めだまやき                    ***fried sunny-side up***

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その後のベニスビーチ



と、思った。



週末、ビーチでサーフィンをしたり、スケートしたり、ゆっくりと時間を過ごしたい人が

わらわらと集まって、自然に話すようになった という雰囲気だということは

私も感じ取っていたので、行けば受け入れてくれるし、行かなくなればそのままサヨウナラ てなトコロだった。

今まで受身がちだった私だったが、好きで来たアメリカ。

毎日を後悔なく過ごしたかったので、行くことにした。




そこのビーチにはたくさん思い出がある。


初めて野生のイルカを、きらきら光る遠い水面に見たのもここ。

初めて野生のイソギンチャクを触ったのもここ。

初めてビーチの「ドラムサークル」という人たちの太鼓の音に合わせて踊ったのもここ。

初めて教えられて器械体操をしたのもここ。



そして、ある初秋、ビーチ仲間の一人アレックスが、来週ホームパーティーを開こうと言い出した。

彼らはたびたびパーティーをしていて、中でもアレックスはパーティー好きだった。

いいなぁ。パーティーかぁ。 と思いながら、すごく集中して(いつものことだが)会話を聞いていた。

私にも声をかけてくれた。とてもうれしかった。



ポットラックスタイルなため、一人1,2品の持ち寄りだった。


ホストママのリンダに言って、キッチンを借りて、肉じゃがと漬物(渋すぎ?)を作って持っていった。


アレックスはきれいなアパートに一人住まい。

部屋の壁づたいにイルミネーションをつけて、雰囲気を演出していた。


先に来ていた、いつものメンバー。でもそこにはマシューの姿はなく、彼は来ないんだと思っていた。


ベトナム系アメリカンのロンがベトナム料理を作っていた。

メキシカンのホセは大の料理好き。

もちろん、メキシカンフードを持ってきた。

世界各国の料理が楽しめた。


パーティーはちょっと大人系。

アレックスとつながりのある知らない人たちも、わらわらやってきたかと思うと

わらわら帰りだす人もいて、何時になっても食べ物と人はいっぱいだった。

すると、マシューがやってきた。

こないと思っていたからうれしかったー。

「新しいタトゥーを入れたんだ」

と、ひじに花か何かの模様が・・・。

変だった。ないほうがよかった。


好き好きにおしゃべりを楽しむ感じのパーティーは23時ころお開き。




それからは変わりのない週末を一人ベニスへ行きみんなと過ごしていた。


学校の友達はいたけど、週末はベニスの仲間と過ごすのが私の日課になっていたからだ。


もちろん、スタバへも行っていた。


ちょうどビリーは新しく着任したマネージャーと折が合わなく、

クリスマスも近いということで、ニューヨークに帰ると言い出した。



彼はもともとその年の春に、リュックひとつで長距離バスに乗りNYからLAへやってきた。

まず、仕事を見つけ、仕事仲間のアパートでシェアして住むようになり、

LAで働きながら暮らしていたのだった。

本職はあるが、休職して写真を勉強に学校に行くとかなんとか。



また一人私から友達が去っていく・・・

それを聞いたときそう思って、寂しかった。


クリスマスにNYに着くよう帰ると行っていたので、

ちょうど年越しをNYのタイムズスクエア前で過ごしたかった私には、あるアイディアが浮かび、

彼に年末年始にあなたを頼ってNYへ行ってもいいか聞いた。


快くOK。

寂しさが楽しみに変わった。



ビリーのNY帰りが近づくにつれ、私たちはひんぱんに遊んだりショッピングへ行ったりするようになった。





クリスマスが近づいたある週末。

今度はホセの家でクリスマスパーティーを開くことになった。


みんな一人暮らしをしていたり、親が異国にいたりで、静かなクリスマスになりがち。

せっかくだからみんなで過ごそうてな形。


私も誘ってくれた。

今回もポットラック。

さすがにクリスマスにキッチンは借りにくかったので、私はワインを持っていった。

映画を見て、おしゃべりして、ご飯を食べて、静かに過ごした。

