陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 21




「ねえ、翔君、食後のコーヒーでも飲みに行かない?」

ふと見ると、一樹と同期の毅がテーブルの傍らに立っていた。

二人は、食後もおしゃべりに夢中になっていて気が付かなかった。

「ああ、いいけど。」

翔は、彩子の方を見た。

「私、買い物ありますから。お先に。」

「じゃあ。時間に遅刻しないようにね。」

「はい。」

彩子は、翔に笑顔を見せ、席をたって、食器の返却口へ行った。

『何だろう。田中さん。』

彩子は、不安になってきた。

『翔さんは、私のことどう思っているんだろう。』


黒い影 2


お昼休みが終わり、職員が部屋へ戻ってき始めた。

彩子は、すでに席について、午前からの仕事を始めていた。

でも、彩子の横の席とその後ろの席は空いたまま。

『翔さんどうしたんだろう。』

15分ほどたってから、翔と一樹が部屋に入って来た。

二人とも、口もきかず、黙ったままだった。

翔は、彩子の方を見ずに彩子の席の前を通っていった。

『何があったんだろう。』

黒い雲が、彩子の心を覆い尽くそうとしていた。

一樹も無言で席に座った。

『二人ともどうしたんだろう。』

彩子は益々不安になってきた。

『何の話をしてきたんだろう。』

「森川さん、これコピーしてきて。」

一樹が、資料の束を彩子に渡してきた。

彩子は、コピー室へ行った。

随分と厚い資料だった。

コピーを取っていると、一樹が部屋に入ってきた。

「森川さん、この間の話、僕本気だから。まだ、諦めていないからね。」

彩子は、一樹の語気の強さに驚いた。

「この間、お話ししたとおりです。私、一緒に行けませんから。」

「翔君のせい?」


コーヒーショップで


「翔君、お願いがあるんだ。僕、森川さんと一緒にイギリスに行きたいと思っている。真剣に思っているんだ。僕の気持ち分かってもらいたいんだけど。それで、協力して欲しいんだ。イギリスに行くまで、あと、半年しかないだろう。何とか森川さんの気持ちを僕に向けさせたいんだ。頼むから。」

一樹は、翔と向き合って座っていた。

毅は、一樹の隣に座っていた。

「悪いけど。僕には、協力できない。」

「そんなこと言わないでくれよ。まだ、ちゃんと付き合っている訳じゃないんだろう?」

「最初に、彼女を僕に紹介するって言ったのは、君だよ。」

「あの時は、まだ森川さんのことよく知らなかったんだ。仕事を頼むようになって、彼女のことが分かるようになってきたんだ。僕、好きなんだ。」

「・・・悪いけれど、やっぱりダメだ。協力できないよ。彼女が君を選ぶなら、僕は、何も言わないし、何もしないよ。」

「だって、今、彼女は、翔君に傾いているじゃないか。僕の方を向かせるには、君にも協力してもらわなくちゃ。だから、頼んでいるんだよ。」

「頼むとか、協力するとか、そう言うことじゃないだろう?」

「そうかもしれない。でも、どうしようもないから頼んでいるんじゃないか。」

「断るよ。そんなのおかしいよ。彼女の気持ちが一番だろう?」

「わかった。君には頼まないよ。でも、絶対に諦めないから。」

「おい、翔の言うことが正しいと思うよ。冷静になれよ。」

毅が口を挟んだが、一樹は、翔を睨んだままだった。


重たい日々


彩子は、翔と一樹の間でどんな話があったか全く知らなかった。

でも、何かあったことはすぐに分かった。

コピー室での一樹の強い言葉。

怖いくらいだった。

『翔さんに相談しようかな。でも、余計なことを言わない方がいいのかも。私たちは、私たちだもの。』

何となく重たい物を抱えたような気分で、1週間を過ごした。

やっと、金曜日の夕方になった。

『これでやっと一週間が終わる。』

一樹から言われていた資料の作成を終え、一樹に渡し帰り支度をした。

「お疲れ。」

「お先に失礼します。」

一樹に挨拶をし、部屋を出る時、部長に挨拶をし、出口で部屋の人たちに向かって挨拶をする。

視線は、翔へ向けられている。

翔は、顔を上げ、笑顔を見せてくれる。

その笑顔だけが頼りだった。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: