日本語はダメか2

日本語はダメか2

2012.11.14
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カテゴリ: 礼儀 挨拶 連絡



 ブログネタ:恋人とはどのくらいのペースで会いたい? 参加中

 で、「私は週に数回派!」に一票を投じました。
 多少、世の中を見てきた今は、「毎日」ではない方が 絶対にいい、と思うようになった。

「毎日」は、しょんぼり甘えやらズボラやらが出てきてしまって、「慣れの感動」「慣れの付き合い」「義理の会話」みたいなものが居座ってしまう、感動が薄れてしまう、と思うのです。

「週に数回」は、偉大なる精神力を必要とする(厳密に言えば、「週に数回」とはあまりにもアバウトな設定だが)。
びっくり
 逆に、毎日会っていると、どうしても「慣れ」が先に立って、ぽっ「楽」な気持ちが「ズル」を覚えてしまう。
「職業としてのデート」というような感じ。

 とどのつまりは、その「二人」の間の関係・心の問題なのだろうが。

 この「職業としての……」を色々なケースに当てはめてみると面白いことが色々出てくる。
「職業としての塾通い」 もいいイメージではなくなる。
「職業としての夫婦」「職業としての親子」ぽっ「職業としての人間」「職業としての銭湯通い」もマイナスでダーティーな感じ。
 もっとはっきりしたイメージを持とうとするなら 「職業としてのセッ○ス」……。
 これは、これ以上触れる必要がないだろう。 

「職業としての会社員」も、いやいややっている、という感じだし、ただのルーティン・ワークをこなしているだけ、という暗さ。
不思議なことに「職業としての登山家」「職業としての作家」「職業としての教師」「職業としての指物師」「職業としての看護師」「職業としての消防士」となると、どこかに「プロ根性でこなしている捻り鉢巻き」といったニュアンスが漂ってくるのは、気のせいか。

 結局は、「一人」の時の心構えと「複数になったときの組み合わせ」によって様相は変わってくる、ということなのだろう、か。「職業としての店長」にも、気持ちを込めて努めている姿と、仕事だから仕方なく勤めている、みたいな姿と二通りに考えられる。

「人間」とは面白い漢字だ。「ジンカン」と読めば、人と人の間で「折り合って」「にらみ合って」「しのぎを削って」「妥協して」 生きてゆかねばならない世間、という厳しさを感じるし、「人と人との間」と読み解けば、ある程度ある種類の 「間合い」が重要だ、とも読み取れる。 


 好きであればこそ、毎日会わない方が愛が深まる、相手への尊敬の念が大きくなる。関心も共感もいい潤滑油として二人の間で働くだろう。


 どのくらいのペースで会いたい?
毎日
週に数回
週に一回
二週間に一回
月に一回
数ヶ月に一回










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最終更新日  2012.11.14 06:09:31 コメントを書く


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