日本語はダメか2

日本語はダメか2

2010.05.11
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シャンシャンは飛んで行ってしまった。

 日曜日の夕方。薄闇が迫るころ。

 葉裏のそよぎも枝の揺れもシャンシャンの気配に思え、蜂が飛ぶのもツマグロオオヨコバイが飛ぶのもシャンシャンの気配に思えた。藤が揺れ、風知草が騒ぐ。

 家の周り、近所の屋根屋根、ベランダ、木立、植え込みを探し回った。声をかけ、手を叩いた。
 ツバメが飛んだ、舞った、白鷺が飛んでいく、カラスが飛ぶ、雀が屋根から屋根へ移る。飛行機が遙か上空を消えていく。

 梅の木の枝に、残る二羽のインコの籠をつるした。ピヨヨンとホワホワの声を聞きつけてくれないか、と。


 三階建てくらいの我が家の屋根の端に止まってこちらを見下ろしていた。一度は見えなくなったが、名を呼び、手を叩いているうちにひょいっと戻ってきたのだった。

 その目が忘れられない。


 私は家の中へ走った。それがシャンシャンとの別れだった。二階のベランダに出て名を呼んだ。それが間違いだった。
 こちらを追ってシャンシャンも飛んだのだ。風に乗ってしまったのだ。
 私は、シャンシャンの目にとまるように公園の方へ走ればよかったのだ。

 高い屋根の下から見上げるようにして「おいでおいで」と言っても、シャンシャンには急降下するワザはなかったのだ。

 飛翔は出来ても降下は出来ない。

 籠の中と家の中で暮らしていたのだから。

 こちらもシャンシャンも「風」を計算していなかった(その上、風切り羽が伸びてしまっていることを忘れていた)。シャンシャンは、初めて高いところへ舞い上がった、風に乗ることを肌身で感じた。見えなくなったが、一度は戻って来られた。

 あの目。




 そもそもの始まりは、久ちゃんの突然の死だった。
「本を読んだ、餌に水を塗ってやると喜んで食べる、とあったから……」土曜日の同人会のあった後だった。

 トイレに「塩素系」の見慣れぬ袋があった。それをいじった手で餌に水を塗ったか……。



 シャンシャンを肩に止まらせて庭に出た。柿の木の根元を掘った。シャンシャンは、肩から離れて飛んだり、戻ったりしていた。娘が、「危ないよ、おとーさん」と言った。


 二人の見送りに道路へ出た。車が動き始めたとき、運転席の娘へ手を振った。シャンシャンが飛んだ。見えなくなった。集会所の屋根を越えて西の方へ。

 こちらはまだのんびりしていた。追いかけ、名を呼び、手を叩いた。娘たちも車から降りて空を見上げていた。「パパの声しか分からないから」と家人。



 月曜日の早朝、近所を歩いた。時々、名を呼んで。猫がいれば、靴を慣らして追い払った。

 ペットの死を悲しんでいる大勢の飼い主の中のほんの一人。




 そこかしこの雀が死んでも、行き倒れの女がいても、トラックと接触した大型バイクが転倒しても、「あ、そう」とヒトは思うだろう。だが、「チュンコ」「チュンタロウ」とか「春子」「夏子」「秋夫」「冬美」と名前がついた途端に、ただの生き物ではなくなる。「思い」と「思い」が重なってくる。

 こちらとシャンシャンには、それなりの自信と信頼があった、はずだった。

 はぐれた幼子がやたら歩き回るように、混乱がシャンシャンの感覚を狂わせたのだろう。どんなにこちらを求めたか。

 母親とも早くに別れ、団体生活も知らず、出会ったこちらと家の中で暮らして、地面におりて餌を食べることも知らないシャンシャン。

 大昔『自由の重み』という作品を読んだ。

 最初の大飛行がシャンシャンの遠い旅立ちとなった。

 久ちゃんの死がきわめて軽いものになってしまった。
 家人は、こちらの「力落とし」ばかりを心配する。本来なら、<責任>を思って悩んでいるころだろうが。

 久ちゃんの死とシャンシャンの「生」と。



 こちらを見下ろしていたあの目が忘れられない。

 もう、いない。





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最終更新日  2010.05.11 06:17:02
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