日本語はダメか2

日本語はダメか2

2008.01.07
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
しょんぼり
 三年前に会った人―そうか、亡くなったか。
 三日前に会った人―まさか、あんなに元気だった人が。

 そして、人は慣れる。

 血がつながっていて相手に名があれば、しばらくの悲しみにしてもそれは深く、血もつながっていなくて名も知らなければ、すぐ近くで触れ合ったとしても、悲しみの時間は少ない。
 あるいはまた、離れている間に生まれる「不在感」とはなんだろうしょんぼり。会わない間の時間の延長。死とは?



 ただし、その倒れ方にもよる。

 蛇が車にひかれて死んだ―ああ、そうか。トカゲが死んだ―ああ、そう。ヤギのプチが死んだ―、ああ、あんなにひとに懐いていたのに。芸も色々やってみせてくれて、さみしがり屋で素直で可愛いやつだったのに。死んだ、死んでしまった。色々な思い出をありがとう。お前のようなヤギにはもう会えないよな。お尻をたたいたりしてごめんな。野に生えている草も美味しいものもいっぱいあげられなくてごんよ。めそめそ、ぐずぐず、ずるずる、くちゃくちゃ。

 同じペットにしても、体の大小が人の感情を支配する。小鳥や小動物の死には、何時間何日の嘆きに襲われるだろう。仔馬や大型犬の場合は?
 おびただしく存在する死、のはずなのに、野生の小動物の死骸はあまり見られない。
 仲間がそっと片づけてしまうのだろうか


 夫を亡くしたご婦人の悲しみの深さと長さは?

 そして、人は、慣れ、る。今日も生きている。

 「過去とは異国である。そこでは、人々の生き方がまるで違う」(『恋』 L・P・ハートレイ)

 人とペット。女と男。



 だから、「現在」を共有する相手がいることは「異国」にいるのではない。「現世」にしっかりと立っている。二人で「異国」に行くことがあるとしても、「過去」の国では、もちろん、ない。「現世」という「下界」に下りるだけだ。

 西の方に富士山がかすんで見えた。大手電気量販店の駐車場で携帯のカメラを構えた。シャッターを切った。一枚二枚。寒い日曜日の午後五時前。
 ちょっと店の方を振り返ってもう一度見たら、山の姿はどこにもなかった。
 ほんのコンマ何秒のこと。
 地球は動いている。




高橋真梨子高橋真梨子『とまどい小夜曲(セレナーデ)』






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.01.07 10:36:25 コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: