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Le vendredi, 30 septembre 今日は、夜にフェットがあった。Iさんの家であるちょっとしたもの。ピニョン氏は、バスで行くつもりだったのだが、なかなかこれが面倒なんだな。昨晩、Sさんが家まで来れば一緒に行けるよと言ってくれたので、お願いする。 19時15分にSさん宅へ行き、不在のL君を他所に、L君の弟、V君共々ちょっとお喋り。L君は、当初、23時にモンペリエに戻ってくる予定だったが、もう少し早く戻ってこれるようで、戻ってきたら、Iさん宅に来るとSさん。今日のメンバーを聞いていなかったが、どうも、Iさん、Aさん、Sさんとピニョン氏らしい。男一人だよ。大丈夫かな?何せ、みなさん、お喋りだからなぁ。ついて行けるだろうか? 19時半すぎにIさん宅へ。 立ち話で、近況を話し合う。まぁ、すぐに座ったけどね。 20時半ぐらいまで、チップスなどをつまみながらお話。ピニョン氏はもっぱら聞き手。口を挟む暇が無いのだ。 まず水餃子が登場。L君の分を残しておこうか?とIさんがSさんに尋ねたら、「彼は、海のものは食べられないから」。全部、みんなで食べた。 21時すぎだったろうか?ノックの音がする。あれ?L君だった。やっと男が増えた。ちょっとほっとする。 そのあと、フォーが出たが、申し訳ないけど、これはうーん・・・。味が無い。何か足りないと思い、色々足してみたが、うーん・・・。 最後にチョコレートケーキが登場。ミント・ティと一緒に食べる。 あれこれ話しているうちに、23時半を既に廻っていた。ピニョン氏はこのところの疲れが出ていて、23時過ぎには寝ている。今日は起き過ぎだ。 L君に寮の近所まで送ってもらう。ありがとう。 部屋に戻り、そのままバタンキュウ・・・。
2005年09月30日
Le jeudi, 29 septembre 2005 今日は、S君とAさんがモンペリエを離れる日。寂しい限り。S君と知り合ったのは、昨年だが、実質は、去年の年末ぐらいからの付き合い。短い付き合いだったが、楽しかった。Aさんにいたっては、今月の14日からの付き合いだ。二人とももっと前から知り合えたらよかったのに。残念である。 11時に、S君に電話して、昨日、AさんにもらったTシャツに反撃を試みたい旨を伝え、13時半に会う約束をする。そのあと、ピニョン氏は、ちょっと買物に出る。 13時過ぎにコメディでS君と合流。作戦を練りながら、歩く。もっとも、14時までしか時間が無い。初め、ピニョン氏がもらったファンキーなTシャツのお店に行ったが、昼休みだった・・・。おい!! で、ピニョン氏が、先日の蚤の市に行った時にAさんが興味を示していた、チェ・ゲバラの顔がプリントされているバック(その時は、顔のデザインがイマイチってことで買わなかった)を、サントルのお店で見かけた事を言い、S君の意見を聞くことにする。 S君、見るなり、「俺が欲しい」とのたまう。いや、君のじゃないから。値段もお手ごろだったが、かさ張るのがねぇ。ちょっとと思ったが、まぁ、いいや。 買物も無事終了。14時半にAさんの荷物運びを頼まれているので、15時に駅でということで、S君を別れる。 部屋に戻り、昨日のファンキーなTシャツを着て、上着を羽織る。むき出しは無理。恥ずかしすぎる。デイ・バックに先ほどのバックをつめて、Aさんが泊まっているNさん宅へ。 部屋のある建物の前で電話する。何故か上から返事あり。窓から手を振るAさん。うーん、面白い人だ。日本に返すのは惜しい・・・。今日は、全身真っ黒で、ブーツを履いている。暑くないの? Nさんは、以前同じ寮に住んでいたが、面識はほとんど無し。日本に帰国前、コメディで、偶然、別のNさんと二人でいる所に出くわした時、初めて挨拶した程度。 Aさんのスーツケースを狭い螺旋階段に苦労しつつ降ろす。あとは、3人で、駅まで行く。 予想以上に早く着いたので、影に入って一休み。まだまだ昼間は暑いぞ、モンペリエ。 いきなり、フランス人の女の子が話しかけてきた。S君のアパートのAさんの友達Oさんだった。S君を見送りに着たらしい。ほれ、来た来た、S君ガールズ。 15時にS君と別のAさん、Mさんの3人がやってきた。しばらくすると、Tさんも来る。 乗るTGVの番線が出たので、移動。荷物を運ぶピニョン氏は、まるでこれから旅行ですか?という感じ。あははは。 重いので、エレベーターでホームに出る。彼らは、今回、idTGV なるチケットを取ったようで、プリントアウトしたチケットを、専用のバーコード読み取り機を持つ駅員に提示しなくてはならない。その駅員たちが、idTGV用の車両以降をバリケードで封鎖していた。物々しいな。そこから向こうにはいけないので、一度二人が荷物を置きに行ったあと、戻って来ることになる。戻って来れないといけないので、Aさんにバックを渡す。チェ・ゲバラ、つぼにはまったらしい。よかった。 その後、別のNさんも駆けつける。二人は戻って来れたので、各人お別れをする。S君、サングラスを掛けっぱなし。 時間5分前ぐらいに、駅員に急かされる。本当のお別れ。ピニョン氏、とても寂しい。しかし、別れがあれば出会いもあるさってことで、ぐっと堪える。 列車の発車を見届けてから、帰る。 Mさんの提案で、昨晩話をした、地下足袋シューズを見に行く。Aさんも加えた3人で行く。他の人たちとは、駅でお別れ。 お店であれこれ見た後、二人と別れ、一休みする為に部屋に戻る。17時半から、学校のクラス発表があるからだ。大半の人が、明日なのに、何故かピニョン氏は今日と言われているのだ。 ちょっとした買物をした後、トラムに乗って学校へ。少し時間を遅らしていたので、ゆっくり見れる。一応、Cさんに電話したら、彼女も明日だという。おう。で、クラスと月曜の授業時間を伝える。 そのあと、コメディに戻り、買い物をしてから、部屋に戻る。 夜は、UEFAカップを見る。知らないうちに寝ていたらしく、1時に目が覚める。電気を消して就寝。 明日は、Iさん宅で、プチット・フェットだ。
2005年09月29日
Le mercredi, 28 septembre 2005 今日は、S君Aさんとの最後の晩餐。場所は、S君のアパートの側にあるケバブ屋。 その前に、Aさん(別人ね)がIさんの部屋に引っ越す為、荷物の運搬の手伝いをする用事があった。11時にサン・ロックで待ち合わせ。なかなか来ない。Iさんが車で来ると言っていたので、事故でもしたか?と心配していたら、駐車場の空きが無くて、四苦八苦していたとのこと。 合流した後、Aさんの荷物を一時預かりしていた人のお宅に行き、荷物を運び出す。計2回で終了。彼女たちとは、金曜の夜に会う予定。 さて、最後の晩餐は、20時半とのことだったので、小腹が空いたピニョン氏は、夕方に少し食べてから出かける。 お店に行くと、いつものケバブ屋兄弟が入口に椅子を出してのんびりしている。S君は来たかと聞いたら、部屋だろう?という。あとでまた来ると言って、S君の部屋に行く。 久々にMさんに会う。お元気そうで何より。 S君とお店に行き、あとで来ると言う、AさんとTさんを待つ。 20時半過ぎに、二人が到着。みんなでケバブをガレットで食べる。 ケバブを待っているときに、AさんからS君のセレクションだというTシャツを頂く。極彩色のブルース・リー・Tシャツ。一瞬絶句する。トイレで着替える。出た瞬間から、お店に居た人間すべてがピニョン氏のTシャツに注目。そらそうだわな。みんな、ポーズがブルースになる。むぅ、ブルースは偉大だ! この後はどうするの?とS君に聞くと、アパートの住人と飲むのだそうだ。ピニョン氏は、それに付き合うことにする。 食事の後、S君から体重計とDVDを返してもらった後、AさんTさん共々、寮に戻る。Aさんとピニョン氏は、S君セレクションの変なTシャツ・コンビになったので、Tさんの部屋で記念撮影??アホな写真が出来た。 Aさんは、Tさんからパリのいいホテルの住所を聞いた後、ピニョン氏は、S君のアパートに行く前に、Aさんを送っていく。 さて、S君のアパートに着く。23時過ぎ。 S君のアパートの住人とあれこれ話す。S君の後に入る女の子、Aさん(またAだ!!)は、ピニョン氏と同郷だった・・・。おう。 2時ぐらいまで飲んだ後、S君の「眠い、寝る」攻撃に退散を余儀なくされる。 明日は、S君、Aさんがモンペリエを去る日だ。
2005年09月28日
Le mardi, 27 septembre 2005 今日は、S君との最後の晩餐の日。明日は、お世話になったフランス語の先生のお宅で夕食を食べるのだそうだ。よって、今日が最後の晩餐って事になるらしい。 17時過ぎにS君から連絡があり、18時半にピニョン氏の部屋に来るという。返却するもの、もらうものが幾つかあるからだ。 18時半にS君到着。貸していたDVDが帰ってくるも、S君は一枚忘れていた。おい!!あとは、幾つかの頂き物。ありがとう。 さて、夕食は、ヴェトナム料理。フォーがおいしいと言う。フォーって何? 最後の晩餐などと言っても、特に変わったことがあるわけでもない。いつものように食事をし、終わる。まぁ、こんなもんだ。が、よく聞くと、明日の夜は、ケバブ屋で最後の晩餐その2が行われることになったらしい。あれれ? 食後は?もちろん、キャロラインで飲みましょうってことで。Aさんも呼び出す。S君が寒いと言うので、一度部屋に戻ると言う。で、21時半に現地集合。 21時半にキャロラインへ。S君、あまり服装が変わってないけど?よくよく聞くと、服を送ってしまっているので、あまり服がないのだそうだ。可哀相に。 男二人でうだうだ飲んでいたら、Aさん登場。しばらく、あれやこれやと話しつつ飲む。 寒くなったので、お店の中で飲むことになる。 ここから、ピニョン氏が、S君をあれこれ突付き回す。3人で話をすると、S君が話に加わらないからだ。しかし、突付き過ぎたらしい。0時頃、お店の中でダーツをやっていた若者たちの絶叫にイライラしていたこともあり、S君帰ると言い出す。仕方がないので、お開き。 帰りもムスットしていたS君に、別れ際に、Aさんは「怒りんぼ!」と捨て台詞。 そのあと、S君がピニョン氏を猛烈に非難する。ごめんなさいねぇ。 では、また明日、ってことでお別れ。おつかれさまでした。
2005年09月27日
Le lundi, 26 septembre 2005 朝起きて、たまりに溜まっていた用事を朝から片付ける。ブログもその一つ。 S君から荷物をまた郵便局に持っていくかもしれないという話だったが、それは無くなったとのこと。幾つか用事があるとかで、15時ぐらいにお茶でもしますか?って事になる。 それまでに、ピニョン氏は片付けと買物を済ます。 ところが、15時なっても連絡なし。16時半まで待ったが、連絡なし。よって、散歩に出かける。その途中、S君から電話があり、fnac で待ち合わせ。 二人であれこれ見て回り、コメディでお茶。お腹が空いたねぇってことで、夕食をどうするかと話をしていたら、S君が今夜、人と会う事を忘れていたらしい。大丈夫か?かなりお疲れのようだ。29日にはモンペリエを発つのだからねぇ。忙しいわな。明日の晩、最後の晩餐を約す。 S君と別れ、久々にのんびりした夜を過ごす。
2005年09月26日

