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今日は、早いもので結婚1周年記念日!♪(・∀・)(1st Anniversaryなのでした。)生憎、ダンナは夜勤。結婚記念日を21日と覚え間違いして休みを予約できなかったのだった。(1年目にして記念日を忘れるなんて。。一体。σ( ̄∇ ̄;))しかし、昼間は自宅にいるのでお祝いディナーは出勤前に決行した。レストランに行くのではなく、ダンナがすき焼きを作ったのだ。(すき焼きを堪能中のダンナ)ありがたいことに今日までに親戚やダンナの両親、友人たちからお祝いのカードが届いた。それらを窓際に飾った。ダンナ母からもらった白い花のコンテナも飾った。なかなかいい感じにテーブルセッティングも完了♪母がダンナのバースデープレゼントにくれた英語で書かれた日本料理のレシピ本を参考に調理した。恥ずかしながら、私も詳しいすき焼きの作りかたを知らなかったので、本を見ながら、ダンナを手伝った。イギリスですき焼きなどに使う薄切りのサーロイン牛肉を入手するのは難しい。肉屋で薄切りにしてもらうしかない。(割高である。)今回は予算の関係で、少し節約し、(給料日2日前なり。。)スーパーで牛ヒレ肉の塊(5ポンド:約1000円)を買い、ダンナが薄く切った肉を使った。味はまずまずだったが、肉が調理されると固めに変化したので、今ひとつ。。(イギリスでは薄切り肉の需要があまりない。基本的に固めの歯ごたえある分厚い牛肉が好みの人が多いようだから、入手困難なのかな。しゃぶしゃぶも恋しい。。(T_T))ちなみに豆腐や餅のような歯ごたえの鈍いものは嫌いなイギリス人が多いようだ。ちなみにうちのダンナも嫌い。( ̄。 ̄)そしてメインのすき焼きの後は、昨年使ったウエディングケーキを食べた。(これは、結婚記念日の恒例らしい。)こちらのウエディングケーキは、お酒のきいたドライフルーツ入りのスポンジに外側はアイシングのコートされた長期保存可能なケーキなのだ。リッチすぎてほんの少しの塊で十分と言う感じ。さて、1years oldのケーキの毒見、いや味見。σ( ̄∇ ̄;)恐る、恐る食べてみると味はほとんど変化がないから驚きだ。しかし、来年以降、私たちと共に歳を重ねていくこのケーキ、どうなっていることやら。。どのくらいの年数に耐えうるものなんだろうか?今度、ダンナ母に聞いてみよう。。笑(↑これが1年もののケーキ)1st Anniversary の記念の品にハート型のロケットペンダント(ちょっと懐かしい代物!?)をダンナからもらった。表面には小さいけれどダイヤが1石。 "ありがとう!ダンナ。。"こうして、出勤前のささやかな1st Anniversary だったけれど、いい思い出になった。夜、北の空に輝く接近中の火星(多分、火星!?)を一人眺めた。
2003年08月27日
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母は専業主婦でいたことはなかった。いつも何らかの仕事に就いて生活に追われていた。私の幼い頃、わが家の家計は赤字で母の就業を余儀なくされた。なので物心ついた頃から私や妹たちは、かぎっ子だった。母は、仕事と家事に忙しく、自分の趣味に没頭する時間などなかった。私たちが成長すると共働きの必要もなくなったが、自ら働く楽しみを見出し、「老後のたしに。。」と言って働くことを続けていた母。10年前の5月末に通勤途上で交通事故に遭った父は、突然あっけなく他界してしまった。そして数年後、身辺が落ち着いた頃、母は趣味をもつようになった。社交ダンスを始めたのもこの頃のことだ。母は、いつか映画「Shall we dance?」で見たBlackpoolへ行きたいとよく言っていた。そして今回の渡英で現実のものとなった。★----★----★----★----★----★----★----★----★---★エリックさんと待ち合わせの午前11時少し前、Blackpoolタワー正面で彼を3人で待った。母は落ち着かない様子。と、エリックさんが向こうから歩いてきた。「やあ、こんにちは。」とエリックさん。母が慌てて「Hello!」と言った。昨日、Blackpoolタワーに入場しているので今日の入場は割引がきくシステム。私たちは、ダンスは踊れないのでタワーの入り口に午後三時に待ち合わせということにして母とエリックさん二人でデートをしてもらうことにした。母が心配な顔で「そんな。。私、英語分からないわよ。どうしましょう。 (;△゜;)」と言った。 私は、「何か困ったことあったら私の携帯電話に電話して。それとこれを貸すから。」と言い、電子辞書を母に渡し、使い方を説明した。コミュニケーション等、少し心配だけど、デートを楽しんでもらおうと粋なはからい?をした。母は少しすると、肝が据わった様子で「分かったわ。じゃあ、3時ね。」と言った。こうしてダンナと私はエリックさんと母を見送った。このハネムーン初めての夫婦二人の散策となった。(やっとハネムーンらしくなってきた?)私たちは近くの水族館へ出かけた。水槽のトンネルや大きな水槽を見学した。