ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 285

暖かい場所4  あしばんさん

知り合いがいるという店に入るなり
ラブ君は「女はいいからママさん呼んでよ」と言った

凄まじい音量の古めかしいロックがかかる暗い店内
そこかしこで派手な女性が客に酒を注いで
前の方では、キラキラした水着みたいなのを着たオネェさんが踊ってる

こんなとこで遊んでたのかと聞くと
前はいろいろとね…フラフラしてたからって、視線を漂わせるラブ君
彼はあまり自分のことを話さない男だし
それにはそれなりのワケもあるんだろうと思うから
僕も、敢えてその先は聞かない

「んまぁ~ラブちゃんお久しぶり~!」
「ご無沙汰、どう?景気は」
「あうん、相変わらずよぉ~、で?この子はどなた?」
「ドンジュンさん、彼もBHCだよ」
「あんっ初めまして!かわいい~!ふたりともモデルさんみたいな服~♪」

決して細くはない身体を真っ黒なドレスで固めたママさん
店の音量に負けないくらいのデカい声は迫力で
オカマちゃんなのかとそっと聞くと、ラブ君がれっきとした女性だと言い放って
僕は手にしてたおしぼりを落としそうになった

「まぁ、あのホールのこけら落としに?凄~い!チケット手に入ったの?」

クラシック好きだと言うママさんによれば
今回、人気の高いパリの管弦楽団をよく引っ張って来られたものだと
ファンの間じゃ話題になってたらしい

「いろいろ裏の噂もあるらしいけどねぇ、ま、いいホールはありがたいわね」

そりゃ…あれ程の規模の企業のことだから
人に言えないようなことだって山とあるんだろうけど…

「あいつのこと考えてんの?」
「え?」
「パク・ウソク」
「違うよ」
「ドンジュンさん、懐いてたからさぁ」
「懐いてなんかいないよ!めちゃめちゃ苛められてんだから」
「そうかなぁ…そんな目じゃなかったけど?」
「め、目って…」
「あっちの目のことだよ、くふ…何焦ってんのさ」
「ふん」

僕は、ママさんが作って行った水割りをガブガブ飲んで
もう1杯、今度はロックで流し込んだ
そして、その勢いでずっと聞いてみたかったことを口にした

「んと…ヤツのこと…」
「ん?」
「あの従兄のこと…何も覚えてないの?」
「ほとんど会ったことないもん」
「放蕩してたからでしょ」
「ハッキリ言うなぁ、その通りだけどね
 小さい頃は叔父貴のトコはたまに連れてかれたけど…でも、あいつ目立たなかった」
「あの目立つ男が?」
「うん、殆どいなかったし、いても部屋の隅にいて口もきかなかった」
「…そう…」
「でも、いっこだけ思い出したことがある」

彼に家の事情を聞くのはとても気が引けたんだけれど
その時の僕は、あの男の小さな過去に触れることにこそ興味があった
ラブ君は、大昔に観た映画のシーンでも思い出すかのように
ソファの背にもたれて、グラスを傾けながら続けた

「あいつ、養子だって知ってるよね?」
「うん」
「初めて話したのは、あいつがあの家に来て何年も経ってから」
「…」
「俺が7つか8つの時だったかなぁ、叔父貴のうちに集まってさぁ
 あのうちでかいのよ、庭も広くて…かくれんぼすると迷子になるくらいさ」

僕の子供の頃とは比べようもない世界
ラブ君はいいとこのボンだったんだってことを思い出す

「大人達の話なんて退屈じゃない?
 あそこの兄貴の方はイイ子で、みんなにピアノかなんか聴かせてたな」

退屈したラブ君が森みたいな庭に逃げ出してフラフラしてると
柔らかいものにつまずいて転んで…
下草の中に寝転がってたのが、15,16のパク・ウソクだったらしい

「俺、まだ小さかったけど…こう…陽が木漏れててそこだけ明るくてさ…
 何か…人間じゃないものがいるのかと思って思わず息を止めた」

庭の隅の鮮やかな緑の中
真っ白なシャツ着た綺麗な青年が無表情な顔でじっと見てたって
何となく…その情景が浮かぶような気がした

ラブ君が、何してるのって聞くと
別に、と答えて
みんなと一緒にいなくていいのかって言ったらしい
ラブ君が、つまんないからいいのって言うと
何だかの巣を見せてやるからおいでって

「庭の反対側まで歩いてずいぶん探したけど、その巣は見つからなかった」

その時、あいつは申し訳なさそうに言ったらしい
がっかりさせちゃってごめん、って

「で、みんなが心配するから戻れって言うからさ、あなたは?って聞いたら
 僕はいいんだ、って」
「…」
「どうしていいのって聞いたら、他の巣を探すからって…ワケわかんないよね
 そのまま、またどっかに行っちゃった」

ラブ君の記憶の断片が、じわりと染み入るような気がした

ぶらりとして来ると言ったあいつの背中を思い出す
その広い庭で
ひとりきりで
何を考えてたんだろう

自分も信じない男だって
パチフラがそんな風に言ってた

「でもさ、そういう事情だからって苛められてたわけじゃないんだよ」
「え?」
「だって、ほら、そういうシチュだとありがちじゃない?
 でも叔父貴も叔母も兄貴もけっこう良くしてたらしい…珍しいよね」

ちょっと聞き過ぎかなとは思ったけれど、
調べてもわからなかったことを、思い切って聞いてみた

「あいつの…その…お母さんは?」
「ああ、確かニュージャージーにいるよ、結婚してるはず」

あのタコ社長の爺さんが若い女に手を出してパク・ウソクが生まれた
爺さんたちはそのまま関係を続けたけれど
あいつが9つの時、母親は他の男性と共に渡米
パク・ウソクは爺さんに正式に引き取られた

「どこまで本当だか…うちの親父の話の盗み聞きだし」
「母親に…その…捨てられたの?」
「ううん、あいつが自分で父親のとこを希望したって聞いた」
「自分で?そんなことってあんの?」
「さぁ…変わってるらしいからね」
「そう…」
「伯母さんって人がよく面倒みてくれたらしいよ」
「ああ…」