Le dimanche, 25 septembre 2005 朝8時に起き、9時半にサン・ドニのバス停に行く。寒そうな曇り空を見て、折りたたみ傘を持っていく。これで雨は降るまい。ピニョン氏が分けも無く傘を持っていくと雨は降らないのだ。案の定、モッソンに着いた頃には太陽がお目見えして、暑くなってきた。 バス停に向かっているときに、S君に会う。Aさんとはバス停に同着。あ、また、あの変なTシャツ着ている。気に入っているのか気に入っていないのか分らないぞ? バスでモッソンまで行き、蚤の市に到着。ピニョン氏は久々の蚤の市。 初めから予想はしていたのだが、Aさんの独壇場と化した。あちこちの古着屋さんや洋服のお店にアタック!S君は、CDケースを探しているようだが、全くなし。しかし、CD-Rなんかも売っているってどうよ?ピニョン氏は、時々見かけるフットボールのユニフォームに目を奪われるが、イマイチ。 11時半過ぎに、朝を食べていない二人が、腹へった攻撃を繰り出すので、食事となる。ピニョン氏は余りお腹が空いていなかったのだけれど、強烈な香辛料の匂いに食欲をそそられる。 30分ぐらいで食べた後、再び散策。時々、写真を撮る。 さて、帰りますか?という時に、再び初めに行ったお店に行ってスカーフをS君とAさんが買う。その店先に行く途中に、S君はCDケースを見つける。 13時過ぎぐらいにモッソンを出る。バスでサントルに戻り、エスプラナードでお茶をする。ドゥミだけど・・・。16時ぐらいまで、うだうだと過ごす。 S君が駅にチケットを取りに行くというので、駅に行くが、Aさんが途中で、プチ・トランを見つけ、乗りたいと言い出す。16時半に次の便が出るらしいので、それまでに駅での用事を済ませることにする。 が、うまく行かず、16時20分に諦める。ピニョン氏は、そこで二人と別れ、部屋に戻る。この3日の写真をCD-Rに落として、17時過ぎに体重計を借りに来たS君に渡す。 夜は、久々にのんびりすごす。バーにフットボールを見に行こうと思ったのだが、天気が悪く、雨がぱらついていたので、やめる。 夜に、S君から電話。明日の朝、荷物を運ぶのを手伝ってもらうかもとの連絡あり。23時に寝る。
2005年09月25日
Le samedi, 24 septembre 2005 6時にS君の携帯がなる。ピニョン氏も起きたのだが、ベットから出ない。S君はシャワーを浴びて整髪してと、ちゃくちゃくと準備を始める。ピニョン氏は、お腹がしくしくと痛むので、そのまま寝たふり。6時半過ぎか?Aさんが部屋に来る。「ピニョン氏は爆睡している」とS君。よって2人で朝釣りに出かけて行った。 そのあと、ピニョン氏は徐にベットから抜け出し、トイレへ。そのあと、8時に携帯の目覚ましをセットして寝直す。S君の当初の話だと9時ごろには釣りが終わると言っていたからだ。寝ついた途端に目覚ましがなる。あっというまに8時になったらしい。少しまどろみを楽しんだ後、シャワーを浴びる。寒い。外は曇りで少し風がある。どへぇ。 8時半ぐらいにS君に電話。釣りは成果なしで、持って行った仕掛けもすべて岩場に引っ掛けて失ったらしい。失意のうちにお茶をしているとのこと。30分ぐらいして戻るという。当てにならんが、まぁいいや。そのまま、ベットでごろごろしている。腹へったなぁ。 9時を廻っても戻ってくる気配なし。飢え死にしそうになったので、S君に再度電話。途中でパンを買ってきてとお願いする。彼らが戻ってきて、チェックアウトの為の片づけを待ってからカフェなんぞに行っていたら死んでしまう。 で、彼らが戻ってきたのは、9時40分ぐらい。遅い・・・。中央市場によっていたそうな。Aさんがなにやら怪しげなTシャツを着ている。S君が無理やり?買ってくれたらしい。それと、被り物を買ってきており、ピニョン氏に被れという。被った瞬間、2人から「似合いすぎ」とのコメントを頂く。そう?で、それを1ユーロで買取。何やってんだが。 買ってきてもらった、パンだかなんだかを食べ、エネルギー充填。出発の準備を整える。 11時ちょっと前に出立。ホテルにいた犬にもお別れ。この頃に、少し日が出てきた。 どうしようか?って事になるが、うだうだとお店周り。ポール・ヴァレリー美術館に行くという話も、12時にお昼休みだから、いいや!って事になる。で、遊覧船に乗ろうということになる。が、出航したばかりだった。次は14時半・・・。じゃあ、プチ・トランに乗ろう!これも、14時だった・・・。何で?? そこで、目に付いた教会に行ってみようということになるが、すぐ着いた。むぅ。仕方が無い。お茶しましょう。少し歩いて、カフェに入り、ドゥミ??を3人して頼む。昼前だよ??まぁ、いいや。 13時ぐらいまで、うだーっとしている。2人は4時間しかねてないし、ピニョン氏も5時間ぐらいだからね。皆さん、お眠だ。S君が腹へったとうるさいので、昼食に行く。 またもや、運河沿いをさまよい、お店に入る。ピニョン氏は、マグロのグリルを単品で。2人は、簡単な昼食セット。ピニョン氏は、美味しく食べれたが、2人はまたもやちょっと外れだったらしい。可哀相に。 列車の時間までまだ少しあるので、駅前でお茶?をする。ピニョン氏はコーヒーだったが、御二方はまたもやドゥミ。さきほどの昼食がしょっぱかったからだそうだ。あれまぁ。 列車の時間になると、そそくさと駅へ。20分でモンペリエに戻るが、モンペリエ、何故こうも暑い?セートからそんなに遠くないのに何故?? 別れ際、21時にキャロラインで?って事になる。また飲むのか?ふむ。 21時にキャロラインに集合。寒いようなそうでないような中途半端な気温。0時まで飲む。どうも、この3人で飲むと、会話が2人だけになる。はて?S君がなかなか話しに絡んでこない。またすねていたらしい。 明日の日曜日に、モッソンの蚤の市に行くことになった。9時半にサン・ドニのバス停集合。 Aさんと別れた後、S君ととぼとぼ帰る。眠いぞぅ。
2005年09月24日

Le vendredi, 23 septembre 2005 今朝は、S君の荷物をポストに持っていくことから始まった。朝起きて、洗濯をしに行ったら、すでに使われていた為、9時半過ぎから洗濯。11時前に干し終わり、S君の部屋に荷物を取りに行く。そのあと、ポストまで運び、手続き完了。コリッシモと言われる小包郵便で、箱代と送料が込みのもの。一番大きなXLサイズで7キロまでOKらしい。Lで5キロだそうだ。 そのあと、S君が私立のお別れ会に12時過ぎに参加するまでの間、ピニョン氏とお茶をする。セートSète(セート)には、15時ごろ出発する予定だと言うので、それまでに連絡をくれると言う。一緒に行くAさん(Aさん多すぎ)と相談してからだそうだ。 ピニョン氏は、銀行でお金を下ろした後、部屋に戻り、昨日の晩ご飯の残りのスパゲティを平らげる。あとは、連絡を待つのみ。 15時に駅集合との連絡があったので、それに合わせて部屋を出る。駅では、列車がかなりの遅れを出しており、混乱していた。大丈夫か?どうも、遅れているのはTGVのみで、普通の地方列車は問題なく出ていた。時間通りに列車が到着。無事にセートに着く。 思っていたより、ちゃんとした街で、驚く。港町だけあり、海の匂いというか、生臭いと言うか・・・。写真は、妙に浮かれるピニョン氏。 S君は、駅のそばにある釣具屋さんで餌を買い、次にセートのインフォメーションを探して歩く。途中、Aさんとピニョン氏はぱちぱちと写真を撮る。 インフォメーションで地図を購入。1ユーロ。金を取られたのは初めてだ。近場のホテルを聞いて行って見るが、むぅ。さすが星無し。ちとためらう。で、もう少し探してみる。2つ星のホテルを見つけ、部屋を見せてもらい、決める。Aさんがシングルで、S君とピニョン氏でダブルツインの部屋を取る。 一休みした後、目的の釣り場に行く。途中、海辺のカフェでお茶をする。店員の態度すこぶる悪し。あまりのんびりすると日が暮れるので、早々に移動。港の出口にある灯台まで、岩場を歩いて行く。Aさん、ちと大変そう。 S君によると、ここで一度も魚を釣ったことがないそうで、一抹の不安がよぎる。 ピニョン氏のほうは、釣りをする気は鼻っから無い。よって、ぼんやり海を眺めるか、写真を撮っていた。先日の旅行中から、お腹の調子がイマイチと言うのもあったしね。あまり動く気になれなかったのだ。 Aさんはというと、釣りをしたり写真を撮ったりと大変そう。見ていて面白い。何せ、やり始めた途端に、一匹釣り上げたのだ!S君、かなり悔しそう。しばらくAさんが釣っていたが、S君も、どうも今の時間、魚がたくさんいそうだと感じたらしく、後半はS君が釣っていた。釣れなかったけどね。 日も暮れかかってきたので、撤退を促すと、「あと一回だけ」と言うS君。仕方が無いので、許可すると、お、掛かった!が、釣り上げた瞬間に魚が落ちた・・・。S君、運が無さ過ぎるね。可哀相に。 S君が片づけをしている間に、ピニョン氏とAさんは先に岩場を渡る。少し遅れてきたS君と合流して、夕食の為のレストランを見て廻る。何せ、ピニョン氏が魚介類が苦手ときているからなぁ。もっとも、すべて食べられないわけではないので、大丈夫だといっているのだが、S君がなかなかうんと言わない。うがぁ!!喰えると言っとるだろうが!!! 運河近くのレストランで、やっとS君とAさんのGOサインが出る。食道楽は大変なのだ。しかし、肝心の料理の方は、今一つだったようだ。ピニョン氏は、我ながら、いい選択が出来たんだがな。鮭を食べた。 一度、部屋に戻って釣り道具を置いた後、バーで1時まで飲む。正直、Aさんと会って話をちゃんとするは、初めてのこと。お互いの事を話していたら、S君がすねる。本人は否定するが、すねているとしか思えん。「お見合い」などという単語を出す時点で、かなりのすね具合と見た! 1時すぎにホテルに戻り、S君はシャワーを浴びる。Aさんも部屋に戻り、シャワーを浴びると言う。ピニョン氏はダウン。眠い。二人がシャワーを浴びた後、明日の予定を話すことになっていたはずだが、Aさんが来ない。まぁ、いいか。6時に起きて、朝釣りに行くことだけは決まっていたからね。結局、2時まで待って寝る。
2005年09月23日
Le jeudi, 22 septembre 2005 朝、8時過ぎに起き、朝食を取った後、9時半過ぎにAさんに電話。母たちとシャトルバス乗り場で会えた事を確認。丁度来ていたバスには、乗れなかったようで、すぐに来るはずだというバスに乗るとのこと。Aさんのお陰でひと安心だ。母とも少し話す。 そのあと、部屋の片づけをしつつ、あれこれする。と言っても、疲れているためか、全然はかどらない。ふぅ。 お昼前に、空港の母から電話が入る。無事にチェック・インも出来、これから出国するとのこと。Aさんに代わって貰ってお礼を言う。そのあと、おば様たちと電話口で挨拶をする。最後に母にお別れを言って電話を切る。あとは、母から到着メールを待つだけ。何せ日本は遠いからなぁ。無事に着く事を祈るのみ。 お昼過ぎに、S君から電話があり、今晩、写真をやっているAさんが、夕食を作ってくれるので、今晩来るとのこと。ほう??18時ぐらいにやってくるらしい。S君もスパゲッティを作ってくれるとか。同じ寮に住む、Tさんも一緒に夕食に参加するらしい。Tさんはピニョン氏と同じ階に住む人。しかし、一度もあった事が無い。まぁ、そんなもんだ。 必要なものを聞いたが、特に必要無いと言われるけど、まぁ、そういうわけにもいかんだろう。ショッピーでワインなどを買ってくる。 ショッピーを出たところで、S君に会う。これから来る所だったらしい。しばらくすると、Aさんもやってきた。S君がビールを買いに行ったので、もうしばらく待つ。 そのあと、部屋に行き、食事の準備。ピニョン氏は、特にすること無し。ビールを飲み始めたS君に付き合ってお相伴。 その間に、Tさんとご挨拶。向こうでは、お好み焼きを焼いているそうだ。 20時頃、Tさんの部屋で会食。21時半ごろ、S君が眠たいサインを送ってきたので、Tさんの部屋を辞す。で、S君は帰るのかと思ったら、ピニョン氏の冷蔵庫に残っていたビールを飲み始め、ざっと使った食器等を洗った後、DVDを見始める。おい・・・。 22時半ごろ、Aさんが帰ると言うので、S君が送っていく。が、彼、部屋の鍵をピニョン氏の所に忘れる。電話を入れて呼び戻す。疲れているらしい。 そのあと、ピニョン氏は、さっさと就寝。明日からセートに一泊旅行である。
