陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 38




コピーをし終えて部屋へ戻った彩子は、翔の方を見た。

報告書の最終チェックをしている。

『あなたが好き。でも・・・・。』

彩子は、書類を部長席に持って行った後、自分の席に戻って、一樹から言われている資料の作成を急いだ。

でも、さっきの中村の話が頭から離れない。

「祐子、今日の帰り、時間ある?」

1階のロビーにある公衆電話から彩子は、祐子に電話した。

「突然のお誘ってわけ。何かあった?」

「会ってから話す。前行った新宿の洋食屋さんでどう?」

「オッケー。ちょっと遅くなるかもよ。いい?」

「待ってる。なるべく早くね。」

「はいはい。じゃあね。」

彩子は、頭の中で、色々なことが入り乱れ、思考停止状態になっていた。

そして、不安と、翔を守らなければと言う思い出一杯だった。

『翔さんと離れることは出来ない。彼もきっと上から言われているに違いない。好きだけど、彼を苦しめるなんてもっとできない。』

「まった?ごめん。上司がなかなか離してくれなくて。」

祐子は、外資系証券会社で秘書をやっていた。

「大丈夫。」

「顔が、大丈夫って言ってないよ。泣きそうだよ、あんた。」

「えっ。そう?そんなにひどい顔している?」

「あ~、お腹空いちゃった。先ず、注文させて。あんたも食べてから話した方がいいよ。私、オムハヤね。飲み物は、グラスでシャンパン。二人でサラダも取ろう。あんたは?」

「私・・・。」

彩子は、メニューを選ぶ思考力さえも失っていた。

「あんたは、消化のよさそうなリゾットね。シャンパンも飲みなさい。注文お願いします。」

祐子が勝手に彩子の食事も注文した。

食事が進んで、祐子が話を聞いてきた。

「で、どうしたの?翔さんのことでしょ?何か悪いことでもあった?あったよね、その顔じゃ。」

「何だか変なの。あの職場おかしいんだよ。」

彩子は、今日、部長の中村から話されたことを祐子に話した。

「何それ。おかしいを超えているね。笑えるよ。翔さんは、何か言っているの?」

「まだ話してない。話せないよ。それに、私に行ってくるくらいだよ、彼にだって何か言っているに違いない。私、諦める。彼の邪魔したくないし、辞める。」

「そんなに、急がなくてもいいじゃない。だって、その田中ってヤツは、イギリスに行っちゃうんでしょ?行っちゃえば関係ないじゃない。」

「そんな簡単な話じゃないって。帰って来るんだよ。1年後には。それに、彼の仕事に差し障りが出てきたらいやだもん。」

「本当に諦めきれるの?初めてこんなに好きになった人だって言っていたじゃない。」

「だからこそ・・・」

彩子の目から涙がこぼれた。

「ごめん。こんな所で。」

彩子は、バックからハンカチを出して、慌てて涙を拭いた。

「翔さんに今日のこと話してみたら。そして、あんたの気持ちも。」

「できない。」

「何でよ?彼だって、きっと悩んでいると思うよ。こういう時こそ話さなくちゃ。あんたが、一方的に諦めておしまいなの?」


板挟みの恋


彩子は、家に帰ってそのまま自分の部屋へ上がっていった。

『どうしてこんなことになるの。ただ、好きなだけなのに。』

翌朝、また同じような朝が来た。

翔は、「おはよう」と彩子にいつもの笑顔を送ってくれた。

彩子も笑顔で応えた。

でも、心の中はどうしようもない不安で一杯だった。

翔も心の中でもがいていた。

何もかも捨てて、彩子を取るか、彩子を諦めるか。

ここを出ることは翔にとって一つの敗北でもある。

この職を選んだのは、国に係わる仕事をしたいという大きな希望があったからだ。

そして、やっと自分のやりたい仕事が出来るようになってきた。

上司にも嘱望されているのは自分でも感じている。

そして、上司は、彩子を諦めろと言っている。

そして、同期の田中。

もし、彩子が田中を選ばないとしても、この先のことを考え、彩子を諦めろと。

翔は、がんじがらめにされ、すでにこの世界でしか生きていけない人間になっていた。

彩子の家庭環境と自分の家庭環境の違いも感じていた。

彩子は、天真爛漫だ。

だからこそ、翔は彩子に惹かれた。

透明な彩子に。

だから、傷つけたくない。

いや、自分の保身を考えているのか。

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