ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 305

シャッフル 2  ぴかろん

*****

イナさんの隣で飲んだ。ホンピョは勝手にヨンナムさんの隣に移動し、ヨンナムさんにしなだれかかって甘えていた
寝るときもアイツはヨンナムさんの隣にピッタリくっついていた
ヨンナムさんは満更でもなさそうだった

イナさんといるとなんだか落ち着く。とりとめのない話しかしなかったけど、イナさんは僕を『いい奴だ。素直だ』と言ってくれた
ホンピョはしょっちゅうヨンナムさんの耳に何事か囁いていた。迷惑じゃないだろうかと心配になった
僕がソワソワし出す前にイナさんが酒を注いでくれたので、随分と気が紛れた

皆が寝静まった頃、アイツは用を足しに行き、その帰りに僕の布団に潜り込んできた
背中をトントンしてくれと言う。僕のトントンでないとダメだと言う
僕は奴の言うとおり、いつものように背中を軽く叩いてやった

テジュンさんがフラフラと部屋の外に出て行き、僕の隣にいたイナさんはその後をつけて行った
二人が出て行って少しすると今度はソクさんが立ち上がった

「俺、ションベンの引き金ひいちゃったかな、へへ」

僕の顔を見上げて悪戯小僧のようにホンピョが呟いた

「戻んなくていいのか?ヨンナムさんの横」
「兄貴ったらすぐ寝ちまってよぉ。爆睡してるんだぜ。起こしちゃ悪いだろ?」

そう言って僕の胸に顔を埋めた。僕は奴の背中を軽くトントンと叩き続けた
テジュンさんとソクさんが布団に戻ってきた。ホンピョはそれから間もなく寝息を立てた

『お前って…』『え?あ、いや、いい奴だな…』『素直だし』
…いい奴?素直?
イナさんが呟いた言葉を思い出した
僕はコイツの何なんだろう
イナさんは戻ってこない。僕はホンピョを起こさないように布団から抜け出した


裏口から外に出ると、俯いたイナさんが『はーふー』とため息をつき座り込んでいた
僕が声をかけるとびっくりして顔をあげ、へへっと笑った

「テジュンさん、部屋に戻りましたよ」
「ああ。ソクの言いなりだよ全く。ちぇっ。キスしたかったのにな…」
「ソクさんのガード、堅いんですねぇ」
「だよ。でもさぁ、なんでテジュンのガードにつく?」
「さぁねぇ。今宵のパートナーだからかなぁ」
「ちっ。うまいこと言うぜ」
「えへ」
「ところでお前どうしたの?ホンピョ寝かしつけてたんじゃねぇの?」
「あいつならすぐ寝ました。一度寝たら朝まで起きません」
「ふぅん、よっく知ってるんだな、ホンピョのことは」
「…。イナさん、僕って…」
「ん?」
「あいや、何でもありません…」
「なんだよぉ、悩み事があるなら言ってみろ」
「悩み事じゃないんですけど…その…」
「なんだなんだ?」
「あの…僕って…どういう奴です?」
「あん?」
「僕って何なんでしょう…」
「…どしたんだ、お前…」
「ホンピョは僕のこと何だと思ってるんでしょう…」
「…」
「イナさん、さっき僕と飲んでた時に何か言いかけたでしょ?」
「へ?」
「僕のこと、ほんとはどう思ってるんですか?いい奴とか素直とかじゃなくて」
「…えっとぉ、ホンピョのパパみたいだなって…」
「それ以外に何か言いかけてたでしょ?」
「え?そうだっけ?」
「僕が荷台に乗ってきたって話の時」
「…ああ!あん時ね。いやぁ、お前ってなぁんかぁ…損な役回りだよなって思った」
「…」
「性格も見栄えもいいのに、なんだかホンピョの陰に隠れちゃってるような気がしてさぁ、もっと前に出てくればいいのに。そしたら恋人だってすぐにゲットできるぜ」
「恋人…できかけたことあったんですけど…ほっとけなくて…」
「何を?」
「…」
「ホンピョ?」
「…」
「ふぅん…」
「イナさんの仰るとおり、僕、損な役回りですよね…。僕に恋人いようがいまいが、アイツはアイツで好き勝手にやってるんだし…アイツだってあれでも大人なんだからほっといたって大丈夫ですよね…。でも僕…ひっかかっちゃって…ダメでした…」
「お前がそんなにも気にかけてやってるのにアイツってばどうよ。勝手な時に戻ってきて『背中トントンしてくれ、お前じゃないとダメだ』なんてコロシ文句吐いちゃって…なぁ」
「…聞こえてました?」
「全部ね」
「ふぅ…。いつもの事です…慣れました」
「ホンピョはお前に甘えてるんだよな」
「…」
「あのさ、お前もアイツに甘えちゃえば?」
「え?」
「お前も好き勝手すればいいじゃん」
「…」
「お前、自分を抑えすぎてない?」
「…抑えてないと暴走しちゃうから、僕…」
「『速攻王』だから?」
「…。はい」
「ぷふ。認めちゃった」
「だって…そうだもの」
「…。お前、正直だな」

イナさんは優しい顔で微笑んだ。やっぱり落ち着く。イナさんとこんな風に話せるなんて…

「もっと自分を出していけばいい。暴走はダメだけどさ。皆に甘えていいんだぞ、自分だけで抱え込むな」
「…はい…。悩み事ができたら、いの一番にイナさんに甘えます」
「おお。歓迎するぜ」
「ホントですか?」
「ああ」

眉をヒョイと上げて笑うイナさんはかっこよかった。久しぶりに温かい気持ちになった

「なんだったら今、抱きしめてやってもいいぞ。来るか?」

イナさんは悪戯っ子の顔で腕を広げる。僕は躊躇した

「遠慮すんなよ、今宵のパートナーなんだから。ほら、今しかねぇぞ。明日はテジュン抱きしめる予定だからな。ソクが邪魔しなきゃって話だけど」
「くふふ。あははは」
「…。いい笑顔じゃん。可愛いよ、お前」

『可愛い』という言葉を女の子に囁いたことはあっても、僕自身に言われた事はなかった、小さい頃を除いてだけど
その響きに僕の胸の一部分がきゅうっと縮こまるような感覚を覚えた。その後心臓がドキドキと鳴り出し、気がついたら僕はイナさんの腕の中にいた

