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ぴかろんの日常
リレー企画 308 触れぬ指2~距離1
触れぬ指 2 あしばんさん
「軌道に乗った場合、全てをあの仕事に注ぐ覚悟はできてるか?」
「って…」
「店をやめるってことだ」
「…」
「本格的に始動すれば今の…」
「やめません」
即答かよってツッコミは自分で入れた
いきなり、侮辱されたとでも言いたげに、やつの切れ長の目が睨む
僕は、ぐっと歯をくいしばるような気分でもって睨み返した
その件に関しては絶対に退くつもりはない
「ギスに話をもらった時に、それこそ吐くほど考えて答えを出したんだ
BHCはクビにされるまでやめるつもりはありません」
「二兎を追うってのか」
「二兎なんかじゃない、あそこは僕にとって家も同然なんだ」
「…」
「どっちも手を抜かない」
「死ぬぞ」
「前に言ったはずです、後悔しながら生きたくなんてないって」
「自分の満足のためにギスの社員も道づれか」
「納得って言って下さい」
「ものは言いようだな」
「絶対にギスの社員にも後悔はさせない」
「相変わらず、根拠もなく言い切るか」
いつものパターンなのかと思った
また皮肉たっぷりの押し問答になるのかと思って身構えつつあったのに
思いがけず、やつは僕から外した視線を目の前のグラスに落とした
「彼がいるからか」
「え…」
「あそこに彼がいるからか」
スヒョンの話を持ち出されたのは今日2度目で驚きは少なかったけど
この男の口から「彼が」なんて言われれば
ゾクリとする緊張とほんの微かな痛みが走る
「そんな…」
「…」
「それだけじゃない…だから、あそこは…」
いま一度こちらを向いたやつの目は
心から疑問を感じているようにも、ただの不機嫌にも見える
「…立ち入ったことを言うがいいか」
「…どうぞ」
「彼は、君の将来のどんな障害になるつもりもないと俺に言った」
「…」
「必要なら君から離れると言った」
一瞬、のど元で息がつまったような気がした
スヒョンが、どういった会話の中でやつにそんなことを言ったのか
そんなところまで考える余裕はなかった
「何が…何が言いたいの」
「約束されるものなど何もない場所に、なぜそこまで身を預ける」
約束されるものなど何もない場所…
それは、スヒョンがいるBHCのこととも、スヒョン自身のこととも受け取れた
でも、その時の僕の身体の中には、ぶわっと…あの琥珀の海のような瞳が広がった
「わかんない…」
「…」
「わかんないけど、どうすることもできない…
スヒョンがもし…あそこから出ていっても…僕は残ると思うし…」
ウソクの質問の答えになってないのはわかってたし
やつなんかになぜ答えなくちゃいけないのかとも思ったけど
形のないモヤみたいなものこそを、説明したい自分もいた
「あのひとは…僕が縛っておけるようなひとじゃないし」
ぽつりぽつりと声に出してると、だんだん背中の力が抜けて…
心細さが蘇って…最後は蚊のなくような声になってた
「ホントは僕の隣になんかいるひとじゃないんだ…」
どんな状況でもスヒョンの側にいられるのは僕だけだって自負と
同じ場所に留まらせることなんてできないっていう確信めいたもの
それは、いつだって背中合わせで僕の中に在り続ける
ずっとずっと…スヒョンを好きになってから
丁度そのタイミングで流れる曲が変わって
僕は、一瞬のスヒョンの幻影から放たれたような気がした
マーラー交響曲2番
あの、ラブ君と一緒に行ったコンサートの…
あれは、ウソクがプログラムに噛んでると聞いた
ほんの一瞬その曲を気に留めた様子のウソクは
いつの間にかカウンターのいちばん向こう端に立っていた麗人ママをジロリと睨む
彼女、いや彼は少しいたずらっぽく眉を上げて肩をすくめて見せた
「俺には理解できない」
マーラーに気をとられてた僕は
吐き出すようにやつが言った言葉が、僕への返事だってわかるのにやや時間がかかった
残りの酒を放り込んだウソクは
氷がするりとまわるグラスを少し音を立ててカウンターに置き
尚もそのグラスの縁に指を残して息を吐いてから
不機嫌そうな顔のまま、手洗いに行くと言って立ち上がった
その後ろ姿を見ながら僕の前にきた麗人ママが
上質な年期の入ったカウンターに軽く手を置いて微笑む