2005年09月22日
Le mercredi, 21 septembre 2005 今日は、旅行最後の日。 朝起きると、母が一人海を眺めていた。まだ、月が出ていて、非常にきれい。 ピニョン氏は、早めの食事を済ませて、母と一緒にニース駅の北にある、ジャンヌ・ダルク教会に行き、その帰りに、モンペリエ行きのチケットを買うことにしていた。 9時に部屋を出て、支払いを済ませようとしたら、何と、予約していた両方の部屋の支払いを同時にしなければならないと言う。何で??まぁ、いいか。母に頼んで、おば様たちの部屋に言ってもらい、代金を頂いてくる。おば様たちは、11時のチェック・アウトまで部屋で休むか、近場に行くかするらしい。支払いと一緒に12時にタクシーを予約しておく。予約番号をもらい、その番号を提示するように言われる。 母と海岸に出て、しばしのんびり海を見る。この海岸は、砂浜ではなく、小石の浜だった。波が押しては引いていく時に、小石がからからと鳴る。ふむ、面白い。母が波打ち際まで行って、海に触れたりしていたら、ちょっと大きな波が来る。母、慌てて逃げるが、転倒!波は被らなかったものの、すっころんではいけない。幸い怪我は無かったので、ほっとする。最後に何をしでかすやら。 それから、大通りを通ってまっすぐ北上。トラムの工事で大変道が通りにくい。 この辺りだろうと思って覗いた通りに、大きな白いドームと塔が見えた。ジャンヌ・ダルク教会だ。出来たのは、第一次世界大戦前なので、近代建築だが、すごく味がある作り。日本語の説明書あり。 ゆっくり見て廻った後、外からも写真を撮る。そのあと、ニース駅に行く。 駅に着くと、チケットを買いに売り場カウンターへ。しかし、無下に却下される。どうも、入口で整理券をもらってから、番号が来るまで待たなければならないらしい。そんな馬鹿な??外に出てみたら、5台ぐらいあった券売機の前は長蛇の列。なんてこったい!入口の受付でもらったチケットには、待ち時間26分とある。既に11時を廻っており、困ったことになった。 仕方が無いので、母が一人でホテルに戻り、頼んでおいたタクシーに乗って駅に来ることになる。予約番号の紙と「駅まで行って欲しい」とフランス語で書いた紙を渡す。ピニョン氏は、一人、順番を待つ。 結局40分待った。むぅ。実際の作業は、5分も掛からないのに・・・。 おかしいなと思って、駅の反対側に行くと、そこには、7つも窓口のある切符売り場があるではないか!!なんてこったい!!がっくりである。 12時過ぎに駅の外に出て、母たちを待つ。 12時10分ぐらいだったろうか?母たちが大きめの来るまで到着。スーツケースを降ろすドライヴァーを手伝い、料金を払う。駅までは定額なのか?20ユーロといわれる。ふーん? 先ほどのクーラーが効いたチケット売り場に入り、列車の番線が出るまでお昼のパンを買って待つ。 いよいよ、旅も最終段階になった。椅子に座ってぽつぽつ母を話をする。 13時過ぎに番線が出たので、先に出発時間が来てしまうピニョン氏は、早めにパリ行きのTGVのプラットフォームにおば様たちを案内する。この駅、エレベーターが無い・・・。母は、これからピニョン氏がいないので、スーツケースは自分で運ぶと言って聞かない。他のおば様たちもそれに習うが、階段を降ろすのはいい。しかし、登れないのだ。こればっかりは仕方が無いので、ピニョン氏が持って上がる。 列車の号車と座席の見方は、母に教えていたので、先に行かせる。途中、チケットの見方がわからない、日本人のご夫婦を見かけたので、号車と座席を教えてあげる。 さて、列車に荷物を乗せようと四苦八苦していた母たちを助けに行き、荷物を積み込む。終点はリヨン駅。ちょっとぐらい時間が掛かっても大丈夫だと伝える。コントロールが来ても、慌てず、チケットを見せれば大丈夫だとも言っておく。 おば様たちからありがとうとのお礼を受け、母とお別れの挨拶。ピニョン氏、不覚にも涙がこぼれる。母も貰い泣きしていた。来年の夏の再会を約して、TGVを降りる。ピニョン氏の乗るボルドー行きの列車も到着していた。幸い、列車はガラガラで、ゆったり座れた。 13時半過ぎの出発時間に、ゆっくりと列車が駅を出る。2つ向こうに止まっていたリヨン駅行きのTGVを見つつ、母が無事に日本に帰れることを願う。 モンペリエまで4時間とちょっと掛かる。マルセイユまで結構止まるのだ。買っておいたパンを食べる。その後、少し眠る。コントロールも来やしない。のんびりした旅。この2週間近くで一番のんびりしていたかもしれない。時々記憶が途切れているので、寝ていたらしい。 途中で、S君に携帯メールを送る。 ニームを過ぎた頃に、やっとモンペリエの戻ってきたなと感じる。S君から電話あり。19時にピニョン氏に返却するものと一緒に部屋に来るという。 モンペリエに着き、部屋に戻り、ほっと一息。母たちは、まだTGVの中だなと思いつつ、ベットに転がってS君が来るのを待つ。 19時にS君が到着。返却品とともに、黒のジャケットを頂く。彼にはちょっと小さいそうだ。春物だそうだが、着ろと言われる。 折角なので、そのジャケットを着て、夕食に出かける。アンチゴンのインド料理店。一度行ってみたかったので、丁度良い。 そこのインド料理店、写真を勉強しているAさんが居候している、Nさんの彼氏が働いているところ。料理を頼んだ後、それらしいお兄さんが来たので、聞いてみると、まさに彼がそうだった。K君である。K君、サーヴィスだったのか?ラッシーを持ってきてくれたりした。ありがとう。 カレーを二人で食べながら、エクス、ニースの旅行について話をする。 食事が終わり、ミントティを飲んで帰る。チップを置いて帰ろうとすると、K君から拒否される。Aさんの友人からは受け取れないという。仕方なく、チップ無しで支払いをする。 そのあと、キャロラインで話の続き。 しかし、外で飲んでいたんだが、寒いんだな、これが。寒い寒いといいつつ、飲む。22時半ぐらいにAさんが登場。外で飲んでいたのは、このためだったらしい。Aさんが来たので、中に入る。 1時前まで飲んで、帰る。帰り道、仕事帰りのK君に会う。 S君と途中まで帰り、部屋に戻る。疲れているのだが、すぐに寝付けず、少し部屋の片づけをする。2時に就寝。
2005年09月21日
Le mardi, 20 septembre 2005 今日の目的地は、ヴァンスである。版画家おば様が一番来たかった所だとか? 今日は、ちょっと早めに出発。8時35分のバスに乗って出発。今日も長距離バスに乗って行く。 海岸線を西に走る。きれいな海岸線である。そのあと、どんどん山の中に分け入っていき、10時前にヴァンスに到着。うーん、何か小さな町なんだが、随分観光化されているように思える。観光案内所で地図をもらい、町に少し入ってみる。むぅ、本当に小さな町だ。この街の目的は、ロザリオ礼拝堂は、14時からなんだ。で、展望台から、ロザリオ礼拝堂を眺める。いい眺め。 よって、まずは、ヴィルヌーヴ城とその美術館に行ってみる。ここは、現代美術館なんだそうだ。一階はブティックで、2階から展示があった。ここにいた、美術館のマダムが色々説明してくれた。あ、ほとんど覚えてない。ごめんなさい。 現代美術にあまり興味が無いピニョン氏は、ぼんやり眺めていた。建物の方がおもしろかった。 そのあと、市場が開かれている町の広場に行き、そこにあったカフェに入る。なかなかギャルソンが来ない。隣に座っていたおじさん、ちょっとイライラしていた。 そのあと、市場をざっと見た後、同じく広場にあった教会に入る。ここには、シャガールのモザイクががあった。中は、いい感じの教会。二階にあがると、おばあさんが2人座っていて、キリストの逮捕から処刑までの木の人形が展示されていた。よく出来ていた。おまけに、おばあさんから日本語の説明が木を頂く。ちょっとビックリ。 教会を出て、市を引き続き見ながら、町を一巡り。 お昼近くに、また、広場に戻ってきた。その一角にあったオリーブ売りのテントで、エクサン・プロバンスで食べた、お通し?のパンと一緒にあったオリーブの食べ物?を発見。おば様たちは、これか?あれか?と言っていたが、面倒くさくなったピニョン氏、母にいい言葉を教える。「Je peux goûter?」お店のオバサンは、人数分のプラスチックのスプーンをくれて、味見させてくれた。おば様たちは、大喜び。各人買って帰る。腐らないかな?とちょっと心配。冷蔵庫で2ヶ月もつと言っていた。 さて、お昼をどうしようかということで、路地に入ったところにあったパン屋さんとお惣菜屋さんで、バゲットとラタトゥイユやポテトなどを買って、初めに行った展望台で食べることにする。ちょっとしたピクニックだね。広場に、プチ・カジノがあったので、そこで飲み物とプラスティックのコップ、カ紙ナプキンなどを買う。 日の光を浴びながら、お昼を食べる。気持ちいい。 さて、そのあと、本来の目的地、ロザリオ教会に向かう。13時過ぎにヴァンスを出て、のんびり歩いていく。少し離れているという話だったが、結構、簡単についてしまった。30分ばかり開くまで待つ。ところが、よくよく開館時間を見ると、なんだ、朝も開いているじゃないか??むぅぅぅ!! 言っても仕方が無い。のんびり日向ぼっこ。 母たちは、暑い暑いと言って、陰に避難していた。 開館10分前ぐらいに、観光バスがやってきた。なんだ?ぞろぞろと老人たちが降りてくる。おう。アメリカ人だ!!とこのときは思っていた。 さて、アメリカ人が大挙してやってきた事に驚いたピニョン氏だが、慌てない。ゆっくり見ればいいさぐらいに考えていた。ところが、そうは問屋が卸さなかったのだ。 時間になったので、戻ってきた母たちは仰天。また、長蛇の列に並びもしないピニョン氏を見て、何事か聞く。 順番に入っていくが、入れるのか?とちょっと不安になる。何せ小さな教会なのだ。 教会堂の中は、変わった雰囲気に白い壁、青、赤、黄色の3色だけのステンドグラス。この教会のすべてをマティスが設計して作ったものなんだそうだ。絵も壁一杯に描かれていたが、母と二人、「ふーん」という感想のみ。 教会堂の座席が一杯になったところで、先ほどのアメリカ人の通訳の人と、教会の人が説明を開始。そこでやっとわかったのだが、大集団は、デンマーク人だった。みんな英語で喋っているから、アメリカ人だと思っていた。これは、失礼した。 さて、フランス人の説明をデンマーク人の通訳が訳して話が進んでいくのだが、長い。なんと40分も聞いていた。途中、何人かの人が退出していく。その中に、日本人も含まれていた。そらまぁ、言葉がわからないなら、出るわな。 隣の母を見ると居眠りしていた。かく言うピニョン氏も所々記憶が飛んでいる。 長い説明が終わり、マティスの教会をデザインする時に書いたデッサンなどの展示を見た後、おば様たちが絵葉書を数枚買って帰る。ピニョン氏は、特に買わない。教会の説明を書いたパンフレットのみ買う。商売だねぇ、と思わないでもない。 さて、教会から下っていき、丁度いい時間のバスが目の前を出て行く。あらあら!! しばらく座って待つ。ピニョン氏は、一人、銀行に行く。 次に来たバスに乗り、ニースに戻る。 ニースに戻った後、タバでレキップとフランス・フットボール・マガジンを買い、またもや、パン屋を探して歩く。その後、ホテルの近くにあったアニエスbに寄る。ピニョン氏は、入口にあった椅子に座り、モナコのデシャン監督の辞任記事を読んで、プルプルしていた。 部屋に戻った後、しばらく休憩。ホテルの部屋に戻ると、昨日からおかしかったエアコンが全然動かない。あら?お陰で部屋は暑いのなんの。受付に言いに行ったら、「今、私一人だから、見にいけない。テクニシアンももう帰っちゃったし、他の部屋も空いてないし。ごめんなさいね」あれまぁ。仕方ないので、カーテンを引いて、窓を開けて休む。しばらくすると、少しは涼しくなった。まぁ、この辺が、乾燥している国のいいところかな? 19時過ぎに、予定通り、先日の日本料理店で食事を取る。お腹一杯。 途中、海岸近くにある裁判所?の前の広場で、ピアノを引いているお兄ちゃんがいた。モンペリエでも時々見る光景。非常にうまい。一曲聴いてチップをあげる。さて、引き上げるかと思ったら、版画家おばさまが動かない・・・。しかたなく、もう一曲聴いて帰る。周りのカフェが閉まっていたので、座って聞けないのが難だね。モンペリエなら、遅くまでカフェが開いているのに。 いい気分でホテルに戻る。 明日は、ピニョン氏の旅行最終日。母たちは、そのままパリに上がり、翌日、日本への飛行機に乗る予定。