あのインコー違反の彼女の綺麗なお母さんは、記憶に新しい

「でも…あいつ、ナンだカンだ言って叔父貴たちに感謝してんのかなぁ…
 そうじゃなきゃそこまで会社のために尽くせないよね」

あの、いつだか見せた顔を思い出す

ー君はひと前で泣けるんだな

あれはどういう意味だろう
それを…羨ましいと思ったんだろうか
それとも…泣くなんて、軽蔑ゆえの言葉だろうか

「やっぱ、気になるの?」
「へ?何?」
「俺の従兄殿のことが気になるのかってこと」
「そんなんじゃないけど…」
「まぁ、かなりイケるもんねぇ…チーフ危うし?」
「ちょっ!変なこと言わないでよ」
「隙間風が入ると、何かで暖めたくなるものだよねぇ」
「ラブ君っ!」
「だってさぁ…チーフのこと、ハタから見てるとすごく大変そう」
「そんなこと…」
「だーっ!もういいじゃない言っちゃえば!」
「何を言うのさ」
「じゃ聞くよ?今幸せ?安心?すっごく満たされてる?」

見知らぬ過去の世界から、急に自分の現状に引き戻されて
胸の中をギュウっと掴まれたみたいだった

「ほらぁ~満たされてる男がそんな顔する~?」
「放っておいてよ…仕方ないんだもん…」
「何が?仕事のこと?ミンチョルさんのこと?あの始末の悪い博愛主義者のこと?」
「…」

どれも当たってるんだけどさ!

「僕は…今の場所で納得してる」
「ドンジュンさん、自分を誤摩化してない?」
「…」
「黙って耐えて相手の同情を引くだけじゃない」
「黙ってることは悪いこと?」
「そんなの自己満足じゃない、ほんっとにいいの?それで」
「どしたのよ今日は、ラブ君こそ変じゃないさ」
「あ、反撃」
「兄貴は…」
「ふんっあんなブラコン!」
「ブラって…ギョンビンのこと?」
「もう重症のね」

それはとっくにわかってるから、今更って感じもした
それでも、兄貴はいつもラブ君に優しくて大事にして側にいてくれて
正直、何の不服があるんだろうって気がする

「いいじゃん…そんなの、相手は肉親なんだから」
「よかないよ、ドンジュンさんわかってないもん」
「無自覚な他人の方がどれほど難儀か、わかんないでしょ」
「肉親って始末が悪いんです」
「そんなの、ラブ君の魅力でどーにかすりゃいいじゃない」
「その台詞そっくりドンジュンさん返す!」
「兄貴、あんなにラブ君のこと想ってるじゃない」
「違うんだってば!」
「何が違うのさ」
「もう、わかってないもん!」
「ほら、自分のことは説明できないじゃん」

ぷっと口を尖らしてた彼の肩が、見てわかる程下がった

「それに…今の俺じゃダメだもん」
「ダメって…」
「まだ…俺じゃあいつ…」
「まだって、何が」
「わかんない」
「何よそれ」
「わかんないんだってば」
「だから…」
「イナさん…イナさんにあって、俺にないものって何だろ…」
「は?何?何で急にイナさん?」
「ね…何だろ…」
「何だろって…」
「…」
「ま…まわ…しげり?」

一瞬目を見開いたラブ君が、泣きそうな顔のまま吹き出して
僕の胸に頭を押しつけた

「そうか…なるほど…くふ」
「ちょ…ラブく…」
「何でもいいんだ…いつか…俺だけを見てくれれば…」
「…」
「何でもいい」

僕は「そだね…」と言いながら、そのクリクリした頭をそっと抱きしめた
よくわかんないけど…よくわかる

「ねぇ…ドンジュンさん」
「ん?」
「俺たちがいなくなったら…あいつら…ちょっとは困るかな」
「ジジイたち?」
「意外と平気かな…」
「平気なわけないじゃん…2,3日…もの食えなくなるよ…きっと」

ゆっくり顔を上げたラブ君の目は、店内の小さなライトに光ってる

「ドンジュンさん…自信のなさそな声」
「…」
「でもわかるよ、その感じ」

僕は、ラブ君のデコにキスをしてもう一度抱きしめた

舞台の踊りは男のダンサーに変わってたけど
相変わらずの大音量の、ひと昔前のロックが続いてる
僕たちは、ずるりと肩を寄せ合いながら原色で瞬く光の方を眺めてた
頭の中には、なぜか今日のマーラーが切れ切れに聴こえる

「ね…ガンガン飲もう、まだイケるでしょ」
「僕はいいけど…ラブ君大丈夫?」
「どっちが先に潰れるか賭ける?」

潰れるのはラブ君って、ふたりの意見が一致しちゃって
結局賭けにはならないまま、とにかくその後すごく飲んだような気がする
あのオカマママが「ふたりともカワイイから今日は奢っちゃうわ」
なんて言ったものだから、もう…

で、ふたりの予想は大はずれで
潰れた僕がラブ君に抱えられて店を出たのは…何時頃だったんだろ

ただ僕は、路地の真ん中で家には帰んないと叫び
スヒョンのうちに行けと叫んだことは、よく覚えてる

「スヒョンさん寝てんじゃないの?」
「いいからいいから!」
「あんっヤだ!俺ももう足に来てるんだからぁ」
「スヒョンちに行こう、ねっ」
「マジ?」
「マジだもん」
「もう、ちゃんと立ってってばぁ」
「だって…」
「ヤだ、何うるうるしてるのよ」
「抱いてほし…」
「はぁ?」
「昨日みたく…抱いてほしい…他は…何もいらないから…」
「ヤだ、昨日?きゃはは、やーん聞いちゃった~」
「何もいらな…」
「…」
「…スヒョン…スヒョ…」
「ドンジュンさん…」