「何だか、神妙なお話だったみたいですね」
「いつも意見の対立ばかりです」
「よほどあなたを気に入ってるんですよ」
「まさか、僕なんて人間扱いされないんですよ?」
彼は、綺麗な白い首を少しだけ傾けてふっくらと笑う
「少なくても自分から他人に関わる人じゃなかった」
「あんなに口うるさいのに?」
「彼は、一方的に命令するか、黙るかのどちらかですから」
「黙るなんてこと、あるんですか?」
「自分の本心は絶対に見せない人ですよ」
いつだかのレストランで
父親の昔を口にした時のやつの顔を思い出す
あれは本心だったような気さえするけど…
「あの…彼ってすっごい大失恋したこととかあります?」
「…なぜ?」
「あの人の周りって謎だらけなんだもん
目立つくせに大したスキャンダルもないし、何かトラウマでもあるのかと」
彼は、それには答えずに面白ろいものでも見つけたように僕を見た
「ふふ…最近噂を聞きましたけど?」
「へ?」
「彼とかわいらしい青年がおつきあいしてるって」
「え…えっ?…ちっ!違う!違いますよ!その噂はでっち上げです!嘘です!
やつが調子に乗って、その、僕は巻き込まれただけで」
「やっぱり、あなたなんですね」
「やっぱって…ホントにホントに何でもないんです」
僕は、たぶん耳まで赤くなってたと思う
「そ、それに、だって、やつは、その、そういう趣味はないでしょ?…あ、いや…」
思いっきり動揺してとんでもないことを口にした僕に
彼は、ちょっと考えるような素振りを見せてからまた微笑む
「さぁ…どうだったかな」
その時の、彼のものすごい艶っぽい微笑みは恐ろしいほどのものがあった
どうかな、じゃなくて、だったかな、って辺りが何だかアレで
いろんな意味で心臓が跳ね上がる
あのリタといい、この彼といい、みんな同じような表情してくれて…
まさかやつは極上ものを片っ端から食っちゃってるんじゃないだろな
って、何を考えてんだっ
「帰る」
いきなり、背後から低い声がして喉元まで心臓がせり上がった
長い腕が僕の袖の横からカウンターに紙幣を置く
「もうお帰りですか?」
「そんな…来たばっかじゃないですか」
「ゆっくりして行け」
「え…そういうわけには…てか、話は?」
「もう終わった」
「もうって…」
「ふふ、相変わらずですね」
「あ、ちょっと待ってくだ…あ、では、僕も失礼します、ごちそうさま」
「はい、今度は是非おひとりでもいらして下さいね」
過去の経験からか、やつの「自由」な振る舞いが慣れっこの様子の笑顔の彼に
僕はペコリとお辞儀をして、また慌ててウソクを追いかけた
「何か怒ってるんですか?」
エレベーターを待ってるウソクは、どうみても不機嫌そのものだ
「余分なものを切れって忠告を聞かないからですか?」
僕の言葉など聞こえないかのようなウソクに段々腹が立ってくる
「あなたって、周りの人に甘えてるんじゃないかって思う」
腹立ちまぎれに、さっきの兄貴の薄ら笑いだとか
スヒョンは自分のものじゃないってことを思い出させられた悔しさとかが混ざり
その日いちばんの最低な気分になっていく
「も、もう…誘わないで下さいね」
「…」
「聞こえてますか?」
「何で」
「何でって、これ以上変な噂とか…」
「何の噂だ」
「だっ、だから…」
「放っておけと言っただろ」
「あなたはいいかもしんないけど僕は困る、ふ、普通の血が通ってるんだから」
「その普通の血とやらが自分の首を絞めてるんじゃないのか」
「まだ僕のやり方に文句があるんですか」
ようやく来たエレベーターに乗り、やつは1階を押しながらフンと鼻で笑う
「最善のアドバイスってやつだろ」
「違うと思う」
「何?」
「あなた、僕が迷ってることとか困ってることを切ったり変えさせたりして
自分が封じ込めてることを正当化しようとしてるだけなんじゃないですか?」
「何のたわごとだ」
「自分をコントロールできないのは僕だけじゃない」
「ケンカ売ってるのか」
「人のやり方を云々ばっかして、自分はどうなんです」
「俺の何が知りたいって?」
「べっべつに!知りたいとかそういうんじゃなくて」
「俺の過去をアルバム付きでご説明しなきゃならんのか」
「僕はただ、あなただってもう少し…」
「おまえのようなガキに何がわかる」
ムッカーっ いきなり「おまえ」呼ばわりかよっ!