「へぇ~、俺も結構やれるもんだなぁ」
「え?」
「スヒョンにも負けねぇな、コマシ」
「…僕、コマされてるんですか?」
「されてない?このシチュエーション」
「わかんない」
「じゃあ何で俺の腕の中にいるんだ?」
「それは…イリュージョンです」
「は?」
「瞬間移動のマジック…」
「…ふは…笑うにはちっと苦しいぜ」
「真面目すぎますか…」
「んー。かもな。…なあドンヒ、やっぱもっと前に出ろ」
「んふ。どうやって出ればいいかわかんないです…」
「遠慮せず、気を遣いすぎず、思った事を素直に実行しろよ、な?」
「僕、実直で控えめな速攻王ってウリですけど…」
「控えめだけど実は甘えっこでぇすっての、受けるぞ」
「甘え方、よくわかりません」
「なんで?今、うまく甘えてるぞ」
「…こんな風でいいんですか?」
「初級は合格だ」
「ふふふ…」

目を閉じてイナさんに身を預けた。ホンピョは僕の『背中トントン』でこんな風に気持ちが落ち着くのかなぁ…
しばらくして、僕はかすかに身を震わせたイナさんに気づき、寒くなってきたからそろそろ戻りましょうと声をかけた
イナさんはニコッと笑って、さすがは気配りのドンヒだ、と言った。僕はつきあってくれた詫びと礼を言ってイナさんの背中をさすりながら歩いた
布団に入り、隣のホンピョを見てみた。ぐっすり眠っている。少し布団がめくれていたので直してやった。奴は一瞬目を開け、僕を真っ直ぐ見つめた
刺すような瞳がほの暗いオレンジの灯りの中ではっきり見えた。ほんの数秒、奴は僕を責めるように見て、それから目を閉じ寝息を立てた
心臓が早鐘のように打ちつける
だってお前が自分勝手なことするから…だから僕はイナさんに…
悪い事なんかしていないのに、僕は頭の中で言い訳を並べ立てた
僕の肩にイナさんの腕が置かれ、ぐいっと体を回転させられた。僕はイナさんの方へ横向きになった
イナさんはニッコリ笑い、お前、俺の今宵のパートナーなんだからさぁ…と僕にしか聞こえない声で囁き、僕をそっと抱きしめた
背中のホンピョが睨んでいるように感じたけれど、イナさんが気にすんなと言うので意識するのをやめた
イナさんの香りが僕を包む。心が安らぐ。僕はイナさんの言葉に従い、ゆっくりと目を閉じた

*****

このごろドンヒの奴は小うるさくない。というか元気がない。俺が「かてなちお屋敷」から帰ってきたあたりからかな?
確かに俺は「かてなちおチーム」に抜擢されてから、ドンヒ以外の人と話す機会が増えた。海坊主とかテスさんとかソク爺さんとかギョンジン兄ちゃんとか「かてなちお屋敷」の兄貴とか…
人と話するってのは楽しいな。いろんな人といろんな事を話すと勉強になる。時々褒められたりして嬉しい。ドンヒの奴は滅多に俺を褒めない。というか褒めた事あるっけ?大抵小言ばっかしだ。やっぱ褒められると嬉しいじゃん?皆優しいし(キム・イナは除く)。俺にとっちゃ、新しい世界って感じでよ、ついドンヒをほっぽって他の人ンとこに行っちゃうんだ、最近
だから拗ねてんのかもしんねぇ。小言も言わねぇ。余計つまんねぇ
今日もヨンナムの兄貴んちで宴会だった。元チーフとギョンビンさんが怪我してギョンジン兄ちゃんもいないからってさ、あの『色気小僧』を寂しがらせないための宴会だとかでよ、皆ホントに優しいよな、俺、皆が好きだから参加決めたんだ(キム・イナと『色気小僧』は除く)
したらよ、俺の隣にキム・イナが来やがった。もう一方の隣はスヒョクさんなんだけどよ、これが随分離れてんだ。スヒョクさんは『色気小僧』と密着してんだよな~。ギョンジン兄ちゃんが泣くからやめろよ!ソク爺さんは何だか枯れてるから大丈夫だろうけどよ
でな、キム・イナの野郎、前々からいけすかねぇ奴だと思ってたんだけどよ、ドンヒにばっか喋りかけてやがる。つまんねぇんで俺はヨンナム兄貴の隣に行った。スヒョクさんが文句言ったけど、言い返してやった。ヨンナム兄貴は笑って俺に酒を注いでくれた
俺はヨンナム兄貴の彼女の話(ノロケ話な)をずーっと聞いていた。早く結婚すりゃあいいのにって言ってやったら、真っ赤になってた。結構純情だよな、ヨンナム兄貴ってさ
なんだかんだ話して、ちっと甘えたりしてたら、お前、チョンエに似てるなって言われた。どこがどう似てるのかわかんねぇけどよ、多分アレだ、兄貴は彼女と離れてるから甘えてくる奴はみんなそのチョンエさんに似てるように思うんだろう
甘えると兄貴が喜ぶから俺はご期待に応えて何度も兄貴にしなだれかかった。時々ドンヒが怖い顔してこっちを見てた

夜、寝る時、俺は兄貴の隣に行った。ドンヒはキム・イナの隣だ。俺は兄貴に背中をトントンしてもらった。でもよ、兄貴、疲れてたのかすぐに眠っちまってよ。なんか物足りなかったんだよな~トントン…。だからよ、皆が寝静まってからトイレに行って、その帰りにドンヒの横に潜り込んだんだ。背中トントンしてくれって丁寧に頼んだら、あいつ、何も言わずにトントンしてくれた
そのうちテジュンさんとキム・イナがトイレに立った。俺がションベンの引き金になったのかな、てなことをドンヒに言うと、ヤツは笑いもせずにヨンナム兄貴の横に行かなくていいのかと言った。兄貴は熟睡してるし、俺がゴソゴソして起こしちゃいけないからと答えてヤツにくっついてやった。ヤツはまた俺の背中をトントンしてくれた。わかってんだ、ドンヒは小うるさいけど優しい奴なんだって…。小言が無いのは嬉しいけど、あいつらしくねぇなと思った
あいつのトントンは相変わらず心地よくて、俺はすぐに夢の世界に旅立った

ガサゴソ音がしたんで目を開けてみた。ソク爺さんとテジュンさんが布団に潜り込んでた。トイレから帰ってきたんだなと思った
キム・イナとドンヒがいない。あれ?おかしいな、テジュンさんの次にキム・イナがトイレに行ったろ?それから俺は眠っちまったけど、その後にソク爺さんとドンヒがトイレに行ったならよ、キム・イナはどこ行ったんだ?目を瞑ったままあれこれ考えた。廊下にでもいるのかな。でも声は聞こえない。気になって眠れなかった
しばらくしてキシキシ廊下のきしむ音がした。キム・イナとドンヒが部屋に戻ってきた。俺は寝たふりをしていた

