October 17, 2009
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 その微笑ましい丸で囲まれた解答欄の中に、息子の字で「平行」と書かれているところがあった。
「どこまで伸ばしても交わらない、二本の直線の関係をなんといいますか?」
 問題を読んだ途端、自分が小学生だった頃のある日の授業が、鮮やかな映像を伴って蘇ってきた。
「だからね、平行に並んだ直線どうしは、どこまで延長しても決して交わることはないの」
 算数の時間、平行な直線について勉強していた時のことだった。
 当時担任だった尾関先生は一通り説明を終えた後、黒板を背にして独り言のようにぽつりと言った。
「でもね、ユークリッド幾何学の中では交わることがあるんだけどね」
 それは何かの呪文みたいだった。先生の言葉は凄いスピードで私の耳に飛び込み、まっしぐらに頭のてっぺんまで駆け上がるとばちんと破裂した。
 先生はそれについて何の説明もしなかった。言った後、少し遠くを見つめた気がしたが、すぐに普段と変わらぬ様子で授業を続けた。
 質問する子もいなかった。聞いていなかった子も多いと思う。聞いていた子も耳慣れない難解な言葉に、自分とは無関係な世界だということだけは感じて聞き流したのだろう。
 授業は何事もなかったかのように続いた。
 けれど私は、授業どころではなくなっていた。
 ちょっと待って。今のは何だったの?
 そう思った私は慌てて算数のノートの隅に「ユークリッドきか学の中では平行線も交わることがある」とメモをした。「幾何」という漢字が分からなかったから「きか」と平仮名で書いた。小学生の私たちには関係なさそうな話だけど、大学生くらいかな? 私も「ユークリッドきか学」を学ぶ日が来るのだろう。その時になれば「尾関先生の言っていたことは、こういうことだったのか」と解るに違いない。無邪気な私は何年か先の未来にほんの少し憧れを抱いて、ドキドキしながらメモした言葉を眺めていた。
 けれど尾関先生が言ったことを理解する日は、いつまでたっても来なかった。ユークリッド幾何学どころか、高校の基礎解析や代数・幾何の段階で、私はあっと言う間について行けなくなった。数学のテストは毎回あっ晴れなほど見事に玉砕。理数系の大学は、選択肢の一つにすら成りえなかった。
「そうだ、ネットで調べてみよう」
 息子の算数のプリントを眺めながら、インターネットで「ユークリッド幾何学」を検索することを思いつき、掃除を終えてココアをいれてから私はパソコンを開いた。
 「ユークリッド幾何学」で検索したページには、確かに「平行」という言葉が出てきた。けれどいくら読んでもそこに書かれていることは私には難解で、一つも解らない。しかも「ユークリッド幾何学」に対し「非ユークリッド幾何学」なんていうものまで出てきて、何が何だかさっぱり理解できなかった。
 当たり前か。いくら大人になっていようが、数学に別れを告げてから何十年と、数学とは全く縁のない生活をしてきたのだから。アラフォーの私に今更理解できることではなかった。
 唯一分かったことと言えば、これから先も私とユークリッド幾何学は、決して交わることなく、永遠に「平行」な関係を保つのだろうということだけだった。
 あの時、尾関先生は小学生相手に、なぜあんなことを呟いたのか?
 そもそも先生の言ったことを、私がそのまま正しく記憶しているのかどうかも怪しい気がしてきた。私の聞き間違い? でも先生があんなことを言わなければ、「ユークリッド幾何学」なんて言葉を私が知る機会なんて他にはなかった。平行線が交わるとはどういうことだろう? 「交わる」と言っても、それは私が知っている「交わる」という概念とはまた別のものなのだろうか?
 穏やかな冬の平日。ヒーターに暖められた部屋で眺めるパソコンの画面。難解な説明文や温かいココアの甘さが、私の眠気を誘い始めた。
 うつらうつらしそうになったその時、電話が鳴った。
 それが始まりの合図だった。私を待ち受けていた大きな罰。
 罰と言うよりは、贈り物だったのかもしれない。神様からの「罰」と言う名のとてつもなく深い「贈り物」。
 ユークリッド幾何学同様、決して交わることなく、永遠に平行を保つだけだと思っていた父と私の関係が、この時大きくうねり始めていた。(つづく)

※この作品はフィクションです。登場人物や団体等、実在するものとは一切関係はありません。


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前回もたくさんのご訪問やコメント、ありがとうございました!
久しぶりということもあって、不安を抱えたままスタートしましたが、
「poincare」の時からお付き合いのある方との再会、
そして新しい方との出会いもあって、
本当に幸せなスタートをきることができました。
みなさまに心からお礼申し上げます。(^O^)/

さてさて前回の物語のタイトル「poincare(ポアンカレ)」も
数学者のお名前からいただいたでしたが、
今回の「ユークリッド」も数学者のお名前だったりします。
そして前回同様、物語は数学とは全く無関係です。^^;

今回の場面は、ほぼ実話です。
先生が言った言葉を正しく私が覚えているのかどうか怪しいですが、
先生は確かに「 ユークリッド幾何学 」という言葉を使い、遠くを見ました。

先生がなんであんなこと言ったのか、それはどういうことなのか、
今も謎は謎のままです。(+_+)

それでは皆様、風邪をひきやすい季節になりました。
インフルエンザも流行っているところがあるようですし、
お互い体調には気をつけましょう!^^

■□■  10年前に別れた恋人との同居から始まる物語  ■□■
「poincare ~ポアンカレ~」はこちらから↓

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Last updated  November 29, 2009 02:57:27 AM
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