日本語はダメか2

日本語はダメか2

2010.06.02
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上総の小金牧で「牧士」(お上認許の名誉ある職責)の頭を務める徳馬。
 ある日、野馬を一カ所に集め、選別する作業を行う。良い馬はお買い上げとなる。
 壮大な光景が繰り広げられる(書き足りない)。

 狭心症をわずらっているらしい。作業の途中で気を失いかけ、休み処に担ぎ込まれた。
 牧士としてのプアライドはずたずに裂かれた。
 娘婿・安兵衛は、徳馬より6つ7つ若い。50代半ばの徳馬は、なぜか頭の座を譲る気にはとてもなれない(安兵衛に譲れない気持ちも充分に描かれていない)。実子はまだ15歳。実は、徳馬には娘ばかりしかいなかったため、娘夫婦の子どもをもらい受けた。






壮大な馬追いの場面をもっとしっかり書くこと。一種の山場。

 最後は、徳馬の女房の視線から短く描かれる。
 いかにも頼りなさそうだった息子が、出かけた牧でいつも問題となっていた暴れ馬と仲良くなるシーン。女房の脳裏には、若き日の徳馬との出会いが重なってよみがえる。

 が、視点のズレとなってしまっている。ずっと徳馬の視点から描かれているのだから。


それよりも何よりも、作者は何を訴えようとしたのだろうか、読者に。
 狙いがよく出ていない。



 馬を殺す情景も迫力が足りない。
 殺すなら殺すで、もっと「らしく」書くべき。
 生き物を殺す場面なのだから

殺してはいけない。

読者に伝えたいのは「イノチの賛歌」であるべき。
 一度は間近に迫った「死」を突き抜けて、生き延びる覚悟を決め、安兵衛に頭の座を譲る男の思い、をきっちり追求すべきであろう。

 面白い資料を探し当てたという喜びだけで済ませてはいけない。

「良い馬だ」だ「悪い馬だ」などと騒いでいる人間の小ささを冷やかして見つめる、という視点ももっと使えるだろう。

そのために、先に触れた勇壮な馬追いのシーン(馬の肉体・気配をもっと活かして描写)がその伏線となっている。
馬にまたがったこちらよりも大きく見える野馬、その瞳の中ではこちらの持病が見透かされている、などといういい描写もあるのだから。

 もっとおおらかにのびのびと。
 文章が縮こまっている。
 群れる馬の大群、広漠とした草っぱが描き足りない。

 部分と全体と。
 題材と文章と。
 これだけの文字を使った作者の狙い……。


 有料通信添削作品から。







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最終更新日  2010.06.02 15:08:18 コメントを書く


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