ドンヒが俺の布団を直した。反射的に目を開けて奴をじっと見た。奴は驚いた顔のまま固まった。なんかやましい事でもしたのかよ!でも俺には関係ねぇし
目を閉じて眠ろうと思った。ガサガサ音がしてキム・イナの声みたいなモンが聞こえた。なんて言ってるかはわからない。気になる
もう一度目を開けるとドンヒの背中が見えた。ドンヒの左肩からキム・イナのふてぶてしい顔と半開きの口が見えた。キム・イナの腕がドンヒの背中に巻きついている。俺はキム・イナを睨んだ。キム・イナは半開きの口のまま俺を睨んだ。それからキム・イナは目を閉じてフッと笑い、ゆっくり目を開けると俺に微笑みかけた。その顔があんまり優しかったので、俺はどうしていいかわからなくなって目を閉じた
キム・イナはテジュンさんとデキてンだぞ。キム・イナはギョンジン兄ちゃんやヨンナム兄貴をたぶらかすような浮気者だぞ。ドンヒの馬鹿。なんでこんな奴とくっついてンだよ…
さっきの優しい顔は見間違いだと思い、もう一度目を開けた。キム・イナはまだこっちを見てた。俺と目が合うと、またにっこり笑った。騙されるもんかともう一回睨みつけると、奴はいきなりあっかんべーをした。それからまた優しい顔で笑った。瞳が穏やかだった。俺は睨むのをやめた。わけのわかんねぇ気持ちになった…なんてぇのか…なんもしてねぇのに負けたような気がした



*****

テジュンがソクに連れ去られたあとのもんもんした俺の許に、ドンヒがやってきた。流れでドンヒを抱きしめた。不思議な気がした。俺、ちっと大人になったのかな…なんてさ
いつも人に寄りかかってた俺が後輩を甘えさせてるじゃん。だってドンヒ、可愛いんだもんな。もっと感情を出さない奴かと思ってたのに、素直なんだ、とっても…
テジュンといいドンヒといい、ほんとに今日は可愛い。あ、ドンヒを抱きしめたのはテジュンの身代わりじゃないからな
俺は心の中で自分に言い聞かせた
部屋に戻ると世話焼きなドンヒはホンピョの布団を直し、そのままフリーズしていた。ホンピョに気を遣いすぎるドンヒ。からだをこちらに向けさせてそっと抱き寄せた。ホンピョは俺を睨んでいた
ん?一度眠ったら朝まで起きないんじゃなかったっけ?
じーっと見てたら奴は唇を尖がらせてもっと睨んできた
勝負する気か、この野郎
一瞬そう思ったが、ドンヒを気にかけるホンピョが微笑ましく感じ、自然と顔が綻んだ
ホンピョは視線を外し、目を閉じた
ふふ。勝ったぜ。可愛い奴め…
ホンピョに対してこんな風に思ったのは初めてだった。あれ?俺、やっばちょっと大人?くふふふ…
鼻先で笑ったら腕の中のドンヒが肩をすくめて、くすぐったいです…と言った

朝、俺は一番遅くまで寝ていた。テジュンの呼ぶ声に目が覚め、起き上がった
テジュンは、今から会社行くねと可愛く告げる
へ?ほ?なんじ?7時半?もう行くの?

「うん」
「飯食ったの?」
「うん、あっちで」

玄関横のスペースに座卓が置かれ、その上に鍋と皿があった
おかずやらパンやら用意されていて、テジュンは、イナ起きないから先に食べちゃった、と可愛らしく言うのだ
ああ…
お前を食べちゃいたい…

「行ってくるね」
「あうん…気をつけて…」
「じゃあね」
「うん。夜またね」
「イナも気をつけてね」
「うん。仕事頑張れよ」
「イナもパン、おいしいの作ってね」
「まかせとけ」
「行くね」
「うん。行っといで」
「行くよ」
「…うん。いってらっしゃい」
「…行くけど…」

テジュンは行く行くと言いながらなかなか行かない。まるで○×ン時のよう…げへっごほっ…おほん、違う、俺のバカ!
とにかく、なかなか玄関から外へ出て行かない。ああそうか、駐車場までお見送りしてほしいのか、と気づき、俺はだらだらのジャージ姿で草履をひっかけた
嬉しそうな顔のテジュン。そんな顔を見ると俺も、でへへ、嬉しい♪
ほんの数メートル、二人きりで話した。昨日の夜は不完全燃焼だったし、今夜も多分二人っきりにはなれないだろうし…でもこうやって顔を見ながら話ができるのは幸せなことなんだなぁと実感する
テジュンは急がなきゃと言いながらぐずぐずと車に乗り込んだ。それから運転席の窓を開け、ニコニコと微笑んだ

「済州島の出張、もうすぐだろ?」
「うん」
「また離れ離れになっちゃうなぁ…、それまでには…」
「それまでには?」

テジュンの瞳が悪戯っ子のようにキラリと光る
決まってるじゃん!熱い夜を…いや、昼でもいいけど…くふふん…、といったような事を俺は心の中で叫びながらテジュンを見つめるくふふふん…
しばらく見詰め合う俺達ふふふふ

「急ぐんだけど…」
「あ、そうだな。いってらっしゃい」
「…もう…行くんだけど…」
「運転気をつけてね」
「エンジンかけるけど」
「うん」
「かけたけど!」
「…うん…」
「行くけど!!」
「…。だから?」
「…もういい!」

テジュンはプイッと顔を背けた。なんで怒ってる?お見送りに来たじゃんか…

「…もういいもん!ばか!」
「ばかって…どしたんだよテジュン」
「もう行きます!」

テジュンはプンスカ怒ってウインドウを閉めた。俺はコンコンとそれをつつき、もう一度開けるように言った
渋々顔が下がるウインドウの向こうにある

「ふっ。何を怒ってるんだか」
「怒ってなんかない…」

言い返すテジュンの顔を掴み、素早くキスをする。離れようとする俺の頭を手繰り寄せる可愛い奴
そっかぁ~「いってらっしゃい」のチュウが欲しかったのかぁ~あっはっはっ可愛い、もんのすごぉぉく可愛い(>▽<)
朝にしちゃ濃い目のキスをかまし、やばい遅刻しちゃうと慌てだしたテジュンに、遅刻してもいいから事故起こさないようにねと送り出す俺
極上の笑顔で振り返った後、真剣な顔で車を発進させて俺の可愛い子ちゃんは出勤した