2005年09月20日
Le lundi, 19 septembre 2005 今日は、版画家おば様の希望地の1つ、マントン(Menton)である。天候は曇り。 ピニョン氏としては、早めに出たかったのだが、結局、9時半にホテルを出て、10時のバスで出発する。 さて、マントンだが、限りなくイタリアに近い場所。フランス人に聞いても、そこどこ?と言われる場所。知る人ぞ知る、コクトー美術館があるところだそうだ。 11時20分ぐらいだったろうか?モナコを越え、やってきました、マントン。お疲れ気味だったおば様たちも、途中の景色に気分を良くして様だ。ただ、ついた時間がよろしくない。移動を含めると、コクトー美術館にお昼休み直前に着きそうだったのだ。 よって、比較的近くにあった市庁舎で、コクトーのデザインしたという、結婚の間を見に行く。もっとも、途中でスポーツショップにより、ピニョン氏は、トレーナーを一枚買った。この数日の寒さに、必要を感じていたからだ。それを見ている間に、版画家おば様が、孫娘の為の靴を買いたがり、ピニョン氏が物を選んでいるにも拘らず、呼び出され通訳を仰せつかる。希望に近いサイズを出してもらい、一件落着。ピニョン氏も、トレーナーを決め、市庁舎に向かう。途中、ちょっと迷ったが、途中で道を尋ねて解決。一本道だった。とほほ。 12時前に市庁舎に着き、写真禁止と書かれているにも拘らず、写真を撮る。あたた。 一緒のバスに乗っていた日本人観光客も来ていた。この後も、他の場所で何度か見かけた。来るんだねぇ、日本人はどんなところにもと、自分たちもそうなのに、感心する。 市庁舎を出た後、高台の上にある教会に行ってみるが、お昼休み。あたた。 よって、昼食になる。母が途中で見つけたという、パン屋兼カフェで昼食を取ろうと言うので、きた道を戻る。 その途中、ちょっとしたイタリア・レストランを見つけ、フランス人が食べる美味しそうなピザを見たおば様たちは、ここに決めたらしい。イタリアンだからわかるだろうと思ったが、場所が場所。名前がみんなイタリア語。あぅぅ!!小さい文字で書いてあったフランス語で、料理を説明するが、ギャルソンが来て、決まったかと尋ねてくるので、ピニョン氏がわかる範囲で伝えた品目を母が独断で決める。それをピニョン氏が伝え、よくわからないが、パスタを頼んでみて、ソースは辛いのが希望だというおば様たちの要望通り、辛いソースを選ぶ。ピニョン氏は、一人、その日のランチを頼む。ラザニアだそうだ。 イタリアンに外れなし。美味しい昼食となりました。おば様たちも、満足げ。ふぅ。 そのあと、13時半に開くらしい、コクトー美術館に向かうが、途中のお店で皆さん捕まりなさる。お土産購入合戦だ。最後に、おば様たちの旅行の記念にセミ?の小さなブローチを3人お揃いで購入。 14時過ぎに美術館に着く。建物は、いい感じ。しかし、ピニョン氏は、コクトーの絵があまり好きではない。皆さんが楽しんでいらっしゃる間、椅子に座ってぼんやりと待つ。 30分ぐらい見て廻っただろうか?ようやく満足されたおば様たちは、ブティックへ。絵葉書はポスターを買う。 そのあと、入口で写真撮影。 それが終わると、先ほど閉まっていた教会に行く。サン・ミッシェル教会。少し驚いたのは、祭られているのがマリアでもなく、キリストでもない。大天使ミカエルだったこと。教会自体もすごく立派で、天井画も素晴らしかった。 そのあと、隣にある、白色苦行会礼拝堂?なる建物へ。ここも、いいね。二つともゴシック建築ではないが、すごく味のある教会だった。ここで小冊子を一冊買う。 そのあと、途中でサントン人形のお店におば様たちが乱入。お店の主人が、自作の人形を売っているお店だった。 さて、ボチボチいい時間だったので、ニースに戻ることにする。途中で、マントンの名産レモンで作られたレモネードを買って飲む。さっぱりして美味しい。 それを飲みつつ、街のお店を覗いて廻る。 中心地のバス停から乗ろうと思ったが、バス停が見つからない。よって、行きに下りた、バスの終点まで行く。丁度来ていたバスに間に合い、行きに買った往復チケットを見せて、乗り込む。 モナコに入った頃、雨がぱらつく。ニースも雨かな?と不安になるが、大丈夫だった。途中、ASモナコのオフィシャル・ショップを見つけ、降りたい衝動に掛かれるが、一人じゃないからね。降りない。 ニースに着くと、18時半を廻っていた。前日に行ったBIOのパン屋に行くが閉まっている。あれ??仕方なく、あれこれ徘徊して、パン屋を探す。何とか、閉まりかけていたパン屋を見つけるが、あまり残っていない。適当に頼んで、パンを買う。すると、母がジャムが食べたいと言い出す。お店のお姉ちゃんにあれこれ聞くが決めかねる。よってお薦めは?と聞いてみたら、もう一人のお姉ちゃんが、そっちのジャムが美味しいと勧めてくれたので、それにする。後でよく見たら、プロヴァンスの特産品を使ったジャムだった。なかなか美味しかった。 一度ホテルに戻ってから、少し休憩。20時にホテルを出て、ガイドブックにあった、ラタトゥイユが美味しいお店に行ってみる。しかし、小さいお店に一杯の人だった。ギャルソンに4人だけどと一応尋ねてみたら、21時にまた来いと言う。むぅ。 よって、これまた、母が美味しそうだと思ったらしいお店に行ってみる。再びイタリアンだったけど、いいのかな? ちょっと寒かったが、外で食べる。しかし、物凄い人。何とか空きがあったので良かったが、そのあと20分ぐらいすると、順番を待つ人で一杯になった。 ざっとメニューを見て、できる範囲で料理を説明する。ピザを2枚にスパゲッティを2つ、それによくわからないが、内容が美味しそうだったものを1つ頼んでみる。これ、当りだったんだけどね。それに、カラフで赤ワインをもらう。 ここも美味しかった。が、予想外の出来事が。いつもならたくさん食べるはずの喫茶店経営おば様が、食べないのだ。どうも、夕食前に間食をしたらしい。あたたた。困るなぁ・・・。結構、残っちゃったよ。美味しいから食べたいが、如何せん、ボリュームたっぷりだからね。とほほ。 出来るだけ食べた後、ホテルに戻る。満腹だ。 シャワーを浴びて、とっとと寝る。 明日は、ヴァンスに行く。旅行もいよいよ大詰めだ。
2005年09月19日
Le dimanche, 18 septembre 2005 朝の7時過ぎに起きて、朝食。8時過ぎにホテルを出て、母とサン・ソブール教会へ行く。 他のおば様たちはと言うと、喫茶店経営のおば様が体調不良。版画家おば様は元気だったが、母が、今日はニースに移動するので、休んでいろと言って休ませる。 日曜の朝だったので、人もほとんどおらず、静かで気持ちいい。 市庁舎前で、写真を撮ろうとしたら、充電しておいたカメラのバッテリーを入れ忘れたのだ。母になじられ、ピニョン氏、切れる。 で、教会にうだうだ口論しながら辿り着いたら、閉まっている。あぁ??うなだれるピニョン氏。つくづく、エクスには縁が無いのだなぁと母と話す。 他に何か無いのか?と母が言うので、少し外れに、なにやら塔があるらしいので、そっちに行ってみようという事になる。 ちょっと広い通りに出てみると、そこに、朝市が立っていた。蚤の市だ。プロの人ではなく、いかにも、倉庫にあった物を持ってきたね?という感じの市。母と二人のんびり見て廻る。もっとも、朝10時過ぎの列車に乗らねばならないので、あまりのんびりは出来ないが、母は度々立ち止まる。この頃になると、母は段々値段交渉をするようになっており、無茶な要求をするのだ。 母が幾つかの小物を買って、ピニョン氏は、タンタンのDVD10枚セットを60ユーロで購入。これはいい買物だと思っていたら、後ろからおじさんに、いい物買ったねと言われて驚く。あげないよ。 一通り見終わった後、ホテルに戻り、会計を済ませて駅に行く。晴れているものの、まだ肌寒い。 エクスから一度マルセイユに出て、TGVに乗り換え。またもや、一番前の車両まで移動。うが!!荷物置き場にがんがんスーツケースを詰め込む。母は、おば様たちに、自分のものは自分で何とかするようにと言い始めている。そうか、もうすぐ旅も終わるからなぁ。ニースからの帰り道に、ピニョン氏はいないのだ。とはいえ、自分で荷物を列車に上げれないのだ。手伝うしかないよ。 さて、一気にニースに向かうと思いきや、たくさん駅に止まるのだよ。TGVじゃないよ、これじゃあ。 もっとも、14時前に着くので、おば様たちには、隣の車両にあった食堂車で昼食を取るように勧め、ピニョン氏は、朝食の残りのパンを平らげる。 ニースに着く少し前に、みなさまご帰還。サンドウィッチが美味しくなかったそうだ。残念ねぇ。 ニースに着くと、駅からタクシーでと思ったのだが、全然いないんですよ、タクシー。あら??駅横の観光案内所で地図をもらい、海辺の駅までの道を確認。うーん、ちょっとあるけど、街の大通りを行けば大丈夫だろうと思い、歩くことにする。 しかし、これが大間違いだったのだ。ニースの大通りにトラムを通す工事をやっていて、歩道は狭い、埃っぽい、人はたくさんと、大変なことになっていたのだ。こりゃ困ったなぁ。しかし、ピニョン氏、心を鬼にして、移動開始。 途中、休み休み行ったので、ホテルに着くまで40分掛かった。おぅ・・・。 ホテルは、海が見える3つ星ホテル。ひぇぇぇ。眺めは最高だ。しかし、何故かここも、入口を入ってエレベーターまでに階段があるのだ。おかしいだろう・・・。 受付でチェック・インをしたあと、一人とスーツケースしか乗らない狭いエレベーターに一人ずつ乗せ、やっと部屋に入る。あぁ、疲れた。 しかし、のんびりもしていられないのだ。これから、マティス美術館に行かねばならぬ。これまた、北の彼方にあるので、大変なんだよね。時間も既に16時を廻っていたし。 何となく嫌な天気になり始めた頃、ホテルから旧市街を通って長距離バスの時刻表を調べに、バス・ターミナルへ。明日はマントンに、明後日は、ヴァンスに行くからだ。案内所は日曜日の為、閉まっていたので、案内板にある時刻表で、番線と時刻を調べる。この頃になると、空が真っ暗になってきて、雨が降りそうな予感。またか。 長距離の移動による疲れもあって、マティス美術館は中止となり、旧市街を見て廻ることになる。帽子屋さんを覗いて、喫茶店経営のおば様は一つお土産を購入。この人は、いくつお土産を買うのだろう? 幾つかの教会を見て廻っている間、すでに雨が降り始めていた。あらら。今晩は、鉄板焼きの日本料理店に行くことになっていたので、それまでの間に、朝食のパンを買ったり、雨宿りに入ったラスカリ宮で時間をつぶしたりする。 お店に18時半ぐらいに行ったが、入れてもらえない。むぅ。 雨宿りを近くでしていたら、エピスリーを発見。そこで、水などを購入。時間をつぶす。 19時に再び日本料理店へ行き、ハーフ・ボトルの赤ワインと各人コース料理を頼み、久しぶりのご飯を味わった。ピニョン氏は、あまり日本料理にこだわっていないのだが、おば様たちは、パンに飽きていたらしい。明日も来ると息巻いていたが、明日は、定休日。なら、火曜日はここだと言う。ピニョン氏的には、非常に助かるセレクションだ。お店探しに苦労しなくてすむ。 皆さん満足の会食のあと、ホテルに戻り、シャワーを浴びた後、のんびりくつろぐ。 そんな時、S君から携帯にメールが来る。旅行から帰っての週末に、セートに一泊旅行をしようというのだ。最後の旅行だから付き合えと言うらしい。むぅ。可愛い女の子が一緒に行くならOKだと返事を送ったら、すぐに電話が掛かってきた。暇していたらしい。詳しい話は戻ってからということで、とりとめの無い話をした後、電話を切る。横では、母が大いびきで寝ていた。S君にも聞こえていたらしく、笑っていた。 さて、明日は、マントンだ。ほとんどイタリアですわい。
