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熊野古道 習作
『神、そらに知ろしめす』 とは、
ブラウニングの詩の一節(海潮音/上田敏 訳) であるが、
まさしく欧米人にとって、神は空より人を見守る存在なのであろう。
しかし、大和民族にしてみれば、神のおわす道の草木、石の階段の其処此処に
その神意が潜み、神の座へ近寄ろうとする善人男女を優しく見守るのかも
しれない。人によっては、底知れない不気味さに包まれて、恐怖するかもしれない。
或いは、余りのスピリッツの洪水に畏怖を感じる方も居るかもしれない。
何れであろうとも、神性とは人をして自然と居住まいを正させる大気が
たちこめた場所である。
題材は那智大社にある大門坂近辺であるが、そんな神意のイメージを
先入観によるものだろうが、原始への単純な畏怖であろうが、
心の内に囁きかける無言の戒めを感じ取ることだろう。
どんな大げさな遺産として指名されようが、
個人的な思いでは、返上して欲しい気がする。
何故なら、清涼飲料水の空のペットボトルや、空き缶が増える気が
するからだ。 心無い阿、呆門者による阿呆な行為で神意は去る。
あ、ほんでね、これ自体は只の習作ですから、習作。
たまには油絵風で描きたかっただけですのん。
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さて後は、大きな休憩を挟むことなく、一気に阿波まで上るだけである。
しかし、二つの難局を切り抜けた私であるが、最後の難局が残っている。
県境を四国山脈の残り滓のような尻尾が県境を塞いでいるのだ。
往路では、それほど苦しいと思わなかった。
長い下りの快調さを味わっている最中に、一瞬、帰路の時の困難さが掠めたが、
その時には、これから走破する楽しみと期待が高く、意識の外に追い出していた。
壁が目前に迫るまでは考えもしたくないという、典型的な怠け者の性向として、
私もその例に洩れることなく、その徴候を現し始めていた。
四国の凹み部分の端から端へと辿りつくと、川之江となるが
伊予三島も含めて、いつの間にやら 【四国中央市】 という市が
出来上がっているのに気が付いた。 ♪~びっくらこいた、びっくらこいた~♪
三県の県境に接している位置であり、四国のほぼ中間地帯にあるという理由で言えば、
確かに四国の中央にある市 だからという理由に拠る命名。
実に簡潔明瞭な命名である。すぼめた唇の間から、ふふっと笑いがこぼれそうな程、
安易且つ、想像力の存在を感じさせない位、直接的な命名である。
ほんの数年前の市町村合併の結果である。
『【虫来ナーズ】という安易な名前で売れています』という虫除け剤のCMが
ラジオで流れているが、同じように、「ああ、あの市かあ!」と知名度を
向上できればよいのだが・・・・
その 【現、四国中央市】 から、
国道11号線 は観音寺を経由して北の高松へ向かい、
阿波 には 国道192号線 が向かう。
四国山脈の外れの山裾を登っているのだ。
たら~り、 たらり と、気だるげなペダル漕ぎの素振りには、
あの有名な ツール・ド・ぉフランス の颯爽とした選手の走り振りとは懸け離れて、
それはそれは、のたくりながら地を這う メメズ のように、
不細工極まりない仕儀であった。
私のようにスタイルも顔も良い男
が見せるザマではなかった。
先ほどのカレーと一緒に摂った水分だけ雲散霧消し、舌を上口蓋に
接着させ、カレー味だけが口の中から湧き出てくるのだ。
自然と口からの酸素取り入れに頼り、鼻から呼吸することを忘れているから
余計に口の中が乾く。 鰓呼吸 も出来ればと願うほどである。
残る距離の走破のためにスタミナを残しておく必要があるのだ。
男前でも 、恥を忍び、鯉のような口か、アマゾンの半魚人のような
ぶっ細工な表情も甘んじて衆人に晒す他無いのだ、・・・・ あは、あははは。
こうなると 、♪~サイクリング、サイクリング、Yahoo、Yahoo~♪
などと歌っていられなくなる、ひたすら続く苦難の登り。
いにしえの同行二人とは、ここを歩いたのだと思うと、泣き言は言えない。
ましてや、 近年の女子小学生の南米縦断のツアー など見聞きすると、
♪~びっくらこいた、びっくらこいた~♪ (気に入っている)
現在は 【境目トンネル】 という県境を貫通しているが、峠を越えるには
6~7kmもつづら折りの寂しい登り坂を尻を高々と上げて、標高400mまで
立ち漕ぎしながら登らなければならなかった。トンネルが完成したのは
これから3年後だったのだ。 悔しいーです。
【境目トンネル】 これも【虫来ナーズ】と同じ......
そのままやん!!
これで完結なのに、生臭さ記事が多過ぎて… 2009.04.19 コメント(13)
酩酊し、泥酔し、漂泊する政治 2009.03.15 コメント(16)
それでも私は帰ってくるのよ 2009.02.10 コメント(14)