入り口付近でジョーズをバックに驚いた表情の怪しい記念写真をカメラマンに撮られのだが、出口で購入したい者は買うシステムになっていた。(観光地によくあるシステム)怪しい記念写真だが、ハネムーンの記念につい、買った。笑ゲームセンターでゲームを楽しんだ後、道路沿いの簡易遊園地のある乗り物に乗ることにした。長い棒状の柱の先に2人乗りのゴンドラが付いていてそれが回転しながらバウンドする乗り物。見た目はそれほど怖そうではないので乗ってみようと思った。しかし、これが運のつき!?後悔することに。。バウンドする度にこめかみがもや~っとなるのだ。マジックカーペットとかバイキング系に乗ると起こる症状と同じだ。なんとか空を仰ぎながらバウンドのリズムに身を任せて大分慣れてきた矢先、今度は逆回転が始まってしまった。気持ち悪い。。。(~-_-)o“ピクピクッダンナに必死で訴えた。「乗り物のオペレーターの兄ちゃんに目で訴えたけど、彼、雑誌を読んでいてこっちを見てくれないんだよ。俺にはどうすることも出来ないよ。」とダンナ。「そんなぁ!兄さん、頼む。。。」と必死で手で合図を送る私であった。ダンナも合図を送ってくれようやくオペレーターの兄ちゃん、乗り物を止めてくれた。乗客は私たちだけで柵のまわりには、何人かの人たちが見ていた。乗り物を途中で止めて止めてくれなんて頼むのは私くらいかもしれない。恥ずかしかったが背に腹は変えられない。あのまま最後まで止まらなかったら、どうなっていたことか。。(白目をむいて気絶していた?恐ろしや。。σ( ̄∇ ̄;)苦笑)私たちが降りた後、小学生の兄弟が楽しそうに奇声を上げていた。むむ。。ダンナは爆笑。。とほほ。。そうこうしている内に母たちとの待ち合わせの時間が近くなって来たのでBlackpoolタワーに向かった。母たちのデートはどうなったことやら?と、母たちは既に入り口付近で待っていた。「あ、来た来た!ここよ。」と母。近くの喫茶店でみんなでお茶をすることになった。母のデートの様子を聞いた。母とエリックさんは電子辞書を駆使し、なんとか会話が成り立ったらしい。エリックさんは自分の趣味や職業などタイプして母に教えてくれたそうだ。ホールで踊っていたカップルとも打ち解け、一緒にランチをとったり、みんなで踊ったりして楽しい時を過ごしたらしい。エリックさんが「いやあ、ホールで踊っていたみなさんがお母さんのことをエレガントだと言っていたよ。僕もそう思うね。本当にダンスがお上手ですよ。」と言った。母に訳すと「あら、お世辞でしょ。ふふふ。」と言った。エリック「キミのお母さん、ダンスに休憩の合間、合間に飲み物を勧めたけど、Yes,Noが分かりにくかったんだよ。日本では首の振り方、逆なのかな?」私「いや、同じですよ。」多分、母は混乱していたのかな?かわいい!?素敵な時間を過ごしたようでよかった。エリックさんと別れ際に母と記念の2ショット写真を撮った。エリックさんが母の手をとってダンスを踊るポーズ。(なかなかきまっていましたよ。。)エリックさんとE-mailアドレスを交換して別れた。母が別れ際に手にキスされて照れていた。(こんな母の表情、初めて見た。)楽しかったBlackpoolの思い出を胸に車は一路、次の目的地、湖水地方へと向かった。水平線に映る夕日がきれいだった。(つづく)
2003年08月26日
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朝、一本の電話がかかってきた。ダンナはオフ日の初日。ダンナは寝ぼけ声で電話に出た。相手はシステムキッチンの会社の営業マン。次のような会話が展開した。(ダンナ談)営業マン「おめでとうございます。コンピューターに無作為に住所をかけたところ、あなたのお宅が見事、選ばれました。お好みのキッチンを無料で提供させていただきます。またわが社の雑誌にも載ります。それで説明と計測に本日伺いたいのですが。所要の時間は2時間くらいです。何時ごろがご都合よろしいですか?」ダンナ「え、そうですか。う~ん、午後2時前後かな。」営業マン「では、2時お伺いします。」ダンナから話しの概略を聞いて「怪しい!」と思った。話しがうま過ぎる。 (;△゜;)ダンナは、幸いにも執拗なセールスマンの被害に遭ったことがないらしく、はなから疑ってかかることはしない。ダンナがキッチンの掃除を始めた。そしてセールスマンが約束の2時にやって来た。(身体の大きくお腹のポコッと出たおじさんだった。)医者のような横幅のあるかばんと図面入れを持参していた。話しが始まるのかと思いきやいきなり、キッチンの計測が始まった。計測が終わると、「キッチンに対してどのようなことを望まれていますか?現在のキッチンの不満点は?」と営業マンは言った。私「収納ですね。それと作業スペースが小さいことです。」ダンナ「小さいシンクがもう一つ欲しいね。」営「なるほど。( ̄。 ̄)」私「この冷蔵庫の横の空間がダッドスペースで、収納が欲しいと考えていました。」次に彼はリビングに座り、机上で計測した資料を元に図面を描き始めた。図面を描きながら、ダンナの職業や趣味など一般的なことを聞いた。それから私のことも。