日本語はダメか2

日本語はダメか2

2011.07.15
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メールその2(三分割と記したが、今回で引用終了)
その本の中で、アンデルスは心を病んだイーザリーに、次のような書簡を書き送っています。(ちょっと長いですが、引用します)

電話いやそんなことによりももっと適切な実例は、あなたが爆撃手に下した原爆投下の命令の、そのまた命令をあなたに下したあの大統領(トルーマン)です。彼は、本来ならば少なくともあなたと同じ精神的状況にいなければならないにもかかわらず、数年前、ある公開のインタビューの席上で、“良心の呵責”なんか全然感じないと、およそ道徳なんか始めから問題にもしていないようなナイーブな調子で答えて、それで彼の道徳的潔白が証明されたつもりでいるのです。あるいは、この話は、もうあなたにも耳にしておられるかもしれませんが。しかも彼は、ごく最近、七五歳の誕生日を迎えて、彼の人生の総決算をしていうには、後悔に値する大きな過ちといえば三〇歳を過ぎてから結婚したことであるなどと、ぬけぬけと述べています。電話

メール僕はその裁判官あてに長文の手紙を書くつもりだ。そして、君自身の手紙の引用をそえてくわしく説明し、君の真剣な態度と“ノーマルな状態”についてうったえてやろうと思う。僕はそもそも“ノーマルな状態”とは何ぞや?といいたいのだ。君にはいまさらいうまでもないが、僕は、君の場合のような異常な経験に対してそれにふさわしい反応の仕方をもって関心を示さない人間こそ、すべてアブノーマルだと思っているのだ。

(篠原正瑛訳・『ヒロシマわが罪と罰』より引用)

メール広島のあの惨禍を知ったならば、イーザリーのように精神に異常をきたす方が正常なことであり、むしろそうならない方が異常なことなのかもしれません。異常なのは、イーザリーではなく、「良心の呵責」などこれっぽっちも感じようとしなかった合衆国大統領の方かもしれないのです。

メールつまり、その時の言動だけを見て、その人がノーマルかアブノーマルかを判断するのは、実はかなり難しいということなのです。

 同様に…、防災担当および復興担当の大臣として大震災に真剣に向き合ったなら、そして被災者の苦しみを真摯に受け止めたなら、むしろ正常な精神状態でい続けることの方が、異常なことだったのかもしれません。(むろん、松本前大臣は、イーザリーのような加害者の立場でもありませんし、重い病の状態でもありませんが…)

 宮城県知事とのあの会談の映像を見たとき、私も他の多くの人と同じように、非常に腹立たしく、不快に感じました。また、「わたしは九州の人間ですけん、ちょっと語気が荒かったりして…」といった彼の奇妙な言い訳を聞いて、同じ九州出身者として、恥ずかしくも感じました。

 しかし、以上のようなことを考慮すると、もしかしたら、彼は復興担当大臣として実はかなりふさわしい人物だったのではないか、松本氏へのあの猛烈なバッシングは明らかに行き過ぎだったのではないか、そんな気もしてきます。

 被災地のあの惨状を目の前にすれば、そしてその復興の責任者であるならば、あのようなアブノーマルともいえる言動に至る方が、むしろ正常な反応だったのではないか。

 もちろん、そんな精神的にひ弱な人間は、そもそも政治家として不適格なのだ、という反論はあると思いますが…。
星冨賀見 祐輔





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最終更新日  2011.07.15 21:54:01 コメントを書く


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