でへへ
ぐへへへ…
うふふふん…

今夜もきっと『シャッフル状態』が続くんだろうけどでもでも、絶対!、いちゃついてやる!でへへへん

*****

「見てられないねぇ」

キッチンの小さな窓からヨンナムさんちの駐車場が見える。朝っぱらから仲のよろしいことで…
テジュンさんとイナさんの微笑ましいラブラブなシーンを、俺はソクさんの横で見ていた
ソクさんは、昨日の夜、ずっとテジュンさんの隣にいたから、もしかしたらイナさんに嫉妬してるかもしれないと思った
けど…
俺の顔を覗きこんで微笑んだソクさんは、穏やかで楽しそうだった

「ん?なに?僕の顔になにかついてる?それとも僕に惚れてる?」
「え…あ…」
「惚れてンだ?」
「あ…うん…」
「くふふ。正直でよろしい」

優しい声でそう言って、唇に軽くキスをくれた

「んじゃ、寝坊すけイナのコーヒー運んで」
「はーい」

俺はイナさんのコーヒーを食卓に運んだ。程なく上機嫌のイナさんが玄関に戻ってきた
上に上がろうとしたイナさんの前にホンピョが立ちはだかった
ホンピョは何だか怒っているようで、わけのわからない事をがなりたてた後、アイツの事大事にしてやってくれよな!ときつい口調で言った
イナさんはまん丸の目で勢いに飲まれたように、うん…、と小さく頷いた
裏口の方からイナさんを呼ぶ声がし、それからドンヒが食卓に近づいてきた。入れ替わるようにホンピョが居間に行き、残っていた布団を片付け始めた
イナさんはホンピョの背中を目で追いながら食卓に座った

「おはようございます、イナさん」
「おはよ、ドンヒ。なぁ、ホンピョの野郎、機嫌悪いのか?」
「いつもの事ですよ。ご飯まだですか?僕もまだなんです。一緒に食べていいですか?」
「ああ」
「わぁい。じゃ、僕、自分のコーヒー持ってきます」
「ん」
「あ。そだ、イナさん、今日、僕、チェミさんの店のお手伝いしにいってもいいですか?」
「へ?…別にいいと思うけど…でも俺オーナーじゃないから…」
「…ダメかな…」
「…ホンピョ、ほっといていいのか?」
「アイツはヨンナムさんの配達手伝いするって言ってるから…」
「ふぅん」
「…一緒に行っちゃダメですか?」
「いや…いいと思うけど…。結構人手足りてるからなぁ、仕事無いかもよ~」
「見学するだけでもダメですかね」
「…俺に聞かないでくれよぉ、答えらんないよ、俺は」
「すみません、わかりました。直接聞きます」
「ん、そうして」

って事は、ドンヒはパン屋さんに行くって事か。ホンピョがヨンナムさんの配達の手伝いをする…となるともしかしてソクさん、フリー?
うーんどうしよう…ラブとソクさんと俺の三人で遊びに行くってのも楽しいかなぁ…なんて考えていたら、ラブがコーヒーカップ片手にイナさんの側に来た

「なぁに?ドンヒがチェミさんとこ手伝いに行くんだって?」
「んー。今日からカフェオープンだからさぁ、パン作るの少しでいいって言われたろ?昨日。お前も俺の助手だし、ドンヒに何か仕事あるんかなぁ」
「あ、わりぃ、俺、今日ちっと用事」

ラブの言葉に反応し、口を挟む俺

「ラブ、どっか行くの?」
「ん?うん、ちっと用事に」
「誰かと約束?」
「うん」
「俺も一緒に行っていい?」
「なんで?お前はソクさんとデートすりゃいいじゃん」
「だってラブ一人だと」
「可哀想ってか?ばーか。ギンちゃんと遊び兼仕事の打ち合わせだよ」
「…ふぅん…」
「だからスヒョクはソクさんとたっぷり仲良くしなさい」
「…うん…」
「お。にやけちゃって、スヒョクったら」

確かに自分でも頬が緩んだのはわかったけどイナさんに言われたくない

「イナさんだって朝っぱらからイチャイチャ…」
「ん?」
「キッチンの小窓から見ちゃった」
「あは~見られたぁ?ふひひ。テジュンさぁ、めっちくちゃ可愛いのな」

デレデレするイナさんを軽く睨んでラブの反応を見た。ラブは優しい顔で笑ってた。随分落ち着いてるけど…ギョンジンさんに会いたいだろうな…
ドンヒがコーヒーを持ってイナさんの隣に座った。なんでわざわざ隣?もっと違う場所のがひろびろするじゃん。ドンヒ、なんか嬉しそうだし…

「あれはね、惚れたんですよ、スヒョク君」

ソクさんが空いた皿を下げにきて俺にそっと囁いた

惚れた?

「昨日のイナは『兄貴』っぽかったからねぇ」

そうなのかなぁ、ドンヒ…。それでホンピョがぶんむくれてる?
イナさんとドンヒはテキパキと食事を済ませて出かける用意をしていた。二人の後姿を、キッチンから顔を半分覗かせてホンピョが見つめていた

「軽くジョギングしてくけど、ドンヒ、大丈夫?」
「けほん。誰に言ってるんですか?僕は走り続けるの、得意です」
「ああそうだったな。ついでにヒッチハイカー、ナンパするのも得意だったよな」
「イナさん!」
「いひひ。行くぞ」
「はぁい」

二人はとても仲良さそうだ。ホンピョの口がへの字になっている。俺はホンピョの気持ちが少しわかる

「よっしゃ、お待たせ、ホンピョ、行こうか」
「あ…うん、行こうぜ兄貴ィ」

ヨンナムさんに声をかけられたホンピョは、信じられないぐらい可愛らしい顔になった。げほん。同情して損した

「スヒョク。僕達も配達に行こう」
「はぁい♪」
「んじゃ、俺もそろそろお出かけしよっと」

というわけで、ヨンナムさんちに泊まった面々は、皆、外へ出て行ったのであーる

*****

カフェ・オープンの日なのでカフェ・メニューが中心になる、従ってイナの『こどもぱん』は、いつもの三分の一の量でいいとチェミさんに言われた
ますます助手なんかいらない。ドンヒをどうしようか考えていたら、奴は、僕、ウエイターやりますと申し出た
助かる~、やっぱドンヒは気が利くなぁ、ネクタイとベストだけが惜しいぜ、なんて言われてた

「え、そんなに変ですかぁ…皆に言われるけど、僕のトレードマークですもん、あれをやめたら誰も僕のこと『ドンヒ』だって気づいてくれないですもん」
「そんなことないよ、ドンヒは精悍な顔つきしてるしさぁ、今日みたいにラフな感じとか今風のカッコしてごらんよ」
「え~、僕、ファッションに疎いから~」
「今日のお見立てはどなた?」
「僕、着替え持ってなかったからテジュンさんに借りました」
「テジュンさん?!こんな若々しい服をテジュンさんが?!」

