陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 20




秋も半ばを過ぎた。

彩子は、いつものように、家を出て職場へ向かった。

面接に来た時には、周りの木々は青々としていたが、色を変え始めていた。

青い空に、その美しさが映える。

季節は確実に移ろっていく。

「おはようございます。」

守衛さんに挨拶。

ロッカー室へ行き、制服に着替える。

制服を嫌がる人もいるけれど、結構便利。

帰りにどこかへ行く時、職場では着られないような洋服でも着てこられるから。

ロッカーの扉裏についている鏡で自分の顔を見る。

『翔さんに会える。』

席について暫くすると、翔が入ってきた。

「おはよう。」

「おはようございます。」

いつもの月曜日の朝とは違う。


忘れていたのに


「昨日、翔君とテニスに行ったんだって?楽しかった?」

突然、横から一樹が彩子に声を掛けてきた。

一樹の方を向くと、彩子をじっと見つめる一樹の視線。

彩子は、何も言えなかった。

『誰から聞いたんだろう。どういう意味?』

一樹の唐突な質問と鋭い視線。

彩子は困惑仕切っていた。

『翔さんは、どう思っているんだろう。』

それ以上、一樹は何も言わなかった。

仕事に向かっていた。

彩子も一樹から言われていた資料の作成にとりかかった。

『気持ちのいい朝だったのに。』

お昼、社食で、翔と同じテーブルに着いた。

さっきのことには、二人とも触れようとしなかった。

二人にとって触れてはいけないことという感じだった。

すっかり忘れていた一樹の存在。


好きとも言えずに


「今日は、何にしたの?」

翔のいつもの爽やかな声が彩子の耳に入ってきた。

「サンドウィッチとカップスープ。」

「そんなので足りるの?もっと食べなくちゃ。スリムもいいけど、食べなくちゃ。」

「えっ。はい。そう言う翔さんは?」

「ガツンとカツ丼。」

「寮の食事でちゃんと野菜とか摂れているんですか?翔さんこそ。」

「そう言えば、忙しくて、寮で食事できないんだよ。夜もここってことが多くて、最近。寮だと、寮母さんが色々工夫した料理を出してくれるんだけどね。野菜もバッチリだよ。」

「栄養、摂ってくださいね。バランスよく。」

「あれ?何か厳しいね。」

二人は、たわいもない会話をしながら昼食をとった。

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