2005年09月18日
Le samedi, 17 septembre 2005 9時15分のTGVで、エクサン・プロヴァンスに行く。天気は生憎の曇り。 朝8時40分に、母たちと駅で待ち合わせ。昨日の夜は遅かったので、おば様たちの様子はどうかなと思ったら、案の定、版画家おば様がお疲れの様子。ふぅ。 10時半にエクサン・プロヴァンスTGVに着く。とても寒い。ここから街に行くまでのバスを探すが、見当たらない。あれ?たまたま、近くにいたおじさんに聞いたら、エレベーターで下に降りろという。おう。それには気が付かなかった。チケットを購入済だったので、慌てて降りる。今日からピニョン氏は、身軽になっているので、おば様たちのスーツケースの運搬係だ。 バスは既に着いており、出発間近だった。おば様たちは、「荷物は入れてくれないの?」とピニョン氏に尋ねる。勿論、そんな人はいないので、ピニョン氏がバスのトランクにスーツケースを突っ込む。 街までは、15分ほどで到着。長距離バスのバス停に着く。そこにあった案内所で街の地図がないかと尋ねたら、いつも聞かれるのか、すごくつっけんどんに観光案内所までの道を言われる。あのなぁ、フランス語がわからない人なら、その説明では辿り着けないぞ??まぁ、いいけどさ、わかったから。しかし、この時点で、ピニョン氏は、あまりエクスが好きになれそうに無かった。 さて、案内通りに道を辿り、観光案内所を発見。その近所にあるはずの予約してあるホテルに向かう。道が悪いなぁと思いつつ、移動する。 ホテルはすぐに見つかった。街の中心部の入口近くにあり、移動には便利そうだった。古いがいい感じのホテル。ここも、まだ部屋の準備が出来ていなかったので、荷物を置かせてもらい、その間に、各人トイレに行く。 そのホテルにいた日本人の方と少し話をする。エクスにフランス語を勉強に来ている方のようで、ピニョン氏より少し年上か?着いて5日目だとか。部屋がなかなか見つからず、お困りのようだったので、できる限りのアドバイスをする。いい部屋が見つかればいいが。 そのあと、観光案内所で地図をもらい、版画家おば様の希望で、案内所の前にあったクレープ屋さんのスタンドでクレープを食べる。ピニョン氏は、ケバブもどき。味が無い・・・。なんだこれ?母は、砂糖のクレープを食べるが、熱で溶けてきた砂糖がバックに付き、大変なことになる。ピニョン氏も、少し分けてもらったが、手がべたべたになる。食べた後、ロンポアンの中心にあった、噴水で手を洗う・・・。何てこったい。 そのあと、あまりに寒かったので、おば様たちは、ホテルに一度戻り、スーツケースを廊下で広げて上着を出す。あぁ、みっともない。 そのあと、観光に出かける。街の中心部は狭い上に人だらけだった。むぅ。 これと言って、見たいなぁと思うものも無く、タピスリー美術館へ向かう道すがら、市を見たりする。ピニョン氏は、市の側にあった、靴屋さん、メフィストで、靴を一足購入。 タピスリー美術館は、以前の司教館を使っている様で、庭は、野外劇場になっていた。だから、展示品も、舞台の衣装などがたくさんあり、面白い。 丁度、この週末に、伝統文化のフェスティバルが行われており、エクスのあちこちで、催しが行われていた。 となりのサン・ソブール大聖堂は、お昼休みの為、入れなかった。 タピスリー美術館を見た後、側でやっていた展示会を覗いてから外に出ると、民族衣装に身を包んだ人たちに出会い、写真を撮らせてもらおうとしたら、この後に、ダンスがあるので、それを見て欲しいと言われる。 それを見終わった後、セザンヌのアトリエに行く。これがちょっと小高い丘の中腹にあり、何故か、この頃から、天候が回復。上着を脱ぐ羽目になる。 セザンヌのアトリエは、随分賑わっていた。何と、日本人観光客が山ほど訪れていたからだ。展示品も、もう少しきれいにしようよという感じの保存の悪さ。庭は、画家の販売場と化していたし、なんなんだろうね。フェスティバルのお陰で、この日はタダだったのが救いか?こんなところに5ユーロ以上も払えるかっての。 そのあと、下山。途中の画材屋で、母が友人へのお土産にとパステルを買う。すごくきれいな青が数種類入ったパステル・セットをご購入。 教会が開いていたので、入ろうとすると、今日はこれから結婚式が2つあるので、閉館だと言われたのだ。残念。すると、そこのおじさんが、サン・ソヴール大聖堂の中庭回廊を見ろという。そこまで連れて行ってくれた。しかし、そこは長蛇の列。人数を区切って、回廊を説明してくれると為だとか。おう。 案内してくれたおじさんに挨拶してから去りたかったが、どうも、地元の顔役のような人のようで、回廊を見て出てきた後も、いろんな人とひたすら立ち話をしていた。 回廊にやっと入れたが、勿論、ガイドはフランス人。おば様たちはちんぷんかんぷんのようだった。ピニョン氏は頑張って聞いていたが、知らない単語(多分宗教用語だったり建築用語だと思う)が頻繁に出てくるので、結構疲れる。あとは、イマジネーションだな。 20分ぐらいの説明を聞いた後、外に出て、隣のカフェで一休み。 時間も17時ぐらいだったかな?ホテルに戻る。荷物を部屋に移動させる。ここは、エレベーターがあったので、助かった。 しかし、この旅行中、うちの母は、ホテル運がない。パリとモンペリエのホテルでは、鍵に四苦八苦し、エレベーターが無いので、荷物の上げ下ろしに苦労した。さらに、モンペリエのホテルは、狭い上に暑かった。で、今回は、部屋が窓の方に微妙に傾斜しているのだ。ピニョン氏は、すぐにそれに気が付いたのだが、母は気が付かない。それが気になって仕方が無いピニョン氏がそれを口にすると、母、怒る。言われるとそういう気分になるからやめろというのだ。ごもっとも。 夕食に出る前に、母と二人でパン屋に行って、明日の朝のパンを買い、そのあと、夕食に予定していた日本・韓国料理店の場所を確認した後、エスサン・プロヴァンス駅に行く。明日のニース行きの列車の時間を確認する為だ。 駅はすごく小さな駅だった。むぅ。 時間を調べたあと、丁度、さっきまでたくさんの人が並んでいたが、誰もいなくなっていたので、母がチケットを買ってしまえと言う。朝バタつくのも嫌だなと思ったピニョン氏は、珍しく親切なSNCFのマダムと話しをして、明日の分のチケットを購入。初めは、マルセイユからTGVを使わずに行きたかったのだが、値段が3ユーロちょっとしか変わらないと言われたので、TGVを使うことにする。 チケットを買った後、駅前のエピスリーで水を買い、ホテルに戻る。 19時にホテルを出て、先ほどのレストランに行くと、一杯だといわれる。あら??予約が必要なぐらい繁盛しているようだ。あたた。 仕方が無いので、ちょっと先のレストランをのぞいたが、閑散としていたので、母が渋る。で、向かいにあったホテルの下のレストラン、サン・クリストフなるレストランに行く。中は一杯で、寒かったが外で食べることにする。 ここのギャルソン、すごく感じが悪い。むかつく。で、例のごとく、メニューと格闘して、注文する。ピニョン氏は、寒空の中、ステーキ・タルタル。母に呆れられる。メニューを見ていると、すごく食材にこだわっている感じがしたのだ。「この子牛の肉は、どこそこで銀賞を取った」だの書いてあったからだ。だから、大丈夫かな?と思ったのだ。 初めに対応したギャルソン以外は、感じは良かった。しかし、すごくせせこましいのだ。落ち着かない。料理の味自体は、良かったのが救いか。 デザートは、ピニョン氏が適当に頼んだので、おば様たちは、甘すぎて食べられなかった。ピニョン氏は、失敗の少ないチョコレートをいつも選ぶので、問題なし。ははは。 甘すぎた為、みなさま、コーヒーを頼む。寒かったしね。 その後、すぐに会計を頼み、コーヒー代が入っていないのに苦笑。慌てすぎだろう。うだうだ言われる前に去る。 そのあと、部屋に帰ってゆっくりシャワーを浴びた後、寝る。 明日は、朝、ピニョン氏は、見れなかったサン・ソヴール教会を8時ぐらいに見に行く予定。
2005年09月17日
Le vendredi, 16 septembre 2005 今日は、9時に母たちをホテルに迎えに行き、観光スタート。初め9時過ぎにホテルに行ったら、まだ、出てきていなかったので、ぷらぷら待っていた。母が出てきて、ちょっと待って欲しいという。ホテルのとなりのパン屋さん、ことのほか、パンを出すのが遅いのだとか。だから、さっき朝食を取ったばかりだとか。よって、その間に、ピニョン氏は銀行に行く。が、お金が出ない。何??昨日の晩からまだディスペンサーにお金が入っていないらしい。むぅ。 とりあえず、ホテルに戻り、母たちを連れて出発。 お約束のコメディに出て、簡単な街の説明をしつつ、写真を撮ったりする。 次に、エスプラナードの市に行く。ここは、買物好きの喫茶店経営おば様に火が付く。あっちを見ては買い、こっちを見ては買う。ピニョン氏は、呼ばれるまで、ベンチに座っていた。 そのあと、コラムに行くが、まだ開いていないので、諦める。エスプラナードを戻りつつ、ノートルダムに行こうとしたら、母たちは、高いところに吊るしてある花壇?に水をやる市の職員?に釘付け。面白い物に目が行くもんだ。 そのあと、ノートルダムに行く。もっとも、ここは、ミサがあるときしか開かないので、ピニョン氏も入った事が無い。で、次はに・・・と言うところで、教会の向かいにあった、お店におば様たちは吸い込まれていった。石鹸やら、香水などがあり、美容の為のものを置いているお店のように思えたが、実態は不明。そこで、買物が始まる。はぁぁ。 お店のマダムとあれこれやり取りをするおば様たち。しかし、全く通じない。しかし、このマダム、すごくいい人で助かる。無事に買物終了。 次は、母が止まった。50パーセント引きの洋服店に出ていた上着に飛びつく。そこのお店のマダムに値段を聞けという。はいはい。 そのあと、店内に乱入。今度は、いい感じの薄手のズボン?を発見。試着する。どうも、それまで来ていた服が暑かったようで、いいものが安く手に入ったと喜ぶ。よくよく聞いてみると、来週に閉店するので、半額で出しているのだとか。本来なら、100ユーロ近くするものを50ユーロ未満で購入してしまった母。満足そうである。 やっと、移動が出来るぞと歩き出した。凱旋門のある通りに出る。ちょっとした高級ブティックが並ぶ通りだ。ピニョン氏は、モンペリエのシャンゼリゼと呼んでいるのだが、そこでまたもや、おば様たちの足が止まる。一軒の布小物や洋服を扱うお店で、各人があれこれ買う。ふぅ。 やっとサン・ピエールに辿り着く。長かった・・・。しかし、この教会には、おば様たちもビックリしていた。いい教会だもんね。 