陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 11




彩子が恋愛の達人だったら、翔の電話番号を聞いたり、自分の電話番号を教えたり、次の約束を取り付けたりできたのだろうが、彩子は余りにも純だった。

翔も、同じようなタイプのように思えた。

中学生並の恋愛精神構造しか持ち合わせていなかったのだ。

彩子は新宿で他の私鉄に乗り換えて帰路に着いた。

ベッドに入る前、日記に『永遠の愛なんてあるわけないと思っていたのに、私はあなたに永遠の愛を誓う』と書いた。

彩子はいつもより早く目が覚めた。

前日のテニスの疲れなど全く感じていなかった。

それどころか、体の中から何かがわき出てくるのを感じていた。

私鉄と地下鉄を乗り換えて職場のある霞ヶ関へ。

地下鉄の階段を駆け上ると、いつもと変わらない車が走る音や人々の足音や様々な都会の音が混ざって聞こえてきた。

まだ、夏の日差しを残している朝だった。

彩子にはいつもの朝と違って感じられた。

管制官からtake-offの許可をもらい全身の力を込めて滑走路を空めがけて走り出した飛行機のような気分だった。


新しい朝


「おはようございます。」

「おはようございます。」

彩子が自分の席について仕事を始めると、翔が部屋に入って来た。

「おはよう。」

「おはようございます。」

二人は目を合わせて微笑み合った。

翔は彩子の斜め後ろの席に座った。

彩子はそこに翔の息づかいを感じ、安心した気持ちになった。

彩子は、一樹から依頼された計算や資料の整理の仕事を淡々と片付けていった。

3時のお茶の時、彩子は後ろの由美子と顔を合わせるのが少しためらわれたけれど、いつものように後ろを向いた。

やはり由美子は少し機嫌が悪い。

翔が話し掛けてきた。

「森川さん、昨日はお疲れ様。疲れなかった?結構打ったから。」

「大丈夫です。楽しかったです。ありがとうございました。走らせてばかりで、すみませんでした。」

「そんなことないよ。帰り遅くならなかった?」

「大丈夫です。」

「来週の日曜日、頑張ろうね。」

彩子は心の中で『青木さん、ごめんね。』とつぶやく。

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