いきなり涙腺が壊れた
ずっとずっと我慢してきた色んなものが酒に押し流されて
乾いた路地の真ん中で堰を切った

ラブ君が腕いっぱいでギュッと抱きしめてくれた
真新しい服の匂いが、何やら懐かしいものに思えて
僕は声を殺して泣いていた
いつもと違う暖かさがすごく心地いい

また…頭の中でマーラーが響いてる
あれ…何て言ったっけ…復活?…違ったっけ…

「バカだね…俺たち…」

唇を噛む僕の頬を支えて、しげしげと見つめた彼が
ちゅっと音を立ててキスをした

「抱いてもらいに行こう」
「へ…?」
「連れてってあげる」

直ぐ側を通ったおやじのふたり連れが
いやらしい目で覗き込んできたのをきっかけに
ラブ君は、僕の腕を取って走り出した

息切れがして、周りの光だとかすれ違う人間だとかがぐるぐる回った
お互いの足ともつれ合ったり、転びそうになりながら走って
いつの間にか僕はちょっと可笑しくなった

「ちょっと、やだ、もう、ふたりとも、死んじゃうよ」
「だめ、死ぬのはヤツらの下で!上でもいいけど!」

思わず吹き出すと、ラブ君もつられて吹き出すように笑った
笑った拍子にフラついて転びそうになったラブ君を
今度は僕が支えて、またもつれながら走った

何だか…気持ちがよかった


通りに出て、タクシーを捕まえたのも
その妙に細い顔の運転手に、僕から(何とか)聞き出した
スヒョンの住所を言ったのもラブ君だった


 Linkage 6  銀杏並木  オリーさん

銀杏の葉が道の両側を埋めつくす石畳を歩きながら、秋の終わりを感じた
季節は巡っている
淀むことなく、人の想いに頓着することもなく…

散り積もった銀杏の葉も、午後には清掃車が来て片づけられるに違いない
そして裸の道になる
明日の朝、また黄色の絨毯は敷き詰められ、午後には片づけられる
あと数日そんな事を繰り返すと、この道も秋の気配を消すのだろう

そんな事を考えて歩いているうちに、銀杏並木を抜け目的の場所にたどり着いた
カラフルなニット帽やマフラー、ダウンジャケットにショートコート
そんな物を身にまとった若者たちが、その門に吸い込まれていく
彼らの姿がわけもなく眩しく見えるのはなぜだろうか
若さという残酷で貪欲な季節を無意識に消化しているエネルギーの塊たち
僕にもそんな時があったのだろうが
今は思い出せない…

僕はそのエネルギーたちと一緒に門をくぐり、
正面の建物に向かって真直ぐに歩きだした

******

「今日も何か予定があるのか?」
朝、出かける支度をしながら彼が僕に聞いた
僕は彼の視線を感じ、
一瞬躊躇してそれから顔を上げて答えた
先生のいた大学に行くつもりだと

思いがけず、先生のいた、という過去の表現に彼が反応した
何かあったのかという彼の問いかけに、また短い時間考えた
ここまでならいいかもしれない
それ以上知られなければ…

僕は彼に先生が解雇された経緯を説明した
そして、僕にできることをするつもりだと告げた
彼は僕の話をじっと聞いていた
そしてしばらく黙っていたが、
低いけれどはっきりとした口調で言った
「一緒に行こう」

******

彼の視線に銀杏の葉が絡まって胸の奥で渦巻いている
そんな時、いきなり肩をたたかれて驚いた
「よお、何してるんだ?」

「ロジャースさん…」
「そんなに驚くなよ。君は学生になったのか?んなわきゃないよな。
おおかた例の件で抗議にでも来たってとこだろ?どう図星?」
「まあそんなとこです。ロジャースさんこそ何してるんです?」
「僕も今回の教授の不当解雇処分に異議申し立てをしようと思ってね、
これでも一応、クイーンの国の大使館職員だからね、おほんっ」

「ロジャースさんは日本駐在じゃないですか?」
「けほっ、まっカタいこと言うな。大英帝国は大英帝国なんだからさ。
ところで、昨日興味深い事がわかったぞ」
「何です?」
「聞きたい?」
「言う気がないならいいです」
「いやん、ほんとは言いたい」
にんまり笑った後、彼は顔を引き締めた

「あいつはここの学生じゃない」
「え?」
「昨日、学部長に会って、ちょいと脅してやったんだ。
今回の件はお宅の学生、ファン・ミンスの仕業だってね」
「反応は?」
「それはあり得ないって言うんだ。彼がここにいるわけがないと」
「…」
「留学中だと。学部長はミンスの父親と友人で間違いないと言い張る。
今年度から息子を留学させた。もし帰国するようなことがあったら
復学させる時よろしくと頼まれていたそうだ。どうやら偽学生だったらしい」

「偽学生?それじゃあ、あの彼は…」
「誰だってことだよ。それで念のため調べてもらった。
そうしたら、やっぱり彼はここにいた」
「え?」
「復学してたんだよ、学部長様の知らないうちに」
「それはどういう?」
「さあね、ただひとつ確かなのは、犯人は本当のファン・ミンスじゃない」
「どうしてわかるんです?」
「写真だよ。復学した彼の写真と入学したときの写真が違うんだ」

「ということは」
「そう、誰かがミスターXを勝手にファン・ミンスにして復学させた」
「誰が?」
「それが、ちょっとこっちこっち」
ロジャースさんは僕の腕を引っ張り、建物の脇に連れて行った

「正面のあの部屋、見えるだろ?」
「はい」
「学生課だ。何となくワサワサした雰囲気だろ? 」
「ええ」
「今朝から調べが入ってる」
「調べって?」
「昨日学部長をちょっと脅しておいたんだ」
「脅した?」
「部外者が勝手に学生になれるとは何と寛容な大学でしょう。
志願者が殺到するから、ぜひ広く世間に知って頂いた方がいいでしょうって」
「それであわててるわけですか」
「ふふん、そうみたい」
「学生課の誰かがあの彼とつながってるってことですね」
「学部長が知らないって事は、どこか他で何かが起こってたって事だろうな」
ロジャースさんはちょっと楽しそうに言った