それは俺の服だ。テジュンが俺の着替えとして買っておいたものだ。チェックのシャツとTシャツとチノパン。とってもオーソドックス
ヨンナムさんちのテジュンの部屋には他にも何組かテジュンが見立てた俺用の着替えがある。が、俺は自分で持ち込んだスウェットとジャージを愛用していて、テジュンのセレクトした服を着たことがない
もっぱら、急にヨンナムさんちに泊まることになったヒトの着替えとして活躍している。ドンヒはcasaの連中にそう説明した

「なるほどね。いい感じだよ、ドンヒ」
「ありがとございまーす。へへっ」
「…。ドンヒ、ちょっと雰囲気変わったね。恋でもした?」
「や…やだなテソンさん、そんな暇ないですよぉ」
「うーん、だけどなんだか硬さが取れたような気がする」
「そぉですか?僕らしくないですか?」
「いや。この方がいいよ、柔らかくて」

テソンは鋭いね。確かに柔らかくなってる、俺様のおかげで。ふふん
パンを捏ねながらみんなの話を聞いていた俺に、ドンヒがにっこり微笑んだ
確かに可愛いよな、可愛くてかっこいい。…若いっていいな、俺だってまだ若いけど…

カフェメニューのパンはお食事パン中心だ。だからチェミさんのバケットが必要
バケットってのは作りたてがうまいらしい。焼くタイミングを調整するとか言ってる
こだわりの気まぐれパン屋。あやかしい連中がやってるからカフェ・オープンの期間が終わったら気分次第で何をおっぱじめるかわかんない

ドンヒはウエイターの仕事をそつなくこなしていた。BHCの常連客も何人か来店していて、ドンヒに、ここでの方が穏やかな雰囲気ねと声をかけていた
BHCでは相棒が何をやらかすかと毎日ハラハラしているもので…
ドンヒの言葉に客もスタッフも苦笑いした


本日のこどもぱんを焼き上げるとチェミさんに、お前ら、今日はもういいぞと言われた。暇だからなんか手伝うと粘ったが、いいから帰れと追い出された
今日はお前らのまかない、作る暇がない、どっかでメシ食ってこいとお金を渡された。いいのかなぁ、結構忙しそうなんだけどなぁ…

「どうします?どっかにご飯食べに行きます?」
「うーん…どぉしよぉなぁ、こんなに早く放り出されるなんてなぁ…。ま、いいや、歩きながら考えるか」
「はい」

ドンヒは嬉しそうに俺の後ろにくっついた。なんで後ろ?横に来いよと言うと一瞬顔を赤らめて、それから俺の横にぴったり並んだ

「テジュンさんが見たら怒るかな」
「怒んないよ、お前MKB顔じゃないから」
「…そうなんですか?ギョンジンさんには妬かない?」
「そだね。MKB顔のヒトよりは」
「ふぅん」
「ドンヒはいつもホンピョと昼飯食ってるのか?」
「いつもじゃないです。時々…」
「そうなの?毎日一緒だと思ってた」
「時々です…時々…別々に食べて…」
「ん?…じゃあほぼ毎日一緒ってことか?」
「毎日じゃないです!」
「…。仲いいんだ、やっぱ」
「仲良くないです!」
「だって毎日」
「ほぼ!です…あいつに用事の無い時は…ほぼ…」
「あららー、ホンピョ次第なんだ」

『パパと赤ん坊』じゃなくて『妻と夫』か?

「ホンピョとどこで何食うの?」
「…。僕の部屋でラーメンとかチャーハンとか…」
「…。もしかしてお前が作ってやってる?」
「…はい…」
「ドンヒ~、それじゃホンピョの奥さんじゃん」
「…断りきれなくて…」
「優しいんだなぁお前はほんとに…」
「だから今日はすっごく嬉しいんです。あいつに振り回されなくて済むもん」
「そっかぁ、ほんじゃ、お前の食いたいモンにしよう。何がいい?イタリアン?中華?フレンチ?」
「いいんですか?僕の食べたいもので…」
「勿論だ」

ドンヒはまたまた嬉しそうな顔をしてあれこれ考え始めた
うーん、何にしようかな、アイツがいないんだから気取った店で高級料理もいいな
でもせっかくイナさんと食べるんだから楽しい雰囲気のほうがいいかな…うーんうーん…
そうやって当ても無く数十分歩いた。ドンヒには優柔不断なところがあるとわかった…

「あ」
「お?決まったか?」
「いつの間にか寮の近くです」
「そうなの?寮ってこの辺だっけ?」
「この道突っ切って路地を左に曲がれば着きます」
「ふぅん。寮の部屋ってどんなだ?」
「…。よかったら寄ってってください」
「ふぇ?」
「なんだったら僕、料理作ります」
「は?」
「イナさん、何が食べたいですか?」
「ちょっと待てよ、それじゃお前、ホンピョの時と変わんないじゃんか」
「違いますよ、だってイナさんとご飯食べるんだもん。僕、作ります!僕の部屋に来てください。僕の手料理食べてください。大したものは作れないけど」
「えっと…いいの?」
「来てください!是非」

ドンヒは俺の腕を両手で掴んで嬉しそうに言い切った
いいのかなぁ…

「遠慮しないで、ね、ね」

可愛い顔で誘われると断りきれない。俺も優柔不断だな

「…んじゃ…行こっかな~」
「やった!イナさん、何食べたいですか?」
「んと…。らーめん…」
「えーっ、ラーメンでいいの?パスタとかカレーとか、僕、作れますよ」
「いや、なんかお前の話聞いてたら、久しぶりにラーメンを鍋から食いたくなった…」
「遠慮してない?」
「かなり厚かましいお願いしてるけど?」
「うふ。じゃ、ラーメンね。得意中の得意っすよ、ふはは。よっしゃ、腕によりをかけて作ります!」

遠慮してるわけでもドンヒの料理の腕前を疑ったわけでもない。俺はホントにラーメンが食べたかったんだ、けほん…
それに寮の部屋のつくりとか興味あったしさ…、歩きつかれたしさ…、ここでドンヒの申し出を拒否したらいつまでたっても昼飯にありつけそうになかったしさ…

俺はドンヒの後について行った。思ったより小奇麗なマンションが町並みに溶け込んでいた。ここにはドンヒやホンピョの他に、シチュン、チョンマン、ドンジュン、ビョンウ、ジョンドゥ、スヒョクなんかも住んでいる
他のみんなの部屋は階が違うのだが、ドンヒとホンピョは隣同士になっているそうだ

