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保険の異端児・オサメさんeditaというサイトが面白い。
そのサイトでは、何かを特に書き込むわけではなく、いつもの通り自分のブログを投稿していれば、あーら、不思議、editaにリンクされて、いい仲間の目のとまる、というすぐれもの。
そこで「2007年に買った物自慢」という課題が出た。
ある! とすぐに参加を表明。内心、自慢したくてウズウズしていたところだった。
それは―![]()
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12月の寒い日曜日だった。錦糸町エッセイ・小説教室の同人の女性が写真展を開いていてその最終日だった。少し億劫だったが勇気をふるって出かけた。婿さんのお誕生日会の小パーティがあることをすっかり忘れて。
寒かった。Yさんは「群衆の中の一人…いのち」というようなテーマで、上海での写真を混ぜたりしてさまざまな角度から街の中の「自分」を追求していた。
ちょっと時間をかけて鑑賞し作品について語り合った後、鼻水をすすり背中を丸めて駅へ向かった。が、新宿ゴールデン街へ顔を出してみたくなった。その方向を見つめながら自動販売機で熱いコーヒーを買って飲んだ。何かが始まる儀式のようだった。
毎晩のように顔を出して騒いだ、議論した、恋をした
。ヤバい喧嘩もした。…いろいろな思い出がぎっしりと詰まっている所。昔の名前のままの店も数軒あったが、日曜日のこと、閉まっているか、開いていても代が変わっていた。ゆっくりと路地から路地を歩いた。誰かに呼ばれるような、背中を引っ張られるような、両腕を握られるような気持でうろついた。
花園神社を抜けて靖国通りへ出ようとした。参道の入り口の石灯籠に人がつかまっていた。
いや、つるされたマントだった。露天商の中年の男性が店じまいをしていた。そのマントだけがまだ片づけられていなかったのだ。
引き付けられた。指で触ってみた、何か声が聞こえるようだった。値段を見た。「最後だからお安くしときますよ」…背後から聞こえた。「着てみませんか」
それがわたしの冬の制服になった。中身は和服ではないが、なかなかもって評判がいい。浦安の生徒さんからほしい欲しいと迫られて、まっこと困った。
インバネス。トンビ、二重回しともいう。袖がなく、その代りにケープがついていて、両手を広げると何か不思議な形が現れる。大きな鳥のようにも見えるから「トンビ」の名がついたのだろう。
インバネスは、スコットランド北東に位置するハイランド州の州都。シェークスピア悲劇の中の主人公マクベスがダンカン王を殺害した、とされる城がある。そこで着用されていたものが広まってマントの代名詞になった。日本では幕末から明治初年にかけて輸入され、和装用外套として流行した。
まだイメージがつかめない若い世代へ蛇足を加えれば…
婚約者の鴫沢(しぎさわ)宮が金持ちの男の元へ去った。間(はざま)貫一は高利貸となって見返してやろうと心に誓う(『金色夜叉』尾崎紅葉作)。脚色されて、新派の当たり狂言となった。別れのシーンで貫一が啖呵を切って宮を蹴っ飛ばす。「来年の今月今夜のこの月をおれの涙で曇らせてみせる」。
そのとき着ていたのが、旧制高校生も愛用していたこのマント。ただし、成年が着用したものと同じなのか違うのか、先輩の誰に訊いても、今のところ不明
。
あ、昔の
小説、芝居の話なんかを持ち出してさらにわからなくなった?
少し重たいが、大いに気に入っている。これは自慢の持ち物である。着ると、何か力が湧いてくるよな気にもなれる。いろいろな着想が与えられるような気にもなる。ちょっと人目を引きすぎるのが、少々の悩みごと。
この姿をご覧になって冷やかしたい全国のみなさん、こちらはまた新宿へ出かけて、そろりそろりと歩きまわっていますぞ。
あ、申し遅れました。![]()
インバネス、印旛…わたしの住む近くには、あまりきれいではないが万葉の時代から歌に詠まれている印旛沼があるのであります。