「ガキの信念が道を切り開くことだってある!」
「妄想だ」
「ガキはガキなりに真剣なんだ!」
「知ったことか」
「いつも自分だけの世界に閉じこもって周りに何も期待しないでそれで涼しい顔して
誰も寄せ付けないってことを自尊心にすり替えるオトナよりマシだ」
「…」
「何で自分とマジに向き合わないわけ?」
「何だと?」
「そりゃ辛いこともあったかもだけど、そういう自分に酔ってるんじゃないのっ?」
っ…
さすがに最後の言葉は言った瞬間にまずかったかなと思ったんだけど
そう感じるか感じないかの間もなく、やつの視線にギクリとした
1階に着いて開きかけたエレベータの扉は
やつが拳で叩いた「閉」の命令をききわけてまたゆっくりと閉まった
「甘い顔してると思って、つけあがるな」
今まででいちばんの…火傷しそうな冷たい目
背中をピタリと箱の壁に貼付けた僕の喉の下辺りを大きな右手が押さえれば
息をするのも辛いほど圧迫されて身動きがとれない
「俺は、おまえのように一生懸命が顔に出てるやつは嫌いなんだ」
「な…」
「何も困ることはないだろ」
「は?」
「おまえはおまえなんだろ?」
「何のことだよ」
「誰に何と揶揄されようと、大事なものさえ無くさなけりゃいいんだろ」
「…」
「全力で当たって切り開けば、その向こうに幸せって言葉がぶら下がってんだろ?」
陶器みたいな冷笑は、本気の怒りを滲ませてる
「よかろう、おまえのそのナマっちょろいやり方でやってみろ
その代わり針の先ほどでも支障をきたしたら、例え10億ドルの契約1分前でも切るぞ」
押さえられたダークスーツの肘辺りをつかんで引きはがそうとした瞬間
やつの顔が思いも寄らぬ距離に近づいたかと思うと
僕の口は、やつのそれに塞がれた
脳天を突き抜けるってことがあるとしたら、こういう時のことかもしれない
ショックで目を見開いたまま息が止まる
舌こそ入ってこないが、その形のいい冷たい唇が乱暴に押し付けられ
苦しくなって少しだけ開いたところから漏れた吐息ごと飲み込まれた
ついさっき飲んだ同じ酒の香りが混ざり合う
混乱と酸欠でクラクラしそうになった時、それは乱暴に離れた
「どうした、信念とやらで抵抗しないのか、おまえの大事な領分を侵されたんだぞ」
ねめつける青白い狼みたいな目に射抜かれて
頭の奥が真っ白になる
「いいか、俺は誰にも指図されない、憶えておけ」
僕を押さえつけてた腕が唐突に離れ
拳が「開」のボタンを叩くと、いま一度ドアは動いて
それが開ききる前に、やつは身体を外に送り出した
呆然…
ビルの入り口にいくらか人影はあったが、誰もエレベーターに乗る気配はなく
そのドアは小さな機械音とともに再び閉まった
僕は…壁の無機質に背中を預けたまま、しばらく動けなかった
距離 あしばんさん
夕べ、ドンジュンはうちには現れなかった
何となく、そうじゃないかと思っていたが…
「ね、今日、飲まないかって誘われてるんだ」
「そう、店の連中と?」
「ううん…その…パク・ウソク」
一瞬淀ませて発したその名前に、僕は思わず手を止め見上げる
閉店後の事務室、ドンジュンが僕のデスクの周りを散々ウロウロした挙げ句の会話だ
「何だか気がすすまないんだけどさ」
「嫌なら断ったらどうだ?」
「別に…断る理由もないから…」
僕に行くなと行ってほしそうな目と、少しばかり下げた眉がひどく雄弁だ
誰かに止めてもらえなければ自分の気持ちを抑えられないのだと
「おまえの好きにすればいい、いずれにしても僕のことはハッキリ言ってくれて構わないよ」
「…」
「ミス・リタのことだよ、何を言われても無理だと思うって言っておいてくれていい」
「あ…ああ、そのことか…それはわかってるよ…うん、そう言っとく」