「だから僕のプライバシーって保護されてないんです」
「…BHCメンバーのプライバシーなんて、あって無いようなもんだ」
「そうですかねぇ…」
「他の奴等の部屋に行ったりしないの?」
「ホンピョの世話で手一杯です。それに皆さんそれぞれお忙しいみたいだし…」
「ふぅん、そうかぁ」

エレベーターを降り、左の方に進む。左に二部屋、右に二部屋って配置か。左の奥がホンピョの部屋で、手前がドンヒの部屋

「さ、どうぞ、散らかってますけど」
「ふぅん、キーはナンバー式なんだ」
「はい」
「ホンピョは知ってるの?この部屋のナンバー」
「…。はい。教えろってうるさくて…」

なんだかんだ言いながらドンヒはホンピョに甘い。旦那を甘やかす奥さんか、はたまた子供に甘いパパ…いや、ママなのか…
玄関からリビングに入る。どこがどう散らかってるってんだ?ものすごく綺麗に整頓されてる
そういえばこいつってDVDとかカナダラ順に並べないと気がすまないとか言ってたなぁ…。うわ!ほんとだ!ABC順とカナダラ順にピシィィっと並んでる!すげぇ…

「ここに座っててください」
「あ…ありがとう…。すげぇな、ドンヒって整理整頓の天才だな」
「そんな事ないです。もっとキチンと片付けたいんだけどうまくいかなくて…」

十分だよ、これ以上どうやってキチンとするんだよ!

「すぐ作りますから待っててくださいね」
「ああ」

ソファを背もたれにしてカーペットの上に座った。確かに片付いた部屋ってのは気持ちがいいな
俺の部屋はあんまりモノが無いから散らかりもしないけど、テジュンの部屋はわけのわかんない『思い出グッズ』とやらがそこら中にあって、気を抜くとえらい事になる
ラブの部屋もそうだよな、椅子も飾り物も多すぎる。あいつ、掃除とか片付けとかちゃんとしてるのかなぁ…
…。もしかしたらギョンジンが定期的にやってるのかもしれない

ドンヒは鼻歌を歌いながら鍋にお湯を沸かし始めた
コーンともやしとソーセージとネギと、あと、チーズも入れましょうね、卵どうしますか?辛さが和らぎますけど…え?辛いのがすき?わかりました♪具沢山で栄養満点のドンヒ特製ラーメン作りますよぉっ♪
テンションが高い…。こんなドンヒも初めて見る。もっとも、俺は今までドンヒとあまり喋ったことがなかったから、こいつがどんな男かなんてほとんど知らないんだけどね
はしゃいでいるドンヒにつられて俺もウキウキした気分になる。ふと玄関からガチャガチャという音がし、ついで人の声が聞こえてきた

「…ドンヒ…誰か来たみたい…」
「え?なんですか?」

「兄貴、こっちです」
「いいの?勝手に入っちゃって」
「平気です。あいつの部屋は俺の部屋も同然ですから、さ、どうぞ、こっちに…」

「…ホンピョ、ヨンナムさん…」
「…キム・イナ…」
「あれ?イナがなんで?」

「どうしたんですか?イナさ…。…ホンピョ…」
「…お前、パン屋の手伝いじゃなかったのか?」
「…。お前こそ…なんで僕の部屋に…」
「…この近くに配達あって、…め…飯をさ、車でさ、食おうかと思ったんだけどさ、お前…留守だと思って。だから調度いいやってんでその…兄貴に部屋で休んでもらおうかなって。いや、その、俺の部屋でも良かったんだけどホラ、俺の部屋ほら、アレじゃん、ぐちゃぐちゃだし…」

突然の乱入者にドンヒは顔を引きつらせている。同じく引きつり顔のホンピョの後ろでヨンナムさんが罰悪そうに口を開いた

「えーっと…僕、どうしたらいい?」

ドンヒはヨンナムさんの声に反応して笑顔を作る

「ヨンナムさん、どうぞどうぞ。グッドタイミングですよ、今からラーメン作るところですから、ヨンナムさんの分も作りますね」
「ドンヒ君、ごめん、突然…」
「いいんですよ、ちょっとびっくりしただけです。よくある事なんで…。ヨンナムさん、大歓迎です、座っててください」
「あのこれ、キムパプ買ったんだ…二人分しかないけど、一緒に食べよう」
「よかったぁ、ラーメン三人前しかなくて。キムパプがあれば、みんな満足できますね、待っててくださいね」

ドンヒはヨンナムさんを気遣ってか柔らかな微笑みを浮かべ、うまく場を収めた
そしてそそくさとキッチンに向かい、ガサガサガタンと大きな音を立てて昼食の準備を始めた

「…いいの?ホンピョ。ドンヒ君怒ってない?」
「大丈夫だよ兄貴。笑ってたじゃん。それに俺、ちゃんと事情話したしさ」

ちゃんと事情を話しただって?俺には言い訳にしか聞こえなかったけどなぁ…

「…イナはどうしてここへ?」
「ん?ドンヒが昼飯作ってくれるっていうから」
「…チェミさんトコは?」
「今日はカフェの方にかかりっきりでさ、まかない作る暇ないからって昼前に追ん出された。ほんとはどこかの店で食べたかったんだけど、フラフラしてたらこの辺に来ちゃって、そんでドンヒが部屋に来いっていうから…」
「言い訳すんなよ!」

俺が話し終わらないうちにホンピョが鋭く言い放った
は?なんで俺につっこむ?言い訳してんのはお前だろうか!
むかついたもののせっかくドンヒが取り繕ったこの場をかき乱してはいけないと思い、気持ちを抑えた

「悪かったな、くつろいでるところに邪魔しちゃって」
「いや、俺に謝られても…俺の部屋じゃないし」
「いいのかな、ドンヒ君…」
「あいつ、優しいから大丈夫だよ。な?ホンピョ」
「…あ…ああ…」

わざとホンピョに水を向けた。奴は俺の言葉に渋々頷いた。それからキッチンの方に首を伸ばしてこう言った

「あのさードンヒ、俺達昼からの配達もあるんだよな~。だからそのぉ、わりぃけど、できればそのぉ…メシ、急いでくれるとありがたいんだけどぉ」
「…。十分ぐらいでできる」

ホンピョの厚かましいお願いに、一瞬間があってからハキハキした声で返事があった

「すまねぇな。さすがは速攻王だ」

『さすがは』じゃねぇよ、何勝手なことぬかしてんだコイツは…
俺はホンピョを睨みつけたのだが、奴はヨンナムさんの方を振り返って、あいつ、さすがだろ?なんていたって暢気だ
ドンヒが気になったので、俺はそっと立ち上がりキッチンに向かった

