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保険の異端児・オサメさん博士号を三つ持ってらっしゃる。そのことは条件付きで尊重しよう。
だが、娘と北の政所の話だけを聞いて「お父さん、暴力はいけません」などと言われたくない。聖職者は、 両方の 耳を使うのが任務でありましょう。
ひかれ者の小唄、とバカにされても、ひかれ者にはひかれ者の言い分があり、悪人には悪人の言い分がある。
好きでもないのに、やたらつながるのは、もともと雄と雌がやってきたこと。
エデンの園を追放されたのはなぜか。
アダムとイブが「好きだ」と言ったからカミは怒った。そんなことにこだわって縛られて制約されたら、人類が繁栄しない、繁栄しないと、税金がとれない、…。
そしてワシは神父に申しあげる。
はしかのようなセックスをしたそのツケを払っている、それはオスのせいだけであるのか、と。気持ちが切れてしまっているのに、まだメスは「愛」を誓わせようとしている、のか、のだ、と。アーイあいアーイ。
神父に申し上げてくる。大好きな日本に骨を埋めようとしているバルセロナ人に。「日本語はいつから『愛』という言葉を受け入れたとお思いですか」と。
愛、と遺憾、がダメな日本語の代表。棒読みしている政治屋たち。日本語を知らない代表。
民はもっとビビッドでクレバーなのである。
官よ、外面だけの言葉を乱発するのをやめてくれ。「危険 物 を発見したら、お近くの係員に…」と放送してるけど、走ってる電車のどこに「お 近くの 係員」がいるのですか。
「エスカレータの手すりに必ずおつかまりください」……って、どのくらいの数で利用者がつかまっているか、現場調査を一度でもしたことがおあり?
いざ問題が起きた時の言い逃れを用意しているだけじゃないか。「こちらはきちんと案内を申し上げております」と。
バスの性能は良くなっていて、ローステップなど工夫してくださっているが、運転手のウデが悪くて、三歩も歩かなければ歩道に辿りつけない。
言葉のいのちを軽く見ているから、言葉がどんどん輝きを失う。
相手のことを本気で思っていない忙しい資本主義社会にもまれているコトバたちの嘆き。
お詫びふうの言葉だけを殊勝ふうに使って頭下げて謝ってみせるトップたち。言葉のいのちが泣いている。