piled timber

京都へ


 上司の山口の問いかけに、
「女もいないのに予定なんて有る訳無いっしょ」
「じゃあ決まりな」
 僕の簡単な答に、ゴールデンウィーク中に山口の部屋での宴会する事があっさり決まった。
「俺達だけなんすか」
「馬鹿、若い女も何人か来るに決まっているだろ」
「本当すか」
「ああ、ただし店の女だけどな」
 なんて事は無い、山口の担当の女の子達の謝恩も兼ねていたのだ。僕はていのいい小間使いだった。

 みんなで散々食い散らかして、やっと部屋の片づけも終えたと思ったら今度は女達が口々にこれで解散じゃつまんない。ボーリングに行こうと言うので、僕らは全員で歌舞伎町へと向かった。もっとも皆はタクシーだったけど僕はバイクで向かった。
 五月に入って肌寒い日が続いていたのだが、その晩は幾分暖かな日だった。僕はバイクで歌舞伎町へと走っている途中で、
「このまま京都まで行こうかな。この気候なら十分に行けるな」
 そう考えると、待ち合わせの場所で皆がそろった後で、
「すいません。俺このまま京都に行きますんでボーリングはパスです」
「じゃあ」
 そう告げるとバイクに乗って走りだした。西武新宿の時計の針が午前一時半を示していた。
 京都に行って誰かと会うわけでも無かった。ただあの娘が産まれて育った街が見てみたかった。そして、俺の子供が眠る待ちを一目見たかったそれだけだった。

 甲州街道から環八に出て第三京浜、そして横浜新道と向かう事にして車の少なくなった甲州街道を飛ばしていた。すんなりと行ったのは横浜新道から、セイショウバイパスを抜けて小田原辺りまでだろうか。最初から東名高速は使う予定にしていなかったので箱根を抜ける事に決めていたのだが、ここが結構怖かった。というのも今で言うローリング族が夜中の箱根を駆けめぐり対向車線にはみ出ながら走っていたのだ。
 街灯の少ない闇に包まれた箱根の山道を、車の爆音が近づく度にバイクを路肩に寄せて通り過ぎるのを待っては再び走り出す。そんな事を繰り返しながら箱根を登りそして下りる頃には辺りはしらみ始めていた。

 箱根を下りたとはいえ、着の身着のままで出発した僕には地図さえ無かった。従って、たぶんこの方向で良いだろうという大きな街を目印にして国道を選んで走る事にした。取り敢えずの目的地は「名古屋」だった。
 市街地を走る道なら安全だろうという僕の甘い考えはすぐにうち消さなくてはならなかった。早朝の市街地を飛ばすトラックの恐怖は安全帯の無い道では恐怖の対象でしか無かった。だって逃げ道が無かったのだから。そして恐怖は二時間近くも続いた。

 たぶん静岡の辺りだろう一般道とは別にバイパスと名付けられた道を見つけ僕は逃げるようにバイパスへと入った。確かに山の中を延々と走ったのだが、道幅は広いし二車線あったので僕はやっとトラックの恐怖から解放された。しかし、トラックの恐怖から解放されたと思ったら今度は睡魔との戦いだった。僕は車の少ない二車線一杯を使って右へ左へふらふらとしながら走り続けた。
 そして、名古屋へ入った頃、僕を睡魔から救ってくれたのは照りつける太陽だった。

 水分補強と軽い食事の為、一時休憩をしたものの僕は走り続けた。しかし一般道を走っていては、今日中に京都に着けるかどうか判らない。僕はここで予定を変更して、東名高速へ上がる事にした。名古屋で思い出すのは国道沿いにあったパチンコ屋の巨大な看板とその店の名前だった「金玉」と大きく黄金色のイルミネーションにはこれが名古屋のセンスかなとびっくりした。当然「きんぎょく」と読むのだろう。

 日は西日に傾きつつあった。高速道路を走ったおかげで僕は京都には夕方の三時位には着くことが出来た。しかしここがゴールでは無かった。一旦は京都の町中に降り立ったのだけれど、本屋で地図を立ち読みすると天橋立まではまだ百数十キロもあったのだ。僕は大体の進むべき方向に見当をつけるとまたバイクに乗って走りだした。
 十数時間バイクに乗り続けているのだ尻の痛くならない訳が無い。落ちそうになる夕日に背を向けて僕は天野橋立に向かって走り続けた。道路標識に表示されている「天橋立後○○km」という表示を頼りに僕は走り続けた。そして後10kmを切ったところで大きなトンネルがあった。

 トンネルを抜けると眼下に広がるのは薄闇に包まれかかっている目指す街だった。僕はようやく目的地に着いたのだ。取り敢えず手近のパーキングで一休みした僕は、町中を目指した。
 別になんていう事の無い小さな街だった。ほんの4.5分も走ると通り抜けてしまうそんな街だった。僕は街を通り過ぎ湖の畔のパーキングで向きを変えるとまた来た道を戻った。この街で彼女は産まれ育ち、そして傷つき今この街に帰って来ている。
 そして、僕は今この街に来ているけれども、彼女に会う事も、子供に線香をあげてやる事も出来ない。どんなにアクセルを開けていないつもりでも街はすぐに駆け抜けてしまった。

 僕はトンネルの手前でバイクを止めた。振り返って街を眺めると、下から風が吹き上げて来る。この風の向こうのどこかに彼女がいて、そして子供が眠る場所がある。僕は再びこの街を訪れる事があるのだろうか。そしていつかは墓参りを出来る日が来るのだろうか。そう考えると胸がしめつけられた。
 僕はタバコに火を着けると、街を見下ろしながら線香のように土に立てた。風にタバコの煙が舞っている。僕は暗くなった道を京都に向けて走りだした。

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