「そうそう、昨日ソヌっちがあいつの写真撮ったっていうんで、
それをもらえないか頼んでみたんだ。ほら、いつか店に来たって」
「ソヌっち?いつの間にソヌさんとそんな間柄になったんですか?」
「いやん、ちょっと呼んでみたかっただけだょん」
「だと思った。それで写真はもらえたんですか?」
「すぐメール添付で送ってくれた。ほんとあそこのメンバーって使えるよなあ。
僕、スタッフいなくて困ってるんだけど、誰かアシストしてくれないかなあ」
「無理」
「だよねえ…」

「それで?」
「写真見たけどめっちゃイケメンじゃん。僕の若い頃を彷彿とさせるような、
いやまあ僕のが上だけど。でね、復学した時の写真と一致したよ」
「そうですか」
「このイケメンがここに入り込もうとしたら、学生証を手に入れようとしたら、誰に目をつけると思う?」
「まず偽の学生証が作れる人間で、金で釣れる人間か、ガードが甘い人間などなど」
「昨日チェックしたら、あそこの事務は女性が大半。後は役付きのおっさん。
このイケメンなら金でおっさん釣るより、色で女釣った方が安上がりだよねえ」
「なるほど」
「ではこれから確認作業に入るぞよ」

「わかりました、付き合いましょう」
「お、いつになく積極的な態度、いいねえ」
「ロジャースさんこそ、なぜこの件にそんなに?」
「なぜってさ、おかしいと思わないか?」
「何です?」
「告発文はオックスフォードの件に触れていた」
「あ」
「なぜ関係ない大学の学生があの事件を知ってる?変だろ?
そうしたらその彼は偽学生だそうだ。嫌な感じしない?」
「報復…ですか?」
「だとしたらこんな悠長な事じゃすまない…そこがわからん」
ロジャースさんはそう言って腕を組んだ

******

「一緒に行こう」
「え?」
「ひとりより二人の方が、相手にプレッシャーをかけられると思うが」
「でも」
「こういう問題は、部外者が絡んでいた方がいい時もある」
「仕事、押してるんでしょ」
「何、少しくらいかまわない」
「そう…でも大丈夫、今日は一人で行くから」
「そうか…」
「僕の本命はこの人ですって言うわけにもいかないでしょ?」

彼は一瞬子供のような顔になったが、
それは案外いい考えかもしれないぞ、とすぐ真面目な顔になって言った
「まさかね」
僕は声を出して笑った
彼もいたずらっぽい目をして笑った

ひとしきり笑い合ってから僕は言った
「どういう状況かよくわからないから、とにかく行ってみる。
場合によっては後で頼むかもしれない。いいかな?」
「ああ、いいよ」
「ねえ」
「ん?」
「ありがと…」
「いや、いいんだ」
彼はワイシャツの袖のボタンに手をかけた
小さなボタンをつまむその指先が脳裏に浮かび上がる

その指の先まで僕は…

******

「よお、今日は物想いにふける日かい?」
「別に…ただ気になる事があって」
「悩める青年かあ」
「違いますって。それよりどうします?」
「もうすぐ昼休みだ。彼女が出てくるのを待つ」
「彼女?」
「あそこの事務員で独身女性が一人いる。イケメンが近づきやすいだろ?」

「でも、昼に外に出ますかね。弁当持参か食堂に行くかも」
「出るさ。犯人は現場にいたくない」
「もし彼女がクロなら」
「外に出てくる…」
「そういうこと」
「昨日そこまで調べたんですか?」
「そうよぉ、ほら僕ちゃん有能だから」
「部下がいないと大変ですね」
「けほっ」
わざとらしく咳きこんだ後、彼は僕に聞いた

「ところで、教授に会ったかい?」
「いえ、なぜです?」
「昨日からホテルに帰ってないんだ」
「そうですか」
「君、何か知らない?」
「知りません」
「そっか。僕には教えてくれないかぁ」
「え?」
「いい男が嘘をつく時ってのはわかるんだ」
「…」
「とびきりいい顔になる。誰もが疑わないようにね」

「僕が嘘をついてると?」
「ああ」
「ならご自分で調べたら。あなたに調べられない事はないでしょう?」
「ちぇっ、手が足りないってさっきから言ってるじゃないか」
「それがあなたの仕事でしょう?」
「ああ、どいつもこいつも冷たい男ばっかり!」
「そんなことないでしょう」
彼はまあいいや、と部屋の方へ視線を移した

しばらくして昼休みになると、本当に女性が一人その部屋から出てきた
ロジャースさんは行こう、と言って僕の肩をたたいた
僕と彼は、地味なベージュのコートを羽織ったその女性の後をつけた
女性は建物から出ると小走りでまっすぐに校門に向かった
そして門をくぐりぬけ、大学の向かい側の喫茶店に入った

後を追って僕らが店に入ると、彼女はすでに窓際の奥の席に座っていた
ウェイトレスを呼んで何かを注文すると
女は一度回りを見渡してから携帯を取り出した
僕とロジャースさんは目を見合わせた
ビンゴだろ?
ロジャースさんの目はそう言っていた

しばらくの間携帯を耳にあてていた女は
フリップを閉じ、離れていてもわかるほど大きなため息をついた
そこで、僕とロジャースさんは静かに動き出し、
彼女の目の前にするりと座った

******

一時間ほど経って昼休みが終わる頃
僕らは喫茶店を後にした
「彼の事、何かわかったら教えていただけます?」
店の前で女性は僕らにすがるような視線を向けた
「申しわけないけれど、それはできません」
ロジャースさんに後ろからこづかれて僕は答えた

「そう、そうですよね」
女性は納得した言葉とは裏腹に落胆した表情を見せた
「でもきっと大丈夫です、彼は若いけれど優秀な捜査官ですから」
心にもない言葉を僕は続けた
「そうですよね」
もう一度呟くように言って彼女は僕たちに頭を下げた
僕達も頭を下げた
彼女はくるりと踵を返し、また校門の方へ歩き出した
僕らはその後姿が校門の中に消えるのを見届けてから、反対の方向へ歩き出した

