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澤元先生の「三木成夫解剖学」の最終回分の補講を受けてきました♪
◆講義の様子
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「内臓に心が宿る」とはどういうことなのか?交感神経と副交感神経の発生を元に三木先生の考えについて学んでまいりました。
自分のまとめのために書こうと思ったのに、自分の言葉になるほど理解できてないみたい。。。
簡単に言うと、これらの神経、特に交感神経を発達させることにより、動物は「交感性」の獲得をしました。(交感性って英語の方がわかりやすいかな。"sympathic"です。)三木先生の言葉を使うと「近感覚性」ということになるんだけど、これは、自分が自分であるということを感じられるということで、身近な言葉でいうと「自我的なものを身につけた」ってことになります。
「近感覚性」の対になるのが、「遠観得性」という言葉なんですが、これは、宇宙のリズムや生命のリズムを感じ取る力のことを指します。こっちは、植物も持っているもので、動物でも植物性器官(勝手に生命活動を営んでるような部分)に宿っている力のことです。
三木先生は、その「遠観得性」の象徴を心臓の拍動(リズム)であるとし、心は心臓に宿っているといわれる所以だと言っています。逆に動物性器官の中心は脳であり、こちらは「近感覚性」の象徴ともいえるわけです。自我は脳が生み出している、みたいな感じでしょうか。。。
心臓=心・感情(Seele ゼーレ)
脳=精神(Geist ガイスト)
三木先生のこうした考え方に影響を与えているのは、Klagesクラーゲスだといわれているのですが、彼は、父権社会と母権社会について言及しているんですよね。
父権社会=Geist=一神教
母権社会=Seele=多神教
こうしてみると、左脳:右脳とかアニムス:アニマとかいう構図も浮かんできます。澤元先生は、正統医学:民間療法も似たような構図だとおっしゃってました。こういう話は、なんか面白くってワクワクします
こんな感じで、SeeleがGeistに侵されていく(?)流れを学んだわけですが、結局のところ、どっちが善いとか悪いではなく、それぞれのバランスが大切なんだということですね。だって、自我がなくなっちゃったら「自分」がいなくなってしまうわけで。。。
「自我」そのものも、観念が創り上げたものなんだろうけど、それとわかって、「自分」でいることを楽しむの素敵なのではないかということでいつだって「ひとつ」ではあるわけだから、「自分(自ら分かれている)」という幻想の中で遊んだっていいかなーみたいな。。。
ちなみに講義のテキストはこちら。なかなかに難しいけど、面白いです
興味ある人は是非♪
ヒトのからだ
1997 うぶすな書院 三木 成夫
生命形態学序説
1992 うぶすな書院 三木 成夫
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今朝の雨のおかげで学校の玄関ですっ転びました
なぜか、Arn.を家においてきてしまっていて、仕方ないのでAcon.とMag-p.だけ飲んでおいたんですが...。
帰宅してタイツを脱いでみたら、膝頭に直径7cm位の青アザができ、ぷっくりと腫れてしまっていました~。で、Arn.を飲み、傷ができていなかったのでロンドンで調達したアーニカクリームを塗っておきました(傷の上にアーニカ原物質は炎症を強めてしまうことがあります)。その結果、ビックリするほどに痛みは引き、腫れも治まりました!
とにかくアーニカとはよく言ったものだな~、と毎度感心します
姉妹 2009.05.26
毒を持って毒を制す 2009.05.14
ホメオパシーレメディ格安で出品! 2009.04.20