私が日本人だと言うと、盆栽の話をしていた。(日本のイメージって一体。。!?)話しの角々に適度にお世辞を(セールスマンのお約束!)交えながら、図面は完成した。営「これがお客様の意見を元に描いたニューキッチンです。」見ると、シンクが大小、二つ、冷蔵庫の横に収納の棚、向かい側に電子レンジの棚、新しいクッカー。換気扇(現在、換気扇がないのだ。)下の収納に引き出し式の収納棚。収納棚のドアにパイン材。収納式のゴミ箱。作業スペースも既存より広めにとってあった。機能的に問題ないが、本当にすべて無料なのだろうか?そんなうまい話しなど裏があるに決まっている。が、質問する間もなく彼の話しは続く。「壁は爽やかな水色なので白っぽいパイン材がマッチすると思って収納棚のドアに選びました。お宅のキッチンの第一印象は。。ですね。このギャップがまず気になりました。(備え付けの収納棚と壁との隙間を指す。)わが社のシステムキッチンは質がよいもので素人計測とは違い、きちんとフィットします。それにこんなに丈夫ですよ。(デモ用のキッチンモデルの引き出しの上に乗って見せる。)80kgの体重の私が乗ってもほら、この通り!\(`〇´*)ふぅおほほほ。。。」自らの身体を張って必死の営業を続ける笑うセールスマン。そして気になるお値段と詳しい説明。見積もりによれば、正規の値段で8500ポンド(約1,615,000円)。しかし、ラッキー賞に選出された我が家は特別価格で5800ポンド(約1,102,000円)だという。このキッチン会社はショールームをもたず、かわりに顧客宅のキッチンをショールーム替りにしているという。施工したキッチンをこの会社の雑誌に載せ、客から要請があると施工宅にアポをとり公開するというシステム。まず、私たちがキッチン施工費を(分割払い可)払い、ショールームとして公開する。で、お客が気に入り晴れて、契約となったら契約毎に300ポンド、(約57,000円)キッチン会社からリベートが入るというしくみ。知り合いを紹介してもよいという。ほらね。。これだ。。ダンナはシェフなのでキッチンにこだわりがある。ダンナはまんざらでもない様子。(やばい。。 (;△゜;)営「我が会社のキッチンはハイクオリティーのものです。そこらのD.I.Y店の製品より数段上です。素人工事は最終的に失敗が多いものです。高価な趣味ですよね。(ξ^∇^ξ) フゥオホホホホホ。。損はさせませんよ。結果的に満足いくことをお約束致します。」私「私たちにはいろいろローンがあってキッチンまで手が回りません。それにこのフラットは長く住むつもりはありません。」営「お引越しをお考えならなお更、工事のチャンスですよ。キッチンを改造されたら、自宅の資産価値が上がりますよ。ローンがあるなら支払い開始時期を遅らせることだって出来ます。」次にはセールスマンの上司から電話攻撃。支払い方法について淡々と続く。私が「大きな買い物だから、今日、契約というワケにはいきません。明日連絡というのでは駄目ですか?」と言った。笑うセールスマンは粘り、どうしても今日、契約を取り付けたい意気込み。「では、100ポンドのdeposit(頭金)をお預かりして明日、どうされるか電話で連絡をください。仮契約だけで構いません。もちろん、クーリングオフできますから、安心してください。」そして最終的にはダンナ、100ポンドのdeposit(頭金)を払って仮契約をしてしまった。もう~、ダンナのお人よし!!彼が帰った後、時計を見てびっくり!6時をなんと回っていた。4時間も居座ったのだ。。どっと疲れてしまった。。出かけようと思っていたのに。。(~-_-)o無駄につぶしてしまった1日だった。。悔しい。。。!そして、翌日、朝一番でキャンセルの電話を入れたのは言うまでもない。みなさんも執拗な「笑うセールスマン」には、くれぐれもご用心!!★----★----★----★----★----★----★----★----★---★母付きハネムーンの続きは次回です。お楽しみに!フゥオホッホッホ。。・ヘ(*~▼~)ノ
2003年08月21日
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たっぷりボリュームのEnglish Breakfastを食べた後、Blackpoolの中心部へ再び向かう。街は相変わらず、観光客で賑わっていた。ダンナ妹もBlackpoolは何度か訪れていた。というのは、絶叫マシーンなる乗り物が多くある遊園地があるから。Blackpoolのもう一つの顔らしい。Blackpoolタワー近くの駐車場に車を止め、タワーへ向かった。母のバッグの中には、もちろんダンスシューズ&ドレスが入っていた。社交ダンスのホール、BallRoomだけが、このタワーの見所かと思いきや、サーカス、ミニ水族館、展望台もあった。そこで、1日入場券で入場した。(手にスタンプを押してもらい、再入場も可。)母の高鳴る心を抑え、まずBallRoomへ向かった。このタワーがオープンしたのが1894年5月14日。109年前のことだ。(日本では、明治時代で日清戦争が始まった年。)