★☆PINKとゆかいな仲間たち☆★

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Laumingの幼少時代。



最近になって、ママが
「Lauming、リボン結びできないの?」
「Laumingの箸の持ち方違うくない?」
なんてことを言ってきた。

私ははっきりいってリボン結びが出来ない。
自分ではリボン結びをしたつもりでも
必ずといっていいほど縦結びになる。

箸の使い方は自分ではこうでいいんだと納得して
今までやってきた。
だから、他の人に違うよと言われるのは
あまり好きではない。

最終的なママの口癖は
「アンタに教えなかったけ?
教えたと思ってたけどね~。」

私は小さい頃、
あまり親と遊んだ記憶があまりない。

確かに家族みんなで旅行をするということはあったし、
今もするけれど、
普段の生活の中で私が小さいときに
親と遊んだという記憶ははっきり言ってないに近い。

うちの親は自営業で夜に飲食店をしているから
物心ついた頃からずっと親は夜、大抵うちにはおらず、
店は家と同じ建物の中にあるようなものだけど
うちに帰ってくるのは深夜近くになってからである。

上の兄弟はそんなことはなかったけど、
末っ子の私の場合は
生まれてからというもの店が少し忙しくなり、
私は1歳ころから深夜まで預けることが出来る
託児所みたいなところに預けられたりした。

幼稚園に入る歳ごろになると
私は幼稚園ではなく保育所(保育園って言うのかな?
幼稚園と違って夕方過ぎまで預けることが出来るところ)
に通うようになった。
(まぁ、最近は保育園に通う子も多いみたいね。)

毎朝、父の運転する車で保育所に行き、
保育所で遊んで、絵本読んで、お昼寝をして、
夕方4時過ぎ、他のお友達みんなが帰る時間、
私はまだ帰れない。
まだ親が迎えに来れないからから。

お友達が帰った後は
先生何人かと私だけだったので、
そこで先生に肩もみをしてあげたり、
先生の机に紐を3本垂らしてもらって
三つ編みのやり方を教えてもらったりしていた。

6時近くになってやっと私にもお迎えが来る。
でも、親が迎えに来ることはほとんど少なく、
店の従業員のおばさんが迎えに来ることがしばしば。

でも、おばさんが迎えに来てくれるのは
まだいい方だった。
誰も迎えに来れないときは、うちから電話が来て
保育所からタクシーで帰ったこともある。
最初から迎えに来れないとわかっている日は
みんなが帰る時間に一人でうちまで
トボトボ帰ったこともある。

夜にうちで何をやって過ごしていたかは
まったく不明である。(笑)

お風呂はお兄ちゃんと入ることが多かった。
夜、私を寝かしつけてくれるのは
たまに迎えに来てくれるおばさん。

我ながらいまいち、しっくりこない幼少時代である。
ただ覚えているのは親がたくさんのぬいぐるみを
私に買い与えていたこと。

でも、よく自分は問題児になったり、
(ある意味、問題児だけど・・・)
最近はやりの(?)引きこもりにならなかったなぁ~
と思う。

将来、自分の子どもには寂しい思いだけは
して欲しくないし、させたくないと思う。
子どもには甘やかさない程度の愛情が必要だと
思う。私的には。

う~ん、今日の日記もいまいち内容が
硬かったかな?
ごめん、ごめん。ぺこり。m(_ _)m

たぶん、明日は楽しいのが書けると思うんだけど・・・。

Love and Peace!


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