*****

いつものことだ。慣れてる。あいつが身勝手なのは重々承知だ。僕の自由なんて無いに等しい。せっかくイナさんと二人きりでのんびりご飯を食べようと思ったのに…
はぁ…いつものことだ、慣れてるさ、しょうがない…はぁ…二人分が三人分になっただけだ
三人分になったから鍋を大きめにしなきゃ…
入れる野菜は…このままでいいよね
あと何分か遅けりゃ、ラーメンは出来上がってたろうに…
僕ってバカだ。なんで正直に『三人分ある』って言っちゃったんだろ…
イナさんのために…イナさんと僕のために作るはずだったのになんでアイツの分まで…
鍋の中の水が沸騰するまで、僕は自分が繕った体裁を恨めしく思っていた

*****

あーあ。フリーズしてるわ。ったく、取り繕ったのなら腹を括らなきゃさぁ…。ドンヒの気持ちはわかるけど、ぐじぐじしてたら余計情けなくなるじゃん
虚ろな目をしたドンヒに、俺は手伝いを申し出た

「あは、えへ、これ投げ込んだら五分でできますから大丈夫です。あっちで待っててください…」
「ほっといたら涙と鼻水入りラーメン食わされそうじゃん」

そう言ってやるとドンヒは顔をしかめて俯いた。俺はドンヒを引き寄せ抱きしめた
…いい子だな、よく頑張った、ヨシヨシ、泣くな
…泣いてなんか…
…後片付けはホンピョにさせよう。な?
スンと鼻を啜って、ドンヒは頷いた

麺や野菜やスープなんかを沸騰した湯に放り込むと、ドンヒは俺にチョッカラクやスッカラク、コップ、椀、皿などをリビングに持って行けと命じた
盆にそれらの食器を載せてリビングに行くと、ヨンナムさんとホンピョは仲良さそうに話していた
この野郎、お客様気取りか?あとでたっぷり説教してやる!ドンヒのためにもここはガーンと一発…
俺の視線に気づいたのか、ヨンナムさんとの話を続けながらもホンピョはさりげなく食器を並べ始めた
…ふぅん…、一応働くんだコイツ…
テーブルセッティングはホンピョに任せて俺はもう一度キッチンに戻った

「もうすぐできます。あと3分ぐらい」
「ん」
「どうぞ座っててください」
「ドンヒ」
「なんですか?」

振り向いたドンヒの頭を撫でてやった。ちょっと目が赤い。しつこく撫でてやっていたらドンヒがくすくす笑い出した

「よし。笑顔になったな」
「うふふ。なんか気分いいですね、頭撫でてもらうのって」
「イイコと可愛いコはヨシヨシしたくなるもんだろ?」
「ありがとございます」
「タメ口でいいよ」
「え?」
「敬語使うなって」
「…でも…」
「敬語使ったら罰金」
「ええっ?なんでです?」
「はい、罰金」
「そんな…なんで…だよっ」
「うわぁ不自然」
「急にタメ口になんてできませ…できない…で…よっ」
「何言ってるかわかんなぁい」
「イナさん!」

ピピピピピピ

「出来上がったみたいだな」
「はい。持って行きます」
「あ、敬語」
「これは丁寧語です!」
「あ、敬語」
「もうっ。運びますから邪魔しないで。ラーメン伸びちゃう」
「びみょ~だけどいい感じ」
「どいてくださ…どいてよっ」
「きひひ」

ドンヒは唇を尖らせて鍋を抱えてリビングに急いだ

「できましたぁ。イナさ~ん、鍋敷きが持ってきて~」
「鍋敷き?どこにあるんだ?」
「その辺に新聞紙あるでしょ?それでいいよ」
「へいへい…」

テーブルの新聞紙の上に鍋を置き、さぁ食べてくださいとドンヒが言った
皆、チョッカラクを構えてはいるものの手を出さない

…イナ、先にいけ
…ヨンナムさん、年長者だろ?ジジイが先にいけよ
…どっちでもいいじゃないですか。なんで食べないの?伸びますよ
…だからイナから
…ジジイが先だろ?
…ジジイじゃないもん
…可愛い子ぶるなよ、似合わねぇ
…あ。そういうこと言うようになったんだ、お前
…ねえってば、伸びますってば!
…イナが先客なんだから
…遠慮すんなよ、ジジイのくせに
…ひどい!ジジイじゃないもん、僕
…ジジイだよ!
…じゃあテジュンもジジイだよな?そうだよな?!
…テジュンは、くふん…
…ジジイだろ?
…ちがう
…ちがわない。僕と同い年だぞ!
…でもちがう
…なんで
…もういいじゃないですかぁ、伸びたらまずくなりますぅ
…じゃ、ドンヒが最初にいけ
…そ、そんな、作り手が最初ってのはちょっと…
…遠慮すんな
…イナこそ遠慮すんな
…ジジイこそ遠慮すんな

不毛な遠慮合戦中、ズズズズッ、ああうめぇという声が聞こえた

「あっおまえ!」
「ホンピョ!」
「ちっとは遠慮しろよ!」
「あんで?早く食べなきゃ伸びるってドンヒが言ってるだろ?うめぇぞ、兄貴。早く食えよ」
「…じゃあ…せぇのでいくか?」
「よっしゃ」
「「せぇの。いただきまーすっ」」

ヨンナムさんと俺は同時に鍋にチョッカラクを突っ込んだ。俺達がラーメンを一口啜ったところでようやくドンヒが動いた
礼儀正しいけど気ィ遣い過ぎだよドンヒ。ホンピョを見ろよ、当然のように一番先に食い始めたぞ…
ドンヒをチラリと見ると、ちょうど奴も俺を見たところだった。お互いに微笑み合う

「ドンヒ、いつもより辛い」
「ああ、卵入れなかったから」
「あんで入れなかったんだ?」
「イナさん、辛い方が好きだって言ったから」
「…」

ドンヒが俺の名前を口にするとホンピョは決まって嫌そうな顔をする。失礼な奴
ヨンナムさんの持ってきたキムパプもラーメンもあっという間に無くなった
鍋ラーメンを皆でつつくのは楽しい。たとえメンバーにホンピョがいても、だ


メシが終わった後、ドンヒは食後の飲み物は何がいいか皆に聞いた

「コーヒー?紅茶?ココア?それともジュース?何がいいですか?お好きなもの、おっしゃってください」
「僕、紅茶がいいな」
「あ、じゃ、俺も」

ヨンナムさんとホンピョは紅茶を頼んだ

「俺はコーヒー」
「はーい、了解で…」
「キム・イナも紅茶にすれば?」

ホンピョが尖った声で言った

「だってドンヒが『好きなもの言え』って言ったじゃん。俺はコーヒーがいい」
「紅茶にしろよ!」
「お前に指図される筋合いはない」
「手間がかかるじゃねぇか!」
「あの、僕もコーヒー飲みたいから紅茶とコーヒー淹れますし、ホントにお好きな飲み物を言ってください。できない時はできないって言いますから」
「聞いたか!好きなもの頼んでいいんだ。ドンヒ、俺、コーヒーね」
「んじゃ俺ココア!」
「「「…」」」
「ココアがいい!」
「…ホンピョ…」
「お前って奴は…」
「…わかった…ホンピョはココアな」
「…」