このとき、既に12時近く。あと二つ教会を見る予定だったし、お昼は、最後の教会、サン・ロック教会の側のレストランを予定していたので、もうちょっと我慢してもらう。 サン・タンヌは、展示をやっていたが、お金を取ると書いてあった為、パス。 で、一気にサン・ロックへ。ここを少し見た後、横の路地に入って、レストランに行く。ここは、以前L君と来たお店。美味しかったので、覚えていたのだ。 今日のメニューをざっと頼んで、みんなで分ける。味のほうは、結構満足してもらったみたいで、うれしい。 ただ、ここで問題が。水を頼んだのだが、この水が入っている瓶を大層うちの母親が気に入り、欲しがり始めたのだ。すると、版画家おば様もそれに同調。瓶を買いたいと言ってくれと言い出す。ピニョン氏は、勿論拒否。恥ずかしすぎる。が、何を思ったのか、版画家おば様、瓶のフランス語をピニョン氏から聞きだすと、ギャルソンを呼び、いきなり、「bouteille」とのたまわる。おい!! 当然、ギャルソンは、ワインが欲しいのかと思い、「vin? rouge?」と聞き出した。勿論、おば様には何の事かわからない。「えー、瓶、瓶よ」と言い出す。わかるわけ無いだろう!! 慌てたピニョン氏は、事情を説明し、どこかで買える所は無いだろうかと聞いてみるが、モンペリエで買った物ではないそうだ。だから、もし欲しいなら、6ユーロぐらいで売るよと言う。で、ピニョン氏は、買いたい旨を伝える。 しばらくすると、ワインボトル用の袋に入れて、その瓶を持ってきてくれた。が、ここでも問題が。初めに欲しがったのは、母。で、ギャルソンに声を掛けたのは、版画家おば様。しかし、瓶は一本だったのだ。受け取った版画家おば様は、所有を主張。しかし、母は、初めに言い出したのと話をつけたのは息子であると言って譲らない。結局、また、先ほどのギャルソンを呼びつけ、指を3本立てる母。「Trois?!」と驚愕するギャルソン。少しためらった後、わかったと言って残りの2本を持ってきてくれた。すまんねぇ。 デザートを食べるや否や、会計を頼み、普段は置かないチップを置いて、逃げるようにレストランを離れる。あぁ、恥ずかしい。 15時前だったが、そのあと、コメディで母たちを別れ、20時にホテルに迎えに行く事を確認。今晩は、21時からL君とSさんの二人と夕食をするのだ。 そのあと、部屋に戻って、書類を持ち、県庁に向かう。多少、モゴモゴとどもってしまったが、何とか滞在許可証を得ることが出来た。マダムMに連絡を入れる。そのあと、あまりに時間があるので、S君を呼び出して、お茶をすることにする。 滞在許可証のコピーを県庁で取って、CAFのポストに入れる事を思いつき、S君にCAF前で待ち合わせにする。 エスプラナードでS君とお茶をしてから、fnac にDVDを見に行った後、18時半ごろ別れる。21日にモンペリエに戻ったら、夜に会おうと約束する。 部屋に戻り、シャワーを浴びて身づくろい。L君へのお土産をもって20時にホテルに行く。 L君との待ち合わせがアンチゴンだったので、途中の建物を見つつ行く。しかし、意外と早く着いてしまったので、おば様たちをベンチに座らせて、L君を待つ。21時過ぎにL君が来た。仕事からの帰りで、モンペリエの空港から直で来てくれた。母とその友人二人に合わせる。L君、ビズするのが大変そう。なにせ、小さいんだよ、おば様たち。 Sさんは、少し遅れてくるというので、とりあえず、お店に入って待つ。 イタリア料理だから、メニューも少しはわかるだろうと思ったが、そうはいかなかった。とほほ。まぁ、いいや。 何とか料理を決めると、Sさんを待つまでの間、軽く飲む。そうそう、L君にお土産を上げる。日本語の練習帳と漢字カード。何故か、焼き鳥ソース。それに、母からTシャツと鉢巻。Tシャツには、「侍」の文字が・・・。 Sさん登場。メンバーが揃ったところで、注文をする。 ピニョン氏は、日本語とフランス語を交互に話したりするので、かなり混乱した。Sさん、受ける受ける。L君にもいい機会だから、日本語で話すように言うが、なかなか喋らない。Sさんに焚きつけられるも、なかなか喋らない。むぅ!! あっと言う間に、23時。明日も早くから出発なので、お開き。L君は、宿題をたくさんやったから、チェックしてくれと言われる。・・・いずれね。 近くのトラムの駅からコメディに移動。母たちはトラム初体験。 コメディで降りて、明日の時間を確認。駅で待ち合わせることにする。 ピニョン氏は、部屋に戻り、部屋の片づけをした後、寝る。 明日から、エクサン・プロヴァンスとニースの旅。旅行も終盤に入ってきた。
2005年09月16日
Le jeudi, 15 septembre 2005 今日は、8時半過ぎに、大学付属の語学学校に本登録に行く。 昨日のうちに準備しておいた書類を持って出かける。 受付で、書類を確認してもらうも、小切手帳を忘れていた。あたた。もっとも、予約を取って手続きをするそうなので、午後14時半にしてもらう。記入しなければならない書類をもらったので、図書館に行って記入する。 10時前に、図書館を出て、寮に戻る。その帰り道に、マダムMに電話して、暇な時間を聞く。母がマダムMに会いたがっていたからだ。16時半まで暇だという返事。母に確認した後、連絡すると伝える。 一度部屋に戻り、買物に出る。コメディを歩いていたら、母から電話。昨日、こちらの進展具合を確認させる為に、電話するように言っておいたのだ。今、コメディにいると言うと、どうも、すぐ近くにいるらしい。メリーゴーランドの前で待つ。母は一人でやってきた。残りの二人はホテルで寝ているらしい。どうも、モンペリエは休日扱いになりそうだ。 マダムMが会えそうだと話をして、15時半に会うことにして、再度、マダムMに連絡。モノプリの前で待ち合わせ。 そのあと、母と買物をする。エスプラナードの市で果物を買った後、ポリゴンヌを案内。イノでピニョン氏が食材を少し買う。 コメディで別れて、ピニョン氏は一度部屋に戻り、昼食を取った後、再度学校へ。 14時半に手続きをして、15時過ぎには、寮に戻っていた。 15時20分に部屋を出ようとしたら、廊下から「出るな!」と言われる。廊下のワックス掛けをしていたのだ。5分待てと言われる。むぅ!! マダムMに連絡するが、留守番電話になる。じりじりしながら待ち、叔父さんたちのOKが出たので、ダッシュでコメディへ! 行って見ると、マダムMと母は既に出会っていた。まぁ、わかりやすい日本人を探してくださったようで、助かった。 その後、マクドナルドの2階で話をする。滞在許可証のコンボカシヨンが着てないというと、今から行って確認しておいでと言われる。母をマダムに預けて、県庁に行く。16時過ぎだったから、人も少なく、丁度いい。すぐに順番が廻ってきた。事情を説明すると、学校の正式な入学許可証が無いから駄目だという。で、今日もらったものを提示したら、それだというので、コピーを取ったら明日もってこいと言われる。ふぅ。 急いでマクドナルドに戻り、マダムMに報告。うまく行けば明日滞在許可証がもらえそうだ。よって、明日行こうかと言っていたアルルは中止となった。もっとも、おば様たちに体力が残っていなさそうなので、ちょうどいいか? マダムMにお礼を言って、別れる。少し母と話をして、今後の予定をつめる。明日は、9時からモンペリエを散策すること。15時までピニョン氏はおば様たちに付き合い、ピニョン氏は、県庁に行くことになった。 そのあと、17時に少し元気になった2名のおば様たちと合流。母がイノに行って買物をしたいというので、ポリゴンヌまで送っていく。そのあと、ピニョン氏は、スポーツ店に行き、今年のレアル・マドリードのジダンのユニフォームを購入。そのあと、部屋に戻る。18時過ぎにS君が部屋に来ることになっていたからだ。部屋からS君に電話する。 S君が来て、ピニョン氏がフランス不在中に頼んでいた雑誌を買い取り、S君は、ピニョン氏が日本から持ってきたDVDを根こそぎ持って帰る。むぅ。 時間も時間なんで、何か食べようか?って事になり、クスクスを食べに行く。駅の向こうのクスクス屋さん。雰囲気もあり、なかなか美味しかった。満足。そのあと、途中で銀行に夜が、外のディスペンサーは、キーが壊れていて駄目。中のディスペンサーは、お金が入っていないのか?引き出しのボタンが表示されない。むぅ。明日でもいいや、ってことで、とりあえず、キャロラインで飲む。 いつもの様に0時にお開き。 明日は、9時からモンペリエ観光である。
2005年09月15日
Le mercredi, 14 septembre 2005 今日は、朝から、アヴィニヨンの隣町、ヴィルヌーヴ・レザヴィニヨンに行く。知り合いのフランス人からここはいいよと聞かされていたからだ。 ホテルで会計を済ませ、荷物を預かってもらった後、郵便局前のバス停から約10分。ローヌ川を越えた対岸にあった。バスを降りると、まずは、サン・タンドレ要塞に上り、その中にあるサン・タンドレ修道院の庭園を見る。 着いたのが、11時過ぎだったので、12時までの開館時間のうちに見るものを見なければと、おば様たちそっちのけで、見て廻る。そんなに大きくない庭園だから、大丈夫だろうという考えもあった。しかし、要塞まで上がってくるのに、母以外の二人はすっかり疲れてしまっていたのだ。庭園の入口付近ですでにグロッキー。探しに来た母と一緒に庭園を見て廻ることになった。途中、何枚か写真を撮り、時間も12時近くなったので、入口に戻る。 すると、対応してくれた親切なマダムが連れていた可愛い犬がいたので、犬の話で少し盛り上がる。「日本にも犬がたくさんいるの?」というので、勿論と答えた。いくら日本の事を知らないと言っても、その質問はなかろう・・・。まぁ、イメージすらわかないんだろうなと一人納得する。 そのあと、要塞の麓にある、祝福の谷の修道院とやらに行く。時間が12時過ぎだったので、昼休みの可能性もあったが、幸い、お昼休みはブティックだけだったので、受付の人の指示に従い、順番に見ていく。アヴィニヨンの法王だった、インノケンティウス6世によって作られたもので、彼の墓が修道院内にあった。きれいなステンドガラスもあり、なかなかいい。ただ、革命期の動乱で廃墟と化していたらしく、教会堂の壁が破壊されている。もっとも、そのお陰で、サン・タンドレ要塞がきれいに見えるのが、皮肉か? ぐるッと一回りするのに、なかなか時間が掛かる。礼拝堂内のフレスコ画が素晴らしい。そのとなりの部屋は劇場になっていた。ふむ。 13時半ぐらいに修道院を出て、側にあった小さなレストランに入る。感じの良いムッシュの応対に満足し、お昼のコースだったが(ピニョン氏だけキッシュを食べた)、とても美味しかった。すごく幸せな気分。おば様たちも満足。やはり田舎はいいね。 空腹からも解放され、次なる目的地、ピエール・ドゥ・リュクサンブール美術館へ。たくさんの作品があるところではなく、アヴィニヨンで活躍した芸術家の作品や、先ほどの修道院のものなどを展示。目玉の『歳暮戴冠』は圧巻。 そのあと、隣にあるノートルダム参事会教会に行く。ここで一休み。 そのあと、バス停に戻り、アヴィニヨンに戻る。途中、母たちはアヴィニヨン橋付近のバス停で降り、もう少し街を見てもらっている間に、ピニョン氏は、駅までバスに乗っていく。モンペリエまでのチケットを買うためだ。16時にホテルで待ち合わせにしておく。 駅に着き、ちゃちゃっとチケットを購入した後、ピニョン氏もアヴィニヨン散策に出る。観光案内所の裏にある公園を見た後、ラピデール博物館なる、教会のなかに展示された古代ローマの展示品を見る。学生は1ユーロだったが、学生証を持っていなかったが、1ユーロにしてくれた。荷物はすべて預けるように言われ、そうする。