陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 5




8月も終わりの頃、人事異動が発表され彩子がいる調査部に本庁から川村翔が移ってくることになった。

移ってくる前から、女性社員の間で話題になっていた。背が高くてハンサムだと。

「ねえ、ねえ、彩ちゃん、聞いた?川村さんのこと。私も見たことないんだけど。どんな人だろうね。噂になっているでしょう?」

翔と同期入社の田中一樹が「翔くんは同期の中でも一番だよ。」と女性社員に話していたので、みんな翔が移動になる日を楽しみにしていた。特に、独身女性は。

その日、突然調査部に翔が現れた。

移動前の挨拶に来たのだ。

ちょうど所長は外出中だった。

残っていた主任研究員の川原に奥の応接セットに通された。

「向こうの仕事は終わったの?」

「はい、後は引き継ぎだけです。僕の後任は一つ下の代の小山君です。」

「神崎君、君の部署にいるだろう。彼は僕の同期なんだよ。きまじめを絵に描いたような男だろう。」

「いろいろとお世話になりました。」

10分程話していただろうか。

声が彩子の所にも聞こえてきた。

男性の声としては少し高めの張りのある声。

でも、声というより、話し方かな。

若者らしいはきはきした口調。

話が終わり、翔が彩子の後ろを通って部屋を出て行った。

その時、彩子は翔の風を背中に感じた。

ふわっとその風に体を包まれた感じがした。

その瞬間、彩子は、彼の姿を見ることなく恋に落ちた。

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