ふぅっとため息をついた後、ドンヒは皆の注文を了解してキッチンに行った。わがままなホンピョに腹が立つ

「お前なぁ」
「だって好きなもの頼んでいいってドンヒが言ったじゃねぇかっ!キム・イナだってそう言ってたじゃねぇかっ!だから俺はっ」
「そぉだけどお前…」
「イナ、ドンヒ君がオッケー出したんだからさ」

ヨンナムさんはホンピョに助け舟を出す。余計むかつく俺

「そぉだけどぉ。はぁぁ…。こいつったら言ってることとやることが180度違うんだもん」
「だって!」
「まぁまぁ、イナもホンピョも喧嘩するなって」

ったく、空気読めよ!意地っ張りめ
俺はホンピョを睨みつけた。奴は気まずそうな顔で立ち上がるとキッチンの方に向かった。へぇ、ちったぁ気になったか?

「ヨンナムさん、なんでアイツを甘やかすのさ」
「甘やかしてなんかいないよ」
「俺がコーヒーちったら手間かかるとかなんとか言いやがったくせに、ココアって何だよ!おかしいと思わねぇ?んなの、フツー紅茶かコーヒーかって相場が決まってるじゃんか!」
「飲み物のことは解決したろ?拘ってるとドンヒ君が気の毒だよ、イナ」

ヨンナムさんは俺の肩を軽く叩いて微笑んだ。確かにそうだけど!俺の腹はおさまらない

「あんなわがままな奴いねぇよ!」
「わがままじゃないよ」
「え?」

ヨンナムさん、騙されてない?

「…。俺にはすっげぇ失礼だぜ、いけすかねぇ。態度悪いし」
「ふふ。相性悪いのか?珍しいな、イナにしては」
「ドンヒが可哀想だ、あいつ身勝手すぎる」
「ドンヒ君が受け入れてるんだからいいじゃないか」
「なんでそんなにホンピョの肩持つのさ!」
「ホンピョはいい子だよ、可愛いし」
「どこがだよ。あ、甘えてくるからだろ!昨日だって擦り寄ってたもんな、怪しい」
「何言ってるんだよ、ホンピョは弟みたいなもんだ」
「そぉおぉ?ものすごく怪しいんだけどぉ~。あ、わかった。チョンエが冷たいから浮気心が出たんだろ。ヨンナムさんはホンピョに走りましたってチョンエにメールしてやろっかな~」
「ばか。走るわけないだろ、お前とどうにもなんなかったのに」
「…」

『お前とどうにもなんなかったのに』というヨンナムさんの一言で、俺はここ数ヶ月の出来事を思い出し絶句した
そうだった、懐かしい…いろいろあったな、俺達…

「ちゃんと話してみればわかるよ、ホンピョはいい子だ。第一、今だってちゃんと手伝いに行ってるだろ?」
「…。毒されちゃってもぅ…。あれは俺が文句言ってやったからだぞ。絶対怪しい。チョンエに言ってやる」
「やめろよバカヤロー。僕だってテジュンに言うぞ、ドンヒ君と異常に仲がいいって」
「異常じゃないもん、フツーだもん」
「僕だってフツーに仲がいいだけだ」

ホンピョに対しての見解は正反対だ。ドンヒにしたって結局ホンピョに甘いし…。なんだって皆そうなんだ?わからない

*****

お湯を沸かして紅茶だのコーヒーだのの用意をしていたらホンピョがやってきた。一体何しに来たんだ

「手伝おうか?」

天地がひっくり返るぐらいびっくりしたけど、ヨンナムさんが来てるからだと思いぶっきらぼうに答えた

「あ?大丈夫だよココアぐらい。こんなもん、お湯いれてぐりぐりかき混ぜりゃいいだけだ」
「…。俺、混ぜるよ」

いい子ぶりやがって!

「いいってば、僕が好きなもん頼めって言ったんだから」
「…。怒ってる?」
「別に」
「顔がこわい」
「るせー」
「…なんかする事ないか?」
「ない!あっちで座ってろよ」

そばに居られると余計イライラする。むっつりしたまま作業を続けていると、ホンピョは流しに置いてあった鍋や皿を洗い始めた

「いいって!置いとけよ、後からまとめて洗うから」

そう言ったのに奴はやめなかった。皿割ったら頭ぶん殴ってやる!
横目で奴の手元を見ると、結構器用に洗ってる
なんだ、できるんじゃん、なら今までだって手伝ってくれてもよかったじゃん…
やっぱり今日は特別に『いい子ぶりっこ』してるだけなんだ!
僕はまたイラついた
思ったより手際よく洗い物を終え、ホンピョは僕の方に向き直った

「あとなんかする事ないか?」
「ないよ」
「あ…カップとか用意するわ」
「いいよ!いいってば気持ち悪い」
「…気持ち悪いってなんだよ」
「お前が甲斐甲斐しく働くなんて明日嵐になる。向こうで座ってろ」
「ひっでぇな、気ィきかして手伝いに来たのに」
「いいよ、ほんとに気持ち悪い」
「…じゃ、勝手にやる」
「おい、いいってば」
「お前は早く紅茶淹れろ。ヨンナムの兄貴、配達に行かなきゃいけないんだから」

なんだ、やっぱりそういうことか。やっぱり僕じゃなくてヨンナムさんに気を遣ってるんだ
ホンピョは食器棚からカップやソーサーを出し、そのうちの一つにココアの粉を入れた

「俺、ココア作るからな」
「勝手にしろ」

僕は知らん顔してコーヒーと紅茶に専念した。ホンピョは僕の後ろでカチャカチャとココアを練り混ぜている
温めた牛乳で作ってやろうと思ってたのに…ばか…

「紅茶入ったか?」
「ああ」
「んじゃもらってく」
「ああ」

奴は自分のココアとヨンナムさんの紅茶を盆に乗せた。数歩歩いて立ち止まり、僕を振り返る

「ドンヒ」
「あ?」
「…。いや…」

なんだよ!礼でも言うのかと思ったのに!期待して損した。僕は気持ちを切り替えて、イナさんと自分のためのコーヒーを淹れた


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