【62】~【63】


untitle【62】もうずっと、以前のような気がする





えっ…


『今、あたし、何を見た??』



なんか、見てはいけない者を見たような…


そんな感覚が体じゅうを走り、駆け巡る。



恐る恐る、もう一度、窓の外を見る。



いない…

良かった、あたしの勘違いだ。

ホッと胸をなでおろす自分がいた。


可笑しいな...

笑える…



『会いたい』と言う素直な気持ち。



『会って、謝りたい』と願う自分もいるのに


気持ちの整理がついていなくて、

『今、会うと困るな』と焦る自分もいる。




やっぱり、疲れているんだ。

はやく、帰って、今日はゆっくり眠ろう。


連日の慣れないバイトで神経が少し、参っているようだ。



『あの、あたし、もう、そろそろ、帰りますので…』


残っていたコーヒーを急いで飲み干して、

山下さんの方に目をやったときだった。



そう言えば、何日か、前にもこんな光景があった事に気がついた。



ほんの2、3日前のはずなのに、もうずっと、以前のような気がする。


そう、あたしが花沢類と喫茶店に座っていた時、司が

入口のドアからまっすぐこっちに向かってやって来たんだっけ…




『って、感傷に浸って、見てる場合じゃないよ!』


こんな時のリアクションはどうすればいいわけ?


頭が真っ白になって、何も考えられない。


あたしの目の前にいる人に救いの手を差し伸べてもらうしかない…




『山下さん!山下さんってば!』


焦るあたしを見て、山下さんから出た言葉は実に簡潔だった。


山下さんはあたしがあたふたしている原因の方すら見ずに


『あぁ、来たのね。じゃあ、私は退散するわ。

よく、話し合ってね。バーイ!』と、言いながら、席を立った。



あ然と見送るあたしの見る前で展開されたできごとといったら


それはコーヒー2人分の請求書を司に渡す山下さん

当然のようにそれを山下さんから受け取る司の姿だった。



これは何を意味する訳?


考える間もなく、司はあたしの目の前に来ていた。






鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしやがって…


俺の目の前にいる女はこの前の威勢はどこに行ったのか

完全に及び腰になっていた。


いや、戦闘能力が今や喪失しきっている。




不意をついた俺も悪いとは思った。


が、こうでもしないと、逃げてしまうに決まっている。




『お前の携帯だろ、これ。俺の車にあったから…』


俺は携帯を差し出すと、テーブルの上に置いた。

それから、たった今、去って行った女の席に腰を下ろした。



『ありがと…』

小さく、一言だけ、つぶやくと押し黙って、下を向き、

その携帯を取ろうか、どうしようか躊躇しているのが、

手の動きでわかった。



『お前の携帯なんだから、遠慮するなよ。取れよ!』

そう言うと、俺はつくしの方にそれを少し、手で押してみた。


『そうだネ…あたし、可笑しいね…』


今度はすぐに携帯を自分の手に収めて

慌てて、バッグに押し込めた。




『携帯、ないと、困っただろう?気がつかずにごめん…』


俺のその言葉に、つくしはびっくりして


『謝らないでよ。困るって!

…そんなことされたら、あたしの立場が…』


必死に何かを訴えようと早口でしゃべり始めた。





untitle【63】あたしはどうすればいいわけ?






『ごめん』って…


司からは滅多に出ない言葉だよ。




それに携帯は花沢類が車に忘れていったもので、

司は全く、関知していない。


謝る必要はなんてない。


なのに、それで、『ごめん』はないよ…



もう、それだけで、この後、どう言葉を発したらいいのか

すっかり、うろたえてしまった。



何かを言っているあたしがいる




でも、私、何をしゃべっているの?

でも、口が勝手にしゃべっている…


『あ、あのね…今日、今から、3人で…山下さんとあたしとほら、藤田さんよ。

3人で食事するはずだったの…今日、電話があって約束したの。

でも、疲れているし、お邪魔かななんて思って、帰ろうとしたんだけど、

山下さんったら、あたしを置いて先に帰っちゃったのよ。

どうしたのかしら?やっぱり、あたしが邪魔だったのね。

最初からそう言ってくれたらいいのにね。可笑しいよね!』



顔が引きつり、目は泳いでいる。



自分がなにしゃべっているかわかってないな、こいつ…

早口が動揺する気持ちを代弁している。



『あ、あのさ、なんか、飲む?それとも食べる?

ここのコーヒー、初めて飲んだんだけど、結構、いけるの!』


必死でおしゃべりを続けている。



雑居ビルの一階にありがちな何の変哲も無い普通の喫茶店

コーヒーの香りに混じり、ピザや、スパゲッティの匂いがする。

時間的に軽い夕食を取っている客が数組いるようだった。



あんまり、こんなところには長居したくなかったが、

ここから、連れ出すのは今は無理だ。


『コーヒー、もらおうか…』と、

俺は近くを通りかかっウエイトレスに視線を送り、注文をした。




ダメだ…

まともではとてもいられない。

目が合わせられない。



あたしはどうすればいいわけ?

頭の中で整理しようとすればするほど訳がわからないなる。




えっーと…会ったら、まず、謝らないといけないのよね…

えっ? 

あれ? 何を謝るんだったけ?

あたし、司になにをしたんだったけ?



思わず、顔を上げると目の前に司の顔があった。



『なにか、言いたげだな?俺に…』

司の声が聞えた。


そう、ごもっともです。

“なにか、言いたげ”じゃなくて、謝らないといけないの…


でも、何をどう言ったらいいのか

どう謝ればいいのか、わからない…


パニックが輪をかけて行く。



で、出てきた言葉がこれだった。


『あ、あのさ、何で、ここにいるわけ?』





…なんでここにいる??


あぁ、そうだ。お前にはわからんだろうな…


気の利いた言葉がこいつから出てくることは“まず、ない"と

思っていなかったが、ここまでトンチンカンな言葉が出るとは…


やぱり、突然の登場は相当こたえているようだ。




だから、俺もトンチンカンな答えを言ってみることにした。


『お前に一言、お礼を言いたくてな…』



俺の言葉に驚き、目を大きく見開いているパニック女が

次の言葉に息を止めて待っていた。






作者より


























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