ルーム内は、オペラ座のように観客席に囲まれ、正面のステージには、民芸調の電子ピアノが置かれ優雅なダンス音楽が次々と演奏されていた。。・。・°★・。・。☆・°・。・°。・。・°★・。・。☆・°映画「Shall we dance?」で見たイメージ通りの優雅な空間だった。ホールでは、年配の紳士、淑女が優雅にダンスを踊っていた。みなさん背筋がしゃきんとなっていて若々しい。母は興奮冷めやらない様子だ。トイレで着替えホールの椅子に腰掛けた。母は踊りたいのだが、ダンスにはパートナーが必要である。ここに踊りに来ている人たちは、カップルがほとんど。人のダンナさんを借りるわけにもいかず、母、見学の時間が数分続く。と、ここでわがダンナがある行動に出た。フロアで踊っていたダンスの達人のおばさんたちに声をかけたのだ。すると、おばさんの一人が母の手をとって一緒に踊ってくれた。憧れのBallroomでの初ダンス。母は堂々としたステップで物怖じせず踊っていた。これには私もびっくり。母の度胸ってすごい!数曲、踊って母は戻ってきた。「いやあ、楽しかったわ。広くて踊りやすいわね。」と興奮さめやらぬ様子。少し休憩した後、タワー内の別室で開催されているサーカスを見に行く。イギリスのサーカスは動物愛護の観点からサーカスで動物を使わない。メンバーの技とピエロの軽快な笑い、水を使ったファンタジックな演出で結構楽しめた♪(今年も一般人の投票で「Britain’s Best Circus」に輝いたらしい。Ballroomでは、夜に生演奏のバンドでダンスを楽しめるらしい。そこで一旦、宿に戻って休憩し、夕食をとった後、Ballroomに再び訪れた。昼間よりも多くのしかもダンスの上手なカップルが踊っていた。しばらく座って3人で眺めていた。踊りたそうな母を見てダンナが母に「オカアサン、オドリマスカ?」と言った。ちなみにダンナは社交ダンスを踊るのは初めて。退屈そうな母を見て言った一言だった。母は、うれしそうにわがダンナと踊っていた。が、ダンナのステップがピーンチ!足を踏みそうになったり。。なんとか1曲終わった。σ( ̄∇ ̄;)やれ、やれといった表情のだんな。(おつかれ。。)また3人でフロアーを眺めてお茶を飲む。と、一人のイギリス人紳士が声をかけてきた。「こんばんは。ダンスのパートナーを探しているんですが、一緒にぜひ踊っていただけないでしょうか?」母「えっ!?(;△゜;)は、はい。」で、突然現れたロマンスグレーの紳士と母は踊ることになった。はじめは緊張した面持ちの母も何曲か踊るごとに様になってきていた。紳士さん、踊りこんでいる人みたいでダンスが上手い!二人が席に戻ってきて一緒に話した。紳士の名はエリックさん。北イングランドに住む息子さん宅に寄った足、1人でこのBlackpoolにHolidayに来ているのだという。妻とは死別で現在独身。ダンスを踊りたかったが、パートナーがいないので困っていたらしい。エリック「キミ(ダンナ)のぎこちないダンスを見てこれはなんとかあのレディー(母)に声をかけなければ!と思ったんだよ。笑」私「(* ̄― ̄)v☆ぷっ!」ダンナ「。。。o(-_-。)一生懸命、踊ったのに。。」私「うん、うん、がんばってたよ。」そして、母とエリックさんは、明日このBallroomでダンスデートの約束をした。(思わぬ展開にびっくりの私とダンナ。。)朝、11:00、タワーの正面玄関待ち合わせとなった。はてさて明日、どうなることやら。。(つづく) 絵日記 (注:絵日記は、日本時間の8月22日23時~8月23日23時の間、サーバー移転作業の為、サービスが一時停止しますので見ることが出来ません。m(_ _)m)
2003年08月18日
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出発の朝、いつものように母は早起きだった。ダンナはランチ用のサンドイッチ作り、私は簡単な朝食の用意をした。狭い島国といっても北イングランドへのドライブは、かなりの長帳場。運転手はダンナのみなので、ダンナの体調によって休憩場所を決めてもらい、旅を進めることにした。(ごめんよ、ダンナ。。自動車免許がなくて。。o(-_-。))Blackpoolまで約4時間半から5時間のドライブ。数日そこに滞在し、湖水地方の南部の町、Windermire(Blackpoolから1時間半から2時間くらい?)をめざす。Moterway(高速道路)を使い、一路、北へ。。車窓から眺める田舎の景色がみるみる都市の風景に変わってくる。途中のジャンクションで少し渋滞に当たった。地方都市、Birminghamが近かった。近郊のParking areaでランチ休憩をとることにした。車を止め、芝のエリアの木陰でランチをとることに。木陰の風が心地よい。 *´▽`)ノ ♪ 「P(ダンナ)さん、お疲れさま!肩がこったんじゃない?」と母がいい、ダンナの肩をマッサージ。ダンナが気持ちよさそうだ。ヾ( >▽)ゞ ふふ。1時間ほど滞在した後、本線へ戻った。途中、ビートルズで有名なRiverpoolを通過し、夕方4時代にBlackpoolへたどり着いた。高速を降り、Town centerへ向かう。途中、郊外の公園近くにひとまず、車を止め散策。今夜の宿探しだ。町の中心部は、観光地ということもあって騒がしいし、値段も高め。そこで郊外のこのエリアのBlackpool街で宿探しをすることに決めたのだ。B&B街でVacancies(空き部屋あり)探す。と、数軒Vacanciesの表示を見つけた。余談だが、B&Bの部屋を決める時にすることといったら、まず値段を聞いて部屋を見せてもらうこと。「他を見てまた、戻って来ますね。」と言っても何ら問題ない。部屋を見ないで決めてしまうとこんなはずじゃあ。。と後悔することが時々ある。(旅行者のみなさん、部屋を必ず見せてもらって納得して宿は決めましょう!)数軒回り、あるB&Bに決めた。荷物を宿に置き、一休みしてからいざ、町中心部へ繰り出した。時に夜7時半。空はまだ余裕で明るい。夏といえど、北イングランドの夜は肌寒かった。メイン通りには路面電車が走り、長いビーチが数キロに渡って続く。ギフトショップや遊園地、ゲームセンター、飲食店、ホテルが林立していてとても賑やかだ。(イギリス人にとってBlackpoolは、ポピュラーな観光地。イギリスの湘南はたまた熱海!?)夜になっても多くの人で賑わっていた。私が想像していたBlackpoolのイメージとは少し違っていた。(母も同意見だった。想像していたのは、静かな古風な海辺の町というイメージ。)街頭には、いるか、花火のようなパターン、等のイルミネーションが施され、辺りが暗くなってくると鮮やかに輝いていた。とても幻想的だった。繁華街の中心部に有名なBlack poolタワーが聳え立っている。このタワーも夜はライトアップされ、なかなかきれい。さっそくこのタワー近くを見学しようとすると、グランドフロアーのバー以外は閉まっていた。パンフレットを入手し、明日で直すことにした。途中のChinese Takeawayで好きなものをそれぞれ買い、夜景を見ながら食事をとった。ここのカレーやChow men(中華風焼そば)は美味しかった。食後、近くの観覧車に乗る。素敵な夜景を見ながら食後の空中散歩。。しかし、夜景はきれいで申し分なかったのだが、寒くて楽しむところではなかった。(なぜって観覧車の上部、枠だけで窓ガラスが入ってないのだ。風通りが良過ぎて寒い。(~-_-)o鳥かご状態。)車窓からきれいな夜景を堪能しながら宿に向かった。明日は、いよいよBlackpoolタワー見学。。(母に思わぬ出来事が起こるのだが。。)(つづく) 絵日記
2003年08月15日
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結婚式の日までの花嫁。。日本の平均的な花嫁なら、ブライダルエステに通ってホテルや教会挙式の人なら打ち合わせに忙しい週末を過ごすのが常だろうか。。私たちの場合は、(予算が少ないというのが大きいが)至ってシンプルなウェデイング。自分たちで出来ることは自ら準備した。例えば、花嫁衣裳のベール作り、ブーケ、ブートニア作成、自身のヘアーメイク、指輪交換用のリングピロー作成、パーティー用のオーナメント、パーティーテーブルフラワーアレンジメント、ウェルカムボードの作成、車のウエディングデコレーション等。ケーキ、パーティー料理はだんな母が用意してくれた。(サンクスです。(//▽//) )コストは抑えられたが、当人たちが当日も地獄のように忙しく、とても疲れた。ノンストレスと思っていたが、豪華ウェディング、シンプルウェディング、どちらにせよ多少のストレスは伴うものなのかな。。(-_-).。結婚式を終えての感想。。→1日くらい女優気分を味わってみたかった。笑疲労しきった挙式の翌日、自宅で母を含め三人で遅くまで寝ていた。たくさんの生花が部屋内に心地よい香りを放っていた。芸能人の楽屋状態である。♪(* ̄― ̄)v ブランチを食べながら、ハネムーン作戦会議をした。北イングランドへ旅行したことがないのでそちら方面に行くことは既に決まっていた。会議の結果、母リクエストのBlack poolと私リクエストの湖水地方に決定した。(ダンナは国内旅行は飽きていたので、私たちの行きたい所ならどこでもいいと言った。)出発はあさって。午後から荷造りが始まった。母は洋服選びに大忙し。母の心は、憧れのBlack poolタワーのBall roomに飛んでいた。社交ダンス用のドレス、ダンスシューズ、アクセサリー、普段着。鼻歌まじりで楽しそうである。母「ダンス教室のお友達に自慢できるわね。ふふふ。(*`∇´*)。この機会にアンタもP(ダンナ)さんと踊ってみたら?」私「社交ダンス!?二人とも踊ったことないし、恥かくよ。。 (;△゜;)」母「何事もチャレンジよ。」私「。。。。」翌日、買い物に出かけた。日焼け止めにカップラーメン、当日のランチ用の食材(サンドイッチ)、飲み物、帽子等。BristolというCityのショッピングモールへ出かけた。ここはデパートから映画館、有名ブランド店、ドラッグストアー、家電店、スーパー等、お買い物にとても便利な地区なのだ。スーパーやデパートで母は楽しそうだった。売り場が広く品数が豊富。まずは、イギリスでポピュラーなデパート、マークス&スペンサーに行った。アクセサリー売り場で母は立ち止まった。値段も手ごろなのでさっそく購入。満足げな母だった。デパートを後にして大手スーパーへ行った。野菜売り場での母の会話。。「あら、きゅうり大きいのね。この野菜、日本では見たことないわね。おいしいのかしら?」「しいたけなんて売っているのね。あら、やきそば、うどんまで。このお寿司、色が悪くておいしくなさそうね。」私も初めてイギリスのスーパーへ行った時は、楽しかったけ。買い物を堪能した後、フードコートでピザの夕食をとった。そして帰路に着いた。「明日は、9時に出発するよ。8時に目覚ましかけるかな。長距離ドライブだから今夜は早めに寝るぞ。」とダンナは言った。旅行に期待ふくらませて早めに就寝する3人であった。(つづく) 絵日記