「よろしく伝えておいてくれ」
「…ん」
「スヒョン…?」
「ん?」
「その…がんばってね…撮影」
すっと伸ばしてきた手で僕の頬を挟んでキスをする
唇をこじ開け舌を絡ませるおまえが、苦しそうに目を閉じているのがわかる
片腕を伸ばして首の後ろを押さえれば
あいつの、ぼんやりと他に拡散している意思だけが流れ込むくちづけ
その夜は、妹役のテヨンさんの難しい場面なので立ち会うことになっていた
壊れた兄を想う、辛いシーン
悩み哀しむ彼女の姿を、機材の隙間から見ながら
僕は、なかなか情報が入ってこないミンチョルの容態と
そして、変なテンションで店を後にしたドンジュンの映像に邪魔されている
ミンチョルの怪我の件は、もちろん、シン監督たちの耳にも入っている
一応、大事には至っていないという報告にひと安心してくれたのだが
僕の顔を見たシン監督やジホ監督は
それこそ、腫れ物にでも触るように気を遣ってくれている
それは、明日、ソニとの初めて触れ合う重要なシーンが待っているからでもあるのだが
「ジホ君、私さぁ、ここのとこ眠れないのよ」
「あ、編集に籠ったんでしょ」
「うん、ざっくり編集したヒョンジュを見てたら可哀想でさ…顛末変えたくなっちゃう」
「出た、いつもの悪いクセが」
「でも、わかってくれる?」
「わかるわ~、これって監督業ならではの辛さなのよねぇ」
「っていうか、アタシたち何でオネエ言葉なのかしら」
ふたりのおかしな会話に撮影スタッフが思わず吹き出す
この監督たちの掛け合いは、いつも台本でもあるのかと思うほどだが
それは、決まってある種の雰囲気づくりを必要としている時で
スタッフたちがどれほど気持ちを楽にしているかは、計り知れない
「あ、ところでジホ君、ジンのベビーの手配、OKなんだっけ?」
「あい、カンペキ!うちの店のテジン君も元奥さんの了承ももらってます」
「エンドロールのシナリオも、もう2~3出してもらって」
「はい、手配済み」
「やぁ、ジホ君、いいアシストぶりだねぇ、どう?うちで働かない?」
「まぁ!このワタクシをアシストに使うとおっしゃるんで?自分の作品制作を投げ打って?」
「あら、新作でも考えてるの?」
「おふこーす!」
「まさか、スヒョンさんを使うとか言わないでしょうね!」
「あ、バレちゃいました? 実は構想済み」
「ね、ね、ジホ君、共演は誰?」
「えーと、うちの姫君、ラブ君なんてどうかしら~!タイトルは “朝も昼も夜も情事”」
「おっ!いいねぇ~!」
「そういうわけで、スヒョンチーフ、どうです?」
「とんでもない」
「きゃ~、即答でダメ出しされたわーっっ!」
「こらっ!ふたりともいいかげんになさい!ジンが呆れてるでしょ!」
「「 あーい 」」
留まるところ知らずのふたりを止めるのは、たいがいユン女史
「ふう…まったく、あいつら」
「ふふ、彼ら、ユンさんには無駄な抵抗しないんですね」
「どうだか」
ユン女史は、珍しく手ぶら(カメラを持たずという意味)で僕の横の折り畳みイスに腰掛け
少しきまり悪そうに僕を覗き込んだ
「スヒョンさん、大丈夫?ミンチョルさんのこととかで疲れてない?」
「いろいろご心配かけて」
「ロケ残してあと少しだから、ね」
「ええ」
彼女は、打って変わって真面目な口調で大道具さんに口出ししているシン監督を見てから
ぐるっとスタジオの天井を見渡して、ポツリと言った
「いい作品になる気がするのよね…」
「…」
「時々、演技者が…っていうか物語の人物がひとりでに歩き出すことがある
セリフも動きも、まぁほとんど台本に準じてるわけなのに、なぜか勝手にフレームの中で生き生きして…
何て言うのかな、ぶわっと立体的に見えることがあるの…わかるかな」
「何となく」