「はあ…」
最初にため息をついたのはロジャースさんだった
「やれやれ、読みは当たったのに手がかりなしかあ」
「残念でしたね」
「それにしても、きれいに騙されるもんだなあ」
「さすがのロジャースさんも完敗ですか?」
「いや、僕はあんな騙し方はしないね」
「でも僕らだって彼女を騙した」
「そりゃ、仕方ない。知らぬが仏ってこともあるだろ」
「そうですね…」

ロジャースさんの考えた筋書きで
僕らはインターポールから派遣された捜査官になった
偽ミンスも捜査官の一人で、その彼が突然連絡を絶ったので、
僕らが手がかりを探しているという設定
普通にありえない話だが、彼女は信じた
ロジャースさんが英語で僕に話し、
僕が通訳をするという形を取ったので、ますます彼女は信用したようだ
彼女は、偽ミンスとの出会いから学生証偽造までを
すっかり僕たちに話してくれた

孤児でお金に困っていたと言われたという彼女の話も
僕は持っていたコーヒーカップを落としそうになるのをこらえて、彼に説明した
捜査のためには多少の嘘はつかなければなりません、
彼は実際にはお金には困っていませんので、どうかご心配なくと
ロジャースさんが取ってつけたような真面目な顔で言い、
それを訳せとばかりに顎を振った

ロジャースさんの言葉をそのまま伝えると、
彼女は、あの人はやっぱり凄い人だったんですね、と言った後で
どおりで鍛えられた体だと思ったわと呟いた
僕はそれは無視したが、言葉のわからないはずのロジャースさんは、
あいつやっぱりヤッテるわ、と僕の耳元で囁いた
当然彼女には伝えなかったが

彼女が偽ミンスと会ったのは、数えられるほど少なかった
そして、学生証を渡してからは1度しか会っていなかった
それを彼女はきっちりと手帳に記録していた
小さなカレンダーに赤いハートマークをつけて
これほど目的がはっきりとしているのに、
彼女は男を疑うことなく待っていた

「もう彼があなたの前に現れることはないでしょう。
僕らもです。すべて忘れてください。わかってくれますね?
僕らの仕事はいつも極秘でなければいけないのです」
僕は最後に彼女に言った
横でロジャースさんがもっともらしく頷いた
彼女は小さな声でわかりました、と答えた

「彼女との約束は守るんですか?」
「何?話してくれたら偽造の件はチャラにするってやつ?」
「ええ」
「僕は何もしないさ。ただあの学部長が気付いたらそれはあっちの問題だ」
「そうですか」
「何、彼女に同情してるの?」
「いえ、そうじゃないですけど…」
「共犯だよ、彼女も。男の心配はしてるけど、自分がした事の反省はないようだ」
「確かにそうでした」
「あの手の女は結構やっかいだ。やった事に対しての自覚がない」
「言葉に重みがありますね」
「けほっ」

午後の日差しが差し込む並木道を、僕らは肩を並べて歩いた
「ひとつお願いがあります」
「何?」
「これ以上兄さんを巻き込まないでください」
「…」
「何かあったら、僕に。僕が対処します」
「そりゃいいけど、あいつはどう思うかな」
「これ以上迷惑かけたくありません。もう随分心配かけてるし…」
「でもあいつは巻き込まれたがってると思うぞ」
「え?」
「逆の立場だったらどうする?君は黙って知らんふりか?」
「それは…」
「まあ、いいや。一応ラジャーだ」

ロジャースさんはそう言ってから、ふと足を止めた
そして、もう秋も終わりだな、と
半分以上裸になっている街路樹を見上げて呟いた
僕もつられて同じ方向を見上げた
葉が落ちた木々の枝は真直ぐに天に向かっていた

「これからどうします?」
「そうだな、とりあえず教授の帰国を待ちながら、偽ミンスを探してみるさ」
「…」
「ふん、フランクフルト経由でミュンヘンに入ったとこまではわかってるんだ」
「わかってるなら、僕に聞かなくてもいいでしょう」
「目的がわからないんだよ」
「僕だって知りません」
「そっか…」
「僕も彼を探してみます。彼女にはもう接触しないでしょうね」
「用なしだから、はずしていいだろ」
「彼に雇われたメンツでも探ってみましょうか」
「いいねえ、頼むよ。こっちはそうだな、夜の街でもうろついてみるかな」
「それじゃいつもと変わらないでしょ」
「けほっ」

並木道を抜けた所で、僕らは別れた
ひとりになった僕はもう一度、街路樹を見上げた
銀杏の木は、凛として立ち並んでいた
裸の枝が天を射し、まるでこれから向かう冬に挑むよう
美しい葉をなくしても、木はじっと佇んでいる
何があっても、そこに留まるしかないのだ
そして季節が巡るのを待つ…

人はどうなのだろう…
頭の中で落葉が舞い散るのを感じながら
僕はゆっくりと歩き出した


I wanna hold your hand  ぴかろん

営業が終わり、なぜかラブとドンジュンがクラシックのコンサートとやらに出かけることになり、二人は雑誌から抜け出てきたような格好で夜の街に消えていった
夕方より落ち着いていたギョンジンの腕に纏わりつき、一緒に帰ろうと誘った
ギョンジンはゆっくり俺を振り返り微笑んだ
私服のまま店に出ていたギョンジンは、俺の着替えをぼんやりと待っていた
シャツを脱いだ俺の体を、メガネズがギョッとした顔で見つめている

「これはまた」
「烈しい愛の軌跡ですな」
「本当ですな」
「キミのようなお子ちゃまには解せない行為でしょうな」
「何をおっしゃいますかな。アナタのような朴念仁には到底真似できない行為でしょうが」
「うほほほほ」
「うほほほほ」

「そんなに羨ましがるなよ」
「そうそう。イナさんはそれだけ深ぁく、熱ぅく、愛されてるんだよ」
「熱く?暑苦しそうだもんなぁあのひと」
「ホンピョ!一言多いぞ!」
「てやんでぇ、ドンヒだっていつもあのひとの事、濃い濃いって言ってるじゃねぇか」