2003年08月12日
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話題になりましたオクラについて今日は書いてみようと思います。(母付きハネムーンの続きは次回です。お楽しみに!)ビジターの方に尋ねられて私も不勉強だったのであれからネットで調べてみました。★----★----★----★----★----★----★----★----★---★食材事典によれば。。「オクラは英語。フランス語はガンボ。 日本語名はアメリカネリ(黄蜀葵)。オカレンコン(陸蓮根)とも言います。」とありました。英語っていうのは以外でした。エチオピア近辺が原産。エジプトでは2000年前から栽培されていたそうです。 奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人がアメリカに持ち込み、クレオール(混血文化。 この場合はアメリカ南部の黒人とフランス・スペイン文化が融合したもの)の代表的な料理であるガンボを作りました。産地についての記述。。今でもアメリカはオクラの大産地です。 日本には江戸時代末期、1850年ごろに紹介されていますが、本格的に普及しだしたのは1970年代に入ってからです。 沖縄、九州、四国、と中部、関東の一部で栽培されています」とありました。日本でオクラが本格的に普及し始めたのが以外にも遅いので、びっくり。。オクラって英語だったのか。。以外。。私はクイズナイトで大ほらをふいてしまいましたね。笑関連の日記はこちら食材事典:オクラのページ(上田さんのサイト)はこちら また、「花便り」というサイトでは。。「フヨウやハイビスカスと同じアオイ科の植物で、花もなかなか美しいものです。原産地はアフリカ北東部で、18世紀にアメリカに入り、そこから明治の始めに日本に伝えられました。コーヒーの育たないイギリスやフランスでは、完熟した果実がコーヒーの代用品として珍重された時代もあるそうです。花は翌日にはしぼんで果実になります。」写真を見たら、なるほど葵科だけに花もそっくり。オクラの花ってそういえば、見たこともなかったので想像もつかなかった。花は一日限り。。はかない可憐な花なのだ。。その昔は、コーヒーの代用品っていうのも意外ですよね。(・⊇・) 「花便り:オクラのページ」はこちら また食育大辞典というサイトでは。。。「ぬめりこそが整腸作用やコレステロールを減らす作用があり、またこのぬ めりこそがガラクタンやアラバンやペクチンなどの食物繊維なのです。特にペクチンは血糖値の急上昇を抑える効果 もあり、糖尿病の予防にも役立ちます。そのほかオクラは栄養価の高い野菜で、カルシウム、鉄、カロチン(ビタミンA)、ビタミンCなども含まれていて、夏ばて解消にはもってこいの野菜と言えるでしょう。」(’。’) フムフム。。夏バテ解消の夏野菜。それと糖尿病予防効果。これを知って、積極的に使いたくなった。最近のイギリスは夏日が連日続いていて夏バテ気味。)))))(#+_+)オクラ入りのカレーとかよさそうですね。食育大辞典:オクラのページはこちら いろいろ調べたけれど、オクラってなかなか奥が深い野菜でした。みなさんも料理に使いたくなったでしょう? *´▽`)ノ ♪
2003年08月10日
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母が滞在して初めての週末、ダンナが近所の友人Daveも誘って夜に中華レストランへ行くことになった。母は朝から何を着て行こうかはしゃいでいた。そして服選びにつきあった。わが母の趣味はなにを隠そう、社交ダンスやカラオケ。彼女はその舞台に立つ時のよそ行きドレスをいっぱい持っている。今回の旅行にもなんと、ドレスを数着持参してきたらしい。結婚式、披露宴に着るドレス、ハネムーン先のBlack poolのBlack poolタワーのBall roomで踊る時用のドレス等。(・⊇・) 彼女の第二の目的はBlack poolへの旅だ。ご存知の方も多いことだろうが、(Black poolは社交ダンス愛好者にとってダンスの聖地。)今からとても楽しみにしているのだ。彼女のドレスコレクションから1着を選び出した。「今夜は中華に行くからチャイナ服かしらね、やっぱり。。」と母が言い、ワインカラーのチャイナ服を見せた。