ピキのソラ

ピキのソラ

ケイの回答w 「ろうと聴」


答えたいかなと思って…
遅くなったけどちょいとカキコw
まず…ケイの言いたいことをまとめつつ自分の意見を言うと…。

>学校教育でも口話法が優先され、
>手話が出来ない若いろう者が増えている現状。
>そして、日本手話のできる聾者が減り、日本語対応手話が主流。
>ろう文化がなくなっていくことが悲しいと思うろう者がいる。

う~ん。それは確かだね。
うちの大学でもやっぱ手話を知らないで入学してくるろう者は多いよ。

学校教育も常に「ろう者を聴者に近づける」ための教育をやってる。
口話教育もそれの一種になる。
でも、それってろう者の意見を踏みにじってると、うちは思ってる。

どういうことかといえば、
「ろう者を聴者に近づける」ための教育を優先していることで
ろう学校と地域の学校の学力の差が出る形になってる。
悪く言えば「人間に必要な知識」も教えないで「口話教育」を優先。
さらにはろう者の言語(手話)を奪うことで
「コミュニケーション」をも奪ってる。

結果的に聴者に近づけるんじゃなくて、
口話を身につけたろう者になってる…
口話が上手い人はいいけど、上手くない人はどう
コミュニケーションとっていくんやろうって思う。

>そのろう者に「ろうと聴に壁があるのは嫌!」と言った答えが、
>「壁がないと文化がなくなってしまう!日本の文化が外国文化と混ざって減>っているの嫌でしょ?それと同じだよ。だから仕方ない。」だった。
>オレは納得できません。

うちは正直なところ「ろうと聴」の壁って無くせないと思う。
でも、お互いの「文化を理解する」必要はあると思う。

さっき言った様にろう者が聴者になるのも完璧には難しいし、
かといって聴者がろう者になれって言うのも
完璧までは難しいところがある。

「壁」作る必要があるというわけではないからね。
本当お互いにちゃんと要望を理解して、
しかもお互いの文化も尊重する必要があると思う。
してないから聴者はろう者は聴者に近づけるなんて方法を持ち出すし、
ろう者は聴者はなんも分かろうともしない!なんていう始末な気がする。

うちは壁を取り壊すのは無理だとしても、
お互いの文化を尊重して、手を組むことは絶対出来ると思うよ。

>それからその女性、補聴器を自ら使用していません。
>ピキの書いたやつ読んでて思ったけど、
>手話ができるなら補聴器つけないのも手段の一つだと思っちゃった。
>使いづらいのなら必要ないんじゃないかって思っちゃう。

ん~…うちの今悩んでるとこですな。苦笑

最近はね、うちの大学のサークル(聴覚障害者問題研究会)
では補聴器とるようにはなってきたんよ。

でも基本的には外に出るときとかはつける。
やっぱり車のクラクションとか、誰かが突然うしろから呼んだり、
まだ手話というものからかけ離れる友人とかの
コミュニケーションとして使うしね。

これは人によるけどうちは補聴器が使いづらいとは思わない。
ひとつのコミュニケーション法。
でもとって、手話だけの方が楽っちゃ楽です。
うぬ。そんな感じ。
補聴器がないと不安になる人。あるのがうざい人
いろんな人がいるから、単にどれも悪いとはいえないな。

えっと…長くなったw

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