メガネズの掛け合いにドンヒとホンピョが加わり、瞬く間にそこにいた全員が、俺の体をサカナにあることないこと喋りだした

「知ってます?おちょぼ口の方が吸引力は強いんですよ」
「説明すると、同じ力で吸引した場合、接する面積の狭いほうがその部分にかかる力は強いと…」
「違うよソグ君、テジュンさんの吸い込みはすごいんだよ」
「なんでスヒョクがそんな事知ってるのさ!」
「だってテジュンさんとソクさん、同じツクリだもん!」

ならあの人だって『同じツクリ』だ…
ふとそう思って咳き込んでしまい、一人くすくす笑った
そうだよ、あの人も『同じツクリ』なんだ…
けど全然違う…テジュンとあの人は…

「イナよぉ、そういう風に、その…、からだにちゅっちゅされるのはその…、イヤじゃねぇか?」
「テプンさん、まだそんな事言ってる。アンタだってこの頃はチェリム…さんの体にちゅっちゅしてるんでしょ?」
「シチュンよ、先に言っとくが、なんで『チェリム』の後に間が入るんだ?それと、チェリムの体にはその…ちゅっちゅは…してねぇよ」
「先に答えておくけど、間が入るというのは気のせいだよ、げへん。そんで本題…。してないの?!」
「だってよお、唾臭くなるだろ?」
「…」
「べとべとしてよぉ」
「…」
「え?シチュンはメイちゃんに…してるのか?」
「っていうか…テプンさん、まさかいきなり?」
「あ?」
「いきなりこう…」
「なんだよ、ハッキリ言えよ」
「…」
「あん?ウジウジした野郎だな。先に俺の質問に答えろよ。お前はメイちゃ…」
「あっちに行きましょう!チョンマン、付き合え」
「…ええ~」
「じゃ、ボクもご一緒しちゃおうかな♪」
「監督はいいよ!監督が来ると変な方向に話が飛んじゃう!」
「テプン君、ボクもいい?」
「おうよ。監督の話はいつもタメになる」
「テプンさぁん(;_;)」

頓珍漢なテプンと嫌がるチョンマンを引っ張って、シチュンとジホのおっさんが外に出て行った
すぐにまた、ウシクとスハとテジンとジュンホ君が俺の体をジロジロ見る

「もう!イナさん、いつまでそんな色っぽいからだ、晒し者にしてるんですか!早く服着てください。ジュノ君が固まってます」
「スハも固まってる。同じようだもんね、スハも…」
「テジンさん!変なこと言わないでくださいっ」
「うっけつですか?はやくちりょうしたほうがいいですよ」
「とにかく早く服着てください。風邪ひきますよ」
「あ…ああ…」

ウシクに促され、俺はトレーナーを引っ被った
そうだよな、なんで俺、すぐに服着なかったんだろ…
皆はぞろぞろとロッカールームを出て行き、残っていたギョンジンは俺にそっと近づいた

「…大丈夫か?」
「ふ」
「…。あの…。やっぱりもう一度言わせてくれるかな…」
「ん?」
「…ごめん…」

パン☆

謝ったギョンジンの頭を叩いてやった
それから俺達は腕を組んで店から出た
駐車場にテジュンがいた

*****

「なんだってそんなに面倒見がいいんだお前ってヤツは!」

怒った口調でテジュンが言った

「だって、ほっとけないもん…」
「ったく…」
「…すみませんでした、昨日、僕…」
「ああもう!また謝る!もういいってば!」
「ほんと。もういいよ。イナの着てたピンクのシャツ、ちゃんと直したらそれで…ね?」
「あ!そうだ!思い出した!お前の部屋のドアノブにな、昨日穿いてたジーパン掛けといたから」
「は?」
「あれも洗っといて」
「…」
「シャツもキレイに洗ってプレスしといて」
「…」
「ん?」
「…シャツはもうクリーニングに出したんだけど…」
「なんだって?」
「…僕が…洗わなきゃいけなかったの?」
「お前が洗ってアイロンかけてるとこ見たかったのに!」
「…ごめん…」
「また謝る!」
「…ごめ…」
「またっ」
「こら、イナ、どっちだっていいじゃないか。それよりお前、どうする?マンションに帰るか?僕はヨンナムんちに帰るけど…」
「え…俺んとこ来ないの?!」

あの…夢心地のまんま…俺をほったらかすつもりかよ!
俺は口を尖がらせてテジュンに聞いた

「うん…ヨンナムが大変でさあ…」

テジュンは淡々と答えた

「ヨンナムさんが大変って?どういう事?」
「それがさぁ…電話握り締めて泣いてるんだよな…。もう手に負えなくて…」
「…なんで?チョンエとなんかあった?」
「いやぁ、あったというか、それは当然だろうというか…」
「…なによ、なんなのよ!」
「気になる?」
「…うん…」
「…。とにかくまず車に乗って」

視線を落としたテジュンが後部座席のドアを開けた
俺も後ろ?と引っかかりながらも、ギョンジンを引っ張ってそこに乗り込んだ

「それで?RRHに帰る?それとも~ヨンナムの様子、見に来るか?」
「…」

俺は、傍にあったギョンジンの手をぎゅっと握り締めた
ギョンジンはゆっくり俺を見て言った

「イナ…正直な気持ち、言ったら?」

ルームミラー越しにテジュンの視線を感じた
気にならないと言えば嘘になる
ちゃんと気持ちを言い合おうと昨日テジュンと約束した
いざ言葉に出そうとするとこんなに勇気がいるものなのか…
ギョンジンの手を更に強く握り締め、俺は決心した

