かったの?
…そうじゃないんですけど…でも…

「センセー!あーっ!サルっ!何してるっ!センセから離れろ!きいっ!目を離すとすぐこれなんだからっ!」

突然部屋に入ってきてきいきい騒ぐウシクに、君こそ目を離すとすぐこれじゃないか!と三個入りのドーナツの袋を差し出しながら、イヌはチョンマンの背をそっと押して事務所の外へ向かわせた

「ふんっ!センセイのばか!」
「ウシク、ありがとう」
「なにが!」
「僕を助けてくれて…。これ、食べていいよ」
「…。いらない!太るもん!」
「大丈夫だよこれぐらい」
「…。いつもと言ってることが違う!」
「ウシク…おいで」
「いい!」
「おいで」
「いい!」

いつもなら嬉しそうに縋ってくるのにどうしたのだろう…。疑問に思ったイヌは、ぐいっとウシクを引っ張り、強引に唇を奪った

「…!…何食べた?!」
「えへ…」
「えへじゃないよ、何これ…」
「チェミさん特製スウィーツ…えへへ…」
「…ウシク…、目の焦点合ってない」
「けへ」

イヌはウシクを引き摺って厨房に行き、一体何を食べさせたのかと怒鳴った

「ひとかけらにしろと言うのに一切れ食いやがった…どうするんだ、注文が殺到して足りなくなったら!」

迫力ある声で逆に怒鳴り返されたイヌは、ギロリとウシクを睨んだ

「ええん…怒っちゃやぁん…。けへっ」
「酔ったの?!ケーキで?!どーすんのよ!いろんな人にヘルプに来て貰ってるのにウシクがこのザマだなんて(;_;)」

「センセェ~」
「はい。なんですか?mayoさん」

イヌは緊張した声で闇夜を振り返った

「センセェの力でウシクさんの酔いを醒ましてあげてね(^o^)」
「…僕の力で?…わかりました!来るんだウシク」
「けひっ」

イヌは裏口から外に出ると店の壁にウシクを押し付けて唇を重ねた

「ふぃん…痛いよセンセ…」
「毒…じゃない、アルコールを吸い出すんだっ!」ちううう
「…。アルコールなんか吸い出せないよ…」
「吸い出すの!」ちうう
「やんっ!もっと甘いのがいいもん!」
「…なに?」
「あまぁぁいのぉぉ…くふん…」
「…。く…」

甘えた瞳で下から覗き込まれると弱い、とイヌは思う。仕方ない、僕のために一生懸命してくれたのだし…。イヌはウシクの期待に答えて『甘いキス』を放った

*****

玉水の地下鉄の階段を二段抜きで駆け上がり、イナは呆然とした
おかしい、確かに俺は玉水で降りたはずだ
見たことのない風景に瞳が揺れ、無意識に口元を触りながら辺りを見回しているイナに、一台のタクシーが近づいた
運転手が声をかける。イナさん、こんなところで何してるんです?もう開店時間は過ぎましたよ…それを聞いたイナは、もしかすると夢を見ているのかもしれないと思った

「お送りします。乗って」
「で…でも…」
「いつも贔屓にしていただいてますから、お代は要りませんや、さ!」

夢なのか現なのかはっきりせぬまま、イナはタクシーに乗り込んだ

*****

「ありがとうございまちた」

ペコリとお辞儀をしたイナは、片手は口元、足は内股気味、瞳は寂しげに、もう一方の手を可愛らしく振り、タクシーを見送る
運転手は満足そうに頷いて車を発進させた

「ふうっ…。ああもう…」

首をコキコキと鳴らし気持ちを切り替えてBHCの裏口に向かう


タクシーの運転手はBHCの客をよく乗せるらしく、ウシクとは顔見知りだと言っていた

「本日、スヒョンさんとミンチョルさんがお休みです。これは確定情報です」

もしかしてcasaの覗きっこ関係者だろうか…という考えがイナの頭を過ぎったが、情報源はウシクであり、ホ○トの欠勤情報は毎日彼に伝えられているらしい。その情報は玉水の駅前にたむろしているタクシー仲間に伝達され、BHCに向かう客へ提供される仕組みだそうだ

「ウシクさん、堅くてねぇ、確実な情報しか教えてくれないから…まさかイナさんがこんなところにいらっしゃるとは。そう言えば昨日はお休みでしたよね?ご旅行ですか?ああそれで今空港から直帰ってわけですね?」

裏道をスイスイ抜けながら、にこやかな運転手は一人で喋っている。なぜそんなに詳しいのかを問うと、運転手はオーナーとも繋がりがあるらしくBHCの何人かとは結構親しいのだと言う

「あと三分で着きますけど、これ見てください」

信号待ちの間に渡されたミニアルバムを開くと、運転手とBHCの何人かのツーショット写真が貼り付けてあった
イヌ先生とウシク、ラブ、ソグ、テプンにシチュンにジホさんに…ミンチョルまで?!

「店の前…ですね?」
「はい。ご出勤の時に撮らせていただいて…。時々お客様に見せるんですよフフ。あっしの自慢です。フフ。あ!ちゃんと許可は得てます、はい。そう言えば一度イナさんをお乗せしましたよ。昼間でしたけど、RRHまで大至急って…。ソクさんそっくりの方とご一緒の時です」

…テジュンかな…

「到着です!さ、早く!」
「あ…すみませんでした」
「今度お時間ありましたら是非ツーショット写真をお願いしますよ」
「あ、そりゃもう喜んで」
「じゃ、さっきお願いしたリクエスト、よろしくお願いします」

笑顔が眩しい。眩しくて逆らえない。急いでいるのに…でもタダで送ってもらったのだし…
タダほど怖いものはないが、この程度のお願いならあまり怖くない…と思い、イナはいいですよと引き受け、約束通り『五歳児』で見送ったのである



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