陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 20



以前と変わらない光景がそこにあるはずなのに、自分がその外にいるような感覚が美奈を襲ってきた。

部屋に入ると、早速、誠二が美奈に話し掛けてきた。

「よう、久しぶり。大丈夫か?」

「おはよう。メールありがとう。もう大丈夫。心配しちゃった~?」

「鬼のかく乱か?お前みたいな元気なやつが風邪をこじらせるなんて。」

「何よ、人が折角よくなって出て来たんだから、優しくしなさいよ。」

「そうだったな。本当にもう大丈夫なのか?顔色がよくないぞ。」

「大丈夫だって。休みすぎて、かえって、具合が悪くなちゃったのかも~。」

「あんまり無理するなよ。」

「優しいじゃない。」

「まったく。」

美奈は、誠二といつもの会話をしながらも、心の中では、不安で一杯だった。

美奈は、室長の川原の所へ行った。

「長い間、お休みを頂きまして、申し訳ありません。」

「もう、すっかり体調の方はいいの?」

「は、はい。お陰様で。」

「あんまり無理しないようにね。この間、電話で言ったけど、来週の月曜の会議、出てね。報告書は、一度、クライアントに持って行って、最終、チェックをしてもらって、月曜日の午前中に、納品するんだったね。」

「はい。」

美奈は、コーヒーを買いに行った。

部屋に戻る前に、涼子に電話した。

「もしもし、私。」

「あ、美奈。今日は?」

「会社に来たよ。」

「大丈夫なの?」

「うん。お昼一緒に食べない?」

「いいよ。」

「じゃあ、下のロビーで。」

美奈は、席に戻って、報告書の修正を始めた。

12時になると、美奈は、ロビーへ急いだ。

「涼子。」

「美奈。顔色、あんまりよくないみたいだけど。」

「そう?ちょっと休んでいていたからね。」

「どこ行く?」

「そうね、軽いものがいいな。スープ屋さんでいい?」

「いいよ。」

二人は、近くのビルの1階にあるスープ専門店に入っていった。

オープンテラスがあり、そこの席に座った。

「気持ちいいね~。」

涼子は、体を伸ばした。

「まるで、ネコみたい。」

「ミャオ~って鳴こうか。ところで、体、大丈夫?風をこじらせたって言っていたけれど。」

「うん。涼子。実はね、風じゃなかったんだ。パニック障害ってして知っている?私、パニック障害になっちゃったの。」

「ああ、雑誌で、ちょっと読んだことある。最近、なる人が多いって。女性がなりやすいんでしょう?でも、どうしてあんたが?ストレスとかでなるとかじゃなかったっけ?」

「ストレスとか疲労からなるみたいなんだけどね。」

「疲れが出たんじゃないの?」

「そうかも知れない。でも、どうして、こんなことになっちゃったんだろうって。実は、先週、会社を休んだ日の朝、電車の中で急に発作が起きて、救急車で病院に運ばれたの。今日も、会社に来る時も電車に乗れなくて、タクシーで来たの。」

「そうだったんだ。」

涼子は美奈のことを知っているだけに、美奈の突然の話に驚いた。

「薬を飲んでいるの。病院にも通うことになって。発作が起きた時には、頓服を飲めば大丈夫なの。でも、少し、不安なのよね。」

美奈が小さくため息をついた。

こんなに弱気になっている美奈を見たことがなかった。

「今度、新しいプロジェクトが始まるって言っていたじゃない?大丈夫?」

「頓服があるから、どうにかなると思うんだけど。」

「室長に言った方がいいんじゃない?」

「言えないわ。外されちゃうよ。どうしてもだめだったら、言うわ。だから、涼子も、田中君にも言わないでね。」

「分かった。絶対に無理しないって約束してね。いつでも、私に連絡してよ。分かった?」

「ありがとう。そうする。涼子に話して、安心したわ。」

「お役に立てて、光栄デス。」

二人は、スープとガーリックトースト、サラダとアイスコーヒーの昼食を摂って、会社に戻っていった。

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