日本語はダメか2

日本語はダメか2

2014.08.20
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カテゴリ: 品性 性根 品格
 日本ハム・栗山英樹監督(53)が19日、今夏の甲子園で“超スローカーブ”を投じて話題を呼んだ東海大四高・西嶋投手について持論を展開した。評論家時代、高校野球も精力的に取材していた指揮官。

 一部ではその「超スローボール」について批判的な意見も出ていたが、一部と言うよりもあえて「一人」と言うべきではないか。元ふじテレビアナウンサー。
 しかも「世の中をなめる少年に育つ」などとまで書いていた。

 それにしても、なぜに、「なめている」などという言葉が出てくるのか。これこそ、「勝負事」を知らないオトナの、上から目線の「(自分よりも下に位置づけようとしている)相手をなめた」言い方。

 一人、ではなかった、8月19日(火曜日)の東京新聞・スポーツ欄にも、批判的な記事が見られた。
「超山なりのスローカーブは……小さな投手の魔球……彼の創意工夫や大舞台で投げた度胸は賞賛されるべきものだ。しかし、投げられた側の打者はどう思うのか……その議論が欠けている……」「ここまで緩い球になると、打者にとって、打ち損じれば笑いものとなる。しかも大観衆の前だ。人を侮辱し、挑発するボールだと思われても仕方がない。この高は、打者と投手の立場が入れ替わるだけで、大きく解釈が違ってくるのである」

 スポーツ、ではない、「勝負」をまったくやったことがないか、やっても本気ではなかったであろうご隠居意見。なぜ、「新聞記事」なのだろう。
「正々堂々と」直球で真っ向勝負に徹しろ、とでも?
 カーブは? ナックルは? スライダーは? ツーシームは? カットボールは?


「創意・工夫」とは、おのれの足りないところを補って相手の力に拮抗しよう、という努力。勝つか負けるかのトーナメントの試合を戦っている選手に向かって言っても意味のないこと。そんな発想は、正義ぶった外野の理想主義的なご感想としかとれない。
 打者だって、様々な攻め方をしてくる相手へ向かって、さらにこちらからそれ以上の工夫で立ち向かうのが「勝負」だろう。
 ちょっと前に似たようなことがあった。阪神の藤浪晋太郎投手が日本ハムの中田にたいしてスローボールを投げた。中田が激怒した。
 大阪桐蔭の後輩(藤波)先輩(中田)の仲の問題だから、今回はこれ以上は触れない。

 東京新聞にはこう続く。
「今回(の超スローボール)は……ボールになる確率が高いため、相手をからかう、ふざけた球と見る打者目線の人もいる。議論はまとまりにくいだろう」「この議論をさらに広げてほしい」

 勝負の駆け引きが何も分かっていない主張。あるいは、打者を馬鹿にしているのんきな中身。

 健大高崎の「走塁」にも批判的な意見が出ているらしい。
 勝負はついているのに、なぜさらに追い打ちをかけるような真似をするのか、と。

「勝負」の怖さがまったく分かっていないお方の「平等主義」ご感想。

 米メジャーには、アンリトン・ルール(unwritten rules:ルールブックに書かれていないルール)と言われる暗黙の不文律がある。

 もしやれば盗塁に成功しても公式記録とならず報復の死球が発生する。

 昔のプロ野球では、「あったようでなかった。タイトルホルダーなどは、暗黙のルールを破って走ったし、打ってきた」(元阪神の掛布雅之氏)そうだが、近年、日本のプロ野球でもメジャーの影響を受けて「暗黙のルール」が浸透していて、しばしばトラブルの素となるプレーも生まれる。

 2010年のオリックスー阪神の交流戦では、阪神の俊介が5点リードの7回に盗塁を仕掛けた。
 試合後、当時オリックスの監督だった岡田彰布氏が、「大変なことをしたな」と激怒し騒動となった。
 ことの顛末を後日、岡田氏は語った。

 よく分からない。「(走塁を)警戒してないとこに(走った)完全な侮蔑行為」???
 警戒していなければ走るのが選手でしょう?
 勝負の行方が見えたら手を緩めろ? 情けをかけろ? 塩を送れ?

「暗黙のルール」に照らせば、次のような例もある。

 宮城・利府(初出場)戦。健大高崎は8-0で迎えた9回二死から脇本がセンター前で出塁すると、迷うことなく二盗を決めた。続く4番打者にスリーベースタイムリーヒットが飛び出して9点目を刻むことになったが、この脇本の盗塁は“アウト”である。

■セーフティリードのない高校野球
 だが、これらの「暗黙のルール」は、あくまでもプロの世界の話。1回戦の藤代(茨城)×大垣日大(岐阜)戦では、藤代は初回に8点を奪いながらもゲームをひっくり返され10-12で敗れた。
 石川県予選の決勝では、星稜が小松大谷を9回に8点差を逆転して甲子園切符をつかんだ。高校野球において『終盤5点差以上』というセーフティリードは、あるようでないのが現実で、そもそも、そういう『暗黙のルール』を高校野球にあてはめることが間違っている。例えルールに違反していなくとも、スポーツマンシップの精神を忘れてはならないが、勝利のために懸命になる姿勢を誰も批判はできないだろう。

 多くの野球関係者は「スポーツを通しての人間形成」を口にする。ただただ勝てば良い、ものではないだろう。
 だいぶ前のことだが、夏の予選を戦う県営球場では、某野球有力高から相手へのヤジが凄かった。「おちこぼれおちこぼれ」
 今は、ゼッタイにあってはならないこと。
 しかし、いずれにしてもどちらかが勝ってどちらかが負ける。
 勝つ場合にダメを押す、のは相手に対する侮辱的行為なのだろうか。

■日本の甲子園には通用しない“暗黙のルール”
 高校生にプロの世界の“暗黙のルール”を押し付けることは、彼らの努力や哲学を否定することにもなる。
 いつのまにかメジャーから上陸してきた“暗黙のルール”は「汗と涙の結晶」という日本独特の文化の上に成り立っている甲子園の大会には通用しないのである。

 ただ、こういう問題提起は素直に受け止めて高校野球の指導者は悩むべきだと思う。
 アメリカのコラムニスト、ピート・ハミルは、「勝利がすべてではない。人は負けながらも勝つことができる。スポーツのおける競争で大切なのは、人間を形成することである」と書いた。その哲学に照らし合わせて考えてみる作業は必要なのだと思う。

 栗山監督。、
「勝つために知恵を絞り、工夫している。160キロの球を投げられれば(スローボールは)使わない。そういうふうに(スローボールを使おうと)考えるのは当たり前。ああいう所で披露する勇気も素晴らしい。論争が起こること自体がナンセンス」と語った。

参考:本郷陽一/論スポ、アスリートジャーナル)





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最終更新日  2014.08.20 22:08:58
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