受付のお兄ちゃん、ピニョン氏が被っていたモンペリエのフットボール・チームのキャップに反応。少し話をする。 16時前まで、そこで時間をつぶし、ホテルに戻る。 おば様たちは、すでにホテルに戻っており、荷物を回収すると、駅に向かう。 列車に荷物を積み込むのに、また一苦労。でっかいスーツケースは、荷物置き場に入らない為、自転車置き場に3つのスーツケースとピニョン氏のスポーツバックを置き、ピニョン氏は、そこで荷物番。1時間でモンペリエに着くので、特に問題は無いのだ。 モンペリエに、少し遅れて着く。先にピニョン氏が寮に荷物を置きに行く。身軽になる為と、母のスーツケースに入っている、ピニョン氏の荷物を回収できるようにする為だ。おば様たちは、少し駅で待ってもらうことにする。 久々に戻った寮の部屋。床のワックス掛けをすると聞いていたが、何もされていない。それどころか、以前より汚いような気がするのだが。埃は部屋の隅に溜まっているし。何だこれ?台所には謎の箱。食器が来ている。何故??滞在許可のコンボカシヨンも着ていない。どうなっているのだろう?不安を押し隠して、駅に戻る。 駅からホテルに移動。駅の側に取ってあったので、問題なし。と言っても、エレベーターはやはり無いので、ピニョン氏が持って上がる。皆さん、重すぎますよ、スーツケース。 部屋に分かれて、少し休憩。母の部屋は一人部屋で、すごく狭い。おまけに暑い。扇風機なし。二人のおば様たちの部屋は広くて扇風機があるのだ。母、むくれる。荷物を回収するが、母が扇風機が欲しいというので、受付で聞いてみる。一台貸してくれたが、壊れて動かない。母、さらにむくれる。貸してくれたお兄ちゃんを呼んできて、駄目だという。お兄ちゃんも、別の仕事をしていたようなので、今はどうしようもないと言う。 一応、母に、「扇風機をくれ」と書いたメモを渡しておく。 仕方が無いので、ピニョン氏の部屋に行って見たいと言う母を連れて外出。他の二人は部屋で休憩。コメディに出て、モノプリを教える。今晩は、ピニョン氏抜きで夜を過ごす為だ。 寮でしばらく休憩と明日の予定を話した後、母をホテルまで送っていく。部屋の鍵をちゃんともらえるかどうか外で見ていたら、受付のお兄ちゃんに呼ばれる。扇風機の件だった。壊れている扇風機は直せない。よって、明日開く部屋の扇風機をそっちに回すというのだ。母にそれを伝える。 さて、ピニョン氏は、S君に電話して、飲む算段をする。どうせだから、晩飯を一緒にと言うことになる。S君のアパートの近くのケバブ屋に20時集合。 久しぶりにケバブを食べる。美味しい。ひとしきり、S君に旅行の話をする。男友達と飲むのも久しぶり。とてもくつろぐ。 そのあと、キャロラインに移動。話を続ける。 22時ぐらいだったか?S君の友人のAさんがやってきた。Aさんは写真の勉強をしている人で、9月末までモンペリエにいるらしい。ピニョン氏も、以前、一度だけあった事があるが、話をしたのは、これが始めて。今、S君と同じ私立の語学学校に行っているのだそうだ。 Aさんは、カメラを持参しており、今、「人物と果物」というテーマで写真を撮っているとかで、ピニョン氏とS君を使って、写真を撮る。むぅ。 0時まで飲んだ後、帰る。Aさんは、キャロラインの側に住んでいる、友人のNさん宅に居候しているのだそうだ。Nさんは、以前、ピニョン氏と同じ寮に住んでおり、この夏に寮を出て、彼氏のバングラディッシュ人のK君と一緒に住んでいる。 S君と別れた後、寮に戻り、少しだけ荷物の片づけをした後、爆睡。 明日は、大学付属の本登録に行くのだ。
2005年09月14日
Le mardi, 13 septembre 2005 今日はアヴィニヨンに旅立つ日。ピニョン氏は、しばらくパリとお別れ。次はいつのことやら? 朝、予定通り、7時過ぎにモアザンにパンを買いに行く。うまい具合に、emi さんにも会え、昨日のお礼を言い、母と一緒に写真を一枚撮らせてもらう。 ホテルに帰ると、ピニョン氏だけ、先に食事を済ませる。おば様たちは、TGVでパンを食べるそうな。 お疲れ気味のおば様だが、時間は待ってくれない。9時前にホテルを出て、9時34分のTGVで出発。待ち時間に、T君に電話。会いたかったのだが、時間が無くて会えなかった為。次にパリに行った時は、一緒にフットボールを見に行こう! さて、TGVですが。自由席なもので、はるか彼方と先頭車両近くまで移動。おば様たちは、自分の荷物に四苦八苦していた。 何とか、スーツケースを棚に押し込み、一安心。あとは、アヴィニヨンまで乗っていればいい。あとは着いてからだよ。 さて、アヴィニヨンに着いた。必死になってスーツケースを列車から引き摺り下ろし、出口に移動。しかし、ここは、アヴィニヨンTGVの駅。中心地までシャトルバスで移動。またもや、ごろごろとスーツケース軍団が移動するのだ。丁度バスが来たので、慌てる。 街に着くと、そこはまさに観光地。むぅ。 ホテルはバス停からすぐ近くだったので、問題なし。すぐに移動。なんと4つ星ですよ。4つ星!!しかし、チェックインが16時だという。荷物を預かってもらい、観光することにする。 インフォメーションで地図をもらい、観光パスをもらう。一ヶ所目は通常料金だが、そのあとは、割引料金になるという。ほう!! とりあえず、ここに来ればあそこでしょう?というべき、教皇庁に行くことにするが、まずはお茶だそうで。市庁舎と劇場がある広場で、お茶をすることになる。が、そこに行き着く前に、メフィストと言う、靴屋さんにぶつかる。これは、フランスに発つ前に母が購入した足にいいという靴と同じメーカーの専門店。母が買ったものの3分の1ぐらいの値段で同じ物があった。母、激怒。版画家おば様、スポーツ用のサンダルタイプのものを購入。ピニョン氏も、新仕様のスポーツ用靴を見るが、あまりいいものがない。次の目的地、エクサン・プロヴァンスにも、お店があるそうなので、そちらで見てみることにする。 さて、広場に着いた。時間が13時過ぎだったので、食事をするかと聞くが、おば様たち、迷った挙句いらないという。飲み物を頼んだ後、周りを見ていた版画家おば様、クレープが食べたいと言い出す。すると、残りの二人も同調。結局、クレープも頼む。ピニョン氏は食欲なし。普段からあまり昼食をたくさん取らないから。 クレープをがっつくおば様たちを他所に、地図とにらめっこするピニョン氏。母が食べきれなかったクレープを食べた後、出発。 しかし、動きたくなかったのか、おば様たちは、プチ・トランに乗りたいと主張。乗り場をカフェのギャルソンに聞くと、先の広場から乗れるという。教皇庁の前の広場だった。行ってみたら、乗り場はあるのだが、列車がいない。おまけに切符売り場がない。あれ??よって、先に教皇庁に入る。 楽しみにしていたところなので、おば様たちには悪いが、しっかり見学させてもらう。荷物を預けるところに、日本語のオーディオ・ガイドがタダであるというので、ピニョン氏と母は借りる。他のおば様たちはいらないと言う。勿体無い。しかし、入口でしきりに勧められ、結局、借りていた。 ピニョン氏は、母とのんびり見て廻る。他のおば様たちに比べ、うちに母は元気そのもの。「ほう」とか「へぇ」とか言っている。 途中で、おば様たちは先に行ってしまったが、母と二人でのんびり廻る。カフェのある屋上からの眺めがいいと聞いていたので、そちらに登ってみる。この日は非常に天気が良かったので、見晴らしは最高。さて?ほかのおば様たちはこれを見たんだろうか? 下に降りて聞いたら、見てないとのこと。母が二人を連れて行く。その間に、ピニョン氏は、オーディオガイドを返却し、預かっていてもらった荷物を回収する。 戻ってきたおば様たちと外に出て、ベンチで一休み。 そのあと、プチ・トランに乗る。なかなか面白い。あまり行動範囲が広くないおば様たちにはいい観光になったようだ。 そのあと、ホテルに戻り、部屋にチェック・イン。荷物係の人に案内され、部屋に入る。おう。4つ星。一休みしてから、今日の夕食について相談することになる。 さて、19時前にどうするかと母が相談に行くと、喫茶店経営のおば様がダウン。あら??で、途中で見つけたショッピーで買物をした後、その隣にあったマクドナルドで夕食を購入。おう。4つ星でマクドナルド。 部屋に戻って、みんなでマクドナルドを食べる。喫茶店のおば様、起き上がれず。ふぅ。 そんな時、今朝、電話をしたT君から電話。今日のTF1でレアル・マドリード対リヨンの試合があるよと教えてくれる。感謝である。もっとも、試合は酷いもので、3対0の完敗。おまけにジダンは故障の為、出ていない。ベッカムが一人で頑張っていたが、まるで駄目。とほほ。 シャワーを浴びて、あとはのんびりする。 明日は、隣町、ヴィルヌーヴ・レザヴィニヨンに行く。
2005年09月13日
Le lundi, 12 septembre 2005 今日はパリ3日目。今日も曇り空。寒い。 そんな寒い中、凱旋門に行く。どうせだからと上まで上がる。おば様たちには、あの螺旋階段はかなり堪えたらしい。 展示物を眺めた後、上の展望台へ。上に上がったものの、パリがかすんで見える。残念。まぁ、仕方が無い。しばらく眺めていたが、寒さに耐え切れず降りる。 下のブティックでちょっと買物。そのあと、再びあの螺旋階段を今度は降りる。お疲れ様でした。 下に降りた後、一通りの凱旋門の説明をして廻る。「無名戦士の墓」などなど。 お昼にこちらのブログにも時々コメントを下さる emi さんとランデヴーがあるので、それまでの間、シャンゼリゼを闊歩する。そのあと、メトロでオペラまで移動。emi さんと合流。約1年ぶりの再会。お元気そうで何より。 emi さんは食にお詳しいので、今回失敗続きのパリでの食事を成功させる為の秘密兵器なのだ。オペラ近辺で美味しいところを探しておいてもらったので、そこに行ってみる。月曜ということもあり、休みのところが結構あったため、少しあちこち移動。一軒のレストランに行き着く。 予約無しで行ったので、大丈夫かな?と思ったが、中に空きがあったので、寒空の昼食は避けれた。 さて、例のごとくメニューとの戦い。今回は、emi さんがいるので、問題なし。テキパキとおば様たちにメニューの内容を説明していただく。ピニョン氏は、わかる範囲でメニューを決め、おば様たちの無謀な戦いとは別のところでくつろぐ。 メニューも決まり、あとは談笑しながら食事を待つ。 楽しい会食もあっと言う間に過ぎる。ただ、版画家おば様が体調不良を訴える。オペラ近辺でお土産を買う予定があったため、ちゃちゃっと済ませることになる。 初めは、蜂蜜。これは、emi さんが良い蜂蜜屋さんを知っていたので、そこに行き、購入。味見もする。田舎のフランス語の先生の希望だ。食べてみたが、ふーん、って感じ。美味しかったかな?Y先生? そのあと、定番、ギャルリー・ラファイエットに行き、喫茶店経営のおばさまのお孫さんの服を見て廻る。版画家おば様は、一階のベンチでお休み。emi さんも、姪御さんの服を頼まれていたそうだが、希望がアニエスbだったそうで、残念ながら、店舗が入っていなかったようだ。 一通り買物が済むと、外は晴れ間が広がっていた。やっとかよ。 オペラの見学をしたかったのだが、版画家おば様の調子がすぐれない。よって断念。 メトロの駅まで案内してもらい、emi さんとお別れ。お疲れ様でした。ありがとうございます。ちなみに、emi さんのブログにも、今日のことが乗っかっているので、そちらもどうぞ。 ホテルに帰って一休み。もっとも、母とピニョン氏は、散歩に出かける。ピニョン氏の懐が寂しくなったから銀行に行きたかったのと、Ledru Rollin 側のモノプリに買物に行く為だ。それと、その帰りに、emi さんの勤め先である、モアザンの場所を確認したかったから。明日は朝のTGVでアヴィニヨンに行くので、朝からうろうろお店を探す時間が無いからだ。 途中、母は靴屋で靴を一足買う。そのあと、モノプリで水や果物を買う。 そのあと、母とぶらぶら歩きながら、お昼に emi さんから聞いたモアザンの場所を探す。幸い、すぐに見つかる。明日の朝一番に来る事にする。 19時半ぐらいに、近くの中華料理店へ。なかなかサンパなお店。もっとも、おば様たちの評価はイマイチ。味をフランス人向けに作っているから仕方が無いんだがね。しかし、それもフランスなんだから、そういうものだと思って食べてもらいたいものだ。 ホテルに帰り、早々に就寝。明日は、アヴィニヨンに行く。
