陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 34




「お茶でも飲みに行く?」

「そうだね。」

彩子の声に、元気がなかった。

理彩は、そんな彩子を心配そうに見た。

「大丈夫だよ。きっと川村さんが彩ちゃんを守ってくれるよ。」

理彩のそんな言葉も彩子にはうつろに聞こえてくるだけだった。

お昼休みが終わり、部屋に戻ると、翔も一樹も席に戻っていた。

翔は、新聞を読んでいた。

一樹は、雑誌に目を通していた。

『私はどうすればいいの。翔さん。大丈夫よね。』

翔が、席に着こうとする彩子に目を向けた。

彩子は、笑顔を作ったが、翔は、真剣な眼差しで彩子を見つめていた。

5時半を過ぎたところで、

「今日は、もう帰っていいよ。明日から3日間出張だけど、頼んでおいた仕事お願いね。」

一樹が彩子に言った。

いつもの通り、つっけんどんな、横柄な態度だった。

「はい。わかりました。お気を付けて。お先に失礼します。」

彩子は、仕事は仕事と割り切っていた。

でも、翔のことは、割り切れない。

部屋を出て行くとき翔の方へ視線を向けたが、翔は、下を向いて仕事をしていた。

彩子の心の中に黒い雲が覆っていくようだった。


横やり


「川村君、ちょっと。」

一樹の直属の上司の村橋が翔を呼んだ。

「今日、田中君と一緒に食事でもどう?」

「はい。」

「じゃあ、もう少ししたら、出ようか。」

村橋と一樹と翔は、一緒にエレベーターホールへ向かった。

「さあ、どこへ行こうか。君たちは、何がいい?」

「僕は、何でも結構です。」

翔が答えた。

「そうですね、僕の知っている串焼き屋へ行きませんか?」

一樹が言った。

「川村君もそこでいい?」

「はい。」

「じゃあ、そこにしよう。案内して。」

「行きましょう。」

そのお店は、銀座の外苑通りを少し入ったところにあった。

モダンなインテリアがおしゃれなお店だった。

有名なのか、平日なのに満席に近かった。

「もう少しで席がなくなっていましたね。」

「早く出てきてよかったよ。」

「こちらへどうぞ。」

3人は、お店の奥へ通された。

「ここは、何がお薦めなの?」

村橋が聞くと、一樹が答えた。

「お好みセットがいいと思います。」

「じゃあ、それをもらおうか。あと、飲み物はビールでいい?」

「お願いします。お好みセットを3つと、えっと、生の中ジョッキーでいいですか?じゃあ、生を3つ。とりあえずそれだけ。」

一樹が注文した。

「明日から、次のプロジェクトの打ち合わせで、名古屋へ行ってくるよ。川村君の方のプロジェクトの進み具合はどう?」

「後もう少しで、報告書が出せるところまで来ました。」

「そう。じゃあ、追い込みで忙しいね。」

「はい。」

「田中君は、留学の方の準備は進んでいるの?仕事もあるし、大変だろう?」

「ええ、でも、大丈夫です。去年、行かれた先輩にあれこれ教えていただいているので。」

「後は、一緒に行く人だね。」

「ええ。」


横やり 2


「森川さんと行きたいって、この間言っていたけど、どうなの?」

「森川さんは、翔君が好きみたいで。」

「そうなの?川村君は、モテるって聞いているけど。まだ、付き合っている訳じゃないんだろう?君ならこれからいくらだって女性は寄ってくるだろう。田中君は、かなり焦っているみたいだし、どう。」

翔は、ただ黙ってるだけだった。

「川村君も森川さんのことが好きらしいね。田中君、諦めるかい。」

「翔君。」

「川村君も少し考えてやったら?」

ビールと料理が運ばれてきたが、翔は、とても酔える気分ではなかった。

どうやら、一樹が上司の村橋に頼んで、翔に圧力を掛けてきたようだった。

最後まで、この話だった。

「じゃあ、そろそろ引き上げようか。川村君、少し考えてやれよ。」

翔は、苦笑いをするのがやっとだった。

上司に面と向かって彩子への思いをぶちまけるわけにはいかない。

翔の胸の中に重たいくさびが刺さったようだった。

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