今回は、本当に身内だけ(?)に声をかけたらしく、それを聞いたときうれしかった。


ビーチではいろいろおかしいこともあった。


21歳のダニーと30代後半のロンは仲良し。

砂浜で輪になっていると、二人はよく砂のかけっこをして

挙句の果てには、それが原因で逃げて追いかけてつかまえてレスリング。

おまいらは子供かよー てな場面がよくあった。


突き抜けるような青空のベニスビーチで、

ふと隣を見ると、真剣な表情で話し込んでいるアレックスにダニーに他数名。

ボブ(ホセの同居人)に「みんなは何を話し込んでいるの?」と聞くと

ボブ「ブラックホールについて話している。何でまたブラックホールの話題になんか・・・」

うん、妙に納得。青空のビーチでブラックホールの話。なんだかおかしかった。


高いものでビルの2階ぶんはあるだろう吊り輪の骨組み。

みんなで写真撮影のために、そこへするする登って各自ポーズ。

高さ5.6メートルの骨組みに総勢10名はいる姿がすごくおかしかった。


コンクリの低いフェンスは私たちのベンチや、遠くを見るための絶好の台がわりだった。

よく不意をついてみんなで砂浜へ落としあったものだった。


こういうたわいもない事が、心の底から楽しかったし、みんなが楽しんでいた。

日本でずーっと社会人やっていて、もう忘れていた楽しみ方だった。





別れは突然やってくるもの。


帰国まであと2ヶ月となり、日に日に寂しい気分になっていた私の元に、

妹から、両親離婚の危機メールが届いた。

心配して母に電話をかけると、かなり思いつめた様子で気丈な母が私に帰ってきて欲しいという。

突然のことに戸惑ったけど、今まで好きにさせてくれ育ててくれた両親。

私が役に立てることがあるなら、家族を支えなきゃ と思い帰国を切り上げた。


それから5日後に飛行機の予約が取れた。

その5日間は大忙し。あっちの友達、こっちの友達。一緒にランチやディナー食べたり、前からの約束だった街へ出かけたり。

ホストファミリーとも過ごしたかったし、帰国の手続きもしなきゃいけない。

ボランティア先にも行かなきゃ行けないし、もちろんビーチのみんなとも突然やってきた最後の週末を楽しく過ごしたい。



土曜日:快晴(=みんなの集まりも好調)


帰国の話をした。


ホセ「何で両親の離婚に君が帰るんだい?」

わし「両親が心配なの」

ホセ「君が帰ったら両親の離婚(の歯止め)に何か影響がでてくるのかい?」

わし「それはわからないわ」

ホセ「君が日本に帰りたいのかい?それとも帰ってこいと言われたのかい?」

わし「・・・・・・・・・・私が帰りたい」



最後のホセの質問にはとても葛藤した。

もちろん帰りたくないけど、両親が心配だった。

どんな理由があったにしろ、「帰らなきゃ」と思うからそう決めたんだ。



それからしばらくは、ホセにアレックスにボブが

私の「帰国の理由」について討論していた。

真剣に討論している彼らの姿が、寂しいながらも嬉しく感じた。


一人一人に帰国のお知らせをして、一緒に写真をとった。

この日、ずっと前から話があったビーチバレーができた。

バレーボールを持っている人が、それをビーチへ持ってきたのだ。

すごく楽しかった。最後に遊べてよかったって思った。


冬になるとマシューはサーフィンに没頭するようになり、あまり器械体操へ来なくなった。

この日も来ていなかったが、私の帰り際、道でこれからサーフィンに行くマシューに会った。

最後にお別れを言えてよかった。





日曜日:くもり (=人の集まりイマイチ)


肌寒くて日中でもトレーナーが必要なくらい。

みんな器械体操もすることなく、輪になってだべっていた。

夕方になり、そろそろ帰ろうかって雰囲気。

どんなに天気が悪くても、だいたいいつものメンバーは現れる。

最後にみんなからハグと暖かいメッセージをもらって、別れた。


みんながくれる、ひとつひとつの暖かい言葉に、うまく英語で返せなかった自分がもどかしかった。


それがみんなと会った最後だった。




2003年2月の終わり。



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