「行く」

ミラーの中のテジュンの瞳が鋭く光った

「…。どこへ?」
「え…」

ギョンジンが俺の手を握り返した
負けるな…と励まされてるみたいだった

「あ…あの…」
「RRH?」
「…」

本当の気持ちを言うかどうか、テジュンは俺をじっと見つめている
ギョンジンが二、三度軽く俺の手を揺すった
頑張れ…
本当の…気持ちを…

「…。ヨンナムさんち…」
「…。行ってどうする」
「…」
「チョンエさんを想って泣いて荒れてるヨンナムを抱きしめてやるのか?」
「…」

黙り込んだ俺をミラーの中のテジュンはきつく睨んだ

「だったら連れて行かない」

車が動き出す

チョンエを想って泣いて荒れているヨンナムさん
ヨンナムさんを抱きしめるなら連れて行かないと言い切ったテジュン
同じ顔の二人を思い、俺の心はズキズキ痛んだ

ギョンジンが俺の顔を覗き込み、小さな声で言った

「負けるなよ…お前が負けちゃったら僕、また迷っちゃう…」

そんなのギョンジンには関係ないことだと反発を感じつつ、これが今のこいつにできる精一杯の応援なんだとも思った
負けるなって何に?頑張るって何を?正直な気持ちを伝えたのに俺はマンションに運ばれて行く
それを翻すようなことをすれば、またテジュンを傷つける…
でも…
ここなのかもしれない…
俺はここでいつも黙り込む
今までずっと、テジュンとケンカしたくなくて気持ちを誤魔化してきた
彷徨っているギョンジンがラブに甘えられるように、仲間の傍で安心して暮らせるように、それと
テジュンが不安にならないように、俺は見せてやらなきゃならない
俺が正直な気持ちをテジュンにぶつければ、矛盾してるようだけど、つまりそれはテジュンを信用している事になるんじゃないか
ちょうどラブがテジュンと寝た後に、何もかも解っているギョンジンの元へ平気な顔して帰ったみたいに…

堰を切ったように真実が流れ込む
ああ、あいつ、そんなにもギョンジンを信じてるんだ
あいつ、そんなにも自分を信じられるようになったんだ…
どこにいても、何をしても、帰る場所はギョンジンのところだって…
ふいに光の粉を浴びせられたみたいに力が漲った
俺はギョンジンの手をもう一度握り返し、唾を呑み込んで顔を上げた

「行く。ヨンナムさんちへ。何がどうなったのか知りたい」

テジュンはミラー越しにちらりと俺を見た

「慰めて抱きしめるためだっていうのなら僕は…」
「チョンエに夢中なヨンナムさんを見たい。どれほどあいつを好きなのか知りたい」
「…」
「慰めて抱きしめるかもしれない。そうしないって約束できない」

テジュンは真っ直ぐ前を向いたまま、ギョンジンに聞いた

「ギョンジンは帰るのか?マンション」
「…僕…ついて行きます」
「…なんで?」
「ついていかなきゃって思うから…」
「ふぅん…」

そうして俺達三人は、ヨンナムさんの家に着いた


可愛い男 ぴかろん

*****

「テジュン、どうしてまだ電話がないんだっ!どうしてっ」
「…だからさぁ」
「だからじゃないもん!お前どこに行ってたんだよっ!なんで僕を一人にするんだよっ」

携帯電話を握り締め、泣き喚きながらテジュンの胸をバンバン叩きまくっているヨンナムさんは、子供のように…可愛いと言うより、始末に負えないと言うべきだろう…状態だった
あまりに泣きじゃくっているので語尾がよく聞き取れない
チョンエと喧嘩してテジュンが仲裁にでも入ったのかな?
それでチョンエからの電話を待っているとか?
ギョンジンと俺は土間に突っ立って、テジュンがヨンナムさんの攻撃を避けるのを見ていた

「電話かかってごないじ…どうしてなのさ?ひどいよテジュン!何時に着くのさ!どうしてさ!」
「…多分今頃着いたんじゃないかな?それから荷物貰ってるだろうし…きっともうすぐかかってくるさ」
「かかってごなかっだらどうするんだよっ!」
「メールは届いたんだろ?」
「あんなのっ!一方的なっ!ひどいよっひどい!どうして電話してくれないのさっ!」

「チョンエさん、済州島に帰ったんだね」

ポツリとギョンジンが言った

「そうなのか?」
「聞いてりゃ解るでしょ?しかもヨンナムさんに黙って帰ったみたいだね。メールで知らせたってことか」
「そ…そうなのか?」
「推測できるじゃない」
「…。よく聞き取れたな、あんな喚いてるのに」
「ま、プロって言えばプロだからね、僕…」

泣き狂っているヨンナムさんから目を離せないまま、俺はギョンジンとコソコソ話した

「ヨンナム、落ち着けって。な?あと10分…いや、20…いや、30分待ってごらんよ。僕がシャワー浴びてる間にきっと電話がかかってくるよ」
「シャワーなら自分の部屋で浴びろよばかっ!ひぃぃん」
「僕が部屋に退散したら押しかけてきて泣き喚くくせに」
「あ…」
「ん?」
「お前今、『ちゅきあいきれない』って思ったろ…」
「ん…ん?」
「『ぶぁが』って思ってるんだろっ!ひぃん」
「…ははっ…思ってないってば!」

テジュンは『可愛らしくなっているヨンナムさん』に苦笑する
かなり真面目に慰めてるのにヨンナムさんは聞き分けのない幼児のようにダダを捏ね続けている
まるで親子だ
テジュンはかなり甘い父親のようだ

「もしかしたら家の電話にかけてくるかもしれないぞ。携帯持って電話の前で待機してろよ。そんで話す内容を考えてだな、時間を潰せ」
「ががっでごながっだらどうじだらいいの?!」
「…。じゃ、お前からかければいい」
「ががらながっだら?!ちゅながらながっだら?!でながっだら?!」
「そんなのかけなきゃ解んないでしょうが!」
「怒ったぁぁ馬鹿野郎ぅぅぅひぃぃん」
「…はぁぁ…もう…」

縋りつき泣き喚き叩きまくるヨンナムさんに、テジュンはほとほと困った様子だ
だけど少しだけ嬉しそうな顔をしている
なんだかかっこいい
昨日からテジュンがキラキラして見える

