陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 17




「見ているだけで退屈だった?」

「いいえ。皆さん上手なんですね。」

弥生が言った。

弥生は、目が、くりくりってしていて、ふわっとした感じの軽めのカールがかかった長い髪をしている。

「ラリーがすごく続いて、ボールを追っていると首が疲れそう。」

彩子が言うと、翔が答えた。

「特に、林田さんはね。いつも負けちゃうんだ。寮にテニスコートがあるって言ったでしょ。しょっちゅうやっているしね。でも、だめなんだよな。林田さんだけには、力負けしちゃうんだ。」

「疲れていない?」

「大丈夫ですよ。疲れるほど上手じゃないですから。」と、彩子は、冗談ぽく答えた。

「そうだね。なんて。」

翔も笑った。

林田がそろそろ切り上げようと言ったので、みんなで散らばったボールを集めた。

彩子がボールを拾って立ち上がると、翔と弥生が話しながら集めたボールをかごに入れるところだった。

彩子に気が付いた翔は、さっと弥生から離れた。


近づく二人


帰りに調布の駅前にあるカフェで、お茶をすることになった。

翔は、彩子の前に座った。

「今日は、天気もよくて気持ちよかったな。久しぶりに、思いっきり打ったよ。」

田口がすっきりした顔で言った。

「二人とも同じスクールなんだって?」

林田が彩子と弥生に話を向けた。

「ええ。会社の帰りに。スクールでは、まだ試合したことないんですよ。」

と弥生が答えた。

翔は、窓を背にして座っていた。

翔の後ろにあるカフェの大きな窓から西日が入ってきて彩子には少しまぶしかった。

『いつまでもこうしていたいな。彼も私と同じことを考えていてくれたら嬉しいのに。』

彩子がそんなことをぼんやり考えながら、翔をみつめていたら、翔がいきなり彩子の食べているケーキをスプーンで取って食べた。

彩子は、とっさのことで驚いた。

「このケーキ美味しいね。」

翔は、いたずらっぽく笑って言った。

「やだ~。食べないでください。私の大好きなシャルロットポワールを。翔さんのミルフィーユを食べちゃいますよ。」

二人は、見つめ合って笑った。

『あっ、川村さんのこと翔さんって呼んじゃった。』

彩子は、少しうつむき加減になり、恥ずかしくなった。

『顔、赤くなっていないかな。』


このまま別れたくない


「ねえ、ケーキ食べないの?また食べちゃうよ。」

翔の弾んだ声が、彩子の耳に入ってきた。

顔を上げると、翔の笑顔がそこにある。

『この人に巡り会うために遠回りしてきたんだ。やっと巡り会えたんだ。』

「今度、何時来る?来週は、忙しいからダメかな・・。再来週あたり大丈夫かな。どう?」

「大丈夫ですよ。足手まといじゃなければ。それまでに、スクールで、頑張って練習してきますから。少しは上手になれているかも。」

「そろそろ行こうか。」

林田が口を切った。

さっきまで翔の後ろで眩しかった太陽の日差しはもうない。

駅まですぐだった。

林田と田口と翔は、このまま飲んで帰るらしい。

「ここで、お別れなんだ。先輩達に誘われて。ごめん。また、連絡するよ。気をつけて帰るんだよ。」

こういう翔のちょっとした優しさが彩子には嬉しかった。

「楽しかったです。また、連絡待っていますから。お先に。さようなら。」

「じゃね。」

彩子と弥生は、林田と田口にもお礼を言って挨拶をした。

一旦、駅の階段を上りかけた彩子だったが、後ろを振り返った。

振り返ると、翔が、こちらを見ていた。

『見ていてくれたんだ。』

彩子は、思わず、翔の所へ走って戻った。

彩子は、翔の顔を見つめた。

翔も彩子の目を見つめている。

『このまま、別れて帰りたくないのに。』

翔も、同じ気持ちでいるようだった。

じっと見つめ合ったままの二人だった。

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