(スリットはあまり深く入ってないもの)そして夜、友人Daveのお迎えでTown centerまで繰り出した。中華店は1フロアーにテーブル席が20席ほどのそんなに大きくないレストランだ。席に着くと。。母「あら、ここは回るテーブルがついてないのね。」私「回る!?ああ、♪ヽ(・_・)ゞ丸いターンテーブルのこと。そういえばないね。考えたことなかった。」メニューは英語と中国語が併記されている。母に説明をして何が食べたいか聞いた。で、母は八宝菜に私はチャーハン。(つい、定番なものを頼んでしまう。。・ヘ(*~▼~)ノ自分で作れってか。。)ダンナは何故かカレーと春巻き、DaveはChow men(中華風焼きそば)。日本の中華街のレストランと味付けも違う感じで料理の盛りも少なめ。お茶を頼んだが、ウーロン茶はなぜかおいてなくてジャスミン茶のみ。イギリス人には人気がないのかな~?残念だった。。食事中、母がDaveに質問をしていた。母「Daveさんは、彼女いないの?いつも笑っているし、冗談をいっているから女の子にもてるでしょ?女の子は面白い人が好きでしょ?うちのお父さんも若い時、冗談ばかり言っていてねぇ。。ふふふ。ねえ、訳してよ。」私「(~-_-)oえっ!?。。はいはい。。。」Daveに母の言葉を訳すと彼は大笑いした。するとDave、「いやあ、彼女、今はいないんですよ。誰かいたら紹介してください。おかあさんみたいなエレガントな人を。って伝えて。。」と言った。で、またまた通訳。すると母「ハハハ:・(`▽´)・: いやぁね。エレガントですって。やっぱり言うことがこっちの人は違うわね。」私が訳そうとすると母「ああぁ、そんなことまで訳さなくていいのよぉ。 (;△゜;)」と言った。こんな調子で母とDaveとの間の同時通訳は何回か続いた。食べるのと同時だったので忙しかった。(~-_-)o(落ち着いて味わいたかったぞよ。。)中華料理店を後にして近くのPubへ繰り出した。ここは、お酒を飲むフロアーとDiscoフロアーがあり、土曜の夜はいつも賑わうPubだ。最初は飲んでいたが、母が(ダンス好きの血が騒いだ!?)そわそわし始めた。クラブでのダンスMusicなんて踊ったことなんてないが見よう見真似でなんと母は、踊り始めた。すると近くにいた若いカップルらが母と一緒に踊り始めた。今まで一緒に暮していて母のこと知っているつもりでいたが、母がこんなに人前で積極的なノリの人だとは知らなかった。新しい発見だった。「ほら、アンタたちも踊りましょうよ。土曜の夜でしょ。」と言う母に促されて私、ダンナ、Daveもダンスに加わった。こうして私たちの熱いSaturday Nightは更けていった。(つづく)↑母の盛装(`・ー・)♪
2003年08月07日
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わが家はとても狭くて1フロアーに小さいキッチンとバスルームが付いている。私たちのベッドは造りつけで使わない時は壁に収納できるようになっている。(入居当初、これはすごい技術だと思った。リカちゃん人形の家みたい。ヾ( >▽)ゞ笑)これでフロアーが広く保てるのだ。ゲスト用のベッドはFutonと呼ばれるソファーベッド。ここに母が寝る。(日本の1ルームのアパートに比べると広い。)母が寝る時落ち着かないと言うので、母のベッドと私たちのベッドとの間には衝立を置いた。(↑ 初公開。。これがわがFlatの間取りだ。。。)イギリス滞在1日目の朝6時、早々と母は顔を洗い起きていた。私もダンナも朝はぎりぎりまで寝ている方なので6時はかなり早い時間帯。ソファーベッドを早々にたたみ、キッチンで何か作っている様子だ。朝寝坊な私たちは8時くらいまで起きなかった。そして8時過ぎ、ようやく起き出した私たち。。ダンナ「オハヨウゴザイマス。(日本語)」母「あ、おはよう!グッドモーニングだっけ?ふふふふ。(ξ^∇^ξ) 」母「朝ごはん作ったわよ。トーストとハムエッグだけど。イギリス人だからやっぱり紅茶かしら?」私「え!?あ、ありがとう。P(ダンナ)は、紅茶でもコーヒーでも好きだよ。」実のところ、私たち平日はたいていシリアルかトーストだけとか軽い朝食で済ませていた。休みの日などは、調理された朝食(Cooked Breakfast)を食べていたけれど。母よ、ありがとう!(//▽//) 3人でテレビを見ながら朝食をとった。母「こっちでもモーニングショーとか放映してるのね。ワイドショーとかはないの?」私「芸能ニュースはあるけど、それのみの番組ってないなぁ。」9時半になり、ダンナが出勤して行った。彼を見送った後、母と皿洗いを済ませた。その後、座る間もなく、母「さあ、次は掃除、掃除!」といい、フラット内の大掃除が始まった。母「muppetpuppetはぐうたらだから、心配だわよ。ちゃんと家事していた?」(゜ロ゜)ハッ!!…が~ん。…d(>_<) 私はまめな人間ではないので耳が痛い。。フロアーの掃除は毎日しているけど、正直な話し、すみずみなんて頻繁にしていない。こうして午前中はまたたく間に過ぎていき、ランチタイム!私がスパゲティーボロネーゼを作ってようやく座れた。v(*´・`)。。