日本語はダメか2

日本語はダメか2

2011.08.27
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 厨房に入った。
 と事改めて言う程のことではないが、要するに、家人の海外旅行中に、自分のハラを満たすために食事の支度をした、しょんぼりと言うだけのこと。

 前から気になっていた。

「男子厨房に入るべからず」ってどんな意味かねえ、そもそも。

 子ども達にとっては、ご飯を作ってくれる「母親」は神様
 ある種の母親は「生殺与奪の権」を握っていると思い上がっている


メール「この言葉を聞いて男尊女卑の名残だと思う人も多いであろうが、この言葉の真意はそういうことではない。

 それを祭るのは女の仕事であった。
 今と違って神様は誰が祭っても良いわけではなく、ちゃんと祭るべき人が決められていた。
 そうしないと神様は機嫌を損ね、とんでもない災いを引き起こすのである。
 だから男が厨房にはいるのは不吉なことの前触れであったのである。」

 という意見もあった。
 む、女尊男卑
 また別の意見も。ちょっと長いし、ところどころ「何」という既述も混じっているが引用。

メール「男子厨房に入るべからず」……今では九州男児の沽券のように言われています。でもそもそも何処から言われ始めたのでしょうか。詳しく調べたわけではありませんからなんとも断定できませんが、家庭というものの生態(?)を考えると思うところがありまして,和子説を述べたいと思います.皆さんはどう思われますか?
 これはお料理をするなという意味ではなく、お料理や献立について口出しするなということではないでしょうか。男子たるもの、出されたものをありがたく食べればよいと。

 家庭の表は男の支配、裏は女の支配……端的に現れたのが徳川家の奥向き。女の束縛がひどくなったのは、徳川時代に平和が確立されてからでした。でも大奥の創成期には、あの戦国時代という男の力の時代にも、生命として男女の対等な意識が脈々と太古の昔から(?)受け継がれていたと思われます。
 それで大奥の支配になかなか表の支配の及ばぬ機構を作ったのではないかと思います。
 しかし、力が権力というものに入れ替わって社会が出来ると,何しろ「権」という字の意味は実体のないということですから、観念上或いは組織上の権力に基づかない女の地位は無視され始めます。
 それで段々と女の意識も変化して、持ち前の忍耐強さを発揮して暮らしてきましたが、日本という国柄、そう変化しようにも、食べているものが天照大神の御神勅以来の五穀ですから、変わろう筈がありません。
 表は男の権力、裏(家庭)は実力の世界になったというわけです。実力は歴史がものを言いますから、長年培った男女の関係がそのまま残りました。


 お台所のお金のやりくりにも当然口を出してはいけません。倹約令の発布は出来ますが、今日はあれが食べたいだの、これは食べたくないだのとは一切口をはさんではいけないのです。
 男女の息があって家庭を切り盛りしているのであれば、当然お互いの気持ちを察しているから、互いの表裏に口を出さないのです。
 主人は家の表、主婦は裏。裏の実権を握るのは誰かといえば、圧倒的に女が多いというのが歴史上の事実でしょう。だから徳川家も宮中に一姫を入内させたし、藤原時代の摂関政治もありえたのです。

 マクロビオティックでは男女のどちらがお料理をするべきかという問題について、現在の社会情勢からなんとも言っていませんが、基本的には女がお料理を担当するのが生理的にもあっていると思います。仕事としては別です、家庭でという意味です。
 ただ社会組織の中で裏が評価されないままにすると、社会に目覚めた女(?)は納得しないかもしれません。男も女も裏に対する意識変化が必要でしょう。男は忍耐強い優しい女を妻にすることが、この世の幸福でしょう??? 女は裏では完全に手をあげてくれる男を夫にするのが一番でしょう???
メール

しょんぼりちょっと読みにくい箇所もあるが、参考までに引用。

メール「男子厨房に入るべからず」の意味が大きく誤解されている。
 本当の意味は、「入るなよ、まあ、入ってもいいけど、一度入ると二度と抜けられない奴隷になるよ」

 などという記事もあった。
 色々あるんだよね、女と男の組み合わせで。
 死ぬちょっと前にオヤジが言った。「アイツの作ったもの、一度もうまいと思った事がねえ」
 ああ。
 こちら、「入るんじゃないよ、入れば、野菜が腐っているのを見つける、砂糖と塩の場所が離れすぎているのが気に入らない、中味が空っぽなのにボトルが種々並んでいる、一年前の日付けの調味料も次々と出て来る」
 という観点から、入りたくない、入らない。
 多少、並べ替えたこともあったが、そっと見れば、またご自分好みの配列に戻っていた……。



 世の中のものごとには
 多くの場合、結論なんてないのだ。
 とくにそれが
 重要なものごとであればあるほど、
 その傾向は強くなってくる。

 足をつかって
 ナマの一次情報をたくさん
 集めれば集めるほど、
 取材に時間をかければかけるほど、
 ものごとの真相は混濁、迷走していく。
 結論はますます遠のいていくし、
 視点は枝分かれしていく。
 そうならざるを得ないのだ。
 その結果、
 僕らは途方に暮れてしまう。
 何が正しいのか正しくないのか、
 どちらが前でどちらがうしろなのか、
 どんどんわからなくなっていく。

 (村上春樹 雑文集)







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最終更新日  2011.08.27 10:20:26 コメントを書く


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