「ぢょんえ~どぉじでぼぐにだまっでがえっぢゃっだんだぁぁぁぁあんああんああん」

と号泣しているヨンナムさんは…
見たことないぐらい可愛らしい…

「いいな…」

ギョンジンがそっと呟いた

「ん?何が?」
「…本当の兄弟みたいだ…」

きっと自分とギョンビンを重ねてるんだろう
あんな風に気持ちをぶつけて欲しいに違いない

「…ギョンビンさ、小さい頃はよくああやって僕の胸をドンドン叩いてさ…、どうしてなのさおにいちゃんのばか…なんて叫びながら、自分の失敗を嘆いてたな」

寂しそうに微笑む横顔
ラブに見せたらウルウルするだろうな…

「もう大人だものね、ギョンビンは…。それに、縋り付くなら僕じゃなくてミンチョルさんだもの…」
「…。解んないぜ。お前が両腕広げてやれば飛び込んでくるかもよ」
「ふ。ミン・ギョンビンって男はそんな事する奴じゃないよ、どんなに苦しくても…」

俺達は戯れているようなテジュンとヨンナムさんを見ていた

「仲、いいんだね、テジュンさんとヨンナムさん」
「…こんな風になるまでには相当時間がかかったと思うよ」
「え?そう?」
「いろんなわだかまりがあったはずだし…」

テジュンにはまだ『俺に関すること』で澱が残ってるだろう
なのにっていうか、だからこそ『かっこいい』と感じるんだけどね

「…。何かを乗越えて、こんないい関係になったの?」
「まあね。詳しいコトまでは俺もよく解んないけど…。こんな二人見るのは初めてだな」
「…そう…」
「だからお前とギョンビンもこんな風になれるんじゃない?」
「…それは…無理だよ。ギョンビンはクールだもん…」
「だったら、お前からギョンビンに飛び込めば?」
「え?!」
「お前がアイツに泣いて縋りつけばいい」
「…」
「ね?同じ事じゃん」
「ダメだよムリだ!できない!」
「どうして?俺には縋りつくくせに」
「そ…それはお前だからできるんだもん!お前以外には無理だもんっ」
「…。なんでさ」
「僕はギョンビンの兄だし…そんな…」
「ギョンビンのがずっとしっかりしてるってテジュンも言ってたろ?」
「そっ…。それは…そうだけど…そんな…、でも…」

ギョンジンはきょときょとと目を動かした
俺の提案は魅力的だったと見える
頬を赤らめて、そんな、できないよ…でも…ああでも…とブツブツ呟いていた

「じゃあラブに縋りつくのは?それなら結構やりやすいんじゃない?あいつ、待ってるって言ってくれたんだろ?やってみれば?」
「どうやって!」
「どうって…普通に甘えれば…」
「ラブに?!」
「…だってあいつ…待っててくれてるんじゃんさぁ」
「でもっ!ツンってされたら…」
「…」
「抱きしめるフリして叩き落とされたらっ…」
「…」
「優しいフリしてこき下ろされたら僕…僕…」
「…。いつものことじゃんか」
「…そ…そうら…」
「ふ。あのさ、お前が本気で困ってたり本気で助けを求めたりしたら、ラブが無視すると思う?」
「…」
「ギョンビンだって同じだよ。お前が妙に構えて入るから邪険にされるんだ」
「構えるって?」
「『僕はギョンビンの兄なんだ』とか『僕はラブを守るんだ』とか、そういう思い込み」
「…」
「取り払えば?」

取り払えば?テジュンを傷つけてしまうだとか、テジュンを怒らせてしまうだとかいう概念を…
相手を傷つける時って自分も傷ついてるもんだし、相手を怒らせるのは自分も腹が立ってるからなんだ
誤魔化してその場を治めなきゃいけない時だとか、気を遣わなきゃいけない相手だとか、もちろんそういう場合だってあるけど…でも…

「そこなんだ、ギョンジン、お前と俺が頑張らなきゃなんないトコ」
「え?」
「お前はギョンビンやラブを、俺はテジュンを、もっと信用しなきゃいけないんだ、ずっと一緒に居たいのなら…」
「…」
「ラブはお前を信じてる。だからきっとあんなにも好き勝手なことができるんだ」
「…。僕から…ギョンビンに…縋りつく…の?」
「ん」
「…纏わりつくのは得意だけど…」
「きっと受け入れてくれるって信じて甘えれば?…。俺も…。俺もやってみる…」
「…イナ…」

「な?泣き止んで落ち着いて待ってろ。ほら、ギョンジン君とイナが不思議そうな顔してるだろ?しゃきっとしろよ」
「へ?」

ヨンナムさんは涙をいっぱい溜めた瞳を俺達に向けた

「…イ…ナ…いたの?」
「…うん…テジュンと一緒に来た」
「い…いなぁぁぁ」

叫びながらヨンナムさんは俺に抱きついた

「なななな…。ヨンナムさん…ちょっ…」

俺に縋りつくヨンナムさんを見送り、それからテジュンは醒めた様子で言った

「…。じゃ、後、よろしく。僕ちょっとシャワー浴びてくる」

その声色に怒気が含まれていた

「チョンエから電話がないの。チョンエが帰っちゃったの。僕にだまっ…ひっく…黙ってぇぇぇぐすぐす…」

ヨンナムさんは俺の肩に顔を埋めてテジュンに喚いていたと同じ事を繰り返した
テジュンはチラリと諦めたような視線を送り、それから俺達に背を向けて風呂場に向かった
大人の余裕でヨンナムさんをあやしていたテジュンの、薄い暗闇に消えて行く背中が儚く見え、心が疼いた
風呂場の扉がパタンと閉まる
なんで…。なんでそんな寂しそうなのさ、なんで!俺はここにいるのに!お前を見つめているのに!

「どうしてだと思う?ねぇイナ、チョンエは僕が嫌いなのかな、ねぇってば!」

赤い目をしてしゃくりあげながらヨンナムさんが俺に問い詰める
違う
俺が抱きしめるべき人はヨンナムさんじゃない

「ごめんヨンナムさん、離して」
「…え?」
「チョンエの気持ちは俺にはわからない。でも女性問題に関するエキスパートがいるから彼に相談してみて。ギョンジン!頼む」
「え?僕?」
「…イナ…」

呆然としているギョンジンとヨンナムさんから離れて俺は風呂場に消えたテジュンを追った







© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: