陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 23



「それは、それはできません。来週から、新しい仕事が始まるので、病気のことを言えば、その仕事から外されてしまいます。」

「そうですか。でも、無理はなさらないで下さい。上司に病状をお話ししておいた方がいいと思いますが。」

「できません。絶対に。」

「では、様子を見てみましょう。では、検査ですが、今日、これから、お時間ありますか?胸のレントゲンと血液検査をして帰って下さい。」

「はい。」

「お薬の処方箋を出しておきますね。頓服は、一日に何錠くらい、飲んでいらっしゃいますか?」

「今は、3錠ほどです。体がだるく感じるのはそのためでしょうか?」

「それはありますね。一日、6錠が限度量なので、気をつけて下さい。1錠で大体、4~5時間の効き目があるので、飲む間隔はそのくらいは開けて下さい。では、来週の土曜日に予約を入れておきますので。」

美奈は、森口に一礼して診察室から出た。

看護婦の説明を受け、レントゲンを撮り、血液検査をして、父親と病院を後にした。

「時間がかかったな。先生は、何だって?」

美奈は、医師から受けた説明を父親に伝えた。

父親の運転する車の助手席から、真っ青な空の下のビル群を高速から見ていた。

美奈は、頭の中で森口の言葉を思い出していた。

『そんなにご自身を責めないで下さい。』

他の人に見せたことのない自分の姿。

美奈にとっても、初めて見る自分だった。

車の中で美奈は、ずっと黙ったままだった。

「疲れたか?」

「ううん。大丈夫よ。」

「もう、1時だし何か食べて帰ろうか。」

「そうね。パパとデート。」

そう言いながらも、美奈の視線は、一点を見つめていた。

遠い空。

家に帰っても、そのまま自分の部屋へ入った。

いつも、休日は、出掛けることの多い美奈だったが、日曜日もほとんど部屋の中にいた。

「美奈?その後、具合どう?」

高校以来の友人の麻紀から携帯に電話があった。

「昨日、病院に行ってきたの。新しい先生。」

「どうだった?」

「感じのいい人だったわ。昨日は、一応、体の方も調べた方が安心するからってレントゲンと血液検査を受けてきたわ。後、頭の検査もするみたい。」

「そう。で、体調は?」

「何だか、自分が病気だってわかったら、病気になっちゃったって感じ。」

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