ほっ。母「アンタ、普段、ちゃんと化粧してる?きれいにしてるの?」私「えっ!?ρ(・_・*)」母「 ガイジンは、くっつくのも早いけど飽きるのも早いって聞いたことあるのよ。アンタ、きれいにしていないと嫌われるわよ。」私「そ、そんなあ。。(~-_-)o」そりゃあ、日本にいる時ほど、化粧をしなくなったし、おしゃれをして出かける場所もこんな田舎じゃ早々ない。しかし、そんなこと、ダンナは気にしてないと思うけどなぁ。家事のことに関して。。ダンナは料理人で基本的に食事を作るのが苦ではない、皿洗いも二人でやる。夕食はダンナが作る機会が多い。それを母に話すとまた苦言が始まった。。。母「そんな、駄目よ。ダンナに食事作らせちゃ。アンタがイギリス料理、勉強して作るようにしなさい。お義母さんに習いなさい。」(~-_-)o。。。。予想はしていたが、母の言葉に疲れてしまった。。昨今のイギリスは、(西洋全般?)男性の家事協力は、当たり前の文化の国だ。幼い頃から母親からそうしつけを受ける子が多いと聞いている。いいことだ。。(ただし、50代前後の世代男性は、日本と同じで家事参加が皆無な人が多いらしいけど。)まめではない私には、母という刺激がいいのだろうけど。。今後の日々が思いやられる!?私だった。。(つづく。。)(↑絵日記で描いたわが母のイラストをドラマティックに!?加工して見ました♪)
2003年08月02日
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早いもので結婚してからこの8月27日で早、結婚一周年。ホームタウンの町のRegistry Office(役所)で挙式し、その夜、ダンナ両親宅で披露宴をしました。(☆結婚式のエピソードは別の機会に載せたいと思います。。m(_ _)m)で、この期に懐古シリーズ第2弾!母初渡英の昨年夏のエピソードを連続で載せようと思います。数日お付き合いくださいね。では、始まり、始まり!。。。ξξ *´▽`)ノ ♪ ★----★----★----★----★----★----★----★----★---★母は、単身、私たちの挙式の1週間前に渡英した。なんと海外渡航は今回が初めて。。直行便に乗ったとはいえ、不安な母は渡英直前まで頻繁に電話してきたものだった。そして、2002年、8月21日、母はバージンアトランティックのフライトでイギリスへやって来た。▽)ゞ)万が一の為、母に事前に私の携帯の番号を教えておいた。何しろ、イギリスのメイン空港ヒースローは、大勢の旅客でいつもごったがえしていて人探しは困難。飛行機到着は、午後16:10分予定。空港にはその30分前に着いた。到着フロアーで母を待つ。「○○△△!」!?o(-_-。)どこかで聞き覚えのある声がした。ふと、振り返ると母がいた。ダンナ「コンニチハ。(日本語)」母「ハロー!ハウ ア ユウ?」ダンナ「ハイ、元気デス。(日本語)ツカレタ?」(この二人の会話がおかしくて傍らで一人爆笑する私がいた。。ヾ( >▽)ゞ)私「(‘。’) ねえ!?何で。随分予定より到着早いよね。」母「飛行機が予定より2時間も早く着いたのよ。気流がいい状態だったのでらしいわよ。あんたたちの姿、すぐわかったわよ。」気流の状態がいいとそんなに早く到着することがあるんだと驚いた。曇りや雨が多いこの国。。晴れ女の母のパワー健在!(≧∇≦)ノ彡 恐るべし!!車で我が家へM4というMotorwayを使って約1時間半のドライブ。車内でいろいろ話した。早く着いたので日本人旅行者のおじさん、おばさんらと空港の喫茶店でお茶して時間をつぶしていたらしい。(おじさん、おばさんたちって知らない同士でもすぐ意気投合できるからうらやましい。。)一緒にお茶していた旅行客らに「一人で来たのですか?すごいね。」と褒められたらしく母はうれしそうに話した。母「日差しが強いからってアンタが念を押してたから、サングラス(▼_▼)買ったわよ。何とかべーっていうブランドの。。」私「何とかべー!?あぁアニエス・ベーのこと?」サングラス購入時に妹が付き添って見立てたらしい。。長いフライトで疲れていたのだろう、そのうちわがCheeky mumは寝てしまっていた。(-_-).。oO()zそして、狭い我が家に到着。出発前に作っておいた夕食を温めた。メニューはタラの煮魚とかやくご飯、味噌汁。日本で実家暮らしが長かったので料理の腕はあやしい私。料理上手な母なので自宅で私の料理する機会はめったになかった。本を見ながら、なんとか作った日本食。母「muppetpuppetが作った料理なのよね。大丈夫かしら?。。。ん、まあまあね。」なんとか合格点をもらった♪(*`∇´*)v ヴイッ夕食後、バスタブにお湯を張り、クリームバス(泡風呂)の用意をして母に薦めた。母「え!?これがお風呂。なんだか映画みたいね。」私「疲れたでしょ?湯船につかるのが一番。つかった後は、お湯を抜いてシャワーで身体を流してね。」バスルームから母の鼻歌が聞こえてきた。(つづく。。) 絵日記
2003年08月01日
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