「そういう瞬間は、レンズを覗いてる者にはゾクリとするほどの快感
今回の、ジンっていう男にはそれがあるの」
ユン女史ほどのカメラマンにそこまで言われて嬉しくないわけがないのだが
こちらを向いた彼女の目は、意外にも心配そうな心細そうな色を帯びていた
「最初、あなたとジンって似てると思ったんだけど、違うんだわね」
「僕ですか?」
「うん、ジンはすごく素直だもん」
「…」
「あ、あなたが素直じゃないとかっていうことじゃないんだけど…
スヒョンさんって人は、底なしに受け入れていけちゃう人なのかと思ったら怖くなる
ああ、これは悪い意味じゃないの、褒めてるつもりなんだけど」
「そう?」
「うん、褒めてる…でもちゃんと出した方が楽だよ、っていう忠告でもある」
「…」
「ジンは、ちゃんと周りを拒絶して地獄に堕ちてるのが見えるもん、でもスヒョンさんは違うね
すべてを飲み込んで、誰にも今自分がどこにいるのかを教えてあげない」
チクリと胸を刺したのは、ドンジュンの黒い目か
それとも、側にいてやることもできぬミンチョルの血の気のない頬の幻影か
「全部を受け止めて最後までやりとげるなんて、やんなくてもいいんだからね」
「…」
「いざとなったら、バカヤロウやってられるかっもうやめたーって、爆発したっていいんだから」
「…」
「あ、でもこの撮影に関してはちょっとキツいかなぁ~ははは」
この人の目には…
とうに抜け落ちた背中の羽根が見えているのだろうか
・・・・・・・・・・
寝らんなかった
寝られるわけがない
あんなことがあったその夜に…
パク・ウソクが、いったいどういうつもりでキスしたのかわかんないけど
ヤツのことを意識しまくって、忘れようと努力してた僕にとって
あれはあまりにも衝撃的な行動で…
でも…かなりぼんやりしながら寮に帰った僕は
落ち着くにつれて、何だか…だんだんムカつきはじめた
「俺は、おまえのように一生懸命が顔に出てるやつは嫌いなんだ」
「誰に何と揶揄されようと、大事なものさえ無くさなけりゃいいんだろ」
「全力で当たって切り開けば、その向こうに幸せって言葉がぶら下がってんだろ?」
ヤツは僕に腹を立ててた…
僕の何が気に食わないのか、とにかく腹を立ててた
だから、どう考えてもヤツにおちょくられてるとしか思えないのに…
なのに、心臓がどうかなりそうなほど緊張して動揺した自分にこそ腹が立ってきて
そして、その怒りは…ヤツがカウンターで言った言葉に流れつく
「彼は、君の将来のどんな障害になるつもりもないと俺に言った」
「必要なら君から離れると言った」
スヒョンの大きくて優しくて暗い(なぜか、このとき、暗いという表現がぴったりだった)背中が目に浮かんだ
「約束されるものなど何もない場所に、なぜそこまで身を預ける」
だから言ってんだろ!
スヒョンは僕なんかがつなぎ止めておける男じゃないんだって!
スヒョンは誰のものにもならないんだって!
「あンのスカシ野郎っ!何が言いたいんだよっ!」
チクショウっ!おせっかい!
その辺に転がってた雑誌を蹴飛ばして、そのままベッドに突っ伏した
ウソクの大バカ野郎、ウソクの妖怪冷凍人間と100回くらいは叫んで
散々騒いでジタバタして、灯りもつけないままの天井を睨んで…
泣き出したくなった
蘇るんだ…
しっとりとした冷たい唇が
漏れた吐息を飲み込まれた瞬間、混ざり合った酒の香りが
僕の頬に触れるほどの長いまつ毛が
「どうした、信念とやらで抵抗しないのか、おまえの大事な領分を侵されたんだぞ」
チクショウ…
スヒョン…どうしよう…
助けて…スヒョン…
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