2005年09月12日
Le dimanche, 11 septembre 2005 パリ2日目。天気は引き続き曇り。 ピニョン氏は、朝からリヨン駅に行ってパンを買う。朝食を食べてからでないと、お出かけできない人なのだ。 この日は、9時に朝食を取りにカフェに行く。昨日と違うカフェに行く。カフェの朝食の内容を見ていたら、後ろからいきなり見知らぬフランス人が話しかけてきた。このフランス人曰く、「カフェなんかで朝食を食べると高いよ!パンを買ってきて家でコーヒーを飲めば安く済む」と言う。それはそうだがと話す。それを聞いていたカフェのギャルソンは苦笑い。そのフランス人と別れた後、流石にそのカフェには入り辛かったので、隣のカフェへ。 10時前に今日の目的地、ルーヴル美術館へ。朝から、すでに人がたくさんいる。日曜日だから他に行く所が無いのだろう。かく言うピニョン氏ご一行様もそうなのだが。 チケットを4枚買いに行き、まずは、話題のモナ・リザさんから見ていくことになる。途中、サモトラケのニケの前で写真撮影。そのあと、モナ・リザへ。 おう、何だこの人だかりは!!折角なので、母と二人、一番前まで頑張って行く。その前を、まるで人など居ないかのように、無理やり体をねじ込むようにして進む中国人のおじさんがいた。周りの人が痛いと言っているのにお構いなし。さらにフラッシュをばしばしたいて写真を撮る。おいおい・・・。西洋人からすると、日本人も中国人も一緒なんだから、自制してくれよ。時々、彼等のような人のために、日本人まで軽蔑の目で見られているのではと思うときがある。全く・・・。 まぁ、それはそれとして、モナ・リザを見る。いつ見ても、小さい絵だな。 あとは、フランスの有名どころが並んだコーナーにおば様たちを案内。ピニョン氏の知る簡単な知識を母に伝えながら一通り見る。 そのあと、エジプト・コーナーを見たいと言うので、そちらに移動。たくさん展示物があるんだがねぇ。大丈夫かな? 初めのうちは感動していたおば様たち。しかし、次第に飽き始める。たくさん歩くので疲れるというのもあるんだろうが、最後の方は、「まだあるの?」という。だから、一杯あるって言ったのに。 ひとしきり見たので、お茶と軽い食事をと言うことになる。途中、新しく出来ていた宝物展示場?で、ルイ15世の王冠などを見る。すげぇな、これは。 カフェに着くと、案内されるまでちょっと待つ。一番奥のテーブルにつく。飲み物を聞いた後、食べ物は?と聞くと、適当にとのお答え。こっちもやけなので、本当に適当に頼んだ。しかし、あらかたの物が既に売り切れ。日曜日だねぇ。何とか食べれそうなものを頼む。 外に出る時に、ルーヴルの別館が2009年に出来るという案内が目に入る。へぇ。 子一時間座って休憩した後、次なる目的地、オルセー美術館へ。無謀だとは思ったのだが、他に行く所が無い。何せ、今日は日曜日なのだよ。 ぷらぷら歩きつつ、対岸にあるオルセーへ。外は以前曇り空で、時折雨もぱらつく始末。 以前来たときは、正面玄関を改装中だったため、横の出入り口から入ったのだが、今回は既に完成していた。ここも、ルーヴル同様、セキュリティ・チェックがある。前回着た時は、あまり時間が無かったので、今回はじっくり見て廻りたかったのだが、さて、どうなるやら。 以前より、ロマン主義以降の作品の知識がついているので、興味深く見れた。結論。やはり、モネは好きになれない。後期印象派も駄目だなぁ。母とぷらぷら見ながらあれやこれや話して廻る。しかし、日本人が多いな。 閉館ギリギリまでいた。最後は、座って待っているというおば様たちを置き去りにして、一回り。 オルセーを出ると、チュイルリー公園で一休み。おば様たち、かなりお疲れ気味。 リヨン駅に戻り、19時過ぎだったので、そのまま近くのレストランに入る。サーヴィス最悪、料理最悪。いいところ無しだった・・・。 ピニョン氏は、そこでおば様たちと別れ、T君たちと待ち合わせの場所へ行く。La chapelle というメトロの駅まで来いと言う。北駅の側だとか。あまり治安がよくないところでは?と思いつつ、出かける。 少し早めに着いた。降りて少々びびる。有色人種しかいない。まぁ、ピニョン氏もそうなんだが、アジア系を見ない。すごいところに来たなぁ。あははは。さらに、雨も降り出していた。 21時の約束時間にT君とAさん登場。あれこれ話す。そのあと、Kさんと彼氏のモロッコ人Y君登場。Y君が来るとは知らなかったので、ビックリ。向こうのビックリしていた。お互いに何でパリにいるのか知らなかったから。 さて、目的地のカレー屋さん。美味しそう。辛そう!匂いが違うよ。 あれこれ話しながら、カレーを食べる。うま辛い。普通なら汗だらだらなのに、汗があまり出ない。Y君曰く、「顔色悪いぞ」と言われる。それも日本語で。疲れていたらしい。 22時半過ぎぐらいだったか?お開き。Y君とは、モンペリエで再会を約す。 T君とAさんは同じ方向に帰るので、連れて帰ってもらう。途中まであれこれ話した後、お別れ。Aさんとは、多分、モンペリエで会えるはず。 ホテルに戻り、フロントと一悶着した後、部屋に行くも、母が出ない。ノックしても出ないので、もう一つの部屋で話しでもしているのかと思い、行って見るが、来てないと言われる。起こしてしまったようで、申し訳なかった。で、また自分の部屋に戻るが、ノックになかなか起きてくれない。やっとのことで起きてくれた。ふぅ。 シャワーも浴びずに寝る。さて、明日は、どんな日が待っているのだろう???
2005年09月11日
Le samedi, 10 septembre 2005 パリ観光第一日目。天気、曇り?? ピニョン氏は、朝食を食べてから出ないと出掛けられない人なので、一人パンを食べて出発。おば様たちは、カフェで朝食。注文をした後に、ピニョン氏は、駅でメトロの回数券を4組買う。売り場のお姉さんに再三、「Vous êtes sure?」と聞かれる。それはそうだわな。一人でそんなに一度に購入する人間はおらん。 そのあと、タバで携帯のプリペイドを購入。100ユーロ入れる。6ヶ月間の有効期限で50ユーロのおまけ付き。これ、知らなかったんだよな。いつも20とか30をチャージしていたので、勿体無い限り。 そのあと、おば様たちの待つカフェに戻り、しばらくして出発。予定していたポンピドゥー・センターは10時から開くそうなので、早朝に出てきた我々は、予定を一部変更。蚤の市に出かける。ヴァンヴの蚤の市だ。言ってしまえばガラクタ市なのだが、日本人多し。おば様たち、「Combien?」を覚える。ただ、数字が分らないので、あまり意味が無い。もっとも、向こうも心得たもの。英語で数字を言う。早速、荷物が増え始めたぞ・・・。 天気は益々悪くなり、お昼前には雨が降り出した。運悪く、誰も傘を持っていない。ピニョン氏はいつものバックなら、常時入れている折り畳み傘も、旅行中のバックには入れていなかったのだ。むぅ。よって、雨が少し弱くなったのを見計らい、ポンピドゥー・センターに移動。 雨も降るので、ポンピドゥー・センター内のカフェで昼食。途中、T君に連絡して、明日の晩に、カレー屋さんに行くことになる。 このセンターを見たいと言っている、版画をやっているおば様を残し、母ともう一人のおば様を連れ、小雨の降る中、センターの周りの教会やお店などを覗いて廻る。 約束の時間にセンターにおば様を迎えに行き、そろそろ雨も上がり始めた中、ピカソ美術館へ。見ている間に靴以外はほとんど乾く。ピニョン氏は、母と一緒にぷらぷら絵を見て廻る。フランス語の全く分らない母に、絵のタイトルを教えつつ見る。 意外と早く見れてしまったので、晴れ間が見え始めたパリをぶらぶらしながら(お店を覗きつつね)南下して、ノートルダムに向かう。この頃には、靴もだいぶ乾いた。 ノートルダムに着くと、尖塔に登るか、中を見るかをちょっと悩んだ後、中を見ることになる。ひと通り見た後、ミサが始まったので、しばらくミサに参加。お疲れ気味のおば様たちの休憩にはなったと思う。雰囲気も味わえたしね。 暗くなって来たので、これも、版画をやっているおば様のきぼうである、ナイト・クルージングをする為、有名な船、バトー・ムッシュに乗りに行く。初めは、夕食の後に乗ると言う話だったのだが、時間を確認しに船着場に着いた時、20時の船が出ると分った途端、乗ると言い出した。慌ててチケットを買い、駆け込み乗車。夕暮れを見つつ、セーヌ川のクルージング。途中、船上結婚式を見つつ、母に建物の説明やら、アナウンスで聞こえる範囲の情報を伝える。 最後の方は、一気に気温が下がり、風を切って走る船の上部にいた為、かなり寒い思いをする。 さて、船を下りてリヨン駅に戻ろう思っていたら、おば様たちが空腹を訴える。とりあえず、ちょっと移動してシャンゼリゼの方まで行き、レストランを探す。ピニョン氏は、正直言って、ここまで移動するなら、リヨン駅に戻って近場を探した方がいいと思っていたんだが、まぁ、仕方が無い。 で、目に付いた中華レストラン(いかにも高そうだった)に入る。寒かったので中に入りたかったが、一杯。外で食べることになる。メニューを見て、絶句。高いのだ。ムニュも頼めたものではない。チャーハンと焼きソバと餃子だったかな?ざっと単品を頼んで、飲み物も水。食べても、おば様たちは、文句のオンパレード。ピニョン氏は頭を抱えてしまった。とほほ。 ピニョン氏は、普段からレストランに行っているわけではなく、また、食事にあまり興味が無いため、レストランのメニューが読めない。かなり大変なのだ。フランスのメニューには、絵が無い。益々分らん。 とにかく、食事を終え、そそくさとホテルに戻る。初日から、ヘトヘトである。
2005年09月10日
Le vendredi, 9 septembre 2005 朝10時前のフライトで、パリに来る。ふへぇ。飛行機の旅は時間が掛かって困る。おば様たちは、お疲れ気味。ピニョン氏は、久々のフランスの空気に元気である。シャトルバスに乗って、リヨン駅に行き、近くのホテルに行く。しかし、リヨン駅までが大変だった。とにかく道が込んでおり、なかなか行き着かない。途中で、T君より電話あり。頼まれ物を渡す予定があるのだ。美味しいカレーを食べに行く予定。 何とかホテルにたどり着く。21時前だったか?とにかく着いたのだ。その後、軽く食事をってことで、リヨン駅のパン屋で飲み物とパンをしこたま買う。支払い、注文はすべてピニョン氏の役目。のっけからひいこら大変。みなさん、お任せだから。フランス語のほうは、意外と聴き取りも落ちてなく、ちょっとほっとする。 ホテルに帰って、パンを食べた後、速攻で寝る。明日から3日間、パリ観光。
2005年09月09日
Le jeudi, 8 septembre 2005 フランスに戻る為、実家から関西空港の側?のビジネス・ホテルに一泊する。今回は、母とその友人2人がいる為。明朝、フランスに飛ぶ。
2005年09月08日
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