魔法使いご用達の店

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Mar 23, 2006
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「正直者がバカをみる」っという言い方をすることがあります。

昨晩、西遊記の最終回を見ました。

「がんばった者が報われなきゃいけないんだ。
 がんばった者が報われる社会じゃなちゃいけないんだ!」
っと、孫悟空が叫んでいました。

でも、
その一方で、困難な旅をすることで、それ自体が修業になり
心の中に得られたものがある。


物語は、おかしな御釈迦様から、沢山のお経をもらいましたが、
がんばって得られた一番大切なものは、
きっと、お経ではなくがんばったこと(困難な旅)で、
心に得られたものの方なんでしょうね。

って、
ことは、
がんばった者は、すでに がんばったことで報われているんじゃないでしょうか。

がんばることで、どんなことが報われるかは、
がんばることで、何を学びとるのか本人しだいってことですよね。
すでに、
孫悟空が言っていたように、



で、
先日の、「女王の教室」につながるのですが、

再教育センターの指導官が、マヤ先生に言います。
「・・・それじゃ~、誰にも理解されなくて、何も報われなくて、
 むなしくなりませんか!」



もしかしたら、
理解されようとか、報われようとか・・・
そんなところに目的があるんじゃなくて、
がんばることや、ポリシーに従うことに、目的があるとしたら、

いつか理解されるし、
気持ちや心の中では、報いも得られているのかも知れませんね。

で、
正直者がバカをみると言うことは、
正直であることが、報われる結果を手に入れる手段と考えてしまうから、
報われる結果が得られないときに、バカをみることになりますね。

でも、
正直者であることが、気分が良いことで心地良いことあるから、
正直者でありたいから、正直者であるならば、
それだけで、気分が良くて心地良いというご褒美はすでに手にしているのです。


だと、
すれば、
正直者がバカをみることはないのかも知れませんね。

逆に、バカをみる正直者があるとすれば、
それは、正直者ではなくて、
単に、正直を一つの方法として考える人じゃないでしょうか。



正直者でありたいと思うのは、正直者が心地良いことを、
知ってるからなのかも知れませんね。
それでも、正直者でいられないとすれば、
正直者がバカをみるかも知れないという誤った不安を持ってしまうから、
なのかも知れませんね。



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Last updated  Mar 23, 2006 09:44:04 AMコメント(0) | コメントを書く


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